ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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There is a destiny that makes us brothers.

 Aクラス。最も優秀な生徒たちが組分けされたクラスであり、そのままのクラスポイントを維持できれば将来が約束されているクラスである。

 

 そんな1年Aクラスはしかし夏休みの特別試験において手痛い敗北を喫していた。理由は明白。直接的な原因はCクラスの龍園による攻撃。間接的な原因は、クラスを二分する葛城派と坂柳派の対立である。

 

 無人島、船上と2つの試験の結果。Aクラスが924、Bクラスが703、Cクラスが792、Dクラスが362。この数字はあくまでも暫定のものであり、確定するのは9月1日。その時点でクラスが変動する。この学校では様々な状況が加味されて毎月クラスポイントに変動が与えられるが、89ポイントもの差がある以上は龍園率いるCクラスはこれによりBクラスへと昇格すること確実と言っていい。

 

 だが、実際のところはこれと少々異なる。無人島で葛城と龍園が契約を締結した結果、Aクラス生徒全員が龍園翔に毎月2万プライベートポイントを譲渡しなくてはならない。これをクラスポイントで考えるとAクラスはおよそ724、Cクラスは992と逆転してしまうのである。

 

 葛城と坂柳のやり方は真反対だ。どちらがいい、というものではないものの、葛城は事実としてクラスの舵取りを誤った。Aクラスが良い状態ではないのは確かだし、これからクラスメイトが葛城に向ける目は厳しくなっていくことだろう。失った信頼を取り戻すのは困難だ。加えてこの学校のポイントシステムには優秀な葛城からしても不明瞭なところが大きい。

 

 だが、最近の彼にとってはクラスのことよりもはやくに解決せねばならない悩み事があった。

 

 全頭無毛症である葛城だが、双子の妹も病弱。さらには彼らの両親も祖父母も他界しており、今は親戚に預けられている。親代わりの葛城としては妹の誕生日をどうしても祝いたい。しかし『外部と連絡をとれない』この学校の規則は想定外に厳しかった。荷物を送ることすらできないとは考えが及んでおらず、妹に贈り物一つしてやれないことに苦心しているのである。

 

 校内の様々な店で働く従業員は敷地の出入りも自由だが、彼らは厳しい規則の下で働いている。学校の敷地内には郵便局もあるが、基本的に教師が利用するのみ。生徒の頼みを聞いてくれるはずもない。よって一番生徒に近い側である生徒会を通してどうにか送る許可をもらい、手配を頼むべく学校へと足を運ぶ葛城に、道中で出会った綾小路が加わり、校内を歩いていた。

 

「あれ、麻呂君と葛城君だ」

 

 パリッとした制服を(まと)いやっほー、という感じでてててと駆け寄って来た少女には葛城も見覚えがあった。Cクラスの京楽菊理だ。干支試験の際、堂々と竜グループの部屋に入ってきた姿は記憶に新しい。

 

「部活か?」

 

「半分正解かな。私は部活には入ってないけど、美術部にちょっと用事があって来てたの。二人は?」

 

 綾小路がちらっと葛城へと視線を向ける。話しても構わないか、と問いかけてきているのだろう。葛城は彼の代わりに答えることにした。

 

「俺たちは生徒会室に用がある」

 

「生徒会室! あれ、もしかして生徒会に立候補するとか?」

 

「いや、違う」

 

「そうなんだ。よかったあ」

 

 ほっと胸をなでおろす仕草を見せるククリに、今度は綾小路が尋ねた。

 

「ククリは生徒会を志望しているのか?」

 

「うん、前までは違ったんだけどね。色々と考えてチャレンジしてみたくなったの」

 

 龍園には悪い噂が纏わりついているし、実際に葛城は彼と取引をしたことを非常に後悔している。笑いながら近づいてきて突然襲い掛かってくる、そんな男だ。だが同じクラスの彼女については特に悪い噂を聞いたことなどない。堀北生徒会長に認めてはもらえず、生徒会入りを諦めた葛城は素直に彼女のことを応援した。

 

「そうなのか。ぜひ頑張ってくれ」

 

「ん、ありがとう葛城君……ということで、私もお邪魔じゃなければついて行ってもいい? ちょっと生徒会の人にお話聞いてみたくてさ」

 

「…………そうだな。俺の方もそう急ぐ話でもないから構わない。ただ俺が話す前に終わらせて、こちらの話は聞かずに退出してくれ。それが条件だ」

 

 流石に龍園率いるCクラスの人間の前で自身の弱点を晒すようなことは葛城にはできない。故に行った提案であったが、ククリは特に気にしていないようだ。笑顔で礼を口にして彼らに加わり、生徒会室へは三人で向かうこととなった。

 

「失礼します」

 

 部屋には生徒会長の堀北(ほりきた)(まなぶ)と書記の(たちばな)(あかね)の二人。他の役員は不在らしい。

 

「あ、『異議あり!』の子」

 

「はい。その節はお世話になりました」

 

 堀北会長と橘書記、そしてククリと綾小路はCクラスとDクラスでの裁判で同席した。どうやらその時のククリの発言を橘はしっかりと覚えていたようだ。葛城は知らぬことなのでよくわからなかったが、何かで面識を持ったのだろうと流した。

 

「1−A葛城、1−C京楽、1−D綾小路だな。用件を聞こう」

 

「ありがとうございます。では僭越(せんえつ)ながら私から」

 

 ずいとククリが前に出る。葛城と綾小路は無言で少し後ろに下がった。

 

「堀北会長は例年12月に行われていた生徒会長の交代を10月に変更されましたが、その前に1年をもう1人、生徒会に受け入れることなどはなさらないのでしょうか?」

 

「それは京楽、お前が生徒会副会長に就きたいということで相違ないか」

 

 頷くククリに、堀北会長はあっさりと告げる。

 

「それはできない。以上だ」

 

 その言葉を聞いて橘書記はなぜか綾小路の方へ物言いたげな視線を送っていた。不思議に思った葛城だが、次のククリの発言のもたらす衝撃によりそれは霧散した。

 

「…………生徒会役員の任期無期限や人数制限の撤廃。不適格者の除名規約。どれもこの学校の伝統を打ち壊すものですよね」

 

「なるほど。耳が早いな」

 

「ありがとうございます。それで、副会長に押し切られる前に後進を育てておくべき。そうお考えではありませんか?」

 

「何故そう思う」

 

「そうであってほしいからです!」

 

 人はそれを当てずっぽうと呼ぶ。もしくは希望的観測である。堀北会長は軽く目をつむって頭を押さえた。

 

「……ともかく。いくら請われようとも俺は京楽の生徒会入りを認めることはできない。退陣後に入ることも勧められない」

 

「わかりました。でしたら、せめてこれだけでも」

 

 意外にもすんなりと諦めたらしいククリは何枚かの紙を堀北会長と橘書記に差し出した。

 

「こ、これは……まさか……!」

 

 驚きと期待の入り混じった橘書記の声に、葛城はククリの抱負でも綴ってあるのかと考える。が、違った。

 

「はい。生徒会役員専用の制服のデザイン案です」

 

「ですよね。腕章とかも描いてあります」

 

 キャッキャと生徒会室にて女子トークが始まる。学力も高く落ち着きのある人物と聞いていた橘書記の意外なノリの良さに葛城は少し動揺した。人と接することを強く望まない堀北会長が唯一傍に置く生徒、とのことなのだが……彼へ全幅の信頼を寄せているのは勿論、さらにそれ以上の感情も持っているように思えてならない。今もイメージするためかチラチラと紙面と会長とを見比べているのだ。

 

「橘先輩はどれが一番いいと……?」

「そうですね、やっぱりこの学ランとセーラー服のものが……」

「わかります。普段ブレザーの人が学ランを着るのを想像すると、なんかこう、いいですよね!」

 

 延々と続きそうなそれは堀北会長の咳払いによって堰き止められた。慌ててキリッとした顔を作り直す橘書記だが、たぶんもう手遅れである。

 

「ぜひともご検討いただきたく」

 

「悪いがこちらも忙しい」

 

 あえなく撃沈したククリを橘書記が慰める。彼女はお気に召したのだろう、その手にはしっかりとデザイン案が握られていた。

 

 堀北会長は容赦なく自らに渡された紙束を突っ返す。

 

 それをしょんぼりと受け取り、力なく一礼してすごすごと退室したククリを見て、綾小路は思わずといった風に口を開いた。

 

「このために、生徒会に入りたかったんだろうか」

 

 誰も、何も言えなかった。否定できる要素が見当たらなかったのである。

 

 

 

 その後の生徒会との話し合いの結果、妹への誕生日プレゼントの郵送を断られてしまった葛城は寮へと帰っていた。

 

 何か用件があるらしく生徒会室に残った綾小路に対し、私事に付き合わさせた詫びを入れるべくロビーで待とうとする葛城。彼は他クラスの女子たちのお茶会場となっているそこの、わずかに空いたスペースに腰を下ろした。

 

「おお、葛城君。さっきぶりだね」

 

 声のほうを見やると、近くにはククリが座っていた。見渡せばいるのはCクラス女子が多い。生徒会室から帰った際に誘われでもしたのかと葛城は推測した。

 

「誰か待ってるの?」

 

「ああ。少しな」

 

「ならさ、待ち時間に占いでもいかが?」

 

 テーブルの上には飲み物やお菓子の他にトランプが散乱している。どうやらそれで互いに占いを行っているようだ。

 

 よほど葛城が不思議そうな顔をしていたのか、周りの女子も説明に加わる。

 

「ケヤキモールによく当たる占い師さんが来てるじゃん?」

「それでなんか占いがブームみたいになっててさ」

「でも水晶玉とかタロットとかはお高いんですよ」

「だからこうして紅茶占いとかトランプ占いとかしてるってわけ」

「あと占いの本を図書館で借りたり、そこのエントランスの本棚から持ってきたりね」

「だから葛城くんもよかったらどーぞ」

「うちら素人だからあんま期待しないでだけどね」

「ククリちゃんのはまだ当たるほうじゃない?」

「やっぱ読み取り方の問題なのかな、こういう占いって」

「スピリチュアル的な才能とかだと私は思う」

「えー、そうかな」

「とりあえず席ずれよっ」

「そうだね、葛城くん、こっち座りなよ」

 

 女子の勢いに圧倒されつつも、葛城は「なら頼む」とククリの前に座った。わざわざ席まで用意された以上、断ることもできなかった。

 

 トランプが混ぜられ、シャッフルされ、山を3つにカットされる。戻す順番を問われた葛城は右から順にと答え、トランプは一つの山になった。これで準備完了らしい。

 

「それぞれ過去・現在・未来になるの」

 

 ククリは山からカードを3枚引いて置いた。裏返しになっているそれらを順にめくっていく。

 

「えーっとね、葛城君は今大きな問題に直面しています」

 

 問題を抱えていない人間などいないだろう。葛城は静かに頷く。

 

「一方はなんとか解決できそうかな。でももう一方は難しい。困難に立ち向かうには……お金が大切!」

 

 非常に当たり障りない言い方だ。確かにお金、この学校で言えばプライペートポイントがあれば大抵のことは解決できる。まあ所詮、当たるも八卦(はっけ)当たらぬも八卦。葛城も別にそこまで期待していたわけではない。

 

「わかった。気にかけておこう」

 

 そう言ってから、葛城は声を潜めて話した。

 

「ところで、生徒会室で言っていた生徒会役員の任期無期限やらの話だが……」

 

「うん。南雲先輩が公約にするつもりらしいよ。既に声をかけられてる1年もいて、その人たちから聞いたの」

 

「そうだったのか。いや、すまない。気になってしまってな」

 

 生徒会役員の任期無期限であったり人数制限の撤廃、不適格者の除名規約。大規模な改革になるだろう。伝統を守ってきた堀北会長とは真逆のやり方だ。果たしてククリがどこまで考えてその話を持ち出していたのか。聞こうか迷って、やめた。今の葛城には生徒会に目を向けている余裕などない。クラス内の問題、そちらを解決せねばどうにもならないのだ。

 

 深くため息をつく葛城に、待ち人が声をかけてきた。

 

「何をしているんだ?」

 

「ん、占い。あ、ね、よかったら麻呂君もどう?」

 

「あ、ああ……」

 

 気圧された綾小路が葛城の隣に腰を下ろす。ククリは再びトランプを混ぜようとして、やめた。

 

「そだそだ。ちょうどカピバラのトランプ買ったんだよね。せっかくだしこっちで占うね」

 

 そう言ってファンシーなトランプの封を開ける。ジョーカーを2枚抜くと、今度こそカードを混ぜ始めた。

 

 何を考えているのか葛城にはよくわからないが、ククリ的には綾小路のことはカピバラトランプで占いたかったらしい。

 

「過去、現在、未来っと」

 

 そして葛城の時とほぼ同じ手順でカードを置き、めくっていく。しかし先ほどとは明らかに違う点があった。

 

「……失敗か?」

 

 カードの1枚が白紙だったのだ。『過去』に相当する位置のものが。

 

 新品のトランプであるから、予備カードが混ざっていたのだろう。

 

「あれ、ごめん抜き忘れちゃってたね。やり直そっか」

 

「いや、いい。このままでもできないか?」

 

「んー、ま、何となくでなら」

 

 ククリは3枚のカードを見つめて少し考えた。

 

「現在は恋愛にまつわることが発生してて、未来では人間関係がもっともっとよくなる、かな。うん、恋愛運友情運ともに良好って感じ」

 

「なるほどな」

 

 葛城としてはこれまた当たり障りない言い方だという感想を持ったが、綾小路としては多少の心当たりがあるものだったらしい。頷く彼へと葛城は話を切り出すことにした。

 

「綾小路、少し立ち話をしてもいいか?」

 

「大丈夫だ」

 

 やおら立ち上がる男二人。彼らへとククリは笑顔で告げた。

 

「今日はありがとう、二人とも。またね」

 

 手を振る彼女から距離を取り、葛城は綾小路と話をして、そして────

 

 

 綾小路からの提案により、葛城は双子の妹へと無事に誕生日プレゼントを送ることに成功した。と、思われる。

 

 綾小路のクラスメイト、須藤がバスケ部の大会のため学校の敷地外へ行くことを利用して、彼にプレゼントをポストへ投函させたのだ。

 

 須藤への成功報酬が10万ポイント、彼に投函時の動画を撮影させるための端末を貸す報酬として綾小路へと1万ポイント。Aクラスの葛城にとっても痛い出費ではあるが、妹を祝うことよりも大切なものなどない。そのことに一切の後悔はない。だが。

 

「果たしてお金が大切、とはこれのことだったのだろうか」

 

 やはり何となく、占いの言葉が気になってしまう葛城。

 

「ケヤキモールの占い師、とやらを訪ねるべきか……」

 

 葛城康平(こうへい)の悩みは尽きない。

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