ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】 作:アネモネ
「ん…………」
パチリ、と目が覚めた。
室内はまだ薄暗いものの、もう朝にはなっていることだろう。そう考えていると背中に違和感を覚えた。妙に温かいというか、人肌のぬくもりがするというか。
ゴロンと反対側を向くと、すやすやと眠る愛らしいお顔があった。サラサラの髪の毛はナイトキャップですっきりまとめられている。
けぶるように長いまつ毛、白磁器みたいな肌。ほのかに赤いほっぺたはぷにぷにとやわらかそうだ。ちょっとつついてみようか。でも起こすのもあれだしなあ。
………………
……
いや、何でベッドにキャロルがおるんや。シングルベッドっすよこれ。2段ベッドではあるけどさ。
私は首を傾げた。
「時計時計……」
先生に申請して貸してもらった目覚まし時計に手を伸ばす。時刻は6時ちょうどくらい。うん、これなら起きてもいい時間ですな。
身を起こして、ベッドからそろっと抜け出す。やはりと言うべきか向かい側のベッドは空。トイレに行って帰ってきた際に間違えでもしたんだろうか……いや間違えるか普通? まあいいや、間違えたことにしておこう。ベッドに侵入されたのに気づかなかった私も悪い。
着替えたりなど朝の支度を済ませ、6時過ぎになると部屋に備え付けられたスピーカーから軽快な音楽が響いた。目覚まし代わりなんでしょうな。シャッとカーテンを豪快に開けばたちまち部屋に日が差してくる。
1月15日。林間学校の本格的なスタートだ。
「で、何で私のお布団にいたんすかキャロルさん」
眠たげに目を擦りながら起き上がった彼女に尋ねてみると可愛らしく小首を傾げられた。
「間違えてしまいました。いつもは抱き枕を抱いて眠るもので」
にこっと笑うキャロル。えー、ほんと〜? じっと見つめる。
「……人肌の温もりを知っていただきたかったのです」
「寒かったってこと?」
「いえ。ククリさんは誰かと一緒の布団で寝る、という機会がなかったのではありませんか?」
ふむ。確かに、普通は親と一緒に寝るとかあるのかもしれないけど、私はそういうのがないからずっと一人で寝てきたな。
「まあ、そうだね」
「それを体験していただきたかったのです」
「なるほど。えーと、何かありがとう、キャロル。気遣ってもらって」
よくわかんなかったけどとりあえずお礼を言うと、キャロルは満足そうに頷いた。うむうむ、でも明日からは遠慮させていただくぞ。いくらキャロルが小柄とはいえな、1人用のとこに2人は狭いのじゃ。
お着替えタイムにしたいらしいので服を手渡してあげていると、上のベッドから澪が
「伊吹さん、これを」
「あ。ありがと」
「うー、朝ごはん食べてすぐランニングってきつくない?」
起床後は大グループでの外と校舎の清掃、その次の座禅を終えてから朝食をとった。明日は自分たちで用意しなきゃだから4時くらいに起きないとなんだよね。目覚ましかけとかなくちゃ。
「試験当日どうなるかわかんないし。慣らしって思っとけば?」
「まあそうだね。駅伝かあ……」
グラウンドを走りながら澪はちらっと遠くへ視線を向けた。そこにいるのは座って見学しているキャロル。この授業が点数に入るかはわからないけど、授業態度や出席なんかも採点項目に含まれてるとすれば学校側は容赦なく減点していることだろう。
この体育っぽい授業は持久走がメインで、数日の間はグラウンド、その後は山道のコースを走るらしい。最終日には駅伝をやるとのことだから試験項目なんでしょうな。
「坂柳の分はどうなるんだろ」
「欠席者とかと同じ扱いだろうね。でも他のAクラスの子たちは運動も勉強もできる感じの人が多いから、総合的に見れば他のグループに比べてすごく劣るってことはないと思うよ」
姫野さんも松下さんも運動は普通にできるようで、特にランニングを苦にしている様子はない。うちのグループでちょっと心配なのは佐藤さんかな。かなり息切れしてる。
「キャロルの分は神室さんが代走してくれるだろうし。体育祭の時も思ったけど彼女運動神経めちゃいいね、すごいや」
「あんたも持久走なら負けてないんじゃない?」
「いやあ、元の速さがなあ」
座禅は一部他のグループとも合同で行ったものの、それ以外の授業は基本的に大グループごと。今もこのグラウンドを使ってるのは私たちの小グループだけで、他学年は別のグラウンドを使っている。こうなると誰がどのくらい走れるかというのを把握するのが難しい。
他グループの子に直接聞くしかないね、うん。昼食の時にでもクラスメイトと会話しておこう。
今のところ女子のほうで何か問題が起きたという報告は受けていない。1番うちのクラスで心配なのはひよりんの班であるが、座禅の時に会って聞いた限りではそこそこ仲良くやってるみたいだ。この班には真鍋さんたちがいるんだよね。念の為Kちゃんについては関わらないでね、と釘を刺しといたし大丈夫だとは思うんだけどさ。他のグループも上手くやっている様子。順調だね。
「龍園はどんな感じだったの?」
「いつも通りだったよ。ふてぶてしい感じ」
「男子の様子聞きたいんだけど」
「んー、ま、悪くはないかな。たっつーたち男子が12人のグループは堀北先輩の大グループだから、あの人がサポートしてくれると思うし。4クラス混合グループの方は……あ、カピバラ麻呂のグループが南雲会長の大グループとなると一応そこも勝負ってことになるのかな」
またあれだね。堀北先輩vs南雲会長であり、たっつーvsカピバラ麻呂だ。南雲会長がどのくらい勝負に力を注ぎ、カピバラ麻呂がどのくらいやる気を出すかだよなあ。でも南雲会長は正々堂々とした勝負よか搦め手のが好きそうだし、カピバラ麻呂は自分やKちゃん、リンリンあたりが退学になりそうにでもない限りは静観する気がする。
「……大丈夫なの」
「2年のグループもまあまあの人たちだったし、全体的にだと龍園君たちの大グループのが上だと思うよ。あ、もちろんロックとかが本気を出さない場合はって仮定してだよ」
他クラスからしてみればロックは一生本気を出さないでほしいだろう。でもなあ、カピバラ麻呂vsロックとかいつか見てみたいよね。すごーく楽しそう。
「龍園はまた何かやるわけ」
「いやあ、大したことはできないと思うよ、今回は流石に」
まず監視カメラがあるのだ。もちろんグループの共同部屋やお風呂場、トイレなんかにはないけどそれ以外の場所にはだいたい設置されてる。たとえ他グループの共同部屋で何かしようと思っても、廊下の監視カメラをチェックすれば誰が侵入したのかすぐわかるってわけだ。まあたぶん常時監視カメラをモニタリングしてるわけじゃないと思うけどね。そこまで暇じゃないでしょう。
つまり他グループの妨害をするにはそのグループのクラスメイトに何かやらせるのが1番だけど、それでその人が退学になっちゃあ元も子もない。救済には2000万ポイントと400クラスポイントが必要なんだから、無事にたっつーのグループが1位を取れたところで大赤字だ。
まあ2年全体を掌握してる南雲会長であれば話は別だし、おそらく橘先輩を退学させるにあたり猪狩先輩のいる3年Bクラスの人に2000万ポイントは支払い済みなんだろう。クラスポイントについてはAクラスも同じポイント数を減らすのでBクラスにさしてダメージはない。特別試験ではクラスのプライベートポイントが関わるものもあると聞く。Aクラスから2000万プライベートポイントものポイントをこの1月という卒業間近に消費させることのメリットのほうが何倍も大きいに違いない。
3年AクラスとBクラスのクラスポイントの差はたしか312。小さくはないけど、絶対に超えられない差ではないのだ。2年なんてAとBで700以上のポイント差があるもんなあ。
責任者をBクラスにしたのは信用度の問題だろう。C、Dクラスの生徒にした場合は土壇場で南雲会長を裏切る可能性もある。あとは単純に400クラスポイントを持ってない可能性もあるな。南雲会長は2年と違って3年のことまで完璧に掌握してるわけでないし、もともと3年生は全体的に南雲会長のことを好いていない。ただこの時期のBクラスに限ってはAクラスを落とすためなら悪魔とでも契約するだろうし、きっちり橘先輩を道連れにするに違いない。C、Dクラスに関してもちょっと協力すればAとBがクラスポイントを減らしてくれるのだから喜んで従うはずだ。
たぶん教師や監視カメラの目のないところで橘先輩に嫌がらせされたとでも主張するんだろう。連帯責任は「ボーダーを下回った原因の『一因』だと学校側に認められた生徒のみを対象」とするけど、小グループ全体や他グループのAクラス以外の3年生、同じ大グループの2年生まで口裏を合わせてこられては学校側も認めざるを得ない。おかしいとは思っていても、学校側は自分たちの作ったルールを曲げることはできないのだ。数年後にまた林間学校の特別試験を行う際にはルールを修正するでしょうね。
「今回の1年生はおとなしめだと思うよ。上級生もいるんだしさ」
たっつーは一応、15人中14人がAクラスであるグループの責任者の葛城君に接触し、退学にならない程度に手を抜かないか、と持ちかけたもののやはり断られたらしい。関係ないことだけど葛城君ってめっちゃ座禅得意そうだよね。見た目と性格的に。すごく似合う。
あのグループの残りの1人はDクラス。2クラス構成なので彼らは勝っても倍率的にあまりポイントをゲットできないとはいえ、できれば1位は譲りたくないところ。Dクラスの人の足の引っ張り具合に期待したい。確か山内とかいう人だっけ。
「おとなしめ、か……」
懐疑的な視線が送られる。いやでも本当、大したことする気はないよ? みんな仲良くだよ、うんうん。
昨日したことだって橘先輩のいる大グループに入る1年生の小グループが、一之瀬さんのクラスがメインのグループになるよう工作しただけだ。主にキャロルがやったけどこれは。
一之瀬さんとこの子たちは優しいからね。Aクラスの子に『ポイントが欲しいから責任者をやりたい』と言われたらどうぞどうぞってなるし、『あの先輩のいるグループがいいと思う』と言われたらそれを信じる。
あとは先輩たち側にも適当に根回ししておいて、めでたくババを押し付けたというわけだ。
ついでにその小グループはギスギスするように仕掛けている。キャロルがAクラスの子に命令したのだ。何かこう「もっと真面目にやってよ」とか「何でこんなのもできないの?」とか騒いだりして、不和の種をばらまくようにと。
退学に関係あるのは小グループの平均点のみなので橘先輩たち3年の小グループだけすごく手抜きすればいいが、大グループ内でそこだけ異様に低いと学校側に突っ込まれる可能性もある。1,2年生の点数も低いに越したことはない。つまり1年の小グループがギスギスするのはあちらにとっても大歓迎というわけだ。橘先輩の様子に気づかれる可能性も減るしね。WIN-WINというわけなのだよ。
「足痺れた……」
「座禅辛いー、いくら座布団とかあるってもさ」
「でも試験では椅子も座布団も使っちゃだめなんでしょ?」
「
道場のような畳の敷き詰められた部屋である座禅堂ではそんな声が上がっていた。初日の最後の授業は座禅。というより毎日朝と夕方には座禅を必ず行うらしい。
他の座学の授業はもちろんこの部屋でなく、大学の教室のように机が段々になっている部屋で大グループごとに受けた。今もそうだが自由席ではあるもののやはり学年ごと、小グループごとに固まっている。こうした座禅然り、学校の先生でなく外部から講師を招いているっぽく、どうもこれから学んでいくのは『社会性』を身につけることっぽいね。初日だからかガイダンスのような説明が多かった。テスト内容はまだ不明だけど、『道徳、精神鍛錬、規律、主体性』だから道徳の筆記試験と座禅の精神鍛錬、あと駅伝は確定かな。他はわからぬ。
「あんたはわりとさらっとできるのね」
「座禅は小さい頃にやっていたから。そう言う澪だってちゃんと結跏趺坐できてるじゃん」
結跏趺坐はあぐらの難しいバージョンという感じ。両足の甲を、それぞれ反対側の
わりと結跏趺坐ができない人も多いみたいだ。こういうのは運動神経とか関係ないからなあ。うーん、柔軟性?
キャロルはというと椅子に座っての半跏趺坐はできている様子。神室さんは足が痺れたのか
まあ結跏趺坐ができずとも、作法や姿勢が正しければそこまでの減点にはならないはずだ。あとは警策で叩かれ……じゃなかった、警策をいただかないようにすれば大丈夫だろう。女子だからか初日だからか叩かれてる人は全然いなかったけど。
むしろ私みたいに楽しそうだから叩いてほしいって頼む人のほうが多かった。意外と痛くなかったけど、叩かれる側だけじゃなく叩く側もやってみたいなあ。頼んだら警策を貸していただけないだろうか。
「次は食事だね。さてさて、男子はどうなってるのやら」
私の言葉に、澪は呆れたようにため息を吐いた。あのね、男子のほうでちょっとコソコソやってるのはたっつーだから。私は何もやってないもん!
「南雲。一之瀬についての噂が出回っているのは、おまえの仕業か?」
「違うッスよ堀北先輩。勝負の方法は正々堂々と第三者を巻き込まず、でしょう?」
初日ということでそこまで大きな動きはなく、たっつーとの情報交換は昨日よりずっと早くに終わった。夕食も食べたことだし本棟の探索でもしようかと食堂を出て歩き回っていると、人気のない場所で新旧会長の組み合わせを発見。よし、聞き耳立てるか。
「一之瀬帆波は大切な生徒会の仲間ですし、そもそも堀北先輩とはあまり関わりもない。俺がここで噂を流しても得することはありませんよ」
うんうん、その通りだ。南雲会長はあくまで他人に一之瀬さんを傷付けさせて、自分が慰めることで彼女を支配しようとしている。一之瀬さんの秘密をキャロルに教えたのは会長だけど、キャロルから私がそれを聞いてたっつーに伝えた。噂を流した実行犯はたっつーなので南雲会長は無実ではないけどノータッチではあるね。
「そうだな……おまえは一度口にしたこと、約束したことはこれまで破ったことがない。今回の試験ではこちらとは関係なしに動いている策略もある、その一部だということなんだろう」
「単純に妬みってこともあるかもしれませんけどね。彼女は人気者ッスから。有名税というヤツですよ」
「俺が過敏になりすぎていたようだな。謝罪しよう」
「いいですよそんな。それより先輩は大丈夫なんですか? 1年の小グループの責任者、確か名前は龍園でしたっけ。やんちゃぶりは耳にしてますよ」
私はそんなたっつーについて生徒会で話した記憶がない、というより話せることがないんだよな。よって単純に2年のほうにもたっつーの悪評がきっちり届いているんだろう。うーむ、流石ですな。
「今のところ授業態度は至って普通だ。いや、むしろきちんとしているほうだと言っていい」
「人間、腹の底では何を考えているかなんてわかりませんよ。ああ、でも龍園は先輩が生徒会に推薦した京楽のクラスメイトですね。やっぱり龍園もお気に入りなんスか?」
「京楽を推薦したことに龍園は一切関係ない」
「まあ確かに龍園は生徒会向きじゃないですよね。あれなら高円寺や坂柳を入れたいです」
ロックはやめといたほうがいいっすよ、マジで。キャロルなら歓迎します。
「京楽は先輩のお気に入りかと考えるとどうも違うようですし。あ、先輩は見ました? 生徒会の腕章」
「ああ。良い出来だった」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。作った甲斐がありました」
「まさか生徒会の制服とやらも作るつもりなのか」
「いえ、そのへんは自分が退任してから頑張ってもらおうかと」
ぶー。南雲会長め、ひどいや。いいと思うんだけどなあ、生徒会専用の制服。林間学校やってて思ったけど専用ジャージも一緒に作ればもっといいと思う。
長居すると気づかれるかもだし戻ろうとその場を離れ食堂のほうに戻ると、お手洗いにでも向かっているのだろうか。1人で歩くキャロルを見つけた。
キャロルは普段から神室さんと一緒に行動しているのだが、どうにも時々1人になりたくなるのかふらふらと出歩くことがある。今回もそのケースかな。もしくは神室さんには何か用事を言いつけたから不在なのか。
ひとまず一緒に歩こうと、駆け寄った瞬間。曲がり角から出てきた男子生徒が彼女にぶつかってきていた。ゆっくり歩く彼女は前方の気配に気づいていたはずだが、避けられなかったのは足が痛んでいつもより動かなかったからかもしれない。
倒れ込むキャロルを抱きかかえるように支え……るのはちょっと無理かな。私も一緒に倒れる。
カランカラン、と杖が床に落ちる音が廊下に響いた。
「ごめんごめん。立てる?」
「うん、大丈夫」
だからその差し伸べた手を引っ込めろ元凶さん、Dクラスの山内よ。わざわざ私が下敷きになった以上は問題ない。
「キャロル。首に手を回して」
片膝立ちになってからよっこらしょとキャロルを横抱きにし立ち上がる。鮮やかな手際に廊下の観客たちからはパチパチと拍手が沸き起こった。どもども。
そっと床に降ろし、ついでに杖を拾って渡してあげる。
「ありがとうございます、ククリさん」
このくらい朝飯前だと言うように私は頷いた。今は夕食後だけれども。
「あー、んじゃ、俺はもう行っていいか……?」
「もちろん、どうぞ」
居場所もやることも無い感じで佇んでいた山内はその言葉に歩き出す。周りの野次馬たちも一件落着だと解散していった。
「にしても、坂柳ちゃんって見た目は文句なしだけどさ、ちょっと見ててハラハラするよな。周りの手助けが必要っつーか」
や、山内……おまえ反省しろ山内。聞こえてんぞ。私にもキャロルにも。
キラリと。彼女の瞳は、まるで獲物を見つけた猫の目のように輝いた。山内……月のない夜には気をつけろよ。
なむなむしていると野次馬していたらしいカピバラ麻呂と目が合う。ちーっす、元気にしてたか君ぃ?
「大丈夫だったか?」
「私はね」
「坂柳も、ウチのクラスの奴が悪かったな。後で山内へは注意しておく」
「ありがとうございます。ですが彼もわざとではなかったようですし、ククリさんのおかげで衝撃もほとんどありませんでした。少しぶつかられたくらい、気にしてなどいませんよ」
うん、ダウト。絶対根に持ってるやつだこれ。だって目がちっとも笑ってない。転ばされたからにはやり返すぞとか思ってそう。
まだ夕食の時間の途中であるからか、今はこの廊下に私たち3人しかいない。少しくらいカピバラ麻呂と話しても大丈夫だろう。
「ね、麻呂君。私たちと一緒のグループに佐藤さんがいるんだけどさ。2人って付き合ってるの?」
「いや、違う」
速攻で否定された。
「そっかー。クリスマスに一緒だったしもしやって思ったんだけどな」
佐藤さんは明らかにカピバラ麻呂に好意を抱いている感じだが、カピバラ麻呂は全く表情を動かさないことからして興味なし……いや、いつもこんな顔だけどまあ、うん。確かにカピバラ麻呂になあ、恋愛感情があるのかと考えるとむむむという感じになるもんなあ。だって笑ったとこすら見たことない気がするぜよ。でも好悪の感情については、私にもよくわからないな。人を好きになるのって楽しいんだろうか。どうなんだろ。
カピバラ麻呂に対しては佐倉さんも好意を抱いているし、やっぱりモテモテである。うーん、南雲会長はいつか修羅場ってナイフでグサリと刺されそうと思ってたけど、もしかするとカピバラ麻呂が刺されるほうが先かもしれぬ。しかしコヤツの場合刺されても平然としてそうだな。刺した側のがむしろ動揺してそうだわ。
「オレからも1ついいか?」
「うん、どぞどぞ」
ふむ、カピバラ麻呂から聞かれること。情報の少ない女子のことでも聞いてくるかと思いきや、違うことであった。
「『一之瀬帆波には妹がいる』『一之瀬帆波の家庭は貧乏だ』『一之瀬帆波は窃盗をした経験がある』『一之瀬帆波は不登校だった』、これが男子側で流行っている噂なんだが……」
およ、カピバラ麻呂の耳にも入ったか。
噂の一つ一つを組み合わせていけば浮かび上がる。一之瀬さんは妹のために万引きをし、そして不登校になりこの高校に入学した、と。ひどくあっさりとした話だ。何の嘘も入っていない。
「そっか。それで?」
「神崎たちが龍園を問い詰めていた」
「一之瀬さんのポイント告発文に名前が載ってたっていう前科があるからねえ。犯人扱いされてもおかしくないね」
あれは目の前のカピバラ麻呂の仕業だったんだろうけど、今回は実際犯人だし。頷く私にキャロルがクスリと笑った。
「でも噂を誰が流したかなんて証拠は出てこなくない?」
「ああ。上級生に出どころを聞いても結果は芳しくなかったらしい」
今はグループごとが敵同士でもある。他グループの下級生と下手なことを喋りたくはないだろう。
そして彼らが噂のもとに辿り着く前にどんどんそれは広がっていく。林間学校という場の特殊性から見ればそれは容易に想像できる。
「全部正真正銘の事実だからね。神崎君たちクラスメイトには一部心当たりがあったかもしれない。妹がいることや家庭環境の部分とか。だから全て本当の話ではないかと一之瀬さんに対して疑念を抱く、そうでなくとも男女はほぼ完全に分断されてるんだから、どうにか女子側に噂が届かないよう努力する。一之瀬さんは女子グループのことで苦労しているのがわかっている以上、余計な心労を増やすこともできないもんね」
「上手くやったな。おかげで神崎たちのグループは試験に集中できていない。リーダーに頼りたくともそれがいないことも大きいのだろうが」
「あのクラスは優しいからそれぞれみんなが一之瀬さんのためにと行動してるんでしょ? 微笑ましいことだよ。うちのクラスでしたら龍園君の悪口がいくら言われようとガン無視だもん」
もしくは妄信、狂信と言ってもいいだろう。一之瀬さんがいなくては駄目なのだ、あのクラスは。それだから過保護になる。
「噂を無視して試験に集中すればいいんだろうけど、それができないのが一之瀬さんたちのクラスだろうね。それで麻呂君はこれを止めたいのかな?」
「このまま神崎たちに6位をとってもらえればオレたちのクラスにとっても好都合だ。何もしないのが正解だろう。ただ確認したかっただけだ」
「そっか」
カピバラ麻呂はこのやり取りを微笑みながら聞いていたキャロルのほうを見た。
「一之瀬の秘密に関しては坂柳が?」
「ええ。南雲生徒会長から教えていただいたもので。ただ、龍園くんは手ぬるいですね。私でしたらもっと派手にやりますのに」
「ほへー。例えば?」
「そうですね。援助交際している、暴力沙汰を起こしたことがある。窃盗や強盗、薬物を使用したことがあるなんて噂を流します」
「お、おお……さ、さいですか……」
キャロルの手段がたっつーよりかなりえげつなかった件について。
うーむ、それだとあれか。「窃盗」は本当だから、一之瀬さんも何も言えなくなっちゃうんだね。学校側に訴えることも出来ない。いやでも本当にえげつないな。よかったね一之瀬さん、たっつーの誹謗中傷レベルが低くて。まあたっつーの場合は悪意があるだけで事実の流布なんだけど。
「いや、龍園のやり方にもメリットがある。こちらだと一之瀬からしてみれば知られたくない過去をいつの間にか広められていた、という形になる。ひょっとしたらただの誹謗中傷よりよほど
「……綾小路くんは龍園くんに甘い気がします」
カピバラ麻呂がたっつーを褒めたことがお気に召さないらしい。ちょっと不機嫌そうになるキャロルを温かい目で見ていると、それに気づいたのかこちらに飛び火してきた。
「ククリさんもです。何だかんだで龍園くんへの対応のほうが優しい気がします。なかなかAクラスに来てくださいませんし……今日なんて
「2人はそんな仲だったのか」
軽口を叩くカピバラ麻呂に私は首肯した。
「うん。何か朝起きたらベッドにキャロルがいた」
「え、冗談じゃなく本当の話だったのか……?」
「大丈夫。私の寝相は悪くないから」
えっへんと胸を張る。
「そこは聞いていないんだが」
む、寝相って結構重要では。うちの自称保護者の男なんてあれだぞ、寝てる間でも人が近づいてきたら起き上がって攻撃態勢をとる……って、これは寝相関係ないな。
「だって漫画とかアニメとかでは寝相が悪すぎて人を攻撃しちゃうとか、よくある話な気がするじゃん」
「悪い。そういう話には疎いんだ」
でしょうね、と言うようにキャロルは微笑んだ。おお、何か幼なじみ感がある。すごくカピバラ麻呂を理解している感じ。
「長話になってしまいましたね。それでは綾小路くん。次の特別試験を楽しみにしています」
優雅に一礼をしてから歩くキャロルとそれについていく私に対し、カピバラ麻呂はさっさと部屋に帰っていくようだった。
そういえば。彼は一応南雲降ろしの参加者だったはずだけど、同じ大グループにいていいんだろうか。でもあのグループ、桐山副会長もいるし今更かあ。
カピバラ麻呂と話せて上機嫌なキャロルはやがてふと思い出したように言った。
「私とぶつかったDクラスの生徒。ククリさんは面識がお有りですか?」
「ううん、接点はゼロに近いかな」
「そうですか。フフ、山内春樹くんでしたよね。
正確には責任者は葛城君だけど、まあ実権は的場君が握っているんだろう。15人グループ、Aクラスが14人いるところへDクラスの山内君1人が特別枠として入ったと聞いている。
少し調べて何か贈り物でも考えてみましょう、と話すキャロルはどっからどう見ても仕返しとか闇討ちとか企んでる感じだった。山内君のご冥福をお祈りします。