ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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熟慮を重ねることによってのみ、読まれたものは、真に読者のものになる。食べ物は食べることによってではなく、消化によって我々を養うのである。

 2月に入ると、大きな出来事が2つあった。まず、林間学校以降ずっと学校を休んでいた一之瀬さんの復活。ちょうど2月1日は担任の星之宮先生の誕生日だったこともあってめちゃくちゃ喜んでたらしく、次の日の星之宮先生はいつもに増して酒臭かったそうな。いいのか生徒の見本となるべき教師がそれで。しかも養護教諭なんだから完璧に医者の不養生じゃあないかな。ともかく、一之瀬さんについては南雲会長の手によるものかと思いきや、どうも違ったらしい。彼から「最近帆波に妙に接触してる奴に心当たりはないか?」と聞かれたのである。適当にとぼけておいたけど、たぶんカピバラ麻呂あたりが何かしたんだろう。彼はわりと優しい時は優しいイメージがあるし。

 

 ああ、生徒会関連で言うと桔梗ちゃんが南雲会長に会いに来てたな。リンリンを退学にさせたいそのバイタリティはすごいと思うものの、あっさりと袖にされててちょっと可哀想だった。

 

 さて、もう一つの大きな出来事というものはたっつーによる宣言だ。今回の林間学校でクラスポイントも増えたけど、2月3月に入ってくるプライベートポイントは全て徴収すると言われたのである。収入ゼロだよ収入ゼロ。今までの貯金でなんとかしろとのこと。

 

 部活とかで急にポイントが必要であれば話せ、ということなのでそう困ることはないでしょうけど、ポイント節約生活になってまうな。おかげでうちのクラスのバレンタインは小規模になってしまいそうだ。少なくともたっつーにチョコをやるような人はいなくなったに違いない。

 

「2人はバレンタインどうするの?」

 

 学年末試験は25日から。その前、15日に全科目の仮テストがある。成績等には一切関係ないとのことらしいけど、今回の仮テストでは学年末試験に類似した問題が多いとのこと。試験自体これまでのものより難しいと先生方からは言われてることもあり、しっかりと対策すべく私は放課後ひよりんと澪と部屋で勉強していた。勿論みんなコタツでぬくぬくしながらである。

 

「特に何も」

 

 きっぱりはっきり言う澪。うん、確かにね。バレンタインは強制参加ってわけでもないし、何もしないのも有りだよね。

 

 中学の時のバレンタインはすごかったから私も何もせず休みたい気もする。うーむ。でも先輩には渡しとかなきゃ駄目か。南雲会長とかもらうのが当然!くらいに思ってそうだし。

 

「クラスの皆さんに、と思っています。手作りにすれば費用も抑えられますし」

 

「ひよりん優しい……!」

 

 ポイントにそう余裕もない中、クラス全員へなんて。ひよりんは女神か何かかな。

 

「ククリはどうすんの?」

 

「それを迷い中なのですよ。どのみち生徒会の先輩には渡そうと思ってるけどそれ以外はどうしよっかなって。友達だけあげるか、ひよりんみたいにクラス全員にあげるか。むー、みんなどんな感じなんだろうな」

 

 本命チョコをあげる人とかもいるんだろうか。青春ですなあ。

 

「ひよりんは他クラスの人にはあげないの?」

 

「そうですね。まずみーちゃんには差し上げようかと」

 

 (ワン)さんか。林間学校のグループで親しくしてたからだろう。あ、そういえば彼女が好きな平田君はKちゃんと別れたと聞いたな。平田君が振られたという話だけど果たして本当なのかね。Kちゃん周りはカピバラ麻呂の影がちらつくんだよなあ。

 

「それから綾小路くんにもあげたいですね」

 

 私と澪は驚きを隠せなかった。ひよりんがカピバラ麻呂と読書友達になったことは知っていたが、バレンタインチョコをあげるほどの仲だったのかと。

 

 ひよりんの口ぶりからするに恋愛感情はないようだけど……いや、どうだろう。ポーカーフェイスが上手いからなひよりんは。わからぬ。ちなみに澪もポーカーフェイスを自称しているのだが、こちらはノーコメントとさせていただこう。いや、だって表情とかで何考えてるのかわかりやすいんだもん。そこが澪の可愛いところではあるのだが。

 

「麻呂君かあ。ひよりんがあげるなら私もあげよっかな」

 

 この前のお詫びも兼ねて。そう思っていたら澪が呆れたようにため息を吐いた。

 

「あんたら物好きね」

 

「綾小路くんはいい人ですよ?」

 

「うん、前にケヤキモールで一緒に歩いてたらティッシュ配ってる人と遭遇したんだけど。すごい覇気ないし無気力な感じの大人で、カピバラ麻呂にしかティッシュ渡してくれなくて『いいなー』って見てたら『あげる』って。麻呂君、優しかった」

 

 そういう言動故なのか、あれでなかなかモテモテ。佐倉さん、長谷部さん、桔梗ちゃん、佐藤さんあたりからは確実にチョコをもらうだろうし。Kちゃんとリンリンは微妙なとこですな。一之瀬さんは……どうかね。お裁縫が特技でお菓子作りが趣味という完璧女子だから、バレンタインも凄いんだろうなあ。

 

「一之瀬さんとかもクラスの全員にチョコ渡しそうだよね」

 

「はい。私も一之瀬さんにもお渡ししたいですね。元気になってくださって本当に良かったです……でも、一之瀬さんについての噂は龍園くんが流した、のですよね」

 

「ああ。一之瀬が万引きした、とかだっけ。あれ本当のことだったってクラスで告白したとか聞いたけど」

 

「秘密とはいずれ暴かれるもの。それを乗り越えた一之瀬さんはむしろ強くなった、と言えますがそれは結果論に過ぎません。クラスの勝利のためには仕方のないこととはいえ、こういう争いは慣れないものです」

 

 ふぐっ。ひよりんの優しさが心に刺さる。今回の件でよくよくわかったけど一之瀬さんもめちゃくちゃ善人だったんだよなあ。もう反論の余地が全くないくらいに。

 

 同じ生徒会じゃけん、一之瀬さんが休んでる時に様子を見に行ったんだよね。南雲会長たちも一緒にさ。そしたら一之瀬さんは彼が自身の過去を漏らしたってわかってるでしょうに、ふつーに笑顔で対応してた。優しすぎる。

 

 というか今も生徒会で何か南雲会長が導入したいらしいアプリについての仕事とか一緒にやってるけど、一之瀬さんは南雲会長に恨みとかこれっぽっちも抱いてないっぽい。善人ってすごいや。ただ流石の彼女もたっつーにはちょっとむーっとしている様子。それだけで済ますのもすごい。

 

 キャロルに万引きのことを詮索されたことがあったらしく、一之瀬さん的に自身の秘密の入手経路は南雲会長→キャロル→たっつーという感じの模様。まあだいたい合ってる。ちなみに一之瀬さんが南雲会長に過去を話した理由は生徒会に入るにあたって必要なことだと言葉巧みに誘導されたからだそうな。会長、ゲスい(褒め言葉)。

 

 でも私は入る時に別に聞かれなかったな、秘密とか。もし話すとすれば何になっただろう。

 

「秘密、かあ……」

 

「そう言うあんたには秘密なんて縁がなさそうね」

 

「いやいや。わりと2人に話してないこともあるよ、いっぱい。そうだな……例えば、たっつーと私は実は同じ小学校に通っていた、とか」

 

「以前からのお知り合いだとは思っていましたが、小学校が同じだったのですね」

 

 キャロルといい金田君といいひよりんといい頭の良い人の洞察力の高さは何なんだろうか。うーん、そんな知り合い感だしてたのかな? 

 

「小学生の龍園とか想像できないんだけど」

 

「あー、精神的には正直今とそんな変わってない気はする」

 

 いやでも多少は落ち着いたか。うーん、微妙なとこ。

 

「ククリちゃんの小学校時代はイメージしやすいですね」

 

「うむ。それはそれはもう愛くるしい子だったよ」

 

 あの物騒な地域に似つかわしくないような。ちょっと歩けばそこらでケンカ勃発してるようなとこだったもん。治安悪すぎだわ。

 

 しかし小学校かあ。お菓子持ち込み禁止だったからバレンタインチョコは放課後遊ぶ時にあげたり、家に行ってポストに入れといたりしてたっけ……ってそうか、寮にもポストあるんだしそこに入れといたほうが楽な気がする! 

 

 バレンタインは次の日が仮テストだからか南雲会長が忙しいからか知らないけど生徒会の活動はない。先輩たちのクラスに渡しに行くのも面倒くさいし、ポストに入れておこう。オートロックだからインターホンで開けてもらわないと他学年の寮には入れないけど、誰かが入る時とか出る時についていけば侵入は簡単なのだ。……警備甘くない? でもまあそもそもこの敷地内に学校関係者しかいないわけだし、いいのか。管理人さんもいることだしね。

 

 

 

 

 §§§

 

 

 

 

 2月14日。それは聖ウァレンティヌスの殉教した日であり、恋人たちのための日となっている。日本ではチョコレートを贈るイメージが強いが、これはお菓子会社の陰謀……と言うのは大げさなもののその広告効果によるものだとされる。

 

 (きた)る14日に向けて、石崎大地には重要なミッションがあった。それはククリと龍園のサポートを行うこと。本来であれば石崎とて2人のことに口を出す気はなかったのだが、なんと今回ククリは龍園にチョコを贈る気がないと言うのだ。曰く、ポイントを徴収した奴に贈るチョコはない、と。そのわりに生徒会の先輩とかに渡す分は用意するつもりらしい。

 

 彼女をどう説得すべきか。石崎は悩んでいた。

 

「それで、何でまた僕のところに……?」

 

「おまえの頭脳を見込んでの事だ、金田」

 

 石崎には小宮、近藤という友人がいる。しかし彼らとは彼女がいない同盟を組んでいるのだ。同じ恋人がいない相手なら頭脳明晰な金田に相談したほうがいい気がする、というわりとひどい判断によって石崎は金田に話しかけていた。

 

「……別にチョコレート程度、渡そうが渡すまいが変わらないのでは?」

 

 あくまでも冷静に言う金田に対し、石崎はやれやれというポーズを取った。金田はまったくわかっていない。

 

「高校1年生のバレンタインってのは一生に一度きりだろ。俺はそれを幸せに過ごす2人を見たいんだ」

 

「あの、バレンタイン自体は毎年ありますし。あと石崎氏がただ見たいだけのように思われるのですが……」

 

 そんなことはない。勿論ククリがチョコを渡す光景の目撃者になりたいが、できなければあとからエピソードを聞くだけでも構わない。石崎は我慢のできる男である。

 

「何か策はねえのか?」

 

 真摯に語りかける石崎の熱意にため息を吐きつつ、とっととこの非生産的な時間を終わらせようと金田は画期的な解決策を口にした。

 

「石崎氏が購入したチョコレートをククリさんに渡して、それを龍園氏にあげるよう言えばいいのでは?」

 

「それだと俺からのチョコになっちまうだろ!」

 

 別にそれでもいいのでは? 金田は心からそう思った。おそらくククリが龍園を想う気持ちより石崎が龍園を想う気持ちのほうがよっぽど上である。

 

「では、石崎氏。日本ではバレンタインにチョコレートを女性から男性に贈るというのが一般的ですが、海外では異なることをご存知ですか?」

 

「そうなのかよ。知らなかったぜ」

 

「基本的に男性から女性にプレゼントを贈る国が多いです。なので、発想を逆転しましょう。龍園氏からククリさんへプレゼントを贈って貰えばいいのです」

 

「なるほどな! で、その方法は?」

 

 龍園が人の頼みを受けて動くような人間ではないことは、この約1年で誰もが知る事実。どのように龍園を動かすのか。期待する石崎に金田はあっさりと言い放った。

 

「龍園氏の名を騙ってククリさんのポストにプレゼントを投函しておきましょう」

 

「だからそれだと俺からのプレゼントになっちまうだろ!」

 

 かなり現実的な案だと金田は思うのだが、石崎には受け入れられなかったらしい。

 

「俺は……俺は……ただ、幸せな2人を見たいんだ……!」

 

「石崎氏……」

 

 金田はクイッと眼鏡を上げた。今彼の心の中を占めている気持ち……それは、戸惑い。金田には石崎の気持ちがさっぱりわからなかった。

 

「ついでに言うと、他のカップルには別に興味ねえんだよな。龍園さんと俺以外の男子は14日休んでくんねーかな?」

 

「石崎氏……」

 

 それでもこのバカを止めておかないと何かやらかしそうだ、という使命感に駆られた。石崎なら本気で14日に他の男子生徒を排除しようとしかねない。金田も男子生徒である以上、そんなことされても困る。

 

「では、ククリさんにメッセージカードを差し上げるというのはいかがですか? そこに龍園氏への言葉を書いてバレンタインの日に渡してもらうよう頼めばククリさんからのプレゼントということになるでしょうし、他へ贈るチョコレートとは違うという特別感もあるのではないでしょうか」

 

 金田の提案に石崎は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 

「それだ!!!」

 

 メッセージカードを買いに走り去る石崎を金田はホッとしたような、しかし心配そうな顔で見ていた。

 

「果たして大丈夫でしょうか……」

 

 クラスの参謀の冴え渡る頭脳を()ってしても、バカの行動は読めない。

 

 

 

 

 

 §§§

 

 

 

 

 

 2月14日! バレンタイン当日は何だか空気すら甘く感じるような気がするね。

 

 朝練する先輩が出るタイミングと合わせることで2年生の寮へ侵入。ポストに頑張って作ったチョコレートケーキを投函(とうかん)……しようと思ったら南雲会長のとこだけ既に溢れんばかりのチョコが既に入ってて無理だった。林間学校ではすごく性格悪〜い感じではあったけど、彼のモテっぷりは(おとろ)えることを知らないらしい。仕方なく事情を言って管理人さんに預かってもらうと、もう何人も同じようなことを言う生徒がいたらしくややげんなりとした顔になっていた。ごめんなさい管理人さん。まあでもこれで生徒会の先輩たちの分はばっちしっすよ。

 

 まだ朝早いので1年の寮に戻り、ロビーでゆったりしているとやがてチョコレート交換の儀が執り行われる光景があちこちで見られた。中でも一之瀬さんと桔梗ちゃんはかなりの人数に配るつもりらしくチョコの入った大きな紙袋を抱えていた。偉いなあ、私は面倒くさいから友達だけでいいやーってなっちゃったよ。

 

 同じくチョコを大量に抱えていたのが平田君。彼の場合はその全てがもらったもの。こちらもすごいモテっぷり。あまりに多くて一旦部屋に置きに戻っていったくらいだ。たぶん今は彼女なしのフリーだからというのも大きいんだろう。明らかに本命チョコと見られる物が何個もあった。甘酸っぱいですなあ。

 

 他クラスの人に渡す分は朝のうちに終わらせちゃおうと思っていたら、結構ギリギリの時間にカピバラ麻呂はやってきた。一緒にエレベーターから出た平田君はすぐにまた女子たちに囲まれたため、一人トボトボという感じである。

 

「おはよう、麻呂君。いやー、平田君大人気だね」

 

「ああ、おはよう。まさかオレを待っていてくれたのか?」

 

「うーん、まあそうなるかな。何かこう、来るかなー来るかなー、来ないなーってやってたらこんな時間になっちゃった」

 

「それは悪かった」

 

「いえいえ。勝手にしたことだから。それではい、バレンタイン」

 

 並木道には人の姿が全くと言っていいほどなかった。バレンタインだから皆早めに学校に行っているのかな。

 

 早歩きしながら袋と箱とをあげるとカピバラ麻呂は不思議そうな顔になった。

 

「何故2つ?」

 

「箱のほうはキャロルから預かったの」

 

 今のキャロルは山内君に恋する乙女の演技中だからか単にカピバラ麻呂との接触は目立つと思ったのか、一緒に渡しておいてほしいとお願いされたのである。

 

 ちなみに理事長にはあげないの?と聞いたらキョトンとした顔をされた。父にあげるという発想がまずなかったらしい。可哀想な理事長……。真嶋先生とか誕生日が16日だからその先取りってことでバレンタインめっちゃ貰うらしいのに。

 

「ありがとう……あまり詳しくないんだが、こういうのってお返しはどうすればいいんだ?」

 

「キャロルの場合は特別試験頑張ってくれればそれで、みたいなこと言ってたよ。私も別にお返し無しでも大丈夫だけど、そうだなあ。ホワイトデーにはクッキーあたりが無難じゃないかな」

 

 なんか一応ホワイトデーのお返しにはそれぞれ意味があったけど、クッキーは友達とかそんなんだったはず。

 

「なるほど。ついでに聞きたいんだが、女子への誕生日プレゼントでおすすめとかはあるか?」

 

「え、キャロルに誕生日プレゼントあげるの?」

 

「いや、あいつの誕生日はそもそも知らないな。近いのか」

 

「んー、そこそこ。3月12日だもん。ホワイトデーの2日前だね」

 

 特別試験が8日からだから、その真っ最中になるのかな。すぐに終わるといいんだけどなあ。

 

「そうか。だが悪いが別の人物なんだ」

 

「ほほう。まあ何が欲しいかは人によると思うけど。ぬいぐるみとかはどう? お部屋にいくつあっても困らないし、何よりかわいい!」

 

「ぬいぐるみか。ククリも持っていたりするのか?」

 

「ううん。ハンドグリップあるし」

 

「オレの中でその2つが結びつかないんだが……」

 

 ぬいぐるみにはある活用方法が存在するんだ。すなわちストレス発散にサンドバッグ的に殴る、という。

 

「無難なのはお菓子とか文具とかかな。お花とかアクセサリーでもいいとは思うけど。いっそ店員さんに聞くとか、ネットで情報を拾うか。サプライズでなくてもいいなら本人に何が欲しいか聞くのが一番楽とは思うよ」

 

「わかった。参考にさせてもらう」

 

 カピバラ麻呂が誕生日プレゼントを渡すような女子、というと誰なんだろ。桔梗ちゃんは林間学校明けすぐだったし、一之瀬さんは7月だったし……ま、いっか。

 

「そういえば一之瀬さん、今朝も会ったけど元気そうだった。麻呂君のおかげ?」

 

「どちらかといえば生徒会長は一之瀬に務めてほしいと考えてるからな」

 

 ふむ。だから一之瀬さんを退学にはさせたくなかったし、南雲会長の影響下に置くのも嫌だったと。

 

「ひどいなあ麻呂君。私を応援してくれないの?」

 

「坂柳からククリが生徒会に入った理由を聞いたんだ」

 

 そうか……カピバラ麻呂はデスゲームがあまり好きではないのか。めっちゃ適性ありそうなのに。

 

「私が生徒会長になったらあれだよ。全部屋にこたつ配備とかちゃんと画期的な公約を考えてるもん」

 

「コタツ?」

 

「そう、こたつ。こたつと一緒の生活は最高だよ! すごくおすすめ」

 

「使ったことがないからわからないな」

 

「マジか。ぜひともうちの部屋に遊びに来たまえ。そしてこたつの(とりこ)になるといい」

 

 さらに私を生徒会長に推すとなおよし。

 

 私はそれからもこたつの滔々(とうとう)と魅力を語ったけど、カピバラ麻呂にはピンときていないようだった。実際に体験してみないとわからないよなあ。うーむ。

 

 校舎に入ると靴箱のあたりには人だかりができていた。

 

「わー、ロックってモテるんだねえ。いつ見ても何となく不思議な感じがする」

 

「クラスでは全くと言っていいほど相手にされてないんだけどな……」

 

 ロックを取り囲むのは2年生3年生のお姉様方。その勢いは平田君の周りにいた女子よりもすごい。

 

 ロックは前にしてた宣言通り青春を謳歌してるらしい。うーん、まあ確かにロックならホワイトデーは3倍どころじゃなく返ってきそうかも。

 

 しかし袋いっぱいのチョコを持っているロックは間違いなくクラスの男子から睨まれるんだろうなあ。平田君より絶対ヘイトを溜めてるね。主に本人の性格とかのあれで。

 

 教室の前で、それじゃあという感じで私はカピバラ麻呂と別れた。

 

 

 

 

 §

 

 

 

 

「石崎くん。お口に合うかはわかりませんが……」

 

「サンキュ、椎名」

 

 クラスはバレンタインということで皆浮き足立っているが、他クラスと比べて控えめなのは色々な意味で龍園のせいであろう。あまり騒いではいけない雰囲気だというのと、単純にクラス自体の評判も悪く他クラスからチョコを渡しに女子がわんさか来るような人気の生徒もいない。Aクラスなどはたくさんの生徒で溢れていて、イケメン滅べ、とたいていの男子は通る時に呪詛を唱えたものだ。

 

 だが、それよりも石崎にとっては重要な問題があった。ククリが綾小路と仲良く登校して来ているのを見てしまったのである。

 

 石崎は龍園を慕っている。尊敬している。だが綾小路という男のことも認めないわけにはいかなかった。何しろ龍園に喧嘩で、策謀で勝った上に。林間学校では驚くべき事実が判明したのだ。

 

 それは男風呂での勝負。暫定王者の金田を破った須藤、その須藤と引き分けになった葛城。2人を倒すべく石崎はアルベルトをけしかけ、それは叶ったのだが……アルベルトをも降参させる男が登場した。高円寺である。しかしその勝負を見た龍園が言葉巧みに綾小路を引きずり出したことで、彼が高円寺と並ぶ男であることが判明した。「……まるでTレックス同士の対決のようだな……」誰が呟いたかは定かでないが、その場の男子全員の総意であっただろう。これ以降、綾小路は男子生徒からキングとからかい交じりに呼ばれることもあった。それほどまでに1年男子にとってはインパクトが大きい出来事だったのだ。

 

 朝のHRが終わってすぐに石崎は教卓の前、ククリの席へと急いだ。

 

「ん、どうした? バレンタインの催促かい」

 

 担任の坂上にチョコをしっかり渡してから、ククリは石崎のほうを振り返った。

 

「あー、メッセージカードのこと? ありがとうね、ちゃんと書いたよ。まだ渡してはいないけど」

 

「それは早く渡してほしいけど、そこじゃない」

 

 何かな、と首を傾げるククリの耳元で石崎は(ささや)いた。

 

「綾小路にはあんま近づかねーほうがいいって」

 

「そんな危険な人じゃないよ、麻呂君は」

 

 石崎は伝わらないもどかしさに唸った。ククリは危機感や警戒心が欠けているのだ。もっともククリからしてみれば石崎に同じ感想を抱いているが、それはそれこれはこれというものである。

 

「えーっと、まあ石崎君が警戒するのもわかるけどさ。普通に関わってるだけならまあまあいい人だってわかると思うよ。バーティだって麻呂君のこと気に入ってるっぽいし」

 

「アルベルトが!? マジかよ」

 

「君たちわりと一緒にいるくせに全然意思疎通できてないよね……」

 

 ククリからちょっと呆れた感じの視線を向けられる。仕方ないのだ。石崎は英語がよくわからない。日本語も時々間違える。言語の壁がそこには立ちはだかっているのだ。

 

「いっそ麻呂君と友達になってみたら? 意外と仲良くできるかもよ」

 

「……考えとく」

 

 ククリが近づくくらいなら自分が近づいたほうがいいかもしれない。石崎はそう考えた。

 

「いつ誰が敵になって誰が味方になるかなんて蓋を開けてみないとわからないからね。また林間学校のように他クラスと協力し合ったり、クラス内で戦う試験もあるかもだもん」

 

 はいどーぞ、という感じでラッピング袋が渡される。自分が受け取っていいのかと少し悩みながらも、アルベルトと金田にも同じものを渡すということで石崎は大人しく貰うことにした。椎名から貰ったのと合わせて2つ。ゼロ個も覚悟していたので十分な結果だろう。

 

 ちらりと龍園のほうを見ると、いつも通りの様子であった。彼にチョコを渡す猛者(もさ)は椎名くらいだ。クラス全員にあげているのだから龍園もそこに含まれるのは当然なのだろうが、それにしても椎名の行動はやはり読めないと石崎は改めて実感した。

 

「龍園さんとこには行かねえのか?」

 

「あー、そうだね。いつ渡そっかな」

 

 ククリがメッセージカードを取り出す。このシンプルかつ上品なカードは石崎が龍園とククリの好みそうなものをと考え選んだのだが……石崎の目に映ったそれにはどうも違和感があった。

 

「ククリ。ちょっと見せてもらってもいいか?」

 

「ん、読めないだろうけどどうぞ」

 

 渡された紙は真っ白。文字が何一つ書かれていない。まさか自分には見えないだけなのだろうか。石崎は自身の目を疑った。

 

「バカには見えない文字が書いてある、ということなのか……?」

 

「何を『裸の王様』みたいなことを」

 

 やれやれとククリが嘆息する。

 

「バカじゃなくても見えないよ。(あぶ)り出しだからこれ」

 

「いやもっと普通に書いてくれよ」

 

 石崎はたまらずツッコミを入れた。何か深い事情でもあるのか……と考えるも、わからない。ククリも何となく楽しそうだからやっただけなので当然である。

 

「でも普通に書くより手間かかってたいへんだったんだよ」

 

「努力の方向性が斜め上すぎるわ!」

 

 ある意味心がこもっているのかもしれないが、どちらかといえば嫌がらせのような感じがする。頭を抱えた石崎にククリは笑顔で告げた。

 

「大丈夫、不幸の手紙にはしなかったから」

 

「する可能性があったのかよ!」

 

 何日以内に同じ文面で何人かに同様の手紙を送らなければ不幸が訪れることになります、とかいう文面の昔流行った不幸の手紙。何だか懐かしい気持ちになる。小学生男子かよ、と石崎はツッコミをいれた。

 

「実は校舎裏への呼び出しも検討していたんだ……」

 

 それは告白イベントか、とワクワクする石崎だが現実は非情。どちらかというとククリが想定しているのは果たし状であり決闘の類いである。なお取り止めたのは面倒だからであった。

 

「結局どんな内容にしたんだ?」

 

 つい気になって聞いてみた石崎にククリはさらっと答えた。

 

「書くこと思いつかなかったから前読んだ本の感想とか」

 

「そこは思いつくだろ、色々と」

 

 愛の言葉とまではいかずとももっとほんわかとした内容がよかった。それはただのレビューである。

 

「いや毎日のように顔合わせてるんだよ? 話すことないじゃん。石崎君だっていきなり龍園君への言葉書けって言われたら困るでしょ」

 

「まあ確かに……」

 

 石崎が龍園に書くとしたら何を書けばいいか悩む部分はある。しかし、と石崎はふと湧いた疑問を口にした。

 

「でもよ、紙を炙るっつったって火はどうするんだ?」

 

「…………」

 

 寮のキッチンにあるのはIH。ガスコンロと違い火を出すことはできない。ライターやチャッカマンをわざわざ用意しろと言うのだろうか。

 

「……盲点、というやつだね」

 

 ククリはそっと目を伏せた。石崎はやれやれという仕草を見せる。

 

「もっと考えて行動するべきだろ」

 

「石崎君には言われとうない!」

 

 ドラゴンケーキに熱意を傾ける石崎君には……とククリはビシッと石崎を指差してそのままちょんと額を小突いた。お仕置きということらしい。

 

 それからククリは少し考え込むと、パッと目を輝かせた。パチンと軽快に指を鳴らす。

 

「ナイスアイデアが閃いた」

 

 したり顔になるククリ。石崎はその言葉の続きを促した。

 

「放課後、一緒に焼肉屋に行けばいいんだよ」

 

「確かにカードを炙ることはできるだろうが、肉の脂とか飛びそうだなおい」

 

「じゃあ肉焼く前にやってもらおう」

 

「それはそれで変な儀式みたいだな……」

 

 石崎のツッコミを無視してククリは話す。

 

「うんうん、今日はみんなで焼肉屋に行くことにしようか。龍園君にひよりんと澪とバーティと金田君と、石崎君も来る? 明日の仮テスト、大丈夫そうなら……」

「行く、行ける、絶対に行くぜ! 雪が降ろうが隕石が降ろうが!」

 

「え、どした急に」

 

 突然テンションを上げてきた石崎にククリは若干引いた。雨が降ろうが槍が降ろうがでは、と首を傾げる。

 

「ま、いいか。そんじゃ龍園君以外の男子には石崎君が声かけといてほしいな。よろしく」

 

 それだけ言うとククリは席を立った。龍園や椎名たちと話しに行くのだろう。

 

 バレンタインに焼肉屋というのはロマンチックさにやや欠けるものの、2人が仲良く過ごせるのなら場所はどこだって同じ。

 

 喜びを分かち合うべく石崎は金田のもとへとルンルン気分で向かう。

 

 ──あの時。いや、気の所為だな。

 

 ただ。一つだけ、石崎には気にかかることがあった。

 

 ククリに額を小突かれた時。その、ほんの一瞬。まるで龍園や綾小路と対峙した時のような、背筋が寒くなる感覚に襲われた気がしたのだ。

 

 ──俺、疲れてるのかもしれねえな。最近勉強続きだったし。

 

 明日の仮テストのためにも、焼肉を食べたら帰ってさっさと寝よう。石崎はそう決心した。

 

 

 

 

 

 §

 

 

 

 

 櫛田桔梗にとってバレンタインとは単なる好感度上げのイベントだ。義理とはいえ彼女からチョコをもらって喜ばない男子はまずいない。

 

 学年の全ての生徒とまではいかないにしろ、かなりの人数にチョコと笑顔を振りまいた櫛田は疲労感と満足感を感じていた。早めに渡せる人がいれば渡すようにしていたとはいえ当日である今日もかなりの数を配ったのだ。

 

 誰よりも多くの『信頼』を得ること。誰よりも好かれること。そしてみんなの『秘密』を得ること。

 

 それが櫛田の生き方であり、存在意義となっている。しかし。誰に対しても優しく接するというのはよほどのお人好しでもない限りストレスが溜まるものだ。

 

 中学時代の櫛田はブログにストレスを吐き出した。悪口を書き綴った。

 

 クラスメイトにこのブログを偶然見つけられてしまい、全員が敵に回ると。櫛田は自身を守るべく彼らの『真実』を振りかざした。おかげで自分への敵意はなくなったものの、人間関係の内情を暴露されたクラスは崩壊。

 

 そんな過去を隠したい櫛田にとって、同じ中学出身の堀北鈴音という存在は敵以外の何者でもない。色々とあって自身の過去を知っている綾小路清隆も同じ。絶対に退学させなければならない。クラスを裏切ってでも排除しなければならないのだ。

 

「櫛田さん。来てくれたこと、感謝するわ」

 

「ううん、クラスのための話し合いなんて言われちゃったら当然だよ」

 

 それでも堀北の誘いに応じて放課後にケヤキモールのカフェでお茶することにしたのは。まずチョコを無事に配り終えて単純に気分がよかったこと。龍園や南雲から協力を得ることもできず現状手詰まりであること。

 

 そして体育祭やペーパーシャッフルでクラスが敗北したとはいえそれらをきちんと謝罪し、分析した上で次に繋げようとする堀北はクラスのリーダーとして認められる存在になりつつあるのだ。林間学校でも平田がいない分、女子のリーダーをきっちり務め上げていた。そんな彼女と不仲であると噂されるのは避けたいこと。そういった要因が絡み合った故であった。

 

 櫛田とて堀北が本当にクラスを想って行動しているのは分かっている。櫛田自身もAクラスへ上がりたい気持ちは勿論持っている。それでも尚、堀北の退学が優先されるのだ。だから本性を晒すリスクがあっても龍園という悪魔に魂を売った。狼少年が真実を口にしても周囲は信じない。そういう意味で龍園のような存在は好都合だった。

 

「さっそくだけど、坂柳さんが山内くんに近づいている件について────」

 

 本来であれば堀北の話を聞くなんて嫌だし、アドバイスするなんてもっと嫌だ。それでも自分の演じる理想の『櫛田桔梗』のために、櫛田は彼女に対して丁寧に受け答えをしていた。

 

 話をしながらお茶する2人は傍からみれば仲の良い友達だろうか。自分からそう振る舞っているとはいえ、反吐が出そうになる。

 

 櫛田は取り出したクッキーを口に運んだ。バターたっぷりの甘い味が広がる。サクサクとした食感は彼女の不満を少しばかり和らげた。

 

 ケヤキモールであったり、この学校内の飲食店は普通とは少し異なる。利用者が学生ばかりのため簡単に言えばゆるい。騒がしくしようが長時間勉強しようが、飲食物を持ち込むのも自由だ。無論、限度はあるが。

 

 堀北と話しつつもバレンタインということで貰ったお菓子のいくつかを消費していた櫛田は、ある袋を開けて首を傾げた。中身は普通のチョコレートケーキであったが、そこに白紙のカードも入っていたのだ。入れ間違えたか文字を書き忘れたのだろう、と思いトレイにのせる。カフェを出るときについでに捨てていこう。

 

「期末試験にむけての勉強会は────」

 

 にこやかな、天使のような笑みを浮かべながら櫛田は考える。目の前にいるこの女を退学させるにはどうすればいいか。ペーパーシャッフルの際にした賭けの結果によって櫛田は堀北の邪魔ができないが、それは証人である堀北元生徒会長が卒業するまでのこと。それに、堀北の邪魔はできなくとも綾小路の邪魔ならばできる。

 

 自分の化けの皮が剥がれないように気をつけつつ行動しなければならない。林間学校では何もできないどころか、割り込んできて同じグループに入ってきた堀北に監視され続けるという不快な目に遭ったが、次の特別試験では上手く立ち回れるだろうか。

 

 箱から取り出したチョコトリュフを齧る。ふわりとビターな味が口の中いっぱいに広がった。

 

 

 

 

 

 §

 

 

 

 

 カツン、と音が鳴った。

 

「道理でククリさんから焼肉の匂いがするんですね」

 

「そんなに匂うかなあ……?」

 

「かすかに香る程度です」

 

「ならよかった。でもなぜキャロルは不満げ?」

 

「私もメッセージカードをいただきたかったですし、ククリさんとお食事したかったです」

 

「ごめんよ、カードは今回石崎君が2枚しかくれなかったからなあ。また買ってキャロルの誕生日に贈るね。焼肉も、行きたい時に誘ってよ。できればテスト明けに」

 

 ククリが慣れない手付きで駒を動かす。コトンと音が鳴った。

 

「テスト最終日などはいかがでしょうか」

 

「ん、わかった」

 

「ありがとうございます──それでは、チェック」

 

 カツンと音が鳴る。じーっとその駒を見つめたククリはやがてそれがかわせないとわかると、素直に負けを認めた。

 

「“shah-mat(王は死んだ)”、完全に“échec et mat(エシェック エ マット)”だね。参りました。キャロルさんお強い……」

 

「そもそもチェス歴の差がありますから。そうやすやすと勝ちを譲りはしませんよ」

 

「9年くらい前から始めたんだっけ」

 

「ええ、おおよそ」

 

 白い、真っ白い部屋の中で。彼がやっていたから始めたのだ。有栖は父に連れられたあの日のことを思い浮かべた。

 

「そういえば、どうも父の周りがきな臭いようでして」

 

「理事長というと。学校運営に何か支障でも?」

 

「いいえ。父個人の問題のようです。色々と不利なものが出てきたのだとか。何者かが父を引きずり下ろすために画策しているのかもしれません」

 

「たしかキャロルのおじいちゃんもこの学校の理事長だったんだよね?」

 

「はい」

 

「なのにキャロルのお父さんが狙われてるのか……」

 

 不思議そうにするククリに対し、有栖は大方の事情を察している。綾小路の父が、息子を退学させて連れ戻すために動いているのだろうと。しかしそこまで話す気はなかった。

 

「どこにでも龍園くんのように好戦的な方はいるものですよ」

 

「そ、そうっすね」

 

 キャロルも同じくらい好戦的では?という一言をククリは呑み込んだ。世の中、言わなくていいこともある。

 

「父が停職でもすれば、生徒会に話が伝わると思います。わかり次第教えていただけませんか」

 

「了解。でも今そんなヤバい立場にいるの、理事長」

 

「相手が一枚上手だったということかと。ですがたとえ停職になったとしてもいずれ復職することでしょう。父はそんな汚いことに手を染める人間ではありませんから」

 

「おお。なるほどこれが親子の絆……!」

 

 ククリの家族事情を知っている有栖はそっと微笑んだ。

 

「ふふ、父のことは勿論信じていますが……私はククリさんのことも信じていますよ」

 

「それは嬉しいな」

 

 にこやかなククリの表情は、しかしどこか空虚なもののように感じられた。

 

 有栖はククリを『天才』だと考えているが、ククリは有栖をどう思っているか────

 

「いずれ、ククリさんにも私のことを信じていただけるようになってほしいです」

 

「じゃあその時を楽しみにしているよ」

 

 コトコトとククリが駒を元の配置に戻す。有栖はキングの駒を取った。

 

「綾小路くんと龍園くんがキング。一之瀬さんがクイーンといったところでしょうか」

 

「もう一つのクイーンは?」

 

「堀北さんがなれるかどうか、ですかね」

 

「んー、じゃあキャロルは?」

 

 カツン。音が鳴る。

 

「もちろんプレイヤーです」

 

 薄く、薄く。有栖は笑みを形作った。

 

 

 

 

 

 

(南雲会長は言いました、「流行のバーチャルオンラインゲームによる特別試験とか面白そうだろ」的なことを)

 

 

「ってなわけで、みんなでバーチャル体験しよう!」

 

「どういうわけよ」

 

 とある休日。いつも通りと言うべきか、ククリが騒ぎ始めた。

 

 その手には小さなヘルメットのようなものがある。4つ、だから4人集めたのだろうとはすぐに察しがついた。

 

「ま、別にゲームをやるくらい構わないけど。何でこのメンバー?」

 

 ククリと伊吹、椎名に龍園。男1、女3の見事なハーレム状態である。

 

「特に……意味は、ない!」

 

 どうやらただの思いつきらしい。これもまあ、いつも通りだ。

 

「あ、でも4人なのはちゃんと意味があってね。これ、4人パーティ推奨らしいの」

 

 機械を装着してプレイすれば仮想空間にいるような感覚を楽しめるそうだ。別にかぶってもデスゲームが始まったりはしないから安心してね、と喋るククリに伊吹は苦笑した。そんな心配はしていない。

 

 椎名も龍園も考え込んではいたものの、最新技術に興味があるのか参加を決めたようだ。「痛みも表現されてるのか?」という龍園の謎の質問に「うん、取説読んだけどあるっぽい」とククリが返していたが、たぶんこれは関係ないだろう。

 

 機械をつけてみるとまず表示されたのは職業選択の画面。初期は12個しか選択肢がないらしい。1番目にある剣士にしようとした伊吹だったが、下にある『格闘家』の文字に()かれそちらに変更。ククリは巫女、椎名は魔法使い、龍園は盗賊を選んでいた。どうやら前衛は伊吹が頑張ることになりそうだ。

 

「わぁ、すごーい!!」

 

 ゲームが始まった瞬間、彼らの視界を埋め尽くしたのは青と緑。広々とした空と、ワイルドな草原はどこまでもリアルで、しかも匂いまでちゃんとある。

 

 お互いの姿を見れば、外見は変わっていないものの服装はその職業に相応しいものになっていた。

 

「私が和装、ひよりんが洋装、澪はチャイナっぽい衣装といい感じにバラけてるね。たっつーは……うん、不審者ルック!」

 

 コスプレみたいで気恥ずかしく思った伊吹であったが、この面子ならいいかと切り替える。普段ならからかってきそうな龍園も特に何も言わなかったのは、ゲームに熱中しているからなのだろうか。

 

「何も起きませんね……」

 

 とりあえず近くの街にでも行くべきなのか、と一同が考えた瞬間。オオカミのようなモンスターが2体襲いかかってきた。応戦した伊吹の腕には痛みの代わりなのか、痺れるような感覚が走る。

 

 おそらくこれが戦闘チュートリアル、ということなのだろう。

 

 伊吹と龍園が前に出て戦い、椎名とククリが後方から援護する。そこまで高い難易度が設定されていたわけでもないらしく、やがてモンスターは倒れ煙のように消えた。

 

 そして。草原エリアを抜けて街に入った一行はNPCに出会う。

 

「おお、あなた方はまさしく伝説の勇者様たち! お願いです、どうか、どうか、魔王を滅ぼしこの世界を救ってください!!」

 

 ゲーム内で4人は伝説の勇者パーティーという設定だったようだ。魔王にたどり着くまで結構時間がかかりそうだな、と思っていた伊吹に対し他3人は────

 

「賭場へ案内しろ」

 

「図書館の本が読みたいです」

 

「VRの中でお昼寝できるか、興味あるなあ」

 

 職業が遊び人になったのかと錯覚するような発言だった。剣と魔法のファンタジー世界はどこへ行ったのだろうか。

 

「そういうサブクエみたいなのはストーリーを進めてからやれ!」

 

 伊吹のツッコミが炸裂した。

 

 

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