ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】 作:アネモネ
そもそも伊吹は人と話すことが苦手だ。緊張する。そして神経を
だから入学当初、流石に周りの席の人間とは最低限のコミュニケーションは取ろうと考えていた時期に、ククリに話しかけられたことは彼女にとっての転機だったのかもしれない。
ククリという人間はバカっぽいし、思ったことをはっきりと言う。あの龍園に対してもだ。伊吹がどんなに突き放してもまったく気にせず、いつも能天気そうに笑っている。気づけば何も気負いなく話せる相手となっていた。手のかかる妹、という感じが近いのかもしれない。
だからだろうか。8月下旬、ケヤキモールに来る占い師。世間でも結構有名で的中率も高いらしいその占いは二人一組でないと受けられないと言われて帰る羽目になった後、珍しく自分から彼女を誘ったのは。
「うひょー、混んでる混んでる!」
恋愛占いでもして欲しいのか男女二人組がひしめく中、ククリは楽しげに呟いた。と言っても彼女が楽しそうでない時を澪は知らない。干支試験の際、龍園の陳腐な嘘に何故か騙されてバニーガール衣装を着ていた時ですら「似合う似合う」などとやんやと
「それにしても澪って占い好きだったんだねー。知らなかったよ」
「悪い?」
「ううん、いいと思う。自分で占ったりもするの?」
「……そういうのは、あんまり」
「そっか。じゃあ今度私がお勉強して占ってしんぜようか〜」
「素人が占いしてもそう簡単に当たんないでしょ」
「わからないよ? もしかしたらククリちゃんに眠るスピリチュアルパワーが目覚めるかもしれない!」
そんなものないに決まってる、と返しつつもどこか否定できない気持ちがあった。日頃からククリがマジカルパワー(物理)がどうのとか右腕がうずくだとかアホらしいことを言ってたり、時々妙に鋭い言葉を吐く時があるからかもしれない。
「澪はどんな占いをしてもらいたいの?」
「天中殺」
「……必殺技? なんかこう、
「違う。簡単に言えば自分の悪い時期が見えるって占い」
ククリの相変わらずの物言いに失笑する。思えばAクラスのことを話す際も、「葛城派と坂柳派って葛城派のほうが格好良くない? こう、『かーつーらーぎーはーっ』と、『さーかーやーなーぎーはーっ』ではさ!」とバカなことを話していた。どこのドラゴンのボールだ。
「「あ」」
列に並ぼうとした伊吹と、男子生徒──昨日も同じ場所で同じ時間に会った人物だ──の声が重なる。
「なんでまた来てんの……しかも一人で」
「うっ」
「麻呂君だー。何日かぶりだね。元気してた?」
「あ、ああ。ククリはどうだ?」
「元気! でも夏休みの終わりが近づいてちょっとしんなりして来てる」
野菜かあんたは、とツッコミそうになるも、大人しく口を閉じた。綾小路の前でククリと親しげにするのは何となく決まりが悪かったのだ。そのせいで干支試験において兎グループの中でも伊吹はあまりククリと話をしないようにしていた。とはいえそのアホの子っぷりからCクラスでありながら警戒されないククリは普通に他クラスの人間とも仲良くしていたため、もともと会話の機会も少なかったのだが。
「麻呂君も占いしてもらいに来たの?」
「……いや、俺だけじゃ駄目なことは分かってるんだが、どうにも気になってな……」
「そうなんだ~。むむむ、私が分身できれば澪とも麻呂君とも占いを受けるんだけどなあ……ごめんね、忍者じゃなくて」
「忍者でも分身は無理なんじゃないか……?」
アホらしい会話だが、綾小路が押されていることは素直に嬉しいと思う伊吹の耳に、驚きの言葉が飛び込んできた。
「あ、じゃあじゃあ! 待つのは3人で一緒に待って、占いは澪と麻呂君で受けるってのは? 私は外で待ってるからさ。澪がもし良ければ、だけど……」
「は? こいつと?」
「うん。だってだってせっかくここまで来たのに、可哀想じゃん」
可哀想な子扱いされた綾小路は複雑そうな顔をする。それはいいのだが、伊吹としてはこんな男と二人で占いを受けるのは御免だった。
「それで私のメリットは?」
「むむむ。よーし、じゃあ澪のぶんは私が半額払おう! ただし占いの結果を後で教えてね!」
「…………」
伊吹は考えた。調べたところ占いはどのコースも5000ポイント以上と高額だった。そのうえ、龍園によって毎月ポイントを徴収されている伊吹にとって余計にポイントは必要である。占いの時だけ我慢すればいい、というのはわりかし魅力的に聞こえた。
「分かった」
「え? オレとしてはありがたいが……いいのか、本当に」
「勘違いしないで。ククリの頼みを聞いてるだけだから」
「ありがとう、澪。じゃあ店員さんに並ぶのは3人で大丈夫か聞いてくるね!」
こうして。3人で1時間以上列に並ぶこととなり。しかし何度も喋りかけてくるククリという存在がいたため、どうにか会話は続いた。だからといって仲良くなったかと問われれば、それは
「どうだった?」
「こいつ、宿命天中殺だった」
「およ、何かこれまた強そうな」
後で半額支払うね〜とほんわかしたオーラを放っているククリへと、簡単に結果を説明する。占いに感銘を受けた様子の綾小路も口を挟んだ。
「何でも遠回りせず真っ直ぐ帰れだとか」
「ええ、澪とこの後遊ぼうと思ってたのに!」
ガビーンと効果音がつきそうな感じで嘆くククリに、伊吹は何も言えなかった。確かにこのままだと彼女は占いに来て並んだだけで帰ることになってしまう。
「部屋で遊べばいいんじゃないか?」
「おおなるほど。麻呂君、頭いいね」
「いや、普通の発想だろ」
それでいい?と聞いてくるので頷く。どの道伊吹が了承しなかったところでククリが部屋に押し掛けてくるであろうことは想像に
エレベーターまで歩くと、昼どきだからだろう。かなりの混雑模様だった。
「あちゃあ、これは待つね。階段で行く?」
「ここは5階だし、迂回して遠くのエレベーターを使ったほうが……」
「ほほう、遠回りする? しちゃう?」
にやにやと笑うククリ。占いが果たして当たるかどうか、楽しんでいるに違いない。
「ああ。面白いかもな」
「……私は別にどっちでもいいけど」
決まりだ。一行はこちらとは別のエレベーターがある方向へと進んだ。
着くとそこは人っ子一人おらず静かなものだった。レディーファーストでも意識しているのかボタンの操作は綾小路が行う。
「1階でいいよな?」
「うん、ありがとう!」
3人が乗り込んだエレベーターはゆっくりと動き出した。
「麻呂君は残りの夏休みのご予定とかあるの?」
「残念ながら真っ白だ。ククリは?」
「ふっふっふ、ひよりんが
椎名ひより。金田
そう、伊吹が思案していると。エレベーターが急に停止した。
「何だ何だ?」
「変な音がしたよな」
暗闇。直後、非常灯がつく。
「もしかして停電?」
「っぽいね。マジか、故障かぁ」
言葉とは裏腹に珍しい事態との遭遇にワクワクを隠しきれないククリを見て、まあパニックになられるよりはマシかと伊吹は考えた。
「とりあえず非常電話じゃないか」
「はーい、やりたいやりたい!」
ククリが「ポチッとな」と非常ボタンを押す。しかし首を傾げた。もう一度長押ししている。さらに首を傾げた。
「繋がらん。連打しちゃまずいよねこれ」
「止めてくれ……おそらく内部的な故障だろうな」
綾小路が他のボタンを押すも、反応がない。
「じゃあ扉を破壊しようか」
ククリはウキウキとしながら拳を固めた。それを見て無謀だと綾小路が止めに入る。
「落ちた場合を考えるとリスクが大きい。だったら携帯で学校に連絡してくれ」
「了解! Umm……
そうは言いつつもククリは迷わずさっさと担任の坂上に電話をかけていた。手短に状況を説明して助けを乞う。やがて頷いて通話を切った。
「できる限り迅速に対応してくれるって」
その言葉に伊吹は安堵した。この学校の教師はこういった対応にも手慣れていることだろう。
しかし。苦難はここで終わりではなかった。再び重低音が響き、空調が止まる。
「が、頑張ってクーラーさん……!」
もちろんそんな応援でクーラーは復活しない。
「嘘でしょ……」
流石の伊吹もこれには動揺した。真夏、密室。どう考えても暑くなる。なり過ぎる。サウナ状態だ。
「何かエレベーターって脱出口みたいなのないっけ」
「ああ。天井に救出口がある」
「うーん、高いなあ……」
天井までは2m以上ある。映画みたいな脱出をしたいらしいククリはいつになく真剣に考え込んでいた。ピコーンと豆電球が浮かんだように手を叩き、意気揚々と話す。
「麻呂君が肩車してよ。それで開けよう!」
「いや、ここは救助を待つほうが賢明だ。無駄な体力を消耗する必要はない」
加えて言うならククリはスカートを穿いている。もしここで綾小路が快諾していたら伊吹はこの男を一発殴っていただろう。
「うー、わかりましたぁ」
仕方ないと座り込む。皆、現代っ子らしく端末を操作し始めた。
「他にも連絡を入れて……そうだ! 結局クラスのアルバム作ってくれなかったよね、龍園君」
「むしろ何で作ると思ったし」
「いやだってさ、写真よこせとか言ったから」
「じゃあアルバムはないのか?」
「ううん! 私が頑張って作ったよ!」
ククリはクラスメイトから写真を集めて無駄に凝ったアルバムを作っていた。自費で。どうせこの学校のことは口外できないから卒業しようと外に持ち出せやしないだろうにと思う反面、伊吹ですらどこか見ていると楽しいところがあるのもまた事実だった。
「Cクラスは思ってたより仲が良いんだな」
「んー、Dクラスは悪いの?」
「少なくともアルバムは作らないな」
「そっか。確かにうちも乗り気じゃあなかったかも。でもこう、3年間一緒なんだし思い出みんなで作ろうって張り切っちゃったんだよねえ」
龍園による支配体制の中で、ククリはどこか異質だ。その恐怖を和らげてくれる。おバカな発言で重い雰囲気を吹き飛ばしてくれる。ただ、流石に入学当初からではなかった、彼女が龍園に対してもこうも遠慮がないのは。
伊吹を含め龍園の支配に異を唱える者がその傘下に加わる、あるいは沈黙するようになり龍園がクラスを完全に支配したのは5月から6月ごろ。伊吹が思うにこの6月あたりからククリの態度はよりアホっぽくなり、それに比例して龍園との接触も増えていた。何が理由なのかはさっぱりだが。それを危ういと感じる反面、彼女ならば大丈夫と思えるのも事実だった。
「あ、そういえばうちももうすぐCクラスじゃないのか」
「そうだな。言い忘れていたが、昇格おめでとう」
「えへへ、ありがとう!」
屈託なく笑うククリは万に一つもそれが皮肉である可能性だったりを考えていないのだろう。だが確かに伊吹の目から見ても綾小路は普通に祝福しているように感じる。他を蹴落とすことも、這い上がることにも興味がない。Cクラス──夏休み明けからBになるが──にもよくいるただリーダーに従っているだけのタイプに思えた。
「でもそうなると名前とか微妙になっちゃうよね」
「難しいところだな」
「何かこう、
「うちのクラスだけ何か仲間外れじゃないか?」
「だって、いいのが思いつかなかったんです。許して」
「じゃあそれだとククリたちはBクラスになってもcrestと叫び続けるわけか」
「うむ!」
「…………無理がないか?」
「えー、駄目かぁ」
しょんぼりとした様子でククリは俯くも、またパッとすぐに顔を上げた。
「じゃあBだったら一之瀬クラスだとか呼び方に使うと考えて、麻呂君はDクラスのリーダーって誰だと思う?」
「そうだな。やっぱり堀北や平田、櫛田とかじゃないか」
「うーん、そうだよねえ。でも
バカバカしい。そうは思いつつも伊吹は二人の会話をきちんと耳に入れていた。
そして。むせ返るような暑さにやられた3人が汗だくになってきた頃、エレベーターは唐突に動き出した。1階へと着きあっさりと扉が開く。
「大丈夫でしたか? 怪我はありませんか?」
伊吹たちの担任である坂上が心配そうな声を出す。勿論綾小路に対してというより、少女二人に向けて。この学年の中で他の教師3人と違って同期ではない彼は何となく影が薄いというかハブられている感じはあるが、仕事はいつもきっちりとこなす有能な教師だ。Aクラスに上がろうと汚い手を使う龍園にも比較的寛容な点では互いにとって当たりと言えるかもしれない。
「はい。本当にありがとうございます、先生」
ククリに続いて二人も礼を口にする。医務室に行くように、という指示を受けたのでさっさと向かおうとする伊吹に、ククリは待ったをかけた。トコトコと綾小路に駆け寄る。
「麻呂君、今日はお疲れ様。ありがとうね、色々と」
「こちらこそ」
「何か困ったことがあれば、また協力して乗り越えよっ!」
そう、のほほんと笑うククリとそれに応じる綾小路に。呑気そうで羨ましい、あと当分占いはコリゴリ、と伊吹はため息を吐いた。