ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして

「さて、菊理さん。まずはプロテクトポイントの件ですが、予算の都合上ポイント保持者へ物品を贈る、というのは難しいですね」

 

 む。軽く睨みつけると、月城理事長代理は困ったように肩をすくめた。

 

「すみませんね、菊理(くくり)さん」

 

 くっくと喉を鳴らして笑う理事長代理。完全に子ども扱いをされてるな、これは。

 

「元々私は譲歩して『プロテクトポイント』の導入を認めたのですよ。あまり手を加えることを好ましくは思いません」

 

「論点をずらされている気はしますが、わかりました。だったらもう1つのメールの件はどうなんです?」

 

 プロテクトポイント保持者に勲章をあげるのは、やろうと思えば自分たちで勝手にやることもできる。認可されたら儲け物ってくらいだ。

 

 問題は、私と父親のこと。

 

「あなたのお父上について知っているか、といった内容のメールでしたか。ええ、もちろん面識はありますよ」

 

「やけにあっさりと告白しますね」

 

「外界と遮断されているこの学校に在籍する以上、私が何を言おうと君がその真実を確かめる(すべ)はありません。違いますか?」

 

 違わない。よって私は月城理事長代理の発言が正しいのかをいちいち疑わなくてはいけないのである。こういう、いかにも腹に一物ありそうな人の対応ってむっちゃめんどいよね。

 

 まあ、父親を知っているというのは本当のはず。私は自分の信じたいものは信じる主義である。

 

「しかし、そうですね。ただ父親の名前を告げても信憑性に欠ける。そこで、正式なDNA鑑定の結果を用意してあります。見たいでしょう?」

 

 月城理事長代理がさっと資料を掲げた。

 

 確かに食堂で使用した食器類であったり、前にゴミに出した血の付着した鏡であったり、学校生活を見張っていれば私のDNAを採取するチャンスもあるだろう。それで親子鑑定をした結果だと主張してるけど……うーむ、本当に検査してるにしろデータの改ざんとかしてそうだなあ。偽造書類くさいよね。

 

 私は父親が誰かってことがそこまで気になってるわけじゃあない。教えてくれるなら一応聞くけど、この感じは交換条件とか出されるやつだ。ならいいっす。

 

「それにあなたの名前でも載ってるのですか?」

 

 小馬鹿にするように薄く笑う。挑発のつもりだったのだが、月城理事長代理は余裕を保ったまま頷いた。

 

「なるほど。予想外の返答ですが、いいアイデアですね。お望みでしたら今から私と感動の親子の再会としましょうか」

 

 そう話しながら、彼は鑑定結果らしき紙束をしまった。父親として記されているのは少なくとも理事長代理の名前ではないらしい。これすらも演技の可能性もあるけど、まあいいや。

 

「結構です。月城理事長代理が意地悪な方であることはよくわかりましたし。父親の件は置いといて、私のことをご存知な理由のほうをお尋ねしたいです」

 

「手厳しいですね。いいでしょう、もちろんお話します。とはいえ単純な理由ですよ。立場上、様々な人間のデータを目にするものでして、あなたの記録も見る機会があったというだけです」

 

 私の情報は出回るとこでは出回ってる。幼少期のやつなんて特にだ。研究材料にしたいですってアピールする熱心なファンが多いんだよなあ。要は、嘘と断定することは難しい。ってか隠してることもあるだけで真実ではあるんだろう。嫌らしい話し方だ。

 

 無理矢理吐かせようか、ともちょっと考えたけど。私を知ってるならこの応接室に小型カメラ等を設置して録画くらいはしてるはずだしなあ。暴力行為を撮影、その後脅迫するなり退学させるなりするに違いない。リスキーなのはノーセンキューだな、うん。

 

 理事長代理という立場があれば盗聴器とかの怪しい品々だって学校の敷地内に持ち込めるだろうし、あとは部屋の外に自分の手の者を配置していてもおかしくはない。何か仕掛けているかな、と周囲を眺め回すも不審な箇所は見当たらなかった。壁に掛けてある大きめの絵画が目につくくらいだ。

 

 私の視線を追った月城理事長代理が口を開く。

 

「ルーベンスですね。ああ、彼と言えば知っていますか? 工房にて分業制を取り入れていた画家なんですよ。画期的ですよねぇ」

 

 いきなり雑談が始まった。意外と暇なんだろうか、この人。もしくはお喋り好きなのか。

 

「弟子や助手でなく、ルーベンス自身がどれくらい関与したかによって絵の値段が変わってくるとされています。偏屈な見方をすれば純粋なルーベンスの作品か、混じり物であるかという感じでしょうか」

 

 ポチャリ、とコーヒーにお砂糖とミルクが入れられる。月城理事長代理はスプーンを軽く前後して()き混ぜるとカップの向こう側へ置き、落ち着いた動作で一口飲んだ。

 

「純粋培養したものに不純物が混ざるのを望む者はいない。私はそう思っています」

 

 ルーベンスの話ではないだろう。理事長代理は淡々とした口ぶりで誰か別の人を頭に浮かべている。

 

「たとえば、の話をしましょう」

 

「『これは友達の話なんだけど〜』で始まる相談みたいな言い方ですね」

 

「あくまでもたとえ話ですよ。さて、植物を育成しようとしたとしましょう。よく育つように、肥料や水、日照条件など様々な要素を変えて同じ植物をいくつか栽培する実験を行います」

 

 理科の実験みたいな話だ。何となく朝顔の種を埋めて育てたのを思い出した。

 

「しかしながら途中で悲劇が起きるのですねぇ。なんと徹底的にコントロールされ育てられていたはずの植物の鉢植えが一つ、盗まれてしまったのです。それは3年間、管理者の手元を離れてしまいました」

 

 植物ごときを盗むか、というツッコミは野暮なんだろうな。あと警備甘いなっていうのも。

 

「返ってきた鉢植えは立派な最高傑作としてきちんと機能しています。しかし空白の3年間、どういった環境にあったかが不明であると、次に同様の栽培方法を試そうと思ってもデータが不足してしまっているのです。困りものですね」

 

「何を言いたいのかよくわかりませんが、理事長代理はガーデニングがお好きなのですか? それなら坂上先生の花壇のお花でもプレゼントしますけど」

 

菊理(くくり)さんの生けた花でしたらよく映えるでしょう。嬉しいですが、遠慮しておきます。これはただのたとえ話。推論に過ぎませんから」

 

 ダウト。絶対嘘だ。

 

 意味はあるのだろうが、さっぱり読めない。ヒントをよこせヒントを。あと私のことどれくらい調べ上げてるんだ。

 

 不満を顔に出す私とは裏腹に、月城理事長代理は愉快そうに笑顔を浮かべていた。

 

「花壇もそうですし、ここは自然豊かな良い学校ですね。政府からの潤沢な資金を費やしケヤキモールなんて大規模な商業施設まであります。毎年何億という金が、湯水の如く使われている。少子高齢化、環境問題、国力の低下などにより衰退していく日本社会を根本から立て直すための人材育成への取り組み、その政策の1つとして誕生した高校。全国から様々な生徒を集め世界に通用する若者を育成するための学び舎、でしたか」

 

 入学パンフか何かにあった謳い文句をスラスラと述べる理事長代理は、この学校にやや批判的であるらしい。呆れを声に乗せている。坂柳理事長(謹慎中)が嫌いなんだろうか、やっぱり。

 

「入学試験のことを覚えていますか?」

 

 カップが除けられ、さっきのDNA鑑定結果とはまた違うっぽい資料が机に並べられた。見ると、今はもう懐かしい入試問題の解答用紙。ただし名前欄に記入されているのは────

 

「綾小路清隆の解答です。入試では全テスト50点。入学直後に実施された小テストでも50点という記録でした」

 

「全部50点?」

 

 何それ。あ、だから堀北先輩は入試成績見てカピバラ麻呂の名前が目に留まったとか言ってたのかな。

 

「例えばこの数学。問5の正解率は学年で3%でした。それにもかかわらず綾小路くんの解答には一切のミスがない、まさに完璧な模範解答です」

 

 指し示されたところには、かなり複雑な証明式が書かれている。私はたぶん解けなかったやつだな。

 

 ……ん? 今の発言、何か違和感があった。

 

「一方、こちらの問10の正解率は76%。しかし彼はこれを間違えています」

 

「つまり解ける問題だけ解いてたら偶然50点になったとか、そういうわけでは決してないと」

 

「はい、そうなりますねぇ」

 

 カピバラ麻呂は意図して50点で揃えたのか。ふむふむ、なるほどなるほど。

 

「……入試問題には配点の記載はなかったと記憶していますけど」

 

 小テストの問題用紙には配点まで書いてあったけど、入試とか普通の定期試験では、どの問題が何点かは解答返却時に知らされる。

 

「ええ、配点も全て予測した上で解答したのでしょう。当校の入試問題の配点方式は非常にシンプルですからね」

 

 化け物メンタルだな。というか何故そんなことを。入試の筆記試験で50点なんて取ったら合格は厳しいと考えるだろうに。普通、合格の確率を上げるために一点でも多く取ろうとするはずだ。

 

「理解出来ない、という顔をしていますね」

 

 馬鹿にしたような言葉に、ちょっとムッときた。

 

「……わざと50点に揃えた理由を強引に解釈するなら。自分の真の学力を見抜いてみろ、という感じで学校側への挑戦。あとはある程度の学力があればほぼ均等に点を取ることは難しくはないとはいえ、場合によっては100点を取るよりも目立つことをすることで合格のためのアピールをしている、なんていうのはいかがでしょう」

 

 私にはこのくらいしか思いつかない。マジで何考えてたんだあの自称事なかれ主義は……? 

 

 月城理事長代理は「そうかもしれませんね」と簡単に肯定した。いや、まあ本人に聞かないと真意なんぞわからんし、否定されても困るが。

 

「彼はおそらく合格しようがしまいがどちらでもよかったのですよ。合格したとしても、学校側が無能であれば意味はありません。綾小路くんが欲していたのは逃げ込める場所。権力に屈したり、人を見抜く力がない学校ならば入学したところで満足な学校生活は送れませんから」

 

「逃げるって、何から」

 

「その質問にはお答え出来ませんね。ところで、君は不思議に思ったことはないでしょうか。クラスメイトの石崎くんのように学力が低い生徒や、お隣のクラスですが平田くんのように過去に問題を起こしたことのある生徒が名門校とされる本校に入学できていることについて、です」

 

 すごい露骨に話を逸らされた。別にいいけどさあ。カピバラ麻呂にも何か複雑な事情があるんだね、うん。

 

 にしてもたっつーは問題児じゃなかったのだろうか、と思ったけどあれだな。中学時代とかも悪さをする時は確実な証拠とかを残さず疑いの余地程度に収まるよう工作したに違いない。うーむ、毎度ながら(こす)い。ま、それはともかくとして。

 

「同級生の学力を正確に把握できたのは小テストが行われてからでした。その時にクラスポイントというSシステムのさらなるルールが明かされたのですから、この学校がある種の実験場のようなものだという推測に確信を持ちました。ならば入学者も特殊な基準で合格を決められたと考えるのが道理でしょう。元々、本校の方針は未来ある若者を育成するためという話で、偏差値だけで判断される学校でないことは示唆されていましたし」

 

 須藤某みたいにスポーツ推薦的な人であったり、たっつーみたいに不良っぽいヤツだったり、とにかく色んな人集めてんだろうなって勝手に感じてたんだけど。

 

「なるほど、特殊な合格基準ですか。なかなかに鋭い」

 

 しかしそれでは足りない、とでも言うように月城理事長代理は首を振った。

 

「この高度育成高等学校には全国から入学希望の願書が出されます。そして面接や入学試験が行われますね。菊理(くくり)さんも通った道でしょう」

 

 今更、何の話なのか。とりあえず私は頷いた。

 

「ですがそれらはお飾り、カモフラージュに過ぎません。試験は予期せぬ願書を出した人々をふるい落とすためのものであり、この学校に入学できるのは元から入学予定のリストにある人物のみ。いわば出来レースのような形です」

 

 ……

 

 …………

 

 ほ、ほほう。

 

 あー、さっきの違和感の理由がわかったわ。『問5の正解率は“学年で”3%でした』って。普通、学年じゃなくて「合格者」とか「受験者」とか言うのにそう表現したってことは、不合格者については採点すらせずに落とした可能性もあるな。

 

「つまりそのリストに名前がなければ試験で100点でも面接が完璧でも不合格。逆に名前さえあれば0点でも合格だ、と?」

 

「ええ。ただし昨年は1人特別な合格者がいました。坂柳理事長が独断で判断し入学を許可した生徒が。おわかりでしょう?」

 

 私……ではないだろうな。坂柳理事長との面識はない。月城理事長代理のように一方的に知られてる可能性もあるけど、そうだとしてもこの学校に強引に入れる理由もまたないのだ。となると話の流れ的に、答えは一つ。

 

「綾小路清隆、ですか」

 

 月城理事長代理はにこりと笑みを深めた。正解という意味だろう。

 

「清隆君はこのからくりを知ってたんです?」

 

「いえ、知ることが出来る環境に居なかったはずです」

 

 う、うーん。そうか。

 

 まあ何にせよたぶん学校側に喧嘩売ってるよね。そういやたっつーとの屋上戦の前、『悔いの残らないように全力で来い。おまえの好きな土俵に合わせて遊んでやるよ』とかチャットで言ってたしな。よく考えるとカピバラ麻呂、すごーく好戦的だわ。

 

「彼には意外と負けず嫌いで子どもっぽい面もあるということですかね」

 

「そうですね。君たちはまだまだ子どもだ」

 

 ひと括りにされた。何故に。

 

「ん、清隆君のほうが子どもっぽいとこありますよ。例えば林間学校の時のことですけど、彼はそこの男子風呂で何かあったらしく男子たちからTレックスと称されるようになってたんです」

 

 個人的な話になるものの、まあいいでしょ。どうも月城理事長代理、カピバラ麻呂と知り合いっぽいし。

 

 Tレックス、あるいはティラノサウルス。その意味は…………。

 

「Tレックスの『レックス』はラテン語で『王』という意味、ティラノサウルスの『ティラノ』はギリシャ語で『暴君の』、『サウルス』は『トカゲ』です」

 

 そう、ククリちゃんひらめいちゃったんだよね。石崎君やバットジャスティスのおかしな態度もこれで説明がつく。

 

「つまり彼は鍋奉行ならぬ風呂奉行なのでしょう。お風呂で皆を仕切りたがって、それで(いと)われてしまったのです……!」

 

 ちゃんとお風呂に入る前にシャワーを浴びろとか、お湯には30秒以上浸かれとか口うるさく言ったのだろう。石崎君とかたっつーとかロックもお風呂場で好き勝手してそうだもんね。風呂奉行から注意を受けたに違いない。

 

 鍋奉行でもある可能性が高いな。申し訳ないけどカピバラ麻呂としゃぶしゃぶとか行くのはNGにしておこう。それがお互いのためだ。

 

 月城理事長代理も流石に知らない情報だったらしく「へえ」と感嘆していた。とってもどうでも良さそうな雰囲気を漂わせてたけど、気の所為のはず。

 

 理事長代理は気を取り直したように微笑んだ。

 

「とにかく、これでご理解いただけたでしょうか。私が綾小路くんを退学させる特別試験を出した理由を」

 

「えーっと、まあとりあえずは」

 

 さっき、南雲会長もいる時に言ってた特別試験だね。

 

 2000万ポイントの賞金首は抽選で決めたって話だったけど、実は理事長代理は意図的にカピバラ麻呂退学試験を新入生たちへ課そうとしているらしい。たぶん坂柳理事長が私情で勝手に入れた生徒だから、という理由で。

 

「こちらとしても菊理(くくり)さんに邪魔をされては困ります。君には手を出すな、と釘を刺されていましてね。いささか厄介なのですよ」

 

「父親の話に戻ってくるわけですね」

 

「はい。綾小路くんに何が起きようが傍観に徹すると約束してくれれば、私が持っている限りではありますがあなたのお父上の情報を差し上げますよ」

 

 それが交換条件ということか。なら返答は決まってる。

 

「お断りします」

 

「そうだろうと予想はしていました。しかしお父上に関して、本当に知りたくはありませんか?」

 

「お友達を売るほどの興味ではないので」

 

「あなたが友達と思っていても、彼のほうがどうかはわかりませんよ」

 

「必要なのは私の気持ちだけでしょう」

 

 カピバラ麻呂への好感度は元々高い。屋上で腕相撲したあとはもっと高くなった。

 

 絶対に味方するとは言い切れないけどそこそこ味方にはなれるし、あっちが私をどう考えてようが何も変わらない。他人からあれこれ指図されるのは御免だ。

 

 気持ち、と月城理事長代理が呟く。

 

「以前学校のショップに綾小路くんが頼んで取り寄せたものがあります。誕生日の包装を注文されたそうですが、その前に検品をしました」

 

 …………う、うん? 何の話だ? 

 

 戸惑う私に理事長代理は不気味な笑みを見せる。

 

「1万9000円。18金、シンプルなオープンハートタイプ。大手通販サイト『楽観市場』で、女性の誕生日プレゼント第1位となっている店のネックレスですねぇ。3月8日に間に合うようにとの要求。そしてその日が誕生日の彼の知り合いは1人だけ。Dクラスの軽井沢恵さんです」

 

 ……カピバラ麻呂が、Kちゃんの誕生日に、ハートのネックレスを贈った? 

 

 そんなの、そんなの──

 

「ダサ、いえ、も、貰った人が喜べるプレゼントであるかということが一番重要ですよね!」

 

「語るに落ちてますよ」

 

 いや、だって。最近はハートネックレスはダサい、という風潮があるんすよ。ぶっちゃけハートは好きな人は好きだけど、女子なら絶対ハートは好きだろってほどの安牌じゃないという微妙な感じで。私も選べるならフェザーネックレスとかのほうが……いや、本当にKちゃんがどう思ったかが大切とは思うんだけどさ。

 

 祈っておこう、Kちゃんがハート好きの女子であることを。うー、あれだな。バレンタインの日、女子向けのプレゼントについて聞かれた時もっとちゃんと言っておくべきだったね。反省。

 

 しかしカピバラ麻呂はそんな前から付き合ってたのか? 教えてくれれば祝福したのに。水くさいやつめ。

 

「驚かないのですね」

 

「びっくりはしましたよ」

 

 紛れもない本心なのだが、彼が求めていたものではないようだ。むー、何てしゃべればいいんだ? 

 

 こういう時はちょっと前の会話を思い返してみるか。プレゼント、はたぶん違うな。気持ち、私の気持ち……ん、ああ! 

 

「私は綾小路清隆に恋愛感情は持ってないですし、持つつもりもないです」

 

 正答を導けたのだろう。

 

 理事長代理は目を細め、満足げな表情を作った。

 

「その言葉を聞いて安心しました」

 

 それきり、沈黙が流れる。どうやら話はこれで終わりらしい。

 

 腰を浮かせた私に対し、月城理事長代理はいまいち感情の読めない目を向ける。

 

「一つ、忠告しておきましょう。彼に味方すると決めたのなら、どうぞ最後までその姿勢を貫いてください」

 

「……それは脅しですか?」

 

「いいえ。大人から子どもへの、ささやかなアドバイスですよ」

 

 

 

 

 

 §

 

 

 

 

 

 ククリが去った応接室で。月城は短く息を吐いた。

 

 彼自身、腕に覚えはある。ホワイトルーム生の相手だって出来るだろう。しかしククリに本気で攻撃されるのはまずい。色々な意味で問題だ。

 

 後先考えずに暴れられるという最悪のパターンも想定はしていたが、スムーズに話を続けられたのは幸運だった。

 

「彼女はあまり、父上に似ていないようですねえ」

 

 4月3日、ケヤキモールにて月城は綾小路清隆と接触している。彼の瞳は、その闇の深さは父親にそっくりだった。

 

 他のホワイトルーム生が真似ようと思っても、あの眼を再現することは不可能だろう。

 

「育ってきた環境を、作られた『自分』を否定することでしか自己表現ができない。憐れで(いびつ)な怪物、といったところですか」

 

 ホワイトルームから、父親の手から逃亡した綾小路の入学当初の状況も月城はもちろん把握している。

 

 言葉遣いや態度、考え方、過ごし方。あらゆる点において多くの不自然さが見受けられた。一般的な高校生の実態を知らなかったが故のことに違いない。

 

 新入生として送り込まれるホワイトルーム生はこの数ヶ月、高校生になりきるというカリキュラムに取り組んでいたようだ。

 

 明後日入学する1年生160名、その中に存在するホワイトルーム生が誰であるか。それを4月の間に突き止めることが出来たら身を引いても構わないと、月城は綾小路に伝えた。

 

 それは…………いや、ともかく。

 

 上が何を考え、ホワイトルーム生が何をしようと。たとえ自分が駒として使われようとも、最後まで『綾小路清隆』の退学という指示の通りに動くだけ。

 

 どこまでも月城は冷静だ。慌てることも、動揺することもない。彼の持つ変わらない信念が、そうさせている。

 

 

 

 

 

 

 §

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に戻るべく、ククリはのんびり歩いていた。

 

「ただ情報ゲ〜ットって思ってただけなのに……」

 

 月城の口から次々と出てくる話に翻弄されていた。煙に巻かれた、と言えるだろう。

 

 この学校のことを、綾小路清隆のことを聞いたのは良かったのか悪かったのか。ククリには判別がつかない。

 

「カピバラ麻呂の退学、か」

 

 端末を取り出し、彼とのチャット画面を開く。

 

 スクロールしていると、あるやり取りのところで手が止まった。

 

 それは10月20日。彼の誕生日の時のこと。いつかチェスで対戦でも、と送ったククリに対し綾小路は「オレで良ければいつでも」と返していた。しかしまだこれは果たされていない。

 

 チェスであれば、坂柳と同等の腕を持つ綾小路が自分に負けることはないはずだ。丁度いい。

 

 どこまで告げるかは決めていないが、綾小路には月城のことを話さなければならないのである。でも、ただペラペラ喋るのは何か嫌だ。その点、勝負での敗北により情報提供するというのはわりと格好いい。ロマンがある。

 

 たしか囲碁や将棋も出来るとか言ってたし、それでもいいだろう。大切なのは様式美なのだ。

 

 けれど、理事長代理から退学を願われるとは。彼はやはり不運だ、とククリは苦笑する。

 

 坂柳理事長と、月城理事長代理と。坂柳有栖と、綾小路清隆と。よくわからないものの、何らかの関係性はあるらしい。

 

 綾小路退学の危機に対して、本人に警告を与える以外にどう行動するのか。決めるのはちょっと先延ばしにしよう。少なくとも数日の猶予はある。

 

「新年度も楽しく、騒がしくなりそう。退屈しないね、この学校は」

 

 ────狂宴になるといいなあ。

 

 がらんとした廊下に、声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ククリの勘違いの産物:風呂奉行カピバラ麻呂)

 

「アルベルト。風呂場でサングラスをかけるのは危険だろう。外すんだ」

 

「龍園、高円寺。ここを使用出来る時間は限られている以上、ジャグジーは他に利用したい生徒にも譲ってやってくれ」

 

「石崎。そんなカラスの行水みたくせず、湯には3分は浸かっておくといい。疲れも取れるからな」

 

 

「おい……綾小路、キャラ違くね。偉そうってか、風紀委員とかみたいっつーかよ」

「ああ、誰に対してでも遠慮なく注意するあの姿、まさに風呂場の暴君──────ティラノサウルス、いや、Tレックスだ!」

 

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