ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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実務的な生にとって、天才は、劇場での遠眼鏡よろしく、必要なものである。

 聞きたいことがあるので仕方なく訪れたたっつーの部屋。他に人はいないんだけど、いつもどこ行ってんだろ同室者の人は。追い出されてるのかなあ。だとしたら可哀想に。

 

「あの提案、何でしたの?」

 

「……今、一番起きてはまずいことが何だかわかるか?」

 

 質問を質問で返すなや。

 

「みんなが適当に回答して試験を終わらせちゃうか、誰か別の人が法則に気づいて試験を終わらせちゃうか」

 

「ああ。だが前者は無視していい。何のメリットもねえからな。それで、何故俺が法則に気付いたにも(かかわ)らず直ぐにメールを送らないかわかるか?」

 

「わかんない!」

 

「少しは考えろ」

 

 え、つってもわからんもんはわからんもん。

 

「……一つは櫛田桔梗との取り決めだ。あいつが協力して、竜グループは結果1で終わらせる。さらにDクラスにあいつの裏切りがバレないよう、Dが優待者のグループを1つは残す。これはおまえら兎グループだ。一之瀬と綾小路の観察が必要だからな」

 

「Dクラスの優待者教えてくれた代わりに?」

 

「加えてこれからも奴はスパイになり続ける。このメリットはそこそこデカい」

 

 おう。桔梗ちゃんがうちのクラスのスパイになってくれるのか……どんな理由があってなんだろ。謎いけどまあ、いっか。確かに桔梗ちゃんが協力してくれるならこれからの特別試験もぐっと楽にポイントを稼げるね。

 

「さらにDクラスのみ残すのは不自然になるからBクラスも残す」

 

「あれ? じゃあBクラスにはもう攻撃できないじゃん」

 

 既に終了したお猿さんグループも牛さんグループもBクラスが優待者のグループだ。お猿さんグループに関してはロックがやったんだけどな! 

 

「そうだ。つまり俺たちがあと裏切りを出すのはAクラスが優待者の鼠鳥猪グループとDの(みなみ)が優待者の馬グループだけになる」

 

 ふむふむ。そうなるとCクラスはAクラス3つ、BDクラスは1つずつ攻撃したということになると。うん、Aクラスを狙い撃ちにした感じだし、確かに自然っちゃあ自然かも。たっつーのことだからBDには慈悲をくれてやったんだぜとか言いそうだし。

 

「ならさっさとそのグループたち終わらせちゃえばいいじゃん」

 

「…………もし俺の仕業だとバレた場合を考えてみろ」

 

「うん?」

 

「次々と試験が終了していくことに危機感を抱いた奴らが俺の提案した3クラス共闘、それをABDでやることにしたとすれば?」

 

「Cクラスの優待者がみんな当てられるね! でもそんなの普通やらなくない?」

 

 そうなるとうちのクラスからはマイナス150クラスポイント。だいぶ痛い。

 

「……Cクラス以外での共闘になる線は捨てきれねえ。どこも俺たちに恨みを持ってるからな。それを事前に防ぐにはどうする?」

 

 Cクラスが恨まれてるの、おまえのせいやん。おまえのせいやん! 

 

「どうにかして他クラスにはCクラスの優待者の告発メールを送るの禁止とかさせるか、不正解のメールを先に送らせちゃうか、とか」

 

「ああ。わざと不正解のメールを送信させる手段については考えてある。が、できるにしても試験終了後だ。前者については今回の提案で上手く行けばできた可能性があった」

 

「というと?」

 

「俺の作戦ではAクラスに3人いる優待者を分け合うために全優待者の情報を共有するわけだ。当然、やるとしたら裏切り防止策を色々と盛り込む契約書を作ることになる。例えば互いの優待者を告発するメールは出さない、とかな。それでBDがCクラスの優待者を告発できない状態に持っていきその契約書の穴をついて俺たちは裏切る道筋を何通りも考えていた」

 

 こいつ裏切る気まんまんだ。突っぱねて正解だったよ、リンリン。

 

「でもそれだとたっつーが裏切った後にBDクラスもやっぱどうにかして契約書を裏切ってCの優待者の告発メールするかもしんないじゃん」

 

「そこを上手くできないようにするのが頭の使い所だ」

 

 トントンと指で頭を小突かれた。うぜえ。脳みそはちゃんと詰まってるよ、私の頭にも! 

 

 絶対たっつーの書いた契約書とかにはサインしないようにしよう。詐欺しかありえない。

 

「Aクラスが自力でCの優待者を見抜く可能性はないの?」

 

「そりゃ無理だ。坂柳派は葛城を引きずり下ろしたいから協力はしねえ。今回の試験でどう失敗しようがあの女がリーダーに立てばすぐに取り戻せるとふんでるからな。加えて葛城は極度のビビリだ。確証がないと告発メールなんざ怖くて送れねえよ、あいつは」

 

「あー、確かに。無人島試験でBクラスのリーダー情報も信じてくんなかったもんねえ」

 

 金田君が頑張って手に入れてくれた情報で、ちゃんと正解だったのに。たっつーは証拠などなくても坂柳派からのリークを信じたんやぞ! ま、外して0ポイントになろうがそんな痛くないってのもあったとは思うけど。

 

「そういえば坂柳派の橋本君って何で私に接触してきたのかな?」

 

「坂柳の思惑だとすりゃ俺への嫌がらせ、橋本が勝手に行動したなら俺に関する情報収集だろ。あいつはおまえみたいに自分が良ければいいタイプだからな。坂柳につきつつも俺のところやら他クラスへつく算段も整えてんだよ」

 

 ほへー。人生設計、ちゃんとしてるなあ。そうか、橋本君はコウモリさんだったのか。橋本正義だし、バットジャスティスと呼ぼう。

 

「ありがと、話もどすね。で、Bクラスだけとの共闘も提案してたじゃん。あれは?」

 

「鈴音を煽りたかっただけだ。綾小路の反応も見れたのは思わぬ収穫だったな」

 

「なるほど。確かに麻呂君、いいこと言ってたよね」

 

「いや内容は大したことじゃねえ。だがあのタイミングで口を挟むことで話の流れを変えた……まさかとは思っていたが、これでまた確率が上がったな」

 

 カピバラ麻呂がねえ。リンリンと組んで暗躍してるとかねえ。被害妄想だと思うんだけどなあ。

 

「他になんか話しててわかったこととかあるの?」

 

「……今回の一之瀬の反応で優待者に法則があることには気づいていてもそれを解こうとはしていない、解いたとして葛城と同様メールを送る度胸がないと確信した。Dクラスに関しては万が一法則を解いたとしても桔梗から連絡が入る」

 

「つまり?」

 

「他クラスが優待者の法則を使うのは、奴らが共闘できた場合のみ。見張っといてその素振りがなきゃ問題ねえ」

 

 まあ、優待者の法則が解けてもメールを送るにはそのグループの人にメールを送らせないと無理だからね。そうなると確かに各クラス首脳陣の動きを掴んでれば大丈夫ではある、か。たっつーみたいにスパイから情報を得られるのは例外中の例外よな。

 

「じゃあ残りのメールを送るタイミングは?」

 

「最終ディスカッション後、各グループが解散次第すぐだ」

 

「……それまでにもし、(はや)る気持ちで裏切る人が出たら?」

 

「Cクラスには決してメールを出すなと命令を下した。他クラスでそんなバカがいりゃあ突き止めてそのクラスを潰す足がかりにする」

 

 …………ロックじゃん。天上天下唯我独尊おまけに傲岸不遜の高円寺六助君じゃん。逸る気持ちで裏切ったとかじゃなくて単に試験に行くのが嫌だった人だけど。

 

「ロックに話しかけたいなら自分で行ってね」

 

「誰が行くか。あいつは放置する」

 

 うむ。彼にはなるだけ接触せず好きに行動してもらうのが一番っすよね、うん。

 

「それ以外のグループでは小細工は仕掛けないの?」

 

「既に優待者には端末を入れ替えさせた」

 

「入れ替え?」

 

 首をひねる私にたっつーは説明してくれた。学校から来たメールの改変やコピーは禁止だけど、端末そのものに細工することは禁止事項じゃあない。なので優待者とそうじゃない人の発信履歴やメール、アプリ等々、そしてSIMカードを入れ替えて。ついでに最初のグループ・クラスごとの呼び出しメールはルール的に問題ないので消去して、優待者の携帯端末をそうじゃないと誤認させるようにしたそうな。わあ、何となくでしかわかんないけどすごいね。

 

 この端末のSIMカードは端末ごとにロックされていて、SIMカードを入れ替えると2台とも使えなくなるけど、そこはSIMロックの解除をポイントで行えるらしい。坂上先生に言ってやってもらったそうな。いつもありがとうございます、先生。

 

 ここは船の上ではあるけど、端末が重要となる試験である以上は壊れた時の修理とかができるように準備されていることは予想がついていたらしい。元々端末の紛失や故障には相応のプライベートポイントが必要とはいえ対応してくれるし、そこから推測したんだろう。まあ確かに端末壊れてメール見れませんでした、でも設備が整ってなくて修理できないから試験には参加できません、とかになったら困るもんね。不平等だ。

 

「あれ? じゃあ、優待者の証明って悪魔の証明じゃん」

 

「ああ、そうだ。はなから共闘なんざ不可能に近いんだよ」

 

「……龍園君、いざ共闘ってなっても嘘の優待者情報を伝えようとしてたね」

 

「決まってるだろ」

 

 詐欺師にでもなったほうがいいんじゃあないだろうか、こいつ。あれ、待てよ。

 

「桔梗ちゃんが優待者って話は信用できるの?」

 

「問題ねえ。あいつが話を切り出す前にこっちからDクラスの優待者を指摘した時の動揺は本物だった。さらに桔梗の目的には俺が必要だ。嘘を吐く確率はゼロに近い」

 

 たっつーがそこまで言うなら大丈夫か。というか桔梗ちゃんの目的ってなんだ。気になるなあ。Aクラスに上がりたいとか? でもそれで何でたっつーのスパイになるんだろうか。うむむ、謎じゃ。

 

「付け加えるなら牛グループのメールが届いた際にその優待者と一之瀬の反応を金田と伊吹に確認させていたが、一瞬明らかに狼狽(ろうばい)していたそうだ。これも正解だったと思っていいだろうな」

 

 私は何だか感動してしまった。成長したなあ。ポンと肩に手を置く。

 

「たっつー……意外に色々と考えてるんだね」

 

「殺すぞ」

 

 

 

 

 

 夜の試験では、私と澪は結構はやくに来てゴソゴソと準備をしていた。次に部屋に入ったのはカピバラ麻呂。来るのはやいね君。

 

「…………どうしたんだ、このスポットライト」

 

「貸し出しであったから。先生に確認したけど別に部屋には危ないものじゃなければ何を持ち込んでも大丈夫って許可はもらったよ」

 

「なら、この人形は?」

 

「後でのお楽しみ!」

 

「そうか…………」

 

 たぶん今回も話し合いは上手く進められず、トランプで遊ぶとかになるだろう。ならばと私はしっかりと準備してきたのだ、別のゲームを。だってトランプ飽きてきたし。

 

 台本を読んで頭の中でリハーサルしてると、次々と人がやって来た。そんで何かまたKちゃんと真鍋さんと町田君とで昼ドラしてる。好きだねえ君たち。

 

 やがて試験開始のアナウンスが鳴った。

 

「それで、今回もAクラスは対話に参加してはくれないのかな?」

 

「ああ。そちらの話し合いを止める気はないから、やるなら好きにやってくれ。俺たちが方針を変更する可能性は皆無だ」

 

 町田君は堂々と話しているが、横の森重君はすごく不満そうだった。彼はキャロルを随分と慕っているようだから、それでだろう。

 

「じゃ、またトランプで遊ぶことにしよっか」

 

「ううん、申し訳ないけど一之瀬さん。今回は……私がゲームを始めさせてもらう!」

 

 澪が部屋の電気を消してくれる。人形をよいせと前へ運んだ私はスポットライトを一身に浴びながら高らかに言い放った。

     

今宵(こよい)、この逃げ場のない船内で起きた一つの事件……殺人事件の謎を、あなたがたには解いていただきます」

 

 何かいい感じのBGMが鳴り響く。スポットライトの光が人形──船員に救急救命法の訓練とかに使うらしいやつを借りた──に移った。

 

「発見されたのはこの死体。推定死亡時刻や遺留物などは付着してあるメモに書いています」

 

 パッとスポットライトが増える。今度は私も照らされた。ぴょこっとウサ耳を揺らす。

 

「残された手がかりから、彼が何故、どうやって殺されたのか。みんなで推理してくださ──」

「いや、画面見づらいから電気つけてよ」

 

「はい、ごめんなさい」

 

 せっかく作り上げたミステリアスな雰囲気が壊れた。クスン。

 

 とりあえずAクラスとKちゃん以外は推理ゲームに参加してくれたので、町田君にも声をかけてみる。

 

「話し合わなくて大丈夫だからさ、ぜひぜひ参加してみてくれないかな?」

 

「……申し訳ない、京楽。遠慮しておくよ」

 

「んー、Cクラスの考案した謎が解けないと?」

 

 ひよりんと澪と協力して制作しました。いやあ、楽しかった。たまにはいいね、こういうのも。

 

「挑発にはのらないぞ」

 

「残念。参加したくなったらいつでも言ってね」

 

 結局Aクラスは参加してくれなかったが、みんなでわいわいと謎解きに取り組み。推理ゲームはわりかし盛り上がった。よかったよかった。

 

 MVPはやはり一之瀬さん。流石の名探偵ぶりだった。幸村君やカピバラ麻呂もなかなかの活躍。それぞれの考え方が表れてた気がする。

 

「ありがとうねククリちゃん。楽しかったよ!」

 

「こちらこそありがとう!」

 

 立ち去るみんなに笑顔でお礼を言いつつ、お部屋のお片付けをする。次はどうしよっかなあ。

 

「澪も色々とありがとうね。おかげでとっても楽しい時間になりました」

 

「ん、これくらいどうってことないけど。じゃ、私はスポットライト返しに行くから。人形のほうはお願い」

 

「ラジャー!」

 

 最後に部屋を出るのは初めてだな。ポチリと電気を消して、外に出ると非常口のほうへと向かう。

 

 エレベーターや普通の階段でもいいんだけどこの人形見るとギョッとされるからね。非常階段で行ったほうがいいっしょ。そう長い道のりでもないし。さて扉に手をかけ開こう────

 

「おい、おまえたち! 何してるんだ!」

 

「何って……軽井沢さんとちょっとお話しさせてもらってただけよ。ねえ?」

「そうそう」

「それに、あんたは関係ないでしょ」

 

 と、思ったら。非常階段では昼ドラ第二部が開幕していた。なんぞなんぞ。

 

「──ッ、幸村くん、ガツンと言ってやってよ。こいつらあたしを無理やり連れ込んで暴力振るってきたし、暴言も酷かったんだから」

 

「は? なに被害者ぶってるわけ。こっちはリカのために問題を解決したいだけなの。同じグループだし、カフェで順番待ちしてたら割り込まれて突き飛ばされたって話は聞いてたでしょ?」

 

「……少なくとも軽井沢に悪気はなかったように見える。ここは穏便に済ませないか」

 

 ふむ。確かにうちのクラスの諸藤(もろふじ)りかちゃんとKちゃんがぶつかっただのなんのというどうでもいいことで揉めてた気がする。骨折でもして治療費請求したいのかな? すごいゴロツキっぽいムーブ。まあ何でもいいか。

 

「あのー、通してー?」

 

 声をかけると、その場の全員──幸村君、カピバラ麻呂、Kちゃん、真鍋さん、藪さん、山下さんから驚きの視線を向けられる。いや私は非常階段を使いたくて来ただけなんすけど。目的外利用はやめようぞ。

 

「く、ククリさん……あの、これは違うの! だから──」

「ええと、話があるなら後でいいかな。今、荷物が重いからはやく通してほしいんだ」

 

 Kちゃんの瞳には涙が浮かんでいる。真鍋さんたちにリンチでも受けていたのだろうか。なるほど、非常階段には監視カメラがないからなあ。でもここ人が通るから、もっと人の少ないとこでやろうよ。あと証拠の残らないように。

 

「っ──絶対、リカに謝ってもらうから」

 

 そう吐き捨てて真鍋さんたちは去って行く。友達思いだなあ。というかKちゃんが諸藤さんにちょっと謝罪すれば一瞬で終わる話なんではないだろうか。いや、詳細は知らないが。

 

 残されたKちゃんは過呼吸気味になっていた。持病かなにかで体調が悪化したとかでなければ、トラウマだったり? すごく苦しそう。

 

「状況をよく理解してないんだけど……とりあえず軽井沢さん、大丈夫?」

 

「放っておいて──ッ!」

 

「わかった。でも何かあれば連絡してね。まろ、綾小路君なら私の電話番号も知ってるから」

 

 カピバラ麻呂、さっき端末を手に持ってたしね。いや別に平田君とか桔梗ちゃんも連絡先知ってるしそっちでもいいんだが。Kちゃんは無言で私たちを睨みつけると、勢いよく非常口のドアを開けて飛び出し、荒々しく閉めた。お元気そうで何より。

 

生粋(きっすい)のトラブルメーカーだな、あいつは」

 

 怒りと呆れをブレンドした感情を(にじ)ませつつ険のある顔で呟く幸村君。私はとりあえず抱えていた人形を床に置いた。重いんじゃあ。

 

 しかし兎グループだからってわけじゃあないでしょうけど、脱兎(だっと)の勢いで出て行ったな。そんなにこの場から早く離れたかったんだろうか。

 

「んー、何だかみんな白ウサギさんみたいに急いでたね」

 

 カチューシャはもう外しているため両手でピョコピョコうさ耳を作ると、この和やかオーラで幸村君も少し落ち着いたのだろう、眉間(みけん)に寄せていたシワが薄れた。あるいは、彼の憤りの中にはKちゃんの私への対応も含まれてたので当人が気にしていなくて安心したということなのかもね。

 

「『不思議の国のアリス』か。好きなのか?」

 

「そりゃあもう。原文で読むくらいには」

 

 冒頭で急ぐ白ウサギさんの台詞はたぶん “Oh dear! Oh dear! I shall be too late!” あたりだったかな、とそらんじてみせれば、幸村君は驚きを隠せない様子だった。私が本を、それも洋書を読むことはそんなに意外なのか。まあ確かにたっつーの『趣味:支配』の納得感には負けるでしょうけれども。

 

「別に本を読む(イコール)勉強ができるとは限らないと思うんだよ。そういうのは眼鏡をかけてる人全員が勉強できるばりの偏見だと思うの」

 

「……ああ。それはそうだな」

 

 また苦い表情に戻った幸村君は、同じグループで眼鏡仲間の外村君のことを思い浮かべたのかも知れない。彼は彼でなかなか個性的だ。話してみると歴史や機械だったりアニメとかに色々と詳しくて面白い人ではあるが、幸村君との相性はイマイチに違いない。

 

 と、いけないいけない、すっかり話が横道にそれてしまった。

 

「えーっと、ごめん、結局この非常階段で何があったのかな?」

 

「真鍋たちが軽井沢を壁に追いつめて責め立てたり、肩を突いたり、髪の毛を掴んだりしていた」

 

 カピバラ麻呂が説明してくれる。ほほう、まあ暴力行為か微妙なラインだな。しかしそんな文句あるならさっさと裁判開くなりすればいいのに。そしたら私は再び検事か弁護人として参加できるし。

 

「じゃあ真鍋さんたちに後で事情を聞いてみるね」

 

「いや、そこまでしてもらわなくて大丈夫だ。実はオレたちは平田と同室でな。相談すればきっと上手く執り成してくれるだろう」

 

 幸村君とカピバラ麻呂と平田君、同じ部屋なんだ。へえ、かなり仲良しさんなのかな? あと一人は誰なんだろ。

 

 って、そうだよ、Kちゃんには平田君という立派な彼氏がいるのに町田君に猛アプローチかけてるじゃん。そりゃ真鍋さんたちも怒るわ。

 

「ところで、真鍋たちのククリへの態度は他と異なるようだが、そっちも以前何かあったのか?」

 

「うーむ、それが全然心当たりがないんだよねえ。想像になっちゃうけど、特に今回の場合は私に知られることで龍園君へ告げ口されちゃうのが怖いからこその怯えっぷりだったのかな」

 

「それなら合点(がてん)がいく。しかしククリは本当に報告するつもりなのか?」

 

 むー、正直どっちでもいいんだよね。ただ、カピバラ麻呂がたっつーの介入を危惧する気持ちもわかる。絶対Dクラスを攻撃する材料にしてくるだろうからなあ。

 

 同様の考えに至ったらしく幸村君も渋い顔になった。

 

「そうだなあ。この特別試験が終わるまでに解決してなかったら、言わざるを得ないかも」

 

 昼ドラを眺めるのはそこそこ楽しいし、たっつーに説明するのもかったるい。ここはDクラスのお手並み拝見といこうか。

 

「ああ、任せてくれ。といってもやるのはオレじゃなくて平田だけどな」

 

 うむ。完璧イケメンの平田君にお任せしておこう。ふぁいと!

 

 

 

 

 

 

 

(船上試験2.5日目、あるいは休息できない休息日)

 

 ──失敗した、失敗した、失敗した、失敗した!!! 

 

 ディスカッションもなく、試験のインターバルとなる日。真鍋(まなべ)志保(しほ)はひどい後悔に襲われていた。

 

「志保……」

「志保ちゃん……」

 

 (やぶ)山下(やました)も不安気な表情をこちらに向ける。彼女たちの前で気弱な様子を見せることなど出来ない真鍋は顔を取り(つくろ)う。

 

 Cクラス女子の中で、真鍋のカーストは上位。しかし絶対ではない。それが、Dクラスで不動の地位を築いている軽井沢(かるいざわ)(けい)との違い。

 

 強気な言動で男女両方から嫌われているのは一緒。ならばその差は何かとすれば、やはり交際相手の存在だろう。入学してから3週間くらいで軽井沢と平田が付き合っていると噂になり、それで彼女の名は知れ渡ったのだ。

 

 真鍋には同じ手段は使えない。平田というクラスの導き手に並ぶのはCクラスだと龍園であろうが、あんな人物の彼女になるなんて冗談じゃない。

 

 加えて、最近になってそのポジションにおさまりそうな生徒が出てきた。となれば真鍋がやるべきことは単純。その子から嫌われないように、適当におだてたり(へりくだ)ったりしておけばいい。

 

 だから京楽菊理の前では大人しくしていたというのに。

 

 軽井沢のせいでそれも台無しになりかけていることが、真鍋にはとてもじゃないが許せそうになかった。端末を壊されそうになったり、足を思い切り踏んづけられたり、遊びに行こうと町田(まちだ)を誘った際に邪魔されたり、本当に何かと気に入らない。勿論リカに謝ろうともしないのが一番イラつく点ではあるのだけど。

 

「大丈夫」

 

 自分に言い聞かせる意味も込めて、力強く告げる。

 

「昨日、私たちが軽井沢さんにやったこと程度で、龍園くんもククリさんも何も言わない」

 

 心証が悪くなる可能性はあるが、そこはもう仕方ないと割り切るしかないだろう。

 

 だからたとえククリの口から龍園に伝えられようと問題ないと、真鍋は言葉を重ねる。

 

 臆していると思われるわけにはいかない。『強さ』を示せなければ、待つのは転落。それは真鍋にとってどうしても避けたいこと。そして、おそらく軽井沢にもまとわりつく懸念。

 

 軽井沢に現れた片鱗(へんりん)は、もしかしたら彼女を攻撃する材料になるのかもしれない。とはいえ、今は軽井沢を上手く料理できる手段が思い浮かばない。

 

 しばらくはこちらを警戒して、また平田か町田かそれ以外か、ともかく男子にすり寄って離れないだろう。

 

 あとはもう、軽井沢とリカを強引に引き合わせて真実を暴くしかない。そうすればどちらが悪いのかはっきりするのだから。

 

 

 藪と山下と別れ、1人自室に戻る。

 

 はぁ、と緩慢な動作で椅子に腰掛けた真鍋が端末を手に取ると、丁度ピコンと通知が届いた。

 

【突然ごめんね。ちょっといい?】

 

 知らないアカウントからのチャット。とりあえず既読もついてしまったことだし、真鍋はさっさと返信することにした。

 

【誰?】

 

【あなたの協力者、かな。だからお互いのためにこのやり取りは誰にも見せないでね】

 

【協力って、何】

 

【軽井沢さんのことだよ。同じクラスだと何かと迷惑を被ってね。私も彼女が憎たらしいの。でもクラスメイトである以上は直接何かをすることは難しい。そこで、一緒に復讐したいなって考えてさ】

 

 怪しい。とてつもなく怪しい。このアカウントは学校の端末でしか登録できないのだから、同じ学校の生徒であることは確か。もしかしたら生徒を装った教師とかの線もあるけど、流石にここまではやらないだろう。

 

 そして、状況を知ってるんだから同学年なことも確定。でも、あとは分からない。本当に軽井沢を憎んでるのか、Dクラスの生徒なのか、女子生徒なのか。

 

 プロフィールとかを見る限り、サブアカっぽいのだ。情報が何も出てこないのである。

 

 無視するのが正解だとは真鍋も理解しているが、踏み切れないのは「もし本当に協力してくれて、成功したら?」という思いが頭から離れないせいだ。悲観的に考えれば真鍋を誘う罠、楽観的に考えれば救いの手。どっちなのか判別がつかない。

 

【もし私が他の人にこのチャットを見せたらどうするの? 先生とか】

 

【そうなれば、たぶん学校側に解析されて私の正体はバレちゃうね。このくらいだと注意で済むだろうけど、真鍋さんと復讐計画を実行して問題が起きたら首謀者の私に一番厳しい処分が下される。でもあなたはそんなことしないって信じてる。信用されたいならまず私から信用するべきだしね】

 

 リスクが大きいのは真鍋ではなく、チャットの相手。言われてみればそうだと真鍋は感じた。サブアカだろうと、学校から見れば同じ。何より、選択権は真鍋が握っているのだ。

 

【いいよ、話は聞いてあげる。だけど、どうやって私と軽井沢さんのことを知ったかを先に言って】

 

【あ、ごめん、そのこと伝え忘れてたね。実はククリちゃんに教えてもらってたの。彼女、軽井沢さんに八つ当たりされたみたいで、ちょっと怒ってて。勿論軽井沢さんに対して、ね】

 

 真鍋たちが去った後にまた何かあったらしい。あの軽井沢のことだ、想像はつく。しかし彼女もとんだヘマをやらかしたものだ。ククリを怒らせれば龍園が出てくるかもしれないというのを、他クラスだから知らないのだろう。

 

【ククリさんはなんて?】

 

【私に愚痴ったらスッキリしたみたいで、何かする気はないみたい。だから今がチャンスなの。私のプランで確実に安全に復讐すれば、真鍋さんも私も、ククリちゃんも喜ぶ。いい事づくめでしょ?】

 

 ククリを使って龍園を動かせれば、それが真鍋にとって最も単純で安心のやり方になる。しかし彼がどうするかはまったく予想ができないのだ。真鍋にとって望ましくない事態に発展する可能性だって高い。

 

 だったら、自分の手ではやくケリを付けるのがやはり一番。チャットの相手も、この意見を補強するかのように色々な話を出してくる。

 

 ぐずぐずしていると、もしかしたら軽井沢の恨みがリカに向いて、彼女が虐められたりするかもしれないこと。その通りだ。そして、そうなれば本末転倒である。

 

 中でも有益な情報だったのが、軽井沢は幼少期から酷い虐めを受けていて、強いトラウマがあるらしいということだ。思い返せば非常階段でも彼女の様子はおかしかった、と真鍋は納得した。

 

 ──虐められっ子だったんだ。あんな偉そうに振る舞ってるくせに。

 

 気づけば、真鍋は完全にやる気モードに入っていた。

 

【私が軽井沢さんをここに呼び出す。すごく丁度いい場所なの。全然人が来ないし、電波もほとんど入らない。乗組員が利用するからか鍵もかかってなかった】

 

 文章とともに送られてきたのは船内の最下層のマップ。配電盤室などがあるエリアらしい。ここなら、必要のある時以外は誰も近寄らないだろう。端末で助けが呼べないのも丁度いい。

 

【ちゃんと下調べもしてるってわけね】

 

【まぁ、このくらいは。それで、真鍋さんはどうする? 私に協力してくれるかについての返答が欲しいの】

 

【ちょっと待ってよ。今悩んでるから】

 

【どうして? ひとまず会って、復讐とかはその後決めればいい。話し合いの場が必要だったんだよね?】

 

 ふぅ、と真鍋は息を吐く。目まぐるしい状況の推移に疲れていた。

 

 どんな言葉を返すべきなのか。自分にとって最適な道を模索する。

 

 椅子から立ち上がって、グルグルと部屋の中を歩き回ってみたりもした。でも結局、答えは一つだ。

 

 よし、と勢いのまま書き込んで送信する。

 

【分かった、あなたの計画に乗るよ】

 

【良かった。それじゃ、今日の16時集合の約束で軽井沢さんを呼び出すけど、時間は大丈夫?】

 

【うん、問題ないよ】

 

 真鍋は藪と山下、それに当事者であるリカにもこの件について説明して、一緒に向かうことを決意した。

 

 

 

 §

 

 

 

 ──────さて。

 

 真鍋のIDを平田に教えてもらい、チャットを用いて彼女の誘導に成功した綾小路は、ある画像を眺めていた。それは非常階段付近の写真。真鍋たちが軽井沢を脅している場面を写したものだ。

 

 もし真鍋を誘い出せなければ、あの時念の為撮影していたこれを使って行動を強制させようと考えていたが……リスクの大きい方法をとることにならなくて良かったと、綾小路は思う。

 

 あとは、軽井沢に『綾小路清隆』を平田に代わる新たな寄生先と認識させればいい。真鍋たちの暴行により彼女が徹底的に壊された、その後に。

 

 

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