ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】 作:アネモネ
Shooting Star
(SS:部活動説明会)
入学式の次の日、授業初日の、放課後。第一体育館ではたくさんの新入生たちが入部説明会に参加していた。数にして100は超えるだろうか。その中に、京楽菊理と椎名ひよりの姿もあった。ククリの隣席である伊吹澪のことも誘いはしたのだが、興味がないとすげなく断られてしまったのだ。
説明会の終了と同時に簡易テーブルにて入部受付が開始される。人の群れが形成されつつあるそこへと飛び込むひよりを、ククリは少し離れたところで見守っていた。少しして、パタパタとやや急ぎ足で彼女が戻ってくる。
「申込用紙、出してきました」
「お疲れ様ひよりん。茶道部の先輩はどうだった?」
「とても優しそうな方でした。人数が少ない分、アットホームな雰囲気みたいです。ククリちゃんはどこか入りたい部活は見つかりましたか?」
「文字なんかは好きだから書道部とか、ちょっとかじったことがあるから奇術部もいいかなとは思ったけど、とりあえず今はやめておこうと。厳しい運動部は4月いっぱいまでの受付でも大半の文化部は年中入部OKらしいしね」
そこまで話してから、思い出したようにククリは付け加える。
「生徒会への立候補は変則的なのかな。あんま細かい条件とか言ってなかったからわかんないけど」
立候補に特別な資格はいらないこと、生徒会と部活の掛け持ちは原則禁止なこと。具体的な話としてはそのくらいしか彼は告げていなかった。
「雰囲気のある方でしたね」
「うん、生徒会長さん……堀北学先輩だっけ? 沈黙の使い方が上手かったなあ」
「演説の冒頭にあえて黙り込むことで聴衆の注意を引き付ける手法。お見事でした」
「最後の一人ってことで皆の集中力も途切れちゃってたしね。アドルフ・ヒトラーの演説テクニックの一つだよね、たしか」
人心掌握術、演説術に長けていたとされる彼についての映像を、ククリは何度か見たことがあった。
騒がしく賑やかな雰囲気になっていた体育館に張り詰めた空気をもたらした彼は、日本的に言うと「はい、皆さんが静かになるまで〜分かかりました」と告げる先生のやり方に近かったのかも知れないが。
「生徒会に心動かされたりなどは?」
「んー、甘い考えによる立候補はダメって言ってたからね。そこまで入りたい理由もない以上は別にって感じかな」
興味はあるにはあるが、教員に生徒会について詳しく尋ねに行くほどのものでもない。
そんなククリを焚きつける少女が現れるのは、少し先の話である。
(SS:桜と出会い)
パラリ、パラリと紙をめくる音だけが。そこでは響いていた。
「ご機嫌よう、ククリさん」
一人本を読んでいる少女に声をかける。彼女はゆっくりと顔を上げてこちらに目を向けた。
「ん、坂柳さん。ご機嫌よう」
京楽菊理。つい先日、知り合ったばかりの少女。有栖に対して「ククリでいいよ」と言ったわりには、自分は『坂柳さん』と呼んでくる。別に、構わないことではあるものの。何だかモヤッとするような気持ちになる。
「八重桜が綺麗ですね」
「うん。ここは特等席なんだ」
窓の外では八重桜のこんもりとした愛らしい花が咲き誇っていた。敷地外に出ることの少ない生徒たちのためか、様々な植物がこの学校では育てられている。植物を見ることで四季を感じたり、心癒したりできるようにとの学校側の配慮だろう。
「一人用の席なのが寂しいけどね。ああ、坂柳さんもここに座りたかったりするのかな」
「いえ、大丈夫です。本棚を見て回っていたら偶然、お見かけしたので来ただけですから」
「そかそか。何かいい本は見つかった?」
「あまり、これといったものは」
特に興味を引くような本は見当たらなかった。退屈。この学校に入ってから、それを有栖が感じるのは珍しくない。
有栖はこれまで子どもから大人まで優れた人間を間近で見てきた。その経験から、他クラスと比べAクラスには優秀な生徒が多めに配属されていることにすぐ気づいたものの、所詮は優秀止まり。見事な万引きの手腕を見せた神室は面白かったし、今クラスで台頭しつつある葛城も暇つぶし程度にはなるがそれだけ。有栖を満足させることは出来ない。
「……ククリさんは、この学校をどう思いますか?」
「まだ入学したてだからなあ。でも思いがけない再会には驚いたよ」
それが良いものだったのか、悪いものだったのか。にこにことした表情を崩さない彼女からは読み取れない。あの時もそうだった。10万ポイントを支給されたことをどう思うかと、何気なく聞いた有栖に。彼女は「毎月ただ10万もらうだけじゃあ、ゲームにならないよね」とさらっと言い放った。
過程もへったくれもなく、直感で答えを導く存在。その身体能力といい、有栖の対極だ。測れない。
はらり、はらりと桜が舞い散る。彼女は栞を挟むとパタンと本を閉じ、立ち上がった。長い[[rb:濡羽>ぬれば]]色の髪がふわりと踊る。
「桜は出会いと別れの象徴と言うこともありますからね」
「私としては桜の樹の下には屍体が埋まっているって印象のが強いかも」
有栖の横に並んだククリは和やかに告げる。
「まあこの学校では、桜の季節以外にも別れは多いみたいだね」
「退学処分の件ですか」
上級生の数を見れば察しはつく。とはいえ、どこからそれを嗅ぎつけたのか。この学校のルール、仕組み。今の時点でそこに手を伸ばせる人材はAクラスにもほとんどいない。
彼女となら学校生活を楽しめるかもしれない。そう思う有栖だが、どこか物足りなさもあった。頭脳戦、それこそが有栖の本領なのだ。例えばこの図書室にも置いてあるチェスでの勝負のような。
ふと有栖は昔見た光景を思い返した。白い部屋で生きている彼は、果たして桜を見たことがあるだろうか。
「私はそろそろ退館しようと思ってるんだけど、一緒に行く?」
「はい。お願いします」
カツリ、カツリと杖を鳴らして歩く。外に出ると、散った桜の花びらがまるで絨毯のように広がっていた。
彼と初めて出会ってから、8年と少し。有栖が運命的な再会を果たすまで、あと────
(SS:綾小路と買い物)
6月。中間テストが終わった後、須藤と石崎たちの一件が起きる前。綾小路清隆は京楽菊理と親交を結んだ。
そして広大な敷地面積を誇るこの学校であるが普段生徒が使う場所は限られてくる。同じく6月、梅雨の時期ではあるが雨も降っていない日。ケヤキモールの入口にて綾小路は彼女とばったり出くわした。
「おー、やほやほ、麻呂君。買い物かい?」
「ああ」
あだ名、というものは何となくこそばゆい綾小路であったが、拒絶するほどのことではない。大衆の面前でそう呼ばれる照れくささはあれど『友達』という感じがして心躍る気持ちにもなる。
「そういや前に会ったときもコンビニでだったね」
彼女と前に、といってもつい数日前に会ったときの綾小路は堀北と一緒だった。
偶然だったがコンビニ、堀北というと4月のことを思い出す。入学初日、コンビニで綾小路は男子高校生っぽくウィットなジョークを飛ばしてみたが、堀北からは絶対零度の眼差しと言葉の刃を向けられただけだった。
普通サイズのインスタント食品、FOO焼そば。それが綾小路が初めて自分の意思で購入した品である。あの慣れない、チープな味は自由になったという実感を綾小路に与えてくれたものだ。
「私は百均に行くんだけど、麻呂君はどこ行くとかあるのかな?」
「いや、特にないな」
「そかそか。じゃあじゃあ、どうせだし一緒に行く?」
綾小路は一も二もなく頷いた。ククリと買い物に行きたい、というわけではなく……いやもちろん行きたいことには行きたいのだが、それ以上に『百均』という場所に興味があったのだ。
100円ショップ。百円均一、百均。店内のもの全てが一つ百円で買えるという夢のような場所。
綾小路も話には聞いていたものの、今まで足を向ける気にはなれなかった。「本当に百円なのか?騙されているんじゃないのか?」という猜疑心を抑えきれなかったのである。
だが、友人と共に行くのであれば大丈夫だろう。綾小路は未知の体験にワクワクしながら歩いた。
着いたそこは多くの学生で賑わっていた。百円均一、といっても品揃えは全く悪くない。生鮮食品やカップラーメン、文房具や日用品、衣類に至るまで様々な商品が取り揃えられている。
日用品はそれを専門に扱うショップ『ハミング』に通い、必要なものを買い揃えた綾小路だったが、こっちで買ったほうが安く済ませられた気がした。まあ、もう後の祭りだ。
コンビニとケヤキモールのスーパーとでは単価が異なるように、百均もその2つと違い何でも百円である。しかし必ずしも安いというわけではないのだろう。普通よりサイズが小さいものとか、そういったものも見受けられる。だが百円というインパクトは大きく、ついついどれもこれも買いたくなってしまう。
「店ごと買えそうだな」
1学年の生徒は160人くらい。退学者がいることを踏まえるともっと少ないかもしれないが、とりあえず在校生を480人として1人月10万支給とすると月に4800万。年間5億7600万。実際はクラスポイントの変動を考えるとその半分の2億8800万ほどとしても、皆の力を合わせればこの店の全てをまるっとお買い上げできそうである。
「あはは、みんなポイントいっぱい持ってるもんね」
そこで彼女は綾小路たちDクラスが5、6月と0ポイントだったことを思い出したのだろう。バツの悪い顔になったため、「気にするな」と綾小路は手を振った。Dクラスのクラスポイントが0になったのはただの自業自得なのだ。
それでもククリは少し話題を変えた。
「ポイント制だけど値札とか円表記だよね。やっぱ『プライベートポイント』って書くとSシステムのルールが新入生に知られちゃうから駄目だし、かといって『ポイント』はわかりづらいからかな」
「それもあるかもしれないな。後は単純に店のほうも円って言ったほうが楽なんじゃないか?」
なるほど、と頷きつつ彼女はキッチン用品を手に取っていた。リンゴカッターにパイナップルカッター。果物が好きなのだろうか。
「他にも買い物のデータとかも取られてそうだよね。こうしてお金を持った高校生たちは何を買うか、みたいな。企業側もデータを得られる代わりに政府にちょっとくらいお金とか出してたりして」
「ケヤキモールには多種多様な店が揃ってるからな。確かにそういったデータには事欠かなそうだ。あるいは政府直属の学校ということで企業側が協賛してたり、メーカーのテストに使われていても不思議じゃない」
「うむうむ、上手くサービスして政府からの覚えをめでたくしようという作戦だね。涙ぐましい努力だ」
「あくまでもオレの推測だぞ……?」
雑談を交えつつグルグルと回り、買うものを決めてカゴへと入れた2人は会計に向かった。
店員に提示を求められた学生証をレジの機械に通す。レシートには各商品の値段と、残高ポイントが印字されていた。二百円や三百円の商品もあったものの、それらは選んではいないため全ての購入商品が百円。素晴らしい。
百均という体験を経てまた一歩『普通』に近づいた気がした綾小路であった。