ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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無知は富と結びついて初めて人間の品位をおとす。

【喜べ。おまえも俺のコレクション(私物)に加えてやるよ】

 

【熱い吐息が首筋にかかる。そして、オレは────】

 

 

 ガラリ、と扉が開く音がする。朝早くに来たため教室には私一人だったけど、2着目の人がやってきたようだ。私は本をしまって彼のほうへと微笑みかけた。

 

「おはよう、葛城君」

 

「ああ、おはよう」

 

 葛城君に席を教えてあげた私はふと外に目を向ける。

 

 窓から見えるのはよく晴れて、雲ひとつない青空。何だか幸先がいい気がするね! 

 

 3月22日。私たちは今年度を締めくくる特別試験の日を迎えた。

 

「京楽……これは、何だ?」

 

「葛城君に歓迎の意を示そうと思って」

 

 元真鍋さんの場所に出現した葛城君の机には、お花と焼そばパン、そしてカードが置かれている。もちろん犯人は私だ。

 

 花壇から摘んだフレッシュなお花とウェルカムカードは机に彩りを与え、焼そばパンは……小腹が空いた時に食べられるよね、うん。

 

 春らしく桜の形をしたウェルカムカードには澪とひよりん、金田君、石崎君、バーティにもコメントを書いてもらった。たっつーは頼んでも「面倒くせえ」の一点張りだったんだよね。こういうのは最初が肝心なのに……。

 

 首を傾げつつも悪意はないと判断したのだろう、気を取り直した葛城君と私はそのまま今日の試験の打ち合わせを始めた。

 

 段々と教室に入ってくるクラスメイトたちは葛城君を認識してから「え?え?」という感じで二度見してる。うんうん、気持ちはよくわかるぞよ。葛城君はAクラスの元リーダーとして有名人だからね。違和感がとっても大きいんでしょうな。

 

 それでも私がさらっと受け入れているからか疑問の声は上がらない。まあね、このあとHRで坂上先生よりご説明があるだろうしもうちょい待っててほしい。

 

 HRの時間が近づくにつれ教室は賑やかになっていく。今日は特別試験当日ということで無論全員出席。ひよりんや金田君なんかは学校で顔を合わせるのは1週間ぶりだから何か変な感じだ。寮では普通に会ってたんだけどなあ。

 

 やがてチャイムとともに現れ教壇に立った坂上先生は、いつもよりちょっと明るい声音で言った。

 

「みなさん、おはよう御座います。今日は久しぶりに全員教室に揃っているということで喜ばしい限りです」

 

 それから、今日の試験の段取りを説明される。とはいえ前に聞いた通りの内容だね。

 

 司令塔以外、残された生徒たちは基本的に教室で待機し、多目的室からの指示を待つ。そんで種目発表後に場所の移動や着替えなどを行う。情報は完全にシャットダウンされモニターなんかで詳細を知ることもできない。つまり戻ってきた人から話を聞くほかないわけだ。

 

 注意事項なんかを繰り返し話したあと、先生はとうとう葛城君の話題を切り出した。

 

「それから、本日付けで葛城くんが新たにこのBクラスの仲間入りをすることとなりました」

 

 この言葉に皆の視線が葛城君へと集中する。歓迎してるともしていないとも言えない微妙な雰囲気が漂っていても、彼は平常通り冷静な様子で立ち上がった。

 

「Aクラスから移籍してきた葛城康平だ。何故、やどうして、といった戸惑いが大きいとは思う。だが今は目先の特別試験に集中してほしい。一つ言えることは、俺はこのクラスの一員として皆とAクラスを目指したいと願っている。だからこそこうして来たわけだ。新参者ではあるが、どうかよろしく頼む」

 

 葛城君らしい真面目で真っ直ぐな挨拶だ。パチパチパチ、とわざとらしく大きく拍手するとみんなも乗ってくれた。うむうむ、改めてようこそ葛城君。Bクラス、暴君が統治する教室へ! 

 

 ……キャロルが君臨するAクラスと実はあんまり変わらないんじゃあないだろうか。いや、まあね。打倒Aクラスって目標があるぶんこっちのが楽しそうだよね、うん。

 

 クラスは少しざわつくも、いい感じに試験へと気持ちが切り替わりそうな中。荒々しい声が響いた。

 

「待てよ。龍園、これはどういうことだ。テメエが2000万ポイント持ってたことはいい。けどよ、何の断りもなく使うのは話が違うんじゃねえのか?」

 

「時任、テメエ!」

 

 何故たっつーに逆らうんだ、と言いたげな顔で石崎君が席を立つ。うーん、でも時任君の話はわりと正論。

 

 たっつーは手で石崎君を制すると、いつもみたくふてぶてしく口を開いた。

 

「逆に聞くが、俺がおまえらにポイントを返していたところでどうなる。何に使う。服だのゲームだのお遊びがしてぇだけだろ? プライベートポイントはただの小遣いじゃねえんだ。葛城以上の買い物はなかった」

 

 葛城君が完全にモノ扱いされてる件。そんなお買い得商品みたいに言われましても。むむむ、まあでもこっちも正論だなあ。珍しく暴論ではない。

 

「俺は最初に言ったはずだ。ついてくれば楽にAクラスに引き上げてやる。付き従う限りは守ってやるよ。だが俺を裏切るなり、歯向かうヤツは別だ。言っている意味は誰にでも分かるよな?」

 

 今回の特別試験で、みんながわざと手を抜いて負ければたっつーが退学する可能性はある。しかし。たっつーは退学するまでのわずかな間に必ずや報復するだろう。ギラギラとした鋭い眼光が雄弁に物語っている。

 

 葛城君の能力の高さは折り紙付きだし、総合力ならたぶんうちのクラスでも1番になると思う。はっきり言って時任君よりもずっとクラスに貢献できる人材である。Aクラスと戦うにはとっても心強い味方に違いない。

 

 たっつーを認めたわけではないにしろ、これ以上の反論は出来ないようだ。時任君は悔しそうに、されど大人しく腰を下ろした。

 

 空気を読んで黙っていた坂上先生がHRの終了を告げると、司令塔のたっつーは廊下へと素早く移動していた。手には鞄。荷物ごと多目的室に持っていって教室に帰ってくる気はないらしい。

 

 私は慌てて追いかけて声をかけた。

 

「たっつー、退学にならないよう頑張ってね!」

 

「安心しろ。テメエに心配されるほど落ちぶれちゃいねえよ」

 

 おまえにとっての私は一体何なんだ。馬鹿にしてるのか、そこんとこどうなんだろうか。ぶすくれる私へとたっつーは言葉を続けた。

 

「……種目に呼ばれたときは勝て。どれに出ても、だ」

 

「んー、業突く張りだなあ」

 

 この口ぶりだと私はある程度最後まで温存されるようだ。おそらく橋本君やリンリン、神崎君みたいな文武両道メンツと同じ扱いという。

 

 うーむ、期待が重い。そのポジション、葛城君でいい気がするんだけど……いや、彼の活躍をクラスメイトに見せなければいけない以上はさっさと使うべきなのか。

 

「できる限りのことはするよ。でも数学とかはホントやめてほしい」

 

 一応勉強したはしたけど、理系の問題はククリちゃんには合わないのだ。

 

 ハッ、とたっつーがこっちを馬鹿にする感じで薄ら笑いを浮かべる。おまえ、おまえ、一之瀬さんより全然勉強できないくせに! つか学力テストでは司令塔のおまえの関与が当てにできないから私たちはひいこら勉強しとったんやぞ! もっと感謝しろし。

 

「むー、負けたら承知しないからね。龍園君は私たちの王様、なんでしょ?」

 

「クク、誰に物言ってやがる」

 

 おまえじゃおまえ。たっつーじゃ! 

 

 憎たらしいほど不敵に笑って去っていく背中を、私はあっかんべーして見送った。

 

 

 

 

 

 

 教室には監視のためなのか教員が複数人いる。彼らは端末で多目的室とやり取りしているようで、最初の種目は『弓道』だと告げてから一部の教員が離脱して吉本君たちを連れていった。たぶん弓道場に向かうんだろう。

 

 取り残された私たちはおしゃべりをしながらも最後の追い込みにとノートやら教科書やらをパラパラめくる。騒がしくしすぎなければ私語もOKだし、椅子を持って移動しても問題ないらしい。教卓近くの私の席の周りには澪、ひよりん、金田君、石崎君、バーティそして葛城君と豪華メンバーが集まっていた。

 

 この試合については弓道部の吉本君が頑張ってくれるでしょうし、心配はしていない。前に弓道場で見学したときもなかなかの腕前だったもん。

 

 自分たちの選んだ種目で勝つのは最低条件。あとはあっちの学力テストで勝ちをもぎ取れるかどうかだ。

 

 昨日、一之瀬さんたちのクラスの生徒とついに揉めたらしく学校側に訴えられたものの、単なる口喧嘩として両クラスお咎めなしになったという話をしてから。金田君は「そういえば」と口を開いた。

 

「昼休みに多目的室で司令塔の説明を伺った際、坂上先生に色々と聞いたことを気にしているようでしたが……何か考えがあったのですか」

 

「あー。司令塔の私語とか、持ち込みのことだよね」

 

 はい、と金田君が頷くのを見た私は言おうか言うまいか悩んだ結果。まあいいやと話し始める。

 

「龍園君は多目的室、一之瀬さんのお向かいでこれを朗読してるんだ。先生は本の持ち込みは大丈夫だと、私語の制限もないと言っていたからね」

 

 差し出した本をめくって読んだ金田君は絶句した。たぶんギャグ漫画だったらメガネがパリンと割れてる感じのリアクションだ。そして無言で突っ返してきたので、私は葛城君に今度は渡した。

 

「…………俺の目に間違いがなければ、生徒会長と綾小路との恋愛物語に見えるのだが」

 

 うん、と首肯する。大丈夫、君の目は正常だ。これは南雲会長×カピバラ麻呂のBL本である。

 

「ね、ククリ。つまり今、龍園はこの内容を熱演してるってことよね?」

 

 笑いをこらえながら話す澪の言葉に、私は深くふかーく頷いた。せやで、たっつーは一之瀬さんの動揺を誘うためにそれはもう情感たっぷりに読み上げていることだろう。南雲会長とカピバラ麻呂のこと嫌いというか、気に入らないとかそんな感じっぽいし、わりとノリノリに違いない。

 

 一之瀬さんも面食らってるだろうなあ。試験に集中したいのに、尊敬する南雲会長と恋い慕うカピバラ麻呂のハートフルラブストーリーが真正面から聞こえてくるんだもん。聞きたくなくとも聞こえちゃうし無視することはできない。上手く集中力を奪う作戦である。

 

「勝つためには手段を選ばんやつだな」

 

 葛城君は呆れたように、それでいて少し感心したように呟いた。そんな彼にはこの言葉を贈ろう。

 

「あのね、葛城君。『ずるい』『卑怯』は敗者の戯言(たわごと)なんだよ」

 

 某眉毛が繋がっている有名警官のお言葉である。

 

「ククリ。あんま龍園化するのは止めておきなさい」

 

「そうですよククリちゃん。最近、龍園くん度が上がってきている気がします」

 

「たっつーは病原菌かウイルスか何かなのかな……?」

 

 澪とひよりんのたっつーに対する認識がひどい。うん、でも私もわりとそんな感じの認識だわ。

 

 面白かったのか葛城君の口角がちょっと上がった。ふっ、他人事のように眺めているが君もこの愉快な仲間たちにメンバー入りするんやぞ? 

 

 歓迎会どうしよっかなーなんて考えていると、次の種目が『数学テスト』であることが伝えられた。正直そんなに勉強ができないメンバーが指名されていったことからしてどうやらたっつーはこの勝負は捨てるつもりのようだ。

 

 筆記試験が4つもあるため、学力の高い生徒の振り分けはかなり難しくなってくる。一之瀬さんたちのクラスに比べ層が薄いからね。学力の高い人を小分けにしてバランス良く使っていくか、一点集中の総力戦で挑むか。相手がどの生徒を選ぶかも重要だ。自分たちが学力の高い生徒を使って勝っても相手が控えメンバーしか使ってなければ次の勝負で困るのはこちら側になってしまう。教室からは何も出来ない以上、たっつーの采配が上手くいくことを祈るしかない。

 

「勝ったどー!」

 

 着替え終わって帰ってきた吉本君たちが『弓道』で無事に勝利したと言ってくれた。うむうむ、お疲れ様! じゃあこれでたぶん1勝1敗になるな。

 

 数学以外のお勉強をして2試合目が終わるのを待っていた私たちに、やがて教員は『化学テスト』が3種目めになったと発言。必要人数が少なめに設定されてるこのテストでたっつーは勝ちに行く気らしく、ひよりんや葛城君たち勉強できる勢が旅立っていく。いってらっしゃい! 

 

「ごめんなさい、負けました……」

 

 入れ違いみたく戻ってきた『数学テスト』組は予想通り敗北したことを教えてくれた。そんな悲壮な顔をしなくとも。しゃーないって、最初から負ける前提だったよ。まあOAAのこと考えると学力を上げる必要はあるけどさ。

 

 順調に理系科目が消えていくのでほくほく顔で机に向かう。一つ目の種目がこっち、二つ目三つ目があっちのだったから次はまたこっちの種目になるのかな? 2人とも同じことを思ったのだろう、バーティと石崎君はウォーミングアップを始めている。小宮君と近藤君もそれに触発されたようで一緒に身体を動かしていた。そんな彼らを澪はちょっと冷めた目で見ている。

 

 澪曰く、一之瀬さんたちのクラスの人を倒すくらい準備運動代わりに軽くこなせるとのこと。か、格好いい……! 

 

 こ、コホン。さて。一之瀬さんは普段からコツコツやって安全性を確保していくタイプで、突発性のアクシデントへの対応力はそんな高くないらしい。突然葛城君というノーマークかつ強力な生徒が出てきた時の衝撃はけして小さくはないだろう。逆の立場で言えばリンリンや平田君、カピバラ麻呂みたいな生徒が一之瀬さんクラスに現れる感じだよね。うん、めちゃくちゃびっくりするわ。

 

 それが功を奏したのか。ともかく軽快な足取りで私たちのもとに帰還したひよりんはビシッとビクトリーポーズを決めた。かわいい。しかしマジか! 本当に勝てたんだ、すごい!! 

 

 いえ〜いと勝利のハイタッチを交わす。金田君や葛城君たちとも。いやー、お疲れ様っす。あ、そうだ。焼そばパン食べます? 実は何個か買っておいたんだよね。

 

 次は俺が……という感じでメラメラと闘志を燃やす石崎君だったが、教員からどことなく申し訳無さそうに告げられた4戦目は『社会テスト』。次に備えて生徒を温存する方針っぽいたっつーはまたも成績低めのメンツを招集していた。

 

 武闘派組と、あと私の出番はないのか。ドキドキしつつも呼ばれたときに備えて勉強を続ける。2周目になることはないだろうと、ひよりんたちは教師役になってくれた。特に教え方が上手いのは葛城君。双子の妹さんによく勉強を教えていたそうだ。夏休み、生徒会室へと一緒に行った時の用件も妹さんのことだったんだとか。いいお兄ちゃんしてるんだなあ、葛城君は。確かにイメージ通りかも。

 

 そんなこんなで『社会テスト』も採点まで終わったらしく5回戦は『空手』だと発表される。石崎君、鈴木君、小田(おだ)君の3人が選ばれ教室を出ていった。

 

 

「悪い、だいぶ差ァつけられて負けたわ」

 

 それからちょっとして『社会テスト』組は疲れた様子で席へと戻る。社会は元々他の科目に比べても範囲がべらぼうに広かったからなあ。ま、これで2勝2敗だね。本来ならイーブンってことになるだろうけど、やる気満々の石崎君はあっという間に勝利を収めてくれるでしょうな。

 

 勝ち抜きルールを採用した、1試合3分の寸止め空手。司令塔の関与によって任意の対戦を一度だけやり直すことが出来るので、もし何かあって負けちゃったとしても再戦可能である。圧倒的パワーによるゴリ押し。うちのクラスらしい種目と言う他ないだろう。

 

 実際、石崎君が全身で喜びを表現しながら教室に入ってきたのはかなりはやかった。お疲れ、と声をかけていると第6種目めは『柔道』だとの知らせが。必要人数は1人の種目。教員の求めに応じてのっそりとバーティが移動し始める。

 

 今は3勝2敗。勝利にリーチがかかった状態だ。これでバーティが勝てば、もう私たちの勝ちが決まる。

 

「バーティ、ファイト!」

 

「アルベルトくん、グッドラックです」

 

「山田。悔いが残らぬよう、行ってこい」

 

「ま、あんたなら余裕だって」

 

「山田氏、いつも通りのあなたならば大丈夫でしょう」

 

 バーティは何も言わずに、ただグッと拳を上げた。(おとこ)は背中で語る……! 

 

「アルベルト。おまえを信じてるぜ」

 

 石崎君が拳を合わせる。いつの間にか結構仲良しさんになっていたみたい。

 

 そしてバーティは去っていき────すぐに引き返してきた。ん、どうした? 

 

「えー、今回の試合。相手クラス、生徒選択の時間切れによりBクラスの不戦勝です」

 

 …………

 

 ……う、うん。

 

 嬉しいよ? いやさ、勝ててとっても嬉しいよ? でもね。

 

 いたたまれない……すごくいたたまれない。これから最終決戦に挑むぜ!みたいな雰囲気作っておいて戦わずに勝ちってことになっちまったよ。ちょっと恥ずかしい。

 

 みんなで顔を見合わせる。私たちの心は一つになった。よし、さっきの一幕はなかったことにしよう。

 

 え、えーっと、これで4勝2敗。あとはもう勝とうが負けようが試験の勝利は確定している中、最後の種目は『PK』。順当にサッカー部の園田君が選択されていた。いってらー。

 

 ふむ、だがしかし。こうなるとあれだよね。私、勉強した意味なかったのでは……? 結局何の種目にも参加しなかったんだけど。たっつーめ、呼んだら勝てとか言っておきながら呼ぶことすらしないとは。嫌がらせか。だとすりゃすっごい効果てきめんだったよ。

 

 むーと唸っていると、澪とばっちし目が合う。そうか、私は一人じゃない。澪も種目に出られなかった仲間だ! えへへ、と笑うと彼女のほうから口火を切ってきた。

 

「PKでもなんか作戦あったの?」

 

「ん? あー、そうだな。たしか柴田君の端末のメモ帳に微笑ましいポエムが載ってたから、それを音読してあげるとか何とか」

 

「鬼畜ね……」

 

 そんなことはない。1対1のところで、司令塔と教員以外には聞かれないんだし。十分良心的だと思うぜよ。

 

 

 

 

 

「最終種目『PK』はCクラス柴田(そう)の勝利で幕を閉じました。よって、4勝3敗で本クラスの勝ちとなります。Bクラスのみなさん、おめでとうございます」

 

 なんと。柴田君は精神攻撃を耐え抜いたらしい。いや、園田君が何も言わなかった可能性もあるか。同じサッカー部だもんね、あんま仲悪くなるのは嫌よな。

 

 まあたかだか30クラスポイントの差で……うーむ、結構大きいな、月3千円て。でも駄目だったもんは駄目だったで仕方ないからなあ。うん、勝って130クラスポイント得られたし、一之瀬さんのプロテクトポイントを剥がすこともできた。十分な成果だ。

 

「それではこれでBCクラスの特別試験は終了しますが、まだADクラスは試験中です。種目に出場していた園田くんが戻り次第、私どもの誘導によって校舎外に移動。そして解散という流れになるので、このまま教室で待機していてください」

 

 ほほう。こっちの試合のほうが早く終わったのか。キャロルとカピバラ麻呂の戦い、どうなったか気になるんだけどなあ。あとで教えてもらおう。

 

 終わったー、と皆ガチャガチャと椅子を席に戻していく。帰り支度を整えた私は葛城君の席まで移動して、わざと大きめの声で話しかけた。

 

「さーて、葛城君ってたしか結構ポイントお持ちだったよね?」

 

「ああ。140万ポイントほどあるが……」

 

 流石元Aクラス。あと、船上試験で竜グループはみんな50万ポイントゲットしてたからね。そのぶんもあるんだろう。

 

 突然ポイントの話題を出した私に葛城君は不思議そうな表情を浮かべた。うふふ、君がうちのクラスに馴染めるようお手伝いしてやろうとも。

 

「みんなー、今日はお祝いに葛城君が何でも奢ってくれるって! 何食べに行くか決めようか」

 

 おー、と歓喜の声が溢れたあとに「肉!」とか「和食!」とか皆口々に食べたいものを言っていく。2月から節約気味の生活だったからね。他人の財布で思いっきり食べれるのはさぞかし気持ちいいに違いない。

 

「わんぱくさんが多いクラスですからね。葛城くんは気をつけておきませんと、財布がすっからかんになってしまうかもしれませんよ?」

 

「お手柔らかに頼みたいものだな」

 

 にこにこと話すひよりんに対し苦笑している葛城君に、私はこっそり耳打ちする。

 

「ごめん。ポイントはあとで龍園君に出させるようお願いしておくよ」

 

 2000万ポイント払ってもまだやつにはポイントが残ってた。まあ元々私たちのお金だしね。あと、今日の勝利で40万ポイント追加でゲットするわけだし。

 

「いや、構わん。よそ者の俺が溶け込むにはいい機会だ、身銭を切るべき時だろう。京楽の気遣いには感謝する」

 

 葛城君……イケメンだ……! やっぱいい人だなあ。たっつーも彼の爪の垢を煎じて飲めばいいと思う。

 

 まあ司令塔として頑張ったわけだし、一言だけ送ってやるか。【お疲れ様】、と。

 

 ちょうど送信したあたりで、知らない連絡先からチャットが届いた。あ、でも知ってる名前だ。ふむ。明日会いたい、とな。別にこの時間は空いてるしいいか。

 

 了承する旨の返事を打っていると、温かい風が私のほうへと吹きつけてきた。少し窓が開いているからだろう。そちらに目をやると、桜の(つぼみ)(ほころ)んできているようだった。

 

「春だねえ」

 

 出会いと別れ。卒業と入学。そう、明後日は卒業式だ。

 

 わいわいと葛城君がクラスメイトに囲まれているのを見て。春だなあ、と私は心のなかでもう一度呟いた。

 

 

 

 

 

 

(笑う人と笑わない人では後者のほうが死亡率や病気にかかるリスクが高いらしい)

 

 

 

「葛城君、大丈夫? 龍園君にいじめられてたりしない?」

 

 瞳を覗き込むようにじっと見つめられる。その問いかけは、優しい響きを伴っていた。

 

 京楽菊理という少女は、どうも周りにまでほのぼのとした雰囲気を波及させてくる。調子が狂う、と言えばいいのか。とにかくこちらのペースを乱してくるのだ。

 

 それは彼女のことを警戒している葛城であっても逃れられないものであり、こうして対峙してもついつい気が緩みがちになってしまう。

 

 これではいけないと気を引き締め直してから、葛城は口を開いた。

 

「今のところ特に問題は生じていない」

 

 確かに龍園は横暴であり、無茶を言うことも多い。しかし葛城はずっと他クラスに所属していたとはいえ、龍園との付き合いも長いのだ。対処には慣れきっていた。

 

「ならよかった。いやー、葛城君ずっとムッとした顔をしてるから、ちょっと心配になってさ」

 

 戸塚のことが尾を引いているのもあるのだろうが、葛城自身、自分は笑顔を作るのが苦手という自覚があった。それでだろう、と話すと京楽は「ふむふむ」と考え込むポーズを取る。

 

「笑顔が苦手、かあ。わかるかも。私もよく鏡の前で笑顔の練習したりするんだよね」

 

 いつもニコニコしている彼女にしては意外だった。そんな葛城の視線に気づいたらしく、京楽は言葉を続ける。

 

「ほら、笑うとドーパミンだとかエンドルフィン、セロトニンみたいな脳内物質がドバドバ分泌されたりして身体にいいって言うでしょ?」

 

 怪しい薬みたいな言い草であったが、葛城も耳にしたことはあった。それらの脳内物質は幸福感をもたらしストレスを和らげるのだという。

 

 しかし、彼女は坂柳が葛城について「『外敵の駆除は簡単ですが、味方への対処は誤ると面倒なんです』とか言ってたよ」と告げるときも場違いな笑顔を浮かべていた。話半分で聞いておいたほうが良さそうだ。

 

「良ければ葛城君も一緒に練習してみる?」

 

 にっこりと、善意としか受け取れない申し出だったが、葛城の心は決まりきっていた。

 

「やめておこう。京楽が相手では俺の技量が低すぎて満足な練習は出来ないだろうからな。するにしても別の人選を考えてみよう」

 

「うん、葛城君がそれでいいならいいと思うけど……」

 

 そうは言いつつも少々不満げだ。何だかんだ彼女も一人での練習は物寂しいのかも知れない。しかし葛城は譲る気が無かった。笑顔が本当に苦手な彼としては、練習相手を作るのであればせめて男子にしたいと思っているのだ。

 

「あ、でも龍園君だけはやめたほうがいいと思うよ?」

 

 これには葛城も即座に同意を返す。龍園の笑い方はかなり独特であるし、そもそも嘲笑が多い。実直な葛城にはとてもじゃないが合わないだろう。あんな感じの表情を浮かべるくらいなら無表情のほうがマシだ、というのが2人の共通した見解であった。

 

 

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