ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】 作:アネモネ
【実は……賭けについてだが、オレの退学もかかっているんだ】
【そういうことはもっと早く言ってほしかった】
【すまん。別に特に何かしてほしいってわけじゃないんだが、もし手助けできそうな時があれば少し助力してもらえるとありがたい】
【うーん、まあそのくらいなら】
12月に入った。なんとなく冬物コートの解禁な気がする時期だ。この学校は室内の温度調整が完璧とはいえ、やはり外は寒い。
今日は金曜日。テストの受理締切日である。んで、土日がお休み。いよいよ来週月曜日から試験が始まる。むぅ、ドッキドキィ!
まあそういうわけで最後の休息日というか、そんな感じになってる今日は勉強会もお休み。たっつーはというと問題文の入った茶封筒を手に意気揚々と職員室に向かったしで、放課後の教室には私を含め数人しか残っていない。メンバーは、というと────
「今朝のニュースには驚きましたね」
本を膝に置いて話す文学少女ひよりん。
「どうせまた龍園が変なこと考えたんでしょ」
英語の単語帳をパラパラと見ながら話す勉強熱心な澪。
「いえ、それが。龍園氏ではないそうで」
眼鏡をキラ~ンと光らせて話す我がクラスの参謀・金田君。
「………………」
無言で立っているバーティ。え、えとえと、バーティはね、英語は得意だけど国数が苦手で。ここ最近人一倍勉強頑張ってたんだ、うん。偉いっ。
「そーそー。私も自首勧めたけど、なんか冤罪みたい」
「冤罪ぃ?」
ハッと鼻で笑う澪。うんうん、気持ちはよくわかるよ。たっつーってあれだ、冤罪かけられる側じゃなくてかける側だからなどう考えても。
さて、今話題になってるたっつー冤罪(笑)事件とは何か。その全貌……は知らないけど、概要についてお話しよう。
まず、私たちの寮にはポストというものがある。これは学校からのお届け物であったり、生徒同士でのものの貸し借りやプレゼントするのに使う、あるいは学校を経由しての通販の郵便物が入ってたりするのだ。
で、昨日は1年の寮でひと騒ぎあった。【1年Cクラス、一之瀬帆波が不正にポイントを集めている可能性がある。龍園翔】と印刷されたプリントが全員のポストに入っていたのである。何という堂々とした犯行。もともと全然高くなかったたっつーの信用度はさらに落ちた。果たしてこの先どこまで落ちるのか見ものである。
一之瀬さんは朝早くから学校に報告したらしく、今朝のHRの時点で先生から彼女の所持ポイントについては【不正なし】との通達があった。不正行為ではなかったものの大量のポイント所持を学校側も認めるという異例の発表を行ったのだ。
「しかしとなるとこの事件には大きな謎が残ります」
金田君が謎解きをする探偵のように語り始める。ひゅーひゅー、かっこいい! よし、私も伊達メガネをかけて参戦しよう。
「1つは誰が犯人か、だよね」
眼鏡をクイッとさせて発言する。
「はい。犯人については一之瀬氏のポイントを知ることができたか推測できていた人物でしょう。ですが龍園氏以外でこんなことを仕掛けそうな人物、というと──」
ふむふむ。私の中で挙がった容疑者は2人。片方には「私ではありませんよ」と否定されたので、もう片方の容疑者Xの容疑が増える結果となった。うーむ、一体何小路何麻呂の仕業なんだ……!
「本当に龍園じゃないの? やってないんなら手紙が出てきた時点で否定したでしょ」
「いえ、みんなの前で龍園くんが犯行を否定してしまうと、この告発の真偽自体も疑問視されてしまうのです。おそらく彼はそれを避けたかったのでしょう」
「一之瀬氏の不正疑惑の真相を知るのは重要。それにこの件についてはただの疑惑の告発である以上、犯人扱いされたところで龍園氏に学校側から処分を下されることもありませんからね」
うんうん、たっつーの名前が書いてあることで「あいつならやりかねない」と手紙を信じて、一之瀬さんの疑惑についても「もしかして本当なのか」と思う人もわりと出てくるわけだね。
「犯人はDクラスの策士、X。動機はXを探す龍園氏への意趣返しや一之瀬氏のポイントについての情報を得たかった、というところでしょうか」
「そうですね。Xの可能性が高いと私も思います。何故行ったかは、ちょっと分かりませんけど」
動機、ねえ。大量のプライベートポイントが必要となるの、といえばやはりクラス移動の2000万ポイントだけど……カピバラ麻呂は気づいて……んー、いや、流石に違うよな。
「一之瀬さんが何でそんな大量のポイントを持ってたのかも謎だよねえ」
「不正行為なく、ですからね。一番可能性の高いものとしては銀行のような感じでしょうか」
「銀行?」
「一之瀬氏はクラスのリーダー。何かの時のためにクラスメイトから定期的にポイントを回収して集めている、というのは十分にあり得ると僕も思います」
ほほう。
「そうだとするとどのくらい集めてるんだろうね、ポイント」
「さあ。500万とかじゃないの」
「最低でもその程度はあるかと。けれど実際の額は不明のままですね」
「うーん、気になるなあ。コツコツ貯めてると上級生になった時とかいっぱいになってそうよね」
「3学期、あるいは学年が上がり2年生や3年生の特別試験ではプライベートポイントが勝敗に関わってくるものもあるかもしれません。一之瀬氏もなかなかの慧眼の持ち主ですな」
私はふかーく頷いた。銀行みたいにやるなんて思いつくのも、それを実行できるのも一之瀬さんの能力と人徳があればこそだろう。流石は大天使ホナミエル。
「2年生、といえば。どうも2年生の間でレイモンド・チャンドラーがブームらしいですね。ずっと争奪戦が続いていてなかなか見つけられません」
「ああ、フィリップ・マーロウだっけ。ハードボイルドな探偵さんが主人公なんだよね」
「はい。先ほどから少し私たち、探偵っぽいやり取りをしているなと考えていまして。つい連想してしまいました」
「わかる。謎解きっぽかったよね」
えへへ、ひよりんも同じ考えだったらしい。彼女は奥ゆかしく微笑んでくれた。
「推理小説ならば証拠がありますが、実際の事件ではそう簡単にはいかないのが悲しいところですね」
「あと犯人捕まえたらすぐ自白してくれるのもいいと思う」
「言い逃れとかが少ないですよね。尺の都合ということだとは思いますが」
まあ推理小説で犯人の言い逃れにページを割いてもなあ、という気はするね、確かに。さっさと観念してほしい。
「実際、ああいうトリックって実行できんのかな」
「どうだろ。何か……ワイヤーで頑張る……とかの認識だよ私」
「氷やワイヤーを使ったトリック、双子の入れ替えなどはよく見るイメージがありますね」
「うん。あ、あと利き腕! 左利きだからそれが犯人の証拠、とかいうのを見ると両利きだったらどうすんじゃい、っていつも思う」
そうやって犯罪の話をしていたからだろうか。
教室の戸が乱暴に開かれ、たっつーが帰ってきた。手に茶封筒はない。坂上先生に問題文をちゃんと提出してきたんだろうね。
駆け寄ったバーティが
「お帰りー、テストの受理無事に終わった?」
「ククク、当たり前だろ」
上機嫌な様子を見るに桔梗ちゃんの先出し作戦の方も成功していたらしい。これでうちのクラスに出題される問題は解答がわかっているもののわけだから、試験は丸暗記したのを書き出すだけの作業となる。
「では僕たちももう解散でよいでしょうか」
「いや……念の為だ。18時までは待機だ」
「えー、まだ教室で待ってなきゃなの?」
今はまだ16時前。あと2時間くらいある。ってかあれだよ、気になるならずっと職員室前で見張ってればよかったんだよ。そういうとこ詰めが甘いんだよたっつーは。面倒くさがったな、さては。
まあいいか。後ろのロッカーからトランプでも持って来よう。
「ククク……ク、クハハハ! おいおいおい、楽しませてくれるじゃねえか」
トランプで遊んでいた私たちはいきなり笑いだしたたっつーに「とうとう頭が……」と可哀想なものを見る視線を送った。疲れたのかなたっつー。ストレスにはビタミンCが効くらしいよ。
「Xからのメールだ。読め」
およ。うむむ、メールとな。
差し出されたたっつーの端末を金田君から順に回し見する。
Xからは数回に分けて長文メールが送られてきていた。たぶん16時のテスト受理のやり取りの後にカピバラ麻呂がせっせと打ったんだろう。お疲れ様です。
ふむふむ。そこには次のようなことが書かれていた。
リンリンは期末試験詳細が発表されてすぐに茶柱先生へ自身が問題文提出の決定権を持っていること、及び他の誰が来ても受理するフリをして欲しいことを伝えた。そのため桔梗ちゃんが提出した問題も先生は受理するフリだけしかしておらず、リンリンの提出した方がきちんと受理された。よってたっつー考案桔梗ちゃん実行のテスト先出し計画は失敗している、と。
桔梗ちゃんとは今誰も連絡が取れない状況である以上、たっつーがこれから何か策を思いついても実行することは難しい。Dクラスの問題と解答を見るにはリンリンが同席してないと駄目ということになっているため、土日とかに桔梗ちゃんが見ようとしても見ることは不可能だぜ。
取引をしよう。たっつーが確定させた期末試験の問題文と解答用紙の提供。もしくは桔梗ちゃんに提供あるいは提供予定の問題文の大幅な変更。これを行わない場合、Xは茶柱先生を使って試験中に桔梗ちゃんをカンニングで訴える。既に桔梗ちゃんの身の回りにはカンニングの材料が仕込まれている、と。
「ほーん。『欠席する場合には正当性の確認できた場合に限って過去の試験から概算された見込み点が与えられる』んだよね確か。桔梗ちゃんがカンニング疑惑でテストを中断させられればこれに当たるだろうから、そうなると過去の試験からの推定点ではリンリンに絶対負けちゃうだろうね」
「ああ、だろうな」
なるほど、カンニングかあ。考えたねカピバラ麻呂も。
しかしあれか、カピバラ麻呂は桔梗ちゃんに数式書いたカンペなり何かしらカンニングの材料を仕込んだのか。カンニングは見つかったら即退学だけど、例えば教室にある監視カメラの映像を調べたりすれば桔梗ちゃんが本当にカンニングをしていないのはたぶんわかる。後は茶柱先生が「櫛田は最近不審な動きをしていたし、カンニングペーパーも出てきたからつい疑ってしまった。すまない」とか言えばいい。うーん、やり口が汚いね。
かといって桔梗ちゃんにこの事実を伝えて探させても、身の回りに仕込まれた全てのカンニングの材料を排除しきれてるかはわからない。解決方法としては制服から何から全部新品にして机と椅子も取り替えてもらって、筆記用具だって忘れたり、折れたり無くなった場合には先生に申告すればその場で貸与されるからそれを貰うというものがあるけど……茶柱先生はリンリンたちの味方になったっぽいし、何よりカピバラ麻呂ならすれ違いざまに一瞬でカンペ仕込むくらいできそうだしなあ。やったもん勝ちだねこれは。流石にそう何回も使える手段ではないと思うけど。つかやらんといて。
「しかし取引を無視するという手もあるのでは? 櫛田氏がどうなろうとこちらには影響ありません。僕たちからテスト問題の提供があったことについても、それは特別試験における戦略の一種。学校側に把握されようが、罰せられるほどのものではないでしょう」
確かにね。1学期の中間テストで過去問を手に入れたのと同じ感じに扱われるんじゃあないだろうか。でも、このXとの取引を無視するとどうなるんだろ。
えーと、このままいくとクラスの総合点の勝負は普通にガチンコ勝負。リンリンと桔梗ちゃんの争いについては桔梗ちゃんが解答を持ってるからほぼ確実に百点を取れるがしかしカンニングで退場させられる。よって賭けは負け。これからはクラスに協力せねばならず、リンリンの邪魔ができなくなる。ふむ。
「そうだとは思うけど、桔梗ちゃんに渡した数学の問題差し替えた方がメリットあるんじゃないかな。ほら、総合点の勝負になるんだもん。少しとはいえ点数落としてくれた方がありがたいし……」
今回の期末試験はいつものテストより難しい。丸暗記に力を注いだ桔梗ちゃんは、問題が差し替えられた方が見込み点なんかよりも点数が低くなるだろう。
「18時まで問題は変更できるし、金田君は別パターンの問題用紙も今持ってるでしょ? 支障はないと思うんだけどなあ」
それに。カピバラ麻呂的にもこっちのが都合がいいはずだ、たぶん。前にカフェでしてきた質問はそういうことだろう。
「私もククリちゃんに賛成です。問題を差し替えた方が平和的に終わらせられるでしょうから」
「私も。Xはクラスの情報教えてくれたんだし、そんくらいしていいと思う」
ひよりんと澪が援護射撃してくれた。金田君も軽く頷いて口を開く。
「僕たちのクラスの確定させた期末試験の問題文と解答用紙の提供以外の選択肢でしたら、どちらを取ってもいいかと」
うむうむ。さあ、問題差し替えよーぜ。
金田君が鞄から茶封筒を取り出す。予備の問題用紙が入ってるんだろう。その中から1枚を選んで残りは別の封筒にしまった。
私たちはたっつーをじっと見つめた。おら何か言えよコラ。
「Xの指示に従うってのが気に食わねえんだよ」
子どもかおまえは。
「それはあれだよ、龍園君がリンリンと茶柱先生の演技に見事騙されたのがいけないんだよ」
「ちっ……」
やーいやーい、反論できないでやんの〜。
そっぽを向いたたっつーにグイグイと私は迫った。
「一緒に行ってあげるからさ、ほら。さっさと差し替えて、そんで勉強始めようよ。ね?」
ひよりんと金田君の方に視線を向けると、2人はいい笑顔で頷いてくれた。勉強のサポート態勢はバッチリらしい。よかったねたっつー。さあ、12月7日は坂上先生の誕生日だし、私たちの勝利をプレゼントしようではないか!
金田君からバシッとやや乱雑に茶封筒を奪い取ったたっつーは扉の方へと歩いて行く。私もそれを追って教室を出た。
試験前の期間は職員室の中まで入ることができない。職員室前に着いた私たちが坂上先生を呼び出すと、すぐにいらして来てくださった。何故来たのかわからないのだろう、かなり不思議そうな顔をしている。
「何かありましたか。龍園くん、京楽さん」
たっつーは無言で茶封筒を差し出した。何かしゃべらんかい。先生がお困りでしょ。仕方ない、私が話すか。
「お手間を取らせてしまい申し訳ございません、坂上先生。先ほど受理していただいた問題文なのですが、数学のみこちらに差し替えていただきたいのです」
「おや。わかりました、それでは受理しますね」
坂上先生は数学の先生。もしかしたらさっき提出したやつを既にチェックして、特に不備もないのを確認したのかもしれない。驚いた表情を見せつつも、何も言わずに受け取ってくれた。
先生が職員室に戻るのと入れ違いになるように、一人の女性が外に出てきた。凛とした雰囲気にポニーテールが印象的な美人教師、担当科目は日本史。Dクラスの担任の茶柱先生だ。何か用事があるのだろう。私たちに軽く視線をやってからそのままクールに去っていく。
「たっつー」
「何だ」
「私、決めた」
茶柱先生。中間テストの試験範囲の変更を伝えなかったと思えば今回はリンリンにめっちゃ肩入れしてたりと謎の先生だ。何考えてんのかよくわかんない。
まあ教師には教師の事情があるんだろう。そこをとやかく言うつもりはないけど、単純に対応がちょっと駄目だと思う。ずるいよ。教師嘘つくよくない。
茶柱。茶柱が立つ。幸運。うむうむ。
「茶柱先生のこと今度からラッキー先生って呼ぶ」
「勝手にしろこのバカが」
むー、絶対おまえよりは勉強してるんだからなっ。
【問題、差し替えたよ。後はリンリンが体調不良にならないよう気をつけてね!】
【堀北の体調管理は万全だ。安心してくれ】
【よかった。じゃ、お互い試験頑張ろうね】
【ああ】
【……1個だけ聞きたいんだけど。麻呂君は龍園君のこと、どう思ってるのかな】
【そうだな。もしあいつに言うとすれば……】
【うん?】
【悔いの残らないように全力で来い。おまえの好きな土俵に合わせて遊んでやるよ】
【およ、思ってたよりだいぶ好戦的ぃ】