ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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少年老い易く学成り難し

「む、何かラブコメの波動を感じる……!」

 

 ククリちゃんセンサーがビンビンに反応してる。カピバラ麻呂とKちゃんの間で何か起きたのだろうか。去ったばかりのカフェに思いを馳せるものの、まあ遠距離透視ができるわけでもない私にはどうしようもない話である。

 

 ちぇー、としょんぼりしつつ歩きケヤキモールを出ると、程なくしてベンチが目に入った。

 

「懐かしいな〜」

 

 さっきまでカピバラ麻呂と1年の振り返りをしてたからか、どうも感傷的な気分になってしまう。センチメンタルってやつだね。むー、最近気にかかってる事案もあるしなあ。

 

 冬休み、雪の降った日。カピバラ麻呂と堀北先輩とここでお話したっけ。あの時からカピバラ麻呂は「南雲降ろし」の参加者になったんだよなあ。うん、別に彼は南雲会長と何の接触もしてなかった気がするけど……ま、一生徒が攻撃するのはなかなか難しい人だしね。カピバラ麻呂のことだから実はコソコソ頑張ってたのかもしれない。

 

 そういや、リンリンが生徒会に入るとかいう話は結局おじゃんになったのかな。面接に来ることもなかったんだよね。うーむ、ついでに聞いときゃよかったな。

 

 ぽけーっとしていると、遠くから人の気配があった。

 

「堀北先輩! ……あれ、ということは先輩がラブコメの波動の発信源ですか?」

 

「出合い頭にわけの分からん台詞を。どうやらおまえは相変わらずのようだ」

 

 堀北先輩は眼鏡を指で押さえてから、クールにため息を吐いた。

 

 目を皿のようにして探すも周りに他の生徒はいない。橘先輩がいらっしゃる様子もないし、悲しいことだが堀北先輩のラブコメを見物できるのはまだ当分先になるようだ。しかし卒業後か。先輩たちは2年後、果たしてどんな関係になっているのやら。

 

 じっとその目を見ると、堀北先輩は真っ直ぐに私を見つめ返してきた。

 

「だが、普段に比べ幾分余裕がない気はするな」

 

「鋭いっ。ククリちゃんポイントを3点差し上げますね」

 

「遠慮しておこう」

 

 すっぱりキッパリ断られた。まだポイントの詳細を説明してないのに。何故じゃ。

 

 にしても、私とはそう顔を合わせることもなかったのにこうして察しているとは。やっぱ堀北先輩はすごい人だなあ。南雲会長含めみんなが慕うのも納得だ。うーむ、この人(たら)しな先輩めっ(褒め言葉)。

 

「ある人物にラブコールを送っても無視され続けておりまして。最近はちょっぴりアンニュイというか、メランコリックな気持ちになってるのですよ」

 

「……龍園か?」

 

「違います」

 

 私は即否定した。まったく、橘先輩といい何でみんなまずたっつーを思い浮かべるんだ……? 

 

「龍園君よりもっともっと雲の上の人ですね」

 

「南雲の女性関係についてはあまりいい噂を聞かないが」

 

 それは私もよく知ってます。あの人、生徒会室を好き勝手に改装してぬいぐるみの兎さんとか置いたりしてるんすよ。誰もツッコまないけどあれ絶対誰か南雲会長と付き合ってる女子のやつだって。

 

 部屋に余計なものが多いおかげで、生徒の裁判は前と違って生徒会室じゃなく空き教室でやることになってるし、生徒会長の横暴がひどい。いや知ってたけどさあ。

 

「会長よりも上です」

 

 アップアップと天高く人差し指を立てる。

 

 ここで先輩はようやく誰のことか思い当たったらしい。幾分か悩ましげな表情をして口を開いた。

 

「南雲降ろしの件で、か?」

 

「いえ、南雲会長は関係ないですよ。私個人の問題ですから」

 

 キリッと返す私に堀北先輩は一応納得してくれたようだ。

 

「南雲降ろしと言えば、大丈夫ですか? 正直、桐山副会長も綾小路君も堀北先輩がいない状況で対抗できるかというか、そもそも対抗する気があるか微妙だと思いますけど」

 

「俺個人としては勿論望ましくない。しかし全ては俺の責務だ。おまえにも、あの2人にも押し付ける気はない」

 

「うーん、でも桐山副会長は見てる感じ寝返っちゃいそうで……」

 

 桐山か、と堀北先輩は軽く頷く。

 

「人は誰しも弱い部分を持つものだ。桐山が南雲につくと決めたのならそれはそれで構わん。元々、綾小路と出会う以前は卒業までの間に行動を起こすことを諦めていた。そんな俺には桐山を責める権利も資格もない。また、俺の理想を強制するつもりもない」

 

「綾小路君のことを随分と買っているんですね」

 

「人を見る目には自信があるつもりだ。あいつの真価が分かるのはこれから、残念ながら俺が卒業した後になるだろう」

 

 カピバラ麻呂の真価かあ。自称事なかれ主義の仮面が外れるってことかな。今もちょくちょく外れかけてる気はするけど。

 

 堀北先輩はたとえその相手が疑わしいとしても裏切られるまでは信用を固持する人だ。南雲会長の時もそうだった。こうは言ってても桐山副会長のことをまだまだ信じてるでしょうし、色々と怪しいカピバラ麻呂のこともちゃんと信じてるに違いない。うーん、いい人すぎるっ。

 

「綾小路はDクラスの生徒。しかしこの学校はただ能力の秀でた順でAクラスへの配属となっていたわけではない。この学校で1年間を過ごし、生徒会に入ったおまえならば当然理解しているとは思うが」

 

「ええ。ただ、私たちの代の振り分け基準は例年とは違うっぽいと話す人もいましたよ」

 

「誰だ?」

 

「星之宮先生です。Cクラスに落ちちゃったのは初めての経験らしく、うちのクラスの生徒の一部にはたまにチクチク嫌味めいたことを言ってきたりするんですよ」

 

 一之瀬さんたちのクラスが9月にCクラスに落ちて以降、クラス順に変動は起きてないからね。うちがBクラスを保ってるのが口惜しいようだ。でも何故か坂上先生へよりは茶柱先生に敵意があるというか、Dクラスに負けることを恐れている節があるように見受けられるんだよね。女の争いというやつなのか。謎い。

 

「教員による情報は重要だな」

 

 だいぶ実感のこもった言葉だった。堀北先輩も先生たちから情報を得ていたんだろうか。不思議そうにする私に、先輩は語りかけた。

 

「1年の無人島試験におけるリーダーの名前。Aクラスは戸塚弥彦、一之瀬のクラスは白波千尋、おまえのクラスは龍園翔だっただろう?」

 

 ……当たってる。全部正解だ。

 

 生徒会に上がってくる特別試験の結果の報告では、個人的な活動度合いの詳細まではわからない。無人島試験のリーダーの名前や船上試験での優待者の名前なんかはシークレット。特別試験委員と参加した教師たちしか知らないはずだ。ま、本人たちとそっから聞いた人はそりゃ知ってるけどね。でも唯一、この学年の生徒でも不明なリーダーがいる。それは────

 

「Dクラスのリーダーは堀北鈴音。最終的には綾小路清隆へと変わっていたな」

 

「あー、ですよねー」

 

 無人島試験でリンリンは体調不良……たぶん風邪をこじらせていた。カピバラ麻呂は試験開始後すぐにリンリンの体調不良に気づき、だからリーダーをやらせたに違いない。風邪が悪化したのもカピバラ麻呂が何かした可能性が高いな。

 

 リーダーは正当な理由によって変更が可能であり、そこにはリタイアも含まれる。でも、リーダーのリタイアには仮病とかじゃなくちゃんとした体調不良等が必要。じゃないとリーダーを最終日の朝の点呼直前に変えれば絶対に当てられない欠陥ゲームになっちゃうからだろうね。で、カピバラ麻呂はクラスの勝利のためにリンリンを利用した、と。むー、清々しいほどの鬼畜っぷりだ。見習うべきかも。

 

「堀北さんをリタイアさせ、目立たない自分をリーダーにすることで他クラスから当てられるのを回避する。おかげでDクラスはこの特別試験でトップの成績でした。この功績を知っていたから堀北先輩は綾小路君を認めるようになったんですか?」

 

 あれ、でも須藤某の逆転裁判の時点で既に先輩は結構カピバラ麻呂に注目していたような気もする。

 

「入試成績を見て綾小路の名前は目に留まっていた。故に、いつからかと問われれば入学時点からあの男の存在には関心を持っていた」

 

「入試……?」

 

 全科目満点でも取ったんだろうか、カピバラ麻呂は。うーん、キャロルもそんくらいやってそうだなあ。

 

「気になるのであれば自分で調べてみるといい」

 

「いえ、そこまででもないです」

 

 面倒だからいいや。覚えてたら坂上先生にこそっと聞いてみよう。もしかすると教えてくれるかもしれない。

 

「そうか。そうだな、念の為話しておこう。入学時におまえは教員から聞いたはずだ。この学校では、学校と生徒の契約において原則ポイントで買えないものはない、と」

 

「ええ、もちろんです」

 

 堀北先輩はさっきみたいな情報をプライベートポイントで買っているんだろうな、きっと。

 

「ポイントは決して万能な制度ではない。しかしこの学校の仕組みを攻略する手立ての一つにプライベートポイントに関するルールの実態把握があることは確かだ。学校側は様々な事柄について細かくルールを用意し、我々生徒の疑問に答える。点数の売買、暴力行為の揉み消し、退学処置取り消しに必要なポイント……だが、プライベートポイントの特殊な用途に関するルールは、その使用条件を満たしていなければ教師は回答を許されていない。教師すらも把握していない部分も存在するだろう」

 

「……南雲会長とかめっちゃ悪用して来そうなルールですね」

 

 暴力行為の揉み消しなんて絶対やってるに違いない。堀北先輩ももしかすると経験者かもなあ、空手なんかの有段者らしいし。ってかいいな、揉み消し。私もやりたいぜよ。

 

 点数の売買と言うと、カピバラ麻呂が話していたことを思い出す。1学期の中間テストの後で須藤某の英語の点数1点を10万ポイントで買ったらしいんだよね。でもたっつーが3学期の期末テストの時坂上先生に点数の値段を聞いたら「答えられない」と告げられたそうだ。つまり、使用条件を満たしていなかったということなんだろう。まあ1年生の最初の中間テストでしか点を買えなかった、なーんて可能性もあるけどさ。

 

 須藤某の場合は「赤点を取った生徒が出た直後にそのクラスメイトが担任教師に点数の売買を要求し、即座にプライベートポイントを支払った」あたりが条件だったのかね。ともかく、点数売買では「次の試験は1点いくらっすか?」ってのは駄目なんでしょうな。学生の本分は勉強だし、学校側としては点数の値段を聞いて対策を立てるとかはせず普通に勉強してほしいってメッセージかなあ。

 

 ま、プライベートポイントで買える権利で一番の目玉商品はやっぱりクラス移動の権利だ。赤点からの救済に使うより2000万ポイント貯めてAクラスへ行きたいとみんな思ってるに違いない。うちのクラスが葛城君を引き抜いたのは例外中の例外だったでしょうけど。そもそもクラス移籍自体、成功した人はいなかったって話だし……あれ、でも待てよ。

 

「んん、卒業前に3年生たちのプライベートポイントを合算すれば何人かはAクラスに行けるんじゃあないですか?」

 

「ああ。Bクラス以下の生徒たちのプライベートポイントを集約し、それを用いAクラス行きを懸けた勝負を行うという話は俺の学年でも出るには出た。だが、頓挫(とんざ)した。まずAクラスとBクラスは最後まで競っていたため賭けなどする暇もなかったというのが一つ。そしてCクラスとDクラスのみでは実現するだけのポイントに満たなかった」

 

「なるほど。じゃ、無理ですね」

 

 もしポイントが足りてたとして、宝くじみたいな感じでやるにしても個々のポイント数にあまりに差があれば成立させるのは困難だろう。いくらポイントをかき集めてもAクラス行きの2000万ポイントはたぶん多くて数人しか獲得することができない。何万ポイントで一口、というような形で不満も出ないよう平等に行うにはかなり繊細なバランス感覚が必要だ。プライベートポイントの賭け、というのは言うは易く行うは難しといった具合かな。お互いの諸事情を考慮してメリット・デメリットをすり合わせていくのはなかなかに厳しい。

 

 南雲会長みたく学年のポイントを一気に集めていればそんな悩みもなく好きな人に2000万ポイントをあげられる。そう考えるとすごいよなあ、やっぱし。学年を支配する統率力といい、反乱を許さないコントロール力といい。お手本にしたいレベルの独裁者だよね。

 

「南雲会長からも学ぶべきことはあるんだけどなあ……」

 

 反面教師としての部分もあるけど。そう思いつつ呟いた私に対し堀北先輩は首肯した。

 

「学年の盤石な支配、Bクラス以下との圧倒的なポイント差。南雲の勝ちは確定していると言っていい。そんな状況に退屈している。そして競い合う過酷さや困難さ、負けることによる悔しさの未体験。暴走と形容できる行動の数々の原因はこのあたりか。そもそも南雲の生徒会への参加も、暇つぶしという理由が大きかった」

 

 元々南雲会長を生徒会に入れたのは堀北先輩より1つ前の代の生徒会役員たち。ただ、このとき堀北先輩は最後まで生徒会入りに肯定的ではなかったのだという。はやくからその本性を見抜いていたんでしょうな。

 

「しかし繰り返しになるが、南雲降ろしにあまりこだわり過ぎることはない。自らの選ぶ道を進め。これからこの学校の在り方を定めていくのは俺ではなく、おまえたち自身なのだから」

 

 ポツポツと先輩は言葉を紡いでいく。

 

「結果的に卒業までに、合計24名の退学者を出した。3年生の時だけで13名だ」

 

 他のクラスの人はもちろんだけど、退学者の中には堀北先輩のクラスメイトもいた。Aクラスで卒業するまでの道のりは、堀北先輩ほどの人にとっても決して楽なものじゃなかったに違いない。

 

「学校側にも多くの改善点があることは事実だろう。そのやり方を疑問視する声も耳にする。だが俺としてはこの学校の方針に賛同する気持ちのほうが強い」

 

 穏やかな瞳を向ける先輩は、温かい笑みを(たた)えていた。

 

「様々な出会いがあった。もう卒業してしまった先輩、(しのぎ)を削り合った同級生。今後を任せていくおまえたち後輩、そして何より一蓮托生だったクラスメイト。俺はこの学校にとても感謝している。掛け替えのないものを、理念を学ぶことが出来た。おまえにとってもそうとなることを願おう」

 

「……ありがとうございます」

 

 深々とお辞儀をする。

 

「先程話していたおまえ個人の問題、というのは俺が相談に乗ることは難しいか?」

 

「そうですね……内緒です。好んで口にしたいようなものでもないので」

 

 私はきゅるん、と目一杯あざといポーズを取った。

 

「乙女心は複雑怪奇なんですよ。下手に触れちゃうと大やけどなのです」

 

 何か堀北先輩の視線が冷えたというか、すごい可哀想なものを見る目になった気がする。いや、気のせいだろう。

 

「堀北先輩も橘先輩から『どうして怒ってるかわかりますか?』とか『どっちがいいと思います?』と問われても適切な返しができるようにしておいたほうがいいですよ」

 

「おまえの乙女心の定義を理解しかねるが、一応頭の片隅には入れておこう」

 

 うむうむ。まあ橘先輩はそんなこと言わなそうだけどね。念には念を、万が一のためだ。

 

「堀北先輩はいつ出発されるんですか?」

 

「31日の昼、12時半のバスに乗る予定だ。しかし見送りは遠慮してもらいたい」

 

 ふむ。わざわざ見送りのNGを伝えるってことはあれか。リンリンと兄妹水入らずの会話をするのかな。また2年間も会えなくなっちゃうんだもんねえ。

 

「承りました! では、これが最後の機会になるかもしれませんし……」

 

 ちょんとスカートの裾をつまんで片足を引き、軽く膝を曲げる。

 

「先輩の進む先に幸多からんことをお祈りします」

 

「ああ。感謝する」

 

 おまえこそな、と堀北先輩は優しく告げてくれた。

 

 日が暮れ始め、てくてくと一人歩く道は赤く赤く染まってきている。仰ぐ空に見える春の夕焼けも綺麗だ。

 

 今は未来のことなんて全然わからない。破滅願望と破壊願望を満たすであろうデスゲームへの憧れは根強いし、この気持ちが変わるかどうかは微妙なとこだ。

 

 でも、先輩が言うように。この学校を好きになってきている私がいるのもまた、否定はできない。

 

「乙女心は複雑怪奇、だからね」

 

 答えが出るのは、まだ先になるだろう。

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