ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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読書とは、自分で考える代わりに他のだれかにものを考えてもらうことである。

 翌日、お昼休み。えっさほいさと荷物を運びながら階段を上る。

 

 持っているのは昼食、2人分なので量がちょっと多い。私のぶんと、屋上に呼び出させてもらった人に渡す用だ。今日もひよりんはお休みだし、澪は忙しいので私は寂しく一人行動である。

 

 最近の私たちは試験のことでお疲れ気味。そのせいか石崎君が「良けりゃ俺が行ってくるぜ。龍園さんのヤツも買うからちょっと遅くなっちまうかもしれねえけどよ」と言ってくれたので甘える形となり、私は彼をパシった。昼食のオーダーは通していたのでケヤキモールまで買いに行かせたのだ。教室に戻って来た石崎君にお礼を言いつつも私は「これ、楽だな……」とちょっと味を占めてしまった。だって待ってたらご飯が届くんだもん。フードデリバリーサービスが流行るのもわかるわ。むー、ポイント払えば出前とかやってくれるお店ないかね? コンビニの食材を寮の部屋まで運んでくれる宅配サービスならあるんだけどな……。

 

 そんなことを考えつつ、勢いよく扉を開く。飛び込んだ屋上には気持ちのいい風が吹いていた。そこには一人の女子生徒が。なびいた髪が太陽光を浴びてキラキラと輝いている。後ろ姿だけでも何となく伝わってくる格調高い、それでいて苛烈な雰囲気。

 

「京楽」

 

 音で気づいたのだろう。振り返った彼女に、私は元気よく告げる。

 

「メープル先輩、お待たせしました。お昼、食べましょう!」

 

 鬼龍院楓花。たっつーと同じく龍の文字が名字に入ってるが、むしろロックに近い感じの自由人かつ変人っぽい美人さんの2年生である。高身長で綺麗な長髪の彼女はどこにいても目立ちそうな、独特な空気をまとっていて。そういうところもロックに似てるなあ。

 

 シートを敷き、その上にピザの箱やら紙皿やらを置いてから私は座った。お向かいに腰を下ろすメープル先輩にどぞどぞーとお茶をつぐ。自分の飲み物には牛乳をセレクト。メープル先輩はどちらかというと佐倉さん長谷部さん側の人間なのじゃ……。

 

 プラスチックのナイフとフォークでピザと格闘することしばし。ある程度お腹が満足してきたあたりで先輩は話を切り出した。

 

「それで、用件はこれだったな。4月でもないのに要求されるとは驚いたが」

 

「わー、ありがとうございます」

 

 ペコペコしながら私はプリントの束を受け取った。礼儀、大事。折らないよう、あと外から見えないようにせねばな。きっちりとファイルにしまっておこう。

 

 そうしてるとメープル先輩は楽しげな様子でこちらを見ていた。なんすかなんすか? 

 

「常に金欠の私にとってはいい取引だったよ。だが、疑問が残るな。何故今更1年時のテスト問題を欲したのかという疑問が」

 

 いただいたのは先輩が1年生の時の古典と社会と数学のテスト、きっちり1年ぶんである。もちろんこの時期にやる取引だ、特別試験のためとはわかりきっているであろうものの、どう使うかまではわからないらしい。まだ何も言ってないからね。これで察されちゃうとメープル先輩エスパー説が浮上する。

 

 特別試験について先輩から後輩へはともかく、後輩から先輩に話すことへの制限は特にない。私はにこにこと口を開いた。

 

「私たちの特別試験、選抜種目試験では互いに提案した種目で争い合うのですけど、その中に学力テストも含まれていまして。『1年度における学習範囲内の試験問題を解き合計点で競う』ことになってるんです」

 

「ああ、それで問題を制作する教師の過去問を手に入れようと考えたわけか。問題の癖や出題傾向を知るのはいいアドバンテージになる」

 

 むー、流石。理解が早い! 私はコクコクと頷いた。

 

 一之瀬さんたちのクラス種目で、学力テスト系なのは『化学テスト』『古典テスト』『社会テスト』『生物テスト』『数学テスト』『倫理テスト』の6つ。昨日これらが発表されてから、たっつーがまずしたことはテスト問題を誰が作るのかという確認だった。聞けばあっさり教えてくれたものの、聞かなければ教えてくれない類いの話だったんだろうな。

 

 ともかく坂上先生が言うには倫理はうちの学年の担当の教員が、古典と社会と数学は2年生、化学・生物は3年生の担当の人が作るらしく。教員の仕事に特別試験のことも含まれる特殊な学校だからか、担任だけでなく教科ごとの担当の先生も基本的に持ち上がりになるので、先輩たちが1年生の時の過去問がとっても参考になるという結論に至ったのだ。

 

 私は4月に、3年生が1年生のときの過去問を1年ぶん全てもらっている。よってそれは必要ないのだが、2年生の過去問を手に入れなければいけなかった。だが2年生も今は特別試験の真っ最中なので話しかけづらい感じであるし、過去問を譲ってくれるかわからない。

 

 ここで白羽の矢が立ったのがメープル先輩。何せ特別試験に興味がないし、ポイントが入ったらすぐ使っちゃう人なのでこちらからポイントをあげるという取引ならわりと了承してくれるのだ。まあ先輩の気分とかにも左右されるけど、今回は協力してもらえたんだし結果オーライ結果オーライ! 

 

「2年生の特別試験はどんな感じですか?」

 

「桐山たちも頑張ろうとしてはいるようだがな。何せ最後のチャンスだ。今回の特別試験が終われば堀北学は卒業、南雲を止められる者はいなくなる。それに南雲自身も堀北学と戦おうと3年生のほうにかかりきりだ」

 

 3年生は例年、2月3月に2回以上の特別試験がある。私たち1年生にも追加特別試験があったが、あれは例外だ。ともかく私たちがクラス内投票をやっている間に3年生はプライベートポイントの多さが勝敗を分ける試験をやっていて、南雲会長は3年Bクラスを支援したらしい。しかし結果は堀北先輩率いるAクラスの勝利。まだ逆転の望みはある程度のクラスポイントの差だから予断を許さない状態なものの、Aクラス優勢のまま最後の特別試験に突入したようだ。そして今も南雲会長は堀北先輩を引きずり降ろそうと色々とやっているのだろう。

 

「メープル先輩はどちらにも協力しないんですか? それだけでかなり戦局が変わりそうですけど」

 

「興味はあるがね。だからといって協力したいとは限らない」

 

 不敵に笑うメープル先輩は堀北先輩が勝とうと、南雲会長が勝とうと、桐山副会長がどうしようとただ見物しているだけにするつもりに違いない。

 

 誰にも味方するつもりはないんだな、と思っているとそんな私の心を読んだかのように言葉が付け加えられる。

 

「クラスメイトの中には面白い人間もいるし、時には友好的に話しかけたこともある。しかし私には堀北学や南雲のような統率力も仲間を作る才能も一切持ち合わせていないからな。友人と呼べる人間が1人もいないのさ」

 

 これはたぶん本当のことだろう。顔が広い朝比奈先輩ですらメープル先輩とは数えるほどしか会話してないって言ってたし。かといって友達を本当に求めてるのかは怪しいところだな。それにしても堀北先輩や南雲会長のことを認めているっぽい発言にはちょっと驚き。あんま好きじゃないのかと思ってたわ。でもまあ、手段はともかくとして2年生全体を掌握する南雲会長って普通にすごいよな。クラスが違うとはいえ同じ学年で彼を見てきたメープル先輩は私とはまた違った視点での南雲会長を知っているのだろう。

 

「桐山なんて私が助言を送ろうが、何を言おうと怒り出す始末だ。こんな美人を捕まえて酷いとは思わないか? ダメなところばかりの、実につまらん男だ。反応だけはたまに面白いがな」

 

 そういう、人を面白がる雰囲気がいかにも真面目な桐山副会長と合わないんじゃあないだろうか。でも相手に理解できるように伝えているかは置いといて、メープル先輩が口出しというかアドバイス好きなのは確かだと思う。私に対しても何の見返りもなしに情報とかくれるもんなあ。

 

「人は自分の信じたいものを信じるものですから。耳に痛い忠告ほど聞き入れられないものですよ」

 

 私の言葉に、メープル先輩はやれやれという感じで肩を(すく)めた。

 

 実際、桐山副会長がメープル先輩に振り回されずに彼女を受け入れられたなら。南雲会長にも対抗できて、Aクラスから転落することはなかったかもしれない。まあ可能性の話だから実際どうかはわかんないか。

 

 リンリンたちDクラスもロックとカピバラ麻呂を上手く制御できればあっという間にAクラスまで駆け登れそうなものだが……外野の私でも思うんだ、リンリンはもっと歯がゆいのだろうな。

 

 そういや彼女、前にスーパーで見かけたときに九州麦みそ買ってたけど、あっちのほうの出身なんだろうか。この学校は都内の人が多いけど県外からもたくさん来てるし。葛城君もたしか地方の中学出身だとか。と、すれば堀北先輩も卒業したら地元に帰っちゃうのかな。うーむ、この学校だと進路とかどうなるかさっぱりわからん以上何とも言えん。本来この時期はもう高3は卒業してるはずなのに特別試験やってるもんなあ。

 

「フフ、では可愛い後輩に1つ助言でもしようか」

 

 立ち上がってお片付けをしている私に先輩は近付いてきた。ダンスの申込みでもするかのように手を差し出されたので、何だろうと首を傾げつつ手を重ねる。するとグイッと腰を抱き寄せられ端正な顔立ちが間近に迫ってきた。

 

「来年度になればAクラスとBクラスではクラスポイントに1000近い差が生まれ、桐山の心も折れるだろう。完全に学年を掌握した後は──まあ現在でも試験のコントロールが可能な状態だが──学校の支配だ。戦いに、遊び相手に飢える南雲は君たち後輩に目を向ける。特に君はおもちゃの一つと見なされているようだしな」

 

「あはは、困りものですねえ」

 

 しかし同時に私は思ってしまった。桐山副会長が諦めたなら、後は南雲会長をコテンパンに叩きのめせば会長職が私にスライドしてくるんじゃあないかと。他の生徒会の先輩たちはただ南雲会長に忠実な人たちだし……うーん、まあでもそう急ぐこともないか。会長職は逃げないもんな。

 

「だが彼は後ろを見ずに前だけを向くべきだ。後輩に構うのはよろしくない。手痛い思いをすることになるからな。君たちだって別に南雲との戦いを望んではいない。だろう?」

 

「ええと、それは南雲会長に言ったほうがいいのでは」

 

「南雲に私の話を大人しく聞き入れるような可愛げがあると思うのか」

 

「……いえ、全く」

 

 どうも桐山副会長だけでなく南雲会長ですらメープル先輩のことは得意としていないっぽいもんなあ。冷たい態度で「格下からの助言はいらない」くらいは言い放ちそうなものだ。

 

「南雲会長と争うのは互いにとって益にならない、ということですね」

 

 メープル先輩と彼が今まで勝負したことがないのは、そういう思いが根底にあったからなのかもしれない。単に興味が湧かないとか実は平和主義だとかいう可能性もあるけど。人を殴った経験はないって言ってたしなあ。いや、しかし一度くらい殴ってみたいとノリノリでファイティングポーズの練習をしてたような気も……うん、まあ、うん。

 

 メープル先輩は愉快そうに微笑むと、パッと手を放し。「よく出来ました」という感じでよしよしと私の頭を撫でてから颯爽(さっそう)と歩き去っていった。むー、格好いい。壁ドンコンテスト、先輩なら余裕で優勝できそうよな。

 

 一方私はまだ授業まで時間があるということで屋上に残る。ぼーっと外の風景を眺めるも暇になってきたので端末をいじることにした。

 

 端末、新しいやつになってからまだちょっと慣れないんだよねえ。ケースもリンゴ柄からパイナップル柄にしたのに気づいてくれたのはひよりんくらいなものだったよ。ほら、パイナップルって松ぼっくり(Pine)みたいな形でリンゴ(Apple)みたいな味ってことで付けられた名前だからね。何か進化した感じがしていいと思うんだ。

 

 そうしているとタイミング良く着信が来た。画面に表示されるは【葛城康平】の文字。初めて通話する相手だ。

 

 しかし慎重な葛城君から突然の連絡とは、それほど急ぎの要件ということかな。

 

「もしもし?」

 

「京楽か」

 

「うん。でもってククリでいいよー」

 

「……先ほど、幸村と綾小路からの接触があった」

 

 ガーン、無視された。ま、まあともかくわりと重要な案件ですなこれは。葛城君の移籍についてはうちのクラスとAクラスの一部の人間しか知らないはずなんだけど、どこから漏れた? 

 

「Aクラスの正式採用する5種目の情報。そして試験中に手を抜いてもらいたい、という話だった」

 

「あー、そっちか。なんだ、びっくりしちゃったよ。それでそれで葛城君は話したの?」

 

「いや、坂柳は誰にも正式な5種目を明かしていないからな。交渉の材料もお粗末なものだった。あれでは人を動かせまい」

 

 ……私、キャロルから5種目聞いた気がする。ええと、うん、そういうこともあるよね。

 

「葛城君なら言われずとも目星くらいはついてるんじゃ?」

 

「否定はしない。確かに移動の件が無ければ坂柳の敗北のため協力していた可能性はある。しかし、今の俺が行うのはどうにも卑怯な気がしてならなかった」

 

「立つ鳥跡を濁さずって感じだね。葛城君がそう思ったならそれでいいんじゃあないかな」

 

 ただ、それを言うためだけに電話してきたとは思えんのだが。報告はたっつーにだけすればいいだろうし。

 

「2人は何かに勘付いたからこそ会いに来た、というのは俺の考えすぎか?」

 

「んー」

 

 幸村君とカピバラ麻呂。どう考えても交渉には向いてない2人だ。まあカピバラ麻呂はやればできそうだけど、それは今は置いておこう。

 

 彼らDクラスが本気で交渉するなら桔梗ちゃん、平田君、リンリンの誰かは連れてくべきだった。

 

 桔梗ちゃんはわかる。カピバラ麻呂を退学させたい側なんだし、協力したくないんだろう。平田君とリンリンは……うーん、葛城君が本命の5種目を言ったところで真偽は不明なんだし、最初から聞かないほうがいいって思って協力しなかったのかな。幸村君が葛城君のクラス移籍に気づいた説よりはそっちのほうが信憑性がある。

 

 カピバラ麻呂は、わからん。Kちゃん含め彼の関係者に悟られるようなことはしてなかったしキャロルやひよりんが話すとも思えないけど、ホームズばりの推理力があるからなあ。でも移籍のこと知ってたとしても一之瀬さんに教えるなんて意地悪なことしないと思う。思いたい。うん、信じよう! 

 

「可能性としては捨てきれないけど、気にしなくて大丈夫だと思うよ」

 

「そうか。2人と親しい京楽が言うのであればそうなのだろう」

 

「親しい……なるほど、だから葛城君は私に電話かけてきたんだね。あ、あと、ククリでいいよ」

 

 葛城君は何も答えなかった。君、あれか、平田君タイプか? 退学した戸塚君のことは弥彦って呼んでたのに。むー、私が舎弟ムーブをしないと下の名前で呼ばないんだろうか? 仕方ない、葛城君が移籍してくる試験当日には焼そばパンを買ってきておこう。

 

「そうそう、Aクラスの調子はどうかな。私、勉強会での様子くらいしか知らないからさ」

 

「持っている情報はそう変わらないだろう。いくら動こうと俺のほうまで回ってくることはないのだからな」

 

 やや自嘲気味の声だった。

 

 今、葛城君は半ばスパイのような状況だ。一応Aクラスにいながらその敵なのである。数日後に移籍することが確定しているからね。

 

 私もキャロルからAクラスのことはちょくちょく聞いてはいるとはいえ、隠されていることだっていっぱいあるはずなのだ。ちょっとくらい探ったっていいっしょ。ま、葛城君は元々Aクラスでも浮いた存在になっちゃってたから本人も言う通り大した情報は正直望めないものの、やっておいて損はない! 

 

「強いて言えば大人数を必要とする大縄跳びやドッジボールの練習を行っているところは見ていないな。それ以外の球技の練習であればいくらか行っていたが。坂柳はDクラスが少数のスポーツ競技で固めてくると予想しているようだ」

 

「まあそうなるか。Dクラスには勉強の出来る生徒が少ないもんね。よそのこと言えないけど」

 

 いや本当に全く言えないな。葛城君の参加で少しはマシになるものの、クラス間の学力の隔たりは大きい。またペーパーシャッフルみたいなの来たらやだな。

 

「神室真澄、鬼頭(はやと)、橋本正義、清水(しみず)直樹(なおき)島羽(とば)(しげる)、町田浩二(こうじ)。このあたりがAクラスにおけるスポーツの主力であり、熱心に練習を重ねている。橋本正義は運動も出来るが勉強も出来る。最後の種目まで温存することになるだろう」

 

 うん、妥当な感じだな。運動神経のいい人ばかりだ。私は相槌(あいづち)を打って続きを促した。

 

「おそらくどのクラスも必要人数が1人の種目は正式なものとして提出する。Aクラスで言えば『チェス』、Dクラスで言えば『タイピング』だ」

 

 その通り、うちも『柔道』は本命の1つだもんなあ。

 

「坂柳は図書室でたまにチェスを指していたらしい。その腕前からしても彼女自身が指導にあたっていると見て間違いないだろう。タイピングでは吉田健太(けんた)の技術が高い。試合への対策としてトレーニングさせられていてもおかしくはないな」

 

「……なんというか葛城君、情報が制限されてるとは思えないほど詳しいね」

 

「これでもクラスの一員だからな。(もっと)も、それもあと数日で変わるが」

 

「んー、改めて言われてみると不思議な感じだね」

 

 前代未聞のクラス移籍。いきなり増える机と椅子にみんなびっくりするに違いない。Aクラスはその逆になるのかな。

 

 一之瀬さんたちも驚いて慌ててくれるといいんだけどなあ。無事に試験で勝てれば、勝利おめでとう&葛城君いらっしゃいパーティーをせねば! 負けたら……たっつーさようなら&葛城君いらっしゃいパーティーになるな。盛り上がれるのか微妙なとこである。

 

 とりあえずできることをやるっきゃないかな、うん。

 

「ありがとう葛城君。じゃあ、またね」

 

「ああ」

 

 通話を終え、端末から景色へと視線を戻す。屋上で一人電話するのって何かすごい青春感あるよね。

 

 2学期の終業式の日、屋上での殴り合いもあれはあれで青春だったのか。うーむとフクロウのように首を傾げつつ私はゆっくりと扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「うー、疲れた!」

 

 放課後。私は階段で上へ上へと移動していた。

 

 寮にはエレベーターの他に、非常階段も2つあるのだ。お昼にピザをまるっと食べたことだしたまには階段で上ろうとしたんだけど……うん、さっそく後悔してる。

 

 階層の低い、3階4階とかに住む男子はエレベーターを使わないことも多い。カピバラ麻呂の部屋なんてたしか4階の401号室だったから、もしかしたら非常階段組なのかもしれな……いや、普通にエレベーター使ってたなあの人。

 

 私も途中で諦めてエレベーターに乗る。たどり着いたドアの前でえいやーとお(しと)やかにチャイムを鳴らした。

 

 招き入れられた部屋の中には、ずらりと本が並んでいる。お茶を淹れてくれたらしくいい香りが漂っていた。

 

「や、ひよりん。過去問もらって来たよ」

 

「こんにちは、ククリちゃん。ありがとうございます」

 

 ファイルをプレゼントする代わりにお茶をいただく。途中までとはいえ階段チャレンジというなかなか運動した身体に水分が行き渡っているような気がした。

 

 うむうむ、流石茶道部所属のひよりん。とっても美味しいお茶だ。

 

「坂上先生から何かお言葉はありましたか?」

 

「特になかったよ。うん、まあ十中八九仮病だってわかってるだろうけどそこらへんは教師の裁量に任せられるからね。普段真面目なひよりんたちのことだし、問題ないよ」

 

 そう、実は昨日から学校を欠席中のひよりんたちは、いわゆるズル休みをしているのである。といってもこれも作戦の一部であり、彼女たちはぐーたらしてるわけでなく授業を休んで勉強しているのだ。

 

 ひよりんたちのような成績優秀者同士の戦いの場合、重要となってくるのはいかに応用問題で点を取れるかになってくる。どうすれば応用問題が解けるか。それは時間をかけて勉強するしかない。ただでさえ範囲が「1年度における学習範囲内」なんてめちゃくちゃ広大なのだから。うん、まじでもうちょい範囲をしぼっていただきたかったよ。

 

 徹夜をすると逆に効率が落ちる。かといって授業中に他の科目の勉強をしているのがバレるとたぶんクラスポイントが差っ引かれる。ならばいっそ休んで寮でガリガリ勉強すればいい! そんな考えからこのズル休み作戦は始まったようだ。

 

 元々たっつーは前々から遅刻欠席早退でどのくらいクラスポイントが引かれるかの実験をしていたらしい。道理でうちのクラスにはちょくちょく休んだりする人が出現すると思ったよ。4月はそういう授業態度とかでクラスポイントはどんどん削られてたけど、5月からの査定は甘くなっていた。それでも遅刻とかされるとクラスポイントがちまちまと減っていってたんだけど……まあただのサボりじゃなかったんだし、今役に立ってるから許そう。

 

 さて。まずたっつーの分析と坂上先生への聞き取り調査では、1日2日休むくらいではクラスポイントに影響はないらしい。まあ体調不良の届け出を学校に受理させなきゃ駄目みたいだけど。

 

 連続欠席の場合、ケヤキモール内にある病院で診断書をもらう必要がある。たっつー曰く仮病でも適当にだるいとか不調を訴えれば2、3日休んでいいというお墨付きはもらえるそうだ。

 

 ではそれ以上休んだらどうなるか。その時点までの学校生活の態度──遅刻の有無や授業態度の良不良など──から判断し、実績の無い者や普段の素行が悪い者にはすぐペナルティが下されるとのこと。逆に優等生であれば長めの猶予が与えられるようにルールが作られているらしい。

 

 ひよりんたち成績優秀者はもちろん優等生側。なので種目が発表されてから1週間休んでもクラスポイントに影響はないだろうということになり、試験当日まで休むことになっているのだ。ズル休みなんて発想は一之瀬さんたちにはまずないものだろう。

 

 さて、そんなひよりんがさっそく古典の問題研究をしようとしていると、私たちの端末が音を奏でた。送り主は金田君。彼もまたお休み組だけど、情報の取りまとめをしてくれてるようだ。いつもお疲れ様です。

 

「あー、誰かの端末から情報を得られたんだね。一之瀬さんたちの本命の5種目は『PK』『化学テスト』『古典テスト』『社会テスト』『数学テスト』『倫理テスト』か〜」

 

 うーん、元兎さんグループ仲間の別府君の端末からだったらちょっと申し訳ないな。まあいいや、これで盗聴作戦に移行することもなくなったわけだ。ボイスレコーダーさんは最近休んでるひよりんたちのために授業を録音するという真っ当な使われ方をしているからね。よかった、変なことに使うことにならなくて。

 

「あとはAクラスの今日の勉強会参加者は島崎(しまざき)いっけい君、森重卓郎(たくろう)君、司城大河(たいが)君、石田(いしだ)優介(ゆうすけ)君、真田(さなだ)康生(こうせい)君、山村美紀(みき)さん、西川亮子(りょうこ)さん、ですとな」

 

 学業成績優秀なAクラスの中でもトップクラスに勉強ができる人たちだ。司城君は彼女がいてもなお女子に人気のイケメン、森重君は干支試験の兎さんグループで一緒で裏切りメールを送っちゃった人。真田君は吹奏楽部所属の丁寧な口調で物腰柔らか、メガネをかけた神土的な人物。島崎君と石田君はあんまよく知らないな。

 

 西川さんは林間学校で同じ小グループだった子で、干支試験のときはたっつーや葛城君と同じ竜グループで苦労したようだ。あと、バレンタインの朝にクラスメイト の清水君を振ったらしいね。そのことがちょっと広まっちゃったせいで清水君はご立腹だったそうなのだが、そういえばあれは解決したのだろうか。山村さんはというと物静かで人に声をかけることもなければ、声をかけても短く返すか無言で首肯したり頭を振ったりするだけな感じの子だ。自らを卑下して縮こまってるっぽいしそのせいか目立たないように振る舞ってるし、人への警戒心が強いタイプなのだろう。勉強会に進んで参加するようには思えないのだが、断りきれなかったのかな。

 

「いやー、豪華メンバーだねえ」

 

「坂柳さんはいらっしゃらないのですね」

 

「指示を出すのとかで忙しいんじゃあないかな。もしくはチェスに集中してるのかも」

 

 あの白と黒の世界でキャロルはカピバラ麻呂との対決を望んでいるのだ。たぶんそれも、かなり昔から。……『赤と黒』の世界観なんてのもキャロルに似合いそうだなあ。

 

 過去問のコピーを金田君とかにもばら撒きに行く、ということでひよりんの部屋から出る。

 

 ちょっと伸びをしてからエレベーターのほうへと足を向けた。

 

「さてさてさて。1年最後の試験、果たしてどうなるのやら」

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