ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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A fool’s bolt is soon shot.

 ヒロインとは空から落ちてくるもの。そんな言葉もよく耳にするが、ともかく。1年Dクラス所属の男子生徒、三宅(みやけ)明人(あきと)の前にそれは現れた。

 

 弓道部の練習から帰る途中。道にある木から何か音がしたかと思うと、そこから女子生徒が降ってきたのである。

 

「むぐ、不覚……」

 

 落ちたとはいえそう高い木でもないため怪我をしている様子はない。大丈夫か、とクラスでは基本ボッチを貫いている三宅も流石に一言くらいは心配の声をかけようとしたが、それはできなかった。

 

「なんで、被り物してるんだ?」

 

 ツッコミのほうが勝ったのである。

 

 女子生徒はごく普通の……強いて言うならシンプルめな、着回しできそうな服を着ていた。夏休み中であるからして私服の生徒が大多数だから、これは当たり前の格好だろう。それはいい。いいのだが、その顔面がすべての違和感の原因だった。

 

 着ぐるみの頭部。猫のそれは、私服とはマッチしておらずそれはそれは違和感満載だった。

 

「およ、失礼しました通りすがりの方。これはですね、山よりも高く海よりも深い理由があって……」

 

 謎に礼儀正しく一礼してから女子生徒はゆっくりと三宅に告げた。

 

「木の上に降りられなくなった猫ちゃんがいるなーと思って、怖くないよとお仲間アピールするべく持っていたこの着ぐるみをとりあえず頭だけつけて登ってみたら。なんとそこにいたのは猫ちゃんではなくビニール袋! がっかりした私はうっかりして木から落ちちゃったというわけなのですよ」

 

「…………バカだろ」

 

 思わずボソリと呟いてしまった三宅の言葉は、しかしはっきりと聞こえていたらしい。

 

「バカじゃないもん!」

 

 どう聞いても、どう見ても、どう考えてもバカだった。

 

 腕をぶんぶん振って主張する女子生徒。被り物によって顔はまったく窺い知れないが、真っ赤にしていることだろう。そう三宅が思っているのを知ってか知らずか、彼女は暑いと言ってカポッと被り物を取った。

 

 (あら)わになった彼女の容姿はこの学校の高いレベルに合致するものだった。だがバカだ。三宅は異性というより既にアホの子を見る目になっていた。

 

「あ、申し遅れました。私は1年Cクラスの京楽菊理です」

 

 その名前に三宅は心当たりがあった。同じクラスの櫛田ほどではないにしろ、他クラスの女子とも交流の多い生徒だ。Dクラスの女子が何度か彼女の名前を口にしていたのを聞いた記憶がある。

 

「そうか。俺は1年Dクラスの三宅明人だ」

 

「やっぱ同級生だったかあ。えとえと、三宅君は制服ってことは部活帰りとか?」

 

 急に馴れ馴れしくなったククリに戸惑いつつも三宅は答えた。

 

「ああ。弓道部に所属している」

 

「おお、格好いい。そういえば同じクラスの吉本(よしもと)君も確か弓道部だったような」

 

「吉本功節(こうせつ)なら弓道部で合ってる。さっきまで一緒だったぞ」

 

「ん! そかそか、偉いなあ二人とも」

 

 確か吉本君てモテたいから弓道部入ったとか言ってたのに、とポケポケと呟く彼女の様子はごく普通の生徒のものだった。龍園率いるCクラスの生徒ということで少し身構えていた三宅であったが、杞憂だったらしいと警戒を解く。

 

 隣の中学に龍園がいて、面識こそないが何度か抗争になった時は接近したことすらある三宅は彼についてこの学校の中ではかなり詳しい方だ。勝つためにどんな手段も選ばない龍園の脅威をよくよく知っている。故にCクラスと聞くだけでそれが女子であっても何か裏がないかと考えてしまうのだが、流石に彼女は何も考えていなさそうだった。

 

「なぜ、猫の着ぐるみを?」

 

「先輩にもらったの。もう使わないからって」

 

 えへへ、と笑う彼女に物を与えた先輩の気持ちは何となく三宅にもわかる気がした。祖父母が孫に小遣いをやるだとかそういう感覚なのだろう。

 

「文化祭ででも使ったのかもな」

 

「ん? んー、かもね。とりあえず私はクラスの出し物とかに使いたいなーって」

 

「出し物?」

 

 クラスの出し物。この高校にしては不自然であるし、龍園のクラスであればなおさらだ。不思議そうにする三宅にククリは言葉を続ける。

 

「クラスの打ち上げやるっぽいから。準備しておくの!」

 

 CクラスはBクラスへと昇格する。それを祝うのは何らおかしくはない。だが出し物なんてものは必要ないだろう。なるほど、単にこの少女の思考回路がヘンテコなだけかと三宅は結論づけた。

 

「そうか。頑張れよ」

 

「ありがとう、三宅君」

 

 にぱーっと笑うククリの雰囲気は龍園のそれとまったく異なる。こう見えてクラスで苦労してるのかもしれない、と考えかけた三宅だったが途中で打ち消した。たぶんクラスで何が起こってるのかすらよくわかってないだろう。

 

 とはいえ、三宅も人のことは言えない。クラスでも人とほとんど関わらない三宅は無人島試験でDクラスが勝てたのも堀北が何かやってくれたらしいとしか、干支試験でCクラスが勝ったのもただ龍園にしてやられたとしかわかっていない。大半の生徒も同じ認識だろうが、おそらく彼ら以上に三宅は特別試験での話を把握できていなかった。まあ、夏休みが明ければ平田あたりがクラス全体に向けて説明してくれるだろうから心配はしていないのだが。

 

「船上ではCクラスは大活躍だったな」

 

「うん、龍園君すごいよね。おかげでだいぶのんびりできたよ」

 

 やっぱり何もわかっていないらしい。加えて龍園はクラスへの説明なんてしないし、理解も求めていないだろう。そういう男だ。恐怖政治の独裁者。中学時代もあの荒れた地区で、宝泉(ほうせん)というこれまたヤバい男と同じくらい名を馳せる不良だった彼に口出しできる人間がどれほどいるものだろうか。

 

 三宅自身も彼の態度に文句を言いたいとは思っているものの、未だに話せていない。彼女のような生徒が毒牙にかかる前に接触するべきか、と考えた三宅は自分でもなぜ今会ったばかりのククリをこうも気にしているのかと疑問に思って、わかった。彼女は三宅と同じクラスの長谷部(はせべ)波瑠加(はるか)にどこか少しだけ印象が似ている。それで重ねてしまったのかもしれない。

 

「確かにすごいと言えばすごいかもしれないが……龍園には、気をつけろよ」

 

「クラスメイトにどうやって気をつけろと……?」

 

 むむ……難しい、と唸る彼女は人に対する警戒心などとことん持つことがなさそうである。言っても無駄だな、と三宅は諦めた。

 

「悪い、今のは忘れてくれ」

 

「忘れるには衝撃的な発言だったけど、わかったよ。努力するね」

 

 決意の表明なのか拳を握って気合を入れていたククリは、ふいに端末を取り出した。

 

「これも何かの縁だし、連絡先交換しようよ!」

 

「何の縁なんだ……?」

 

 そうは言いつつも三宅は自身の端末の画面をククリへ見せた。三宅もここで断るほど非道な男ではない。それに健全な男子高校生にとって女子の連絡先というものはなかなかに魅力的なものである。それがたとえアホの子であっても。

 

「猫の繋いだ縁、かな」

 

「ビニール袋だろそれ」

 

 猫とビニール袋を見間違えて木に登った、というおバカなエピソードはなかなか忘れられるものじゃあない。思わずツッコミを入れる三宅に、ククリは笑いながら端末をポケットへしまった。連絡先の交換は終わったようだ。

 

「そうなんだよね。きっとどっかから飛ばされちゃったんだろうな」

 

 捨てとかないと、ともう片方のポケットに目を向けるククリ。ちゃんとレジ袋を回収していたらしい。落ちているゴミとかも拾ってゴミ箱に捨てるタイプなんだろうなと三宅は感じた。

 

「偉いな」

 

「ありがと!」

 

 屈託なく笑う彼女は、どこまでも楽しそうである。社会貢献活動とかもにこにことこなしそうだ。中学時代は荒れていた時期もある三宅はこういう生徒が教員からの覚えもめでたいのかと少し眩しく思った。

 

「じゃあまたね、三宅君。もし猫の着ぐるみが必要になったらいつでも連絡してきていいよ!」

 

 たぶんそんな時は来ない。しかしここでそれを言う必要もないだろう。

 

「ああ、またな」

 

 手を振って別れ、少し歩いて。ふと三宅は思った。寮とは反対側の方向へ駆け出して行ったが、ククリは果たしてどこへ向かっているのだろうかと。

 

 その答えはすぐにわかった。

 

「間違えた……もうお家帰るんだった……」

 

 やはりアホの子だ、とはやい再会に苦笑しつつも、一緒に寮まで歩いてやることにした三宅だった。

 

 

 

 

 

 

(何とかと煙は高いところが好き)

 

「……という感じでね、とっても優しい人だったんだよ」

 

「猿も木から落ちるんだな」

 

「もー、女の子にそういう言い方は『めっ☆』だぞたっつー。ん、一応確認しとくけど褒め言葉ではないよね?」

 

「ああ、おまえほどの木登り名人が失敗するとは驚きだ」

 

「え……あ、ありがとう? 別に私、木登り得意でもなんでもないけど」

 

「嘘に決まってるだろ馬鹿が」

 

「むきーっ!」

 

 

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