ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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なんびとにもせよ、まったく突如として、人は生きているのである。

「どうしてこうなった……?」

 

 ケヤキモールには様々な娯楽施設があり、当然ながら映画館も存在する。その中のシアターの1つ、最後列の真ん中あたりの席に座る私は首を傾げた。

 

「おい、ひじ掛け譲れ」

 

「やだよ。こういうのは早いもんがちなんだよ」

 

 隣の席にはたっつー。そして今日は奴の誕生日。さらにいえばこの映画のチケットは石崎君からのプレゼント。

 

 うん。どうしてこうなった、まじで。私は今日の出来事を朝から思い返すことにした。

 

 

 

 

 

 10月20日は特別な日である。つってもたっつーの誕生日なだけだ。朝、私の端末にはケーキの写真が送られてきた。ロールケーキを使って作成したドラゴンケーキである。ちゃんと龍っぽくなってた。すごい、頑張ったねとおざなりに返信して私は学校へと足を進めた。私の中ではドラゴンケーキよりも重要な計画が頭を占めていたのだ。そう、その名も全クラスメイト眼鏡計画……! 

 

 眼鏡、というものは近視とかの視力を調整する器具である。しかし伊達メガネ、これはオシャレでやっていたりとかグラビアアイドルの佐倉さんみたく素顔を隠す感じでやるのだ。要は誰でもかけられる眼鏡。私は思った。クラスのみんなが伊達メガネをかければ、なんか頭良くなった気がしていいんじゃないか、と。だって眼鏡は知力の象徴! クラス全員が眼鏡してれば頭脳派集団にしか見えないに違いないね。

 

 これをかければあら不思議。本好きひよりんの文学少女度が増し、不良生徒のたっつーはインテリヤクザっぽくなり、武闘派少女の澪からは文武両道の万能感が出る。金田君は元から眼鏡だから意味ない。バーティもサングラスかけてるから駄目か。私はたぶん眼鏡かけると5%くらいの知力補正がつく。

 

 むー、眼鏡屋さんに聞いてお見積りだしてぇ、後はたっつーに必要経費で落とさせにゃな。ククリちゃんの腕の見せ所だ。

 

 ワクワクと席で計画書を書いていると、教室では石崎君による音頭で『龍園さん、おめでとうございますっ』とクラスの支配者たる奴にお祝いの言葉が贈られた。朝っぱらからうるさい。とりあえずほぼみんなが拍手をしていた。といってもまあ時任君とか一部の人は何もしとらんかったけどな。つか本人も大々的に祝われて嫌そうな顔してたしテンション上げ上げなのは石崎君たちだけである。しかしあれだ、石崎君はなぜここまでたっつーに尽くそうと本人なりに頑張っているのか。ようわからんのう。だってあれやぞ、あのたっつーやぞ。うーむ。悪のカリスマ的な感じなのかね。我には理解できぬ。

 

 1限が終わり休み時間に入ると石崎君が私を廊下へと呼び出した。何ぞ何ぞ。ふむふむ、映画のチケットを渡したいと。なして今日の放課後のやつ? 誕生日パーティーは? あ、お昼休みの時間にやるのね。ふーん。

 

 で、何で私に? ほう、日頃のお礼とな。それは感心だけど、だったらポイントでくれれば自分で見る映画も座る席も選べたのに……いや、チケットくれたのはありがたいんだが。わかったわかった、行ってやるから頭を上げろ。うん、まあその映画は見たいとは思ってたんだ。ほら、端末に予約したやつ送ってくれ。

 

 石崎君は一仕事終えた顔になった。うーん? 

 

 

 お昼休みになった。たっつーはちょっと嫌そうに石崎君たちを引き連れて屋上へと向かう。ほへーという感じで眺めていたら私も首根っこ掴まれた。ワッツ? 

 

 ……バーティだ。優しい彼が何故か私を裏切った。強制的に屋上へと連れて行こうとする。やめて、首のとこお守りの紐かけてるから引っ張られると気になっちゃうんだよ。行くから、自分の足で歩くから。

 

 そんな私の様子をひよりんは微笑ましそうに、澪は気の毒そうに見ていた。しくしくしく。助けてほしいぜよ。一緒にいってはくれないかい? そうか、嫌か、そうか……。

 

 屋上には幸運にもなのか運悪くなのかともかく誰もおらず、不良どものパーティーが開催されようとしていた。ククリちゃん何故ここに呼ばれたし。不本意ながら紅一点である。

 

 なんかみんなごはん広げたりしてるから手伝おうかと言ったら首を横に振られてしまった。悲しい。主役のたっつーはというと監視カメラを見たり物陰を覗いたりしてた。怪しい。

 

 邪魔にならないよう端っこに行って柵からぼーっと下に広がる景色を眺めてみると、ケヤキモールに人々が集まっているのがわかった。わざわざ移動して昼食を食べる生徒も少なからずいるみたいね。

 

 しかし暇だ。よし、端末でも弄るか。画面をつけると新着メッセージがあった。カピバラ麻呂だ。朝に送った誕生日お祝いメッセージに返信してくれてたらしい。

 

 

【ククリが誕生日だって平田たちに知らせてくれたんだってな。ありがとう、こう大勢に祝われる誕生日は初めてだった】

 

 

 カピバラ麻呂……! なんて悲しいことを言うんだ。私は今までの彼の誕生日を想って心の中で滂沱(ぼうだ)の涙を流した。

 

 

【そっちの誕生日はもう過ぎているんだよな。自分が祝われておいて、何もしていなくてすまない】

 

【ううん、大丈夫。気にするくらいならあれよ、来年にそのぶん2倍祝ってほしいな!】

 

 

 送るとすぐに既読がついた。昼休みだからあっちも端末見てるっぽいね。

 

 

【ああ、分かった。それと、遅くなってしまった上に祝い、と言えるものでもないが……本の中で好きな台詞があるから贈らせてほしい】

 

 

 ああ、カピバラ麻呂も本好きらしいしなあ。ひよりんと仲良くできそう。あと、休日にはよく映画鑑賞してるって言ってたっけ。こっちの趣味は澪とか石崎君と気が合いそうね。

 

 

【I’m afraid I can’t explain myself, sir, because I’m not myself, you see】

 

 

 申し訳ないけど、私は自分のことを説明できないんです。なぜなら私は自分自身じゃないんですから。わかりますよね。

 

 にゃるほど、アリスの台詞かあ。確かあれよな、「Who are you?」といもむしに言われた後のやり取りだ。アリスがいもむしにこう言い返してたはず。

 

 むむ、どう返そっかなあ。

 

 

【よくわかんないけど、私も最近聞いた格好いい英語の言葉を贈るね!】

 

【Play the opening like a book, the middle game like a magician, and the endgame like a machine】

 

 

 序盤は本のように、中盤は奇術師のように、終盤は機械のように指せ。有名なチェスプレイヤーの格言らしい。

 

 本が好きで、Xとして面白おかしく暗躍してて、どこか機械的な無表情を見せるカピバラ麻呂にはピッタリだろう。

 

 

【チェスか】

 

【うん。友達の趣味なんだ。最近その子と一緒に将棋を始めたんだけど、てんで敵わないよやっぱ。麻呂君はチェスとかできる人?】

 

【まあ、それなりに】

 

 

 それなりとはどのくらいじゃ。むー、ようわからんのうカピバラ麻呂は。

 

 

【じゃ、いつか対戦でもしてくれると嬉しいな】

 

【自分程度で良ければいつでも、と言いたいところだが期末テストが控えているからな……】

 

【そうだね。テスト、今回は敵同士だけど、お互い頑張ろう!】

 

 

 やり取りが終了したので端末の画面を消す。ポッケにしまっとくか。

 

 さてどうなったかなとあくせく働く男子たちのほうに目を向けると、準備を終えたようだった。おつおつー。

 

 シートの上にはズラリと料理が並べられている。真ん中あたりにはドラゴンケーキが鎮座していた。来年もドラゴンケーキにするのだろうか……? 謎い。

 

 バースデーソングとか蝋燭吹き消しとかは流石になく、「お誕生日おめでとう」を一斉に言われた後にたっつーが軽く頷いたことでみんな食事を始める。おい主役、お礼の一言くらい口にしろし。

 

 そんなあぐらをかいて座っているたっつーの頭に、石崎君が静かに紙で作ったっぽい王冠を置いた。チープ感漂うやつだけど似合ってないこともないのがなんとも言えない。お誕生日帽子じゃん、良かったねたっつー。

 

 じっとたっつーを見る。ボブヘアヤンキーが子どもが被るような王冠を頭に載せてる。うん、うん……。

 

 私は吹き出した。腹筋が耐え切れなかった。

 

 実行犯たる石崎君は殴られてた。王冠も乱暴に投げ返される。くそう、石崎君の最近の行動が面白くて好感度爆上がりだ……! 

 

 あ、ごはんは美味しかった。ドラゴンケーキも。ただケーキは切る時にバーティがすごく悲しそうな顔になってたのが可哀想だったけどね。製作者として思うところがあったんだろう。

 

 

 

 放課後。ポテポテとのんびり映画館の傍まで歩くと、賑やかな男女グループが視界に入った。

 

「よ、ククリ。奇遇だな」

 

「南雲生徒会長! お疲れ様です」

 

 女の敵(複数人との交際が噂される)男の敵(チャラいイケメン)。つまり男女の敵。いつも通りのうすらニヤケ(づら)を顔に貼り付けているこの人は間違いない、生徒会所属の私の上司にして堀北元生徒会長に並々ならぬ執着心を抱く南雲(なぐも)(みやび)先輩だ。

 

 彼の推薦で入った私のことも当然目をつけているらしいものの、わりと普通に先輩後輩して生徒会活動してる。というかたぶん私の後ろにたっつーがいて、そっちのことを堀北元生徒会長が認めてるが故に私が生徒会に入ったと考えてるっぽい。つまり私は堀北元会長の意を受けたたっつーがスパイとして生徒会に送り込んだ的な想像をしてるわけだ。ちゃうねんけどな。まあ確かにたっつーの言葉のおかげで入った部分もあるけどさ。

 

 私が知ってる範囲での彼の行動としては堀北元会長にちょっかい出すのが一番優先、次が学校改革、その次が一之瀬さん曇らせ、最後に私という感じでたぶん優先度は低い。堀北元会長が卒業してから遊ぼうと思ってるんだろう。うーむ、何があって南雲会長はそんなに先輩のことを屈折しながらも慕っているんだか。謎い。

 

「やほ〜、ククリ。映画観に来たの?」

 

「はい。朝比奈先輩方は?」

 

 南雲会長を取り巻いてる女子の一人が声をかけてくる。向日葵の髪飾りが印象的な彼女は朝比奈(あさひな)なずな先輩。「な」が名前に3つ入ってるとことか「く」が名前に3つ入ってる私と似てて勝手に親近感を覚えている人だ。

 

 左手首に赤いお守りをつけており、私が体育祭以降首から下げているものと同じシリーズではあるのだけれど先輩の持っているものの方はもう随分と前から学校に入荷していないらしい。持ち主を守ってさらに縁を(恋愛だけじゃなく人との繋がりも)運んでくれるお守りとのこと。いいなー、レア物じゃあ。

 

「これからカラオケなの」

 

「いいですね! とっても楽しそうです」

 

「ククリも今度一緒に行こうよ」

 

「はい、喜んで」

 

 そうにこやかに話す私たちに南雲会長がニヤニヤと口を挟んできた。何かこの人たっつーからヤンキー成分抜いて爽やか成分ちょい足しした感じの笑いを浮かべるんだよなあ。

 

「1年はペーパーシャッフルだろ。随分と余裕だな」

 

「まだ試験は先ですから。それに、学業御守があるので!」

 

 首の紐を引っ張りお守りを出してアピールすると朝比奈先輩も手につけているお守りを振ってくれた。何となくハイタッチする。イエ~イ! 

 

「あとはクラスメイト全員で眼鏡をかけて知力を向上させる計画も考案中です」

 

「形から入るタイプだもんね、ククリ」

 

「おまえ、全委員会に腕章つけさせたいとか言い出しそうだよな」

 

「何故その計画を……!」

 

 昨日考えたばかりで出来立てほやほやの計画なのに。さすがは新生徒会長、侮れぬ洞察力なり。

 

「ま、幸いおまえと帆波は今回敵じゃないからな。安心して応援できるぜ」

 

「ええ。私と一之瀬さんのクラスがこの特別試験で勝利できれば、共にAクラスに並べる可能性がありますから。気合いもひとしおです」

 

 むんっと気合を入れたポーズを取ると先輩たちは穏やかな笑いを浮かべた。2人とも今は2年Aクラスだが元々はBクラスだった生徒だ。南雲会長は実力主義を謳う人だし、後輩の下剋上の様子も見ていて微笑ましいのだろう。

 

 立ち話が長くなってしまったせいか雑談して待っていた他の先輩たちがチラチラとこちらの方を見ている。その視線に気づいた2人は話を切り上げた。

 

「また生徒会室でな」

 

「じゃあね、ククリ」

 

 後輩の鑑である私が丁寧に一礼すると、南雲会長のグループはカラオケ屋さんのほうへと去っていった。にしてもカラオケかあ。たっつーのせいで秘密の話とかをする場所のイメージしかないけど、普通に歌うんだろうね。きっと。いいですな、今度冬休みにでも誘ってくれないかしら。

 

 映画館に入り、ネット上で予約してくれたチケットを発券する。ふむ、席は最後列か。よきかなよきかな。

 

 映画の内容は、私の好みとかを考えてのことだろう。甘く切ないラブロマンスとかではなく、無難なアクション大作である。

 

 上映前にお手洗いに行っとくべきか、ちょっと迷ったところでアナウンスが入る。どうやら私の観る映画のシアターも入れるようになったらしい。じゃあ早く行って座っとこうかな。私は半券を渡して入場した。

 

 大きなスクリーンではCMが流れていた。何かテレビで見るのと映画館で観るのとでは違った感じがして楽しい、のだけど。うちの学校で商品の広告とかして意味があるのだろうか。うーん、でもあれか、毎月ポイントをもらってる私たちは普通の高校生よりもリッチだからな。色んな物を買えるわけだし、費用対効果としてはむしろ優秀なのかもしれない。

 

 しかし確かにそうだな、外部との連絡が遮断されたこの狭い世界で生徒を誘導して自分たちでブームを作り上げられれば大儲けできるんじゃあないだろうか。楽しそう、ちょっと今度考えてみるか。

 

 劇場内はまだ明るいので全体の様子がよく見える。人気作なこともありかなりの席が埋まっていた。まだ試験までは余裕があるし、勉強にも息抜きは必要だからね。私の隣の座席にも上級生らしき女子グループが腰を下ろす。もう片方の隣はまだ空いていた。空席なのかもしれない。

 

 私が端末の電源を落としたのと同時くらいに、照明もゆっくり落とされていった。他の映画たちの予告が始まる。こういう予告、観てると面白そうだけど時々本編と全然違うやんってことがあるよな。何度騙されたことか……! 

 

 上映時間ぎりぎりくらいになって、こちらへ歩いてくる気配があった。隣の席の人がやって来たらしい。もっと早く来りゃいいのに、と思いつつ視線を向ける。

 

「げ……」

 

 劇場内は暗いとはいえ近くの人のことくらいは見える。あちらも予想外だったらしく微妙に驚いた顔をしてるのがわかった。

 

「石崎か」

 

 たっつーはぼそっと呟いた。たぶん奴と私は今同じ思いを抱いている。

 

 おのれ謀ったな石崎ィ! おまえアレか、私とたっつーにそれぞれ内緒にして隣の座席になる映画のチケット渡したな! 

 

 むー、石崎君への好感度が大暴落した。大安売りだよこんちくしょうめ。

 

 とはいえここで立ち去るほど子どもでもない。まあ隣に誰がいようと映画の内容というものは変わらないのである。

 

 上映が始まると私はスクリーンに描かれる大迫力の世界にのめり込み。ぶっちゃけたっつーのことは綺麗さっぱり忘れてた。

 

 

 

 流石は人気作、とても面白かった。特に手に汗握るバトルシーンは圧巻の一言。

 

「まさかポメポッソパピパロンがああなるとは……」

 

 思わず口から漏れた呟きに、私は慌てて周囲を見回した。まだ観てない人がいたらネタバレは厳禁だろう。

 

 ……よし、たぶん大丈夫だな。でも映画の詳細についてはお口にチャックしとこ。

 

「いやー、映画すごかったね。それで龍園君はこの後何か予定あるの?」

 

「X探し」

 

「そっか、暇なのかぁ」

 

 石崎君の奸計はどうやらこの映画だけだったらしい。ククリちゃんちょっと安心。

 

 今日も8時から勉強会があるものの、それに参加するにしろまだ時間はある。ならとりあえず今から化粧室に────

 

「おまえも観に来ていたのか」

 

 聞くからに実直でイケメンな声が私の耳に届いた。このオーラ、この眼鏡、間違いない。

 

「堀北先輩」

 

 元会長呼びはあんまり良くないだろうから先輩呼びが妥当かな。そう思ってたら下には下がいた。

 

「堀北か」

 

 こいつ呼び捨てしやがった。たっつーのおバカ! リンリンのことは鈴音って呼んでるくせに。だったら堀北先輩も学って名前で……名前で……ごめん、やっぱナシにしてくれ。

 

 私はとりあえずたっつーをいないもの扱いすることにした。シカトするには存在感が大きいけど頑張る。

 

「堀北先輩も娯楽映画とかご覧になるんですね。意外です」

 

「何事も糧とできるかは自分次第だ」

 

 ふむ、なるほど。正直よくわかんないが意識高いなあ。

 

「生徒会はどうだ?」

 

「楽しいです! 学校を回してるぞーという感じがして。あ、映画観る前に偶然南雲先輩にもお会いしたんですよ丁度」

 

「そうか。南雲も優秀な男だからな。下についていれば学べるものも多いだろう」

 

 堀北先輩は南雲会長の実力は認めているらしい。お互いそのやり方が気に入らないんだろう。元会長は保守的過ぎて、現会長は革新的過ぎて。うーむ、男同士の複雑な関係だ。

 

 2人の前日譚とか知りたいな。橘先輩あたりなら詳しそうね。そう思ってキョロキョロする私に、堀北先輩は訝しげに声をかけた。

 

「どうかしたか」

 

「いえ、橘先輩はどこにいらっしゃるんだろうなーと」

 

「今は俺一人だが」

 

 私は非難めいた眼差しを送った。そこは2人で来るとこでしょうよ。橘先輩が可哀想じゃあないですか。

 

 しかし堀北先輩はきっぱりと言い放った。

 

「俺と橘はおまえの思っているような関係ではない」

 

 えー、ほんとー? 

 

 怪しいなあ、と考える私に先輩は反撃を加えてきた。

 

「おまえたち2人は仲睦まじいようだな」

 

「あのですね、違うんですよ堀北先輩」

 

 私はクラスメイトの策略に嵌まった旨を説明した。そう、石崎君。彼の仕業である。ノット自分の意思。いわば事故。

 

「なるほどな」

 

 話が終わると先輩はどこか懐かしいような表情を浮かべていた。

 

「俺に対しても同様のことを昔クラスメイトが行った」

 

「それは先輩が悪いと思いますよ」

 

 堀北先輩が朴念仁(ぼくねんじん)なのが悪いに決まってる。どう考えても橘先輩は堀北先輩のことが好きなんだから当然だろう。

 

 先輩は理解不能、という感じの顔になった。まさかこの人、こんな冷静沈着な見た目で実は天然だったりするのだろうか。いやまさかね。ないわな。

 

 時計を見て時間を確認すると先輩は予定があるらしくスタスタと去って行った。その姿を見て私は思った。

 

「何か堀北先輩、いいことでもあったのかな」

 

 どうしてそう思う、という感じでたっつーが続きを促す。

 

「いつもより表情が柔らかい気がしたのよ」

 

 どことなくではあるけれども。何か子どもの成長を喜ぶ親みたいな顔をしていたように感じた。もしかしたら先輩がこの後あると言っていた『予定』が原因なのかもしれない。

 

 まあそれはさておき。

 

「龍園君、あのね。ずっと言いたかったことがあるの……」

 

 本来ならば堀北先輩が来る前に言い出したかったのだ。少しもじもじしてしまう。

 

 すーっとゆっくり呼吸してから、意を決して私は口を開いた。

 

「お手洗い、行ってきてもいい?」

 

「知るか。どこへなりともさっさと行け」

 

 了承がもらえたので私はトイレに急いだ。

 

 

 

 

 寮に帰ってから一旦部屋に戻って、誕生日プレゼントもどきを手にエレベーターに乗る。下の男子フロアにあるたっつーの部屋のチャイムを鳴らすとすぐに扉が開いた。不用心だなこいつ。ドアスコープかインターホンでちゃんと訪問者の顔を確認したのか? 

 

 鍵をきちんとかけて、U字ロックは……うん、いいよな別に。やらなくて。

 

 私が椅子に座ると、たっつーは冷蔵庫からペットボトルを取り出した。客人に茶を入れるという発想がこの男にあるはずもなく、自分でそれをゴキュゴキュ飲んでいる。むー。たっつーも私も映画館で飲み物買ったりしとらんかったからな。我もちょっぴり喉が渇いたぜよ。

 

 しかしあれだな、やっぱこいつ水よく飲んでるよな。健康志向なのか倹約志向なのか。ま、どっちでもいいか。

 

「いやー、しかしまさかあそこでポメポッソパピパロンが覚醒するとは思わなかったよね」

 

 主人公の相棒がパワーアップするのはど定番だけどさ。後は序盤で死んだと思ってた兄のヒュウェブスキュアが生き返って敵の手に堕ちた……と思いきや謎の第三勢力に属してたのもびっくりしたなあ。

 

 そんな私の映画の感想トークをガン無視してたっつーは語り始めた。

 

「前回の体育祭と今回の期末試験、大きな違いはなんだかわかるか?」

 

「運動と勉強」

 

 動と静。まさに対極だろう。

 

「違う。教師の介入の余地だよ」

 

「え、変わんなくない? 何が違うと?」

 

「まず、担任の意識だ。体育祭で桔梗がしつこく参加表を確認しに来て、そしてDクラスがあの惨敗だぜ? 少しは考える頭がありゃあいつが裏切者ってのはすぐわかるだろ」

 

 まあ確かにそうだな。茶柱先生も桔梗ちゃんが裏切ってるんじゃ、ってのは想像できるだろう。第三者が糸を引いている可能性もあるにしろ、彼女がその手先であろうことには変わりない。

 

「でも茶柱先生はクラスのこととかわりかしどうでも良さそうだけど」

 

 1学期の中間テストのときなんて試験範囲の変更を伝えなかったんやぞ。自分の生徒にめっちゃ不親切。

 

「おまえが考えているのは1学期の中間の話だろ? ああ、確かにあの教師が言うべきことを言わなかったせいでDクラスのみ1週間無駄に過ごしたわけだ」

 

「うん。過去問があったから良かったとはいえ下手したら赤点続出だったよ」

 

「明らかなミスであるにも関わらず学校は生徒へ何の手立ても取らず教師に罰を下す様子もなかった。要は許容範囲内なんだよ、あのやり方も」

 

 うーむ。あの時Dクラスへの支援だったりとか茶柱先生に何か処分を下してる感じはなかったね、確かに。なるほどこれが教師の介入の余地か。

 

「女ってのはよくわかんねー生き物だからな。腹の中で何を企んでるのかわからねえ。もしあの教師が坂上みてえにクラスに肩入れするようになったと仮定したら、どうなるか想像つくだろ?」

 

「桔梗ちゃんよりリンリンの味方するか」

 

「ああ。教師は見えねえルールに縛られてやがる。俺たちは全容を把握できてないが、そのルールの範囲内で最大限鈴音に利する行為を取るだろうな」

 

「つまり?」

 

「桔梗が上手くやれるかどうかは茶柱次第ってことだ。そこまで期待しちゃいねえ。鈴音へのささやかな嫌がらせとX探しのほうが本題だな」

 

 ささやかとは一体。ものめっそ迷惑だと思うんだが。

 

「教師のルールって例えば?」

 

「プライベートポイントで教師からテストの点を買える」

 

「ほえっ!?」

 

 そんなのやられたらあれじゃん、今回の試験の根幹がひっくり返るじゃん。え、1点何ポイントよ。

 

「安心しろ、今回は不可能だ。坂上が断言した」

 

「良かった。でもどういう時ならできるのか気になるんだけど」

 

「どうも場合によって細かく規定があるらしいな。俺も詳しくは知らねえが、例えば桔梗の話から察するに須藤はこれで退学を一度回避した」

 

「退学の取り消し? それ、2000万ポイントと300クラスポイントが必要とかだったはずじゃん」

 

 あとクラスポイントのペナルティもあるんだっけ? ともかく、前にたっつーが坂上先生から聞き出してた。めちゃくちゃ厳しいよね、要求されるプライベートポイントもクラスポイントも膨大で。

 

「ああ。須藤は中間の英語で赤点を1点下回ったが、鈴音が何らかの取引を茶柱と行い退学は取り消された。これもX絡みだろうな」

 

「中間試験時のDクラスは0クラスポイント。退学からの救済措置を受けるためのポイントなんて払えるはずもない。試験の点数を買って退学回避できたってわけか」

 

 ……にしても須藤某よ。せっかく助けてもらったんなら、こう、もっと頑張れよ。リンリンとカピバラ麻呂が可哀想だろ。

 

「そもそも総合的な学力はこっちが上だ。一ヶ月程度で変わるもんでもねえしな。運にも左右される体育祭と違って普通に勉強させりゃ勝てる勝負なんだよ、今回は」

 

「圧倒的正論……でもわかってんならたっつーも勉強しなよ」

 

「俺は俺で忙しい」

 

 腹立つなあこいつ。ペアの人可哀想。

 

「あ、勉強会の時間近くなってきた。そろそろ行くね私。遅れたら悪いし」

 

「……おまえ、ペアの奴とは話すのか?」

 

「んー、何かあんまり。やっぱペアがいるとはいえ勉強のときは男子は男子、女子は女子で固まる傾向にあるもん」

 

「そうか。まぁ2度目の紐なしバンジーは止める必要もねえか……」

 

 何かぼそっと言ったぞ。バンジージャンプがどうしたし。ま、どうでもいいか。

 

「たっつーも来れば? 教室でやってるからさ」

 

「おまえ、俺が行けばどうなるかわかるだろ」

 

「慣れるまではお通夜みたいになるかな」

 

 クラスもなあ。たっつーの恐怖政治に慣れるまではいつも教室がしんとしてたからなあ。

 

 私の答えにたっつーは鼻をフンと鳴らした。うーん、まさかこいつクラスメイトに遠慮して……いや、単に勉強効率を考えたのと後は面倒くさいんだろうなきっと。

 

「そだそだ、プレゼント置いとくね。たっつーも部屋に小物とか増やしたらどうよ。物悲しくない? 物が無いと」

 

「余計なお世話だ」

 

 むー、おまえを世話した記憶なんてないやい。

 

 

 

 

 

 

(大ヒット上映中!)

 

 いずれ訪れる未来、地球上の生命体は全て完璧に管理されていた。そんな現状に反旗を翻そうとするクフリィエァとその兄ヒュウェブスキュア、そして相棒のポメポッソパピパロンだったが、ある日他の星との争いに巻き込まれる。そんな最中、彼らは世界の真実の一端を手にすることになってしまい────

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