ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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軽信というものは、善良に生まれついた人に具わる特徴である。

 

 

 おはようございます。5月1日、今日から五月病の月ですね。

 

 ポイントはどのくらい振り込まれているか、支給されてる携帯情報端末を操作してさっそく確認したところ4万9千ポイント増えていました。そういえばこの端末見て思い出したけど、これ連絡先交換すると位置情報の閲覧許可がONになってるとかいう変な設定あったんですよね。OFFにしといたけど。位置バレんの嫌だし。

 

 チャットでもクラスメイトみんなポイント数の増加は同値だと言ってるので間違いないですね。先月の半分になっちまったよ。まあそんなもんか。ぶっちゃけ、振込?0ポイント振り込んどいたぜゲヘヘっていうのもちょっぴり覚悟していたので、節約を強いられ1ヶ月1万円生活とかにならなくてよかったです。

 

 教室もやはりいつもよりざわざわしており、どうやらポイントが半分になったことを嘆いている様子。減るにしてももうちょい段階的に減っていくと思っていた感じだね。まあ最悪全部使い込んでた人でも5万くらいあればなんとか生活できるでしょう。来月以降は知らないけど。

 

「おはようございます。それでは、朝のHRを始めましょう」

 

 チャイムが鳴り坂上先生が入ってきて挨拶する。これはいつも通りのこと。しかし今日の先生は何やら丸まった白い厚手の紙を取り出すと黒板に貼りつけた。

 

 

【第一学年クラスポイント一覧

  Aクラス  940

  Bクラス  650

  Cクラス  490

  Dクラス   0】

 

 

 ほほう、つまりあれか。我々は490クラスポイントだから4万9千ポイント振り込まれたのかな? 

 

 あ、そうっぽいっすね。ふむふむ、先生のお話では今まで私たちが使ってたポイントは『プライベートポイント』で、クラスの評価によって得られる『クラスポイント』の百倍の数字がそのクラスの生徒のプライベートポイントとして支給される、とな。なるほど。まあでもプライベートポイントとか長いからたぶんポイントといえばそっちを指すのでしょう。上級生とかもそうだったし。

 

 もともとはどのクラスも千クラスポイントがあったから10万ポイント支給されてたけど、そこからクラスポイントが引き算されていったらしい。詳しくは言えないけど授業態度とかで判断されたそうな。

 

 うーむ、確かに今思うと授業をちゃんと聞いてない生徒がいても先生方は耐え忍んでいるというより盗み笑いしてる感じだったような……坂上先生は違ったよ? いい人だもん、たぶん。まあ担任はみんな自クラスの現状を悲しい目で見ていただろうな。Aクラスですら幾分か引かれてるわけだしね。

 

 そして今は綺麗にクラス順とポイント数の順番が一致しているけど、ポイント数が上回ったらクラスが昇格されるらしい。もしうちのクラスが941クラスポイント以上あったらAクラスになれてたわけだ。そして驚きの進学率・就職率100%はAクラスにしか適用されないと。ふーん、じゃあみんなAクラスに入るとか、全クラスポイント数が一致するとか、Aクラスの人が全員退学したりしたらどうなんだろ。

 

 部活の活躍や貢献度がクラスポイントに影響を与えたり個別にポイントが支給されるケースがあること、2000万ポイントを払えば好きなクラスへ行けることなど学校のシステムを告げられると、クラスが一層ざわめいた。

 

 大切なAクラス特権の実情はこうだ。まず志望大学の受験で落ちていた場合、希望すれば合格へと変えられる。自力で合格した場合、大きく2つのことを学校はしてくれるとのこと。1つは大学の肩代わり(学費のみで生活費は不可、留年したりして追加とかはナシ)、もう1つは大学卒業後の就職等のアプローチ。2年生の3学期以降から、学校立ち合いの元で親と進学についての話し合いができるらしい。受験に関する費用も全て無料という太っ腹ぶりだ。

 

「それと、これは先月の小テストの結果になります」

 

 ペラっと貼られた紙にはズラーッとクラス全員分の点数が並んでいた。個人情報! 成績上位だけ発表とかにすればいいのに。平均点はそんなによくなく、赤点の人もちょっといる。今回は違うけど定期試験で赤点取ったら退学らしい。厳しい。

 

 100点は私とひよりんのみでした。まあめっちゃ難しい問題混ざってたしなあ。もらった過去問に書いてあった日付見て「やべっ」てなって、ひよりんと一緒に小テスト何回も解いて理解できてたから完答したけどさ。しっかし一昨年とまったくおんなじ問題だったんだよね。そのまんますぎて逆に困っちゃったくらいにまるっきり同じ。一体全体どういうことなのかしら。

 

 私たちの次に成績が良かったのは金田(かねだ)君という、マッシュルームヘアでヘキサゴン型っぽいメガネをかけている、ちょっと独特の雰囲気のある男子だ。90点ってことは初見であの問題を解けたってことだよね。すごい、やはり眼鏡は知力の象徴……! 

 

 たっつーはそんな成績よくなかった。大丈夫? 一部を除いてわりと簡単な問題だったよ? ふつーにちょっと心配なんだが。中学でちゃんと勉強してた? 王になるとか言っといてめちゃ悪い点だったら格好悪すぎる。赤点取ったら退学って先生おっしゃってるし……頭のいいひよりんにでも勉強教わったほうがいいのではないだろうか。

 

「先生、質問があります」

 

 ピンと挙手したのはできるメガネ君こと金田君。彼の知力がわかった皆は何を質問するんだろうと期待の眼で見つめている。

 

「他クラスでも同様に各個人の点数は公開されているのでしょうか? 公開されているとして、我々が知ることはできませんか?」

 

「ふむ。いい質問ですね。ありがとうございます、金田君。そうですね、他クラスでも同様に開示されています。ですが私がみなさんに教えられるのは各クラスの平均点までです」

 

 そう言って出された小さな紙には、他クラスの平均点が載っていた。AとBは大差ないが、C、Dと段々点数が落ちていっていることがわかる。クラスポイントと同様に学力もクラス順になってしまっているみたいだ。

 

 同時にこの平均点からは100点が少ないこと、つまり過去問を手にしている人はまだほぼいないであろうことが読み取れる。なんかちょっと勝った気分。えへへ。

 

「先生」

 

「はい、椎名さん」

 

「赤点の点数が半端ですが、これは小テストのみこの点が赤点、ということでしょうか。それともこの学校では定期試験でも同じ点数が赤点になるのでしょうか?」

 

「またまたいい質問ですね」

 

 そして驚愕の事実、赤点はクラス平均の半分を四捨五入した数未満ということ。なんでそんなややこしい変動相場制なんだ。固定値にしろよ。固定値は正義。赤点は1つでも即退学ということなので、これは回避したいならクラス平均を操作しろってことでしょうな。まあ退学になっても死ぬわけでもないからいいっしょ。私もそこまで頭良くないけど、赤点取るかどうか心配するレベルじゃあないしな。ただしたっつー、君は頑張れよ。

 

「しかし、君たちが赤点を取るようなことにはならないと私は確信しています。各自、励んでください」

 

 そう言った坂上先生の目は確実に私とひよりんを見ていた。特に私のことをじっと捉えていた。おそらく元の学力からして私があの小テストで100点を取れるはずがないから、過去問を入手したと見込んだんだろう。あとは先輩にポイントを移譲したこととか上級生への接触が多かったのがわかってるのかも。ま、私の席でカンニングなんてできるわけないもんね。教師の真ん前ってほんとに嫌だからはやく席替えしてほしい。席替えの権利もポイントで買えないかな? 

 

 そんで咎めるわけでもなくむしろ期待してるって感じの視線だったから、過去問は正攻法。となると過去問とわりと同じ問題が試験でも出るっていうことでいいのかな。やったぜククリちゃん大正解じゃん。過去の自分をよしよししてあげたい。今のとこ試験範囲と過去問て違う範囲なんだけど、過去問が正解だとしたら後から範囲変えてくるってことなのかな? テスト範囲について他クラにそれとなく聞いて全クラス共通かとりあえず確認してみるか。

 

 それはともかく今は喜びを分かち合おうとひよりんの席に行く途中、たっつーと目が合ってしまった。頰杖(ほおづえ)を突きながらニヤリとすごーく悪い顔してる。やつめ、なんとなく察したな……。

 

 端末に通知が来る。だいたいわかってしまったけど一応見た。うん、たっつーからの呼び出しですね。知ってた。ひよりんの方にも同じものが来てる。

 

 あーあ、初めての呼び出しは伝説の木の下で告白とかを夢見てたのに──学校の雑談掲示板にあったがなんでも告白成功率99%の木がここには植えられてるんだとか──これじゃあリンチしか思い浮かべられないんだけど。放課後行きたくないなあ。誰かどうにかしてくれよ。

 

 

 まあどうにもならなかった。ですよねー。

 

 ドナドナを口ずさみながら指定されたカラオケ店へ向かう。こういう娯楽施設に行くのはお初だな。

 

 部屋はパーティールームだった。あふれる高級感……ちょっとテンションが上がる。

 

「来たか」

 

 足組んでゆうゆうと座ってるたっつーがフンと鼻を鳴らした。すっごい偉そう。

 

 来るのは私が最後だったらしい。ひよりんと金田君、山田(やまだ)君はすでに室内にいる。まあ一回自室に帰ったからね。私はもちろんひよりんの隣にいそいそと座った。

 

「よし。お前らを呼んだのは他でもない。中間のためだ」

 

 だろうね。小テストの上位3人を呼んでるわけだし。山田君は護衛的なあれだろう。

 

 予想できていた私は、すっと封筒をたっつーに差し出した。ん、献上するからはよ受け取れ。

 

「3−Cの人にもらった小テストと中間試験の過去問。ひよりんとも確認したけど、小テストの問題はまったく一緒でしたよ。コピーは私とひよりんで持ってるから、原本をどうぞ」

 

 驚きで目を見張った金田君は私とひよりんをまじまじと見ていた。いいんだよ、褒めてくれても。山田君は特に狼狽(うろた)える様子もない。彼は日本語をどのくらいまで理解してるんだろうか……? いつも寡黙だし、興奮した時も英語で熱く語り出したからなあ。よくわからないや。

 

 たっつーは封筒を開けてパラパラと過去問を見ていた。うーん、なんでいちいち動作が尊大なんだろうか。すごーく偉そう。いやCクラスでもそろそろみんなトップって認めてきてるから実際偉いんだけどさ。

 

「確かに同じだな」

 

 そう言うと金田君にもパサッと投げて渡した。もっと丁寧に扱えや。見ろ、ということを察した彼も文字を目で追っていく。本当にまったく同じということを確認して唖然としたのだろう。いいリアクションだった。

 

「坂上の口振り、気づいただろ?」

 

「はい、ククリちゃんと私を見ていましたね。過去問を活用すればいいということなのでしょう」

 

 ひよりんがズバリと言ってくれた。彼女はマイペースな感じの子なのでたっつーの前でも私の前でも、誰に対しても態度がまったく変わらないのである。強い。

 

「中間試験も過去と同じ問題が出題されるということですか?」

 

「少なくとも私とククリちゃんはその可能性が高いという結論に達しました」

 

 私はコクコクとうなずく。坂上先生があそこまで思わせぶりなことしてるのだ。彼のクラスへ向ける熱意が本物である以上、ブラフということはないだろう。

 

「俺の予想も同じだ。いい働きだ、ひより、……京楽。褒美をやる。いくら使ったのか言え」

 

「3万ポイントです」

 

 ピッと送金される。褒美といったのも入ってるのか5万ポイントもくれた。いやあ、たっつーっていいやつですね。私は彼のこと信じてましたよ。まあたぶん私が過去問を大人しく渡さなかったら非道な手段を使ってきただろうけどね!

 

 これならスペシャル定食も食べれそうですな。ひよりんにもお世話になったし一緒に食べようかしら。

 

「これについては俺が管理する。他クラスは勿論、クラスメイトにも口外するな」

 

 口外したら殺す、くらいは言いそうなものだけど、多少は信用されているということなのだろうか。たっつーの考えていることは、いまいちわからない。成績そんなよくなかったくせに頭は回るというかなんというか。実はひよりんの言ってることがときどきわからないこともある。人と人がわかりあうって難しいよね。

 

 コクコクとうなずく私と金田君をよそに、ひよりんがぽやぽや〜っと付け足してきた。

 

「わかりました。でも、一応2年生にももらった方がいいと思いますよ? 何か変化があるかもしれませんし」

 

「ああ、検討しておこう」

 

 あ、それ忘れてたわ。ひよりんナイスゥ。いやあ、2年生にも過去問もらおうか悩んだけどポイントについて不透明だからやめたんだよね。私のポイントが足りなくなったら本末転倒だし。にしても5万もポンとくれるとかたっつーは一体どこからポイントを得ているんだろうなあ。カツアゲしてる姿しか思い浮かばないんだけど。夜に土木工事してるとか? でも工事とかは普通に作業員っぽい大人の人がやってたな。電気ガス水道のトラブルを解消する専門店もケヤキモールにあったけど、工事に参加してるのはあそこの店員さんとかだったりするのだろうか。

 

「ただ、テスト範囲がこれと異なるのは気にかかる。何か知っているか?」

 

「わからないけど、聞いた限りではどのクラスもテスト範囲は今のところ同じ箇所が指定されていた。実力主義を謳う本校が、テスト範囲をいきなり変えてくるということがあってもおかしくはないかなと」

 

「私もククリちゃんに賛成です」

 

 考える人のポーズになるたっつー。色々と思考をめぐらせているのだろう。金田君も否定してこないところからすると反対する材料はないといったところか。

 

 たっつーが黙り込んだのでカラオケルームなのにみんな静まり返ってしまった。曲でも入れるべきなのかな? ひよりんって歌上手いんだろうか。聞いてみたい。金田君は……何を歌うのか想像しづらいな。山田君は洋楽を上手に歌いそうなイメージ。当然のごとく英語の発音が素晴らしいからね。たっつーは音痴になってたら笑うわ。

 

「……分かった。話は終わりだ。お前らは帰っていい。金田は残れ」

 

 何歌おうか調べてたら勝手に解散にされてしまった。短くてカラオケ代がもったいない気がする。人のポイントだけどさ。

 

 臨時収入があったわけだしひよりんとおしゃれなカフェにでも行こうかな? あ、その前に金田君と一応連絡先を交換してもらおうっと。ブルブル震えてるけど大丈夫だよきっと。たっつーは必要でもないときには暴力は使わないと思うから。たぶん。だから端末をそんなに振動させないでくれ。やりづらい。

 

 

 それからおよそ1週間後、テスト範囲の変更が告知された。範囲はまんま過去問のところだ。信じてましたよ坂上先生! にこっと先生にスマイルをプレゼントした。笑顔は0ポイントだからね。そういえば席替えの権利は5千ポイントらしい。高くはないんだけど気楽には出せないラインなんだよなあ。

 

 たっつーもニヤニヤと悦に入った表情を浮かべている。過去問をクラス支配に役立てるんだろう。頑張ってね、応援してる。

 

 うーん、にしてもなあ。なんか最近つまんないし過去問他クラに売っちゃおっかなあ。無言で渡せば口外したことにはならないしね。詭弁だけど。でも過去問を手に入れることくらいはどのクラスでも考えつくだろうしなあ。無駄足踏むのは嫌だな。やめとくか。

 

 5月に入ってからクラス間で争うことが周知されたので他クラスの人と仲良くする人は珍しくなった。とは言っても一之瀬さんとか櫛田さんみたいな例外もいるんだけどね。

 

 あとはDクラスの生徒が他クラスから馬鹿にされたり、逆にAクラスの生徒がいばったりしてるのを目にすることもある。まあ正直なところクラスポイントを0にしちゃった生徒は(そし)りを受けても仕方ないとは思うけど、関係ない生徒まで同じ扱いを受けてるのは可哀想だ。櫛田さんみたいになんでDクラスにいるんだろうって感じの生徒もいるんだし。

 

 平田(ひらた)君っていうDクラスのリーダー的な人もイケメンで頭良くて運動もできて性格もいい人そうだったし、クラス分けの基準がよくわからない。実は元ヤンとか? でも現役ヤンキーみたいなたっつーがCクラスだしなあ。リーダーになりそうな生徒だけは別基準があるのかしら。うーむ。

 

 Aクラスは杖をついてる坂柳(さかやなぎ)さんと頭髪を剃ってる?葛城(かつらぎ)君がしのぎを削っているらしい。いいぞもっとやれ。お上品に争ってるのがちょっとつまらない。もっと泥臭く行こうぜ。

 

 Bクラスは一之瀬さんが圧倒的なリーダー。美少女でコミュ力高くてリーダーシップもあるので妥当すぎるほど妥当だと思う。ああいう子が曇るのっていいよね。最近たっつーがBにちょっかい出してるらしいので期待してる。

 

 Cクラスはたっつーが頑張ってる。なかなかバイオレンスで見てて楽しい。これからも頑張れよ。

 

 Dクラスは平田君、櫛田さんを中心にまとまっている印象でクラスポイントが0になってもめげずにやってるみたい。やっぱ0円だと厳しい人も多いみたいだけど。図書館とかで勉強会を開いている姿も見かけるので、試験成績でのポイント獲得を狙っているのだろう。正直すぐに瓦解しそう。いつか醜く争ってくれる姿を期待している。

 

 

 と、思ってたら、さらに1週間後、醜く争う姿を見ることになった。うちのクラスメイトとだけど。

 

 ひよりんと昼休みに図書館に行ってそれぞれのびのびと読書してたのだが、なんかうるさいテーブルがあったのでぽてぽてと近寄ってみたのだ。

 

 赤コーナー、山脇(やまわき)君。あんまり良く知らないけどクラスメイトです。話したこともないや。

 

 青コーナー、不良その1って感じの人。Dクラスらしい。デスゲームだと「そんなのやってられるかよ!俺は帰らせてもらう!」とか言って初日に殺されてそうな感じ。良かったね、デスゲームじゃなくて。

 

 山脇君は挑発した! 不良その1は混乱した! 青コーナーに黒髪美少女が現れた! 山脇君を挑発した! 山脇君は混乱した! ……この人たち挑発しかしてないんだけど、本当に高校生? まず図書館ではお静かにしようよ。

 

 殴り合いになるのもあれだし止めるべきかなあ。もし万が一彼らのせいでクラス全員が図書館利用禁止とかなるとひよりんが困っちゃうし。

 

 しゃーない、行くか。

 

「大体、お前ら、フランシス・ベーコンだとか言って喜んでるが、正気か? テスト範囲外のところを勉強して何になる?」

 

「え?」

 

 ん? 山脇君の発言に驚いてしまった。

 

 うん、テスト範囲外だね。一瞬焦った。そういえばテスト範囲変わったけど過去問と同じ範囲だから他クラスと同じか確認することなかったな。あれ、まさか坂上先生以外はテスト範囲の変更を伝えてないとか、伝達ミスがあったとか? いや、流石にないな。きっとこの人たちが社会だけ一部を前のままだと勘違いしていただけだろう。それよりさっさと山脇君の口を閉じさせよう。

 

「山脇君、ちょっと落ち着いて」

 

 どうどう。ビークワイエット。

 

 腕を掴んであげると女子との接触に慣れていないのか顔色を変えて黙り込んだ。よしよし、そのまま黙ってろよ。

 

 ん、よく見ると櫛田さんおるやん。ぜひとも不良その1がリングに上がる前に止めて欲しかった。

 

「うちのクラスメイトが心無い言葉を言ってしまい申し訳ありません」

 

「え、ええ……それより、テスト範囲外って?」

 

「そのままの意味です。そこは確かに中間試験の範囲外ですよ」

 

 なんか有耶無耶にできる雰囲気だな。不良その1も毒気が抜かれた様子。よし、山脇君、今のうちにこっそりクラスに帰りなさい。誤魔化しといてあげるから。

 

 周りも(いさか)いは終わったと見て興味を失っていったらしく、勉強なり読書なりに戻っているようだ。うちのクラスメイトがお騒がせして申し訳なかったです。

 

 あれ? なんか一之瀬さんもいるじゃあないですか。私が二大コミュ強と崇める美少女が揃っていたとは。彼女と同じBクラスっぽい人たちと近くで勉強してるけど、やはり騒ぎが気になるようでこちらに目を向けていた。視線がぶつかり、お互い少し吃驚する。せや、Cクラスの言葉だけじゃ信じきれないよな。一之瀬さん、一之瀬さんもいらしてください。

 

 手招きすると彼女は席を立ってこっちに来てくれた。勉強のお邪魔してすみません。ちょっとだけ付き合ってください。

 

「一之瀬さんにも聞こえてたかな? もうテスト範囲じゃないよね、ここ」

 

「うんうん、ククリちゃんの言う通りだね」

 

 絹糸のごとく美しい髪を揺らし元気よく頷いてくれる一之瀬さん。良かった、合ってた。

 

 一方、黒髪ストレートロングが(うるわ)しい少女は難しい顔をしていた。あなたにそんな顔は似合いませんよ────バリバリ初対面だけど。

 

「テスト範囲を教えてくれないかしら?」

 

 どぞーと範囲を写してある手帳のページを見せると、彼女は絶句していた。あれ、まさか一部じゃなくてだいぶテスト範囲違った? もしやそもそも範囲の変更を知らされてないとか? え、まさか過ぎるんだけど。やばいな、敵に塩を送ちゃってる感じ? 

 

 いや、Dクラスは敵に値しないし、私が教えなくても一之瀬さんが教えるなりして知ってただろうから悪いのはきっかけを作った山脇君だ。わ、私は悪くないもん。

 

 にしてもDクラスの担任である茶柱(ちゃばしら)先生は何を考えているんだろう。もしかして先生ではなく、先生が誰か生徒に伝達を依頼してその生徒が情報を独占したとか? そうだとしても迂闊(うかつ)すぎる。うーん、後でひよりんにも意見を聞いてみるか。

 

「担任の先生から試験範囲の変更の連絡があったと思うんだけど……」

 

 ね?と一之瀬さんと顔を見合わせる。Bクラスの星之宮(ほしのみや)先生も普通に言ってくれた様子。本当にどうした、茶柱先生。いや、もしかしたら0ポイントという驚異の成績を叩き出したDクラスには試練を与えて成長させることが必要ということなのか? むむ、それだったらAクラスに与えた方が平等だと思うんだけど。

 

「教えてくれてありがとう、ククリちゃん、帆波ちゃん」

 

「ありがとう」

 

 櫛田さんと知らないD男子がお礼を言ってきた。いいよ、その代わり山脇君のことは忘れてあげてね。どうせこのあとたっつーにチクって、たぶんシメられるから。

 

 しかしこの彼、人畜無害そうにぼんやりとしてるけどなかなかの男前。そしてカピバラに似てる気がする。生命力高そう。

 

 ふむ、一応全員の名前把握しといたほうがいいか。説明するとき困るし。

 

「ううん。こちらこそごめんね、櫛田さんと……えーっと」

 

綾小路(あやのこうじ)清隆(きよたか)だ」

 

 綾小路……なんか雅な名字でちょっと親近感。カピバラ麻呂と名付けよう。

 

「綾小路君と……」

 

 ちらっと不良その1を見る。ふてくされてないでさっさと名乗れや。

 

須藤(すどう)(けん)くんに堀北(ほりきた)鈴音(すずね)さん、(いけ)寛治(かんじ)くん、山内(やまうち)春樹(はるき)くんだよ」

 

 すかさず櫛田さんが紹介してくれる。流石です。あれ、黒髪美少女の名字ってどっかで聞いたような……生徒会長だっけ? 偶然かな。

 

 そしてうるさかった男子2人の名前もわかった。たぶん明日には忘れる。図書館ではお静かにね。

 

「須藤君、堀北さん、池君、山内君も、本当に申し訳なかったです。少しでもお役に立てたならよかった」

 

 意訳:役に立ってやったんだからこのことでグチグチ言うんじゃねえぞ? なんか不良その1はまた突っかかって来そうだし……。端的に言って脳みそが筋肉で出来てそうなんだもん。

 

 一之瀬さんにもお礼を言ってひよりんのもとへ向かう。ただいまひよりん。

 

 あー、疲れた。

 

 

 ひよりんとも話したけどやっぱ茶柱先生の考えはよくわからなかった。何か不合理的な感情とかがあるならお手上げだろう。

 

 教室に帰る前にひよりんと別れる。たっつーに話あるぜって送ったら場所指定されたのだ。まあクラスで話すと目立つしな。

 

 たっつーに図書館でのことを奏上すると、不満半分嬉しさ半分って感じだった。不満は山脇君のせいだろうけど、こんなん聞いてどこが嬉しかったんだろうか? 謎い。

 

 ちょっとドキドキしてたけど私はもちろんお咎めなしでした。わ、わかってたけどね。山脇君はたぶんボコられる。合掌。

 

 話し終わってクラスに戻る道は同じなんだけどたっつーは私を置いてさっさと行った。お前レディーファーストって言葉を知ってるか? いや、確かに廊下をボブヘアヤンキーと一般女子生徒が一緒に歩いてたらぎょっとするだろうけどさ。女子側が絶対脅されてそう。

 

 クラスに戻るとたっつーが何か前でしゃべり始めた。

 

「席に着け」

 

 その一言でみんな自分の椅子に座る。全員いることを確認したたっつーはなぜか私に紙束を押し付けてきた。配れと? いや確かに目の前にいるんだけどさあ。

 

 うん、過去問をコピーしたやつですね。みんなに配付しろってことっすね。はいはい。

 

 黙々と動く私をよそにたっつーは演説を続けた。

 

「俺が持っているのは一昨年と去年の小テストだ。今年とまったく同じなことが分かるだろ?」

 

 遠いと見えないでしょうけど、見た生徒の反応でわかるはずだ。本当に一緒だと。ってかたっつーあのあと2年の先輩から入手したんすね。お疲れ様っす。

 

「そして今、回してるのは中間試験の問題と解答だ。2,3年から買い取ってコピーした。どちらの学年のも同一。不思議だよなあ?」

 

 みんなに渡してるのは私な。コピーしたのもたっつーじゃなくて石崎(いしざき)君とかなんだろうなあ。お互い、お疲れ様ですね。

 

 配り終わって席に着く。たっつーの話はまだ続くらしい。長い。

 

「坂上は言っていた。俺たちが赤点を取ることはないと確信してる、と。これがその確証ってわけだ」

 

 うん、知ってた。でもみんなはすごい感心してる。騙されちゃ駄目だよみんな。この人2週間くらい過去問あること黙ってたから。

 

「くれてやった以上、お前らは死ぬ気で覚えろ。下手な点を取れば殺されると思え。他クラスに漏らしても同様だ」

 

 あら嬉しい、デスゲームっぽい! ……いや、でもただの丸暗記ですよねこれ。

 

「この試験の結果次第でクラスポイントの増額がある。せいぜい励め」

 

 そう言うとのそのそと席にご帰還なさった。あれ、山脇君は? もしかして……チクった私の前でボコると私が気に病むと思って? そんな気遣いのできる人だったのか、たっつー。ちょっと感動。

 

 チャイムが鳴る。先生が入ってくる。

 

 うん、違うわ。単に授業が始まるからだったわ。

 

 

 

 中間試験の結果はクラスで赤点0、100点多数というなかなかのものだった。まあ丸暗記でしたからね……。

 

 これにはたっつーもご満悦の様子。よかったね。

 

 にしても毎回全員分の成績を公表するのはいかがなものか。個人情報を保護してほしい。

 

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