ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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宗教とは蛍のようなものだ。 光るためには暗闇を必要とする。

「メリー・クリスマス!」

 

「朝っぱらからうるせえ」

 

 12月25日。ククリを部屋に入れた龍園はさっそく後悔していた。

 

「だいぶ怪我治ってきてるね。まだご飯食べる時とか口の中しみるの?」

 

「…………ああ」

 

「およ、じゃあケーキ食べれるかなあ。一口くらいは食べてあげてね」

 

 ククリが何を言っているのか。少し考えた後に龍園は思い当たった。石崎のバカが特注したとかいうヤツか、と。噂が駆け巡っていたためドラゴンケーキについては龍園も耳にしていた。

 

 綾小路に負わされた怪我があんなくだらない噂でカバーされたことには呆れるが、今更単に内輪揉めしたからという理由にするのもあれだ。放っておくという判断を龍園は下した。

 

「クリスマスプレゼントはごめんね、なしで! そういえばたっつーはサンタさんを信じてたんだっけ?」

 

 小学生時代の話を持ち出したいらしい。答える必要を感じなかった龍園はこれを無視した。

 

 しかしその程度は慣れっこのククリは構わずぺちゃくちゃとしゃべりかけてくる。誰にでもこうしてフレンドリーに接してくるのはある種の才能と言ってもいいだろう。あの伊吹と仲良くなれたのも頷ける。

 

「もし今の今までサンタさんを信じてた人がいた場合、どうするんだろうね。親がプレゼント贈ることはできないし。やっぱ流石のサンタさんもこの高校には侵入できなかったということで落ち着くのかな」

 

「……入学前に親が話すだろ」

 

「むー、そうか。この高度育成高等学校という閉鎖的な環境に入る前に、サンタさんの正体は親だということを知り。一つまた大人への階段を上った人もいたということか」

 

 たいていの場合、小学生のうちにサンタクロースの不存在など気づくものだろう。そんな純粋培養の人間などいるものか、とツッコミを入れつつも龍園はふと気になったことを口にした。

 

「おまえはどうだったんだ」

 

「私? うーん、私の場合はいつも適当にポンと現金を渡されるだけだからなあ。サンタさんは出現すらしてなかったよ」

 

 龍園はククリの保護者についての詳細を知らない。そもそもククリ本人すらよくわかってない様子である。ただ、彼女の人格形成には多大なる影響を及ぼした人物と言っていい。

 

 顔を合わせたのは数回だけだが、外見は全くククリに似ていない男だった。血縁もないのだから当然だろう。同じなのは髪色くらいだ。しかしその本質は似ている。龍園は彼に底冷えするような視線を、殺気を飛ばされたことがあるが、どう甘く見積もっても1人2人は殺っている雰囲気だった。そのくせククリから龍園は友達だから違うと説明を受けるとコロッと態度を変えてひどく優しげに振る舞ったのだ。人を殺すことすら何とも思っていないほど倫理観も道徳心も欠如しているのに、外面だけはめっぽういい。龍園ですらもあまり関わりたくないと思うような人間だ。

 

 この高校に入った理由はデスゲームができそうだったからだとかククリが話していたのは彼が何か吹き込んだ可能性もある。何が楽しいのかさっぱりだし、少なくともデスゲームを願う奴がクリスマスを祝うなよ、と龍園は考える。

 

「でも本物のサンタさんもこの世界のどこかにはいるのかもしれないよね。そうだったらいいなあ」

 

「神だの何だのをおまえは信じてるわけか?」

 

「うーん。信じるってか、いたら楽しいじゃん。会ってはみたいよそりゃあさ。何かしら勝負なりゲームなり挑んでみたくなるね。中学の時が懐かしいや」

 

 指にくるくると髪を巻きつけながらククリは言った。ふわふわとした天然パーマの髪。自身のサラサラとした髪と見比べた龍園は前に「南斗六聖拳ばりのロン毛でも目指してるの?」と言われたことを思い出した。あの暴力の支配する世紀末への適性はククリのほうが上に違いない。

 

 何となくその髪に触れてみる。ゴミでもついてるのかと首を傾げるククリに対し、このまま髪を引っ張れば流石のこいつにもダメージが入るか、と考え。しかしその程度でどうこうできるわけでもないと諦め手を放した。

 

 この世界に神がいるとして。異常な肉体を持つククリはそれに愛されているのか、呪われているのか。龍園としては呪いに一票を投じたい。少なくとも自分にとっては困り事以外の何でもないのだから。

 

「でも神ってるってほどじゃないにしろ茶柱先生はラッキーだよね。今年のDクラスはカピバラ麻呂、ロック、平田君、リンリンとなかなかいいカードが揃ってる。ただ毎年こうならDクラスが上にいくことだってあったはずだから、そうなるとやっぱ今年のクラス分けの基準は例年とまた異なったのかね」

 

「クラス分けか。この学校のシステムはうぜえほど複雑だからな。教師ですら全て把握してるかも怪しい」

 

「理事長の娘であるキャロルもそこらへんは知らないからね。一生徒が在学中に説き明かすことができるのかなあ」

 

 少なくとも龍園はそれをやるつもりだ。可能にするだけの能力があると自負しているし、そのための手駒も持っている。

 

「生徒会で情報を集めろ。前言った体育祭の30万もそれで無かったことにしてやるよ」

 

「30万? そかそか。40万って言ってたのがペーパーシャッフルで10万減額したのね。よーし、謎の借金がようやく消えただなも! にしても情報収集って麻呂君にも同じこと言われたよ。南雲会長の話だけどさそっちは」

 

「南雲降ろしか。あいつがそれに掛かり切りになるならこっちにとっちゃ嬉しい話だな」

 

 クラス間闘争によって綾小路と3学期すぐに戦うのは避けたい。準備を怠って勝てるような甘い相手ではないだろう。

 

 深い、どろどろとした闇を凝縮したような綾小路の瞳が脳裏をよぎる。一体どういう環境で育てばああなるのか。怪物、という単語が浮かんだ龍園は目の前のククリを眺めた。

 

 明るく、朗らかな笑顔。能天気でアホっぽい雰囲気だ。しかしその瞳をよく見れば一等星のように眩い、狂気的な光が灯っている。果たしてどちらのほうがマシなのか。

 

「むー、イルミネーションの設置とか平和的なこともやってるんだけどね、生徒会。あ、知ってる? イルミネーションは和製英語で、英語だとただの照明って意味になるからクリスマスのキラキラな飾りは “Christmas lights”って言うんだよ。あとね、カードキーも和製英語で英語だと“key card”! ややこしいよね言語って。神がバベルったせいなら恨みたいよ」

 

 バベルの塔。天に届くほどの塔を建てようとした人間たちに怒った神はそれまで一つであった言語を乱し、互いに通じないようにさせてこの建設を中止させたという。

 

 おまえとは言語の違いがどうこうでなく意思疎通できないことがあるけどな、と龍園が思っていると当のククリは端末で現在時刻を確認していた。

 

「ん、時間か。それじゃあ私はこれから南雲会長たちとカラオケ行くから、クリスマスパーティーにはちゃんと来るんだよ?」

 

 屋上でククリは龍園への3つ目の願いとして「クリスマスパーティーに参加すること。サンタの仮装でね」と言っていた。サンタの仮装の部分は4つ目、つまり契約外だとして跳ね除けたが、クリスマスパーティーへの参加のほうは履行しなければならない。

 

「一瞬顔出しゃいいんだろ」

 

「うわずるい。まあ来ないよかいいけどさ」

 

 龍園であれば約束を反故にされれば容赦はしない。どんな手を使ってでも後悔させる。ククリならどうするのか。試してみようか考えかけて、やめた。バカは何をしでかすかわかったもんじゃない。部屋に入れなかっただけでドアを破壊しかけた実績があるのだ。絶対に面倒なことになる。龍園は嘆息した。

 

 

 

 

 §§§

 

 

 

 

 終業式の日、屋上で。石崎大地は綾小路に敗北した。手も足も出なかった。

 

 龍園ですらも負けてしまったと聞いた時は耳を疑ったが、石崎の彼への気持ちは()るがないし、不安もない。龍園さんならどうにかしてくれるに決まってる、と信じ切っている。故に綾小路を不気味に思いこそすれ、ひとまずその存在については口をつぐみ関わらないようにすればいいと考えている。

 

 何せ綾小路なんかよりも重要な、とてもとても重要なことが控えているのだ。

 

 空には厚い雲、予報ではずっと曇りらしい。どうせなら雪でも降ってくれればホワイトクリスマスになったのにと思わなくもないが、天気なんかより気持ちが明るくなるのが1番だろう。

 

「小宮、近藤。俺たちの力で頑張ろうぜ」

 

「ああ。どうせ彼女がいるわけでもないし、協力は惜しまねえよ」

 

「石崎の健闘を無駄にはできないもんな」

 

 3人は頷き合う。そう、今日はクリスマス。恋人たちのための日、愛する人との一時を過ごすもの。

 

 ならば龍園さんとククリに最高の時間をプレゼントせねばならない! 石崎の心は燃え上がっていた。

 

 石崎が気絶していた間に屋上で何かあったらしく、あれ以降龍園はククリを京楽と呼ばなくなっていた。これでようやく龍園に遠慮して「ククリでいいよ」と言われても名字呼びを貫いていたクラスの男子もククリと呼ぶことができる。彼女は名字で呼ばれるとしゅんとしてる時があり皆心を痛めていたのだ。

 

「でもよ、これついていく必要あるか?」

 

「生徒会の中にはククリへ下心がある奴がいるかもしれないからな。油断はできねえだろ」

 

 ククリは日中、南雲たち生徒会メンバー(役員でない生徒も交じっているらしいが)とカラオケに行くことになっている。クリスマスということで浮かれる男が発生しないとも限らない。きっちり見張って陰から護衛する必要があると石崎は考えていた。部活とかが大嫌いな彼としては、その親玉たる生徒会へは1学期の喧嘩騒動のこともあってあまり近づきたくないものの、背に腹は代えられない。

 

「しかし冬休み中も尾行することになるとはな。ま、こう混んでいると気づかれる可能性がゼロなのは良かったけどよ。カップルが多いのは見てて悲しくなってくるぜ」

 

「カラオケ屋に着くまでの辛抱だ。耐えよう」

 

 この学校の生徒は休み中もケヤキモールしか行くところもないので自然と人は多くなる。クリスマスの今日は尚更だ。

 

 3人とも尾行は手慣れている。ククリたちのグループが突然立ち止まっても慌てることはなかった。

 

「あれ、平田たちじゃねえか。何話してんだ」

 

「さあ?」

 

 生徒会メンバーで移動中であるのに、南雲はわざわざ平田、軽井沢、綾小路、佐藤(さとう)麻耶(まや)のDクラス4人に声をかけていた。サッカー部の平田に用があるならまだわかるが、どうやら綾小路とばかり話しているように見える。

 

「南雲先輩だけ残ってるぞ。どうする?」

 

「ククリたちを追おう。どうせ大した話じゃねえだろ」

 

 綾小路の実力を知っている石崎はおそらく南雲が何かしらの理由で興味を抱いたのだろうと悟った。だが話を聞ける距離まで近づくなんて危険すぎる。スルーするのが正解だ。

 

 カラオケ屋では無事に生徒会メンバーのいる部屋の近くの部屋に入ることができた。自分たちも遊びはしつつも、さり気なく扉の前を通ったりしてちらちらとククリたちの様子を窺う。

 

 何とか見えた室内の雰囲気からあちらも普通に楽しんでいることがわかった。ククリの隣に座っているのは一之瀬と朝比奈の女子2人。これなら問題ないだろう。

 

 

 帰り道も何も起きず、寮へと無事に戻る。生徒会の男子からククリへの過度な接触はなし。南雲に関しても同級生と話していることが多く、またククリより一之瀬のほうが親しげな様子だった。南雲の警戒はしなくていいようだ。

 

 ロビーではさっそくククリがクリスマスパーティーの準備を始めていた。石崎たち3人も自然な感じで合流し手伝いに加わる。

 

 一之瀬や坂柳、櫛田などどのクラスからも参加者がいるらしくなかなかの盛況ぶりだ。準備段階でこれならパーティーが始まればさらに人は集まるだろう。

 

 忙しそうに動き回るククリを見た石崎は考える。どのようにすれば2人きりにできるか、と。そんな彼に声をかける人物がいた。

 

「あの、石崎氏……」

 

 クラスの参謀、金田だ。こういうイベントごとに参加するより部屋でじっと過ごしているイメージを石崎は持っていたので少々意外である。とはいえ勉強面で本当にお世話になっており、彼の優秀さをよく知っている身としては今ここにいてくれることをありがたく思う。その明敏な頭脳で何かいい作戦を編み出してくれそうだと期待できるのである。

 

 金田は先日の屋上でのことも噂が真実ではないと見抜き、龍園に直接聞きに行ったのだという。Xの正体や軽井沢についてのことを除きある程度の話を伝えられたそうだ。クラスの方針などを考えるにあたり共通認識を抱いていなければ難しい部分も出てくる。そのへんをできる限り擦り合わせたかったのだろう。

 

「丁度良かったぜ金田。あのよ、龍園さんとククリのために俺は何をすればいいと思う?」

 

 金田はクイッと眼鏡を上げた。こころなしか手が震えている気がする。寒いのだろうか。

 

「あまり恋愛沙汰というのは僕も詳しくありませんが、お2人自身に任せてはいかがですか。外野が騒ぎすぎるのも良くないかと」

 

「……そういうもんか?」

 

「はい。少なくともあの2人に関しては」

 

 金田がコクコクと頷く。その必死とも言える様子を見た石崎は確かにそうなのかもしれないと考えた。きっとあの2人であればどんな苦難も乗り越えられるだろう。俺たちはただ見守っているだけで大丈夫なのかもしれない、と。

 

「サンキュ、金田。確かに百戦錬磨の龍園さんには俺なんかの手助けは要らねえよな。大人しく2人を見守ることにするぜ」

 

「あの、見守るのも……いえ、それがいいと思います、はい」

 

 石崎は理解した。己の役目はただ壁になること。2人の邪魔をする者を排除して、後は温かく見守るのだ。

 

 いい笑顔でサムズアップする石崎に対し、金田は不安そうな表情を浮かべていた。

 

 

 クリスマスパーティーの開始時刻となり、ククリが映画を流し始める。有名なファンタジーものだったので観たことがある人もいるかもしれないが……こういうのは何度観ても楽しめるだろうし、友達とワイワイしながらだと映画館とはまた違った感覚で観ることができるに違いない。

 

 お菓子、サンドイッチのような軽食などそれぞれが持ち寄った飲食物がテーブルには並べられており、自由にとっていい形式となっていた。

 

 石崎の特注したドラゴンケーキ(サンタ付き)の入った箱もそこに仲間入りしている。しかし龍園の姿がないことが気がかりだった。彼の部屋に配達されたはずだが、ククリがそこから運んできたのだろうか。

 

 石崎はキョロキョロとあたりを見回す。ロビーには見覚えのない生徒たちもいた。寮はオートロックであるがインターホンでの応答などにより他学年でも出入りは可能だ。おそらく参加者の誰かが上級生を呼んだのだろう。こういった学年での催しは1年生しかやっていないと聞いている。

 

 やはり龍園は来ていないようだ。肩を落とした石崎は大人しく友人たちと一緒に映画を観ることにした。

 

「よ、石崎君に小宮君に近藤君。楽しんでるかい?」

 

 参加者に声をかけて回っているククリはやがて石崎たちのところへもやって来た。服装は普通のものだが、サンタ帽を被っている。その三角のような形で先に毛玉のポンポンのついている帽子を見た石崎はふと思った。

 

「それ、寝る時の帽子に似てるな。なんつーんだっけ、ナイトキャップだっけか」

 

「ああ、うん。サンタクロースの被っているのは男性用ナイトキャップだからそりゃ当然だよ」

 

「マジか。じゃあサンタはパジャマ姿なのか」

 

「それは知らんけど、服が赤いのはカトリックの祭服の色が由来らしいね」

 

 いくらか雑談を交わした後ククリは去っていった。その姿を目で追った石崎はすぐに気づく。

 

「おい、龍園さんが来てるぜ!」

 

 ククリのほうへと龍園が歩み寄っていたのだ。何やら会話を始めた2人の様子を見て石崎は嬉しくなった。ほっこり気分である。

 

「本当だ。でもなんかすぐ帰りそうな感じだな」

 

「ああ、不機嫌オーラが漂ってるぜ」

 

 しかしククリは物ともせず龍園の腕を掴みテーブルまで連れて行く。そしてドラゴンケーキの箱を開けるとカットし始めた。ケーキはたちまち無惨な姿へと変貌してしまったが、龍園が鑑賞したのだから石崎は満足だった。

 

 紙皿に取り分けたククリは龍園へと渡す。が、受け取らない。やり取りの末、業を煮やしたのかククリがフォークを龍園の口に突っ込んだ。

 

 石崎の用意したドラゴンケーキを、龍園が食べている。しかもククリの手によって。

 

 その感動的な光景に石崎は「エンダァァァ!」と叫びだしたくなった。思わず顔がにやける。

 

 ──今日は大成功だ! 

 

 いいクリスマスにできた、と石崎は腕を組みしきりに頷いた。来年も頑張ろう。

 

 

 

 

 §§§

 

 

 堀北鈴音のクリスマスは、平時と何ら変わりない。須藤に2人で出かけないかと誘われはしたものの、行く理由もないとあっさり断っていた。朝6時に起床して、ヨーグルトを食べて(たまに少しだけ()った料理を作るものの休日の朝は大体これだけだ)、それからずっと自室で勉学に励んだり読書したりするといういつも通りの過ごし方。

 

 それでも日が落ちるにつれ籠もりっぱなしも良くないかと思い、1階の自動販売機で飲み物を買おうとエレベーターに乗った。降りながら考えるのは、昨日カフェで綾小路からされた話のこと。

 

 ──ある人間がおまえの生徒会入りを熱望している。

 

 それが自身の兄であると聞いた時、鈴音が感じたのは喜び。兄に気にかけられているというその事実が本当に嬉しかった。しかし綾小路の話を信じていいものか。期待は、大きいとその分裏切られた時の落胆も大きくなる。鈴音はこれは嘘であると仮定して自身の心に防壁を張った。

 

 しかし櫛田の協力により電話で兄と話した結果、真実だったと判明した。生徒会に入ることが鈴音のためになると、そう言ってくれたのだ。

 

 それが本当に自分を想う言葉ならどれほど歓喜しただろうか。けれど鈴音の優れた頭脳はこれが綾小路と兄との何らかの策略によるものではないかという可能性を考えてしまっていた。綾小路が橋渡し役をしているのがどう見ても不可解なのである。

 

 結局。生徒会に入ることは、自分のためにならないとして鈴音はこの提案を蹴った。1日経った今でもやはりその気持ちは同じだ。自分の判断に後悔はないものの、どことなく心に引っかかる部分があるのも確かだった。

 

 ロビーに出るとそこは多くの生徒で賑わっている。いくらクリスマスとはいえ何故ここまで、と考えた鈴音はそういえばと思い出した。クリスマスパーティーを行うと話していた人物がいた、と。

 

 (あん)(じょう)、ククリや坂柳がその場の中心になっているようだった。勿論櫛田もその輪の中にいる。ロビーの一角が区切られ映画が流されており、皆それを観ながら話したり軽く食事をつまんだりと思い思いに過ごしていた。

 

 一瞥(いちべつ)しただけで参加する気もない鈴音は手早く飲み物を購入してすぐにロビーから去ろうとしたが、玄関から入ってくる人物を見て足を止める。

 

「堀北先輩! ありがとうございます、来てくださってとても嬉しいです」

 

「上級生があまり長居しても邪魔だろう。少ししたら帰らせてもらう」

 

 手土産のケーキを渡している兄は、鈴音と話す時よりもずっと温かい表情を浮かべていた。彼の来訪に気づいた他の1年生も駆け寄っている。ただの先輩後輩の関係よりも冷めた仲。それが自分と兄であるのだと、自覚はしていても胸が苦しくなる。

 

 やはり、生徒会に入るべきなのか。そうすれば何かが変わるのだろうか。楽しそうに会話している一之瀬やククリの様子からそう考えかけるも、違うと思い直す。兄は、その程度では自分を見てはくれない。きっと別の何かが必要なのだ。

 

 けれど、兄が求めているものが何なのか。いくら知りたくても鈴音にはそれがわからない。

 

 エレベーターではなく、玄関に向かう。少し外の空気を吸いたかった。

 

 冷たい夜風がむしろ心地よい。ふと空を見上げると星が美しく光っていた。

 

 昔は、兄と自分の仲もこうではなかったのに。いつから変わってしまったのだろう。

 

 玄関から人の出てくる気配があり、振り返る。

 

 ──兄さん。

 

 声を出してしまいそうになって、慌てて口を閉じた。昨日電話したばかりとはいえやはり自分から話しかけるのは躊躇われる。

 

 顔を俯かせる鈴音に、兄は何も言わずに3年生の寮のほうへと去っていった。そうだろうなと納得する気持ちと、落胆。

 

 兄に認めてもらうためにも。鈴音はDクラスをAクラスへと導かなければならない。それが、どんなに困難な道であっても自分はやり遂げなければいけないのだ。

 

 体育祭での痛い敗北。ペーパーシャッフルでは裏切り者の櫛田は封じたものの、純粋な総合点勝負の結果としてDクラスは負けてしまった。クラスポイントに余裕はない。何やら動いているらしい綾小路の思惑も不明である。3学期、どこまで足掻けるだろうか。鈴音はもう一度、星空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(クリスマスはキリスト(Christ)()ミサ(mas)が語源らしい)

 

「とぅいんこ〜とぅいんこ〜りーとーすたぁ。は~わいわんだーわっちゅぅあ」

 

「『きらきら星』ですね」

 

「何でそんな胡散臭い発音なわけ?」

 

「なんとなく☆ えへへ、パーティー楽しかったなって。澪とひよりんも歌う?」

 

「いえ。それより、ククリちゃんは今までのクリスマスはどう過ごされていたのでしょうか?」

 

「確かにそれ、気になる」

 

「えー、うーん、あ、シュトーレンを食べるとか? あとはサーフィンしたりとか、色々だよ」

 

「南半球にいることもあったんですね」

 

「わりと海外行く機会はあったから」

 

「なんか想像つくわね。でも龍園あたりはどうしてたんだろ」

 

「んー、たしか『生意気な奴を囲んで楽しい血染めのクリスマスを送ってたぜ』な〜んて言ってたよ」

 

「うわ、アホくさ」

 

「真実かどうか、怪しいところですね」

 

「うむうむ、にしてもクリスマスが過ぎればすぐにお正月かあ」

 

「ケヤキモールの装飾も一新されてそうです」

 

「コンビニ、24時間営業なのに正月は休みだっけ。ケヤキモールも1日2日は休みだし、買い忘れがないようにしなきゃ」

 

「そかそか、ありがと澪。む、そうなるとお正月は部屋に(こも)りきりになるのかね。何しよっかな…………あ、そうだ!」

 

「何よ、いきなり紙とペン取り出して」

 

「そういやコックリさんとかこの学校来てからやってなかったな~って」

 

「クリスマスにやることじゃなくない?」

 

「そうですよ、それに硬貨の持ち合わせがありませんし」

 

「ふふーん、これを見よ! コイントス用にちゃんと何枚かコイン持ち歩いてるんだよね私」

 

「あんた四次元ポケットでも持ってんの? 前もいきなり手袋だの指紋採取キットだの取り出したりしてたけど」

 

「用意がいい、と言いますか……」

 

「よーし、じゃあやろうぜ! って、そういやエンジェルさまのが良かった? だったら書き直すよ」

 

「同じでしょ。ほら、さっさとやってさっさと終わらせる」

 

「それでは、みんなで唱えましょうか。さん、はい」

 

「「「コックリさん、コックリさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」」」

 

「おお、動いた動いた」

 

「ね、あんたどう見ても指に力込めてるで──」

「ゲフンゲフン、次は質問だね。誰でもどーぞ」

 

「でしたら、コックリさんコックリさん。ククリちゃんの好きなタイプを教えてください」

 

「ぶっ込んでくるわねあんたも」

 

「えっと、『れ』『お』『は』『半濁点』『る』『と』」

 

「あんたはもうちょい隠そうとしなさい。指の動きも声も。つーか誰よレオパルト」

 

「『せ』『ん』『し』『ゃ』『か』『濁点』『に』『あ』『う』『ひ』『と』」

 

「どういうセンス!?」

 

「戦車が似合うような雄々しい方、ということですか。なるほど、ありがとうございますコックリさん」

 

「いやー、コックリさんはすごいな。完全に私の心が筒抜けだよ」

 

「ねえ、この茶番ずっと続けるわけ? 完全に人力なんだけど」

 

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