ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】 作:アネモネ
「おまえら! ぜってぇ勝つぞ。高円寺のアホがいない分死ぬ気でカバーしろよ!!」
棒倒しという荒々しい競技は、当然と言うべきか残念なことにと言うべきか、男子限定の団体戦である。
A・Dクラス男子連合を鼓舞する
「ルールは2本先取した組の勝ち、でしたよね?」
「そうそう、あとは攻撃陣同士がぶつかり合うことは禁止されてて、あくまで攻撃陣は防御陣へ攻めなければならないルールだね」
「1試合目はAが防御でDが攻撃か。やっぱどっちもクラス別で分かれてる」
誰が攻撃で誰が防御かはビブスを着ているかいないかで一発でわかる。攻撃側は赤白のビブスを着てて、防御側は体操服そのまま。単純明快ですな。
BC連合の作戦はシンプル。うちのクラスが攻めて、Cクラスは棒を守る。ちゃんと事前に一之瀬さんにはうちのクラスは攻撃重視で練習してるよーって伝えてたんだー。まあたっつーたちは攻撃もそうだけど密かに反則すれすれのラフプレーの特訓をしてたんだけどね。せこい。
試合開始を告げるホイッスルが鳴ると、一斉に男子たちが突っ込んで行く。うちのクラスの男子は葛城君たちAクラスの守る赤組の棒を倒すべく走る、走る。
「うわあ、龍園君踏ん反り返ってるよ。感じ悪ーい」
「一人だけ観戦しているような様子です」
「あいつ見てるとこっちまでイラついてくる」
うん、全面的に同意。Aクラスの防御を突破すべくクラスメイトが奮闘してるのに何ニヤニヤしてんだろあいつ。須藤某を挑発しようとしてるのはわかるけどさ。それでもやな感じぃ。
「Dクラスのあの非常に独特な方はやはり出場してないのですね」
「ロックかー。たぶん競技全部不参加だと思うよ、あの人」
「ふーん、ならこっちにとってはありがたいか」
ロックはポテンシャル高いからねえ。いたら絶対、この体育祭でDクラスを潰すのは格段に難しくなる。そういう意味ではありがたいけど、なんかもにょっとした気分。
さっきもらったコーヒーを眺める。これにしたって謎だ。私は紅茶のペットボトルを捨ててたから、2連続で同じ飲み物を飲みたくないと推測した。だからまず紅茶を除外したとして、何故コーヒーを選んだのか。しかもブラックだし。紅茶が無糖だったからかしら……むー、まあいいや。考えても仕方なさそう。
「偶然会ったんだけどね、ロックが龍園君のこと何て呼んだと思う? ドラゴンボーイだよドラゴンボーイ! 私、すごい笑っちゃった」
「確かに独特の方ですね……けれど」
「うん。ククリ、あんたさ。鏡見なよ」
「え? 髪型崩れちゃってる?」
2人は首を横に振った。およ、何だろう。
「あんたのあだ名も、人のこと言えないから」
「………………」
え。私、ロックのドラゴンボーイと同レベルだと思われてるの? え、え。
ひよりんのほうを見る。コクリと頷かれた。まじか。
うーむ。ロックには確かに同族嫌悪なんだよ。そこは認めるよ。でもククリちゃんのプライド的に同レベルって思われるのは嫌だ。くっ、仕方ない。ドラゴンボーイの名前は広めないことにしよう……。
しょんぼりしながら双眼鏡を手にAとBのぶつかり合いを見ると、完全にBが優勢だった。葛城君も頑張ってはいるけどうちのクラスの血気盛んな男子たちに押されている。他のAクラス男子は、とバットジャスティスや鬼頭君の様子を確認すれば全然やる気を出してないっぽいね。特に鬼頭君なんてジャージのズボンのポケットに手を突っ込んだままだもん。君はあれかな、ポケットを刀の鞘の代わりにして目にも止まらぬ速さでパンチを繰り出す居合い拳の使い手か何かかな? それともいつも白い手袋をしてることだし手の甲にある契約印でも隠しているのかな。むむ、気になる。いつか素手を見てみたいぜよ。
鬼頭君のほうをじっと見てると目が合ってしまった。睨まれた気がしたので仕方なく双眼鏡を下ろす。何か強キャラ感あるんだよなあ、鬼頭君。
「ってかさらっと取り出してるけどククリはその双眼鏡、何?」
「必要になりそうだから購入したの。2個あるけど澪も使う?」
「答えになってない……ううん、いい。使わない」
双眼鏡も坂上先生に許可はもらえた。椅子と同じで上級生の中には使ってる人もたまーにいる。コテージの中からとか校舎からとか遠くから見るのに使ってる人が多い感じかも。敵情視察かな。
「ククリちゃんの持ち物は生徒と言うよりは参観する保護者みたいに感じます」
「うーん、この学校は保護者とか入れないもんねえ。はっ、もしや私がみんなの保護者役だった……?」
「いや違うでしょ」
冷静にツッコまれた。クスン。
あ、でもキャロルだけは保護者いるか。まあ流石に忙しいのか理事長の姿は見当たらないけど。極々稀にしか現れない激レアキャラでしょうしね。しかし坂柳
「外部との連絡が絶たれてるぶん、みんなの成績とかは保護者に事細かく報告されてるらしいからね。ちゃんと体育祭のこととかも伝えられるんじゃあないかな」
「それはそれで少し怖いですね。帰ったらお叱りを受けてしまうかもしれません」
ひよりんは普段の成績は抜群だけど、今回ばかりはなあ。とはいえひよりんの親は何となく怒ることなんてしなさそうなイメージだけど。一家揃ってぽわ~んとしてそう。
「だいぶ先の話ね……ってか、あんたたちの親とかどんな人なのか全く想像つかないわ」
ほほう。うんうん、そりゃそうだろうな。当の私ですらわからないことを澪が知っているはずもない。
「ごく普通の家庭ですよ」
そう言ったひよりんにどう続けようか迷った。不自然な間ができてしまう。うむむ……。
ひよりんは訝しげな表情を浮かべ、私の顔を覗き込んできた。
「ククリちゃん……?」
ふむ。適当に嘘八百を並べてもいいんだけど……洞察力に優れたひよりんがなあ、こうなあ、じっと目を見て聞いてきてるとなあ。誤魔化せないでしょうな。んー、別に隠してることでもないしね。
「ええと、何と言えばいいか。実は私、親と会ったことないんだ」
沈黙が流れる。たぶん私の言葉の意味を理解するのに時間がかかっているんだろう。
でもそのまんまなんだよなあ。父とも母とも会ったことがない。片方とは、会うことはもう不可能。
重くなってしまった空気の中、2人は慌てて私に言った。
「ごめん……やなこと言った」
「いえ! 元はと言えばこの話題を始めたのは私です。ごめんなさい、ククリちゃん。私からもお詫びを言わせてください」
「ううん、気にしないで。事情を言ってなかったし……それに私を引き取って育ててくれてる人もいれば優しくしてくれる親戚のお姉さんとかもいるから、全然天涯孤独とかではないの」
私の言葉に2人はちょっとホッとした様子だった。うん、本当に親がいない点について私は特に気にしたこともなければ不自由したこともないからね。
母方の親戚の1人であるオシャレなお姉さんはいつも私に世間一般の常識とか女子力の磨き方なんかを教えてくれたし、他の親戚の人々も皆いい人ばかり。家族ではないし、そうなることもないだろうけど。
長年共に過ごしてきたあの男──京楽とも、父親代わりなんて呼べる甘い関係ではないだろう。職業は何か、そもそも何故私を引き取ったのか。ある程度推測できているとはいえ、それすらも教えようとはしないのだから。と、話が逸れたな。グラウンドに視線を戻す。
ピー、とホイッスルの音が鳴り響き、女子たちの歓声が上がる。Aクラスの守りは突破され棒が倒れていた。1試合目は私たち白組の勝利らしい。
無事に勝てたね、と声をかけようとした私よりも早く。ひよりんが口を開いた。
「ククリちゃん……!」
ひよりんはゆっくり深呼吸して、それから言葉を続けた。
「私たちがAクラスになって卒業して、学校の外へ出たら。ぜひ、私の家に遊びに来てください」
気が早いっ。まだ1年生の半ばだよ。しかも卒業時Aクラス宣言とはなかなかに強気ですな。
「それいい。ウチにも来なよ、ククリ」
おう、澪まで……そうか。ここで断るなんてことしたら女が
「わーい、ありがとう2人とも。いいね、パジャマパーティーとかしたい!」
「お泊りですか。楽しそうです」
「学校行事で泊まるのとは違った感じがする」
「だよねえ。よーし、今後の楽しみがまた一つ増えたなあ」
卒業後の話をする、というのはこの学校ではなかなかできない。Aクラス上がれるか、退学しないかどうか。そういったことが頭をよぎってしまうからね。でもまあこのクラスはたっつーがいれば、あるいは本当に全員Aクラス入りも果たせるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。Aクラスで卒業できようがわりとどうでもいいけどその博打は素直に面白いと思う。にこっと笑うと2人も笑い返してくれた。
和気あいあいとする私たちとは裏腹に、グラウンドの男子たちはバチバチと睨み合い。白組は変わらずだけど、赤組は攻守交代のようだ。2本目、試合開始の合図が鳴る。
双眼鏡を覗いて見ると、たっつーの唇の動きでわかった。『た』『お』『せ』の3文字。ひどくシンプルな号令だ。そんな指示でもうちのクラスの男子たちは健気に従って突撃していく。頑張れー。
赤組の棒を守るのはDクラス。直接棒を支えているのは須藤某。その近くにカピバラ麻呂。仲良いのかなあの2人。見た感じ肉食獣と草食動物、対照的っぽいんだけど。
我がクラスの猛攻により2人の周囲を守る生徒たちは次々に切り崩されていっていた。喧嘩とまではいかずともなかなかよいバトルを見せてくれている。いいなあ、ちょっと交ざりたいかも。
「とても、激しい戦いです……」
「まさに混戦ですな。わちゃわちゃしてるぜ」
「砂煙で見えづらい」
誰が何してんのかよくわかんない感じだ。とりあえず赤髪が目立つ須藤某にでもピントを合わせとくか。
お、バーティが須藤某に肉薄した。それを皮切りにみんなどんどん棒に群がってる。まるでお砂糖を発見した蟻ん子のようだ。
バーティは体格がいいし足もそこそこ速いけど、スタミナはあんまりで徒競走とかにはちょっと向いてない。だから自分が活躍できそうな棒倒しでは人一倍張り切ってるみたい。いいぞー、バーティ、いけー、赤髪をぶっ倒せー!
須藤某の赤髪がどんどん沈んでいく。亀のように丸まりつつも棒からは手を離していないようだ。根性あるな。うーむ、しかしあれだ。何か既視感あると思ったら浦島太郎だな。こらこら、亀さんいじめてはいけませんよーってやつ。
しかしこれは競技。そんな亀さんの背中を容赦なく踏みつける奴がいた。もちろんたっつーである。奴は竜宮城になんて一生行けないに違いない。まあ素足だから靴履いてるよりマシだろうけどさ。
そして。龍園翔が──翔んだ。ドラゴンボーイが飛んだ。うぷぷ、ドラゴンフライじゃん。
一気に砂塵が巻き上がる。棒が倒れていくのがわかった。2本先取。白組の勝ちだ。
勝利の余韻を味わう間もなく男子たちは撤収していく。すぐ次の競技、2年男子の棒倒しが始まるからね。うん、お疲れ様っしたー。
さて。私たち1年女子の玉入れは残念ながら赤組に負けてしまった。54個と52個、僅差での敗北だから余計に悔しい。玉を投げ入れる人と落ちた玉を集める人とか役割分担して、投げ入れる際は何個かの玉を一緒に投げる、という定番の戦法はどこも同じだったし、一之瀬さんたちとの連携不足とかでもなかった。言い訳になるけど運要素があったと思う。
次の1年男子の綱引きでは開幕前にバットジャスティスが葛城君に難癖をつけて絡むという謎のハプニングが発生。見学だけで暇になってきたキャロルが葛城君をからかって遊んでいるんだろうなあ。葛城君も可哀想に。まあそんで1本目は白組の負け、2本目は逆。3本目、最終戦はいい勝負だったにも関わらずたっつーの号令でクラスみんなが一斉に手を離したことで白組の負けに。トータルでも敗北となった。もっとやる気出せや。でも他クラスが将棋倒しになっていく光景は正直見てて面白かった。うーむ、しかしたっつーの辞書にはスポーツマンシップという言葉は載ってないのかな?
女子の綱引きは普通に2本先取で白組の勝利。男子の不甲斐ない結果を帳消しにしてあげた……と言いたいところだけど、棒倒しと玉入れでは男子側が負けを帳消しにしてくれてるから何とも言いがたい。ちなみに今のとこ総合点ではやっぱ白組が負けており、赤組との点差はじわじわ伸びている。頑張って先輩たち。無理か、そうか。
帰ってきた私へとバーティが「Good game!」とレモンのはちみつ漬けのタッパーを差出してから障害物競走のスタンバイへと向かって行った。何というイケメンっぷり。料理上手なだけあって美味しい。うむむ、いつかお弁当を作り過ぎちゃったりしてくれたりしないかな……? 今日の昼食は敷地外からお取り寄せの仕出し弁当を無料で食べられるから大丈夫だけど、私の普段のお弁当をね、作成してくれる人募集中なんだよ。
我が校の障害物競走では平均台渡り、網くぐり、ズタ袋に入っての飛び跳ねを行う。これらの障害物の間に短距離走を挟み、最後に50メートルが待ち受けるんだけど、ここでもたっつーは1位を取った。ちっ。頼みの綱のCクラス神崎君は平田君と、柴田君は須藤某といい勝負を繰り広げていたのである。そうそう、須藤某はやっぱり野村君、鈴木君とも一緒の組だったんすよね。たっつー、考えていくうちに調整面倒くさくなってきた説が浮上してきた。あ、ちなみにこの最終レースでは須藤某が1位でした。でも柴田君も純粋な走力では互角かちょい上くらいだったから、この後の200メートル走でどうにかたっつーを叩き潰してほしい。よろしくお願いします。
続いて始まるのは1年女子の障害物競走。1組目は木下さん、矢島さん、リンリンのいるレース、リンリン潰しの最重要ポイントである。彼女たち陸上部2人はこの時のために厳しい特訓に取り組んでいた。その成果が、ついに発揮されるのだ!
序盤では怪しまれない程度に速度を落としてリンリンとほぼ横並びの状態になっている。彼女が1位を取ろうと足掻いて冷静さを失ってくれればそれだけ作戦の成功率も上がるからね。中盤になると矢島さんは手加減をやめて1位を独走していた。一方、木下さんはリンリンのちょい後ろくらいになるよう頑張って調整。うーむ、なんて自然なんだ。傍から見ているとこれが意図的なものだとは全然わからない。スポーツ賭博とかが起きる理由がちょっと理解できた気がする。そういえばこの学校でも賭けとかやってるのかな、1位になるクラスはどこだ!みたいな感じで。ただ2,3年は絶対Aクラスが1位だから成立しなさそう。
おお、とうとう最後の50メートル、一本勝負。全速力で駆け抜けるリンリンだが木下さんに名前を呼ばれチラチラと振り返っている。これを利用して後で木下さんは「自分を気にして繰り返し振り返っていた」と学校側に訴えるらしい。小技が光るね。失速したリンリンと木下さんが並び、そして2人は──────
「うわっ、痛そう」
「かなりヤバくない?」
「大丈夫かな、2人とも」
絡まるようにして共倒れ。どこからどう見ても競った故のトラブルにしか見えない。相手と接触し自然に転倒するように見せる木下さんの練習は、見事に実を結んだのだ。うーん、めでたいね。
狙って怪我させようとすると露見する可能性が高くなるため、リンリンが負傷するかどうかはさほど重要視していないらしい。怪我してくれたら儲けものって感じだったらしいけど……たっつーは本当に悪運強いな。リンリンは何とか立ち上がって競技を続行していたものの、明らかに違和感のある動き方をしていた。どの程度かはわからないが負傷によるダメージが大きいのだろう。木下さんは足が痛い振りをしてずっとコースに残っていたため、競技続行不能と判断され最下位扱いになった。お疲れ様、と言いたいところだけど、この後が本番なんだよねえ。
障害物競走の結果は4位。まずまずですな。席に戻る前に、予定通り声をかける。
「木下さん、大丈夫?」
辛そうな様子でパイプ椅子に座る木下さんはゆっくりと顔を上げた。クラスのテントでは誰も彼もが彼女を心配そうに……いや、気の毒そうに見ている。
これから始まるのはただのパフォーマンス。別名、茶番。木下さんという哀れな被害者を作り上げるだけのものである。私たちは女優……!
同じ陣営のテント、例えば一之瀬さんたちのクラスであったり2,3年の先輩であったりがこの一幕を見ていてくれればいい。勝手に観客になってもらうのだ。
「二人三脚、お休みしたほうがいいんじゃないかな。木下さんはもともと騎馬戦は出場しない予定だったし、間の休憩時間もあるからゆっくりできると思うんだけど」
「うん、ありがとうククリちゃん。でも……リタイアすると0点になっちゃうし、そうなるとペアの子にまで迷惑をかけちゃうから。だから、せめて出場だけでもしようと思ってる」
「そっか……」
固い意志を見せる木下さん。クラス愛に溢れた発言だ。でも実際、陸上部なのにわざわざ足を犠牲にしてくれるんだし報酬のポイントのためだけではなく少なからずクラスのためにやろうという意識もあるんじゃあないかな。理解はできないけど偉いと思う。
「じゃあコースのほうまでは一緒に行こっ」
せっかくなので木下さんをお姫様抱っこして運ぶ。むむ、この学校でやるのはキャロル以来だから久しぶりかも。女子の1人や2人くらい軽い軽い。ロマンチックなこの移動方法に羨望の眼差しを向けている子もいた。ふっ、頼まれればいつでもやってあげるよ仔猫ちゃんたち!
既に大半の男子は二人三脚の準備を終えていた。女子1組目の私もさっさと藪さんと足の紐を結び合う。
「クラスは……大丈夫なの?」
「うーん、問題ないんじゃあないかな」
小声で話しかけられたので小声で返す。藪さんはどうやらだいぶ心配性らしい。今更どうしようもないと思うんだけどなあ。程なくして1年男子の二人三脚が始まっても、私たちは小さな会話を繰り返していた。たっつーは、と話に出てきたので様子を見てみるとまた1位。誰か早くあいつを倒してほしい。須藤某のペアや平田君とカピバラ麻呂のペアも1位を取っていた。よかったねカピバラ麻呂、こっちは素直に祝福できるや。
2組目の走者にはリンリンがいて、私たちの後ろで会話もなく淡々と準備している。グラウンドには生徒の状態を見る応急処置場が設置されているけど木下さんはもちろん彼女もそちらへは行っていなかった。大した怪我ではないのか、我慢しているのか。むっとした表情のリンリンをペアである桔梗ちゃんは心配そうな瞳で見つめている。2人ともかわいいなあ。美人さんのリンリンは怒った顔も美しいし、自分のせいで起きた『事故』であることを知っているのにああもしれっとしている桔梗ちゃんの悪意も美しい。
いち、に、いち、にと掛け声を出して走り抜き2位というまずまずの成績に満足しつつ次のレースを見物してると、トップを走るのは神室さんのペアだった。おー、流石Aクラス、速い。矢島さんのペアはそれを後ろから追いかける形に。いくら彼女が陸上部といえど二人三脚は走力だけでないからなあ。リンリンはというと懸命に走って激しい3位争いを繰り広げてはいたものの結果は最下位。悔しそうに歪む表情もいいね。
4組目、木下さんはスタートラインにまで移動する前にうずくまる。やがて本当に申し訳ない、という感じで競技を欠席した。よし、最後の仕上げに取り掛かるか。
ジャージを羽織りタオルも持って準備万端の私は彼女へと駆け寄る。木下さんは少し怯えた表情になると、それから覚悟を決めた様子で頷いた。心の準備ができたっぽいね。
私たちは校舎裏へと向かった。呼び出しの定番スポットであるここには監視カメラの死角があるらしい。ずっとせっせと監視カメラの情報を集めているたっつーが言うのだから確かなのだろう。
教室は現在使用不可。なので校舎に用がある生徒も一握り、騒がしいグラウンドとは対照的に静かなものだ。それでもトイレの利用であったりと多少は往来もあるので、目撃されないうちにさっさと終わらせなきゃならない。
「来たか」
やっぱ不良には校舎裏がよく似合うなあ。偉そうに待ち構えているたっつーのほうへおずおずと木下さんが歩み寄る。
辺りを見回すも特に人の気配はない。私は木下さんにタオルを差し出した。噛んで悲鳴をこらえてもらうためである。
一瞬だった。何の躊躇いもない一撃だった。
「っ──────」
バン、と力強い音が鳴り響く。木下さんを踏みつけ大怪我を仕立て上げたたっつーは「ご苦労。後は指示通りやれ」とだけ言い放つとそのまま立ち去っていた。たっつーはいつも悪目立ちしてるからあんま長く不在にしてると不自然だもんな。たぶんクラスのテントに戻るんだろう。
3年女子の二人三脚まで終わると10分間の休憩に入ることになっている。これ以降は男女の競技順が一時的に逆転して1年女子騎馬戦からスタートになるけど、私はこれに出ないので時間はたっぷりとある。木下さんに対してはちょっと悪いなあと思ってるし、できる限りフォローはしよう。
「大丈夫……ではないか。落ち着いたら言ってね。一緒に保健室行こう」
木下さんの左足の負傷は後遺症が残らない程度のものではあった。たっつーも人の壊し方は熟知しているとみえる。
少し経つと木下さんがなんとか立ち上がったため、連れ立って校内の保険室に移動する。部屋には先生以外誰もおらず、ベッドも空だ。他に大怪我してる生徒だったりはいないらしい。
「無茶しすぎよ。こんな怪我で競技に出ようとしてたなんて」
軽く事情を説明すると保健室の先生はそう言って木下さんをベッドに案内した。
「待ってください先生。私……このあと推薦競技も全部出る予定なんです。どうにかなりませんか?」
「あのね、木下さん。確かにドクターストップをかけるかどうかは基本的には生徒の自主性に任せることになっているわ。でも流石にこれは看過できないわよ」
安静にしていなさい、とベッドのカーテンが閉められる。そして先生は私にこそっと話しかけてきた。
「怪我のひどさが気になったのだけど、木下さんが転んだ時はどんな状況だったの?」
「私が見ていた限りでは競り合った末の事故のように感じました。木下さんも何も言っていませんでしたし。ただ……いえ、木下さん本人に話を聞くのが1番かと」
「そうよね、ごめんなさい。少ししたら木下さんとお話をさせてもらうことにするわ。あ、京楽さんはもう戻っても大丈夫よ。付き添って来てくれてありがとうね」
仕切りの外からベッドへ声をかけると、木下さんからもテントに戻ってほしいと言われてしまった。そうか、ワイは要らん子か……。
お昼休みになったらこの保健室にて「怖くて言い出せなかったんですけど……実は、障害物競走の時に堀北さんが私のことをわざと怪我させようとして──」と木下さんが訴え、リンリンvsたっつー(助演:桔梗ちゃん、木下さん)が始まるらしい。暇だったら見物しに来よう。
保健室を後にした私はロッカーへと向かう。木下さんに彼女の着替えとか荷物を届けてあげるのと、他にもちょっとやりたいことがあるためだ。
端末に連絡が入っていないかの確認。うん、ないか。あとポッケからボイスレコーダーをロッカーに突っ込む。きっちり鍵を閉めて、と。続いて木下さんのロッカーに入ってる荷物を鞄に詰めて持ち出す。よーし、保健室に戻ってお届けして──騎馬戦、まだ始まってないよね? 早く済ませて見に行こっと。