ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】 作:アネモネ
(SS︰坂柳と南雲と生徒会)
夏休み。まもなく改装工事を迎える生徒会室にて、坂柳有栖は副会長の南雲雅と顔を突き合わせていた。
生徒会長の堀北学を象徴するかのように規律的で整然とした雰囲気の漂う部屋の中、南雲の纏う軽薄さは異質な空気を醸し出している。この男が生徒会長になれば自分好みに生徒会室をまた改装させるだろうな、と考えつつ有栖は口を開いた。
「本日は、話しておきたいこととお聞きしておきたいことがあって参りました」
部屋には南雲と有栖の2人きり。人払いも済んでおり、この会合の存在が他者に漏れる心配はない。南雲は堀北学に対しても自らのあまり好ましいとは言えない行動を巧妙に隠しきっていた。例えば、特別面談と称して一之瀬の弱みを聞き出したことなんて堀北学は知る由もないだろう。
「1年Bクラスの一之瀬帆波さん。彼女が役員になれたのは南雲副生徒会長の口添えがあってのことと耳にしまして」
「よく知ってるな。それで?」
「私はいずれ彼女を攻撃する。もしかすると少々荒っぽい手段となるかもしれません、とお伝えしておこうかと」
南雲は薄っすらと笑い、ゆったりと足を組み替えた。
「帆波は大切な生徒会の仲間であり、可愛い後輩だ。俺がおまえを止めないと思うのか」
「フフ。そうであるならば、私はここまで足を運んだりはしません」
何かを確信しているような有栖の言葉に南雲はますます笑みを深める。
「いいぜ坂柳、帆波を弱らせる権利をおまえに与える。ついでだ、ちょっとした秘密も教えよう。ただし私物に傷が入り過ぎるのは許容できない。虐めるくらいで満足しておけ」
南雲が異性について最も重要視する事項である外見、その点一之瀬は申し分ない。彼女の曇った顔は非常に好ましく、坂柳の攻撃を受けた一之瀬を颯爽と救えばその顔を堪能できると同時に自らの手駒として手懐けることが出来る。南雲はそのように目論んでいた。
中学時代に万引きをしたという彼女の過去が明かされると、興味深そうに有栖が頷く。
「たいへん参考になりました。ありがとうございます」
「構わない。次の話に移ろう、聞きたいことってのは何だ」
「生徒会の情報についてです。先生方にお聞きしてもいいのですが、やはりここは役員の方に話していただくのが一番と思いました」
「意外だな。俺に頼ってまで生徒会入りを希望か?」
南雲の軽口を有栖は微笑んで聞き流した。
「いえ。お友達へ情報をプレゼントしたいだけです。入るかどうかは彼女自身の心に任せますので」
自分が生徒会に入るつもりはないものの、ククリの後押しはしたい。ククリ自身は生徒会にさして興味がないようだったが、適当に丸め込めばいけると有栖は睨んでいた。
実際、ここで聞いた生徒会の権限やら南雲の公約やらの情報を告げることでククリは見事に生徒会志望へと転び。すべては有栖の思惑通り進んだ。
(SS︰カウント・エンカウント)
船上試験が終わっても夏休みは続く。何となくブティックを冷やかしに来たククリの目に留まったのは、1種類のトップスだった。
赤と黒とで構成されたその服の前面には金糸で麒麟が描かれており、動物好きのククリの心がくすぐられる。男物でなければ、とがっかりしつつ店内を見て回るも、他に良い品はなさそうだ。
帰るか、と出入り口に足を向けた彼女は、しかしその歩みを止める。すれ違った人物に見覚えがあった気がしたのだ。
癖のある髪は肩より下の長さまで伸ばされており、その奇抜なファッションもあわせて独特な雰囲気がある男子生徒なのだが、どことなく影は薄い。
「あなたは──」
声をかけられて振り向いたその顔を脳内検索にかけたククリは、ようやく思い出すことができた。
「まだらネクタイの人!」
「……」
相手は無言、無反応。無理もない、あの時はククリが一方的に認識しただけだった。
それは入学して少し経った日のこと。制服の販売店にてククリはネクタイを眺めていた。リボンから付け替えようか迷っていたのである。その際、目をつけていたのが蛍光オレンジのまだら模様が入ったネクタイだった。商品の前で唸りつつも結局購入に至らなかったのだが、同じ新入生と思しき彼はそんなククリに構わずサクッとレジに持って行っていた。
そんな記憶を共有出来ているかはともかく、彼は低い声で話し始めた。
「……Aクラス。
普通に名乗ってもらえたことに多少驚きつつも、ククリはペコリと礼をする。
「よろしく、鬼頭君。私は──」
「おまえのことは把握している、京楽。自己紹介は不要だ」
「そんな私、有名かな」
「否定はしない。だが俺の場合は異なる」
「んー? あー、坂柳派?」
沈黙が流れる。きっとその意味は肯定、ということだろう。
有栖の下で橋本と同じく荒事担当をしているのかとククリは適当に結論づけた。しかし彼はあまり闘争心が強いようにも見えないし、問題行動をしたと聞いたこともない。両手に着用している白い手袋だって謎だ。
「鬼頭君は他クラスガンガン攻めようぜタイプの人なの?」
悪戯っぽい笑みとともに繰り出される質問に対し、微塵もたじろぐ様子はなかった。
「…………Aクラスを死守する。それだけだ」
「そかそか。じゃあやっぱし敵さん同士になっちゃうのか。せっかくファッション仲間を見つけられたと思ったのにな〜」
軽口ではあるが本音も含まれている。残念そうに呟くククリの顔を鬼頭はじっと凝視した。
「確かに仲間という表現は適切でない。しかし俺の私服に興味があるのであれば、いずれ俺の服を見るといい」
「俺の服?」
「ファッションデザイナー。俺がこの学校に入った目的だ」
「なんと。それはいいね! 丁度いい、神がかったタイミングだよ!!」
パタパタとその興奮を手で表現しながらククリは口を開く。
「あのね、実はこの学校の新しい制服のデザインを考えたいと思ってたんだけど、鬼頭君も一緒にやらない?」
「おまえは……随分とあっさり受け入れるんだな」
「ほへ?」
不思議そうに首を傾げるククリの反応を珍しい、と鬼頭は思う。こんな外見の自分が夢を語れば大抵の人間は驚くし納得しないものだ。だからこそAクラスで卒業し、その特権を用いて業界へ入り技術で周囲を黙らせようと考えているのだが……しかし。
「協力は出来ない。俺にも俺なりの拘りがあるのでな」
「そっか、すごく残念。むー、気が変わったらまた教えてね」
「ならばおまえも龍園に伝えておけ。いずれ必ず貴様を殺す、と」
「何て直球な殺害予告……」
龍園が自クラスの人間を奴隷扱いしようとそれは勝手だ。が、他クラスにまで迷惑をかける点を鬼頭は嫌悪している。
「地獄に送る、でも構わんぞ」
「それ意味一緒じゃん……」
ツッコミが
(SS︰綾小路の誕生日)
10月20日。綾小路にとってそれはただ
なにせホワイトルームでは誕生日を祝うことはおろか、脱落した同期たちが何をしているのかすら綾小路には想像がつかないのだ。あの場所では当日に生徒が欠けた場合はそのままにし、翌日以降に空席が取り払われそこを詰めることが基本だった。同期でない、年齢が異なる子どもたちについてはさらに情報がない。同じ施設にいたにもかかわらず一度も見かけることすらなかったのである。
そんな異質な日々を過ごしていた綾小路としては今朝もそう言えば誕生日だな、くらいの認識だったのだが、意外なことに軽井沢からメッセージが届いていた。
【京楽さんに聞いて、気づいた。おめでとう】
小さな苺のホールケーキにロウソクが数本立っているスタンプも送られている。
──誰にも誕生日を話した覚えは無いんだがな。
軽井沢にも、ククリにも。そう思った綾小路はチャットを眺めてようやく理解した。
プロフィールにアクセスすると生年月日が分かる。おそらくこれを見て知ったのだろう。
ついでに2人の誕生日がいつであるかも確認し、軽井沢とのやり取りは消去する。彼女との関係を万が一にも悟られないよう綾小路がいつも行っていることだ。とはいえ、今日のバースデースタンプを消す手つきには少し迷いがあったこともまた事実だった。
教室に着くと普段通りピシッと座る隣人の姿が。昨日の夜に彼女から通達された「クラスの勉強会に参加してほしい」との命令のことで話しかけようとした綾小路の前に、ある人物が現れた。
「おはよう、綾小路くん」
その声を聞き、慌てて堀北から平田へと視線を移す。
「今日が君の誕生日だと聞いてね。おめでとう、と言わせてもらいに来たんだ」
「ありがとう平田。ところで、聞いたってククリからか?」
「うん。昨日、図書館で会った時にちょっとね」
そうして会話しているのが周囲の耳にも届いたらしく、他のクラスメイトからも祝いの言葉を頂戴する。先日連絡先を交換した佐藤からもスタンプが送信されてきたりと、完全にお祝いムードに染まっているところを冷却するかのように、綾小路の隣人は棘のある言葉をグサグサ刺してきた。
「良かったじゃない、綾小路くん。その分だと今日の勉強会でも馬車馬のごとく働いてくれそうね」
「人の誕生日くらい優しく接しようという発想はないのか……?」
何を言ってるのかしら、と呆れを目で伝えてくる堀北に対し、そういえばと気になった綾小路が端末を操作するも、彼女のプロフィール欄は非公開となっていた。
以前、
このペーパーシャッフルで、堀北は櫛田を真正面から説き伏せるつもりのようだが……彼女たちが共存出来るような解決策は綾小路にも思い浮かばない。体育祭での敗北を経験した堀北が今度はどのような手立てを講じるのか。それを見せてもらおうと、綾小路はあまり表立って介入しすぎないことを決めていた。まあ、いつも通りと言えばその通りであるが。
(SS︰トリック・オア・トリック・オア・トリック!)
「Happy Halloween!」
10月31日。1年生は特別試験であるペーパーシャッフルの勉強で忙しくはあるものの、イベントは特別だ。
ケヤキモールにはカボチャなどの装飾。そしてハロウィンの定番といえば仮装である。衣装を貸している店があることもあり、生徒たちは各々盛り上がっていた。
一週間と少し前、誕生日を迎えた龍園は。聞き慣れてしまった同級生の声に辟易とした顔を向ける。
「お菓子くれないとイタズラしちゃうぞ〜」
そこにいたのは伊吹、京楽、ひよりのいつもの三人組。おそらく本人が拒んだのだろう、伊吹だけは普段の格好のままだが、2人は動物の仮装をしていた。
「ん、龍園君お菓子持ってないのか。じゃあどうしよう。机にシュールストレミング入れとくとかでいいかな」
「それ私たちも被害受けるじゃないの。同じ教室だし」
「強烈な臭気があると言われる塩漬けのニシンの缶詰……果たして学校側が取り寄せを許可してくれるのでしょうか」
確かに、と頷く京楽。そのすさまじさ故に地獄の臭いとされる食品である。学校側から危険物扱いされてもおかしくない。
「ここはやはり、お顔に落書きというのはどうですか。ちょうどサインペンも手元にありますし」
「いいねいいね!
龍園はこめかみに青筋を立てた。
「やめな、2人とも。サインペンが汚れる」
「んー、じゃあ澪は何がいいと思うの?」
「放っておくのが一番と思うけど」
伊吹は2人に付き合っているだけのようで、テンションはかなり低い。
「あ、じゃあじゃあ!」
そう言って京楽が龍園のブレザーを引っ張る。何をするのかと身構える龍園に構わず彼女はごそごそと取り出した物をポケットに突っ込んできた。
「お菓子あげるだけにしてやろうぞな。私の優しさに感謝するといい」
「
ブレザーのポケットに詰め込まれたのは確かにただのハロウィンのお菓子だった。害はないのなら放っておこうとそのまま場を去ろうとした龍園に、京楽は「そういえば」と声をかける。
「石崎君が龍園君にあげるんだーって大きいカボチャ持ってたよ。もしかしたらポストとか部屋の前とかに置いてあるかも」
カボチャを丸ごと渡されてどうしろというのか。
誕生日の時といい、石崎には奇行が目立つ。また仕置きが必要か、と考えつつ龍園は寮への道を一人進んだ。
なお、この後。石崎は自らの献上したカボチャで頭を殴られかけるも「食材を大切に」精神のアルベルトが止めたことで回避。普通に拳を受け、アルベルトのカボチャ料理を食べたという。