ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】 作:アネモネ
部屋へ訪れたっつーと金田君にひよりんが見抜いた法則を話した私はすぐにほっぽり出された。頭脳労働に私は不要ということらしい。ふーんだ、いいもんねーだ。
ひよりんに頼まれた本を借りに図書室へ行く。彼女は最近私のことを
禁止事項に試験への不参加は都度ポイントを差し引くと書かれてある以上、どんなにやる気のない生徒でも参加せざるを得ない。そう、たとえ優待者の法則を見抜いていても、だ。
夜の話し合いの時間が近づき、兎さん部屋へと向かおうとする私は、もう一度端末を確認した。
【Aの方針には乗るな。優待者を見抜く側に立ち、それができずとも話し合いを行う努力はしろ。とのことです】
何を考えているのかはわからないが、無言作戦はお嫌いらしい。まあとりあえず私はKちゃんが優待者であることを顔に出さないようにするのが一番の仕事だろう。
兎さん部屋に入るとだいぶ空気は重かった。Aクラスだけがのんきに端末をいじっている。くくく、お前らのクラスの誰が優待者かわかってるんだからなこっちは。せいぜい舐めてかかるがいい。フハハハハ!と心の中で高笑いしつつ顔はちょっとしかめる。
再び開始の放送が流れると、一之瀬さんが口を開いた。
「もう2回目だし、少しはこのメンバーに慣れてきたかな? 集まれる時間も刻一刻と減ってるわけだし、もっと打ち解けあえたらなって思うんだけど」
「うん、賛成!」
にこにことフレンドリーな笑みを浮かべる一之瀬さんと私とは裏腹に、幸村君はだいぶ真剣な顔つきで続いた。
「その必要はないだろうが、話し合いは必須だな。優待者を突き止めねばならない」
「あ、そっちも同意。できればCクラスも優待者を発見したいという方針になりました!」
「おおー、それは心強いね」
えへへ、と笑い合う一之瀬さんと私。うんうん、和やか和やか。
「でも話し合いくらいでどうにかなるとは思えないんだけど。この試験、難易度調整ミスってるっていうか、優待者だけズルすぎない?」
Kちゃんはしれっとそう言ってくる。うむむ、自分が優待者のくせして上手いな。
「でも優待者を探すにはやっぱり話し合いしかないと思うよ。それに、こうしてわざわざ集まってるんだからやっぱり仲良くお話ししたいし」
見ると相変わらずAクラスの3人は端末を操作している。別のグループと連絡を取ってはいけないという決まりもなければ通話をすることすら自由だからね。流石にこっちがお話してる最中に電話でうるさくされると迷惑だけどさ。
一之瀬さんは私の意見に同意しつつも、話の流れでAクラスをせっついてどうにか会話を成立させていた。うーむ、こちらも上手い。流石はBクラスのリーダーじゃ。まあこの兎さんグループではAクラスに優待者はいないから意味ないんだけどね。
カピバラ麻呂のほうはというとほぼほぼ発言していなかった。Dクラスは、少なくともこのグループ内では幸村君が仕切っているような感じになっている。Kちゃんも時折話を振られて相槌を打ったり答えたりはするが、その程度だ。これは下手に会話して優待者とバレたくないからかもしれない。
大して進展もない話し合いが終わり、1時間が経過。試験が終了のアナウンス後すぐにAクラスは部屋から出て行く。その時ちらっと
一之瀬さんは少し疲れたようにため息をついた。
「うーん……前途多難、て感じだな。綾小路くんはどう思う?」
「オレみたいな口下手はこんな話し合いじゃ手も足もでない。今回みたくあまり喋れないまま終わりそうだ」
どんな試験なら手も足も出すんだか。例えば、先週の無人島試験とか? ちょっと問うてみたくもなったものの、そのまま2人の会話に耳を傾けることにする。
「別に綾小路くん、口下手じゃないと思うけどな。まぁあまり気に病みすぎないで次からも一緒に頑張ろ」
そう優しくカピバラ麻呂を励ます一之瀬さんはやっぱりすごい。天使だ。大天使ホナミエルだ。その善性をたっつーに一欠片でも分け与えて欲しい。
「でもこのままだと、優待者と名乗り出る人はもちろん素直に優待者と認める人もいないだろうねー。隠し通したほうが何倍も有利なのは間違い無いもん。Aクラスの作戦のお手軽さが身に
悩ましげに呟く一之瀬さんだが、実際にAクラスの思い通りに動こうとする気は
アルバート・アインシュタイン曰く “
「それじゃ、とりあえず今日はこれでお仕舞いかな。みんなお疲れ様」
一之瀬さんに続いてBクラス2人も引き上げて行く。続いて澪が。さらに真鍋さんたちが腰を上げたところで、カピバラ麻呂も立ち上がった。
「バイバイ、麻呂君。また明日」
「ああ」
のっそりと、ぬぼーっとした彼の顔は。いつも通り無気力だった。
§
「あのー、何で呼び出したん?」
夜も更けて、船外のデッキではキラキラと星が輝き、ついでに何組かのカップルがイチャイチャしていた。別にそれはいいのだけど、私までカップルに含められると困る。明かりがほとんどないから顔までは見えないのが救いだ。
「用がなきゃ呼んじゃ悪いのか?」
「え? 逆に悪くないと思うのは何故?」
なんだこいつ。暴君だ。うん、知ってた。
「……奴はどうだったか?」
「んー、普通。そうとしか言いようがないよ」
カピバラ麻呂は平凡だった。凡庸だった。何も言えることがない。強いて言うなら一之瀬さんとちょっと仲良しさんだなってくらい。でもそれも不自然なレベルではない。むしろうちのグループのハイライトは真鍋さんとKちゃんだろう。バッチバチにいがみ合っている。
沈黙が流れた。おい、たいして話すことがないなら最初から呼び出すなし。寝させろや。もう夜11時回ってるんだぞ。
仕方ないのでぽやぽやと考え事をすることにする。明日の朝食どうしよう。やはり人気のブッフェか。それともカフェに行くか。たまには和食なんてのもいいかもしれない。後はバーに行くのも選択肢の1つだ。すっかり通ってしまってマスターとは顔なじみなんだよね。「マスター、いつもの」でさっとホットミルクを出される程度には。
くしゅん、とくしゃみが出る。外はやはり少し肌寒い。お風呂に入った後なのにまた入りたくなってしまった。端末でも見るか、と取り出すと通知が1件。メール、それも知らないアドレスからだ。
【夜分遅くに失礼いたします。少し、お話したいことがありまして。明日の正午、1階のバーにてお会いしてはいただけないでしょうか。】
「
勝手に覗いたたっつーがボソリとつぶやく。頭に顎乗せんな。重い。
「知り合い?」
「A、無人島」
無人島試験でのことでAクラスの人間を示されたら、重要な人は2人。契約を交わした葛城君と、リーダー情報を暴露した坂柳派の人。なるほど、キャロルに従う人なわけね。うーむ、しかし何で私に接触してくるのかしら。
よくわからないしものすごーく怪しいけどまあいいか、と承諾のメールを返す。また端末に通知が来て、返信はやっと思ったら違った。学校からだ。
【猿グループの試験が終了いたしました。猿グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。全グループの試験終了アナウンスまでは自由時間となりますので、他の生徒の邪魔をしないよう気をつけて行動してください。】
…………?
ゴシゴシと目をこする。もう1回見る。しかし文面は変わらない。おいおいマジかよ。
お猿さんグループの人は、と。よかった、Bクラスの人が優待者か。セーフセーフ。しっかし誰が初日からこんなことを、まだ確証がないからたっつーですら優待者メール送ってないのに。
でもその疑問はすぐ解けた。お猿さんグループ名簿には高円寺六助の文字。うん、絶対こいつだ。ロックだ。こんな奇妙奇天烈なことをするのは奴しかいないね!
グループチャットはかなり荒れていた。私の心も荒れている。ロックのバカ! くそう、これでCクラスが得られたかもしれないポイントが減っちまったじゃあないか!!
「
どこがじゃい! たっつーは私の耳元に口を寄せて言った。
「京楽。おまえも高円寺だと考えてるんだろ?」
頷く。
「よし。なら明日、接触して来い」
ぶんぶん首を振る。やだ、ロックと話すのくっそ疲れる。享楽主義同士はなあ、決して相容れないんだよ。自分が一番楽しくありたいんだよ!
「行かねぇと」
行かないと?
「
どこのヤクザだよ!? 死ぬわ、普通に。たぶん。
「いや、それやったら退学どころの話じゃないでしょ」
「……流石に騙されねえか」
そこまでバカじゃないぞ私は。さらに言葉を続けようとしたら口元を掌で塞がれた。ガブッと噛む。しかし手は外されない。たっつーはもう片方の手である方向を示した。
んーと、女の子が1人、空を見上げている。2人組だらけのこのデッキでは珍しいな。
背中に文字が書かれる。く、し、だ、き、きょ、う……桔梗ちゃん? 何故に。というか何でわかったの?
黙ってろ、と追加で書いてからたっつーは手を離した。何したいんだからわからん。けどなんか張り込みみたいでちょっとワクワクするのも事実だったので従う。アンパンと牛乳が欲しいぜ。
桔梗ちゃんらしき人影はじっと動かず、やがてデッキにはまた1人誰かやって来た。私たちは気づかれないようにちょっとずつ盗み聞きができる程度の距離まで移動する。
「あ、れ。綾小路くん?」
「……櫛田?」
振り返った桔梗ちゃんは驚きの言葉を漏らし。カピバラ麻呂は声で気づいたらしくゆっくりと彼女に近づいていった。その様子にたっつーはニヤニヤしている。他人の恋路を見て楽しいんだろうか、って、おいカピバラ麻呂! 佐倉さんはどうしたんだ。
「1人なのか」
「うん。何だか眠気がこなくてね」
その台詞にたっつーはこらえきれないと言うように笑みをこぼした。何なんだよこいつ。
「へ、へえ。そうか」
カピバラ麻呂は安堵したような声音。お主、桔梗ちゃんのこと狙ってるのか? あ、でもそういえば桔梗ちゃんも微妙にカピバラ麻呂を気にしていたような。まさか両想いなのかしら。
「綾小路くんも1人?」
「ああ」
「なら独り身仲間だね。実は、ちょっぴり肩身が狭いなって思ってたからホッとしちゃった」
今度はたっつーは口を手で押さえて音を出さないようにしつつ爆笑した。何なんださっきから。ワライタケでも食べたわけ?
そして偉そうに2人のほうへと歩いて行く。邪魔したいのか、そうか。じゃあ私は帰っていいか?
船内に戻ろうとした私だったが、焦るように大きくなった桔梗ちゃんの声に足を止めた。
「待って────!」
おー、大胆。近づいてくるたっつーと会わせたくないのか、桔梗ちゃんがカピバラ麻呂の胸元に飛び込む。その姿はまさに、そう。修羅場を回避する悪女のテクニックを見せられた気分だ。
同じく目撃者であるたっつーはジャックナイフみたくターンしてこっちに来る。あっち行けしっし。
船内に入るなり奴はいつも通りのわるーい笑みを浮かべた。
「無駄足を踏まされたのはムカつくが、面白いもんを見れたからチャラにしてやろう」
無駄足ふんだのは私だよバカ野郎。くそう、部屋帰ったら澪たちに愚痴ってやる。
(豪華客船ジョーク)
「いやー、ほんとひっどいよね龍園君は。こんな夜中に呼び出すし、貸してた英語のノートも結局返してくんなかったし。帰り道、坂上先生に偶然お会いできたのはラッキーだったけどさあ」
「お疲れ様でしたねククリちゃん。それで、英語のノート、ですか」
「うん。勉強道具全然持ってきてないって言うから、ちょっとくらいやれよ〜って渡したの。でも特別試験始まってあいつも忙しそうだし、回収しとこうかと思ってね。ん、そうだ! 英語といえばさ、こういう豪華客船での ethnic joke は知ってるかい?」
「エスニックジョーク? 何それ」
「およ、澪はご存知でないのか。んーと、国民性とかの違いを表現してる話、かな」
「豪華客船が沈没しそうになった時、船長が各国の乗客へ何と言うか、でしょうか」
「それそれ。上手く海に避難してもらうお話だね」
「へえ、面白そうじゃない」
「うむ。まずアメリカ人へは『HAHAHA! ヒーローってのはこういう時率先して飛び込むものだぜ!』って喋り──」
「英国の方に対しては『紳士とは、ここで飛び込むものではないでしょうか』、と」
「ふーん……椎名はともかく、ククリは脚色してるでしょ」
「ちょびっとだけだよ。で、イタリア人には『お兄さんお兄さん、さっきすっごい美女が飛び込んでましたぜ!』、ロシア人には『あそこ、海にウォッカのビンが流れてますぜ!』と言って──」
「フランスの方へは『絶対、飛び込んじゃ駄目ですよ』と、ドイツの方へは『飛び込むのが規則です』と主張します」
「……騙されるの、それ?」
「“It's a joke!” だから。そんで我々日本人になら『みんなもう飛び込んだよ!』って囁くのさ☆」
「なるほどね。でもあんたたちはそれじゃ従わないでしょ」
「ふーむ、そうだね。ひよりんに言うんだったら『たーいへん、貴重な本が海に落ちちゃったよ!』とかかな」
「ククリちゃんへでしたら『漂流生活も楽しいらしいですよ』あたりでしょうか」
「確かに、それだったらいけそうかも。私に対してだとしたらどう喋るわけ?」
「「…………」」
「海に飛び込むと……あれです。強い、ですよ」
「……澪のちょっといいトコ見てみたい!」
「一気に雑になってるんだけど」
「そんなことないです」
「うん、気の所為だよ」
「あんたら、こっちの目を見て喋りなさい」