ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】 作:アネモネ
こんにちは。6月、梅雨の時期ですね。いかがお過ごしでしょうか。
Cクラスは恐怖政治に段々と慣れている様子です。たぶん感覚が麻痺してきてますね。暴力に屈しちゃ駄目だよみんな〜。
さて、私といえば過去問作戦が大成功したので、3年の二宮先輩にはちゃんと忘れずにポイントを払って2年生のときの過去問も貰っときました。ま、期末以降では丸まる同じ問題ってことはないと思うんだけどね。成績でポイントも増えたので余裕があるからいいんだ。お話ししてて夏休みもなんか試験ありそうってのがわかったし。やっぱ虫捕り大会とか開くんだろうか? ヘラクレスオオカブトとか捕まえてみたいなあ。釣り大会だったらマグロの一本釣りをやってみたい。
でも私、お魚とか
スーパーには無料で提供されている食材もあるけど、どんなのがいいお野菜やいいお肉でどんなのが悪いのなのか見分けるのも難しいんですよね。例えばにんじんは芯が大きすぎず、中心にあるものがよいとか、新鮮なお肉は色で見分けるとか。主婦の方々を改めて尊敬しますよもう。
§§§
ただなんとなく割高とはわかっていてもコンビニを使いたい気分のときもあり、今日がその気分だった。無料商品もあるしね。ちゃんともらっていこう。
可愛いけど高いんだよなーと思いつつコンビニスイーツを眺めてると、見覚えのある2人が夫婦のように仲睦まじく歩いて来た。前に図書館で遭遇したDクラスのカピバラ麻呂と生徒会長妹(仮)のデュオですね。
本名なんだっけか。むむむ……ククリちゃんは良い子だからきっと記憶の何処かにはあるはず。2人とも珍しい感じの名字。えーっと────
「
「あ……」
ちゃんと思い出せましたよ私偉い。そして、2人も気づいてくれたらしい。そういえばあの時こっちは名前教えてなかったっすね。たぶん櫛田さんあたりが後で紹介してくれただろうけど、こういうのはきちっとしとくか。
「こんにちは。図書館では名乗り忘れていましたね。改めまして、Cクラスの
「……もう終わったことよ」
そう言って商品を選んでさっさと去ろうとする生徒会長妹(仮)。すごい、欠片ほどもこちらに興味がないのがビシバシ伝わってくる……! 前のときも挑発というか毒舌というかがすごいなとは思ってたけど、なんというかこう、プライドツンドラ女王って感じっすね。失敗させて心をバッキバキに折ってあげたいタイプ。まさか学校側もそう思って彼女をDクラスに……?
カピバラ麻呂は立ち話くらいはしてくれる姿勢らしくとどまってくれた。なかなかイイヤツだ。彼女はそんな彼を
「すみません、お邪魔してしまいましたね」
「いや、オレも堀北とはたまたま一緒になっただけだから」
気にするな、と告げるカピバラ麻呂。無理して言ってる風でもないから本当のことなんだろうな。
「……Cクラスでもポイントは足りていないのか?」
無料商品を手にしてる私を見てポツリと一言。手持ちのポイント数に探りを入れているのか悩みどころですね。ま、いっか。
「まあ、節約できるところではしたいですから。Cクラスも最近は無料のものを使う人が多いですよ。私が編み出した山菜定食山菜抜きを食べてる人もちらほら増えてますし」
「山菜定食山菜抜き……?」
そう、山菜定食山菜抜きはスタンダード的な地位に浮上しつつあるのだ。ふ、流石私。えっへんと胸を張って説明すると、へ〜という感じでうなずいてはくれた。今度から君もやってもいいんだよ。にしてもこんな素晴らしい手法に動じないとは、まさかポイントにそこそこ余裕がある民なんだろうか。いや、単にリアクションが薄いだけなのかも。ケヤキモールは高育で生活する人たちに向けてWEB広告を展開してるんだぜとか、学校に許可を取れば月額制の配信サービスで映像コンテンツが鑑賞できるよとか見せてあげてもあんま反応がなくてさみしい。でもちょっとは打ち解けてきた気がする。
商品を買ってじゃあさよならという感じになったとき、私は声をかけてみた。
「この前のお詫びと言ってはなんだけど、お茶でもいかがです? 代金は私が持つので」
日本人らしく一度は遠慮されたが、もう一度お誘いしてみるとOKしてくれた。
なぜ私が彼とのティータイムを望んでいるのか。もちろんお詫びなんかじゃない。あれは山脇君が悪いし。実は、生徒会長のことが気になっているのである。
彼はすごい人らしい。すごい人はポイントいっぱい持ってるに違いない。3年生だし卒業までポイントいっぱい持ってたら譲ってほしいなあ、というわけで彼のことが知りたいのである。生徒会に入るのは……たぶん無理だと思う。私はそんな熱意もないし、あとたっつーのせいでうちのクラスの印象なんてのはめちゃくちゃ悪そうだしね。
堀北鈴音さんが本当に生徒会長の親類ならなんか教えてくれないかなあと思ったわけで、でも本人に聞くのムズそうだからまずはカピバラ麻呂に尋ねてみようとした次第である。我ながら回りくどいな。
ケヤキモールのカフェはいつも通り賑わっていた。まあね、超メジャー企業が出店してる、1杯当たりの値段がお高めなのに
「中間試験はどうだった? あれから試験勉強やり直すってたいへんだったよね?」
「ああ。でも櫛田が過去問を配ってくれてどうにかなった」
注文したドリンクをテーブルに置き、向かい合って座った私たちは早速会話を始める。しかし過去問はどのクラスでも思いつく人はいると予想はしてたけど、Dでは櫛田さんが入手してちゃんと配ったのね。偉いなあ。聖母のような慈悲深さ。
「そうなんだ〜。流石は櫛田さんって感じ」
「驚いていない様だが、Cクラスでも過去問を使ったのか?」
「うん、私も先輩からもらったんだ。櫛田さんと違って共有は友達にしかしてないけどね」
嘘はついてない。ひよりんはもちろんのこと、たっつーもいちおう友達。金田君と山田君も。渡した過去問を彼らが共有しただけでそこに私はノータッチだから。
ごめんカピバラ麻呂。でも龍園翔の名前を出すのは君にとっても良いことではないと思うんだ……!
「そうか」
友達って?とか聞かれるかと思ったけどあっさりと流された。どうやらCクラスの話にあまり興味がないらしい。そしてDクラスの情報もあまり持ってないっぽいことが話を聞いててよくわかった。もうちょっとクラスメイトに興味もとうよ。
しかもクラスの情報とかじゃなくて友達の作り方を知りたいと真顔で言ってくるし、とぼけてるのか本気なのかわからぬ。そんなことは櫛田さんとかに聞くべきだと思うの。
「んー、そだそだ、堀北さんって珍しめの名字だけどさ。生徒会長さんの妹さんなのかな?」
「ああ、そうらしい」
「やっぱりそうなんだ! うんうん、クールでストイックな雰囲気とか似てるよねえ」
優等生の兄。劣等生の妹。というフレーズが頭に浮かんだけど、まあDクラスだからって絶対不良品でもないしAクラスだからって絶対優秀でもないよね。
うーむ、先生からの評価とか見てみたいなあ。どう判断されてるんだろ。
生徒会長のことなんか知ってる?って聞いたけどよくわかんないらしい。なるほど、あんま仲良くないっぽいな。まあ厳しそうだよね堀北家。兄より優れた妹など存在しない!とか言いそう。
「実は前に聞いたときから引っかかってたのよね。教えてくれてありがとう!!」
「別に、大したことじゃない」
いやあ、大したことですよ。でもよく考えるとこの学校珍しい名字の人多いよね。兄弟いたらみんなすぐバレそう。京楽もあっちも、綾小路も珍しい名字だよなあ。
「んー、そういえば綾小路君って中学とかではなんて呼ばれてたの?」
「普通にそのまま呼ばれていたが」
「じゃあさ、嫌じゃなければ麻呂君って呼んでもいい?」
嫌でも心の中で呼ぶけど。
「いいぞ」
「お、気前いいね」
ついでに連絡先も交換したら喜ばれた。友達欲しいって言ってたの本当だったのか……?
§§§
「────という感じでお話ししただけだよ、綾小路君とは」
「そうだったんだぁ。ごめんね、ちょっと見かけたから気になっちゃって」
サハラ砂漠のように温かい関係だった、とあの時のリンリンとカピバラ麻呂について語った私に「そんなカラカラだったんだ……」とツッコミつつ櫛田さんはテキパキと慣れた手つきでドリンクバーを操作していた。友達とカラオケに遊びに来て、みんなのぶんも飲み物を持っていくなんてやっぱり彼女は優しいなあ。
私もひよりんに飲み物何がいいかとか聞いとけばよかったのか。しかし櫛田さんも私とカピバラ麻呂がカフェに居た話を聞いてくるとは……カピバラ麻呂に気があるのかな? 櫛田さんは人気者だけど彼氏はいないというし、カピバラ麻呂もイケメンランキング上位だったもんな。しかし何か景品でも貰えるんだろうか、ランキング入賞者たちは。だとするとちょっと羨ましいかも。
「全然いいよ〜。それにしても──」
肩口より少し短いところで切り揃えられた髪は、生まれてこの方一度も櫛が引っかかったことなどなさそうなサラサラ具合。顔立ちは甘く整っており、体つきに目を向ければ出るとこ出ててひっこむとこひっこんでるわがままボディ。うん、櫛田さんはやっぱり可愛い。
「櫛田さんてほんとお姫様みたいに可愛いよね。誰にでも優しいし親切で文武両道。まったく非の打ち所がない……!」
ふぇっ?と恥じらう姿もただただ愛らしい。
櫛田さんに告白されてNOと言う男子はいないだろう。お姫様みたいだと言って賛同しない人もいないに違いない。
一之瀬さんも似たようなタイプだけど、櫛田さんがお姫様なら彼女は姫騎士かな。
「い、いきなりどうしたのかな?」
「ノンノン、いきなりじゃないよ。初めて会ったときから思ってたの。櫛田って名字、
「う、うん。ちょっと驚いちゃったけど、そう言ってもらえると嬉しいなっ。でもククリちゃんは名前負けなんてしてないと思うよ!」
櫛名田比売はヤマタノオロチの生贄にされるところをスサノオに助けられてその妻になった神で、稲田の女神とされる。菊理媛はイザナギがイザナミを連れ戻しに黄泉へ行った際、口論する2神を仲裁した女神だ。縁結びの神とも言われている。
でもカラオケにひよりんと2人きりで来てる私よりたくさんのお友達と来てる櫛田さんの方が縁結びできてるよなあ。ドリンクでお盆が埋め尽くされてるもんね……何人で遊んでるんだろうか。しかもクラスメイトだけでなく他クラスとか上級生の可能性もあるってのがほんとすごいと思う。
「ありがとう、櫛田さん。なんか長々とごめんね」
「大丈夫だよ、私から話しかけさせてもらったもんね。それと、ククリちゃんが良ければなんだけど……名前で呼んでほしいな」
「
いい人だなあ。にしても桔梗、桔梗かあ。英語だとバルーンフラワーとかチャイニーズベルフラワーって言うけど、バルーンは可愛くないしベルだと生徒会長妹(確定)と被っちゃうな。あっちの子はリンリンと呼ぼうか……? ま、いいか。普通に桔梗ちゃんにしよう。
部屋に戻るとひよりんは読書してた。カラオケに来てるんだからもっと歌っていいんだよ? 初めて来たときはめっちゃはしゃいでくれてたのに、慣れてくると本が優先になってククリちゃん悲しい。
§§§
さて、梅雨である。雨である。グラスハープでも演奏したくなるような雨季。
先日のカラオケで思う存分に歌えてルンルンな私は放課後、いつも通り先生のお手伝いにいそしんでいたのだが、さあ帰ろうという時になると雨が降り出しているのに気づいたのだ。
もちろん私には傘がある。3千ポイントというちょっとお高めな傘で、不思議の国のアリスがモチーフの可愛い柄でお気に入りの一品だ。傘は長く使うものなので高くても気に入るものを買った方がいいというのが私の持論である。無駄遣いじゃないもんっ。この学校は期日内に返却すれば無料の臨時傘貸し出し(機械に学生証をかざすだけで楽々レンタルができる)を利用する生徒も多ければ、私物の傘でもビニール傘率が高くてなんか残念。あと取り違えとか起きやすそうで心配。
たいていの生徒は帰路につくか部活に励んでいるという微妙な時間なだけあって、昇降口に他に人はいなかった。今日はひよりんも茶道部に参加しているらしい。外で雨が降るなか静かにお茶を
雨はどんどん強まっていた。傘がないと外を歩くのもつらい感じだから、念のため傘を持ってきててよかったと思う。なんか傘をちゃんと持っていくと雨が降らないってことも多いけど、今回は違うみたいだ。
バサリと傘を開き外に一歩足を踏み出そうとした瞬間、後ろに人の気配がしたので何気なく振り向いて──固まった。
たっつーがいた。なんでだ。
一回視線を外す。もう一回見る。
うん、たっつーがいる。しかも傘を持っていない。
いや、そう言い切ることはできないだろう。カバンの中に折りたたみ傘が入ってるかもしれないし、このあと石崎君あたりが「龍園さん!傘っす!!」とか言って持ってくるかもしれない。
とりあえずちょっとそのまま待ってみる。完全に目が合って、帰るタイミングを逃してしまったのだ。たっつーが傘を手にする未来を望むも、カバンをあさる様子もなければ人が来る様子もなかった。
うーん……どうしよう。
傘を渡す。これは駄目だ。私は他に傘を持っていないし、この傘をたっつーが使うと絵面がやばい。周囲に多大なるダメージを与えることだろう。ちょっと見てみたい気もするけど、たぶん渡した時点で傘が粉砕されるに違いない。お気にを壊されるのは嫌だ。
一緒に傘を入る、つまり相合い傘をする。これも駄目だろう。というか大人しく他人の傘に入ると思えない。他人に傘をささせることならしそうだけど。そうなると完全に組長と舎弟だな……。
もうこのまま帰っちゃおっかな、と思ったときたっつーが口を開いた。
「お前は────王に何を求める」
なんか道徳の授業が始まった……? そんなふんわりしたこと言われても
っていうかこれ私に言ってるんだよね? 痛い独り言だったりするのか? エアフレンドとかいたりするのかしら。
あたりを見渡すもやはり他に人はいなかった。私に語りかけている、と解釈しよう。
「王とは、人を楽しませてくれる存在だと思います」
「ハッ。お前、俺といて楽しいのか?」
「はい。龍園君のクラスは楽しいですよ?」
真面目に言ったのに笑われた。ひどい。
それに、と私は言葉を続けた。
「つまらないなら勝手に楽しみますし」
静寂。ザアザアと音が鳴り響く。雨はますます強まっていた。これ以上ひどくなる前に帰りたいんだけどなあ。
フン、とたっつーは
「しかし、まさか同小のヤツがいるとはな」
「覚えていたんですか」
「テメエみたいな
それは名前のことだよね? 顔とか性格じゃあないよね?
しかしたっつーに覚えられていたとは。まったくのノーリアクションだから忘れられてるのかと思っていたわ。私も何も言わなかったし。
じゃあ、まあ敬語じゃなくていいのかな。
「小学校以来だよねたっつー。なんか
「殺す」
言葉のドッチボールが開幕してしまった。いや実際に殴ろうとしてきたわこの人。
「ちっ、避けるな」
「いや避けますよ普通に」
やだなこの人、小学生の頃の可愛らしさは何処へ。いや別にそんな可愛らしくもなかったか。
監視カメラもあるし本気ってわけでもないだろうが、これでクラスポイントがまた減ったらどうしてくれるんだよ。
「別に私はたっつーの邪魔をするつもりはないし、暴力で従えようとしなくても……過去問だってあげたし、情報掲示板のパスワードだって教えたし、ちゃんと貢献してると思うの」
「そりゃ当然のことだ」
「…………」
そう言い切られると返す言葉がない。なんという暴君。
……もう帰ってもいいかな? 駄目か。そうか。
ぐっと耳元に顔が近づく。
「覚えとけ。お前が裏切れば、死んだほうがマシと思うような目に遭わせる。力で負けようがあらゆる手を使ってお前が壊れてぐちゃぐちゃになるまで犯し尽くしてやる」
おまわりさん、ここです、このチンピラです……!
しかしなあ。ちぇ、いつか裏切ったほうが楽しめるかなーって思ってたのが読まれてたのか。だって君敵が強いほうが燃えるタイプじゃんか。邪魔ではないっしょ?
「……なら私はいつか、たっつーをバッキバキに打ちのめしてくれる人が現れるのを楽しみにしてるよ」
「ククク、テメエではやらねえのか」
「だって痛いの嫌だし。か弱い女の子だもん」
おい、そんなに不思議そうな顔をするな。泣いちゃうぞ。
「心配しなくても、みんなを楽しませる王でいてくれたら裏切らないよ」
たぶん。
私がそう言うと、たっつーは
雨はまったく止もうとはしなかった。話は終わったと判断して私はさっさと逃げた。