ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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1学期
愚者は人生の享楽を実行し、騙されるのだ。賢者はその悪を回避する。


 

 

 アルトゥール・ショーペンハウアーという名前をご存知だろうか。

 

 かの御仁はドイツの哲学者であり幸福や読書なんかについて語ってる人物である。全体的に仏陀の思想に近く、日本でもその影響は大きい。なんか格好いい名言とか大好きな私としてはイチオシの人物であり、尊敬する人物に挙げるとなんかこいつわかってるという感じの目で見られる素敵な方である。実はこの高校に入る際の面接でも使わせてもらった。いや、好きだし尊敬してるよ? ほんとに。

 

 さて、彼は言った。

 

 愚者は人生の享楽を実行し、騙されるのだ。賢者はその悪を回避する

 

 と。そして私は思った。

 

 だったら私は享楽にふける愚者でいよう、と。

 

 

 

 

 東京都高度育成高等学校、という高校がある。高度育成とか謳ってて逆にバカっぽい名前と思う人もいるかもしれないが(私は思った)、日本政府が丹念に作り上げているれっきとした名門校なのだ。徹底した実力主義。進学率・就職率はなんとほぼ100%! 卒業生の中にはこの学校を出たことで有名になった人もいれば、在学中の教育費等も政府が全額を負担してくれる。胡散臭いと思うことなかれ。入学したら外部との連絡は一切禁止の寮生活という、絶対デスゲームとか始まってるだろこれって感じの高校なのである。

 

 私は別に進学とか就職とかはいいのだけれど、デスゲームをやる学校には興味があった。だって、ワクワクするじゃあないか。きっと校舎に足を踏み入れれば先生から「今からみなさんは卒業するまでは外に出ることは許されません。そして、見込みがなく退学と判断された生徒は殺害されます」と言われ、退学しないための蹴落とし合いと殺し合いの日々が幕を開けるのだろう。なにそれ楽しそう。自分でデスゲーム開催とかはたいへんだし、参加したいと常々思っていたのである。

 

 志願!のち、合格!!でハッピーハッピーレッツラゴーな私はゴトゴトとバスに揺られて高校生活の舞台へと向かっていた。

 

 憐れな新入生たちを乗せたバスはどんどん高度育成高等学校へと近づいていく……土地勘はないけど、たぶん。なんとなくドナドナを心のなかで歌って、ゴトゴト荷馬車で子牛が何匹か売られていった。

 

 しかし貸切バスとかは用意できなかったのだろうか。普通に利用者もいるバスを我々がこうやって混雑させてしまうのは、ちょいと申し訳ない気分になる。うーむ、イメージ的には囚人護送車とか出してくれるとなおさらグッドなんだが。まあぐちぐち言っても仕方ないね。

 

 それで、だ。頭の中で子牛を売り払っていた私にふと天啓が降りた。このバス、本当に信じて大丈夫なのかと。昨日デスゲームの参考資料として某ハンター漫画を読んでいた私の脳内には「もしや学校と逆側に行っちゃうトラップ?」という疑念が湧いてしまったのである。乗る前に気づけばよかったものを、乗ったあとに気づいたのであるからどうしようもない。

 

 早く着いたら生存点がもらえるのかとか一般乗客に聞こうかとも思ったが、罠だった場合は彼らもサクラということになる。であれば真実を話すかどうかは怪しいだろう。

 

 ……いや、でも脅せば正直に話すんじゃね? ここは交渉力が試されているのかもしれない。仕方がない、私のマジカルパワー(物理)をさっそくお見せすることにしようか。ウキウキ。

 

 硬貨をグニュっとするとかでいいかなあ。でも貨幣損傷等取締法で罰されちゃうかもだしなあ。なんかいい感じに脅せるグッズってあったっけか。

 

 バッグをゴソゴソとしているとポロッと何かを落としてしまう。慌てて拾おうとするも、横に座ってる人のほうが速かった。

 

「どうぞ」

 

 ドロップしたのはシャーペン。渡されるとき、一瞬指と指が触れ合う。繊手(せんしゅ)、と言えばいいのか。ほっそりとした(たお)やかな指だ。

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 トクン。

 

 これが恋の始まり…………にはならなかった。清楚で愛らしい美少女だけど女子だし。私は百合も薔薇もすきだけど鑑賞したいだけのタイプ。初恋は仮面にタキシードのあのお方でした。今思うと現実で外歩いてたら不審者だなあの方。

 

 それはさておきお隣の優しい少女はいそいそと読書に戻っていた。本が好きなのかしら。表情の変化は乏しいが幸せそうなオーラを出しつつ頁をめくっている。かわええ。同じ高校の制服に身を包み、色素の薄い長めの髪へちょんちょんとリボンをつけている大人しそうな生徒だ。

 

 こんな戦闘能力の低そうな子が果たしてデスゲームで生き残れるかと思うと他人事ながら心配になってくる。シャーペン拾ってくれた恩返しぶんくらいは守ってあげよう、うん。

 

 可憐な姫を護る騎士キャラというのも悪くない。でも女騎士ってくっころされそうだよね。誇り高き騎士が敵に捕まって「くっ、殺せ!」と言うあの様式美。同人誌だとそのあとグヘヘ展開だけどデスゲームだと普通に殺されそうだなあ。流石にそれは困る。

 

 どうしたものかと手慰みにクルクルとペン回しを披露していると、気づけば学校に到着したっぽかった。いや、普通に着くんかい。なんか一悶着あると思ったのに。く、悔しくなんてないんだからねっ! 

 

 

 最後のシャバの空気を存分に堪能してから門をズカズカとくぐり抜け、私はてくてく校舎内を歩きC組の教室へ入った。

 

 席にはご丁寧にネームプレートがあるので仕方なく座る。ど真ん中の一番前、教卓の真ん前の席。一般的に言って大外れの席だろう。内職とかできないやんけ。泣いちゃうぞ。クスン。来てない席とプレート入れ替えてしれっと座っても先生とかにバレちゃうよな、きっと。

 

 ざっと見回した感じもう来てるのは半数くらい。まあまあなタイミングかな。バスで隣だった文学少女もいたけど、席が遠くて今話しかけるのは躊躇(ためら)われる。また楽しそうに本読んでるしなあ。しっかしこの席順ってどうなってんだか。名前順じゃなさそうだし、ランダム? はやく席替えしてほしいものだ。

 

 前の方だからか周りの人は全然いない。というかこの私のいる真ん中の列も全然人いない。最後列まで見通しがよくてネームプレートも見えるくらいだ。我が中央列、一番後ろという幸運を掴んだ人は……龍園(りゅうえん)の文字。えーっと、うん、強そうな名前だよね、うん。

 

 お、やっと横の人が来た。ショートカットが格好いい感じの美少女だ。やあやあようこそ魔の最前列へ。歓迎するぜ! 

 

「おはよう、伊吹(いぶき)さん……でいいのかな?」

 

「うん。伊吹(みお)

 

「伊吹さん、よろしくね。私は京楽(きょうらく)菊理(くくり)。菊に(ことわり)って書いてククリって読むの。よかったらククリって呼んでね」

 

「分かった………………ククリ」

 

 やだ、クール。キュンときちゃう。

 

「えへへ、ありがとう!」

 

 伊吹さんは言葉はつっけんどんだけど優しい感じの人だなってのは話してて伝わってきた。はじめにできた友達がいい人で幸先がいい。でも彼女とも蹴落とし合いをするかもしれないと思うと心が痛むなあ。

 

 クラスに来るまでに軽く見た限りでは、この高校の設備の充実っぷりはなかなかだった。ちょっとした学園都市レベルでお店があるし、校内にも監視カメラ(小型で設置場所へ溶け込むようになってる)がたっぷりで抜け目がない。うんうん、デスゲームには必要になってくるもんね。

 

 クラスはAからDの4つだけど、クラス内で殺し合ってから学年に広がるのか、クラス対抗でやり合うのか。流石に学年ごとで戦うのは初めはないだろう。レベル差がすぎる。

 

 欲を言えばAクラスがよかったのだけれど、まあクラス分けはランダムだろうし仕方ないよね。いやさあ、Aってよくない? 他のクラスはビー、シー、ディーでなんとなく似てて聞き間違いもあるけどAだけはないし。それを言うとEクラスがなくてよかったのか。あと、Aってそこはかとなくエリート感がある。eliteはEなのになぜだろう。まあ来年Aクラスになれるのを期待しようか。

 

 チャイムが鳴り担任らしき人物が入室してくる。立っている人が席に座っていくなか、私も伊吹さんと話すのを中断してピシッと前を向いた。だって先生の真ん前だもの。

 

 スクエア型の眼鏡をかけた、物静かで几帳面そうな男性。年齢は30代……後半、くらいかな? 私の偏見と憶測で言うと数学教師っぽい。三角定規が似合う。

 

「みなさん」

 

 先生がそう呼びかけると、流石にそれまで自由に過ごしてた人たちもおしゃべりをやめた。静まり返った教室に満足したらしく、言葉が続けられる。

 

「まずは入学、おめでとうございます。私はこのCクラスを担当する坂上(さかがみ)数馬(かずま)です。授業は数学を担当します」

 

 うむうむ。予想、大当たり! 苦手科目の数学が担任でよかったのか悪かったのか。

 

「本校では学年ごとのクラス替えがありません。よって卒業までおそらく3年間、私が担任としてみなさんと学び合うことになるでしょう。どうぞよろしくお願いします」

 

 およ、まじか。みんな3年間よろしくってわけだね。しかし戦闘能力低そうな先生だけど大丈夫なのかな。ムッキムキの生徒とか先生とかいたら一瞬でKOされそう。まさか、担任教師がヒロインになるとでも言うのか……? 

 

「さて、これから1時間後、体育館にて入学式が執り行われます。その前にこの学校の特殊ルールについて以前配布のものと同様の資料と、学生証を配布します」

 

 来る。回す。来る。回す。一番前ってこれが嫌なんだよなあ。最後列の人って配布物回さなくてよければ内職もやりやすいし先生からも当てられづらいしで超いいよね。うらやま。

 

 ババーン、学生証カード。これは我が校独自のSシステムに必須のアイテムである、らしい。このSポイントのSってなんなんだろうか。スーパー?

 

 さてさて、なんとこの学校では日本銀行発行のお金は何の意味も持たないのである。

 

 我々が使うのはポイント。学校内のものは何でも買えるらしい。ふーん、命とか命とかだよね。私はわかっているとも、うむ!

 

 要するに、学生証はクレジットカード(ご利用はポイントで)というわけだ。1ポイント1円、毎月1日自動振込。全員に平等に10万ポイント支給。つまり額面通りに受け取れば毎月10万円ポンともらえて、左うちわのスローライフが送れるってことだね。

 

 ま、んなわけないよな。

 

「ポイントは各々で自由に使えますが、それは在学中のみになります。卒業後には全て学校側で回収しますし、現金化することも出来ません。それと、先程自由に使えると言いましたが、例えば譲渡でしたら問題ないのですが、恐喝となると問題行動になります。本校はいじめ問題に厳しく対応しますので、ゆめゆめ忘れないようにしてください」

 

 ほほう、つまりあれか。卒業直前の生徒からあくまでも平和的にポイントを譲渡してもらえればいいわけね。デスゲーム中にどう動くといじめに入るのかな? むむ、なかなか難しい問題だ。

 

「何か質問がある人はいますか?」

 

 じーっと、くるりと。先生の視線が教室全体を巡る。

 

 あってもここで言うのはあんまり良くないだろう。クラスメイトが真の意味で味方かどうかはわからない以上、情報をくれてやる必要はない。

 

 そう思ってなのか本当に質問がないかはわからないが、挙手する生徒はゼロだった。

 

「では、入学式でまたお会いしましょう」

 

 先生が居なくなった途端、クラスのざわつきは最高潮に。10万円も手にしたのだし興奮するのは当然のことか。とはいえ、おそらくそのうち皆の顔は恐怖で歪むはずだけど。

 

 少し待つ。

 

 そして私はさりげなくハンカチを持つと「ちょっとお手洗いに行くね!」と伊吹さんに宣言して教室を後にした。擬態は完璧。でもよく考えたら彼女がついてきたら危うかったな。ごめん伊吹さん、トイレはまた今度誘うね。

 

 廊下を走らないように気をつけつつ坂上(さかがみ)先生を追う。ゲームのルールがまだわかんない以上は慎重に動くのがベターだろう。無事追いついた私へと、不思議そうな目が向けられる。

 

「先生、少しよろしいでしょうか」

 

「はい。どうかしましたか?」

 

「もしできましたら、入学式のあとにお時間をいただけませんか? さっきは緊張して聞けなかったのですが、いくつかお話ししたいことがありまして……もちろん、先生のご都合がよろしい時ならいつでも大丈夫なのですが」

 

 話したいことがある。これは本当だ。ただ、今私が聞いたのは、確認目的もある。

 

 入学式のあとに何か起こらないかという確認。大抵の場合、デスゲームの宣告は教室か体育館。入学式で何か起こると生徒はパニックになるに違いなく、それを見越すならば教師としては入学式のあとに話すことを避けるだろう。つまり明日以降に場を設けるとなると入学式には心構えが必要だ。

 

 ただ、教室で先生の話を聞いていてちょっと思ってしまったのである。あれ、デスゲーム始まる雰囲気じゃなくね、と。なんかこう、生徒を試しているだけ、どっちかってとマネーゲームとかゼロサムゲーム、コンゲームっぽいなと。いや、そんなはずはない。きっと退学は死を意味しますとか、0ポイントになると死亡しますとか言われると期待している。してはいるのだがなんかこう、平和的な匂いを感じるのである。いや、違うとは思うんだけどね? 

 

「わかりました。では、入学式後に敷地内の説明がありますので、そのあとに職員室へ来てください」

 

 ガッデム! いや大丈夫、明日以降にデスゲーム開始かもしれない。うん、そうに決まってるさ。

 

「はい……ありがとう、ございます……」

 

 

 教室に戻るとなんか自己紹介が始まってた。普通に参加したけどさ。そしてその後、入学式も敷地内の説明もごく普通にあっさりと終わっていったのである。なんか学校から脱走しようとしたら罰を受けそうな装置とか、生徒を拷問にかける部屋とか想像してたけどなさそうだった。おかしいなあ。

 

 私はさっさと先生に聞きに行くことにした。で、デスゲームはあるもん! ほんとだもん! 

 

「坂上先生」

 

「ああ、来ましたね」

 

 進路相談室でのんびりお話しした。色々と聞いてよくわかった。デスゲーム、ないわ。うん。生徒殺す気ないわ。そっか、ないかー。

 

 

 

 そう、私はどうしようもなく愚者だったのだ。デスゲームしそうな楽しそうな学校!と意気揚々と乗り込んだら騙されてただの人間実験場みたいな変な学校に閉じ込められる羽目になった哀れな子羊なのだ。

 

 賢者であれば、こんな学校は回避して自力で受験勉強なり就活なりに励んで勝ち取るに違いない。

 

 愚者だったのだ──────

 

 

 

 

 だったら私は、享楽にふける愚者でいてやる。ま、負け惜しみじゃないもんっ! 

 

 

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