ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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あきらめを十分に用意することが、人生の旅支度をする際に何よりも重要だ。

 ヘラクレス。ギリシャ神話の大英雄だ。ローマ神話ではヘルクレス。英語ではハーキュリーズ、フランス語ではエルキュール。名前くらいは誰でも知ってるだろう。

 

 彼はギリシャ神話の最高神ゼウスと人の間に生まれた子。つまり浮気ということで、ゼウスの妻の女神ヘラの怒りを買っていた。赤ん坊のヘラクレスを殺そうとヘラは2匹の蛇を放つ。しかしヘラクレスは素手でこれを絞め殺したのだ。

 

 やがてヘラクレスは妻をもち子をもうけるも、ヘラによって狂気に取り憑かれ子どもたちを炎に投げ入れて殺してしまう。正気になったヘラクレスは神託を伺い罪を清めるため『12の難業』、ネメアの獅子退治やレルネの水蛇(ヒュドラ)退治、黄金の林檎を取る際にはそれを守るドラゴンのラドンを倒し手に入れる等々を行い、全てクリアした。しかし。結局、彼は痴情のもつれによって衣に塗られたヒュドラの毒に苦しんだため周囲に生きたままの火葬を頼み焼死をとげた後、昇天し神となったという。

 

 ヘラクレスは怪力で有名だが、数々の試練を乗り越える粘り強さや知性も持ち合わせていた。彼の象徴は棍棒や獅子の毛皮だが……蛇、というのもその人生に大きく関わっているように思う。

 

 

 蛇、というと私が連想するのは小学校の遠足だ。大きな蛇が出てきたのだ。毒々しい蛇だった。美しい蛇だった。

 

 ある少年が石を振り下ろし、蛇は肉片と化した。血が、肉が、飛び散っていた。

 

 私は残念に思った。蛇をもっと眺めていたかったのに、と。ぐちゃぐちゃになった肉塊は何も言わず、どこへも動けなくなっていた。あの蛇は天に迎えられたのだろうか。

 

 それからの少年はヒーロー、にはならなかった。問題行動の連続。暴力的な、典型的な不良児になっていた。

 

 「あれではろくな大人にならない」みな口を揃えて言った。

 

 数々の苦難を乗り越えるのは果たして英雄(ヒーロー)だけなのだろうか。

 

 中学生以降の、彼の動向を私は知らない。知らなかった。

 

 

 

 §

 

 

 

 夏だ! 海だ! 豪華客船だ!! 

 

 眼下に広がっているのは青く美しい海。とっても雄大な自然の魅力がビシバシ伝わってくる。

 

「わー、すごいきれいな景色だね、伊吹さん」

 

「そうね」

 

 昨日東京湾から出港し(残念なことに紙テープを投げるのはやらなかった)船は順調に南へ。ヨーソロー!と学校所有の無人島へ向かっている。到着するまではずっと自由行動だし、お昼ごろ島に着いたら着いたでプライベートビーチにて自由に泳いでいいのだという。船に備わる豪華施設はすべて無料で利用可能。生徒はみな誰も彼もが明るい顔である。

 

 聞いた話だと昨日はみんなレストランへ行ったりシアターへ足を運んだりプールで遊んだりと思い思いに楽しい時間を過ごしてたみたいだ。私はというと、部屋の中、読書するひよりんの傍で爆睡した。

 

 勿体無いことを、と思われることは重々承知している。

 

 いや、言い訳をさせてもらうと、まず昨朝(さくちょう)の集合時間がすごい早かったのだ。そしてバスに揺られてから乗船して、とりあえずスパを体験してみた私はもう完全におねむモードに移行してしまったのである。どうせ船のサービスは後で堪能できるしゆっくり休む日にしようと決めたのは間違った判断ではない、はずだ。枕が変わって寝付けないなんてことには勿論ならず。すやすやと私は夕方まで惰眠を貪った。起きてからもなんか寝すぎて逆に眠くなるという現象が発生。めちゃくちゃぼーっとしていたので、あんまり昨日の記憶は無かったりする。それでもちゃんと覚えている部分はあって。

 

「昨日はありがとうね、伊吹さん。今日もこうして付き合ってもらっちゃって」

 

「別に、いい」

 

 優しい……むむ、頼めばタイタニックごっごとかしてくれないかしら。ワクワク。

 

 さて、伊吹さんがどうして私と行動をともにしているか。これは、昨日の出来事が原因だったりする。

 

 

 §§§

 

 

 夕陽が海を赤く染め上げている頃。目覚めた私はポワポワした心地で船内をさまよっていた。

 

「おい」

 

 デッキに足を踏み入れたところで、肩を掴まれる。

 

「ん〜? あ、龍園君だ。おはよー」

 

「何時だと思ってやがるテメエ」

 

 当たり屋のような絡み方に相変わらずのチンピラくささを感じていると、それがバレたのか額をこづかれた。バランスを崩しふらっと手すりにぶつかる。むぅ、眠い。

 

「んな状態で出歩くなド阿呆」

 

 反論しようとしたら、さらに後方から怒声が飛んできた。

 

「龍園!」

 

「何だ、俺が恋しくなったか伊吹」

 

 それはない。絶対にない。100%有り得ない。

 

 伊吹さんは私とたっつーの間に割り込み、こちらを庇うように背を向ける。か、格好いい。私の心はすごくすごくときめいた。

 

「話があるなら俺の部屋で聞いてやるぜ? 無論2人きりでな」

 

 同室の人間はどうしたんだ、おまえ。まさか追い出したりするんだろうか。

 

「ふざけんな。あんたのそういう態度、反吐が出る」

 

「そうか。俺としてはからかい甲斐があって面白いがな、お前の反応は」

 

「……クラスメイトには手を出すな。もう十分でしょ」

 

「悪いな伊吹。支配は俺の趣味なんだ。中毒みてえにやめられないものさ」

 

 むむ、趣味が悪い。しかし私のために争わないで!と割って入るタイミングを逃してしまったな。いや、2人が言い争うのはいつものことだし、あんま私関係ないことはわかってるけれども。

 

 この光景を目撃してるカピバラ麻呂などには、やはり罪な女という印象を抱かれてるんだろうか。そう思いつつ、伊吹さんに手を引かれた私はデッキをあとにした。

 

 

 §§§

 

 

 と、まあ4月からずっとたっつーが皆を暴力で屈服させる様子を見続けてきた以上警戒するのは仕方ないかもだけど、とにかくあれ以来伊吹さんは護衛のように出来るだけ一緒に行動してくれているのだ。

 

 さて、昨日に比べ他の生徒たちもここデッキには多い。船はたっぷり楽しんだことだし、今は景色を楽しもうという人が多いんだろう。私もなんとなく青い海と空を撮ったりしてみた。うーん、写真のセンスあんまりないんだよなあ。

 

『生徒の皆様にご連絡します。もう少しすると島が見えて参りますので、お手すきでしたら是非デッキにお越しください。非常に意義ある景色を楽しめる一時(ひととき)となるでしょう』

 

 パシャパシャしているうちに船のアナウンスが鳴る。意義のある景色があるなら意義のない景色もあるんだろうか……? 

 

 でもちょうどデッキにいてよかった。続々と生徒たちが集まってくる。

 

 ちょっと詰める感じになるも、伊吹さんはさりげなく男子から私を守ってくれる。きゃっ、イケメン。

 

「見た目通り野蛮な男だな。お前らもそろそろ立場ってもんが分かってきただろ。ここは実力主義の学校、Dクラスごときに人権などない。不良品は身の程を弁えてAクラス様に場所を譲れ」

 

 船首の方から聞こえる騒ぎに私は眉をひそめた。日本国憲法勉強しとけやてめーら。この学校の仕組みを理解してるならAクラスの転落の可能性があることも理解できないのか。バカンス中とはいえ生活態度なんかで減点されることも考えられるのに。

 

「ああいうことするヤツ、嫌い」

 

「私も……」

 

 やれやれと2人でため息を吐く。Aクラスもああいう人ばかりではないだろうけど、嫌だなあ。楽しい気分が台無しだ。

 

 気を取り直してカメラで島でも撮ろうかと思うも、まだその姿は見えてきていなかった。

 

「ね、伊吹さん。私、話しておきたいことがあるの」

 

「何?」

 

「今までタイミングを逃して言えなかったんだけど……できれば、さん付けから脱却したいなーって」

 

「…………勝手にすれば?」

 

「いいの!?」

 

 やったぜ。んーとじゃあ、伊吹さんの呼び方候補は。伊吹ちゃん、澪ちゃん、澪、ブッキー、ミーオあたりなんだけど。どれがいいのかなあ。

 

「じゃあ、(みお)、とか……呼んでいい?」

 

「別に。いいよ、それで」

 

「ほんと? やった! じゃ、今度から澪って呼ぶね。わーい、嬉しいな」

 

「大げさ」

 

 クスっと笑う澪はいつもに増して可愛く見えた。むむっ、これがバカンス効果……? 

 

 しばらくお喋りしていると、やっとこさ島が見えてきた。生徒も皆はしゃぎ出したところで、軽く説明の放送が入る。

 

 私はそれを聞きつつパシャリとまた写真を撮ってから、停泊するのを見ようとしたのだが────船は島をぐるりと回りだした。珍しい景色なのでそのまま動画で撮影してみる。これが有意義な景色? でも移動が速くてよく見れなかった。普通の遊覧船の倍以上ではなかろうか。もっとゆっくり回って欲しかったぜよ。

 

「広い森があったね。探検なんかしたりするのかな?」

 

「かもね。でもあんまりはしゃぎすぎると……いや、たとえ遭難したとしてもあんたはどこでも生き残れるか」

 

「一人で生き抜けと!? 流石にそれは無理かな。私、虫とか駄目だし。ペンションもちょっと心配」

 

「あんたにも怖いもんとかあるんだ。ま、もし出てもそのくらい私がやっつけるし。大丈夫でしょ」

 

 やだ、澪のハンサム……! でも単独ではぐれちゃったらと考えるとすごーく嫌だな。うん、あんな鬱蒼(うっそう)とした森の中を歩くなんてことがあればオナモミ(ひっつき虫)みたく澪にくっついてよーっと。

 

『船での移動、お疲れ様でした。まもなく、本校が国より管理を委託されている孤島へと到着します。生徒の皆さんはジャージを着用し、所定の鞄に荷物をきちんと入れた上で、端末をすぐに取りやすい状態で持参してデッキに集合してください。こちらが指定していない物につきましては持ち込み禁止のため、全て部屋に置いていくようお願いします。また、集合時間は今から30分後ですのでお手洗いは済ませておくことをおすすめします』

 

 再びアナウンスが流れる。トイレの激混みを予感した私たちは急いで行くことにした。女子のトイレは混むときはすごい混むんだ……。

 

 トイレで並んでいると通知が来た。たっつーだ。

 

【おい、お前写真撮ってただろ。送れ】

 

 旅の思い出にアルバムでも作ってくれるんだろか。たっつーにしては気が()くじゃあないか。まだあんまりないけど今までに撮った写真と、一応島を撮った動画の方も送ってあげる。しかしデッキで私のこと見てたのかな。どこいたんだろ? 

 

【はい、送ったよ。クラスのグループにも送っとこうか?】

 

【いらねえ】

 

 一人でアルバムを作ってくれるらしい。うんうん、頑張ってね。

 

 部屋に戻ってジャージに着替え、デッキへ(おもむ)く。

 

「ね、島に行く前に写真撮ろうよ」

 

 なんかたっつーが頑張っているらしいし写真を多めに撮ることにしてあげよう。

 

 いっぱいシャッターを切っていると船はゆっくり桟橋(さんばし)へついた。どこからか歓声があがる。

 

「これよりAクラスから順に下船口へ向かう。降りる際には担任の先生に端末を提出するように」

 

 た、端末は回収、だと!? そんな殺生な。現代っ子は携帯無しじゃあ生きていけないよ。うう、自然に帰れということなのか。

 

 船の乗り降りには下層のほうにある出入り口を使う。一旦デッキに集めたのは、まあ団体行動のためとかそのあたりかな。ちなみに陸との間に作る通路というかタラップというかはギャングウェイと言うらしい。すごくアウトローな雰囲気に聞こえるけど、船員さんをギャングと呼ぶこともあるからだとか。

 

 移動を開始する生徒たちは新たな土地にワクワクしているのだろう、その足取りは軽い。しかし()だるような暑さだな……語彙力溶けちゃう……あちぃ。

 

 随分進みが遅いなと思っていたら、荷物検査がかなり厳重だった。テーマパークに入るときみたいだ。

 

 タオルの中に本を隠していたひよりんはあっさりと発覚して没収されていた。ひよりん……! 

 

 こんな厳格とは思わなくて鞄にストラップつけたりしていたけど、それはOKみたいだった。まあ鞄はクラスごとに色が違うとはいえ、みんな同じで区別つかないもんね。

 

 Dまでが島に上陸すると各クラス点呼が始まって、うちのクラスはもちろん全員そろっていた。他クラスも問題なかったらしく、Aの真嶋(ましま)先生が壇上に登場しお話が始まる。筋肉質でジャージの似合う彼はどうも学年主任的な立場らしい。

 

「ここに第一学年159名が無事到着できたのは、とても喜ばしいことだ。だが同時に1名、病欠で参加できなかった生徒がいることを残念に思う」

 

 生徒はのんびりしてるけど、先生方はとってもピリピリしているように見える。少なくともこれからプライベートビーチで水泳!よりはこれからデスゲーム始めます☆の雰囲気に近い。

 

「ではただいまから───本年度最初の特別試験を行う」

 

 先生はそう、厳かに話し始めた。

 

「期間は今日を含め7日間、つまり8月7日の正午までだ。これより1週間、諸君はこの無人島で集団生活を行い過ごす試験を受けることとなる。なお、この特別試験は実在する企業研修を参考にして作られた実践的、かつ現実的なものであることを述べておこう」

 

 ふむ、無人島で研修だなんて面白い企業もあるもんなんだな。ってかやっぱこれ、ただの旅行じゃなかったのか〜。試験なのね。

 

「本島でどのように生活するか、そこに教師は基本的に口出ししない。全て各々(おのおの)で考えて行動してくれ。このあと、クラスごとにテントを2つ、懐中電灯を2つ、マッチを1箱支給。そして日焼け止めは制限なく、歯ブラシは各自1つずつ配布する。また、女子生徒に限り生理用品も無制限となるので、適宜(てきぎ)担任の先生へ伝えなさい」

 

 Oh!すごい、サバイバル! え、日焼け止めってちゃんと種類用意してあるかな? SPFとPAいくつかとか教えてほしいし、ウォータープルーフとかオーガニックのとかないと困るんだが。でも2人も女の先生がいらっしゃるし、大丈夫だよね……きっと。あと生理用品のときだけ坂上先生じゃない方がいいんだが。駄目なのかな。BとDの女子がちょっと羨ましい。

 

 過酷なサバイバルの予告にDクラスの男子が先生に噛みつくも、一蹴されていた。前に図書館にいた人な気がするけど名前は忘れた。うーん、男子の方が正論な気がしますね。なんか先生、キャンプファイヤーとかBBQとかやってもいいよって謎のこと言い出したし。よくわからない。

 

「本試験では、各クラスに試験専用のポイントを300支給する。このポイントの使い方次第では1週間を旅行のように楽しむことも可能だ。

 今(かか)げているマニュアルには、物品リストが載っている。生活に必要な飲料水や食料は勿論のこと、バーベキューがしたければその機材や食材を注文すればいい。他にも海を満喫できる遊び道具のラインナップは豊富だ。保有する試験専用のポイントの範囲内であれば、誰でも希望する物を購入できる」

 

 ポイントで色々なものが買える。そして、遊ぶのも『自由』だってことか。

 

 じゃあただ300ポイントでみんな遊ぶということ? そう楽観した私は、次の一言で地に落とされた。

 

「特別試験終了後、各クラスの残存ポイントはクラスポイントへと加算される。これは夏休み明け───9月1日に反映する予定だ」

 

 あー、あー、はいはい。クラスポイント欲しけりゃサバイバルしろ、と。卑怯だぞ学校側! 

 

 これがクラスポイントを賭けた争いなわけね。すっごく忍耐力が試されそうかも。

 

「マニュアルは各クラス1冊ずつの配布であり、紛失等があっても再発行可能だがポイントの消費が必要だ。また今回の旅行の欠席者はAクラスの生徒のため、特別試験のルールに基づきマイナス30ポイントのペナルティを与える。よってAクラスは270ポイントでのスタートだ」

 

 え、病欠でもそのクラスは一ヶ月3千円損しちゃうの? うーん、厳しいなあ、学校側。Aクラスの人たちは動揺してないっぽいけど……まあ今回は最上位クラスへの減点だから他のクラスにとっては助かることなんだけどさ。

 

 解散。そしてCクラスは坂上先生の下へ集まる。補足説明があるらしい。

 

 先生はまずたっつーにマニュアルとボールペンを渡した。たぶんそうすれば黙ってると思ったのだろう。流石、4ヶ月の付き合いがあると生徒の扱いにも慣れてきてる。

 

「それでは、まず皆さんに腕時計を配布しましょう」

 

 この腕時計は試験終了までつけてないとペナルティが科されるらしい。完全防水で、私たちの体調管理と、GPS機能もついてるんだとか。ハイテクだなあ。壊れてもすぐ取り替えてくれるとのこと。非常ボタンを押せば学校側に緊急事態を伝えられるので、躊躇(ためら)わずに押すように、と優しく言われる。そういえば豪華客船の船尾のほうにはヘリが一機あった。あれが緊急時には出動してくれるのかしら。む、ちょっと見てみたいかも。

 

「さて、マニュアルの最後のページにはこの特別試験を象徴する非常に重要な情報、マイナス査定の4項目が載っています」

 

 坂上先生がちらっとたっつーを見るも、奴は無視してマニュアルを読みふけっている。先生は諦めたらしく、やれやれと指で眼鏡を押し上げてから話を続けた。

 

「一つ、著しい体調不良や大怪我等により試験続行が難しいと判断された者が出た場合、マイナス30ポイント、及びその生徒はリタイアとなります。

 二つ、環境を汚染する行為を発見した場合、マイナス20ポイントです。

 三つ、毎日午前8時・午後8時に行う点呼に不在の場合、一人につきマイナス5ポイントです。

 そして四つ、他クラスへの暴力行為・略奪行為・器物破損などを行った場合、当該生徒の所属するクラスは即失格とし、対象者のプライベートポイントは全て没収されます」

 

 なるほど。うん、まっとうにやれ、健康に気をつけろ、点呼に来いということかな。Aクラスの−30ポイントもこのリタイア扱いなんだね、きっと。

 

「担任は試験終了まで各クラスと行動を共にします。なので、ベースキャンプを決めたら報告をお願いします。先生も拠点を構えて、点呼はそこで行います。それから一度ベースキャンプを決めた後は、正当な理由無くベースキャンプの変更はできないのでよく考えるようにしてください。これらに例外はなく、他クラスも同様の条件です」

 

 ベースキャンプって……なんかすごーくサバイバル。うう、実感がないや。ついさっきまで豪華客船にいたのになあ。

 

「支給品についても説明しましょう。まず、支給品の破損や紛失に関して学校側は一切手助けは致しません。新しい物が必要な場合にはポイントを消費することをご留意ください。

 さて、支給するテントは8人用のものを2つです。重量は15キロ近いため、運ぶ際は十分に気を付けてください。

 また、簡易トイレもクラスに1つずつ支給します。先に言っておきますが、海や川はもちろん、森の中で適当に用を足すことは認められていません。では、今から使い方を説明するので耳を傾けてください」

 

 先生はテキパキと段ボールを組み立てた。流石のたっつーもちゃんと見ているようだ。

 

 青いビニール袋をセットし白いシートのようなものをその中に入れる。これらを取り替えるのは無制限に行っていいらしい。ううーん、でもなんかこう、気持ち的にアレだよなあ、色々と。トイレってかなり大切な問題よね。

 

「さらに追加ルールをお話します。マニュアルに記載されている通り……」

 

 たっつーに視線が集まる。彼は聞いているのかいないのか、たぶん聞いているだろうがまたシカトした。ルールを暗記してる坂上先生の記憶力の良さに心から感謝するといいと思う。

 

「まもなく皆さんは試験会場であるこの島を自由に移動できることになりますが、ここには特定の『スポット』と呼ばれる場所があります。それらには占有権が存在し、このスポットを使用できる権利をどのように用いるかは占有したクラスが決められます。

 ただし占有権は8時間ごとに自動的に解消されます。その都度別のクラスに取得する権利が発生するということですね。占有されていなければ何箇所でも同時に押さえられますし、繰り返し同じクラスが押さえても大丈夫です。また、他が占有しているスポットを許可無く使用した場合50ポイントのペナルティを受けることになります」

 

 島にはスポット。クラスで占有するもの。8時間でリセットだから、誰の占有権もないスポットを他クラスと取り合うことや連続占有はOKということね。で、他クラススポット無断使用は−50ポイントと。

 

「そして、スポットの1度の占有につき1ポイントのボーナスを得ることが出来ます。同クラス、同スポットの再占有でも同じです。ただしこのポイントは暫定的なものであり、試験中の使用は不可。試験終了時の精算、加算となっています」

 

 スポット占有1回1ポイント。ただし加算は試験の終わったあと、つまり物資の購入には使えないと。

 

「スポットを占有するには専用のキーカードが必要です。このキーカードを使用することが出来るのはリーダーとなった人物に限定され、正当な理由無くリーダーを変更することは出来ません」

 

 リーダー、キーカード持つ。スポット占有できる。重要な役割だね。正当な理由無しの変更不可ってのはベースキャンプと同じ感じなのかな。

 

「7日目の最終日、午前8時の点呼のタイミングで他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられます。その際、1人的中させるごとに50ポイントを得ることができます。そして逆に言い当てられたクラスは代償として50ポイントを支払い、さらに試験中スポットの占有によって得たボーナスポイントも全て失うことになります。また、この指名を誤った場合、マイナス50ポイントのペナルティが科されます」

 

 点呼。つまりクラスのベースキャンプで7日目午前8時にA、B、Dのリーダーを当てると1つにつき+50、Cが当てられると−50ポイントと。私たちが当てたクラスは−50ポイントされるから、要はリーダー当てで100ポイントの差が出ちゃうんだね。さらにリーダーが当てられるとスポット占有のポイントもお釈迦になっちゃう。んで、リーダー外したら−50ポイント。

 

 例えば一番Cにとって良い結果、Cはリーダーを全部当てて他クラスはCのリーダーを外したら、他クラスは−50ポイントずつでスポット占有ポイント0、Cは+150ポイント+スポット占有ポイントになるのか。

 

「学校側は常に監視をしているため、このルールにおける不正の余地はありません。くれぐれもその点には注意するようにしてください」

 

 うむむ……重ね重ね、まっとうにやれってことですね。聞こえてるかいたっつーよ。たぶん学年の中では一番お前に言ってるぞ。

 

「さて、各クラスはそれぞれリーダーを必ず1人選出しなければなりません。リーダーにはその名前を刻印したキーカードを支給するので、決まり次第報告してください。制限時間は今日の点呼、つまり午後8時までです。それまでに決まらない場合はこちらで勝手に選ぶことになってしまいます」

 

 リーダーは名前の刻印されたキーカードを使ってスポットを占有しないといけないと。正体を隠すのたいへんだね。でもランダムで決められても困っちゃうから、夜までに決めないとかあ。もうお昼だから悠長にはできないな。

 

「説明は以上です」

 

 そう坂上先生が言うなり、たっつーは顔を上げた。お前さん、一応話聞いてたんだね。

 

「ポイントを使い切ってからリタイアした場合はどうなる。それと、最終日の点呼はクラスごとか?」

 

「……試験専用のポイントは、0となった後で更に減点となる事態が起きようともマイナスにはならない。クラスポイントやプライベートポイントに影響が出ることもない。そして、最終日の点呼はもちろんクラス別だ。このリーダーを言い当てる時間の後、正午に試験は終了する。その際はじめて各クラスが集合する必要がある」

 

 うーむ、ルールがいっぱいで頭パンクしそう。というか点呼はベースキャンプでやるらしいから最終日もクラスごとに決まってるじゃん。何でわざわざ確認したんだろ、こいつ。

 

「リーダー指名の方法は?」

 

「通常時の点呼と同じで午前8時、教員のいるテントに集合すればこちらからプリントと筆記用具を渡す。そこにリーダーと思われる人物をフルネームで記入するだけだ。漢字でも、平仮名やカタカナでも構わないが、一文字でも間違えれば不正解とみなすので慎重に答えるように。制限時間はどのクラスも一律で3分間。回答の放棄は自由だが延長は認められない」

 

 フルネームってことはなにげに他クラスの生徒の情報を把握してることを要求されてるよね……金田君とか頭のいい人はさらっと記憶してそうだけど私は怪しいかも。リーダーの顔はわかっても名前がわからないなんてことになれば大惨事だ。他クラスとの交流の多い生徒のほうがリーダーを当てるにはちょっと有利で、逆にリーダーになると当てられやすくなっちゃうからちょっと不利かな。

 

「最終的なポイント内訳及びリーダー名は発表すんのか?」

 

「結果発表は、各クラスの最終的なポイントの数値のみを告げる。発表後、この結果についての質問は一切受け付けない」

 

「他クラスのリーダーを外したマイナスはいつ計算される。その他のプラスより先か、後か?」

 

「……順番は関係ないはずだが」

 

「0ポイントになった後、減点となる事態が起きようともマイナスにはならねえ。さっきお前が言ってたことだろ」

 

 なるほど。プラスより先にマイナスがあれば、0からはマイナス出来ないんだからプラスだけが残るって話か。悪知恵が働くなぁたっつーは。

 

「これは例外だ。もし試験専用のポイントが0になっていたとして、リーダーを1人的中させ、1人の指名を誤った場合。マイナス50ポイントのペナルティが先に適用されて、0ポイントのままのところに50ポイントの加算があるなんてことにはならない」

 

「試験終了時の減点は、加算分のポイントから引かれる。つまりそのケースだとプラマイゼロで結局0ポイントということか」

 

 ああ、と坂上先生が首肯する。だよね、じゃないと無敵状態すぎるもんね。つまりつまり、0ポイントからマイナスになることはないけど、リーダー当てで得たポイントとかスポットでのボーナスポイントが消えちゃう可能性は十分にあるってことだね。

 

「クク、そうかよ」

 

 お礼くらい言えや。

 

 とりあえず先生に会釈しておいた。伝われ、私の感謝の念。

 

 たっつーについて、坂上先生へ他の先生たちから苦情が来たりしてそうだよなあ。ごめんなさい先生、いつもありがとうございます……!

 

 たっつーは生徒をぐるりと見渡すと、何かを決めたようだった。判断はやっ。

 

「無線機を3つ寄越せ。渡すときは他クラスに見えないようにすることは可能か?」

 

「その質問には答えられないが、私はあのダンボールから物資を取り出す予定だ」

 

「よし。おい、男子何人か来い。そこの箱を囲め」

 

 おお。すごい、なんかゴソゴソやってる。私のほうからは全然見えないけど。頑張れよ。

 

 Cクラスはとりあえずたっつーに従えばいいやとおしゃべりに興じる人。これからどうすべきかについて考えてる人。暑さでぼーっとしている人など、まとまりがなかった。てんやわんやしてるDクラスよりは静かなものの、熱意がいまいちだ。A、Bは既に話がまとまってるように見える。流石、優秀ですな。

 

「ひよりんひよりん、どう思う?」

 

「そうですね……私もサバイバルやアウトドアに関する本はあまり読んだことがないので、確かなことは言えないのですが。とりあえず水、食料、ベースキャンプについて考えることは重要かと」

 

「そうだよね。森に食べれるものとかないのかな? でもあっても毒キノコとかだと危ないか」

 

「……確実とは言えませんが。学校側が私たちの健康管理をしているようにこの島も管理しているとしたら、危険な動植物等は排除されている可能性が高いです」

 

 おおう。つまり毒のある植物は取り除いて、危険な動物は入ってこないようにして、水も浄化させて、とかやってそうってことか。うーん、実験場みたいだな。

 

「ここが人の手の入った島になってるってこと?」

 

「はい。あくまでも私の推論になってしまいますけど」

 

 ひよりんの洞察力ってすごいんだよなあ。それこそホームズできそうって勝手に思ってるくらい。じゃあそうなのかな。だとすると水と食料はポイントでなくても賄えるのかしら。

 

 それでもこの島は大きかったものの159人ぶんの水と食料があるかと考えると疑問が残る。ポイントでいくらかは買わねばならないだろう。加えて、テント。8人用に20人詰め込むのは無理だ。最低でも2つ追加購入せねば。トイレも簡易トイレ1つを男女で使い回すのは色んな意味で駄目だろう。追加が必要になる。あとお風呂、はできずともシャワーもいるかな。水浴びではこの季節でも風邪を引いてしまうリスクがある。ペットボトルシャワーなんかを作るにしてもお湯を作れるものがとりあえずないと駄目だ。そうなるとポイントは結構使うことになるんじゃあないだろうか。マニュアル見ないとわかんないけど。はよ寄越せやたっつー。

 

「京楽。龍園さんが……」

 

 マニュアルくれるって? 

 

「来いって」

 

「え、やなんだけど」

 

 しまった、つい本音が。大丈夫、泣くな。ちゃんと行くから。

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