ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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われわれのすべての災禍は、我々がひとりきりではいられないことに由来する。

 3月に入ると、毎度の如く担任の坂上よりBクラスに対してクラスポイントの告知がされた。

 

 

【第一学年クラスポイント一覧

 

  Aクラス  1190

  Bクラス  919

  Cクラス  597

  Dクラス  310】

 

  

 続いて学年末試験の結果も発表される。筆記試験での赤点はおらず、退学者はゼロ。このクラスだけでなく学年全体でもそうらしい。

 

 クラスポイントも十分にあり、それだけならば喜ばしいのだが、Bクラス39名の所持ポイントは1月から増えていない。それはシンプルな理由から。クラスの王、龍園翔が徴収したためだ。

 

 特別試験に使うための徴収であり、使わなかった場合には還元も考えていると予告している。しかし実際3月8日に行われる試験はどんなものになるのか。それを知る前に意外な知らせが入ったのは翌日、3月2日の朝のHRでのことだった。

 

「皆さんにお伝えしなければならないことがあります。結論から申し上げましょう。本日より、追加の特別試験を急遽行うことになりました。この試験をクリアすることのできた者のみが、次の3月8日の試験へと進むことができることとなります」

 

 坂上の口ぶりは、重く。不穏な空気が漂っていた。今までとは明らかに違う態度。

 

 テキパキと黒板に書かれたそのルールも、これまでとは異なり……必ず誰かが犠牲になる。そんな残酷なシステムになっていた。

 

 

【3月2日 追加特別試験・クラス内投票

 

 試験内容

 賞賛票、批判票が各自に3票ずつ与えられ、クラス内で投票し結果を求める試験。投票日は3月6日。今回の課題は『 首位を1名選出すること、そして最下位を1名決めること』

 

 ルール1

 他クラスの生徒に投じるため専用の賞賛票も各自1票持っている

 

 ルール2

 賞賛票と批判票は互いに干渉しあう。賞賛票から批判票を引いたものが結果となる。

 

 ルール3

 賞賛、批判問わず自分自身への投票は禁止

 

 ルール4

 同一人物を複数回記入すること、無記入・棄権などの行為も一切不可

 

 ルール5

 首位と最下位が決まるまで試験は繰り返し行われ、最下位は退学処分。首位には1プロテクトポイントが与えられる】

 

 

 なぜこんな試験となったのか。龍園には一つ心当たりがあった。それは理事長である坂柳の父に不正疑惑が浮上し謹慎処分が下され、理事長代理が来たということ。ククリが言うには名前はたしか月城(つきしろ)であったはずだ。

 

「どうして例年と異なるのか。みなさん疑問に感じていると思います」

 

 坂上はぐるりと教室を見渡した。

 

「学年末試験を終えても退学者が出ていない。これは本校で今までになかった事態です。そのことを考慮し、『特別措置』としてこの追加特別試験であるクラス内投票が行われることとなりました」

 

 ざわめく教室。当然だろう。謎の理屈で、変な負担を押し付けられている。そうとしか思えない説明だ。

 

「坂上、つまりこれは学校側が俺たちに退学を強いる試験。そういうことだよなぁ?」

 

「はい。私としても心苦しいですが、決定した以上は従っていただかなければなりません」

 

 それはマニュアル通りの言葉でなく、坂上の本心のように思えた。好き好んで教え子を奈落へと突き落とす教師はいない、ということなのだろう。

 

 となると、やはりこの学年の教師どもではなくもっと上。今までとは異なるやり方から見ても、新しく来た理事長代行が絡んでいると考えるのが妥当だ。この理事長代行は南雲あたりと相性が良さそうだと龍園は思った。どちらも退学を狙うやり方をしてくる。

 

「口頭で説明を加えていきましょう。板書を見ながら聞いてください」

 

 龍園はルーズリーフを出しペンを握った。この学校の生徒である以上、どんなにふざけた試験でもその全容を把握し挑まなければいけない。

 

「今日からの4日間で、皆さんにはお互いに対して評価をつけていただきます。そして3月6日、賞賛に値すると思ったクラスメイト3名と自分の所属するクラス以外の生徒1名、批判に値すると思ったクラスメイト3名を選択し投票します」

 

 自クラスの賞賛票120票、批判票120票。他クラス用の賞賛票40票を操作する。なるほど、一見簡単そうな試験だ。龍園は薄く笑う。

 

「投票の結果集まった賞賛票と批判票は互いに干渉しあいます。例えば10人から批判票を集め30人から賞賛票を得た場合は差し引き20票のプラスということです。賞賛批判の票に関係なく、自分自身を投票対象とすることはできません。同一人物を複数回記入することや無記入も禁止です。さらに体調不良等で試験当日に学校を欠席したとしても投票は行っていただきます」

 

 投票からは逃げられない。抜け道は潰されているということだろう。流石の龍園もここまで言われるときっちり投票する他ない。

 

「票を獲得した生徒の得票数は試験終了とともに全て公開されます。ただし、誰が誰に投票したか、という点は匿名方式になっているため永久に公開されることはありません」

 

 試験結果の公表によって生徒に不利益がないようにということだろう。自分に批判票を投じたのは誰か、ということがわかれば人間関係が崩壊しかねない。

 

「賞賛と批判の票を計算し最も票が多かった生徒1名には特別報酬である『プロテクトポイント』が与えられます。これは今回から新しく導入された制度ですね。万が一退学措置を受けたとしても無効にする権利であり、例えば試験で赤点を取った場合でもこのプロテクトポイントを持っていればポイントの分のだけ無効とすることが出来ます。ただし、このポイントは他者への譲渡が不可能です」

 

 前の林間学校では退学を防ぐために2000万プライベートポイントと400クラスポイントが必要だった。それを考えるとこのプロテクトポイントはかなり貴重なものだ。捨て身の作戦を決行することが可能になるというのは大きい。リスクの高い手段を好む龍園にとっては尚更だ。

 

「そして──────クラスの中で最も票が少ない、つまり票のマイナスが大きい生徒1名には。この学校を、退学していただくことになります。この退学にクラスそのものへのペナルティはありません」

 

 苦々しい表情で話す坂上に、クラスから文句の声は上がらなかった。ペナルティがないということは今回の特別試験ではクラスポイントの増減がないのだろう。純粋に退学者を決め、プロテクトポイントを与えるだけの試験ということだ。

 

「学校のルールに抗うことの出来る唯一の防衛方法、退学を取り消す手段として2000万プライベートポイントの支払いがあります。これ以外、学校側のルールの穴を突くような真似は不可能だと断言しておきましょう」

 

 この学校の教師が試験のルールについて断言することは珍しい。学校側の本気度が垣間見える。つまりこれは小細工なく『不要な生徒を切り捨てるだけ』の試験。2000万ポイントを使っての救済を考えるのはお人好しの一之瀬くらいに違いない。Aクラスも額を用意はできるだろうが、クラスメイトを駒としか見ていない坂柳が使ってやるはずもないだろう。

 

 勿論、龍園もわざわざプライベートポイントを浪費する気はない。もっと有意義な使い方がいくらでもある。捨てるのがクラスポイントであるならまだ考えたかもしれないが。

 

 2000万プライベートポイントをクラスポイントに換算すると20万クラスポイント、これを2年間で40人でと考えるとおよそ200。やはり払うには重い。

 

「首位と最下位が決定するまで試験は繰り返し行われます。もし首位、最下位が同じ投票数で並んだ場合は決選投票を行い、それでも尚、再度票数が分かれれば学校が用意する特殊な方法で優劣を決めていただきます。しかしその方法を現段階で説明することはできません」

 

 下手にここで話せば公平性が失われるとの判断からだろうか。同数の場合は追加で試験が行われるというような説明にどこかで聞いたような話だ、と龍園は誰だったかが先輩から聞いたというクラスポイントの話を思い出した。3年最後の試験で同率になった場合は順位を決める特別試験が追加で行われる、という噂。過去にクラスポイントが同率になったことはないらしいが、学校側はお手々繋いで仲良くみんなAクラス、という道を潰していることは確かなのだろう。

 

 ともかくこの試験において同票とするのは他クラスの賞賛票をも掌握しない限り難しい。やる意味もない以上、考えなくていい話だ。少なくとも龍園はそう判断した。

 

「クラス内投票の説明はこれで終わりですが、何か質問はありますか?」

 

 決まり文句のような言葉も、やはりいつもより弱々しく聞こえる。坂上も納得していないのだろうが、だからといって反旗を翻すこともできない。一教師が何をしたところで処分が下され別の人物を寄越されるのがオチだ。結局試験は続行されるのだから、従うほうが利口。そもそも自分の生徒の退学を受け止められないようではこの学校の教師などやってられないだろう。

 

「それでは、試験まで短い期間ですがよくよく話し合ってください。以上でHRを終了します」

 

 まだHRの時間は残っているものの気を利かせたらしい坂上は教室から去った。途端、生徒たちが騒ぎ始める。

 

 誰がプロテクトポイントを得るのか。誰が退学となるのか、あるいは救済するのか。他クラスへの賞賛票はどうするか。そのあたりを話し合っているようだ。

 

 皆落ち着かない様子なのは安全圏といえる人間がいないからだろう。龍園が一言誰かの名を告げればその人物が退学となってしまうのは目に見えている。

 

 落ち着いているのは金田とひより、アルベルト、それに伊吹とククリくらいなものだ。どうしますかと視線で問うてくる金田に龍園は待てと指示した。まだ彼自身、考えがまとまっていない。

 

 ふと前を向くと、一瞬。ククリが口元だけを歪めていた。何をやる気かと龍園が沈思していると、彼女は憂いを帯びた顔を作り立ち上がる。

 

「少しいいかな」

 

 龍園ほどではないにしろ、クラスでのククリの発言力は大きい。騒がしかった教室が静寂に包まれる。全員が前方のククリへと目を向けた。

 

「ありがとう。ええとね、私が話したいことは一つ。……みんな、批判票を私に入れてほしいんだ」

 

 それはつまり、退学者として名乗りを上げるということ。教室の空気は驚愕と安堵とが入り混じったものになった。

 

「この試験は、誰かが退学しなきゃいけない。でもクラスの中でそれを押し付け合うのは駄目だと思うの。だとしたら、誰か一人に白羽の矢を立てるしかない」

 

 みな彼女の話に聞き入っている。自分が退学にならないというのは何よりも大切なことであり、歓迎すべきことだ。こんな殊勝なことを言い出す者がいればそこに便乗するのが賢いやり方。クラスのほとんどがそう思っているに違いない。

 

 しかし。龍園は知っている。ククリがクラスを想って大人しく退学するようなヤツじゃないことを。それに彼女は龍園と約束した。3学期の間は石崎たちを守る、と。反故にするというのも考えづらい。何かしらの思惑があるのだろう。

 

「だから、お願いします。批判票を私に集めてください」

 

 ゆっくりと頭を下げるククリ。そんな彼女に対し声を荒げる者がいた。

 

「待って。何でククリが犠牲になる必要があるの? もっと退場すべき人は他にいると思うけど」

 

「そ、そうだ。何もククリが退学しなくたって……!」

 

 伊吹と石崎はすっかり彼女の演技に騙されているらしい。まあ2人のこういう単純バカなところは龍園も嫌いじゃない。

 

 金田とひよりは龍園と同じくククリの真意を考えているようだった。特にひよりはいつもとは違いかなり真剣な様子である。こちらがどう動くかも興味深いが、先に龍園はこの場を片付けておくことにした。

 

 ドン、と乱暴に机を叩く。

 

「黙れ」

 

 一気に視線が龍園へと集中した。彼が何を言うのか、それでクラスの方針が決まる。

 

「わざわざ立候補してくれたんだ。ククリに批判票を投じる、それでいいだろ」

 

「龍園っ」

「龍園さん……!」

 

 伊吹と石崎以外は何も言わない。ここで口を挟めば「ならおまえが退学するか?」と聞かれることはわかりきっているからだ。暴君は簡単に人を切り捨てる。それを見せつけられた気分に違いない。

 

 他クラスからの賞賛票のことを考慮している可能性もある。生徒会役員であり他クラスの生徒とも仲良くするククリは何票かの賞賛票は得られるはず、そう考えるクラスメイトがいてもおかしくはない。龍園としては奇妙に感じるが、何事もなく投票日を迎えれば確かにそうなったことであろう。

 

 しかし、彼女が退学者として名乗りを上げている以上は話が別だ。クラスから「使える」生徒を切り捨てようとしてくれているのだから、それを止める理由がない。他クラスは賞賛票をククリに入れないように調整するはずだ。

 

(いや、違えな)

 

 そこまで考えたところで龍園は気づいた。理屈など関係なくククリの退学を阻止しようとする人物の存在に。

 

 坂柳有栖。彼女ならば自分が持っている全票をククリに投じるくらいやってのけるに違いない。その数およそ40票。葛城や戸塚などが従わずに数票程度が漏れるにしても、最下位回避には十分な票数だ。

 

 つまりククリは勝算があるからこんなことをしている。どうせまた楽しいからとかそんな理由でやったのだろう。少し苛つく龍園であったが、だからといって止める理由もない。ククリが退学者だとみな考えている裏で適当に工作して排除する生徒を決めればいい。それに他クラスの賞賛票の行方がわかるのは大きなメリットだ。

 

 ククリの思惑に乗るのは癪なものの、それ以外に目立った不利益はない。

 

「批判票は決まりだな。残りのことは追って指示を出す」

 

 伊吹と石崎を説得するべくククリが話しかけているのを尻目に、龍園は教室を後にした。教師である坂上に聞きたいことができたのだ。

 

 

 

 

「救済は、無理なのか?」

 

 龍園が去ってから。石崎はポツリと呟いた。

 

 龍園はクラスからポイントを徴収している。その所持ポイント数は定かでないが、かなりの額になることは確かだ。それ故に今回の試験で龍園を退学にさせよう、いや退学にできると考える者は一人もいなかった。龍園に不満を持つ者も現在の快進撃が彼の力によるところが大きいことを重々承知している。だが龍園は秘密主義なきらいがあり、何をするのかよくわからないのもまた事実だった。

 

「……2000万ポイント貯まってるのか、ないのか。どちらにせよ使うかを判断するのは龍園君だよ。そして私はそれに関係なく、クラスで争い合うくらいなら批判票を私一人に集めることで一致してほしいと思う」

 

「先のことを見据えて、ということですか」

 

 金田の言葉にククリが頷く。石崎も、いやクラス全体がこの2人の会話に耳を傾けていた。

 

「蹴落とし合いになると禍根が残るからね。スパッと決めたほうがいいよ、こういうのは」

 

 クラス内で評価し退学者を出す試験であるのに、投票までの期間は短く話し合いの場も設けられていない。グループを作って票のコントロールをしたもん勝ちになる。もちろん龍園であったりクラスの支配者による指名がなければの話だが。

 

「ククリさんが手を挙げずとも龍園氏が誰かを指名した可能性はあったかと」

 

「それでも、『はい退学』って言われて受け入れられる人なんていないと思うな」

 

 よほどの精神力を持った人物でない限りは回避しようともがくだろう。多かれ少なかれクラスに不和を招くのは確実と言える。

 

「……クラス外の賞賛票については、どのようにお考えですか」

 

「純粋に賞賛に値すると思った生徒を投票するよりかは、他クラスの退学者やプロテクトポイント所持者を意識しての投票になるでしょうね」

 

「でしたら。あなたのような優秀な生徒を退学させることは他クラスにとって好都合であり、賞賛票は入らずに……そうですね。プロテクトポイントを確実に獲得するであろう一之瀬氏あたりに流れてしまうこともおわかりだと思うのですが」

 

「うん。それでいいんじゃないかな」

 

 あくまでも自身へ批判票を集中させる腹積もりらしい。その固い決意を見たクラスメイト、特に成績が悪かったりして退学候補になりそうだった人々は胸を撫で下ろした。ククリに本人以外、39票もの批判票が入れば自分たちに退学の危機は訪れないだろうと。

 

「私が願うのは、みんなが投票日までいつもと変わらず過ごしてくれることだよ」

 

 それだけ告げると、ククリもまた席を立ち廊下へと出て行った。

 

 退学者さえ決まれば、プロテクトポイントのほうはどうせ龍園が獲得することは目に見えているし、異論もない。批判票にククリの名前を、賞賛票に龍園の名前を書き残った2票は散らす。それだけで試験は終わる。

 

 クラスメイトはククリに対して多かれ少なかれ罪悪感を抱いていたが、だからといって代わりに自分が、あるいは誰かをと声を上げるのはとてもできなかった。龍園の、独裁者の指示に従えばいいと思考を委ねる。今までの特別試験もそれで乗り切ってきたのだから同じことを繰り返すだけだ。

 

 徐々にクラスが落ち着きを取り戻す中、そうでない生徒も勿論いた。

 

「可哀想ね、伊吹さん。唯一といってもいいお友達が消えちゃうなんて」

 

「何の用、真鍋」

 

「心配して話しかけてあげてるだけじゃない。ククリさんがいなくなればあんたの立場だってどうなるかわかんないもの。龍園くんから捨てられちゃうなんてこともあるかもだし?」

 

 伊吹と真鍋は犬猿の仲である。あの干支試験において一緒だった時はもしククリや軽井沢の存在がなければずっと喧嘩していてもおかしくなかった程度にはいがみ合っている。

 

 真鍋は女子の中心的人物であるにも関わらず、この龍園を頂点としたクラスでは嫌われ者の伊吹より立場が低い。それが彼女にとってはひどく不愉快だった。

 

「伊吹さんは、やっぱり私に批判票入れる?」

 

「さあ」

 

「入れなさいよ。私は入れるんだし、お互い様ってことでさ」

 

「…………あ、そ」

 

 相手にしない、と態度で表明している伊吹に苛ついた真鍋は、挑発を重ねることにした。

 

「でもククリさんも馬鹿よね。何もしなければ退学どころかプロテクトポイントを得た可能性すらあるのに。クラスのためとか言ってるけど本当のところはどうなんだか」

 

「何が言いたいわけ」

 

「あれー、友達なのに知らないの? あのね、ククリさんは一度クラスを裏切ってるの」

 

「は? あんた、私に文句つけるために他まで巻き込むのやめてくれない?」

 

「えー、だって本当のことだし」

 

 真鍋はニヤニヤと笑う。やはり伊吹本人よりもククリのことを攻撃したほうが反応がいい。

 

「体育祭で龍園くんの作戦が失敗したの、覚えてるよね」

 

「どの口が言うんだか。あんたたちがXのスパイなんてやってたからでしょ」

 

「だって仕方なかったんだもん。ククリさんに脅されてたんだから」

 

「は?」

 

 伊吹は簡単に事情を知っているが、たしか干支試験の際に軽井沢へ真鍋が暴行を加え、それをネタにXから脅されたとかいう話だったはずだ。ククリが介入する余地はない。

 

「夏休みに私たち、ククリさんに相談してたの。そしたら龍園くんには何も言わないで黙ってXに従えって命令されて。体育祭の時も、スパイ行為に葛藤する私たちをよそにXと連絡を取り合ったりしてたわよ」

 

 真鍋の話は嘘半分真実半分くらいだったのだが、伊吹には納得のいく部分もあった。なぜククリがXの正体を綾小路と理解していたのか。それは実際にXと連絡を取ったことがあったからなのだろう。

 

「だからってククリのせいじゃないでしょ。元はといえばあんたの行動が悪いんだし」

 

「でも、彼女がクラスに負い目があるのは事実。その贖罪(しょくざい)で今回退学を言い出したんなら、ご立派なことねー」

 

 ケタケタと笑う真鍋に伊吹は心底ムカついた。ついでに隠し事の多いククリにもちょっとムッとした。何の相談もなしに退学者として立候補したことといい、自由すぎる。

 

「贖罪って言うならあんたが退学すればいいだろ。鬱陶(うっとう)しい」

 

「そんな、ククリさんの覚悟を無駄にすることできないわよ。せいぜいあんたを嫌う仲間を集めて批判票を入れてあげるくらい」

 

 投票は匿名ではあるものの誰に何票入ったかは公表される。問題となるのは首位と最下位のみだが、批判票が多くて喜ぶ人間はいないだろう。伊吹とて無論気分はよくない。

 

「わりと票が集まるんじゃない? 伊吹さんをかばってくれるような人はいなくなるんだし。次にこういう試験があれば退学になってもおかしくないわよね。来年度の体育祭までここにいれるかも怪しそう」

 

「余計なお世話。無駄口叩くだけならさっさと席に戻れば?」

 

「うわー、伊吹さんこっわーい」

 

 わざとらしく怖がる仕草を見せた後、真鍋は立ち去った。疲れた、と伊吹はため息を吐く。

 

 本来ならあんな奴の相手をしている場合じゃない。ククリの退学を止めるべきなのだ。伊吹にはわかっている。自分が退学すると言えば、みなククリでなく伊吹に批判票を投じるだろう。それでククリは助かる。でもその勇気が出せなかったし、今もどうすればいいかわからずにいる。

 

 体育祭、体育祭と伊吹は昔の出来事を思い出す。ククリはケロッとした顔であの時Xと通じていたのだ。本っ当に自由すぎる奴、と何だか笑いが込み上げてくる。ククリの家族関係について初めて聞いたのも体育祭でのことだった。

 

 ──そういえば。

 

『私たちがAクラスになって卒業して、学校の外へ出たら。ぜひ、私の家に遊びに来てください』

『それいい。うちにも来なよ、ククリ』

『わーい、ありがとう2人とも。いいね、パジャマパーティーとかしたい! よーし、今後の楽しみがまた一つ増えたなあ』

 

 観戦中。ククリは伊吹とひよりと約束した。ともにAクラスで卒業して互いの家で遊ぼうと。そうだ、約束したのだ。

 

 あの時のククリの喜びようを伊吹は嘘とは思いたくない。それに彼女は簡単に約束を破るような人間ではないだろう。

 

 だとすれば。たぶん、今回退学者として名乗りを上げたのも理由があるに違いない。

 

 伊吹は隣をじっと見つめた。授業開始の時刻が近づき、教室に帰ってきたククリも席につく。

 

「あんたを信じて、いい?」

 

 そっと尋ねた伊吹に、ククリはにっこりと微笑んだ。

 

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