ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】 作:アネモネ
「問題ないな」
余計な物などない殺風景な寮の一室の中、どことなくぼんやりとした印象のある男子生徒──綾小路清隆は呟いた。
夏休みの船上試験の際。軽井沢と同じ兎グループだった真鍋は軽井沢が昔、虐められていたということを見抜き、そして彼女への仕返しとばかりに暴力行為をした。これは綾小路による誘導の力が大きかったのだが……とそれはさておき。そのことをネタに脅すことで綾小路は真鍋たちにスパイ活動をさせていた。具体的に言えば龍園の作戦会議の録音データをメールで送らせる、といったことである。真鍋たちが非常階段で軽井沢に絡んでいる現場の写真及び地下4階での暴行時の録音を綾小路は握っており、彼女たちはそれによって学校側から停学以上の処分を受けた上で龍園にも叱責を受けるという最悪の事態を避けたかったのだ。
体育祭、前日。その夕方に送られてきた龍園率いるBクラスの参加表は綾小路の予想通りのもの、つまりDクラスを叩き潰さんとするものだった。Dクラスの参加表は手書きで自分の番をメモするだけという取り決めがあり綾小路も勿論それに従ってはいたが、以前黒板に書かれた参加表一覧の全ては彼の頭の中に入っている。
BとDの参加表を脳内で照らし合わせればすぐにわかった。運動の得意な須藤や
堀北には陸上部の矢島と木下をぶつけ狙い撃ちに。彼女のメンツを丸潰れにするためだろう。100メートル走のみ伊吹と、知らない女子生徒が当てられているがこれは伊吹の主張が通った結果であることを綾小路は知っている。無人島で対峙して以来、伊吹は堀北に
しかし露骨な調整である。もし作戦をもっとバレないようにしたければ細かく生徒を入れ替えることもできたはずだし、クラス全体にわざわざ堀北の陥れ方まで語ったのも余計だった。龍園翔という男の実力も伴った慢心、そして
やはり特に仕掛けはいらないだろう。綾小路が何もせずとも堀北は苦汁を嘗めさせられ、もちろんDクラス全体も徹底的な負けを経験することになる。やられるだけやられることで、この体育祭の敗北によりクラスが現状を受け入れ改善していくことが後の力になる────クラスが1つになること、それが綾小路が思う最低条件だ。
荒療治だが堀北に一人で戦うことの限界を知らせ、『これから自分が何をすべきか』を気づかせ成長してもらう。堀北に必要なのは敗北と再生だ。彼女が自分で自らの道を歩き出し、クラスを率いてAクラスへと引き上げてくれる存在となれば自ずと綾小路の負担は軽くなる。
本来であればこうなる前に櫛田というクラスの参加表を流出させるスパイの存在を見抜き対応できる、あるいは裏切り者がいる前提で戦略を立てられる力を堀北が身につけているべきだった。龍園率いるBクラスのように参加表は締め切り後にクラスに告知する、というやり方ならば絶対に情報が漏れることはない。だがこれをできるのはクラスが龍園の恐怖政治によって統制されているからだ。Dクラスで同じようなことをやろうとすれば混乱をきたすし、反感も買うだろう。理想的なのは例えばクラスで複数の参加表パターンを作っておき、どれを提出しても戦えるようにするという手法。これならば龍園にも手の打ちようがなかった。まあ、できなかったことは仕方ない。今後の成長に期待だ。
櫛田というクラスの裏切り者の存在は厄介だが、今回は放置した方が好都合だった。堀北にもいずれは裏切り者を利用して勝つくらいの芸当はしてもらいたいものだ。それに櫛田が何故堀北に対してだけ敵意を見せるのかは綾小路にすら不可解であり、多少の興味が湧いている。おそらく堀北にも至らない点があって、それを改善していけばどうにかなると考えている面もあった。
茶柱に退学をチラつかされている件については最後のリレーで平田と交代して走れば問題ないと綾小路は思っている。そこで多少の本気を出して見せればいい、と。
平凡にやり過ごしていた綾小路の意外な足の速さは生徒たちの注目を集めてしまいそのギャップはどうしても影響として出るに違いない。だが龍園が探りを入れている状況で綾小路があえて目立つ行動を取り、尻尾を出すことはむしろ不信感を抱かせることに繋がる。怪しみ、偽物と疑うだろう。綾小路という存在を温存していたのも、裏で操っていた平田や堀北、もしくはその背後にいる何者かの策略ではないか、と。
端末にイヤホンを繋ぎ、以前送られてきた音声ファイルを開いた。このデータについて綾小路は少しばかり引っかかる点がある……が、さして問題はない。常人にはとてもじゃないが聞き取れない速度での再生を機械的に続けていく。
「イヤ、コンカイオレタチハ──」
「スズネヲテッテイテキニ──」
「ターゲットハディークラスノ──」
「スドウノバカモチョウハツシテ──」
「ショウガイブツキョウソウデハ──」
龍園によるクラスの作戦会議は何度か開かれたらしい。届いたいくつもの音声ファイルのうち、龍園へ釘を刺す証拠として最も適したものを選ぶ。堀北が彼の術中に嵌ろうと今回の体育祭での龍園の計画は失敗に終わらせる。そのための準備だ。
真鍋たちから聞き出した龍園のメールアドレスへとフリーアカウントからのメールを用意する。体育祭終了直後の放課後、これを送信すればいい。音声ファイルのみの添付、本文は無しでいいだろう。この録音1つあれば学校側に「堀北が意図的に木下への接触事故を起こした」と訴えたところで待つのは敗北のみだ。龍園がこれを聞いた時点で堀北が土下座をしていようがしていまいが興味はないが、もしプライベートポイントを振り込んでいた場合は『ポイントを戻さなければ白日の下に晒す』と後から送る程度のフォローはしよう。Dクラスにとって多額のプライベートポイントの損失はかなりのダメージとなってしまうため、できる限りそれは避けた方がいい。
体育祭の結果は堀北の行動次第で決まる。もしゲームオーバーになればその時は────そう考えかけて、綾小路は首を振った。体育祭は明日。まだ始まってすらいない。決めるのは、早計だ。
§§§
「たんた〜ん、たかたかたんたんたかたか、たんたんたかたかた、た、た、た、た、た、た────」
おはようございます。今日は体育祭、高校生活初めての3学年合同行事の幕開けですね!
通年3学期の初めに全学年一緒の特別試験が行われるらしいけど、これからその1月までは特に他学年とはそう絡む機会もないっぽいと思うとなかなかに貴重な行事でしょうな。
まずは全校生徒による行進から始まり、開会式では赤組の総指揮を執る3年Aクラスの
生徒会入りを志願する一生徒としてどうせなら生徒会長か副会長に何かしらアピールしたかったところだけど、残念ながら赤組と白組はトラックを挟み合って向かい合うようにテントが設置され分断されてて、競技以外での接触は色々と難しそう。2年Bクラスで生徒会の
結果判定用のカメラがあったり医療関係者っぽい人たちがいたり、20人ほどは入れそうなコテージ(クーラー、ウォーターサーバー完備)があったりと運動会とか体育祭というより競技会のような雰囲気。音楽とかもかかってないし。だから自分で運動会っぽい歌を口ずさんでたら恥ずかしいからやめてって澪に言われてしまった。クスン。
競技は全て1年生からスタート。最初が1年男子、最後が3年女子。途中休憩を挟んでからは1年女子から3年男子で終わるという逆パターンの順番に切り替わる。そんで100メートル走とかは各クラスから2人ずつ計8人が走って、まだ1人の退学者もいないうちの学年は男女80人ずついるから10組ずつということになるね。あ、キャロルがいないから女子は79人か。他にも欠席者がいなければだけど。
昨日グルチャにきたクラスの参加表は、特に何の問題もなかったらしく二人三脚ペアの変更とかも無しで、私はとりあえず自分の順番をきっちりかっちり確認してある。ふっ、抜かりはないよ。
つめっつめのハードスケジュールにつき無駄なくちゃっちゃか進行させていくので1年男子どもが全員走り終わるのにかかる時間はたぶん4分くらい。だから次に走る我ら女子も最初からグラウンド待機だ。頑張れー、男子たちー。
体育祭の最初を飾る100メートル走、
圧倒的大差のゴールを決めた須藤某。でも同じDクラスの外村君(元兎さんグループ仲間)が最下位だったし差し引きすればまずまずの結果かな、うん。
3組目のAクラス葛城君とCクラス神崎君の男子リーダー対決(女子リーダーのキャロル、一之瀬さんの対決はキャロルが見学席にいるからできないのだ)は神崎君の勝ちでそれぞれ3位、1位という結果に。このレース、1人欠場がいたからたぶんロックだね。あの我儘御曹司はやっぱ参加する気ゼロらしい。開会式には参加して存在感を振りまいてたけど、そのあとコテージにスタスタ行ってたからな。もはや開会式に出ただけ偉いと言ってあげるべきなのか。
金田君は7組目でDクラス平田君の捨て駒扱い。同じ組にはカピバラ麻呂もいた。お、こっそり応援しよう。頑張れー、カピバラ麻呂ォー……うーむ、5位か。何とも言えない順位ね。そして順当に1位を取ったイケメン平田君には「きゃー! 平田くんかっこいいー!!」と黄色い声援が。むむ、彼女持ちなのにこうも人気とは流石ですな。平田君ってなんだろう、一之瀬さんと似たタイプなのにどことな〜く違う感じのリーダーだよねえ。
10組目のたっつーが偉っそうに1位を取って男子は終了。なんと驚くべきことにたっつーに対しても小さいながら「かっこいいかも……」という声が。誰かはわからないけど、悪いこと言わんからやめとけ。もし一時の気の迷いでたっつーに告白でもしたらあれよ、一生奴隷のようにこき使われるよ絶対。
「では次、2組目準備してください」
1年女子のレースも始まって、審判に呼ばれた私はコースに入る。Aクラスからは
何となくお上品な感じのこの学校の体育祭には進行が早いこともあってか声援とかは少なめ。そのせいか「ククリちゃん、頑張れー」とよく利用するケヤキモールの惣菜屋さんのお姉さんが応援してくれてる声がこっちまでちゃんと聞こえてきた。お、お姉さん……(トゥンク)。
よーし、頑張るぞ!
私は風になった。気持ち的には。
「2位かあ……」
リストバンドで額の汗を拭う。自分なりに頑張って走ったけど安藤さんに負けました。同じ白組だから組的には負けてないんだけど。うーむ、難しいところね。
いつもお世話になってるお姉さんに勝利を届けられなくてしょんぼりしつつもコースから出ると、反対側へ歩くAとDの女子たちとすれ違った。ポトリと折りたたまれたハンカチがグラウンドに落ちる。およよ。
落とし物ですよ〜と呼び止めようとして、やめた。んーと、これはこれは。そっとポケットにしまう。ん、クラスのテントに戻りませう。
テントには生徒の座るパイプ椅子がきちんと用意されている。しかし。私の席はそれに
クラス陣営の中央にドカリとたっつーが座り、周りを男子たちが囲んでいる。彼らも走った直後であることだし程度の差こそあれど疲れたらしく皆のんびり座って楽しそうに私たち女子のレースを観戦していた。
「いやー、すごいっすねやっぱ」
「ああ、特にさっきのレース。半端じゃなかったぜ」
お、ちゃんと見ててくれたらしい。うんうん、私たちみんな頑張って走ってたもんね。
「目に焼き付けたよあの揺れは」
…………ん?
「安藤と一之瀬とかCクラスも狙ってるだろ」
「おいおい、
「神室がちょっとコケたのもよかったな。クールな感じなのに意外とドジっ子?」
「わかるわ。ああいうギャップ、いいよなあ」
…………
………………ふーん。へーえ。
「おいおい、うちのクラスの感想はどうよ」
「京楽か……別に無ってほどじゃねえけど、あっちと比べちまうとなあ」
「戦闘力低いよな」
うん。面白そうな話をしているねえ、うん…………うん。
「ちょ、石崎氏! 黙りましょう、命が惜しくば」
「何だよ金田、おまえもおっぱい談義に交ざりたいのか?」
「後ろ! 後ろ見てください後ろ!」
振り向いた石崎君たちと目が合う。やあ。どうして震えているんだい? 話を続けたまえ。ククリちゃん、君たちがその先何を言おうとしてたかとっても興味があるぞ。
はっはっは、何でそうペコペコ謝りだすんだ? 大丈夫、怒ってない。私は昔からできる限り怒らないように努めているからね。
ただ、な。辞世の句を詠め。人生いつ何時何が起こるかわからないもんね、うんうん。
「ほんの……出来心だったんです。許してください!」
綺麗なお辞儀だった。きっちり90度くらいの、背筋がピンと伸びた最敬礼である。
うーむ。仕方ないのう。実は私の椅子に置いてある上着のポケットには録音中のボイスレコーダーさんが入ってるから、今の会話の前半部分を切り取ってうちのクラスの電子掲示板にでも発言者の名前付きで音声ファイルをアップして社会的な死をプレゼントしてあげようと思ってたけど……その誠意ある謝罪に免じて勘弁してやるよ。
慈悲深いククリちゃんが「のど乾いちゃったなあ……」とぼそっと言うとみんな競うように自販機の方へと走って行った。徒競走第2部が始まった感じだ。
「なぁにイラついてんだよ。事実じゃねえか」
さっきまで無言だったたっつーが唐突に口を開く。あん? 世の中なあ、真実であろうがあるまいが胸にしまっといた方がいいこともたくさんあるんですぅ!
私はこの失礼極まりない男の無礼な発言を無視してスタート位置のほうを見た。そうこうしてるうちに1年女子の100メートル走も最終レースを迎えることとなったらしい。澪が頑張って勝ち取ったリンリンとの直接対決の場面だ。7人しか並んでないのはキャロルが参加できないからだろう。見た感じ澪とリンリン以外に足の速い生徒はいないっぽい。これはたっつーが坂柳派に須藤某とリンリンの順番だけリークしてたからかもしれないね。
パン、と合図が鳴って一斉に駆け出す。澪の出だしは好調。やっぱり他の女子たちは遅いこともあって1人飛び抜けて前を走ってる。と、思ってたら後ろを走るリンリンが気になっているのか少しペースが弱まり、追いつかれそうになってしまう。私は慌てて立ち上がった。
「澪ー、頑張れー! 負けるなー!!」
しっかりと声は届いてくれたらしい。ハッとした感じで澪が加速する。逃げ切れるか……!
リンリンも綺麗なフォームで肉薄する。横並びになってしまった。抜きつ抜かれつの大接戦を繰り広げる2人に周囲は大盛りあがりだ。
そして、ゴールテープを切ったのは──
「やった! ね、ね、たっつー見た? 澪の勝ちだよ! 1位取ったよ!」
「わざわざ舞台を整えてやった以上、勝つのが当たり前だ」
毎度毎度えらっそうだなこいつ。
帰って来た澪を、ひよりんと一緒に褒めまくった。めっちゃ速かった! すごかったよ、お疲れ様でした。あ、ちなみにひよりんは5位というまずまずの結果。練習の成果が現れましたな。
澪は当然だし、という感じで照れていた。うん、可愛い。顔がちょっと赤くなってる。
「買ってきました!」
女子が全員戻ってきたのと同時くらいにタイミング良く帰ってきた石崎君たちは大量の飲み物を抱えていた。うむうむ、苦しゅうない。
まずはたっつーに炭酸水が献上され、次に私の選ぶ番。うーん、何にしよっかなあ。コーラ、サイダー、コーヒー、緑茶、スポドリ、麦茶、紅茶、ジュース、などなど一通り揃ってる。
そこそこお金かかったでしょうけど、まあ私も以前彼らに奢ったからいいだろう。夏休み最後の3日間、水泳部専用の大きいプールが開放されるイベントがあって、そこの出店を運営している上級生たちから焼きそばとかの無料チケットをもらってたので分けてやったのだ。しっかし激混みだったな、あのプール。楽しかったは楽しかったけどね。
「紅茶もらうねっ! ありがとう、買ってきてくれた人たち」
女子に飲み物が行き渡り、余ったぶんは男子全員には足りないのでジャンケン大会が開かれていた。まあみんなだいたい水筒は持ってきてるからね。たとえ負けても支障ないだろう。
体育祭では競技に集中しろということなのか書き物をしていたり端末を弄ったりしていたら教師から注意を受けるとのことで、ノートや端末を持ってきている人はほぼいない。私も端末は体操服に着替えた際ロッカーに置いてきた。
もちろん読書も駄目だと知ったひよりんはひどくショックを受けてたけど、流石に体育祭で本を読もうとするのは君くらいだよひよりん……まあ端末ちょっと弄りたいかなあくらいには私も思うけど。連絡取るのとか面倒だし。ともかく、体育祭中は端末を見れないのでみんな学校から配られた簡易的なプログラム表──競技の順番と時間が書かれてる──に自分の番をメモっておいてそれで順番を確認してるんだよね。私もプログラム表を開きつつ、さっき渡された別の紙をこそっと見た。うみぃ、こりゃ予定ダブるかもな……。
体育祭はつつがなく進行しており、2,3年生の競技の様子を見ているとやはり7人のレースが多いのがわかった。欠席者がいる可能性やキャロルのように見学してるだけの場合もあるだろうけどざっと見10人以上は退学していそうだ。それが多い、と言うよりはうちのように未だに退学者ゼロのほうが珍しいらしい。一応優秀な学年、ということなのかね。
注目を集めてたのはやっぱり南雲副生徒会長と堀北生徒会長のレース。2人とも危なげなく1位を取っていたし、見た感じ学年で1番速そうだった。他のAクラスの先輩たちも普通に運動神経良くて、次の競技に移る前に発表された赤組白組の最初の点数は若干白組の負け。むむ、見えるぞ、見えるぞ、この点差が段々と開いていく未来が……。
第2種目、ハードル走。
初戦はたっつーが普通に1位を獲得。ドヤ顔がウザい。運動神経の良さもあるものの単純に悪運も強いんだろう。A、Dクラスの強者とは当たらないよう操作してるっぽいけど、たぶんCクラスについては誰と当たるか未知数だからね。柴田君か神崎君あたりとブッキングしてボロボロに負ければいいのに。
締めの最終レースは須藤某がまた鈴木君と野村君と走ってた。きっとこの後の障害物競走とかでも彼らをぶつけてるに違いない。あれだな、たっつーは作戦隠す気ゼロよな。Dクラスぶっ潰しま〜すって露骨に順番に表れてる。
女子の初戦は木下さんと矢島さん、それに佐倉さんとリンリンがいた。これが木下さんの最後の走りになると思うと感慨深く見守ってしまう。陸上部のこの2人はもちろんワンツーフィニッシュを決め、リンリンは3位に。佐倉さんは8位でした。うーん、でも確かにこう見てると佐倉さんの胸の大きさは運動には不利っぽい……一之瀬さんもそうだったんだよな。う、羨ましくなんてないんだからねっ。
私はというと3位。プライベートポイントを稼ぐ結果になってしまっている。どうせたっつーに後で没収されるからなあ、結局は変わらんのになあ。
テントに戻った私はジャージの上着を羽織ると飲み終わった紅茶のペットボトルを持って自動販売機のあるほうへと歩く。その近くにゴミ箱がいくつかあるのだ。
えいやーとビリビリに破いておいた紙とペットボトルとを捨て、さあて帰ろうとする私はピピッと嫌な予感がした。早くこの場を離れないと、大変なことが起こるような、そんな────
「おや、パワフルガール。奇遇だねえ。今日は一段とキュートなヘアスタイルじゃないか」
…………
……私、何も、聞こえなかった。帰る。おうち、じゃないテント、テントに帰るの。
「うん? はっはっは、私が眩しすぎて見えなかったのかな。これは失礼。輝きすぎるというのも罪なものだねえ」
おまえは太陽神にでもなったつもりなのか。うぐ、駄目だ、ツッコミをいれてしまった。……むー、そしてバッチシ目が合った。しゃーない、諦めよう。何だよこのロックとのエンカウント率は。たっつーあたりが私に呪いでもかけてるんじゃないかな。罰当たりな奴め。今度呪い返しを検討しよう。
「おはよう、高円寺君。なんかコテージに行ってるところを見かけた気がするんだけど、体調は大丈夫になったのかな?」
「いいや、見ての通りまだまだ調子が悪くてね。ドリンクを購入したら戻るよ。クラスに迷惑をかけないために競技は辞退させてもらうさ」
見た目バリバリ元気だけどなロック。白々しいにも程がある。なるほど、コテージのウォーターサーバーが嫌になったのか知んないけど飲み物を買いに来ただけらしい。何でそんなタイミングで私、遭遇しちゃうかなあ。
というかあれね。気になって調べたら高円寺財閥のHPに次期社長の紹介としてちゃんとロックの顔写真やプロフィールが載ってたけど、莫大な個人資産を築いてる本物の御曹司でも自販機で飲み物買うのか……いや、他に選択肢もないし仕方ないんだろうけどさ。
「そうなんだ〜。勿体ないね、高円寺君なら1位を取りまくってポイントの荒稼ぎもできそうなのに」
「生憎と私はプライベートポイントには困っていないのだよ。それに、ポイントが無ければ無いで充実した学校生活は送れるからねえ」
確かにDクラスなのにロックがポイントに苦労してるところは見たことない気がする。たまに放課後見かけても真っ直ぐ寮へ帰ってるけど何かしてるのかなあ。ってか、今の学校生活も謎だけど過去はもっと謎よね。中学の時も体育祭はサボタージュしたんだろうか。
「んー、高円寺君てやっぱ中学時代も充実した学校生活してたの?」
気になったので言ってみると、ロックはキザに白い歯を見せる。
「その質問はナンセンスだよ。私は私さ。生まれた瞬間から最高にクールな人生を送っているからねぇ」
「具体性の
答える気がないのかと思いきや、意外と彼はあっさり話し始めた。
「国外で言えばアマゾンの密林においてはサバイバルを、アメリカでは射撃練習を、中国なら武術をスタイリッシュに経験したかな」
国内では何したのか少し知りたくなってしまったが、それ以上に中国武術って具体的にはどの種類なのだろうか。「アチョー!」と
「そうだね、グッドタイミングだ。悪いが鏡を貸してくれるかい?」
「鏡?」
今日の私の髪型はハチマキをリボンみたいに編み込んでいてわりと凝ったものになっている。故に、崩れたりした時用に手鏡とか櫛とかピンとかはちゃんと上着に入れて持ち歩いてるんだけどさ。まさかこの人、私の髪型だけ見て手鏡を持ってるに違いないと推測したのだろうか。洞察力半端ないな本当に。
「先ほどレッドヘアーくんと少しばかり戯れたものでね。私のナイスなセットが崩れていないかの確認だよ」
レッドヘアー……? ああ、須藤某かな。赤髪だし同じDクラスだし、何より喧嘩っ早いし。
どうやらコテージには鏡がなくて窓ガラスでしか自身を見れなかったのがご不満らしい。へー。
「ふむ……問題ないようだね。いつも通りの良い男だ」
面倒なので鏡を向けてあげるとじっと眺めてから少し髪を撫で付けて納得したようだった。そして自動販売機を操作し始める。よしよし、じゃあもういいか?
そう思ってたら目の前にコーヒーが差し出される。およ?
ロックのほうを見るとパチリと無駄に決まったウィンクをされた。人生で初めてされたよ。南雲副会長がギャラリーに向かってやってた時に流れ弾が来たけど、流石にあれはノーカンだろうし。思えば私もウィンクの練習なんてしたことないなあ。くそう、なんか負けた気になるから今度マスターしてやる。
「ちょっとしたお礼さ」
ロックにしては殊勝というか。まあ体育祭頑張れよってエールを送ってくれてるのかもしれない。
「あ、ありがとう高円寺君。それじゃあ遠慮なくいただくね」
「そうしたまえ。ところで君のところのヤンチャな……何と言ったかな」
「龍園君?」
「そうそう、ドラゴンボーイが遊んでくれているようだねえ」
たぶんロックはたっつーがDクラスを潰そうとしていることに徒競走を眺めてるだけで気づいたのだろう。それはそれですごいけど、それ以上に気になったのは、ううん、気に入ったのは────
「っふ、ん、く、うふふ、ドラゴンボーイ?」
ドラゴンボーイて。
面白すぎるでしょ。ドラゴンボーイってあだ名絶対クラスに広めよーっと。みんな爆笑するに違いないね。
笑いだした私にロックは「何かユーモラスなことを言ったかねえ」と呟いた。うん、言った。めっちゃユーモラスだった。
それでドラゴンボーイの話は終わったらしく何か推薦競技に出るのかと聞かれたので、借り物競争と四方綱引きに出場予定と答える。するとロックは天上天下唯我独尊という感じで笑った。そう表現するのがピッタリな態度なのだ、彼はいつも。
「綱引きで勝つために必要なのはテクニックではなく、純粋なパワーさ。覚えておくといい。君に勝利がスマイルすることを確信しているよ、シーユー」
一番重要なのは体重つまりウェイトだと思うけど、腕の力が物を言うのは間違いない。その点たぶん須藤某やバーティですらロックにはかなわないだろう。まあ実際見てみないことにはわからないが。
「にしてもやっぱ、食えないやっちゃなあ……」
コテージへと悠々と向かうロックの後ろ姿に、私はそう言わざるを得なかった。
(ジャーキーくれた人はちゃんと食中毒には気をつけて調理しています)
「伊吹さん、何を食べていらっしゃるんですか?」
「これ? 干し肉。ククリがもらったのをちょっとお裾分けって。椎名もいる?」
「では少しいただきます。………………美味しいです、クラスにこういった調理を好む方がいましたね。その方が作ったものでしょうか」
「そうなんじゃない? 干し柿とか干し芋に興味ないかって聞かれて困惑してたし」
「ククリちゃん、意外と甘味の趣味が渋いんですね」
「椎名は好きな食べ物とかあるの?」
「卵焼き、でしょうか。今日のお弁当にも入っているかどうか楽しみです」
「たしか配布されるのは1種類だけだったし、スタンダードなやつなら入ってるでしょ」
「そうだといいのですが」
「……昼食、ククリは先輩がどうたらって言ってたっけ。2人で食べる?」
「はい! ますますお昼が待ち遠しくなりました」