ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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Ignorance is bliss.

 東京都高度育成高等学校において。生徒がAからDまで能力順に振り分けられる。これは入学したての新入生以外は誰もが知る事実である。それでは彼らと3年間ともに過ごす教師たちは? 彼らもまた、担当するクラスがAクラスを維持できるかあるいはAクラスに上がれるか否かといった点で成績評価されており、日々競い合っているのだ。

 

 1年Cクラス、担任。坂上(さかがみ)数馬(かずま)は上機嫌だった。例年、Aクラスには優秀な生徒が、Dクラスにははっきり言って能力的に劣る、不良品とすら呼称されることもある生徒が所属することになっている。ゲームのように表現するならば、Aクラスには強力なカードが多めに配られていて、下位クラスになるにつれ弱いカードが多くなっていく。これまでの学校の通例のようなものだ。勿論生徒が成長して強力なカードに転じる場合もある。だから珍しいとはいえクラス変動も起きるのだ。

 

 Aクラス担任の真嶋(ましま)をあまり快く思っていないこと、自身の成績を気にしていることもあって坂上はもちろんCクラスをAクラスへと引き上げることを狙っている。だが、生徒がクラスを選べないのと同様に、教師もまた生徒を選ぶことはできない。どんな生徒が所属するかは蓋を開けてみなければわからないのだ。しかし────

 

 今年のCクラスは一味違った。それが入学式の日から感じられたことに、坂上は満足していた。

 

 

 

 

 時は遡り。入学式の前、クラスとの顔合わせの時間。

 

「みなさん」

 

 坂上のCクラスには柄が悪い、と世間一般的に言われそうな生徒が多かった。監視するようにと学校側から指示を受けている生徒も少なくはない。面倒なことではあるが、しかし裏を返せばそれだけの『力』を有している生徒がいるということに他ならない。

 

「まずは入学、おめでとうございます。私はこのCクラスを担当します、坂上数馬です。授業は数学を担当します」

 

 真正面。教卓の真ん前には監視すべきと指示のある京楽菊理を配置。正直なところ彼女については学校側が気にしすぎているだけだと思う坂上はこの位置でも問題はないと判断した。

 

 その列の一番後ろには龍園翔を。彼も監視対象ではあるが、最前列になんてこさせたら教師側もたまったものじゃない。メンチを切られながら授業するなんて御免だ。それに。多少問題行動を起こそうとも結果的にプラスになるのであれば受け入れる度量くらいは坂上にもあった。

 

 屈強な肉体の持ち主でありサングラスをかけて威圧感を振りまいている山田アルベルトも、しっかりと教師から見えやすい位置に配置している。抜かりはない。

 

「本校では学年ごとのクラス替えがありません。よって卒業までおそらく3年間、私が担任としてみなさんと学び合うことになるでしょう。どうぞよろしくお願いします」

 

 ゆっくりと丁寧な口調で話す。重要な時などには威圧的な口調に変えるなどして使い分けるのが坂上なりの生徒との付き合い方のコツだ。

 

「さて、これから1時間後、体育館にて入学式が執り行われます。その前にこの学校の特殊ルールについて以前配布のものと同様の資料と、学生証を配布します」

 

 10万円もの大金がポンと渡されることに喜び以外の感情を持てる学生は少ない。浮かれる彼らが果たして来月どうなるかはわからないが、決してここで手出しできないのがこの学校の教師の辛いところである。

 

「ポイントは各々で自由に使えますが、それは在学中のみになります。卒業後には全て学校側で回収しますし、現金化することも出来ません。それと、先程自由に使えると言いましたが、例えば譲渡でしたら問題ないのですが、恐喝となると問題行動になります。本校はいじめ問題に厳しく対応しますので、ゆめゆめ忘れないようにしてください」

 

 要注意人物・龍園に目をやると、彼はニヤニヤと笑っていた。その態度に少しの苛立ちと期待感を持つ坂上。龍園ならばルールの穴をつき、証拠も残さず悪事をはたらくであろうという予感があった。できる範囲でそれをサポートしAクラスへの道を切り開くのが坂上の役目。しっかりと見極めなければならない。

 

「何か質問がある人はいますか?」

 

 手を挙げる生徒はいない。

 

「では、入学式でまたお会いしましょう」

 

 教室を去る際、もう一度龍園を見る。坂上の目に映る彼はやはりどこまでも愉しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 入学式後、敷地内の説明も終わり。職員室にいる坂上に女子生徒が声をかけてきた。

 

「坂上先生」

 

「ああ、来ましたね」

 

 京楽から話を聞きたいと言われた坂上は彼女を職員室へと呼び出していた。少し思案して、そのまま彼女とともに進路相談室に行く。職員室には他の教師の目がある。どういった生徒がクラスにいるか、あまり手の内は明かすものではない。

 

 監視カメラは誰がどこでチェックしているのか。ポイントが0になればどうなるのか、退学した生徒はどうなるのか、退学は取り消せるのか。クラス替えがないならばクラス名はそのままなのか、個人がクラスを移動することはできないのか。生徒以外、例えば教師へのポイントの譲渡は可能か。

 

 どれも鋭い質問ばかりだ。それとなくクラス内で争うのかクラス別か、学年別かということを聞かれた時にはそこまで気がついているのかと坂上は戦慄した。毎月のポイントを査定する基準が個人なのかクラスごとなのかはたまた学年ごとなのかと考察していたのだろう。恐るべき慧眼(けいがん)の持ち主だ。

 

 ポイントで命すらやり取りできるのかという質問には苦笑してしまったが。彼女なりのジョークだろうと坂上は考えている。当然何事にも例外は存在するので、ポイントを用いて教師や生徒の命を要求されても流石に応えようがない。

 

 話が終わると京楽は丁寧に頭を下げた。意気消沈している様子からして、予想はしていてもここまで実力主義な学校であったことにショックを受けたのだろう。もしくは生徒同士で争わなければならないことが悲しかったのかもしれない。それが良いか悪いかはさておき心優しい生徒だ、と坂上は感じた。

 

 彼女が立ち去ると今度は呼んでもいないのに龍園が現れる。一見丁寧でもこちらをなめくさった慇懃(いんぎん)無礼な態度に、さっきの京楽とのこの落差はなんだろうかと感じた坂上であったが、その質問からわかる彼の頭のキレっぷりは期待以上だった。生徒の過去をどこまで調べている、とこちらを探ってくるのには辟易してしまったが。この学校の担任は受け持つ生徒について一般的な学校より多くの情報を持つのは事実だ。しかし坂上とて教師、生徒の個人情報は守る。もちろん学校のルール上でという但し書きはつくが。

 

 聞きたいことを聞ききって進路相談室から出た龍園がその後どうしたか。それは次の日にすぐに判明した。朝から教室が異様な雰囲気に包まれており、龍園が彼らを支配しようと働きかけているのが見て取れたのである。だが、当然のごとく坂上はそれを黙認した。

 

 そしてDクラスとの小競り合いの際はサポートしたり、無人島試験でも反則にならない程度の手助けをして。干支試験では龍園を竜グループへ入れ。そうした努力が実り────

 

 

「二学期からはBクラス、か」

 

 坂上のCクラスは昇格した。この短期間での昇格は異例、とまではいかないまでも十分に目覚ましい成果と言っていい。

 

 Cクラスが龍園を頭に据えたのは正解だったらしい。坂上はほくそ笑む。

 

 龍園は坂上には制御不能だが、京楽を通じてであれば多少の干渉くらいはできる。Bクラスの一之瀬ではないが、彼女もまた学級委員の真似事のようなことを進んで行う教師に従順な生徒だ。こういう生徒がいてくれると教師としてはやりやすい。

 

 加えて生徒会に入りたいという意欲を見せてきたのも坂上にとっては嬉しい誤算だった。同じクラスの金田や椎名とは異なり成績面ではぱっとしないものの、教師からの評価でそれは補えるだろう。4月からはやくも上級生と交渉して過去の試験問題を入手し、あの小テストで100点をとったことは教員間では話題になった。

 

 たとえ今回は生徒会入りを果たせずとも今から意欲を見せておくことで来年度に繋がるに違いない。次の生徒会長と目される南雲は女子生徒に甘いと聞くし、十分に可能性はあるだろう。もし彼女が生徒会役員となれば坂上の評価もまた上がることになる。

 

「しかし……制服のデザイナーを教えてほしいと言ってきたのは何だったんだか」

 

 坂上は首を捻った。

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