ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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世論は振り子の運動の法則に従う。

 7月になると、どのクラスも6月より100近くクラスポイントを伸ばしていた。中間試験のご褒美らしい。どこもクラスポイントは減る一方だったのでここで回復した形になっている。Dクラスは0から脱却、Aクラスははじめの千ポイントをわずかだが上回るという結果を見せた。

 

 しかしながらポイントが支給されていないという現状を、坂上先生は「トラブルが起きた」と言って済ませていた。本来なら文句などが出るであろうが、トラブルという単語に皆の視線がある生徒たちに集中する。

 

 痛ましい感じになってる石崎君、小宮(こみや)君、近藤(こんどう)君たち3人だ。学校をお休みしてて一昨日から姿を見かけなかった彼らが、顔に青あざ(しかも殴られたっぽいやつだ)が出来てたりガーゼを貼ってたりしながらも今日登校していることと何か関係があるのか、と思わない人はいなかっただろう。同時に皆たっつーによるものか、と想像するも彼の余裕な表情がそれを否定する。

 

 龍園翔という人物は学校側に自身が起こした暴力を捉えられるような男ではないという負の信頼があった。同時にこやつが陰で糸を引いているであろうという確かな予感も。

 

 よくわからない、というのは怖いことだ。口を閉ざす石崎君たちは腫れ物のような扱いを受けていた。

 

 

 次の日のHRでは、坂上先生は昨日より饒舌(じょうぜつ)に語り始めた。

 

「今日は、みなさんにお知らせしなければならないことがあります。先日のトラブルについて、そしてひどい怪我をしてしまっているクラスメイトについて皆さんも気になっていると思うのですが、これはDクラスの須藤(すどう)という生徒によるものです」

 

 CクラスはDクラスに訴えたが、相手が正当防衛を主張し互いに証拠はないため結論が保留になっていること。責任の度合いによってはマル被の停学、そしてDのクラスポイントの削減が行われること。また、マル目がいるらしいこと。

 

「学校側としては、目撃者を捜すために各担任の先生が私と同様に詳細を話しているはずです。心当たりのある生徒はあとで申し出るように。最終的な判断は来週の火曜日には下されるかと思われます。私からの連絡は以上です」

 

 そう言うと坂上先生はさっさと出ていった。迷いのない足取りだ。堂々とした話しぶりからしても、この事件について不安などまったくないことを窺わせる。彼はこの事件についてどのくらい知っているんだろうか。

 

 にしても須藤、須藤ってどっかで聞いたような気がするんだけどな……ともかく、これはたっつーのDクラスへの嫌がらせだろうな、とだいたい察しがついた。違ったらごめん。日頃の行いが悪い。でもたぶん合ってるっしょ。

 

 そして私は思った。謎解き、してみたいなって。現実に事件が起きるとか楽しい。ホームズ役やりたい。そうなるとたっつーはモリアーティ教授なのか……? 

 

 現場百遍、というわけで事件現場たる特別棟の3階に放課後足を運ぶことにした。ひよりんも誘おうかと考えたけど、ホームズ役を奪われるだろうからできなかったのだ。ひよりんの横では私はワトソンになるしかない……! 伊吹さんは誘ってみたけど断られた。よって今回はワトソン抜きで調査しなければならない。さみしいことだ。

 

 一応現場だから立ち入り禁止のテープとか死体の白線とかあるかと思ったけど何もなかった。よく考えると石崎君たち亡くなったわけでもないしね。雰囲気が出なくてちょっと残念。

 

 家庭科室や理科室、視聴覚室に多目的室などがあるこの特別棟は部活で使われることもないせいか(いちいち設備の豪華な本校には部活専用の建物が別にある)、授業のない放課後だとまったくと言っていいくらい人が来ない場所なのだが、その一端は暑さな気がする。むっとする(いき)れに満ちているのだ。この高校は夏でもブレザーだから余計につらい。脱ごう。

 

 ブレザーを手にとりあえず写真をパシャパシャする。こういうのが後々証拠として使われるんだ……! 一通り撮ったが、特に変なものは見当たらない。血痕とかもないし、事件現場とは思えないくらい何もない場所だ。虫眼鏡片手に見回してみても、天井付近にコンセントは設置されてるものの使われてはいないっぽいし、監視カメラも見当たらない。いや、監視カメラがなく、人気(ひとけ)もない場所だからこそ事件を起こさせたわけか。うーん、外道め。

 

 もっと壁を叩いたり調査しようかと思ったけど暑すぎてやめた。ここに来てさらに負傷までした石崎君たちが不憫でたまらない。可哀想に。

 

 犯人は現場に戻るというし目撃者がいるなら見に来るだろうから何回かは現場検証するか、と思ってたけど駄目だ。諦めよう。ここは長居するような場所じゃあない。

 

 さて。現場を調べたら次は人を、ということになる。本来なら被疑者(民事なら被告、刑事なら被告人か)に話を聞きたいところだけど、どうせ行ったところで話してくれないだろう。訴えた側のCクラスの人がのこのこ来るなんてことがあれば私だったら馬鹿にしてんのかと思う。

 

 目撃者は発見されていないが、正直発見されても証拠が出るかは怪しい。動画や写真でも撮っていれば確証になるがわざわざそんなの撮って歩いている人はいないだろうし、喧嘩に気づいて慌てて記録しようとしても撮れるのはおそらく須藤とやらが石崎君たちをボコってる場面だけになる。そうなると石崎君たちの傷だけが確固たる証拠だ。

 

 もし一部始終を見ていた人がいたとしても、「須藤に報復されるのが怖くて嘘の証言をしているのでは?」という懸念がつきまとうことになる。ま、学校側の報告を待つのが正解だね。一応先生に聞きに行くか。

 

 校舎に戻った私は1階の職員室へ、いつも通りしゃなりしゃなりと礼儀正しく入った。

 

「坂上先生。お時間よろしいですか?」

 

「はい、構いませんよ」

 

 とりあえず坂上先生に目撃者について確認してみたが、申し出た者はいないという。本当にいなくても仕方ない場所だし、トラブルに関わりたくないから出ないという人がいてもうなずける。C、Dクラス以外の人にとっては喧嘩した生徒が退学してもわりとどうでもいい話だろうし、上級生ならなおさらだ。バスケ部の先輩あたりからの関心は高そうだが、だからって嘘の証言をしたりはしないに違いない。他人のことより自分の保身がまず第一でしょうしな。

 

 ついでにC、Dクラスでの審議の話も聞いてみたところ今回のようなケースでは問題のあったクラスの担任、当事者、そして生徒会との間で決着がつけられるという。つまりCからは坂上先生と被害者3人、Dからは茶柱先生と須藤(なにがし)のバトル。生徒会は裁判官的な感じということだろうか。え、なにそれ楽しそうだな。逆転裁判みたい。

 

 試しに「私も参加できません?傍聴だけでも」と言ってみたら、石崎くんたちが承諾すればいいですよと意外にあっさりOKが出た。やったぜ。うーん、となると私と坂上先生が検事役かな。茶柱先生は弁護人役か。でもこっちで私が参加するとなるとあっちの弁護の生徒も増えたりするんだろうか。来るとしたら桔梗ちゃんとかかしら。うう、想像するだけでも戦いづらい。悪役検事ですねこちらは。鞭とかワイングラスとか持ってったほうがいいんだろうか……? 

 

 それに生徒会にはぜひともひげをつけてほしい。サイバンチョにはひげが必須だからね。でも、生徒会の誰が参加するんだろう。あの乙女ゲームに出てきそうなイケメンの生徒会長には流石にひげは似合わな……いや、案外似合うかもしれない。

 

「生徒会の方は何人くらい参加されるんですか?」

 

「特に何人、と決まっているわけではありませんが、彼らも忙しいのでこういう場合はたいてい1人だけですね。おそらくですが、書記の(たちばな)さんが参加することになると思いますよ」

 

 橘さんとな。我が記憶によるとたしかハーフアップ×ツインお団子ヘアの可愛らしい先輩。見た感じ純真そうな人だった。仕方ない、ひげはやめておこう。鞭とワイングラスも。よく考えなくてもポイントの無駄遣いだしね。他に持ち込むものといえば、そうだなあ。

 

「ボイスレコーダーのようなものを使用して審議を録音できるでしょうか?」

 

「そうですね。言っていただければこちらで用意することも可能ですし、持ち込んでも問題ないでしょう。ただ、録音する旨をDクラスにも確認した方がいいでしょうね」

 

「わかりました」

 

 うーん、買うべきかなあ。今度家電量販店行って見てみるか。カメラとかも気になるし。あ、カメラといえば。

 

「監視カメラの映像などはないんですよね? 一応特別棟に行きましたが、そういう類のものは見当たらず、ただ検証のために取り外したのかもとは思ったのですが」

 

「ええ、不幸なことに現場となった場所には監視カメラはありませんでした。そのため、こうして審議になってしまったというわけですね」

 

 不幸なことに、かあ。ま、とりあえず聞きたいのはこんなもんかな。

 

「ありがとうございます。あんなことになった石崎君たちのためにも、審議に向けて努めて参りたいと思います!」

 

「こちらこそ。ともに頑張りましょう、京楽さん」

 

 よし。あとは被害者に話を聞きたいな。私は部屋に戻ってたっつーにチャットを送ることにした。

 

 この高度育成高等学校の敷地内には全部で4つの寮が存在する。1年から3年までが学年別で暮らす学生寮。カードキーにオートロック、1階のフロントには管理人がおり、部屋は八畳ほどの1ルームといえど至れり尽くせりの環境だ。ちなみに私たち1年生の寮は、昨年度卒業した先輩たちが3年間使っていた寮が割り当てられたそうだ。学生寮が3つ、残る1つは教師たちやショッピングモールであるケヤキモール等で働く住み込みの従業員たちが住んでいる寮だね。

 

 そんな感じで同学年は同じ建物にて生活しており、男子は下層、女子が上層となっている。特に男子が女子エリアに立ち入り禁止ということもない。移動教室とかみたいな宿泊行事の時の感覚にちょっと似てると思う。ルールとして午後8時以降は上層への立ち入り制限があり、夜にこっそり女子の部屋へ……とかは難しそうだけど、まあ今はまだ夕方だし関係ないことだろう。

 

「お、お邪魔します……」

 

「どうぞー」

 

 男女で部屋に差はないと思うのだが、女子の部屋というものは緊張するものらしい。たいして物は買っていないしせいぜい小物が女子っぽいかなってくらいなんだけど、それでも彼ら的にはOKらしく「女子の部屋だ……」とちょっと感動していた。なんかありがとう。

 

 男子が3人も来ると手狭になるなあと思いつつ、私は麦茶を出してあげた。ひよりんと伊吹さんが来ても全然狭く感じないのになあ。ゴツいからだろうか。

 

 たっつーに連絡を入れれば裁判への参加は勿論了承をゲットしたし、石崎君たちも普通に召喚できた。たぶん部活にはまだ出れないこともあって暇なんでしょうな。しかし完全に御主人()様と下僕()だよね。

 

 私は彼らの事情聴取をすることにした。オラ話せよてめーら。

 

 たっつーにどう言われて私の部屋にやって来たかは知らないが、彼らは戸惑いながらも喋り始める。

 

 小宮君、近藤君の2人は部活が終わり着替えてる最中に、おいてめ今すぐツラ貸せやと須藤某に呼び出された。暴力的な人物と個別で話すのが不安だったので、頼りになる友人の石崎君に来てもらい3人で特別棟へ行った。そこで一方的に喧嘩を吹っかけられこの通り殴られた、と。運動神経の良さやバスケの技術を鼻にかけ、周りにも高すぎるレベルを求めてくる須藤某は特に同学年の部員とは不和があり、普段から言い争うことも少なからずあったらしい。

 

 筋が通っているようには聞こえる。あと関係ないかもだけど、須藤某の容貌を聞いて前に図書館にいた不良その1であったことが判明した。やっぱり不良だったかあいつ。

 

 私は石崎君の肩にぽんと手を置いた。

 

「で、本当のところは?」

 

「え、そりゃあ…………いや、本当のとことかないよ。今語った、真実」

 

 言うか迷ったな貴様。まあいい。どうせ葬られる真実なんて聞いたところでアレだ。

 

「そっか。話してくれてありがとう、石崎君、小宮君、近藤君。じゃあ、現場の写真とか撮ってきたからこれを使って、あと時系列もまとめて図表にしたいから、協力してね」

 

 彼らの証言をまとめていく。これがあれば審議の時にも言いやすかろう。生徒会に渡しても心象がよくなるやもしれない。というのは建前だ。完全に趣味である。こういうの作ってみたかったんだ。

 

 現場での状況とかをカキカキしていく。うーん、我ながら惚れ惚れする出来栄え。ん? 絵がヘタって言ったか貴様。ならテメーが描いてみろや! ……近藤君は貝のように口を閉ざした。駄目だよ、女子を傷つけるようなこと言ったら。

 

「そういえば、バスケ部の先輩にお話とか聞きに行ってもいい?」

 

「先輩にぃ? あー、まぁ別にいいけどさ。どうせ須藤のやつを庇うような先輩もいねえし。でも意味ないと思うぞ?」

 

「とりあえず色々尋ねてみたいだけだからさ。ありがとう、じゃあ行ってみるね」

 

 練習場所なども教えてくれたので、特にもう用はない。お大事にと言いつつ追い出すと部屋がちょっと湿布臭いような気がした。リセッシュしよう。

 

 しかし──と話を聞いて思った。これを否定しようとしても水掛け論になるだろう。果たしてDクラスは泣き寝入りするのだろうか。

 

 

 

 §

 

 

 どうやら私が探偵ごっこをしている間、Dクラスは目撃者を捜し回っているみたいだった。正直、私だったら見捨てるので偉いと思う。何日も粘り強く頑張っているが、見た感じ成果は出ていないように思われる。やはり快刀乱麻(かいとうらんま)を断つように解決、というのは小説の中だけの話らしい。

 

 私のところにも櫛田さんから連絡が来たが、「Cクラスに目撃者はいなさそう。いてもたぶん名乗り出ないと思う」と言うにとどめておいた。実際そうだしね。

 

 さらには私もよく見る学校の電子掲示板では、一之瀬さんによりこの暴力事件における目撃者を捜す書き込みが成されていた。報酬にはポイントつきだ。なるほど、BクラスとDクラスとが共闘し始めたらしい。たっつーに嫌がらせを受けていたからと考えるのが妥当か。おそらくDクラス側はポイントを出していないだろう。0ポイントを叩き出し、今月分も振込がない彼らには支払い能力がない。自分たちからポイントを出すのだからBクラスは本気でDクラスを信じている、あるいはCクラスがよほど腹に据えかねているようだ。

 

 1階の踊り場の掲示板にも、須藤某とCクラスに関係する情報を持つ生徒を募集する貼り紙──こちらも同じく有力な情報提供者にはポイントを支払う用意があるときっちり書かれている──があった。流石Bクラス、有能だ。

 

 あっちは情報集まってんのかね、でもあんま意味ないような、と余裕の面持ちでいたら審議の前日になって坂上先生に呼び出された。

 

「目撃者が現れたらしいのです」

 

 今になって?というのが本音だ。もっとはやく出ればよかったのに、と思うも早く出られたらこっちは困ったなとも思う。

 

「どなたなんですか? もしかして生徒ではない、とか?」

 

 例えば出入りの業者がたまたま見かけたけどトラブルになっていたとは知らずに黙っていた、とかならこの遅さも納得できる。そんな信用できる大人の目撃者とかCクラスには大打撃だけど。審議が一瞬で終わりそうで私も困るし。

 

「いえ、茶柱先生によると生徒ではあるそうなのですが……誰、とは学年もクラスも言ってくれませんでした。おそらく審議が始まらないと話してはくれないでしょう」

 

「それは……ちょっと困りましたね」

 

 あちらからすれば目撃者を下手に言うと審議の前に消されるかもしれない、と思っているのだろうか。うーん、鬼が出るか蛇が出るか。わかんなくなってきたな。オラ、ワクワクすっぞ! 

 

 とりあえず明日は落ち着いて審議に臨もう、ということでまとまった。

 

 

 §

 

 

 話し合いは4時スタートだ。私と被害者3人は放課後のチャイムと同時に移動した。早く行ったほうが印象がいいし、遅れる心配をしなくて済む。

 

 坂上先生と廊下で合流できたため、皆で生徒会室に向かう。中へ入ると、そこには上級生の姿が。生徒会長たちだ。石崎君たちと一緒に礼をする。ちーっす、よろしくっす。

 

 彼は軽く顔をあげると再びうつむいて書類を見ていた。ワーカーホリックだろうか。橘先輩はぴょこんと礼を返してくれた。かわええ。

 

 先生に従って席に着く。重厚感ある生徒会室の中には長机が配置され、穴あき長方形になっていた。反対側の長辺にDクラスが座ることになるのだろう。

 

 実際、Dクラスは開始5分前に着いて私たちの目の前に座った。来たのは茶柱先生に不良その1、カピバラ麻呂、リンリン。前の図書館を思わせる面子だ。桔梗ちゃんほどではないにしろ顔見知りだとやりにくい。でもそう思っているのはあちらも同様のようだ。というより、堀北家はやはり仲良くないらしい。妹のリンリンは生徒会長に動揺しまくってる。

 

「ではこれより、先日起きた暴力事件について審議を執り行います。進行は生徒会書記、橘が務めます」

 

 私はすっと手を挙げた。

 

「どうぞ」

 

「ボイスレコーダーで審議を録音させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

 

 異議は出なかった。私はレコーダーをオンにするとことりとテーブルの上に置いた。

 

 茶柱先生が生徒会長にちょっと絡んだあとは、橘先輩が概要を説明してくれた。わかりやすい説明、流石は上級生、それも生徒会役員だ。生徒会長の優秀さは1年にも知れ渡ってるけど、橘先輩も優秀な人であろうことはよくわかる。

 

 それからそのまま橘先輩は両方の言い分を聞いていったが、予想通り平行線になっている。聞いている感じではCクラス優位だ。須藤某が敬語すら使わないというなかなかの不良っぷりを見せつけ、こっちも怪我をガンガン利用しているので当然っちゃあ当然である。私及び坂上先生の悪役検事コンビの出番も今のところない。

 

「新たな証言、証拠が無ければこのまま進行します。双方、よろしいですか?」

 

 橘先輩も、生徒会長ですらもCクラスの勝利で幕を閉じさせようとしている。そんな時だった。カピバラ麻呂が立ち上がった。リンリンの後ろに回り何やらセクハラしている。

 

「ひゃっ!?」

 

 むっちゃかわいい声だった。女子力高い。ついでにカピバラ麻呂のセクハラ力もなかなか。常習犯なのかしら。これは、新たな審議が必要になるやもしれぬ。

 

「ちょ、ちょっと、なに……あや、や、やめっ!?」

 

 止まらないセクハラに思わず声を上げるリンリン。突然の奇行に坂上先生などはぽかんとしていた。先生、止めてあげてくださいな……。

 

「──失礼いたしました。改めて、私からCクラス側へいくつか質問させていただきたく存じます」

 

 気を取り直したらしい彼女はだいぶシャキッとして石崎君たちを問い詰め始める。ぜひともまずは「異議あり!」と言ってほしかった。

 

 私も「異議あり!」するタイミングをうかがっていたのだが、石崎君たちが普通に詰問を捌いて終わる。君たち、やるなあ。にっちもさっちもいかなくなったDクラスはとうとう最後のカードを切った。噂の目撃者である。

 

「分かりました。それでは、Dクラスより報告のあった目撃者はどうぞこちらへ」

 

 入ってきたのはかなり緊張しておどおどとした様子の女子生徒だった。長い髪を左右にわけ下のほうで結んでいる、眼鏡をかけた大人しげな少女だ。どこかで見かけたような気がする。もしかしたらすれ違ったりしたのかもしれない。

 

「氏名を述べてください」

 

「い、1-D、佐倉(さくら)愛里(あいり)です」

 

 まさかのDクラスかい! そう思ったのは坂上先生も一緒のようだった。石崎君たちも目撃者の登場にはビビっていたものの、それがDクラスの生徒と知って安堵しているようだ。

 

「佐倉さん。着席して結構ですので、これより証言をお願いします」

 

「は、はい……。あの、私は……」

 

 言葉は続かなかった。生徒会室がしんと静まる。彼女の顔はどんどん青くなっていった。元々人前に出ることが得意ではないのかもしれない。

 

 うーん、証言できない目撃者。逆転裁判ぽいなあ。しかし検事(原告)側としては彼女をいじめなくてはいけない。例えば証言しろと脅されているから上手く喋れないのか、とか。

 

 流石にそこまでは言わなかったものの、坂上先生は彼女は目撃者ではないのだろうと言い審議の収束を促した。いいぞいいぞ、頑張れー。というか私何もせずに裁判終わっちゃいそうだな。せっかく作った紙も出すタイミング逃したし……そして石崎君てCクラスのムードメーカーだったのか。知らなかったわ。

 

 茶柱先生が彼女に退室を命じ、生徒会側も特に止めることはしなかった。もうDクラスは敗色濃厚だ。「異議あり!」を言う機会がなくて悲しい。

 

 誰もが審議はもう終わった、そう思っていた時だった。

 

「私は、間違いなく見ました──!!!」

 

 声が強く響いた。

 

 先程までか細い、(かす)れた声で話していた……いや、話すこともできず黙っていた少女がついに咆哮(ほうこう)をあげたのだ。

 

「Cクラスの生徒のほうから、須藤くんに殴り掛かっていたんです。喧嘩の始まりは正当防衛でしたっ!」

 

 私はささっと手を挙げた。

 

 

 

「異議あり!」

 

        

                    

 やっと言えたぜ。

 

 橘先輩の目を見る。コクリとうなずかれた。どうやら喋っていいらしい。

 

「まずはじめに、私自身は目撃者がいたことを喜ばしく思います。ただ、その証言内容には多大なる疑義を抱きました。さらに言えば佐倉さんが昨日突然目撃者として現れたこと、身内であるDクラスの生徒であることを申し訳ないのですが不自然に思います。そこで──貴女が目撃者として証言をするならば、それを裏付ける証拠になるような物はありませんか?」

 

 できる限り優しく言ったつもりなのだが、彼女は「しょ、証拠……」と口ごもってしまった。坂上先生は不敵に微笑んでいる。うーん、悪役検事だわ。

 

 流石に気の毒になった私がなんと声をかけようか悩んでいると、彼女は深呼吸を一つして。(まなじり)を決して机に叩きつけるように紙を置いた。

 

「こ、これが! あの日あの時、私が特別棟にいた証拠です……!!」

 

 佐倉さんに断って数枚の紙を、いや写真を受け取った生徒会の人々は確認し終わるとこちらにも見せてくれる。何とそこにはまばゆいばかりの美少女が写っていた。地味に見える彼女とは印象がかなり異なるが見比べてみると確かに同一人物だ。ご丁寧に日付と時刻付きで、当然のごとく事件と一致している。

 

 さらには石崎君たちが殴られた直後であろう写真まで出てきた。なるほど、私も半信半疑だったのだが、どうやら彼女は本当に目撃者だったらしい。しかしなんであんなとこにデジカメ持って行ったんだろ……? 私が首を捻っている間にも坂上先生はガンガン喋ってくれている。

 

「分かりました、佐倉くんが当時現場にいたという点は事実と認めましょう。しかしこの写真は暴行の瞬間を撮らえたものではなく、全てが終わった後のもの。あなた方の主張する正当防衛の証拠にはなり得ませんし、目撃者が最初からいたという証明は不可能。よって、これ以上不毛な争いを続けるよりは妥協点を見出しませんか」

 

 須藤某が2週間、石崎君たちが1週間の停学。それが坂上先生の譲歩案だった。検事の論告に生徒会長は口を挟まなかった。須藤某は吠えたけど。茶柱先生も文句はないようだ。

 

 しかし、ただ1人。カピバラ麻呂は違うようだった。

 

「堀北。ここで諦めていいのか? 後悔はしないか」

 

 彼は何を考えているのだろう。もう打つ手はないはずだ。

 

「頭の悪いオレには打開策なんて思いつかないし、坂上先生の提案を妥当とすら感じた」

 

 カピバラ麻呂から肯定される形となった坂上先生は満足げだ。でも違う。本当に諦めているのならこんなことは言わない。彼は何かを探そうと、探し出させようとしている? 

 

「須藤の無実が分かる証拠なんてあの特別棟3階で出てくるはずもない。これが人の多い教室やコンビニなら話は違っただろうけどな」

 

 そう。事件現場は監視カメラもなく、目撃者が1人しか出ないような……というか1人でも居たのが奇跡みたいな場所だ。だからなんだと言うのだろう。はじめからわかっていることだ。

 

 審議を長引かせてまで妹へ話す彼を、生徒会長は止めない。面白そうに見ていた。茶柱先生もだ。彼の言いたいことがわかるのだろうか。

 

「こうやって話し合っても、お互い一歩も譲らない。まったく、審議なんて無ければ良かったのにな」

 

 確かに水掛け論だ。でも、話し合いをすると決めたのはCクラスだ。Dクラスに訴える権利はない。そしてDクラスに、いや、AクラスやBクラスにさえもCクラスは動かせないだろう。Cはもう龍園翔(王様)領地(テリトリー)なのだから。

 

 しびれを切らした坂上先生がリンリンに最後の意見を聞く。彼女は須藤某の責任を認め、そして橘先輩に着席を促され──だが立ち続けることを選んだ。この裁判の開始当初とは全く異なる力強い瞳で、冷静に言葉を放つ。

 

「ご理解いただけませんでしたか? 私たちは須藤くんの完全無罪を主張します。つまり坂上先生のご提案はお断りさせていただくと申し上げたのです」

 

「やれやれ、こちらの温情が伝わっていなかったとは。残念でなりません」

 

 完全無罪の主張。あまりにも馬鹿馬鹿しいそれを、坂上先生は苦笑して受け止めた。続けてみな異議ありを連鎖させる。私も言うべきか……? 

 

「そこまで。これ以上は時間の無駄だ」

 

 生徒会長はそう断じた。

 

 明日の4時にもう一度再審するとのこと。つまるところ延長戦だ。

 

 退室を促され、私は急いで生徒会の許可を得て証拠写真を端末で撮影する。ボイスレコーダーを手に外に出ると、佐倉さんは今にも泣き出しそうだった。

 

 何か言いたげな坂上先生や石崎君たちを目で制す。これ以上彼女に追い打ちをかける必要はない。わざとらしく録音中の画面の出たレコーダーを掲げると、彼らは何も言わずに立ち去ってくれた。

 

 佐倉さんの手にそっとハンカチを握らせる。

 

「えっ……?」

 

 彼女にかける言葉はないし、私が言うべきではない。私はそのままクールに立ち去った。ふ、決まったぜ……! 

 

 

 

 §§§

 

 

 

 3時50分。私は苛ついていた。

 

 橘先輩と私のみだった生徒会室にリンリン、須藤某の2人もやって来る。さて、石崎君たちはどうして姿を見せないのかしら。

 

 昨日はあのあと個人的に思わぬ収穫もあったが、再審になるという想定外も起きていた。今日こそ油断せずにさっさと着いているべきところを、あのバカどもは何をしているのだろうか。端末で位置情報を見ようとして、やめた。そういえばあの3人とは連絡先を交換していない。仕方なくたっつーに一報入れておく。もう、あとは知らないからねっ。

 

 少しして生徒会長、そして先生方も入ってくる。どうやら今日カピバラ麻呂は不参加らしい。となるとあとは石崎君たちだけだ。たっつーからの連絡もない。本当に何をしているんだろうか。

 

 4時ギリギリになって3人は汗だくで駆け込んで来た。ブレザーを(しぼ)ればドバドバ汗が出そうな感じだ。坂上先生はホッとしていた。私も一応安心した。遅刻なんてやめてほしい。

 

 しかしながら、彼らは席に着くこともせず、どうしてか憔悴(しょうすい)しきった様子だった。何かあったのだろうか? ちょっと心配になる。とりあえず、昨日と同じくボイスレコーダーを置いた。さて、審議を始め────

 

「……この話し合いをやめることは出来ませんか?」

 

 は? 

 

「訴えたこと自体、過ちだったことが分かったんです。僕たちは訴えを取り下げたいと思います」

 

 うん? 

 

「すみません、坂上先生……僕たちは固く決意したんです。提訴は撤回します」

 

 んんん? 

 

「審議を取り下げるには訴えを提起した側がプライベートポイントを納めなければならないという規定がある。それでもいいんだな?」

 

「はい……構いません」

 

「承知した。では、これにて審議を終了とする」

 

 こうして。口を挟む暇もなく、私のはじめての裁判はあっさりと幕を閉じた。え、何が起きたし、本当に。

 

 よくわからないけど、裁判の中で闘おうよ。逆転なら裁判中にしてよ。私まだ異議ありそんな唱えられてないのに。

 

 Cクラスはすごすごと生徒会室から退散する。部屋を出る前に、ちらりと中を見ると茶柱先生は愉快そうに笑っていた。駄目だ、何考えてるかさっぱりわからん。この先生、Dクラスが嫌いなんだか好きなんだか。

 

 外に出ると坂上先生は3バカに話を聞き始めた。そりゃあ追求したかろう。でも私は外で待ってたカピバラ麻呂が気になった。お前らはあとでたっぷり絞るからな……! ひとまず彼らは見送る。

 

「お疲れ」

 

 軽く声をかけてきたカピバラ麻呂をじとーっと凝視する。お前、何か、したのか。

 

「オレじゃない。全部、堀北のおかげだ。後はBクラスも協力してくれた」

 

 あっさりと話すカピバラ麻呂。むー、まだ録音中だかんな。嘘ついてたら覚えとけよ。はぁ。せっかく裁判でバチバチにやり合うの楽しみにしてたのにさあ。もう、もう! 

 

 まあカピバラ麻呂に言っても仕方ないか。推定有罪だがここで責めても無駄だろう。

 

「麻呂君も、お疲れ様。私にはまだよくわからないけど……うん、とりあえず、佐倉さんに会ったらハンカチは返さなくていいよって言っといて貰えないかな? 嫌だったら捨てちゃっていいからって」

 

「いいが、いいのか?」

 

「うん。お詫びにもならないけどね」

 

 じゃあまた、と手を振って別れた。あーあ、不完全燃焼でやんの。たっつーも同じだろう。

 

 端末を見ても、相変わらずたっつーからの連絡は来ていない。終わったと一言だけ送っておいた。あの人位置情報切ってるから場所もわかんないし、ま、いいか。まずは坂上先生と話に行くべきだろう。

 

 職員室へ向かうと坂上先生はもう1人になっていた。石崎君たちは連絡を見て真っ青な顔で外へ行ってしまったらしい。ふーん、頑張れよ。彼らはゴニョゴニョ言うだけでなぜ取り下げたかについてはまったく話そうとしなかったそうだ。私も気になるのに。

 

「自ら志願したのに、お力になれず申し訳ありません」

 

「いえ……京楽さんは何も悪くないですよ」

 

 坂上先生はだいぶ疲れた様子だった。教職者ってたいへんだなあ。特にこの学校の先生は。

 

 Cクラスが今回の件でますます評判を落とすであろうことは、想像に難くなかった。

 

 

 

 

 

(絶対に読みづらい)

 

 

「それでは、出席を取りたいと思います──」

 

 朝のHR。少々荒っぽい雰囲気のあるCクラスでも、教員のやることは変わらない。出席簿を開いた坂上は生徒たちの名を読み上げていく。

 

 勿論ちょっと教室を見渡せば誰が出席で誰が欠席であるかなどすぐに分かるものだが、こういうのは形式としてきっちり行わねばならない。教師と生徒のコミュニケーションの場の1つでもあるだろう。

 

木下(きのした)美野里(みのり)

 

「はい」

 

 そして。もうすぐ自分の番が来る、と心構えをしたククリの耳に届いたのは、いつもとは違う音だった。

 

京楽(きょうらく)きゅくり」

 

「……は、はい!」

 

 

「めっちゃ噛んだな」

「噛んでしまいましたね……」

「すげー盛大に噛んでる」

「正直呼びづらいもんな、分かるわ」

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 沈黙が訪れる。

 

 間を置いてから、何事も無かったように再開した坂上であったが────この日以降、彼が出席確認の際、生徒のことを名字のみで呼ぶ方針に切り替えた理由は、誰の目にも明らかだった。

 

 

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