ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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名誉は、外に現れた良心であり、良心は、内に潜む名誉である。

 午後11時、ちょうど。ある部屋の扉の前に偉丈夫が立っていた。Aクラス所属のスキンヘッドの男子生徒、葛城康平だ。

 

 いつもの葛城であれば約束の時間より早くに着くようにしているが、夜にしかも他者の部屋である以上、約束通りの時刻に着くほうがいいと判断していた。

 

 カラオケルームなどの施設に学生が立ち入れるのは午後9時までになっている。故に夜中に室内で内密の話をしたければこうして個人の部屋に行くしかないことはわかってはいるのだが、この男の部屋に入るというのはどうにも抵抗があった。

 

 部屋のチャイムを鳴らす。反応がないので扉に手をかけると、鍵がかかっていないことに気づいた。

 

 入れ、という意図とみなし静かに扉を開ける。鍵は開けたままにしておくことにした。退路は確保しておいたほうがいい。

 

 玄関には女性ものの靴がある。葛城は軽く顔をしかめるも、何も言わなかった。

 

 午後8時以降、女子生徒の部屋がある上層階への男子の立ち入りは原則として禁止。この規則を破ってもそう深刻なことにはならず、一度や二度見つかったところで厳罰とはならないそうだが……ともあれ、女子が下層階に来ようと規則としては問題ない。

 

 靴を脱ぎ、きちんと整えてから進む。中にいる人物は2人。この部屋の主である龍園。そして────

 

「京楽か」

 

「こんばんは、葛城君」

 

 彼女はベッドに腰掛けたままペコリと頭を下げた。手には缶スープ。自動販売機で買ったのだろうか。まだ飲みきっていないところからすると、彼女もこの部屋を訪れたばかりに見える。

 

 それでも何故女子を夜中に部屋に、と非難めいた眼差しを送る葛城を龍園は鼻で笑った。

 

「不純異性交遊は校則で禁止されているだのつまんねえことでも言うつもりか? コンビニでゴムを買おうが店員は見て見ぬ振り。ただのお飾りのルールだろうよ」

 

「……言葉が過ぎるぞ龍園」

 

 たしなめるも龍園は不敵に笑うのみ。他者の忠告を聞き入れるような男ではない以上、葛城はため息を吐くことしかできなかった。

 

「ま、そんなことはどうでもいい。ひとまず座れよ」

 

 坂柳という第三者を通じての呼び出しであるため、龍園が何か暴力行為を仕掛けてくることはない、そのはずだ。わざわざ他クラスに弱みを握られるような真似はしないだろう。それでも葛城は警戒を解かずにゆっくりと床へ腰を下ろした。

 

 龍園と葛城が独特の空気感を漂わせている中で京楽はちびちびと缶を傾けているだけだ。そんなマイペースな彼女が同席している意味というものも葛城には分からなかった。

 

「一体、どういう料簡(りょうけん)で俺を呼び出した」

 

「そう焦るな。御復習(おさら)いから行こうぜ」

 

 ふざけた物言いに、葛城は眉をひそめた。

 

「夏休み、無人島試験。何故あの結果になったかおまえは理解しているか?」

 

「堀北のリタイアによるリーダー入れ替え。そしてAクラスは他2クラスからリーダーを当てられた。坂柳による妨害、それに堀北とおまえが加担したといったところか。それだけの話だ。今更蒸し返すまでもない」

 

 おそらく橋本あたりがリーダー情報を売ったと葛城は睨んでいる。

 

 思えばあの時が葛城の失敗の始まりであり、堀北の台頭の始まりでもあった。

 

「だからテメエはその程度止まりなんだよ葛城。目に見えるものだけを追いかけて満足してやがる」

 

「何が言いたい」

 

「ハッ。坂柳がこいつに接近している理由なんておまえには分からねえだろ。こいつらの関係が気になったことはないか?」

 

 京楽と坂柳の関係。あの坂柳に真っ当な友人という存在が出来ることはまずないと葛城は考えている。

 

 冬休みに坂柳が不自然に一之瀬と親しくする姿が見られ、林間学校では一之瀬の悪評が流れた。その林間学校以降、Dクラスの山内との接触があり。そして山内はクラス内投票で退学となった。これらは坂柳が原因とみて間違いないだろう。

 

 相手の懐に潜り込んで、破滅させる。京楽に対しても同様のことをしようとしているのだとすれば。

 

「おい、寄越せ」

 

 思案する葛城をよそに龍園は京楽に声をかけていた。彼女はその言葉の意味に少し悩んでからポンと端末を投げる。ポップなリンゴの柄のケース。龍園のものなどではなく、彼女自身の端末に違いない。

 

「投げるのは危険だと思うのだが……」

 

「大丈夫。このケース、戦車が踏んでも壊れないって謳い文句のやつだから」

 

 つい口を挟んでしまった葛城に京楽は笑顔で告げた。龍園の浮かべるそれとは異なり邪気のない表情だ。

 

 ケースが無事だろうと落とせば中身が大破するのでは? 疑問はあったものの葛城は自重した。

 

 無駄にいい反射神経でキャッチした龍園が迷いない手付きで端末を操作していく。

 

「え、何でロック解除できるの」

 

「パスワード入力する時は周りに気をつけとけ」

 

「みゃっ!? こ、怖いんだけど普通に……」

 

 前も似たようなことあったなそういえば、と呟きつつも京楽は驚きこそすれ特に焦る様子はなかった。端末の内容を見られようと構わないらしい。

 

 やがて龍園は通話履歴を表示して葛城のほうに差し出してきた。交友関係が広い京楽らしくズラリと様々な名前が並ぶ中、一番登場頻度の多い名前はよく見覚えのあるもの。

 

 坂柳有栖と京楽菊理は4月から毎日のように電話しているようだった。長期間親密に連絡を取り合う間柄、となると。

 

「スパイということなのか」

 

 葛城の頭に坂柳の側近である橋本の姿が浮かぶ。彼は入学当初から坂柳につくか、葛城につくかで値踏みしていた。今は坂柳の下にいるものの彼女が失脚すればあっさりと別の人物に乗り換えるだろう。

 

 京楽も坂柳と龍園のどちらかに、あるいは両方に従っているのか。真剣に考える葛城を見て龍園は心底おかしそうに笑っていた。

 

「ただのお友達だとよ。それで次だな」

 

 龍園が端末を投げ返す。綺麗な軌道を描いた端末はぽふりとベッドの上に着地した。

 

「Aクラスはクラス内投票で綾小路に賞賛票を投じた。プロテクトポイントを得た綾小路はめでたく坂柳と司令塔として対決することになった。おかしいとは思わねぇか?」

 

「あまり目立たない人物にプロテクトポイントを与える。それは立派な戦略と言えるだろう。おまえのような退学を恐れぬ者でもない限り、司令塔にプロテクトポイント保持者以外が就くことはないのだからな」

 

「何も知らない以上無理もない話だが、逆なんだよ逆。発想を逆転させろ」

 

「坂柳が別の意図を(もっ)て綾小路を選んだ、と? 馬鹿馬鹿しい。なんの根拠もない」

 

「無人島で鈴音の代わりにリーダーになった人物。俺を倒して黙らせた人物。少しくらい違和感を持ったことはあるだろ」

 

 無人島試験での堀北の活躍と、干支試験で同じグループとなった彼女の姿。確かに警戒したほどの人物ではなかったという思いはあった。

 

 龍園は噂が立つほどDクラスへしつこく絡んでいたのにぴったり止んだのも不自然と言えばそうだ。この男の考えはいつも不可解な以上、気にすることがなかっただけ。だが。

 

「やはり信じられんな。与太話はいい、さっさと本題に入れ」

 

 まさかこんな話を披露するためだけに自分を呼んだわけではあるまい。

 

「クク、坂柳の命令でノコノコ出向いてきたくせによく言うぜ。派閥争いに敗れるとそうなっちまうのか、葛城。つい半年前まで俺の遊び相手もまだつとまってたとは思えない姿だな。そこらのカスと同等だ」

 

 葛城は反論する(すべ)もなければ反論する気も無かった。全て事実だ。甘んじて受け入れる必要がある。

 

 そんな彼を擁護する声があった。

 

「龍園君。人をカス扱いする、よくない」

 

「テメエには言われたくねぇ。それよりおまえ何してんだ?」

 

「缶からコーンが出てこないんよ……」

 

 スープを飲みきったらしい京楽はコンコンと缶の底を叩いたりしているものの、状況は一向に改善しないらしい。

 

「捨てろそんなもん」

 

「駄目だよ。このコーンたちを救えるのは私しかいない……! んー、このコーンスープの缶にコーンが残っちゃう問題は誰しもが直面してしまう悲しい事件だと思うんだよねえ」

 

「そこまで壮大なものでもない気がするが……」

 

 張り詰めた空気が霧散する。龍園はこのために京楽を同席させたのだろうか。

 

「タピオカドリンク飲んでると最後にタピオカだけ残っちゃう現象もとんだ悲劇だし、いい飲み方を知りたい。あとドリンクバーのオレンジジュース入れるときに出てくる透明な液体が何かとかも知りたいなあ」

 

 ぽわぽわと彼女は日常の謎を話す。龍園の陰謀だのそのあたりはどうでも良さそうな姿勢に毒気を抜かれつつも、葛城は自身の持つ知識を口にした。

 

「……水だ。濃縮還元100%のジュースでも、濃縮したシロップと水をあわせて100%になっているらしい」

 

「えっ、そうなんだ! すごい、葛城君。教えてくれてありがとう。物知りだね〜」

 

 屈託のないキラキラとした視線は自分を慕ってくれていた戸塚弥彦を思い出させるもので、葛城はつい目をそらした。退学を宣告された時の彼の悲痛な声、表情。葛城がそれらを忘れることはないだろう。

 

 弥彦の荷物の整理やプライベートポイントの回収は真嶋が行っていた。退学が決まったあとにプライベートポイントを他者に譲渡することは認められないらしいが、退学勧告前に生徒が学校内で購入したものは残しても持っていってもどちらでもいいらしく、弥彦は全て持ち去ったと聞いている。要は弥彦という生徒がいた痕跡はもうこの学校にほとんど残っていないのだ。ずしり、と気持ちが沈んでいく。渦巻く懊悩(おうのう)

 

「うんうん、葛城君は実直で信頼がおけて。優しくて頭もいい。とってもすごい人だと思うの」

 

 葛城の様子に気づいていないのか無視しているのか、にこにこと京楽は話を続ける。

 

「だから、どうか。うちのクラスに来てくれませんか?」

 

 それが今日の本題なんだ、と。唐突にぶちこまれた提案に葛城はしばし言葉を失った。

 

 弛緩した空気が剣呑さを取り戻していく。ふわふわとした京楽の笑顔も先程までとは違って見えた。

 

 坂柳や龍園との正確な関係性はわからないにしても、彼女がただの一生徒ではないことははっきり理解できた。

 

「Aクラスの地位を捨てろということか」

 

「今はAクラスだけど、絶対的なものではないでしょう?」

 

 坂柳を潰す。それは以前から龍園が口にしていることであった。

 

 この自信がある様子からしてクラス移動に必要な2000万ポイントの準備はできているのだろう。それを裏付けるかのように龍園はある紙を取り出した。

 

「契約書、か」

 

 無人島試験における200ポイントと引き換えに、プライベートポイントを1人頭2万円分払うという契約。数字の上では対等な取引だが、今となってはAクラスの不満の種だ。坂柳不在時の契約であり、しかもリーダー争いに敗れた葛城が結んだものだということがそれに拍車をかけている。

 

「キャロルとお話しして、600万ポイントで売ることにしたんだって」

 

「……なるほどな」

 

 優秀な葛城はすぐに理解した。坂柳はここで葛城が勧誘されることを承知していた、いやむしろ推奨すらしていたのかもしれないのだと。だから龍園は坂柳を通じて呼び出してきたのだろう。

 

 契約の無効。そしてクラス移動資金、2000万ポイント。坂柳と対峙する権利。

 

 どれも魅力的なものだ。Aクラスで孤立してしまっていることも精神力の強い葛城には耐えられなくはないが、この居心地の悪さが卒業まで続いてしまうことは想像に難くない。

 

 しかし、心に引っかかるものがあるのもまた事実だった。

 

「今は前の特別試験から少し経ったばかりだ。資産に大して変化はないだろう。俺のような人間にではなく、別の人物にそのポイントを使う道もあったのではないか」

 

「戸塚君や真鍋さんのこと、かな」

 

 クラス内投票での退学者の救済に必要であったのは2000万ポイント。クラス移動に必要なそれと同額だ。

 

 もちろん他クラスの弥彦にポイントを使う義理などないことは葛城も重々承知している。だが一之瀬と同じようにクラスから退学者を出さないという選択肢を取り得たのならば、真鍋を救うほうが自分を勧誘するよりよほど有意義な使い道に思えた。

 

 んー、と悩んでから京楽は話し始める。龍園は口を出す気はないようだった。葛城にとっても龍園と会話するよりは彼女のほうがまだ気が楽なので、どちらかというとありがたい。

 

「トロッコ問題みたいなものじゃない? ほら、暴走するトロッコ。行く先は1人だけがいる道と5人の人々のいる道に分かれてる。さあどっちにレールを切り替えるか、って」

 

 倫理的ジレンマを問う有名な思考実験だ。1人を助けて5人を殺すか、5人を助けて1人を殺すか。

 

「2000万ポイントで真鍋さんを救ったとする。でもその先にまた同じように退学者を出す試験があったとしたら? そもそもクラス内投票自体、退学者が出ていないうちの学年に手を加えようと学校側が課した試験だからね。ここで退学者が出なければもっとひどい試験が次に飛び出してきたかもしれない」

 

 力を込めすぎたのか、彼女の手にある缶がベコッと潰れた音がした。ちょっと寂しそうな顔になった彼女は床に缶をそっと置く。

 

「葛城君が入ってくれることでクラスの未来の退学者を救えると考えた……うーん、これじゃ駄目かな?」

 

「いや、十分だ。ありがとう」

 

 きちんと考慮した上で出した結論ならば構わない。あの試験が理不尽であるのは元はと言えば学校側の責任。自分たち生徒が必要以上に責苦を負うべきではないと葛城は思う。

 

 ただし、弥彦の件については話が異なる。葛城が退学を受け入れていたにもかかわらず、坂柳は弥彦を標的としたのだ。クラスのためなどではなく、そこには坂柳の何かしらの思惑が絡んでいることを葛城は感じ取っていた。さらに言えば坂柳は自分のために適当な生徒を退学させることすら平然と行うだろう。だからこそ葛城はどうしても彼女を許すことができないのだ。

 

「ちなみにトロッコ問題、葛城君だったらどっちの道に進ませる?」

 

 振られた雑談に、葛城は真剣な表情で答えた。

 

「ポイントレールを中立の状態にすればトロッコは脱線して止まると聞いたことがある」

 

 分岐点にある可動レールがどのレールにも接触していない状態になると、トロッコの車輪がレールから外れるらしい。自分が怪我を負う可能性はあるが、それで済むなら一番だろう。

 

「なるほど、第三の選択だね。むー、私だったらトロッコ自体を破壊するかなあ」

 

 からからと笑う京楽に龍園は吐き捨てた。

 

「この脳筋が」

 

「たっつーにだけは言われたくないよ…………『柔道』『弓道』『空手』『レスリング』『剣道』『テコンドー』『総合格闘技』『相撲』『合気道』『ウェイトリフティング』とかただの力押しの種目に決めたたっつーにだけは!」

 

 指折り数えながら京楽が言った10種目は確かに脳筋としか言いようのないラインナップだ。しかし同時に運さえ良ければAクラスですら倒せる可能性があったものであることも確かだった。

 

 何故自分に聞かせたのか。その疑問は龍園がこちらへ観察するような目を向けてきていることで氷解した。

 

 龍園は、葛城の実力を推し量ってきている。特に抗う必要性を感じなかった葛城は自らの見解を述べることにした。

 

「一之瀬たちのクラスには争いを好まない者が多く、(から)め手に弱い。この種目ならばAクラスやDクラスと戦うよりも勝率は高いだろうな」

 

 他には、と視線で続きを促される。

 

「俺の勧誘も作戦の一つか。全く想定にない選手が出てくれば一之瀬の動揺も誘える」

 

 葛城は身体能力こそ普通なものの学力はトップクラス。相手の種目に選ばれるであろう筆記試験での勝ちを狙うにあたり重要な戦力となること間違いなしだ。

 

「おまえのことだ、実力の差を詰めるため諜報といった手段も講じているのだろう。あちらの5種目に出る予定の生徒を潰すよう指示を出していてもおかしくないな。喧嘩を吹っかける、といったところか」

 

「それは最終手段だがな。ま、いいぜ葛城。合格点だ」

 

 Aクラスも何人かが諜報のため独自に動いていた。とはいえDクラスが話し合いをチャット内で行うようになったらしくすぐに諦めたそうだが。

 

 龍園ならば校則すれすれの行為をし、必要ならばそのラインを踏み越えることも躊躇わないはずだ。どんな手段でも取る、貪欲なまでの勝利への渇望。無人島試験での龍園の姿が葛城の頭によみがえった。

 

「改めて言ってやるよ葛城、Bクラスに来い。坂柳は遠くないうちに俺が引きずり下ろす。あいつのプロテクトポイントは今回で剥がれるに違いねぇからな。こんな好条件、逃せば次は無いぜ」

 

 綾小路が坂柳を倒すと確信しているということなのか。おそらく先程の話と関係があるのだろう。

 

 すべてをねじ伏せてやる、とでも言うような獰猛(どうもう)な笑み。不思議と葛城はそれを嫌とは感じなかった。

 

 龍園の描く世界。その先が見たいと考えてしまった時点でこちらの負けに違いない。

 

「俺を引き入れるのは構わんが、何を求める。好きに意見を言って問題ないのか?」

 

「勝手にしろ。テメエの堅苦さが役立つこともたまにはあるだろうよ」

 

 龍園と葛城の視線が交錯する。ベッドに座る京楽は自分の仕事は終わったと考えたのかのんびりと端末をいじっていた。

 

 龍園のやり方には間違っているところも多いし、価値観の相違は大きい。それでも葛城はこの男のクラスメイトとなることを選んだ。

 

 1年のはじめ、誰がリーダーとなるか決まっていなかった段階ではリーダー候補として葛城は坂柳と対立し争った。だがBクラスは龍園をリーダーと定め彼を軸に動いている。となると加入後は龍園が言った通り、参謀的な立ち位置となるのか。それならそれで構わないと葛城は思う。

 

 仲間になった、ということで龍園から今回の特別試験での作戦を告げられる。

 

 まず葛城は3月22日、試験当日にクラス移動することとなった。最大限のインパクトを一之瀬たちに与えるためだ。

 

 彼女たちのクラスの連中に絡み、端末から情報を盗む。そこまではいい。「実害が出なけりゃ学校に訴えられたところで罰はない」というのはまあ頷けるのだ。しかし下剤を盛るというのには猛反発した。いくら一之瀬は人がいいからと言ってもリスクが大きすぎる上に、どこまで効果があるのかも不明だ。他の作戦で十分カバーできるはずである。

 

 途中でボソリと京楽が「睡眠薬を盛って監禁のほうが……」と呟いていたのには驚かされたが。やはり彼女も龍園のクラスの一員ということなのだろうか。

 

 葛城と意見を交わし合い、ひとまず話が済んだ龍園はニヤニヤとしながら口を開いた。

 

「おい、そこの馬鹿アホ貧乳大力(だいりき)女」

 

「あ゛?」

 

 地の底から響くような声とともにバキッと小気味いい音が鳴った。見事に端末がケースごと大破している。

 

 葛城は自分で自分の端末を壊すお馬鹿な人物を初めて目にした。たぶんこの先他で目撃することもないだろう。

 

「わ、私の端末がお陀仏に……!」

 

 バッキバキになってしまったそれはどう見ても修復不可能。ただのゴミへと変貌している。

 

 嘆き悲しむ京楽はキッと龍園に鋭い眼差しを向けた。

 

「たっつーのせいだ! 弁償しろし」

 

「知るか。テメエが勝手に壊したんだろうが」

 

 正論といえば正論であるし、暴論といえば暴論である。何とも言いづらい気持ちでやり取りを見つめていた葛城に、龍園はゆっくりと言い放った。

 

「これが、坂柳がこいつと仲良くしている理由だよ」

 

 圧倒的な暴力。それを今見せつけた意味は。

 

 ──気が変わるなんてことがないように。そして裏切ればどうなるかを理解させるためか。

 

 ポイントがぁ……と涙目になる京楽を視界に入れながら、自分もまだまだ人を見る目が足りないなと葛城は自嘲気味の笑いを浮かべた。

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