ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】 作:アネモネ
人は、その生涯の最初の四十年間において本文を著述し、続く三十年間において、これに対する注釈を加えていく。
「ぷえっくし」
23日。冬休み初日は、相変わらず寒かった。ピッと暖房を入れる。
今は晴れてるけど早朝に雪が降ったらしくカーテンを開けば外は真っ白。明日はもっと積もるらしいから雪だるまでも作ろうかなあ。日本だと2段だけど、海外は3段が多いらしいんだよね。バランス感覚の差だろうか。謎い。
寝ぼけまなこをゴシゴシ擦ってカーテンを閉じる。パジャマを脱いでむむむとクローゼットの前で唸った。
何着よう。休みの期間はこれが悩ましい。いっそ毎日制服で過ごしたほうが楽な気がするぜよ。でも目立つからなあ。
「ワンピースでいくかスカートか。それが問題だ」
ハンガーを持って悩んでいると、カチャリとドアの開く音がした。え、今下着姿なんだけど……ま、いっか。
合鍵で入って来たその人物は私を見ると目を丸くしていた。おはよう。
ちょっと関係ない話になるけどこの学校の寮の鍵はカードキーだ。とってもハイテク。先生とか管理人さんに言えば合鍵も簡単に作れる。私たちはこれに慣れ親しんでるんだけど、そのおかげでとある悲劇が無人島では生まれてしまったのだ……。
無人島試験ではリーダーには名前が刻印されてるキーカードが渡された。たぶん試験のキーとなる重要なカードって意味だと思う。しかぁし。普段から私たちは「カードキー」と言い慣れてしまってるのだ。あと船でも部屋の開け閉めにカードキーを使ってた。うん、もうおわかりだろう。試験の説明受けてすぐはともかく、時間が経つにつれキーカードをカードキーと呼んでしまう生徒が続出したのである。ククリちゃんも勿論その一員だった。紛らわしいから違う名前にすべきだったと思う。いいじゃん、ポイントカードとかスペシャルカードとかで。
「おはようございます、ククリちゃん。ごめんなさい、お着替え中でしたね」
「いえいえ、大丈夫だよ。ノックとかチャイムとか要らないよって言ったの私だしね。それより服、どっちがいいと思う?」
ひよりんが選んでくれたワンピースを私はいそいそと着た。さて、お茶でも淹れるか。
私の部屋にはとある事情から家電製品が潤沢に置いてあるということもあって、なかなかの人気ぶりなのである。今は何とこたつがいるのだ。いいよねこたつ。アイラブこたつ。
合鍵を渡してる澪とひよりんには留守中に勝手に入ってもいいとすら伝えている。この学校は電気代とかも無料だから気にしなくていいしね。
「昨日の件なのですが……」
お茶を一口飲んでから、ひよりんはそう話を切り出した。うん、予想通りっすね。
昨日のカピバラ麻呂(X)vsたっつーの屋上決戦。それが起きること自体はキャロルがだいぶ前から予測していたものの、あの放課後にイベントが発生すると私が気づけた理由は大きく2つある。澪の様子がめっちゃ不自然──彼女は重大な嘘を吐くとき相手の目をじっくり見ちゃう癖があるのだ──だったのと、ひよりんがクラスの雰囲気が変なことを教えてくれたのだ。
人の目も監視カメラの目もない場所となるとかなり限られる。特別棟も候補ではあったけど一度逆転裁判で失敗した場所だしなあ、ということで監視カメラが1台しかないし誕生日パーティーの時にたっつーが興味を持ってたしで屋上を双眼鏡で覗いたらクリーンヒット。そのままカピバラ麻呂登場まで観察して、いい感じのタイミングで登場したというわけである。着ぐるみ被ったのは何となく。断言しよう、意味はない。
「クリスマスパーティーに龍園くんを参加させようとして石崎くんたちは彼と喧嘩してしまった、というのは本当なのでしょうか?」
もちろん嘘である。何せ私が流した噂だ。ついでに言うと「変な仮装をさせようとした」とか「ドラゴンケーキを特注した」とか追加情報も流した。
しかし悲しきかな。普段の石崎君の行いやクラスのバイオレンスっぷりからこの噂はかなり信憑性が高いことになっている。「この無能めっ」という感じで普段からよく非難の対象というか、制裁対象としてたっつーから1番殴られてるからなあ。ごめんね石崎君。頑張れ石崎君。
「んー、知りたい?」
ひよりんは迷わず頷いた。
「Xと龍園君たちが戦ったの。Xに負わされた傷だよあれは」
澪とバーティは比較的軽傷で見た目そんなわかんないけど、たっつーと石崎君の怪我はどう見てもおまえら殴り合いしたろって感じになってる。保健室とか行くのもできないから自分たちで手当したんだよね。おかげで出費がかさんだ。
「やはりそうでしたか。Xの正体はお聞きしませんが、どうなったのかということだけ教えていただけませんか?」
「龍園君がボロ負けしたけどまあXにも色々と思惑があるらしくて。昨日は何も無かったことになってるよ。クラスに不利益になることはないと思うけど……そうだな、龍園君のもともとの予定だったし3学期は一之瀬さんたちのクラスを狙うことになると思う」
カピバラ麻呂の考えはよくわかんないけど、クラス間競争にそこまで興味もないんだろう。今回のことでたっつーに何か言ってくることはない……はず! 何かあったらその時考えるよ、うん。
そんでカピバラ麻呂もキャロルも狙わない、となるとうちのクラスの敵は消去法で一之瀬さんたちだ。そういえばキャロルが何か彼女の弱点を知ってるとか言ってたなあ。今度聞いてみるか。
「わかりました。ありがとうございます」
「いえいえ。あ、果物なんか食べる? 蜜柑と林檎とバナナと……バナナ……」
夏休みのこと思い出してたら、バナナの件も思い出しちゃったなあ。懐かしいや。
「そういえば、小宮君は未だに忘れてるのかなあ、バナナ」
「夏休みのプールの一件ですね」
そう、あれは8月30日のこと。学校の傍には水泳部員以外立ち入れない大きなプール(この水泳部専用である『特別水泳施設』は普段授業で使うプールの2倍以上広くて、男女あわせて6つの更衣室もあれば案内板まで用意されてる大型施設だったりする)が併設されてるんだけど、夏休み最後の3日間は開放されてて、その真ん中の日に私たちのクラスは全員で遊びに行ったのだ。泳いだりバレーやったりして楽しんでたんだけど……まさかあんなことが起きるとは誰も想像してなかっただろうね。
「小宮君の顔面と後頭部にボールが同時に直撃して────」
「よろけたところに落ちていたバナナの皮で滑って転んでいましたね」
「うん。そんでまた頭打ってた」
先輩たちがやってるチョコバナナの屋台のゴミが道に落ちちゃってたらしい。哀れ小宮君、まさに踏んだり蹴ったりだった。
その衝撃で記憶の混乱が起きたらしく、眼前にボールが迫ってきたところまでしか覚えていなかった彼に「おまえギャグみたいにバナナの皮で滑ったんだぜ」と言える人はいなかった。そう、あれは善意。決してチョコバナナの屋台の先輩たちにタダ券をもらって口止めされたからではない。元から持ってきてたチケットと合わせてとっても豪華なご飯になったけど、そんなことは全然関係ないんだからねっ。
「うみぃ……」
朝ごはんをひよりんと食べて、外に出るかどうするか、となったところで。私はその魔力に屈した。
「こたつが私を放してくれない」
「今日は一日ゆっくりしましょう」
「うん、そうだね」
ぬくぬくぽかぽかに私たちは抗うことができなかった。お外寒い。こたつ最高。
ひよりんと読書して過ごしてると、やがてお昼過ぎに澪もお部屋に来てこたつ仲間になった。プンプン怒っている様子だったのでどうしたのかと尋ねると、公開が終わる寸前でまだ観ていなかった映画を観に行ったら麻呂君と隣の席だったらしい。しかも映画が途中で上映できなくなって、そのあと色々とあったそうな。昨日の今日で遭遇とかすごい、やっぱカピバラ麻呂は運が悪い気がする。そういえば夏休みの占いの結果、宿命天中殺!とかだったね。
§
尚。ククリは知る由もないが、今回の噂はクラスメイトの間でのみ次のような共通理解が為されている。
すなわち石崎たちはククリと龍園の仲を進展させるため龍園をクリスマスパーティーに参加させようとして喧嘩したのだと。そしてその結果。根負けした龍園はこれへの参加と、ククリを京楽でなくククリと呼ぶことを決意したと。
クラスメイトたちの間で石崎が龍園×ククリを推していることは周知の事実なのであった。
§
【ってことで1年生の間はそっちには絶対行けないや。せっかく2000万ポイントに加えてたっつーからの謎借金の分の上乗せも考えてくれてたのにすまぬ。2年に上がったらまたその時考えるね】
【分かりました。しかしそれでは、綾小路くんとの戦いにククリさんは参加出来ないことになってしまいますね。残念です】
【お、戦えることになったんだ。おめでとう!】
【はい。次の試験は3学年合同のものですので、その次の特別試験の順位で争うことになりました】
【ほほう、次の次かあ。どんな試験になるだろうね。2人の健闘を祈るよ。たっつーが邪魔しないようにちゃんと見張っとくね】
【ふふ。3学期の彼は伏した龍、といったところでしょうか。ヤンチャさが抑え気味になっていることでしょうね】
【伏した龍……あー、臥龍鳳雛! なんかたっつーと麻呂君っぽい四字熟語だよね】
【三国志ですね。ええ、龍園くんが諸葛亮かはさておき、綾小路くんが鳳凰の雛というのは合っているような気がします】
【うむ。ね、たとえと言えばさ。そういや昨日、囚われのお姫様が王子様に助け出されるって話してたけどさ。キャロルって何か悩み事でもあるの?】
【いえ、私が憧れると言ったのは王子側のほうです。囚われの姫のほうが綾小路くんですね】
【………………え?】
【ふふっ、それではおやすみなさい】
【え、キャロル? あのう、どういう意味なのー? すごくすごく気になるんだけど】
【キャロルー? 寝ちゃったの? おーい】
【 (´・ω・`) 】
【 (´;ω;`) 】
【むー、おやすみっ】
【はい。よい夢を】
【いや起きとったんかーい】
§§§
グッドモーニングエブリワン。さて、クリスマスイブのイブって何だろうと誰しもが考えるのではないだろうか。アダムとイブのイブかなとか私は思ってたんだけど、何でもeveningの古語のevenが由来らしい。
つまりクリスマスイブはクリスマスの夜という意味。今日は24日だけど、今夜が教会暦では25日の夜に当たるんだとか。ややこしい。
まあそれはともかく。私は朝っぱらから外に出た。お呼び出しを食らっちゃったんだよね。7時のお約束。男女が朝早くに会ってすることといえば……うーん、井戸端会議?
同じ寮なので外に出る時に会うかな、って思ったけどタイミングがずれたのか姿はない。雪が降る中を一人寂しく歩く。校舎のほうが少し騒がしかったのは、部活の朝練が大体7時前後に始まるからだろうね。お疲れ様です。
ケヤキモールは10時に開く。クリスマスセール中とはいえ、特売日でもない以上、こんな早くからその近くのベンチに来る人なんて滅多にいないだろう。わざわざ他者に見られないよう密会する目的がある人を除いて。
「ごめん、待った?」
7時丁度。雪が止んだ頃に私は待ちあわせ場所に着いた。
「今来たところだ」
「……麻呂君。頭、雪かぶってるよ」
朝から私をお呼び出ししてくれたカピバラ麻呂は、ちゃんと先に待っていたらしい。偉いっ。いやまあ雪くらい払えよとは思うんだけどね。むー、ツッコミ待ちなのかねそれは。
「感触が面白くてな、つい」
「うーん、ちょっと風邪ひきそうで心配だけど、まあひいたところで長期休暇中だしいいのかな。あ、風邪といえばKちゃんは大丈夫だった?」
「昨日見かけたが元気そうだった」
「そかそか。なら良かった」
みんな身体が丈夫だなあ。でもあれか、よく考えたら私も風邪ひいたことないや。
「あと、監視カメラのことありがとね」
「ポイントはそっちが出してくれたし、オレの懐が痛んだわけでもないからな。気にしないでくれ」
一昨日。事件の後始末で、バケツに水くんで屋上の血痕流したりそのバケツを片したりもしたけど、一番の厄介事は監視カメラを潰した件だった。何せ学校側にもはっきりわかる問題行為中の問題行為だもん。
この屋上での一件をこれ以上引きずることはないという証明に、カピバラ麻呂は茶柱先生と話して「監視カメラをスプレーで汚損させたのはDクラスの生徒の一人も関わっている」という風にしていた。もちろんカピバラ麻呂自身のこと、つまり自首である。そして過失割合を均等にしてくれた。流石に修理費用はたっつーに出させたけどね。ありがとうカピバラ麻呂、優しい。
「それで、何のお話かな?」
「ククリの立ち位置を確認しておきたい」
「……ベンチ、座っちゃ駄目なの?」
「いやそういう意味でなく。どうぞ掛けてくれ」
カピバラ麻呂が座っているお隣のスペースのとこの雪を払ってくれたのでそこに腰を下ろす。たっつーだったらこういう時足で払いそうだよなあ。あのボブヘアヤンキーは今ごろ何してんだか。寝てそうだわ、うん。
「ククリは誰の味方なのか、と聞きたかったんだ」
「そこはあれだね。気の
「オレが? それはどういう意味なんだ?」
「何となくだからそんな気にしないで。絶対味方ってわけでもないし」
じっとカピバラ麻呂のほうを見る。うーんこの無表情っぷりよ。表情筋が固まっちゃうぞ? ほっぺたをむにーって引っ張ったらどんな反応するだろう。
そう思ってたらなんかカピバラ麻呂が座ったままちょっと後ずさって私から離れた。ちっ、勘のいい奴め。
「ククリは高円寺と似ている部分があるな」
「むー、どのあたりが?」
「そうだな。例えば何か事件が起きたとして、その場に居合わせていたのなら。ククリは何の材料もなしに犯人を直感で言い当てられそうだ。高円寺は周囲の反応やら何かしらの手がかりを組み合わせて独特の論理を展開して推理するが、常人から見ればやはり直感的に犯人を言い当てて見える形になるだろう」
「つまり野生の勘みたいな点で似てるってわけか。確かに麻呂君とかキャロルだととっても理路整然とした推理になりそうだよね」
でもカピバラ麻呂とロックも似てると思うけどなあ、色んな才能があるって点で。
「あのさ、逆に聞くけど麻呂君の立ち位置はなあに?」
「オレは事なかれ主義なんだ」
ふむ。事なかれ主義ってどういう意味だろう。知らない言葉なんだけど。事なかれ主義、事が無い主義、事件が起きない起こさせない……なるほど!
「“
「なぜオレが棍棒外交していることになった」
カピバラ麻呂曰く事なかれ主義とは波風が立たないように、平穏無事に済むようにする人のことらしい。へー。
うん、ダウト! 見事なまでのダウト。君はセオドア・ルーズベルトさん側だと思うぜよ。
ともかく、話終わったっぽいし聞くこと聞いとくかあ。
「えーっと、じゃあ自称事なかれ主義の麻呂君」
「自称を外してもらえると助かるんだが……まあ、何だ?」
「龍園君から伝言預かってて。あのね、8億貯める方法がおまえにわかるか、って」
8億プライベートポイント。クラス全員がAクラスに移籍できる額だ。たっつーがこのためにプライベートポイント集めてるのは知ってるけど、方法についてはまったく知らないし見当もつかない。1ポイント1円だから8億円。そんな大金、宝くじの1等を当てるくらいでしか入手できない気がするもん。
「クラスポイントを1000ポイントに保てたとすると40人クラスならば1年間で4800万ポイント。特別試験等により上手く稼げたとしてこれに1000万ポイント前後を加算、無駄使いもなかったとすれば年間およそ6000万ポイントと考えられる。3年間で1億8000万になるが、流石にもっと支出はあるだろうしかなり甘く見積もっても1億5000万ポイントあたりか」
「計算はやいね麻呂君……」
んーと、じゃあ6クラスが協力してやっと8億が見えてくるってことなのかな。って、3学年で12クラスだからそれ学校の半分じゃん。無理ゲー過ぎるわ。
そう思ってたら、考え込んでたカピバラ麻呂が驚きの言葉を口にした。
「不可能、とも限らないのか」
「え、ま?」
「ああ。だが勝算はあっても5%程度だ」
およ、消費税よりも低いな。いや昔は消費税も5%だったし、さらに昔は3%だったのにどんどん上がってるんだよなあ。この勝算も消費税の如く高くなってはくれないだろうか。
「ククリ。おそらく龍園はオレとの交渉を望んでいる。何か聞いていないか?」
何故さっきの伝言でそこまでわかるのか。カピバラ麻呂はエスパーなのかね。
「電話番号教えとけって。はいどーぞ」
連絡帳を操作して、たっつーの電話番号を出した画面を表示する。うーんしかし連絡先にこう、敷地内の人物しかいないのは物悲しいよなあ。
外部との連絡は一切禁止という厳しい校則。学校側は生徒の発着信履歴程度余裕で管理しているだろう。ぶっちゃけスパイウェアとかが入れられてても驚かないよ、私は。
しかしこれでカピバラ麻呂はたっつーのメルアドも電話番号も知ってるんだよな。これはお友達認定でいいのだろうか。たっつー側はカピバラ麻呂のフリーメールアドレスしか知らんけど。一方通行だなあ。
む、ここはやはり臥竜鳳雛の片割れとしてカピバラ麻呂から鳳凰麻呂にランクアップを……いや何かめっちゃダサいな。鳳凰の雛、鳳凰の雛。よし、ぴよぴよ!
「ね、麻呂君。カピバラ麻呂とぴよぴよ麻呂。どっちがいい?」
「唐突過ぎてよく分からないが、その2択なら前者で頼む」
カピバラ麻呂はカピバラ麻呂がいいらしい。うん、まあ確かに私もこれで慣れちゃったしね。カピバラ麻呂継続で行こう。
「そだそだ、連絡先で思い出した! 龍園君のとこに桔梗ちゃんから前も連絡入ってたよ。いつ仕掛けるか、って感じで。Xにかかりきりだったから龍園君はおざなりな返事しかしてなかったけどさ。リンリンの退学をこれっぽっちも諦めてないっぽいね。Dクラスは大丈夫?」
「今のところは大人しくしているな。だが早めに処理したいというのが本音だ。櫛田と同じく人気者のククリから何かアドバイスはないか?」
「いやあ、格が違うよ。あそこまで人に尽くすなんて私にはできないもん。でもそうだな、私だったら面倒だし彼女が龍園君と取引してたこととかさっさと全部バラしちゃうな。早いほうがみんなへ与えるダメージも抑えられそうだしね」
なるほど、とカピバラ麻呂は頷いた。たぶん彼は私なんかよりよっぽど色々と考えているんでしょうなあ。
こちらとしても桔梗ちゃんの価値はほぼゼロに等しい。ポイントの少ないDクラスを叩くメリットはないし、カピバラ麻呂に何かしたいわけでもない。たっつーもあんなに気に入ってたリンリンへの想いは消えて全部麻呂君に向かってる感じがあるから、今更リンリンで遊ぶのにも興味ないだろう。どう処分されようが構わない。
「麻呂君はどうするつもりなの?」
「次回以降の試験内容にも左右されるが、退学させようとは思っている。櫛田が狙っている相手は堀北だからな。これからやって来る人物に俺が
「あ、ってことは────」
私がその人の名前を口にするよりも先に、御本人が姿を見せた。
遠くから歩いてくる様子だけでも何となくイケメンオーラが感じられる。すごい。
「おはようございます、堀北先輩」
私たちの座るベンチの前に立った堀北先輩は軽く頷いて応えた。
「こんな時間で悪いな」
「構わん。密会の時刻及び場所の選択としては正しい」
密会なんてワードが日常会話でポンポン出てくるの、うちの高校だけだろうなあ……じゃなくて、カピバラ麻呂ォ! 君もあれか、たっつーと同じで上級生に敬語使わない民だったんか。いや待てよ、単に2人が仲良しさんの可能性もあるから決めつけは良くないね。何せ夏休みの時点で既に勧誘を受けるレベルでガッツリ目をつけられてたもんな、カピバラ麻呂。生徒会室での橘先輩の反応からの推測だけど。
「綾小路。俺が手を貸す際にした約束事は記憶にあるな」
「南雲雅を止めるための一助で相違ないだろう?」
堀北先輩はかすかに首を動かした。合ってるって意味っぽいね。ところで彼はカピバラ麻呂の頭に積もってる雪を気にしていないのかな。うーん、細かいことは無視するのが大物ということなのか。
「手を借りたって
こそっとカピバラ麻呂に話すと肯定された。へえ、そんな交換条件だったのか。
「任せたいことは本校の秩序の守護と維持。南雲を生徒会長の座から降ろす、あるいは暴走とも言える不適切な行為の妨害。在校生の意識に変化が生じるよう、おまえがやりたいように動け。以後ますます南雲の影響力は肥大化し、事を起こすのは想像に難くない」
ちらっと私に視線が向けられる。うむ、現役生徒会役員としてカピバラ麻呂に説明してあげよう!
「生徒会役員にはね、ちゃんと一定の権限が与えられるの。前の暴力事件みたいな問題発生時は生徒会が主体となって解決します。私も既に何回か経験済みだよ! で、生徒会には特別試験の一部を考えたり決定する権利もあるんだ〜。ルールへの口出しやペナルティの一部変更とかできる発言力があるとも聞いたな。例えば夏休みの無人島試験、あれは昔の生徒会が考えた案が
「生徒会の権力については今京楽が述べた通りだ。話を南雲に戻そう。あの学年では今日までに17名の生徒が退学している。退学前の面談により判明したこととして少なくともその半数以上に南雲の関与があった」
2年生の中では9人以上が彼の手によって消されたってことか。働き者だなあ南雲会長は。修学旅行のあと(生徒会の先輩たちはちゃんとお土産をくれた)は毎年恒例で上位同士と下位同士の戦い、それも下位側にチャンスのある特別試験らしく、そのせいか南雲会長が手を抜いたからか、AクラスvsBクラスでは桐山副会長たちBクラスが勝利したって聞いたけどね。
「それだけ退学に追い込めば、反抗勢力の芽も摘まれるだろうな」
そう話すカピバラ麻呂はおそらく今、そのとびきりキレる頭脳で学年支配シミュレーションしてるに違いない。怖い、こいつならやりかねん。やっぱ自称事なかれ主義だわ。
そして、カピバラ麻呂の質問によって私は堀北先輩から初めてその理想を聞いた。退学者をゼロのままにできる指導者、か。だったら堀北先輩がうちの学年に期待するのも頷ける気がする。
「ククリは南雲に対してどんなスタンスなんだ?」
「静観。麻呂君が協力して欲しいって言うならできるだけ頑張るけど」
「いや、必要ない。オレの邪魔をせずにいて、後は情報提供してくれるだけでいい」
「りょーかいっ!」
堀北先輩もカピバラ麻呂も私に面倒事を押し付けないでくれる。優しいなあ。
それから2人は頭の良さそうな会話を繰り広げてたので私はぼーっと聞いてた。堀北先輩が生徒会の2年生の情報を渡したり、先輩側の2年生(たぶん桐山副会長のこと)とカピバラ麻呂の仲介をしてたり。リンリンのことで話し合ったりもしてて驚いた。むー、彼女が生徒会に入るのかあ。仲良くせねばいかんのう。
南雲会長降ろし(なんか大根おろしを彷彿とさせるネーミングだ……)について話し終えた堀北先輩は私のほうに向き直った。
「告げるのが遅れたが京楽。校内での危険行為は控えろ」
「な、何のことでしょう?」
「前方がよく見えない状態で他者を抱えて階段を上るのは危険だ。転倒でもすれば惨事になる」
猫の着ぐるみの頭部を被った私がキャロルをお姫様抱っこして屋上に行ったことかあ。なるほど、一昨日あっさり私を通してくれたのは無理に止めたら危なそうだったのも理由にあったのかも。ごめんなさい私が浅はかでした。
「はい、反省してます。実はあの後友人にもこっぴどく叱られちゃって……」
澪からね。うん、危ないことには首を突っ込んじゃ駄目とか、真面目な場面でふざけすぎるなとか、キャロルみたいな他クラスの人間と仲良くするのはまあいいとしても信用し過ぎるなとか色々と怒られた。ククリちゃんしょんぼり。
あとたっつーと一緒にいるせいでちょっと似てきたんじゃない?とも言われた。そんなことないもん! 絶対違うもん!
「心から信頼できる友という存在は貴重だ。大切にするといい」
温かい笑顔でそう私に言うと、先輩はカピバラ麻呂のほうを見つめた。
「おまえも友人というものを意識したほうがいい。そこの京楽……いや、龍園などは候補に挙がるかもな」
「何で私、今お友達候補から外されたんです!?」
もう友達だからってことでいいんですよね。信じてますよ先輩。
でもでも、うん、いいと思うよ。たっつーの友達を名乗る人、全然いないもんなあ。一応私と、ひよりんくらいかな。澪はたっつーのこと嫌ってるし、石崎君たちは友達とはちょーっと違う感じだし。いやでも友達でいいのかな。どうなんだろ。あ、石崎君といえばそうだ。
「堀北先輩、もしよろしければ1年の寮に遊びにいらしてください。クリスマスパーティーを開催する予定なので」
チラシを受け取ってくれた堀北先輩は、来た時と同じく静かに去っていった。
「ところで麻呂君」
「どうかしたのか」
私はずっと気になっていたのだ。もしかするとキャロルは昔カピバラ麻呂と会った時、今とは違う彼の姿を見たのではないかと。
「あのさ、小さい頃にお姫様の格好したりしてた?」
「本当に何の話だ……」
心当たりはないらしい。うーん、何でカピバラ麻呂が囚われのお姫様なんだ?
§
【手持ちの駒で満足しとけ】
そのメールを見た有栖はすぐに龍園によるものだと気づいた。大方、ククリから有栖のアドレスを聞き出したりしたのだろう。ご苦労なことだ。
確かに有栖は手持ちの駒だけで戦うやり方を好むが、たまには他者から奪った駒を使うのも一興だと考えている。それに、龍園はククリを全く使いこなせていないように見えて、ついつい手を伸ばしたくなるのだ。
2通目を開いた有栖はすうっと目を細めた。
【先手は譲ってやるが、綾小路を倒すのは俺だ】
そんな挑発的な一文。
届かないとは分かっていても、有栖は声に出さずにはいられなかった。
「いいえ。綾小路くんを
もし、もし。譲るとしたら、それは──────