ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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人々は閑暇を犠牲にして富裕を得る。 だが、富裕は自由な閑暇があってこそはじめて望ましいものとなる。 富裕のために自由な閑暇を犠牲にしなければならないならば、私にとって富裕が何になるだろうか。

「簡単にこのような言葉を使うのは好きではありませんが……やはり彼はモンスターですねぇ」

 

 一人きりの部屋で、月城常成(ときなり)はボソリと呟いた。見ているものは1年生157名の詳細なデータ。自身の脳内にある、ホワイトルームで記録された『綾小路(あやのこうじ)清隆(きよたか)』の全データと比べながらそれを読み進めていく。

 

 名前、生年月日、出身校。両親や兄弟、幼少期からの成績から友人関係まで。担任の教師が知っているものもあれば、彼らですら見ることの出来ないような情報も含まれている。

 

 これらのデータは2月某日、東京都のとある施設のミーティングルームで間もなく高校に進学するホワイトルーム生に見せたものと同じ。違いといえばクラス内投票の結果が反映されたことくらいだろうか。

 

「綾小路くんの立ち回りは見事でしたね」

 

 月城は彼を退学させるため送り込まれた。これ以上計画を遅延させないように。そして政府の耳に入らないよう、けして事を公にしないよう動いている。

 

 ホワイトルーム。そう呼ばれる極秘施設は世界でも最も効率よく人間を育成する施設の一つだろう。その悲願は日本の掌握、ひいては世界の掌握。

 

 これから制度を整えていけば何十年か先、ホワイトルームはなくてはならない施設に至るかもしれない。綾小路清隆の父、綾小路篤臣(あつおみ)の計画はあまりに壮大で馬鹿げていて──そして恐ろしいモノだ。

 

 しかしホワイトルームは昨年に一時中断され、育成は19期生まででストップ。今は再稼働してはいるものの、空白の1年間が生まれてしまった。

 

 綾小路篤臣(あつおみ)は息子に家での待機命令を出していた。だが彼の執事をしていた松雄(まつお)が入学の手続きを進めこの学校に逃したのだ。篤臣は多忙であり、1年間のうち7、8割はホテル住まいで家に帰ることが少なかった。使用人という名の見張りは立てていたが、日頃から息子の近くにいなかったことが災いしたようだ。

 

 綾小路清隆と、その父篤臣。彼らにとって血縁関係など気に留めるまでもないこと。互いに書類上のものとしか認識していないだろう。

 

 綾小路清隆は最高傑作である。学力、身体能力はともに高水準。戦闘においても正攻法でプロとやり合おうが容易に勝ちうるだけの経験、実績を積んでいる。

 

 もちろん時に学力、時にスポーツで彼を上回る人間も存在するだろう。だが重要なのはあらゆる状況下で優れた成績を残し、大勢を導けること。

 

 魔の4期生と呼ばれ、あまりにも厳しい教育により次々と脱落していく中。たった1人だけ残り続け最後のカリキュラムまで難なくクリアした、貴重なサンプル。

 

「まあ彼の後を追う5期生6期生の中にも、才能を開花させている者はいますが……」

 

 それはまた来年度の話になるだろう。月城は軽く首を振ってから、1年生4クラスが提出した10種目の内容に目を移した。

 

 Bクラスは『柔道』『弓道』『空手』『レスリング』『剣道』『テコンドー』『総合格闘技』『相撲』『合気道』『ウェイトリフティング』と格闘技系ばかり。少しばかり気にかかるところはある月城であったが、まあ問題ないだろうと片付ける。

 

 対戦相手のCクラスは『PK』『テニス』『合唱』『料理』『化学テスト』『古典テスト』『社会テスト』『生物テスト』『数学テスト』『倫理テスト』と学力テスト系が多い。相手クラスが苦手そうな種目を選んだようだ。

 

 BCクラスの対戦結果にさして興味はない。対処せねばならないのは、この次。

 

 Dクラスが選んだのは『英語』『バスケット』『弓道』『水泳』『テニス』『卓球』『タイピング技能』『サッカー』『ピアノ』『じゃんけん』と、運次第のじゃんけん以外はAクラス相手でも十分に勝ちが狙えるラインナップで堅実に行くらしい。

 

 対して『チェス』『将棋』『囲碁』『現代文テスト』『社会テスト』『バレーボール』『数学テスト』『英語テスト』『大縄跳び』『ドッジボール』がAクラスの種目。

 

 これらAクラスの種目では司令塔の関与がほとんどの種目で最小限に抑えられている。特に学力メインの種目での司令塔の関与は「1問だけ代わりに答えることが出来る」だけと数点左右させる程度で、勝敗にあまり影響を与えないレベル。ここには純粋なクラスの学力勝負を強いる意図と実力を隠している綾小路清隆への配慮があるのだろう。もし全ての種目で司令塔の存在が勝敗を大きく左右させるような関与を設定すると、クラスメイトからの目を気にする彼はその力を存分に発揮できない。今回の特別試験において試合を見ることができるのは参加者と司令塔のみではあるものの、あまり目立つことをすればクラス全体に伝わってしまうであろうこと間違いなしなのである。だが────

 

【『チェス』

 必要人数1人 持ち時間1時間(切れ負け)

 ルール…通常のチェスルールに準ずる。ただし41手目以降も持ち時間は増えない。

 司令塔…任意のタイミングから持ち時間を使い最大30分間、指示を出すことが出来る】

 

 チェスだけ司令塔の関与が強く、司令塔同士の戦いも可能な内容となっている。しかも必要人数は1人のみ。この種目で戦おうと、そんな気持ちが透けて見えるようだ。

 

 月城はホワイトルームのカリキュラムにチェスが入っていたことを知っている。そして今は謹慎中の理事長、坂柳成守はその計画へ当初協力していたことから施設への出入りが自由だったことも。何かしらの関係がそこにはあるのだろう。

 

「なかなか親しい様子でしたしね」

 

 クラス内投票が終わった後、特別棟で話す坂柳有栖と綾小路清隆のもとに月城は出向いた。そして坂柳有栖の杖を蹴飛ばしてみたところ綾小路清隆は彼女を抱き込み庇ったのだ。

 

 月城は学校の監視カメラ等を使って2人を見張っている。坂柳有栖が本命の5種目に『チェス』を入れようとしていることはまず事実と見ていい。

 

 月城は秘密裏にこのチェスの試合のための人員と機械を手配していた。やるべきことは勝敗の操作と証拠の隠滅。

 

 アマチュアレベルではあまり関係のないことだが、チェスはプレイヤー同士のレベルが上がるにつれ引き分け率が高くなるゲームだ。しかし、綾小路清隆は負けることになるのだから問題はない。

 

 司令塔からの指示方法は直接生徒に届く通話形式ではなく、チャットの文章を一度学校に審査された後、機械が読み上げインカムを通じて知らせる形式。不正を防ぐという名目で行われるこの仕組みによって、月城たちは文章つまり指示の改変を容易に行うことができる。特に一手を改変すれば勝負に多大な影響が出る『チェス』は介入に都合がいい。

 

 試験当日行うのは7種目。AとDから3種目ずつやらせた後、この『チェス』を最後に持ってこようと月城は決めた。

 

「『これ以上子どもの遊びに付き合う気はない、すぐに帰ってこい』、ですか」

 

 いつか大物になるかも知れないクライアントは、月城の直感通り強大な力を付けた。しかし常に誰の味方にも敵にも成り得ると、綾小路篤臣は理解しているのだろう。月城にどこまでの情報を開示しているのかは不明だ。

 

 焦ることはない。たとえ綾小路清隆によってこの学校から退けられることになろうと、次の仕事に就くだけ。

 

 月城はただ、与えられた任務を淡々とこなせばいい。それだけだ。

 

 

 

 §§§

 

 

 

 15日になって、朝のHRでは一之瀬さんたちのクラスの10種目が発表された。教卓に残された資料をざっと読んでから、後ろの席の人に渡してたっつーまで回してもらう。

 

「『PK』『テニス』『合唱』『料理』『化学テスト』『古典テスト』『社会テスト』『生物テスト』『数学テスト』『倫理テスト』か。スポーツ系はPKにテニスも1対1。やっぱ団体競技だと妨害行為が怖いんでしょうね〜」

 

「ま、妥当な判断でしょ」

 

 うん、澪の言うとおり本当に妥当な判断だ。最近の澪たち実行部隊は一之瀬さんクラスに精神的苦痛を与えるべく「そこの席譲れや」だの「肩がぶつかったぞおい」だの難癖をつけて男女問わず絡んでいってるらしいし。治安が悪いなあ(棒読み)。

 

 うちのクラスにはサッカー部の園田君がいるが、あちらには小中からずっとサッカーを続けているらしい柴田君がいる。ペナルティーキック戦を選んでくる可能性も十分にありますな。テニスは……そういやAクラスの元土肥(もとどい)さんがバレンタインのとき同じテニス部のバットジャスティスへ本命チョコあげてたとか聞いた気がするけど、昨日のホワイトデーはどうしたんだろうなあ。

 

「でも料理対決とか実際にやったらすごい面白そう。やっぱ審査員とか呼んだりするのかな?」

 

「知らないけど、合唱といい勝利の基準が曖昧だしあっちも本命に選んでは来ないんじゃない?」

 

「うーん。まあ確かに合唱はうちのクラスを仲違いさせるための種目な気はする」

 

 合唱に熱心な女子とサボりたい男子の争いがよくあるよね。「ちょっと男子ー!」ってやつ。逆に一之瀬さんたちはつよーい結束力があるから合唱の練習も仲良くやりそうですな。

 

「一之瀬たちは偵察も工作もしないで、バカ正直にこっちが出した10種目全てに対応するって龍園は予想してた。あんたはどう思う?」

 

 最後列のたっつーにちらっと視線を向けて澪は話す。私も後ろを見ると、空席に目が吸い寄せられた。ひよりんと金田君は体調不良で欠席なんだよね。寂しいなあ。

 

「私も同意見かな。まんべんなく打ち込んで水準以上に仕上げようと努力してくると思うよ。優しくて明るくて平等。勉強もスポーツもバランスよくこなせる優等生たちだもん」

 

 そしてうちのクラスからの嫌がらせについても必要以上に騒ぎ立てることはしないだろう。だからこそたっつーは彼女たちが最も(くみ)(やす)いと考えている。

 

 情報戦においては圧倒的にこちらが有利だ。後は残りの差を詰めればいい。

 

「そういえば朝、なんか龍園に袋を手渡してたけどあれ何だったの?」

 

 厳重に包んだ冊子を私が授けるとたっつーはロッカーに放り込んでいた。

 

「んー、まあ試験日のちょっとしたお助けアイテムかな」

 

 たっつーは意外と演技派だし、上手くやってくれることだろう。見物できないのが口惜しいね。

 

 そう思いつつ、「お花摘みに行ってくるね」と席を立つ。お互い一人行動も多い身だ、手を振ってあっさりと別れた。

 

 

 東京という大都会のど真ん中にして、都心からはやや離れた場所に位置し、60万平米を超える広大な敷地を持つこの学校は。しかし結構自然豊かな感じになっている。

 

 植物の手入れは先生たちがエリアごとに受け持っているらしい。例えば正門へ通じる道すがら一帯の低木は茶柱先生の担当になっているようで、ホースで水を()いているところを何度か見かけたことがある。

 

 では坂上先生の持ち場はというと、中庭の花壇。水やりとかのお手伝いをすることも多い私にとっては勝手知ったる場所だ。ちなみに中庭にはベンチも結構置いてあって、お昼休みの人気スポットになっている。お花や木々が見れて自然を感じられることも一因なのかもしれない。

 

 10分と短い休み時間だが何となく花を()でようと足を向けると、まるで太陽光を全身に余さず浴びるように気取ったポーズを取っている男がいた。やべえ、逃げよう。

 

 本能に従いスタコラサッサする前に残念ながら……本っ当に残念ながら声をかけられてしまった。

 

「おや、君もフラワーを愛でに来たのかい?」

 

 発想が同じだったらしい。むー、何でロックとこうばったり出くわしちまうんだか。

 

「おはよう、高円寺君。偶然だね」

 

 にこにこと私は回答を拒否した。肯定も否定もしたくなかったのである。

 

 適当に話題を振ろう。勝手に話しかけられるよりはたぶんまだマシ! 

 

「ようやく特別試験の種目が決まったね。高円寺君は何に出るとかあるのかな」

 

「さあね。遊びに付き合うのも面白いかもしれないし、モチベーションが上がらないかもしれない。私の気分次第さ」

 

「そっか。種目に参加するのは楽しそうなものだけど」

 

「結果が決まりきっているのはナンセンスだろう? なにせ私は常に完璧な存在、パーフェクトヒューマンだからねぇ」

 

「お、おう……」

 

 聞いてないことを答えられてしまった。つかあれだ、パーフェクトヒューマンってなんだ。歌か踊りか何かか? 

 

 んー、Aクラスの種目って何だっけな。チェスとテストとしか覚えてないや。たしかロックは退学が嫌なのか学業成績は悪くないどころかむしろかなり良かったし、十分に活躍の場がありそうなのになあ。宝の持ち腐れだ。

 

「でも試験のとき司令塔から指名されて起用ってなったらたぶんルール的に拒絶できないと思うよ?」

 

「それなら参加はして試合なり回答なりを放棄するまでさ。私が強要される理由はどこにもないからねえ。もっとも、強要する権利があったとしても聞く耳を持つ気はないけれどね」

 

 フッとロックはキザに、傲慢に笑う。

 

「私が誰にも負けない天才であることは事実だが、その才能を誰のために使うか決めるのは私自身だ」

 

「うん、まあ。そりゃそうだね」

 

 私も格闘技系の種目出ろって言われても拒否るわ。いや、しかしウェイトリフティングくらいなら……けどなあ……。

 

 あれ、でも何かでロックがクラスのために動いたって聞いたような。ええと、そうだ! 

 

「高円寺君、前のクラス内投票で執拗に山内君を煽ることで憎まれ役を引き受けたって耳にしたけど」

 

 山内君に不良品だとかめっちゃ暴言吐いて、椅子で殴られそうになったらしい。まあロックはあっさり防いだそうだが。

 

 じっとその瞳を見てみるものの表情は露ほども変わらず。唯我独尊を絵に描いたような感じだ。ロックが焦ったり動揺したりすることなんてあるんだろうか。

 

「醜く散る彼を一番間近で見たかっただけさ。私に殺意を向けるなんて愚かな真似をするとまでは思っていなかったけどねぇ」

 

 ……ロック、たしか「私は醜いものが嫌いだ」とか言ってなかったっけ。嫌いなのに見たいという屈折した想いなのか、普通に嘘吐いてるだけなのか。謎だ。

 

 むむむと首を傾げつつ見上げた空は青々としていて、お日様がポカポカ陽気をもたらしていた。とはいえ風がまだちょっと寒い。カーディガンを着てるからとブレザーは脱いで来たのだけど、失敗だったかも。

 

 そんな私の様子に気づいたのか、ロックが告げる。

 

「そろそろ時間だね。君は戻りたまえ」

 

「え、高円寺君は?」

 

 隣のクラスなんだから帰り道は同じはずだが。そう思う私に、ロックはキメ顔で髪をかきあげてから言った。

 

「トレーニングには丁度いいからね。少し遠回りをしてリターンすることに決めたのさ。それでは、アディオス」

 

 何故学校でトレーニングを。やっぱロックは変人だなあ、と校舎に戻る私だったけど、歩いている途中で重大な事実に気がついた。

 

「花、摘み忘れてたな……」

 

 仕方ない。またの機会にするか。

 

 

 

 

 

 トトト、と軽やかな足音が響く。その後ろで私は叫んだ。

 

「にゃー!」

 

 放課後、私は猫になってい……間違えた。猫を追いかけていた。

 

 この猫はお魚をくわえてるわけでもないし、そもそも首輪をしてるから飼い猫であろう。ま、この学校に野良猫が生息してたらちょっと問題だ。ならば何故猫は逃走中なのか。

 

 どういうわけか私は動物に嫌われやすい。私に接近された動物はだいたい脱兎のごとく逃げるか、震えて縮こまるか、服従のポーズを取るかの三択である。由々しき事態なものの解決策は今の所ナッシング。ククリちゃん悲しい。

 

 猫に近づいたら、逃げられた。そうなれば何か追いたくなるのが人の(さが)。というわけで私も追った。待てやー、にゃんこー! 

 

 別に私はひどいことをしたいわけじゃあない。ただ撫でたりとか肉球ぷにぷにとかしたいだけなのだ。すごーく善良かつささやかな願い。

 

 なのに猫は「く、喰われる……!」とでも言いたげに逃げる。日本には猫食文化はないぞよ〜。

 

「あ」

 

 猫の行き先には、見覚えのある人々がいた。

 

「く、ククリちゃん? それに……猫ちゃん?」

 

 猫は「助けてくだせえ……!」と訴えかけるように佐倉さんの足元にすり寄った。むー、この浮気者めっ。

 

「で、どうしたんだ?」

 

 ふむ。聞かれたからには答えて(しん)ぜよう。

 

 カピバラ麻呂、三宅君、幸村君、長谷部さん、佐倉さんの5人に私はこれまでの経緯を説明した。まあ猫に逃げられたから追ってたってだけだけどね! 

 

 猫は可愛い。可愛いは正義。しかし飲食店はNG。そんなわけで普段は放課後カフェで駄弁ってるらしい彼らと、こうして道端で少しおしゃべりすることになったのである。

 

「特別試験が迫っている以上、今はあまりくっちゃべってはいられないけどな」

 

「メリハリは大事でしょ。休むことも必要だって」

 

「どうだか」

 

 猫に手を伸ばす。佐倉さんに確保されて退路がなくなっているため逃げることはなかった。

 

 ナデナデするとビクッとしつつも受け入れられる。もふもふですなあ。

 

 ふっふーん、ここか? ここがええんやろ? ゴロゴロ喉を鳴らしよって。

 

 しっかし名前ないと不便だよね。本名はあるんだろうけどさ。うーむ。

 

「よし、シュレーディンガーと仮称しよう」

 

「それ猫の生死を問う思考実験をした物理学者の名前だろ……?」

 

 まあ、そうだけど。カピバラ麻呂は物知りだなあ。

 

「じゃあアインシュタインで」

 

「そうするとアルベルトと同じ名前になるぞ。アインシュタイン博士のフルネームはアルベルト・アインシュタインだ」

 

「およ、バーティと一緒かぁ」

 

 ならやめておくか。博士のほうはいつも英語のアルバート読みしてたから気づかなかったや。んー、もう吾輩(わがはい)とか和風の名前でいいかな。

 

 肉球をぷにぷにしてると、ちょっと離れたところに立つ幸村君から話しかけられた。

 

「……アルベルトといえば、前に別府のことを無言で壁際まで追い込んでいたと耳にしたが」

 

「あー、うん。一之瀬さんたちにプレッシャーかけようとしてるみたいだね」

 

 たっつーのいつものやり口だ、犯人の特定は容易だろう。一之瀬さんか神崎君、柴田君あたりから聞いたのかな。

 

「あまり褒められたやり方ではないが、それが効果的ならやって然るべきというのには頷ける。しかし無意味じゃないか? 一之瀬たちの牙城(がじょう)を崩せるとは到底思えない」

 

 そのとおりだろう。嫌がらせだけで勝てるほど甘くはない。こっちの種目を知っていればまた違った意見になるかもしれないけど、自分たちと対戦相手以外の種目は基本みんな知らないのだ。

 

「あはは、耳が痛いな」

 

 へらっと笑う私にカピバラ麻呂が懐疑的な視線を向けた。こやつ、気づいておるのか。

 

 この嫌がらせの本質は精神的疲労によって動きや判断を鈍らせることではない。澪やバーティたち実行部隊が絡んでいる間に、そいつの端末を盗み見ることが狙いだ。

 

 たっつーは悪趣味なヤツである。近くで端末のロックを解除してる人がいたら、観察してパスワードを記憶してるらしい。何というヤツだ。

 

 もちろん日が経てばパスワードを変更してる偉い人もいるが、ずっと変えないズボラな人もいる。何人か試せば1人くらいはロック解除できるだろう。

 

 今回本当に狙われているのは一之瀬さんのクラスの人でたっつーが端末のパスワードを記憶している人。後はカモフラージュで絡みに行ってるに過ぎない。

 

 騒ぎを起こしてそちらに目が向かっている(すき)に、端末を盗る。奇術部所属のクラスメイトにやらせてるらしい。ペーパーシャッフルで私とペアだった男子生徒なんだよね。うーむ、お疲れ様です。

 

 チャットやメモを開き画面を撮影してさっと返す。相手に盗まれたことすら気づかれないようにやるのがポイントである。

 

 一之瀬さんたちの本命の5種目は何か。そして出場選手は誰か。情報を得られれば成功。駄目だったらICレコーダーで盗聴☆作戦に移行するらしいので是非とも成功してほしいところだ。

 

 盗聴器とか物騒なものはケヤキモールには売ってないし通販等で購入することもできないんだよね。学校側がちゃんと検品してるのだ。プライバシーの侵害っちゃあ侵害だけど、仕方ないことではあるだろう。……私は薄い本を通販で購入している子に学校から検品されてるという事実を知らせるべきなのか未だに踏ん切りがつかない。すまねえ。

 

「もう、ゆきむーもみやっちも怖い顔しない! 龍園くんのやってることなんだから、ククリちゃんに言っても仕方ないでしょうよ」

 

 長谷部さん……イケメンや。この学校、イケメンが多くて困るな。壁ドン大会とか開いたら面白いんじゃあないだろうか。それか種目『壁ドン』でも提案すべきだったかもしれぬ。一番ドキドキさせた人が優勝だ。ま、たっつーの壁ドンだけただの恐喝になる気はするけど。

 

 お礼を伝えつつひょいと猫(名前はまだ無い)を持ち上げてみる。すると────

 

 伸びた。ありえんくらいに伸びた。トルコアイスみたいに、こう、うにょーんって伸びた。

 

「猫が……ちぎれる!?」

 

 焦る私に、幸村君は冷静に眼鏡をクイッと上げた。

 

「猫の関節間の可動域は広い。皮膚も伸びやすくなっているし、腸が短く骨で内臓を支える必要もない。だから伸びたときは骨と皮膚の両方が伸びて、こうして長くなっているんだ」

 

「ほへー。すごい、猫博士みたいだね」

 

「謎の称号をつけるな」

 

「いいじゃねえか啓誠。よ、猫博士!」

 

 からかわれる幸村君というのも珍しい気がする。このメンバーは本当に仲が良いんだろう。カピバラ麻呂もこころなしか楽しげだ。

 

 ここで私はキャロルのオーダーを思い出した。

 

「ね、ね、写真撮らない?」

 

 猫を膝にのせたままスチャッと私は端末を取り出す。無論、私の端末に特別試験に関するデータは入れていない。たっつーのやり方見ると怖くなっちゃったからね、うん。

 

 唐突な提案に男子たちは微妙な顔だったが、長谷部さんと佐倉さんは乗り気だったのでカピバラ麻呂の写真ゲット作戦はめでたく成功した。やったぜ。

 

 まずは私が猫を抱えて、佐倉さんがデジカメで撮ってくれる。いつも持ち歩いてるみたいだ。私の端末必要なかったな。

 

 そのあと佐倉さんと交代した私はパシャパシャといっぱい撮影した。うーん、こうしてレンズ越しに見るとやはり佐倉さんは一層輝いてるな。写真写りがいい。

 

 デジカメのデータ後で送っておくれーと話しつつ撮ったそれらを眺めていた私は、あることに気がついてしまった。佐倉さんと長谷部さんに目を向け、自分に戻す。

 

 ………………

 

 …………うん。

 

 写真の中で我ら女子勢は猫を抱いているのだが、あの、その。

 

 猫がのってるのじゃ。2人の場合、胸の上に。

 

 貧富の差を感じてしまった。おかしい。私のプライベートポイントは多いほうなはずなのにな……。

 

 牛乳飲むか? 視線を下に、女子2人にと移していると上から声が降ってきた。

 

「ククリ。何だ、その。頑張れよ」

 

 ポンポンとカピバラ麻呂に頭を撫でられる。やめろし。私はなあ、9月生まれだからおまえより1ヶ月くらいお姉ちゃんなんやぞ! 敬うのじゃ。

 

 

 

 

 

 

 

(単に行動パターンが似てるから行き先がかぶるという説)

 

「あんた本当に高円寺とそんな遭遇するの?」

 

「よくぞ聞いてくれたね澪。うむ、前も靴を磨いてもらいに行った先でばったり会っちゃってさ〜」

 

「靴磨き……?」

 

「ん、合皮のほうがお手入れ楽なのはわかってるんだけどね。つい慣れてる本革にしてしまうんだ」

 

「いや、そこは聞いてないから。靴磨きに行くってこと自体が不思議なのよ、こっちとしては」

 

「む。でもだって、ブラッシングくらいならともかくシュークリームあたりはさ、プロの手にお任せしたいとついつい思ってしまうのですよ」

 

「シュークリーム……って、靴のクリームのことか」

 

「あはは、ごめん紛らわしかったね」

 

「別に。あっちは和製語ってこと失念してただけ」

 

「そういうの意外とあるよねえ。そういやお菓子のシュークリームのほうは英語だとクリームパフだけど、スラングで『弱虫』とか『女々しい人』みたいな意味にもなっちゃうらしいね。何でなんだろ」

 

「さあ。知らないわよそんなの」

 

「うーむ、シュー(chou)はフランス語でキャベツだから、ロールキャベツ男子の『キャベツ』みたいな草食系男子って意味になったのかしら……あ、そうだ、シュー(shoe)といえばさ」

 

「今度はなに」

 

「シンデレラのガラスの靴ってシューじゃなくてスリッパーになるんだよね、英語だと。これもなんか不思議な感覚じゃない?」

 

「スリッパならハイヒールよりは脱げやすそうだけど」

 

「私もスリッパはよく脱げちゃいそうになるなあ。でもでも、slipperは舞踏会のための靴って意味らしいんだよ、この場合」

 

「ダンスシューズってわけね。確かに踊るならそっちのほうが楽か」

 

「うむ。そんで、シンデレラに似た古い話だと中国の『葉限』てのがあるんだけど。なるほど、よく考えれば足の小さい女性が選ばれるって纏足(てんそく)を思わせるなって感じたよ」

 

「つまり?」

 

「無理に足を靴に合わせようとしたりせず、自分の足に合った靴を作るのが一番ってことだね」

 

「……あんたの靴、全部オーダーメイドだったりしても驚かないわ」

 

「え?」

 

「え?」

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