ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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Come, let us have some tea and continue to talk about happy things.

「お点前頂戴いたします」

 

 きちんと茶碗を回してから、数回に分けてお茶を飲む京楽菊理の姿は。茶道部のひよりの目から見ても手慣れた様子だった。

 

 飲み終わり茶碗の位置をもとに戻すと、ククリはそれまでの堅苦しい感じを崩す。

 

「とっても美味しかったです。ありがとう、ひよりん」

 

「いえいえ。こちらこそ来ていただいてありがとうございます」

 

 ここ、東京都高度育成高等学校では部活というものは特殊な位置づけにある。部活での成果でポイントが手に入るのだ。例えば大会での貢献度によって数千や数万のプライベートポイント。活躍が大きければクラスポイントにまで影響する。

 

 この茶道部の野点も参加者を集めてポイントを徴収するものであり、その売上が部へと入る。故に部員数はかなり少ないながらも彼女たちは色とりどりの浴衣を着て営業に励んでいた。

 

「でもこうしていると部活も楽しそうだなって思うなあ」

 

「では茶道部に入りますか?」

 

「んー、それもいいかも。ちょっとまた悩ませて」

 

 ひよりの言葉にククリが考えに耽る。彼女はどの部活にも入ってはいないため、茶道部への入部にはなんの問題も無い。まだ1年生なのだから遅く始めようと歓迎されることだろう。

 

 むむ、と唸る彼女を見ながらひよりは入学した頃のことを思い返していた。

 

 

 ククリは、ひよりが初めて会話した生徒だった。この学校に来るまでのバスの中で、隣の席だった彼女がシャープペンシルを落としたのを拾ったことがきっかけ。本に熱中していたひよりはその時は軽く話しただけだったが、その後教室で熱心に喋りかけられたのをよく覚えている。

 

 クラスの中で小説を、特にミステリを好むククリはひよりにとって趣味の合う友人だった。もちろん知識量には圧倒的な差はあるが、本について長々語るのを苦もせず聞く彼女と過ごすのは、楽しくて。図書館に行って一緒に本を読んだり、ポイントで購入した本を貸したり。いつも学校の鞄に私物の本などを入れて持ち歩くひよりに対しククリは「重いだろうから」と行き帰りをともにする際などは鞄を持ってくれたり。また、基本的にベタベタして来ないのもありがたかった。例えば昼食。お昼休みも読書をしたいひよりは朝にコンビニで買って教室で食べることが多いが、ククリは食堂派。たまにひよりが食堂についていったりククリが教室で食べたりするが、互いに何となくで行動しており非常にあっさりとしたものだ。でもそれが一人が寂しい時もあれど楽とも感じる彼女にとっては心地よい距離感だった。ひよりん、と粉砂糖をまぶしたような声が耳朶(じだ)を打つのもくすぐったいけれど嬉しくもあって。

 

 龍園も、彼女といるとその暴力的な匂いが幾分か薄らいでいるとひよりは思う。一人の時より、単純に話しやすい。ただ、それでも、誰かを傷つけたり争うことが好きではなく皆と仲良くしたいと思っている彼女は、いかにもアウトローな龍園とはある程度距離を置くようにしている。しかし。クラスが上を目指すのであれば彼の存在は必要不可欠であり、また、友達を守る為ならば戦わなければならない場面も出てくるということは、きちんと承知していた。だから多少ならば協力するようにはしているのだ。彼の取る手段は好ましくないものの、ひよりにとって龍園は守るべき『友達』の一人ではあるのだから。

 

 

 野点が、そして片付けも終了し自由解散になると、ひよりは食堂のほうへと足を向けた。道すがらに発見したのは先ほど会ったばかりの少女の姿。昼食を一緒にと、交わした約束の通り自分を待っていてくれたらしい。夏休みや冬休み等は営業していないのだが、食堂と校内の何ヶ所かが食事用に開放されてはいるのだ。

 

「うー、さっきの話だけど。ごめん、やっぱり少なくとも秋頃までは無所属でいようと思います」

 

「なぜ秋頃まで?」

 

 素朴な疑問に首を傾げるひよりに対し、ククリはゆったりと歩調を合わせながら告げた。

 

「うちの学校の生徒会てさ、4月から6月末までか10月の面接をパスすると入れてもらえるんだけど、私、10月に行ってみようかなって」

 

「生徒会、ですか」

 

「うん。10月になったら今の堀北会長が退陣するかもなんだよね。そしたら副会長の南雲(なぐも)先輩が会長になると思うの」

 

南雲(なぐも)、先輩……?」

 

 ひよりも部活の先輩から何となく耳にした気がしないでもない名前だが、あまり人の顔と名前を覚えるのが得意ではないためすっぽりと記憶から抜け落ちていた。

 

「およ、ご存知でない。ええとね、2年のAクラス、いや学年全体のリーダー的な美丈夫かな、芸能人にいてもおかしくないくらいの。元々のクラスはBクラスだったらしいんだけどね、この学校の歴史で一番優秀なんて話もある生徒会長に実力で引けを取らないって。でも彼と比べるとだいぶイケイケな人みたいだよ」

 

 色んな意味で、と続けたククリの顔からはそれがいい感情なのか悪い感情なのかは読み取れない。

 

「なぜ生徒会に?」

 

「だって楽しそうじゃない? 前みたいな裁判とかかぶりつきで見れるんだよ。ま、ダメ元だけどね」

 

 Dクラスとの裁判の一件。ククリが一応参加した、とはひよりも聞いていた。揉め事を好まない自分とは裏腹にこの友人は刺激的なことを好む傾向にある。それでもそれを裁く側に立つならば確かに悪い事ではないだろう。

 

「私に何かできることがあればおっしゃってくださいね。応援していますから」

 

「ありがとう、心強いな」

 

 たどり着いた食堂は、夏休み中であるからか平常時より人が少ないように見えた。紙コップの水を取った二人は手近の空いている席へと座りごはんを広げる。

 

「例年では何人くらいが参加しているのですか?」

 

「毎年一年生2、3人取るみたい。今は1人しかいないけどね」

 

 軽く会話を挟みつつ食事をとった。ひよりの所作も美しいが、ククリも意外と行儀よく食べている。彼女の家族について聞いたことはないひよりだが育ちが良いのだろうな、とは薄々感じていた。ちなみに大きな手で器用に箸を使いこなすアルベルトのことも同様に思っていたりする。外界から隔離された空間にあるこの高校では、個々の過去についてあまり話題に上らない。もちろん龍園ほど有名な不良であれば口にする者もいるものだが、それ以外ではどちらかというと現在、いかにこの高校で生活していくかといった話になるのである。

 

「生徒会に入った方がいるのですね」

 

「うん、Bクラスの一之瀬さん」

 

 それは交友範囲の狭いひよりでも知っている名前だった。学年でも有数の有名人かつ人格者だ。

 

「2年生も新しく入ってて、枠はギッチギチなんだけど……あと1人、副会長を一応置けるんだよね」

 

 部活にも入っていない彼女がなぜここまで上級生などの情報を知っているのか。ひよりは少し考えて、気づいた。生徒会の情報ともなれば教師も注目していることだろう。そしてククリは担任の坂上先生と普段から仲が良いし、クラスから生徒会入りする生徒が出るというのは名誉なことのはずだ。色々と教えていても何らおかしくはない。それに、彼女は学校の情報掲示板などもよくチェックしている。ひよりも見せてもらったことはあるものの、やはり本の虫なことがあって合わなかったのだが……ともかく。だからだろう、と結論づけた。

 

「でも以前葛城君ですら落ちちゃった以上、本当に望み薄なんだよなあ」

 

「ではなぜそれでも志望するのですか?」

 

 困難と知りつつも彼女が生徒会に入りたがるのは、何か明確な目標があるようにひよりには感じられた。

 

「えーっと。夏服とかさ、制服にはいくつかバリエーションってあるでしょ?」

 

「ありますね」

 

 生徒が皆持っているのは冬服のみ。熱が逃げないような作りになっているこの暑い制服を、2着支給されるブレザーの脱ぎ着で調節している。夏服はあるにはあるもののポイントで買わねばならず、制服とはしっかりした服であるがためにお高いのだ。放課後やこうした休暇などでは普通に私服で行動していいこともあり、夏服に憧れる生徒は多くも持っている生徒は少なめ。ましてやそれがひよりたち一年生ならばなおさらだ。

 

「それでね、ポイントで校則とかも変えられるらしいの。もちろん常識的な範囲で、だけど」

 

「はい……」

 

「だから私は思ったの。新しく生徒会役員専用の制服とか作れないかなって!」

 

 熱く語るククリにひよりはちょっとついていけなかった。そんなことで校則を変えたがるバカはそうそういないだろう。「生徒会に所属する生徒は専用の制服を着用しなければならない」よりは学校側から遅刻と判断される時間を数分遅らせるとかのほうがまだ有意義だ。

 

「腕章とかでもいいよね。あとあと、風紀委員とか設置できたらもっともっと格好良い!」

 

「風紀委員、ですか。確かにそんな組織があれば校内ももっと平和になりそうですね」

 

「うん。でも真っ先に龍園君が取り締まられそう」

 

 否定できる要素が見当たらなかった。根っからの優等不良生徒、龍園(りゅうえん)(かける)である。

 

「調べるとこの学校の生徒会ってほんとに小説とかでよく出る感じで権力が強めなんだよね。別に生徒会長は俺様じゃないっぽいけど。橘先輩と付き合ってるって噂もあるし」

 

「そもそもこの学校の仕組み自体がひどく特殊かつスケールの大きいものですからね。生徒会もまた特別だというのも頷ける話です」

 

 まるで実験場。生徒たちが何を試されているのか、その全貌はひよりにも予想がつかないし、どの生徒にとっても同じだろう。とはいえ、ただ静かに読書が出来るならばそれでよしとすることはできない、そうはしないと決意しているのも事実。どうにかしてAクラスに上がらなければならないのだ。友達になったククリと、彼女を通じて仲良くできた伊吹や他のクラスメイトのためにも。

 

 いつもはぽやぽやとどこか焦点の合わない瞳を、しっかりとククリに照準を合わせる。少し不思議そうな顔をしつつも彼女は柔和な眼差しを向けてくれた。

 

 食堂にはそのまま残ってお茶していく生徒も多い。二人はのんびりまったりと会話に花を咲かせた。

 

 

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