ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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人は通常、金を貸すことを断ることによって友を失わず、金を貸すことによってたやすく友を失う。

 1月16日。林間学校3日目の朝を迎えた。今日と明日は午前授業のみで、午後は自由時間となっている。ずっと授業ばっかなのは疲れちゃうからね。

 

 朝ごはん作成は料理上手の子たちの手によって無事に終えることができた。むー、私も今度から自炊するようにすべきなんだろうか。わりかし憧れる。

 

 教室での1時間目の授業では、作法や道徳について一通りお話を聞く。昨日の課題では心象風景なんて描いたんだよね。みんな前衛的だねって褒めてくれた。夢に出そう、と言ってた人もいたけど結局私の絵が夢に登場したんだろうか。ちょっと気になるなあ。

 

 やがて先生は重々しく語り始めた。大切なことっぽいので何となく伊達メガネをスチャッとかけて聞く態勢を整える。

 

「これから、お前たちには自己紹介をしてもらう。ただの自己紹介ではなく授業の一環だ。そして今日だけでなくこれからは毎日スピーチをやってもらう。判断基準は4つ。『声量』『姿勢』『内容』『伝え方』だ。スピーチテーマの詳細は学年ごとに異なるが、判断基準は一律となっている」

 

 スピーチについてはバスの中で配布・回収された資料にも記載があったね。これも試験内容でしょうな。

 

 今日はまず自己紹介として、1年生はこの一年を通じて学校で何を学び、これから何を学んでいきたいか。2年生と3年生は進路や就職など将来についても含む内容のスピーチをやるらしい。

 

 スピーチ……演説……うん、最適な方がおるやないの。

 

「良いスピーチのやり方を教えてください」

 

 シンキングタイムになったので私はキャロルに頭を下げた。こういうのは上手い人に聞いたほうが早いだろう。

 

「もちろんです。皆さんにはご迷惑おかけするので、お役に立てるところではできる限りお手伝いします」

 

 キャロルが1年みんなにスピーチのコツを話してくれていると、2年や3年の先輩たちは何だ何だとこちらに視線を向けていた。

 

 朝比奈先輩と目が合ったので軽く会釈する。にこっと笑顔をいただいた。純粋な笑みだ。うーん、どうも南雲会長の橘先輩退学作戦、朝比奈先輩は知らないっぽいんだよね。実行役の小グループの人しか伝えられてないと仮定すると、南雲会長はどうやって2000万ものポイントを3年B組の人に支払うことができたか、というのは……嘘をついてポイントを徴収したか、もとから南雲会長に2年生のポイントが集まる仕組みにしてあるのか。どちらにせよすごい統治能力。

 

 

 2時間目の授業は校庭のランニング。昨日と同じようにグループメンバーで走っていると本棟の3階の窓に男子生徒たちの姿が見えた。神崎くんたちだ。だいぶ険しい表情で、物々しい雰囲気である。

 

「ね、澪はさ。もし私の悪口とか話してる人がいたらどうする?」

 

「ククリの耳に入る前に止めろって言う。でもあんたのこと悪く言う奴がいるとは思えないけど」

 

「ありがと。でも一之瀬さんや桔梗ちゃんじゃあるまいし、悪口の一つや二つや三つ四つくらい言われてるとは思ってるよ、うん」

 

 何せうちのクラスにはたっつーがいるからな。それだけであのひよりんですら他クラスの人と会うと警戒されるんだ。たっつーのデバフがひどい。

 

「じゃあじゃあ、誰が言い始めたかわかんなかったらどうする?」

 

「それは、聞き込みなりして突き止めるでしょ」

 

「んふふー、澪は優しいなあ」

 

 たっつーのクラスより一之瀬さんのクラスのほうが向いてたのかもしれない。今回一緒のグループになった姫野さんなんかはわりと澪と似たタイプな気がするし。

 

「澪は、私と特別試験だったら。どっちが大切?」

 

「何その『私と仕事どっちが大事なの』みたいな質問」

 

「それの最適解は『君のために仕事を頑張っているんだ』とか『そんなこと言わせてごめん』とからしいね。で、どっちどっち?」

 

「場合によるけど、できる限りククリを優先したくは思う。でもほんと場合による」

 

「えへへ、それでも嬉しいや! ありがとう、澪!!」

 

 特別試験よりもクラスメイトを絶対に優先するようでは。格好の餌食になるだけだ。よほどの実力がない限り、いや実力があっても茨の道になるに違いない。冬休みに会った時に堀北先輩も退学者ゼロが理想とは話してたけど、先輩と一之瀬さんの差はたぶんその現実を理解しているか、そうでないか。いずれ一之瀬さんは選択を迫られる時が来るだろう。その時に彼女が何を思うのか。眺めるのが楽しみだ。

 

 走り終わってから澪に抱きつくと、汗臭いから止めろと言われてしまった。え、そんな? うう、制汗剤、制汗剤を使おう……。

 

 

 午前の授業を終え、お昼。ごはんを食べるメンバーはひよりんと澪。何だかこの3人で会うのは久しぶりな気もする。ひよりんは同じ小グループでDクラスの子と仲良くなったらしくよく一緒に行動してたんだよね。

 

 その子は中国出身の生徒で、お名前は(ワン)美雨(メイユイ)ちゃん、愛称がみーちゃん。たしか松下さんや佐藤さんが平田君のことを好きな女子の一人として彼女の名前を挙げていた。お付き合いしている恋人がいても平田君という完璧イケメンは大人気のようだ。うーむ、しかし平田君にはKちゃんがいて。さらにそのKちゃんにはカピバラ麻呂がいる。あれ、ややこしいな。そこらへんのとこどうなってるんだろ。そう思っていたらカピバラ麻呂の話題が何故か登場した。

 

「最近、読書友達になったんですよ」

 

「綾小路と……?」

 

「はい」

 

 嬉しそうに微笑むひよりんに、澪はうぇっとした顔になった。屋上での一件及びその次の日もちょっとバトったらしく、澪の中でのカピバラ麻呂の好感度はめっちゃ低い。曰く『勝てないのは認めるけど、いつか絶対会心の蹴りを叩き込んでやる』とのこと。ちなみにたっつーへはちゃんと冬休み中会ったときに一発お見舞いしたらしい。迷惑料って感じなんだろう。

 

「図書館でお話しして。それで昼食もご一緒したんです」

 

「なるほど。よかったね、ひよりん。本好きの輪が広がって」

 

 ひよりんはカピバラ麻呂がXということを知らない。というよりXの話題自体、冬休みを挟んだことでうちのクラスでも風化してきている。喉元過ぎればなんとやらだ。ひよりんはたっつーがXにボコボコにされたことを知っているとはいえ、あれ以降Xの話をすることもなかった。変にカピバラ麻呂とXを結びつけなければいいのだけど……ひよりんホームズのことなのでそのうち気づきそうだなあ。ま、その時はその時だ。

 

 カピバラ麻呂の秘密を守るためか、単に話題にするのが嫌なだけか。たぶん後者だろうけど、ともかく澪は話をガラッと変えた。

 

「椎名の班はどう? 責任者やってんでしょ、大丈夫なの」

 

「はい。皆さんとてもいい方ばかりです。ただ……一之瀬さんが、クラスのリーダーという立ち位置にありながら責任者を務めていないことを気にされているようで、少し余計なことをしてしまったかなと」

 

「あー、男子はたっつーに平田君、女子もキャロルが責任者やってるもんねえ」

 

 一之瀬さんのいるグループはひよりんが手を挙げて責任者になった。4クラスのリーダーのうちおまえだけ退学の覚悟がないのでは、と(なじ)られたのかもしれない。キャロルとかたっつーとかに。

 

 でも一之瀬さんはグループに自分のクラスメイトもいない状態だし、はっきり言ってやるメリットがないから責任者やらないのは普通だし正解だとは思うんだけど……まあ人がいいからね、彼女は。言われると気にしちゃうんだろう。

 

 男子の責任者が決まった理由を考察すると。平田君は単純に他の人が退学になると嫌だから、神崎君も同じかな。葛城君は、うん。押し付けられてノーとは言えなかったんだろう。幸村君と三宅君は、偉いからかなきっと。他の人がやりたがらなくて「なら俺が」と手を挙げる姿がありありと思い浮かぶ。

 

 たっつーとキャロルは自信家故にでしょうな。退学にできるならむしろしてみやがれってバリバリの戦闘タイプですよ。

 

「相変わらずの善人っぷりね、一之瀬も」

 

「はい。それとクラスメイトから退学者が出ないかということも心配なようです」

 

「回避に必要なのは2000万ポイントと400クラスポイント。もしクラスで一月に1人10万ポイントもらえてたとすると40人で400万ポイントだから5ヶ月分、か。一之瀬さんたちはわかんないけどAクラスなら払えそうな額だね」

 

「けれどAクラスには龍園くんとの契約がありますから。月8万ポイント程度になるので、7ヶ月ほどかかってしまうかと。それでも節約していれば貯めていてもおかしくはありませんね」

 

「そかそか。無人島のあれがあったね、そういえば。じゃあたっつーも結構貯め込んでるんじゃあ?」

 

 体育祭での出費とか監視カメラ壊したペナルティとか、細々としたポイントの放出はあるだろうけど。それでもわりといっぱい持ってそう。

 

「龍園はクラスの一部からプライベートポイントも徴収してる」

 

「え、そんなヤンキー版一之瀬さんみたいなことしてたんだ」

 

「そう。特に4月は10万もらってみんな浮かれてたから。自分に下った奴から巻き上げてた」

 

 あー、確かに。あの入学時の10万を下手に使うのは勿体ないもんなあ。へー、そんなことやってたのか。

 

「あくまでも皆さん自主的にポイントを渡しているわけなのですね」

 

「うーん、でもカツアゲというかみかじめ料というか、そんな感じな気がする……」

 

「ククリとか椎名とか金田とか普段ポイントを使い込まない人は言われてないんだと思う。いつポイントを徴収しても同じことになるから」

 

「なるほど。いざクラス全員のポイントを集める必要が出てきた時とか、毎月ポイントをすっからかんにしてる人とずーっと節約してる人とがいたら差も激しくなっちゃうもんねえ」

 

 まあポイントが手元にあると使っちゃう人にとってはいいのかもな。道理でクラスメイトの手持ちのプライベートポイントが総じて少なめだったはずだ。1月になって知った新事実。びっくりである。

 

 

 

 午後の自由時間を終え、あっという間に夕食の時間になる。

 

「Happy Birthday、バーティ!」

 

「Thanks!」

 

 食堂についてまずお祝いをすると、石崎君は驚きの表情を浮かべた。お、おまえ……知らんかったんか、バーティの誕生日。ちゃんと覚えときなさい。私は君の誕生日が4月14日ということも記憶してるぞ。

 

「石崎君たちは調子、どう?」

 

「持久走は楽勝だけどよ、座禅ってのが辛いな。あと授業もクソ寝みぃ」

 

「まあ道徳の授業ってぼやーっとしてるもんね。でもちゃんと受けなきゃ駄目だよ」

 

「わーってるって。龍園さんに迷惑かけるようなことはしねぇよ」

 

 いや別にたっつーに迷惑はかけてもいい。ただグループのヘイトを買うような真似は避けるべき。

 

「そういやさ、男子たちの間で噂になってんだけどよ……ってあれ、これ言わねぇほうがいいやつか?」

 

「知らんがな」

 

 石崎君が話してるのを遮って、たっつーが口を開いた。

 

「そっちも順調のようだな」

 

「うん、まあね」

 

 ちらりと一之瀬さんたちのほうを見た。相変わらず彼女は人に囲まれているようだ。グループで起きた問題の相談に乗ったり、アドバイスしたりしている様子。

 

 神崎君たちはそんな彼女を陰から守るようにこっそり取り囲んでいる。ボディーガードといった感じかな。

 

 一之瀬さんは南雲会長のことをどう思っているだろう。今回の橘先輩退学作戦が明らかになれば。自身が話した過去をキャロルにも伝えていると知ったら。どんな感情を抱くのだろうか。

 

「南雲会長と堀北先輩の様子は?」

 

「南雲は石倉にアプローチして振られてたな。堀北は徹底してこっちを管理しようとしてきやがる。うざってえ」

 

「自分で選んだくせにこいつ……」

 

 石倉先輩は3年Bクラスのリーダー的な存在。南雲会長とわざと不仲に見せかけることで、自分たちが既に繋がっていることを隠そうとしているんだろう。

 

 橘先輩退学作戦以外に南雲会長が動きを見せていないのならこちらとしては嬉しいことだ。どうか男子グループの1位は譲ってほしい。

 

 試験は座禅、駅伝、スピーチ、筆記試験。あと清掃があるか微妙なとこって感じかな。炊事は入らないでほしい。やめてくれ。

 

 座禅とスピーチは練習するしかないし、駅伝は基礎体力の問題。筆記試験に関してだけは授業の復習をみっちりやればまあ高得点取れるかな、うん。

 

 堀北先輩も勝つために大グループの1年と2年に指導するなりしてくれてるっぽいし、勝率は悪くない。このまま勝負になれば接戦か、こちらがやや有利といった具合だろう。

 

 頑張れよ、とたっつーを激励してあげると「言われるまでもねえ」と返された。相変わらずふてぶてしい奴だ。

 

 

 夕食後、トテトテと一人寂しく本棟から別棟に戻る途中で珍しい人に遭遇した。いや、この試験の特性上、責任者に恨まれると退学のリスクがあるのだから体育祭に参加していなかったロックや彼女でも幾分かグループに協力せざるを得ないか。

 

 (くしけず)った長い髪をなびかせ。ジャージ姿なのに威風堂々とした存在感を放つ彼女は、すぐに私に気づいたらしく声をかけてきた。

 

「京楽か」

 

「メープル先輩。こんばんは~」

 

「私をそんな風に呼ぶのは君くらいだな」

 

「あれ、鬼龍院先輩のほうがよかったですか?」

 

 鬼龍院(きりゅういん)楓花(ふうか)だからメープル先輩。うん、安直。だけど結構かわいい感じでいいと個人的には思うんだ。

 

「フフ、可愛い後輩からどう呼ばれようと構わないさ。ただ少し面白い気分になっただけだ。この試験はどうにもつまらんからな」

 

 並んで歩くと、その身長の高さが改めてわかる。たっつーやカピバラ麻呂とそこまで変わらない感じだから、たぶん170センチは超えてるよなあ。

 

「林間学校の調子はどうですか?」

 

「上位には入りたいと思っているよ。前も言ったかもしれないが、手にした金はすぐに使ってしまうタイプだからね。ペナルティを受けたくはないさ」

 

 先輩は2年Bクラス。前の試験では勝ったらしいしそこそこポイントをもらってるはずなんだけど、すっからかんなんだろうか……はっ。そうか、南雲会長にポイントを搾取されているせいで元々のポイント数が少ないのかもしれない。んー、この林間学校だと電子機器類が没収されてるから盗聴や録音の危険性は極めて低いし、突っ込んだ話しても大丈夫かな。

 

「あー、南雲会長からプライベートポイントを徴収されてる、とかでしょうか」

 

「南雲の独自ルールのことか。無視している私には関係ないが、学年の多くが2000万のチケット争奪戦へ参加すべく契約を結んでいるようだな」

 

 2000万ポイント、つまりAクラスへ移動する権利。先輩たち2年生のクラスポイントでは南雲会長のAクラスが独走状態になっているのだ。Bクラス以下の生徒からしてみれば喉から手が出るほど欲しい物だろう。メープル先輩はさらっと拒絶してるようだけど。

 

 そして彼女の金欠には南雲会長関係なかったらしい。冤罪だった。ごめんなさい会長。

 

「契約ですか。南雲会長には逆らっちゃダメ、みたいな?」

 

「そんな条件もあったかな。くだらん内容で細部まで記憶はしていないが、獲得したプライベートポイントの4分の3を毎月南雲へ献上すること、個人が持っていいのは50万ポイントまで、だったか」

 

「うわあ、七公三民以上にひどいですね」

 

 なるほど。プライベートポイントは端末に入ってるアプリを見ればすぐにその額がわかってしまう。船上試験の時はポイントを振り込んだ仮IDを一時的に発行することや分割して受け取ることもできたけどそういう試験ばかりじゃないだろうし、あの時にしたって優待者や裏切り者であること自体を知られればポイントを隠し通すことは不可能。

 

 2年生全体が協力して特別試験に取り組んでいるのなら、獲得できるポイントは多くなるけどその代わりにポイントの流れもほぼ完全に把握されるだろう。ついでに相互監視社会でも作り上げとけば完璧だ。

 

 南雲会長のクラスメイトたちも契約する必要がないとはいえ、びた一文も出さないってことは無いだろう。周囲からの不満が大きくなるし、あと単純にクラスポイントが潤沢なAクラスの生徒から回収しとかないと資金が全然貯まらないと思うし。

 

 南雲会長は2000万はおろか億に届くくらいのプライベートポイントを持ってる可能性もあるなあ、この分だと。そんでもし会長が退学でもしちゃうと全ては水の泡と消える、か。反乱抑止になってそうですな。

 

「メープル先輩はAクラスに戻りたいとかはないんですか?」

 

「将来など自らの実力でどうとでもなる以上、Aクラスを目指すことには興味がない。ここを進学先に選んだのだって単なる気まぐれだ」

 

 やっぱロックと何となく似てるなあ。頭良くて運動も出来るとこといい。桐山副会長が言ってたけど、クラスに全く協力してくれないらしいし。そのわりに身勝手な口出しばかりするってプンプンしてたっけ。桐山副会長は大グループでロックと一緒だから、彼の自由っぷりについてもさぞかし頭にきてるに違いない。

 

 でもDクラスであるロックと違い、メープル先輩は入学時にはAクラスに組分けされた。ロックより協調性あるって学校側に判断されたってことなのかな。でも心から友人と呼べる存在すら持ったことがないとか先輩は話してた気がするけど……まあそこは人のこと言えないか。んー、もしくは今年の組み分け基準が去年と異なるとかだよね。そういえば南雲会長が入学時Bクラスだった理由も気になるなあ。

 

「桐山副会長も会長に従っているんですか?」

 

 メープル先輩のクラスメイトであり生徒会役員である桐山先輩は一応堀北先輩側、反南雲派だったはずだけど。

 

「ほとんど屈しているな。半ば忠犬だ。迷っているとすれば、南雲が独自に制定した得点を集めたところで、その後も南雲のさじ加減ひとつで決まる部分かな。2000万を渡されるのはクラス確定の前日。南雲に従い、認められ続けていなければ容赦なく権利を剥奪される」

 

「それも契約の条件、と。抜け目ないですねえ南雲会長は」

 

「桐山も今はまだ堀北学の威光にあやかっているようだが、卒業後はすぐに呑まれるだろう。自分に正直であるのは悪くないのだがな」

 

 堀北先輩ならひょっとすれば南雲会長が退学させようとしても桐山副会長を守れるかもだけど、卒業しちゃったらその後ろ盾もなくなる。

 

 今回だって南雲会長は同級生たちに、橘先輩を上手く退学へ誘導出来たら評価してやる、とか言って命令してるんだろうな。

 

 同学年の人たちからしてみれば、Aクラスに勝つより、個人で2000万を貯めるより、ただ従うほうがずっと楽に感じた。南雲会長の攻撃を受けクラスポイントが0になる恐怖、退学になる恐怖。それらから解放される上に、Aクラス卒業のチャンスまでもらえる。南雲会長の小グループにCとDクラスの人が多いのも、契約しているんだから適度に特別試験で勝たせてやろうと、そういう配慮的なのがあるのかも。

 

「南雲会長は林間学校を楽しんでるようですね」

 

「高い学力に身体能力、カリスマ性を持つ南雲が唯一学内で同等と認めるのが堀北学だ。遊びたくて仕方ないんだろう」

 

 うーむ、堀北先輩にとってはいい迷惑でしょうな。あと橘先輩にとっても。

 

「今回の戦い方はちょっと趣きが違うように思いますが」

 

「南雲は派手な立ち回りや勝ち方、一対一を好む傾向にある。卑劣だろうが最後に勝つことを優先するのさ」

 

 たっつーやん。めちゃ似てる。あやつは派手に勝つよりむしろ地味に勝つことも多い気もするけど。

 

「君はどうだい? 今の南雲にとって1年は眼中にないようだが」

 

「権力者には基本的に阿諛(あゆ)追従(ついしょう)、媚び(へつら)うようにしているので、特に何もありませんよ。静観ですね」

 

「そういえば坂柳理事長殿の息女と親しいのだったな」

 

「キャロルは理事長のこと抜きに愛らしい、いい子ですよ。後輩と戦いたいのでしたらおすすめです」

 

「なるほど。機会があれば一度声をかけてみよう」

 

 うんうん、でも次に3学年が揃う特別試験はいつに行われることになるのやら。

 

「次の特別試験はまた学年ごとになるでしょうか」

 

「そうだな。学年末は例年通りなら3月8日より始まる大きな特別試験。プライベートポイントを使った試験が多いと聞く」

 

「それじゃあ南雲会長の独壇場になりそうですね」

 

「そして私の苦手とする分野だ」

 

 うん、手持ちのプライベートポイントが少なければクラスに貢献することはほぼ不可能だろう。それでいて南雲会長のように学年のプライベートポイントを集めていれば……いや、クラスメイトのポイントを集めてると(おぼ)しき一之瀬さんも有利だな。たっつーはどんくらい貯め込んでるんだろうか。

 

 別棟に入り上靴に履き替えていると、メープル先輩が急接近してきた。トン、と顔の横に手が置かれる。おお、これが俗に言う壁ドン……! 

 

「髪にゴミがついている」

 

 耳元で囁き、髪に触れた。何とスマートな仕草。メープル先輩は美人さんでありながらイケメンだなあ。

 

「ありがとうございます」

 

「髪は女の命と言うからな。気にかけたほうがいい」

 

「んー、気をつけてはいるんですが、どうにもくせ毛なもので。絡まりやすいんですよね」

 

「驚いたな。巻いているのだとばかり思っていた」

 

「あはは、コテとかあんまし使ったことないです。ああいうので綺麗にできる人は羨ましいなあとは思いますけど。あと先輩みたいなストレートにも憧れます」

 

 メープル先輩の髪は艷やかで美しい。でもこの学校、男子もわりと髪が綺麗な人多いんだよなあ。南雲会長とかロックとか、もしかすると女子顔負けのレベルってくらい、むちゃくちゃ手入れしてそうだし。あとたっつーとかもなあ。ヤンキーのくせして無駄にサラッサラのまっすぐストレートなんだよね。ちっ、あの髪の毛引っこ抜きたい。というか長さが何となく中途半端なんだよ。どうせなら鬼頭君ぐらいのロン毛にしろや。

 

「触ってみるか?」

 

「いえ、見てるだけで大丈夫です」

 

「私と会った男はたいていそう言うのだ。何故だろうな。触れると火傷でもすると思っているのか」

 

「メープル先輩は美人さんですから、それででは?」

 

 流石に「女性というより変人として扱われてるのでは?」とは言えなかった。ククリちゃんは空気の読める子。

 

「おかげで可憐な乙女なのに恋愛経験もない。いつか良い殿方と巡り合いたいものだが」

 

「良い殿方……」

 

 クラスの男子を思い浮かべる。たっつー。論外。石崎君。うーん、先輩との相性は悪そう。金田君とかバーティあたりとかどうだろう。紹介すべきなのかな。悩んでいると、メープル先輩はポツリと一言呟いた。

 

「しかし君の場合、どちらかと言えば問題は愛の欠落かな」

 

「?」

 

 軽く手を振るとそのままクールに去っていくメープル先輩。相変わらず勝手気ままな感じの人だ。ロックがジェントルを自称するなら彼女は淑女といったところか。

 

 うーむ、ロックやらキャロル、たっつーと出会うとどんな化学反応を起こすんだろう。ぜひとも見物してみたいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都々逸(どどいつ):人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ)

 

 

「石崎?」

 

 夕食の時間。椎名ひよりと同じ小グループである西野(にしの)武子(たけこ)は、しかしクラスでも孤立気味というか、単独行動することが多い。そんなわけで食堂でも一人で気ままに過ごしていたのだが、今は疑問の声を上げざるを得なかった。

 

 何故かこんな場所でひどく真剣そうなオーラを石崎が放っているのである。

 

「おい西野、静かに。俺の役目は壁になることなんだ」

 

「何わけわかんないこと言ってんの?」

 

 本当に意味不明な発言だった。

 

 夕食時の石崎はククリか龍園の傍にいることがほとんどだったので、こうして離れているのは珍しい。

 

「なんであの2人から距離をとってるわけ? 普通に近づけばいいでしょ」

 

「空気を読んだんだよ空気を。ほら、いい雰囲気だろ?」

 

「別にそうは思わないんだけど。業務上のやり取りしてるみたいな感じだし」

 

 特別試験の最中であるからして西野の思考のほうが正常なはずなのだが、石崎にとっては異なるらしい。

 

「くそっ……なら俺、もっとイチャラブな雰囲気にして来るわ」

 

「あんたは余計なことすんなって」

 

 恋愛を全然分かってない石崎が行ってもどうせ何もならないだろうが、西野は迷わず鉄拳制裁を加えておいた。(いて)ぇ、という文句は勿論聞き流す。

 

 他の相手なら石崎も他人の恋愛事情になど口を挟まないのだが、気に入った相手というか尊敬している相手というか、そんな対象である龍園たちの話となると途端に首を突っ込み始める悪癖(あくへき)がある。

 

「こんなことしてないで親友の小宮くんのとこでも行けば? 彼、他クラスに好きな女子がいるとか話してたじゃない。仲良く恋バナでもしてればいいでしょ」

 

「あぁ……そういや何となく言ってたような記憶はある。小宮ってわりと木下と一緒に動くことが多い気がしてたんだけどな」

 

 友人の恋路に対してこの反応である。龍園×ククリへ向ける熱意に比べ淡白すぎた。

 

「石崎は随分とご執心よね、あの2人に。仲を進展させるためだけに殴り込みに行ったなんて聞いた時は耳を疑ったけど」

 

「あ? あ、ああ、あたぼうよ! あのくらい大したことねえって」

 

 冬休みに入る直前。龍園の幸せを願って龍園に喧嘩を売るなんて謎の行動だったが、実際効果があった以上は石崎の勝ちと言えるだろう。

 

 クリスマスパーティーに龍園が参加したり、ククリと名前で呼ぶようになったり。元から距離の近かった2人がますます接近したような、それでいて何一つ変わっていないような。

 

「なんか不思議な関係」

 

「そうか?」

 

 もどかしいような、じれったいような感じだと西野は思う。

 

「ま、あんたの気持ちも少しは分かるかも」

 

「だよな! いやー、流石西野だぜ」

 

「少しは、だから。調子に乗んなし」

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