ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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人間の社交本能も、その根本は何も直接的な本能ではない。 つまり、社交を愛するからではなく、孤独が恐ろしいからである。

 ちゅんちゅん、と雀の鳴く声。流石の高度育成高等学校も野鳥の出入りまでは制限することができないようだ。ぽかぽかとした陽気も相まって眠気を誘うような雰囲気であるが、ここで居眠りしてしまうような生徒はまずいない。このクラスを最後列から睥睨(へいげい)する怖い怖い存在がいるためである。

 

 終業式も終わり、春休みは目前。まだ学校内に居る卒業生が多いということもあり、1年生たちはあと数週間すれば上級生になるという自覚もなく。久々の休息期間の訪れに浮かれきっていた。

 

 今学期、いや今年度最後のHRで、坂上はそんな彼らに優しく釘を刺す。

 

「さて。春休みが始まりますが……長期休暇中、大きな問題を起こせばクラスポイントに影響を与えることもあります。くれぐれも気をつけてくださいね」

 

 教室全体に視線が向けられるも、明らかに龍園へ目を向ける時間が長かった。しかし龍園は問題ないとでも言うように静かに見返す。

 

 クラスポイントの変動について、広く生徒に知られているものがいくつかある。まず今坂上が口にした生徒へのペナルティによる減少。例えば7月須藤の件で龍園の計画通りに事が運んでいればDクラスのクラスポイントは再び0になっていただろうし、真鍋の軽井沢への暴行や龍園の堀北を陥れる計画が綾小路によって暴露されていたらこのクラスのクラスポイントはかなりの損害を受けていたことだろう。

 

 次に部活動での貢献による増加。軽い成果であれば報酬はプライベートポイントのみだが目覚ましい活躍になるとクラスポイントが加算される。筆記試験の成績もクラスポイントに影響を与えているらしいが、正確な基準は把握できていない。

 

 そして、特別試験による増減。クラス間競争に用いられるものとしてこれが最もメジャーな手段だ。

 

 最後に生活態度による減少。特別試験じみていた4月以降、毎月の査定はゆるくささやかなポイントしか引かれていない。とはいえ塵も積もれば山となるというもので、素行の悪いこのクラスから差っ引かれているクラスポイント数はバカにならないのだ。そこで、龍園は学年末試験終了後クラスメイトたちにある命令を下していた。これからは学校側に付け入る隙を与えるな、と。どんな行為でどのくらいクラスポイントが減るかという法則はこの1年でほぼほぼ解明してある。何をやればまずいかということがわかっていれば、生活態度を改めたように見せかけるのは簡単なことだ。

 

「先日の学年末試験では、少しヒヤッとする場面もあったものの見事な勝利でした。このままいきますと皆さんはBクラスのまま進級、ということになるでしょう」

 

 坂上の言葉に教室がわっと沸く。Aクラスの背中も見えてきており、順調に勝ち進んでいる。それを喜ばない者はいない。龍園にとってもクラスポイントの力でAクラスに上がるという正攻法は悪いものではなかった。それだけに頼り切る気がないのもまた、事実であったが。

 

 冬休み。綾小路と電話した龍園はある密約を結んだ。坂柳と綾小路との戦いの際、龍園が綾小路たちのクラスに手出しをしない代わりに「おまえらがAクラスに上がった時、要求を呑め」という取引。あくまでも口頭での約束だが結ばれたものは結ばれたのだ。もっとも、綾小路ならば平気で破ってきそうなことは否定できないが、契約破棄をも既に龍園は想定している。

 

「例年ですとどの学年もAクラスとBクラス、CクラスとDクラスがそれぞれ競う流れが多くなっています。しかし皆さんの努力が、成長がこの流れを打ち破った。先生は担任として皆さんを誇らしく思います」

 

 ハッ、と龍園は鼻で笑った。この学校では担任の評価は卒業時のクラスで決まる。Aクラスの担任になれれば結構な額の特別ボーナスだって出るのだ。龍園は、坂上が自らの成績を気にしていることをよく知っていた。だからこそ彼は互いの利害さえ一致していれば扱いやすい教師だ。堅物(かたぶつ)の真嶋とは違って、と思いつつ葛城のほうを見やる。

 

(そういやこっちの堅物は面白いことを言ってきやがったな)

 

 それは昨日、卒業式が終わった後のことだった。

 

 

 

 

「綾小路について知っていることを全て聞かせろ」

 

 ひよりに呼び出されて着いた先で、葛城は龍園に言い放った。勧誘の時にした綾小路の話を覚えていたのだろう。

 

「ククク、何かと思えばそんなことかよ。ひより、おまえも用件は同じか?」

 

「はい、私も葛城くんにお話を伺って確信しましたので。龍園くんを変えた存在……Xが、綾小路くんであることを」

 

 龍園を変えた存在。見方によってはそうとも取れるのかもしれない。確かに綾小路との戦いの後、龍園翔という人間はより研ぎ澄まされた。だがそんなことは知らねえと言わんばかりに不敵に笑う。

 

「お話、なぁ。あんなもん冗談だぜ。鈴音の代わりに司令塔になったはいいが、あっさり坂柳に負けちまったようなヤツだ。そんなに気になるのかよ」

 

「坂柳に負けた、という点だけで綾小路の実力を否定することは出来まい。あの試験では司令塔の能力だけでなくクラスの地力も問われていた」

 

 葛城と同じ意見らしくひよりも頷く。しかし、龍園の考えは異なっていた。どんなクラスを率いていようが綾小路であれば勝つことが出来たはずだ。それが出来なかったということは単純に綾小路が坂柳に劣っていたということを意味する。だが────

 

(一度俺を負かせた綾小路が坂柳より下ってのはあり得ねえ。本気でやって負けたってよりも、はなから勝負する気がなかったか……あるいはどうにもならないアクシデントに巻き込まれたって線が濃厚だろ。学校側がメンツのためにAクラスが勝つように仕組んだ、とかな)

 

 ククリあたりが聞けば「また被害妄想を」とか言われそうな話ではあるものの、これが龍園の予想であり。実際、真相にニアピンしていた。

 

 龍園は強い自負心を持っている。「あいつを退学にさせられるのは俺だけだ」、と。裏を返せば龍園以外に綾小路が負けるのは有り得ないということだ。

 

 そんな本心は平然と覆い隠してニヤニヤと口を開く。

 

「くだらねぇな。もう少しマシな根拠を持ってから出直せ」

 

 人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる龍園の目を、葛城は真摯に見つめた。

 

「はぐらかすな。話せ。俺をクラスの一員として認めるのなら、な」

 

 そうだそうだ!と援護射撃をするかのごとく、ひよりがにっこりと微笑みかけてくる。

 

「フン……」

 

 僅かな思案。利益と不利益の衡量(こうりょう)

 

 あの日の証人となり得る堀北学は既に卒業生となり、まだ学校に滞在していようが在校生のことに口出しするのはまず不可能だ。つまりもはや石崎たちの退学のリスクは0になったと言っていい。それに頭の回る2人のことだ、龍園が告げずとも綾小路の実力については遅かれ早かれ知ることになるだろう。あるいは伊吹や石崎なんかはポロッと話してしまうかもしれない。

 

「いいぜ。教えてやるよ」

 

 堀北のクラスで暗躍していたXの正体。屋上での一件。龍園が提供する情報に葛城とひよりは納得の表情を浮かべていた。坂柳がしゃしゃり出てきたところは疑問だったようだが、龍園とてあの美少女の皮を被った異常者の思考はどうも読み切れない。ましてやそのお友達(京楽菊理)が絡んでいれば、なおさらだ。なんせククリは葛城の歓迎会に突然シャンパンタワーを作らせたようなヤツである。

 

 

 

 つらつらと考えているうちにHRは幕を閉じようとしていた。

 

「それではまた始業式の日、2年生の新たな教室で元気な皆さんとお会いできる時を楽しみにしています」

 

 坂上の話が終わると、龍園の視線に気づいていたらしい葛城が「どうかしたか」と声をかけてくる。ひらひらと手を振って用はないことを示した龍園はさっさと帰路についた。

 

 基本的にこの学年のHRは、男性教諭の終了がはやく女性陣は遅めの傾向にある。星之宮の場合は彼女の性格やダル絡みが原因だろうが、茶柱の場合は生徒たちに問題児が多く騒がしいからだろう。ともかく、今日はAクラスに先んじることが出来たらしく並木道を歩くのは龍園一人だった。

 

 

 

 

 自室に戻った龍園は手早く着替えを済ませエレベーターに乗る。ボタンを押してから、壁にもたれかかり腕を組んだ。この時間帯にエレベーターを利用する生徒は勿論、そもそも寮に帰ってきている者は少ない。すぐにケヤキモールへ向かえる、そう考えていた龍園であったが、思いがけないことというのは往々にして起きるものだ。

 

 エレベーターの扉が開くと、ロビーには人の姿があった。

 

「ハッハッハ。誰かと思えばドラゴンボーイじゃないか」

 

 不愉快な呼び名だが、悪意は欠片もない。この手の(やから)に何を言っても通じないことを龍園はよく知っていた。

 

 高円寺六助。その存在を認識した瞬間、龍園は苦虫を100匹くらいは噛み潰したような顔になる。

 

「ときにドラゴンボーイ。パワフルガールは不在かい?」

 

「いねえよ。あいつならどっかで道草でも食ってんじゃねえのか」

 

 しかしこう聞いてきたということは、高円寺の奇抜な思考回路は自分とククリをセットで考えているのか。分離させとけとツッコミそうになるのを龍園は抑えた。変人どもの相手をするとどうにも調子が狂う。

 

「それは残念だ。伝え忘れていた先日の礼でもしようと思っていたのにねえ」

 

「賞賛票の件なら俺に盛大な感謝と謝罪をするってのが筋ってもんだろ」

 

「君に?」

 

 不思議そうにする高円寺を殴りたい衝動に駆られた龍園は、どうにか自制心を働かせた。心のなかで激しく罵るにとどめる。

 

 この自分第一主義な様子を見るとあのククリですら彼を苦手としている理由もわかるものだ。

 

「テメエと会うことをあいつも望んじゃいねえよ」

 

「そうだろう、ガールは私を得意としていないからねぇ」

 

「……おまえ、わかっててその態度か」

 

「私からすれば君のほうがストレンジな発言をしているのだよ。無関心以外の全てはガールにとって同じもの。好きであれ、嫌いであれ、苦手であれそこに優劣はないのさ」

 

「あいつはテメエについて同族嫌悪だとかほざいてたが」

 

「それは勘違いだね。似て非なるものだよ」

 

 高円寺は本人以上にククリを理解出来ているのだと豪語しているように聞こえた。ハッタリなのか本当なのか、龍園には判別がつかない。高円寺はふざけているような態度でいて計画的にも振る舞える男だ。自身の利益のために嘘を吐くことだってあったし、そもそも高円寺が読み違えている可能性もある。

 

 龍園はククリの根幹を知り得ない。彼女が何に固執しているのか分からない。

 

 名前のことだって、以前は──────

 

「どうもチャットを送っても既読がつかないことが多くてね。私のほうも返事が少々遅くなってしまうことがある。不幸なすれ違い、といったところかな」

 

 既読無視に対して未読無視でやり返されてるという発想には至らないらしい。あるいは分かっていてとぼけているのか。

 

「ドラゴンボーイにはメッセージを頼むよ。この私がパワフルガールに感謝していた、とね」

 

 誰が伝言役なんざやるか。龍園は高円寺を無視して出口に足を向ける。はやくこの空間から離脱したかった。

 

 高円寺のほうも龍園への興味は失ったらしく堂々とエレベーターに乗り込む。扉が閉まる前に一つ、龍園は尋ねてみることにした。

 

「おまえのその変人(づら)も全て演技か?」

 

 チッチッチ、と高円寺が指を振る。いちいちうざったい仕草だ。

 

「私は私のやりたいようにやっているだけさ。今までも、そしてこれからもね。私が他者に無関心でいるように、他者も私に無関心でいる。完璧なる私に頼りたいのはわかるのだが……凡人に依存されるというのは好ましくないからねえ」

 

「そうかよ」

 

 御大層なこった。吐き捨てて、龍園は寮をあとにした。

 

 

 

 どうにも今日は、嫌な遭遇の連続らしい。

 

「あれ、たっつーだ」

 

 ケヤキモールの人気の少ない廊下にて、のこのことククリが登場した。にぱっと能天気に笑いかけられる。

 

「そっちも買い物? お疲れ様〜。私はこれから図書館デートするの。ひよりんのリクエストしてた本が入荷したらしいんだよね。たっつーも良かったら来る?」

 

「断る」

 

「そかそか。んー、そうだ!」

 

 これあげるね、とククリは茶色いキューブ状の物体を龍園の口に放り込んできた。

 

 舌にそれが触れた瞬間。龍園は今までにないような感覚を味わった。

 

(…………まずい。それも、とてつもなく)

 

 糖分という言葉や見た目からしてキャラメルなのだろう。一応、ミルクの味もする。しかし何よりもまず主張してくるのは油っぽさ。口いっぱいに不協和音が奏でられる。

 

 ククリもその反応は分かっていたらしく、龍園が手を差し出すと仕方ないなあという感じでティッシュを渡された。迷わずペッと吐き出す。

 

「頭茹だってんのかテメエ」

 

「いやー、すごいよねジンギスカンキャラメル。私も無理だったわ」

 

 ムカつくのでアイアンクローをかますも、特に効いている様子はない。疲れてきたので頭から手を離した。

 

 というか何故ククリはこんなものを持ち歩いているんだか。これから会いに行くらしいひよりにでも食べさせるつもりの可能性がある。

 

「卒業する先輩の送別会の罰ゲームにでも使おうと思って」

 

 未来の被害者は卒業生たちだったらしい。まさかデスゲームでもおっ始める気じゃねえだろうな、と少し不安になった龍園だったが、他人の心配をしてる暇はないと即座に思考を切り替えた。

 

 疑惑はあるにせよ坂柳と綾小路の対決にケリが付いた以上、次は龍園が綾小路を潰す番だ。しかしその前哨戦に一之瀬と坂柳を(くだ)す必要がある。

 

 ここで厄介になってくるのは坂柳がククリを引き入れようとしていることだ。堀北学の卒業と同時に屋上の一件はほぼ片付いた状態になっており、つまりそれはあのとき龍園がククリにつけた(かせ)が無効になったことを意味する。簡単に言えば今後ククリが裏切る確率が跳ね上がったということだ。

 

 坂柳にとっても2000万ポイントは大金であることを踏まえると、すぐにアプローチしてくるとは考えづらい。しかし油断は禁物 。あらかじめ手を打ってククリの注意をこちらに引きつけておくべきだ。

 

「罰ゲーム、か。だったら俺とも勝負しろよ。勝った方が一つ、何でも要求を呑ませられる」

 

「楽しそうだね。でもってどういう勝負?」

 

「内容は……そうだな。鈴音と桔梗のやってたヤツにしよう。筆記試験、数学の点数勝負だ」

 

 次の筆記試験がいつになるかはわからないが、文系科目での戦いは龍園に分が悪い。

 

「私の苦手科目を選ぶあたり性格が悪いなんてもんじゃないなあ。うーん、まあいいか。ただしエッチなお願いは禁止だよ? 公序良俗に反しない範囲でね」

 

「ああ。命の危機に関するもの(R-18G)はナシだ」

 

「……会話に齟齬(そご)が見られる気がするんだけど」

 

「テメエの気の所為だろ」

 

 制限をかけておかないとククリはとんでもないことを仕出かす恐れがあった。前に何だかんだあって体育館倉庫に2人が閉じ込められた時も、この女は強引に鍵を破壊して脱出したのだ。しかも教員による事情聴取の際は老朽化という謎の言い訳で通した。この学校の教師の目は節穴か、と龍園は再び思わされたものだ。

 

 やれやれとため息を吐く。

 

「おまえを倒してやるよ」

 

 トン、と銃をかたどったポーズにした指を彼女の胸の中心部に当てた。

 

 龍園は綾小路にも、坂柳にも、敵として認められている。互いに敵視している。だが。京楽菊理との関係は酷く曖昧であり、ぐたぐたであり、何とも形容し難いものだった。

 

 龍園の手に目を向けたククリはポツリと一言。

 

「こういうの、人によってはセクハラになると思うの」

 

「ハッ。もっと凹凸(おうとつ)のある体型になってから言いやがれ」

 

「にゃにおう」

 

 彼女がキッとこちらを睨む。

 

 龍園はどんな言動をすればどの程度ククリが怒るのか理解している。それはある種の信頼とも言えるのかもしれない。しかし────

 

 頭に鬼の(つの)のように人差し指を立て威嚇してきた彼女からは、やはり。敵意が、これっぽっちも感じられない。

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