ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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Song of Solomon

 

(SS:同級生女子の話)

 

 

「ごめんね、佐藤さん。私に付き合わせちゃって」

 

「ううん、いいのいいの。篠原さんと離れちゃったのは残念だけど、どうせどっかのグループには入んなきゃなんだし」

 

「……ほんと、ありがとう」

 

 Dクラス女子生徒、松下(まつした)千秋(ちあき)はカーストの中盤くらいに位置している。クラスでも、女子グループの中でも。

 

 容姿は恵まれてる方だし、家もまあまあ裕福。優秀で優しい両親にのびのびと育てられた。天才とは言えないまでもこの学年の上位1割にほぼ間違いなく入り込めるくらい実力はあると自負していて、しかし目立たないよう適度に手を抜いて周囲に埋没している。

 

 そんな松下は元々、4月の頃は軽井沢グループに入っていた。おそらくそのまま彼女の太鼓持ちをやっていればもっと上位のポジションを得ることも可能だっただろう。

 

 しかし結局実力的にレベルの低い子の多い篠原グループにいる。この理由は大きく2つ。1つ目、単純に篠原や佐藤たちといる方が楽だったから。この2人が好きに誘導しやすい単純なタイプということもあるものの、気の置けない友人として不可欠という面もあるのだ。下手に実力を晒して妬まれたり頼られすぎたりするのは嫌だけど、まあ困ってたら彼女たちのことを助けたいとは松下も思う。

 

 今回の合宿では完全に自分の都合で入る以上、迷惑にならないよう一人でこの小グループに入るつもりだったので、佐藤を付き合わせてしまったことは本当に悪いと思っていて。だから、できる限り彼女のフォローを頑張ろうと考えている。

 

 そして、2つ目の理由。それは、この学校の仕組みが5月に明かされたこと。4月からの一ヶ月、松下は浮かれて油断していたのだ。入学すればどこでも希望の将来を選べるという惹句(じゃっく)の高度育成高等学校。だから海外の一流大学への留学、大使館に就職しその後国連へなんて今まで無難と考えていた国際線のCAや大手一流企業よりちょっと豪華な進路を思い描いていた。

 

 しかしその夢は彼方へと走り去ってしまう。5月、Dクラスはそのポイントが0と宣告されたのだ。

 

 もし自分が教師の言葉の不自然さや上級生の状況などにちゃんと気づいて、クラスメイトへ注意できていたら。生活態度を完璧にして、1000クラスポイントを残せていたら。Dクラスは5月から早くもAクラスへと上がれた、かもしれない。

 

 ただ……生徒の地力が大きく違うことを鑑みるに、たとえそうなってもすぐまたクラスポイントは上回られる事態となっただろう。それに松下がDクラスを動かせたかどうか。先導も扇動もやらないタイプの人間だし、できればAクラスで卒業したいとは思っていても結局のところ入学動機は何となく自分だけの生活がしてみたいとか、そんな感じ。

 

 そう、だから。今回のこれも情報収集とか大層なものじゃなくて。スリルを求める好奇心、という理由が大きい。

 

「よろしくね、坂柳さん」

 

「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします」

 

 Aクラスのトップ、坂柳有栖。彼女のいる小グループに入ることで、そうとは気取られずに読み合いができたらと、心理戦に自信のある松下はちょっぴり企んだりしている。

 

 

 

 

 

「そういえば、男子のほうでは南雲生徒会長が、堀北元生徒会長と勝負するんだとか。お聞きになりましたか?」

 

 その夜、部屋での雑談。涼やかに響く坂柳の声に、周囲は瞬きを返した。男子からの情報というのはこの合宿では新鮮で、松下はちょっぴり舌を巻く。こういう連携力の差もAクラスとDクラスの違いなのだろう。

 

「それはどっち応援すればいいか迷うなー。2人ともカッコいいもん」

 

「え、南雲先輩でしょ。だって堀北先輩には橘先輩がいるし、太刀打ちできないって」

 

「けど南雲先輩の周りのほうが女子多いじゃん。ほら、一之瀬さんとか、ククリちゃんだってそうだし」

 

 恋愛話に目を輝かせるのはどのクラスも似たりよったりのようだ。同じグループの京楽菊理に注がれる視線に、佐藤は不安げな表情を浮かべこちらをちらちら見ていた。

 

 付き合うなら上級生と、冬休みに本屋で松下が言っていたことを覚えていたらしい。南雲雅に堀北学。男はスペック、その点この2人は申し訳ないし、たぶん家柄……というか両親の教養だったりも問題ないだろう。佐藤がこの2人のどちらかないし両方を松下が狙っているのではと推測するのもわかる。そこらの大学生よりもよほど魅力的な異性、のはず。

 

「私はそんな会長とは親しくないよ。私たちと同じグループの朝比奈先輩とかのほうがよっぽど仲良しだし……それに誰、とは言えないけど他の先輩がさ、南雲会長のこと狙ってるだとかいう話もよく聞くし」

 

「あー、確かに生徒会長、たいてい2年の女子の先輩とかと一緒にいるよね。あそこに割って入るのは怖いなぁ」

 

 でも何となく性格的に合わないというか。松下も付き合いたいという気持ちがなくて。大丈夫、と口パクして佐藤に笑いかける。

 

 彼女は直ぐにほっとした顔に変わった。こういう素直なところとか、松下としては嫌いじゃない。まあ、分かりやすすぎて、彼女の小野寺嫌いがわりと周知されたりしてしまっているという面もあるが。

 

「ちょっとチャラいっていうかプレイボーイみたいな感じよね、南雲先輩。でもそこがいい!」

 

「わかる〜。ああいう人に『お前しかいない』とか言われるの、憧れるわ」

 

「でも上級生にしろ、やっぱりAクラスはイケメンが多くて羨ましいな」

 

 適当に話に加わる。新旧生徒会長2人も、この学年のイケメンランキング上位層も所属はAクラス。羨ましいといえば勿論羨ましい。

 

「えー、でも司城(つかさき)くんは部活の先輩と付き合ってるし、里中(さとなか)くんも好きな子がいるんだって。それにDクラスにもイケメンいるじゃん。平田くんは軽井沢さんと付き合ってるけど、えっとあの、影の薄い……」

「綾小路くん?」

 

 先んじて名前を出しておく。ごく自然に話す松下とは反対に、佐藤の顔は強張った。

 

 綾小路清隆。冬休み、佐藤が告白しようか悩んでいると松下たちに告げた名前だ。10月にも彼女はクラスの女子数人に牽制というか、狙っているアピールをしていて、彼を呼び出していた記憶がある。てっきり一過性のものと思っていたので、まだ熱は冷めていなかったのかとあのときは驚いたものだ。

 

「そうそう! 体育祭でちょっと目立ってた人。堀北先輩と同じくらい足速かったっけ」

 

 おそらく、告白して振られたかその前に気持ちが冷めたのだと睨んでいる。だって、クリスマスの後から佐藤は綾小路について喋るのを避けているようなのだ。よって篠原も松下もそのことには触れないよう気を使っていたし、今この話題を早く変えようとしている理由でもある。

 

「でもうちのクラスはそれ以外が全然ダメ。みんな子どもっぽいんだもん」

 

 平田と綾小路を除いて、あとDクラスでイケメンと言えるのは高円寺あたりだろうか。確かに彼はなかなか優良物件だとは思う。でもあの変人加減は子どもっぽいと称しても許されるだろう。付き合う相手としては対象外だ。

 

「うん、騒がしい感じの人が多めかなとは思ってた。でもAクラスも別にそんな変わんないよ?」

 

「えー、でも矢野さんさあ、前にクラスメイトの中に気になる人いるって────」

 

 今回の特別試験はどう進んでいくのか。このグループの責任者である坂柳を観察しつつゆっくりと楽しみたいと、松下千秋は考えている。

 

 

 

 

(SS:上級生男子の話)

 

 

「少しいいか津野田」

 

「どうした堀北」

 

「お前のグループのことで少しな」

 

「……南雲との勝負のことか?」

 

 3年Bクラス、津野田(つのだ)はごく普通の男子生徒だ。クラスのリーダーかつバスケ部元キャプテンの石倉(いしくら)とは普通に友人で、この合宿では彼と同じ小グループとなった。Aクラスの堀北学とは友人ではないにしろ普通に喋る程度の関係で、2年の生意気な後輩かつ新生徒会長の南雲雅のことは普通に嫌っていた。……今までは。

 

「それもあるな。昨日の夜1年の部屋に入ったのを見かけたんだが、彼らの様子はどうだったか」

 

「どうって。まあ南雲に萎縮している気はしたが、普通の反応だろ」

 

「聞かせてほしい。最初から、全てを」

 

「ああ、構わないが──」

 

 林間学校へ向かうバスの中、Bクラスでは不思議なことが起きた。教師の説明のあと、すぐさま電話がかかってきたのだ。メールかなにかも同時に送られたのか画面をしばらく見つめた石倉は、何度目かのコールでそれをスピーカーにし、クラス全体に聞かせた。耳に入ってきたのは南雲の声。特別試験のルールについての質問を、それは分かりやすく教師へ尋ねこちらへ説明してくれた。敵に塩を送る行為。その理由はすぐに明らかになった。

 

 南雲からのメールに記載されていたのは手を組んで3年Aクラスを潰そうと、そんな提案。ルールを手早く理解させたのは、その作戦をさっさと的確に伝えるため。バスでの移動時間は限られている。タイムリミットは到着までのわずかな間。2000万を受け取り橘を退学させることに協力するか、断り自分たちの力でAクラスを引きずり落とすのか。クラスでよく話し合い、結論が出た。南雲の作戦を受け入れようと。

 

 だから昨晩、消灯時刻の1時間前の午後9時ごろ1年の部屋に行ったときも、石倉と津野田は南雲に協力していた。彼は新品のトランプのジョーカーに小さな目印をつけるなんてイカサマをして、1年たちの様子を確かめたかったらしい。

 

 勿論そのことはおくびにも出さず、嘘と真実を交えながら津野田は語り終える。礼を告げ去った堀北と呼応するように、少しして南雲がこちらにやって来た。

 

「で、堀北先輩からは何を聞かれたんですか?」

 

「1年の様子を、だ。トランプでの戦い方、2年や3年への反応、それぞれのベッドの位置──」

 

「ベッドの位置?」

 

「ああ。スペースがないから1年はそのままベッドにでもいてくれと言ったのはお前だっただろ」

 

 夜だったため、部屋を訪ねたときは皆静かにベッドに座るか寝るかしていたことくらい南雲なら覚えているだろうに。

 

「ええ、その通りです。しかし堀北先輩が1年の位置まで気にしていたのが引っかかりますね」

 

「何もおかしくはない。お前のイカサマがバレる位置だったかと探っていた可能性や1年の力関係を測っていた可能性。色々考えられる」

 

「おっしゃる通り。ですがこうも考えられます。1年の誰かを深夜に呼び出すため、ベッドに手紙でも仕込みたかった。だから位置を確かめた、とかね」

 

「馬鹿馬鹿しい。高円寺以外これといった生徒はいなかったし、その高円寺も呼び出しなど応じない人間だろう」

 

「────高円寺でなく。いえ、これは俺のお楽しみに取っておきましょう」

 

 不敵に笑う南雲がどの1年のことを想像しているのか。津野田にはさっぱり分からなかった。

 

 

 

(SS:女子部屋トーク)

 

「ただいまーっと。あれ、姫野さんだけ?」

 

 部屋のドアが開くとともに現れた人物に、姫野(ひめの)ユキは内心『運が悪い』とぼやいた。

 

 混合合宿のこの小グループにおいて、同じクラスに所属する生徒は姫野1人。クラスのリーダーである一之瀬も別グループで同じ状況になっているし、おかしいことではない。

 

 ただ、姫野のように進んで独りになりたがる、その方が楽だと感じる女子というのは、かなり珍しいだろう。元々、この学校に入る前からみんなで仲良しって雰囲気や友達付き合いもあまり好きではないのだ。

 

 誰ともそう親しくはせず、されど険悪にもならず。声をかけられるときもかけられないときもある、そんな当たり障りない距離を保つ姫野にとって、人数調整で自然とクラスメイトがいない環境に身を置けるというのはありがたいことだった。他の特別試験であれば彼女たちと離れるのは難しかったに違いない。

 

 姫野たちのクラスは、一之瀬を中心に回っている。それ自体は別に悪いことではない。彼女は本当に優秀で心優しい人物だ。しかし問題は、クラスの皆が彼女を盲信する傾向にあること。一之瀬と同じ方向を向かないといけない、という強い同調圧力がある。反対意見が出たとしても悪気なしに封殺されるのだ。それに一之瀬のやり方で本当に大丈夫なのかと疑問視する気持ちも姫野の中に少なからず存在している。でも皆が従うなら自分も黙って従おうと、楽な方に流されてきた。人と視線を合わせるのも何か発言するのも苦手な姫野は、きっとこのまま一之瀬に従い続けるのだろう。

 

 クラスで何かと集まることが多いのも悩みのタネである。お人好しばかりのクラスメイトたちは簡単に帰ろうとせず、毎回長引くのだ。

 

 この小グループも女子会じみたことはあったけれど、責任者である坂柳の性格からか結構ドライな様子であり、姫野も「偏頭痛がする」などと言い訳せずともあっさり抜け出せる。ただ、メンバーの1人である京楽のグイグイ来る感じを姫野は苦手としていた。

 

 よってこうして部屋に2人きり、という状態はかなり居心地が悪い。かといって今すぐ外に行くのは露骨すぎる行動だ。

 

 考えているうちに、話しかけられる。

 

「そういや私の周り、誕生日が今月の人が多いんだよね。姫野さんはお誕生日いつだっけ?」

 

 誕生日会での集まりなんてのもウチのクラスには多いな、とただでさえいつも低いテンションをさらに下げつつ、姫野は答えた。

 

「5月26」

 

「ふむふむ、となると……エメラルドだね!」

 

 いきなりの発言だが、姫野の成績は悪くない、むしろやや高めだ。すぐさま察する。

 

「誕生石なんてただの販売戦略でしょ」

 

「むむ、否定できぬ。でも何か浪漫があっていいというか。ただ私の誕生石サファイアは赤色のときだけルビーになるのが納得できないというか、悲しいなあ。せっかく赤が好きなのに……」

 

 ルビーとサファイアは同じコランダムという鉱物からできており、赤色だとルビー、それ以外の色の場合はサファイアと呼ばれる。特にピンクサファイアとルビーの判別というものは難しい。

 

「ならルビーをレッドサファイアって思っとけば?」

 

 投げやりに喋る姫野に、ククリは「発想の逆転というやつか。それはいいね!」と屈託なく微笑んだ。

 

 こういう、悪意のないところが苦手だ。クラスメイトたちと似ていて、まるで自分が悪者みたくなって。ほとほと嫌になる。

 

 だからクラスのことでストレスが溜まってるのだと分かっていても、姫野には解消する方法が思いつかなかった。

 

 

(SS:女子風呂トーク)

 

 風呂。この林間学校でのそれは学年ごとに時間が区切られ、済ませることになっていた。

 

 大浴場はかなり広く、各々(おのおの)で多少時間をずらして入っていけばそう不自由はない。申請すれば個別風呂を使うことも可能だが、大部分の生徒はこの広い湯船を楽しんでいた。

 

「ふいー、極楽極楽」

 

 もちろんククリもその一人。ブクブクと泡の出るジェットバスにのんびり優雅に()かる彼女に対し、隣に腰掛ける伊吹はやや呆れ顔だった。

 

「おっさん臭い呟きね……」

 

「だーって、いい気分なんだもん」

 

 そう言いながらうーんと身体を伸ばすククリの長い髪はゴムでまとめられていた。湯船に髪が入らないようにとやっていることだが、普段とは違った様子が新鮮に映る。他にもいつも眼鏡をかけている子が眼鏡を外していたりして、新たな一面が見えたりするのがこの林間学校の醍醐味だろうが……とまで考えた伊吹はふと思った。常にサングラスをつけているうえにプールの時もゴーグルをつけていて全く見えないアルベルトの素顔は、男子風呂で(あら)わになっているのだろうかと。

 

 ミステリアスなクラスメイトに思いを馳せる伊吹へククリはにこにこと話しかけた。

 

「こういう大きなお風呂に入った後はキューッと一杯やりたくなるよねえ」

 

「……牛乳とか、そのあたりのこと言ってる?」

 

「? うん、もちろん」

 

 まるで酒を飲むような言い草だったが、普通にコーヒー牛乳とかフルーツ牛乳とかを指しているらしい。しかし夕食はもう終わったし、この施設に売店なんてものも無ければ外に行ってコンビニを探すということも出来ない以上、どう考えても無理なことであった。

 

「やっぱお菓子とか没収されちゃったの悲しいよね。どうせならみんなでお部屋でワイワイ、とかしたかったのに」

 

「あんた、普通にトランプとかで遊んでるじゃん」

 

「ちっちっち、お菓子があるのとないのとでは天と地ほどの……差はないけど、エベレストと富士山くらいの差はあるよ」

 

 どのくらいの差だそれは、と伊吹はツッコミたくなったがぐっと押し留めた。ちなみに5000m近くの差である。

 

「もっとチェックが甘ければこっそり持ち込めたかもねえ」

 

 そうぼやくククリのもとに涼やかな声が届いた。

 

「でも、無人島での試験の時とは異なり今回は本の持ち込みが可能ですから、そこはよかったと思います」

 

 現れたのは椎名ひより。そして、その後ろに(ワン)美雨(メイユイ)。同じ小グループである2人は一緒に入って来たようだ。

 

「無人島に本があったら、最悪燃やして火種にしたりとか使い道ができちゃうからかな」

 

「燃やす……?」

 

 何という恐ろしいことを、という顔になる椎名。本を愛する彼女にとっては仮定の話であっても到底受け入れられないことらしい。

 

 一方、(ワン)はちょっとビクビクとした目で伊吹のことをちら見していた。伊吹は無人島でDクラスにスパイとして潜り込み、軽井沢の下着や堀北のキーカードを盗んだりした。加えてDクラスのマニュアルを燃やしたのも伊吹の仕業ということになっているに違いない。これは綾小路がやったことなので冤罪ではあるが、伊吹には釈明のしようもないのだ。

 

 少し暗くなった空気を変えるためか、ククリは朗らかな声で言った。

 

(ワン)さんは中1になるときに日本に引っ越して来たんだよね」

 

「うん、お父さんの仕事の都合で、家族一緒に」

 

 父親の都合ということは、おそらく彼女は日本に来てから日本語を習得したのだろうと伊吹は考えた。ペーパーシャッフルの際には彼女が英語の問題作成を担当することを警戒させられた程度には彼女は英語が得意──たしか常に満点に近い成績を取っている──らしい。英語でやり取りしつつ日本語を学び、今ではこうして母語と言われてもおかしくないくらいペラペラになっているのだとすると、その努力には頭が下がる思いだ。

 

「だったら結構日本との違いに戸惑わなかった? 海外ってシャワーだけで済ませるのが主流だとか聞くし」

 

「そうですね。私も中国の温泉は温水プールのような形で、水着で入るものと目にした記憶があります」

 

「ククリちゃんとひよりちゃんの言うとおりだよ。こういう大きなお風呂でみんな何も着ないで入るっていうの、最初はすごくびっくりしたかな」

 

 でも、と(ワン)は続ける。

 

「郷に入っては郷に従えって言うし、段々と慣れてきたから。それに、あの無人島生活に比べれば……もう何でもどんとこいだよっ」

 

 遠い目をする彼女に、ククリは無人島から早々にリタイアできてよかったと改めて感じた。無人島試験は一学年1回しか行わない。この先もそんな面倒な経験をすることはないだろうと胸を撫で下ろす彼女が、理事長代理の強引な手腕により全学年合同の無人島試験が行われることを知るのは────まだ先の話である。

 

 

 

(SS:betbetbet)

 

 

 授業が終わってすぐの、放課後。生徒会室にはゆるりと椅子に腰掛ける南雲と、端末をいじっているククリの2人だけだった。

 

 珍しい、と南雲は感じる。生徒会会議の前だというのに今日は役員が集まるのが遅めのようだった。もちろん時間までまだまだ余裕はあるのだが。

 

「みんな来ませんね」

 

 ことり、とテーブルへ端末の背面を上にして置いたククリの言葉に、南雲も答える。

 

「たまにはこういうこともあるだろ」

 

 そうですね、と同意はしつつもククリはにんまりと何やら企んでいるような顔をしていた。

 

「どうでしょう、2人でゲームでもしてみませんか」

 

 話しながら彼女は鞄から白紙を取り出すと、1~9の数字を書いてカッターで綺麗に九等分する。

 

「ゲーム?」

 

「はい。とりあえず1枚どうぞ」

 

 切った紙はクジとして使うらしい。四つ折りにされ混ぜられたそれらが、ずずいと南雲のほうへ差し出される。

 

 適当に取ればそこには【3】と記されていた。とりあえずクジを全てまとめ、開いて数字順に直しズボンのポケットへと突っ込む。

 

「あれ、ゴミなら私が捨てときますのに」

 

「このくらい俺がやるさ」

 

 それより次は、と続きを促した南雲にククリは自身の胸元へ手をやった。ブレザーの内ポケットから折りたたまれたメモ用紙を取り出す。そこには9つのゲームの記載があった。

 

 

【1. 限定しりとり

 2. 指スマ

 3. 男女当てゲーム

 4. 連想ゲーム

 5. ウミガメのスープ

 6. ポーカー

 7. ブラックジャック

 8. 神経衰弱

 9. ハイ&ロー】

 

 

 2人から数人で遊べるようなラインナップだ。南雲が引いたのは3、つまりこの男女当てゲームが選ばれたらしい。

 

「ルールは?」

 

「これから教室……ここだと生徒会室ですね。部屋に入ってくる人が男子か女子かっていうのを当てるゲームです」

 

「単純だな」

 

「そのほうがみんな楽しめますから」

 

 のんびりと話すククリはクラスでもよくこうした遊びをしているようだ。

 

 頭を使うゲームではない。運にも大きく左右されるだろう。確かに誰にでも平等にみえる。

 

 普通の生徒は立ち入らない生徒会室ではあるが、会議がある以上は生徒会役員が必ず入室する。故に支障もない。

 

「せっかくですし、一時の娯楽に供する物を賭けるというのはいかがですか? 明日の昼食とか、そのあたりを」

 

「へえ」

 

 つまりは、ギャンブルにするということ。大量のプライベートポイントを有する南雲はこうした勝負を持ちかけることも持ちかけられることも少なくない。

 

 混合合宿においても、夜中にたまたま遭遇した龍園(と橋本)が南雲、堀北学と同じグループでさえなければ、どちらのグループが高い順位を取ると予想するかという賭けを持ちかけていただろう。龍園が南雲の勝利、堀北学の勝利のどちらに賭けても当たれば南雲がポイントを支払うし、外せばきちんと払ってもらうといった内容で。

 

 それに比べれば昼食代程度、可愛らしいものだ。無論南雲は「いいぜ」と快諾する。

 

「男女のどっちにするかは南雲会長がお決めになってください。私はそれに合わせますので」

 

「なら男にするかな」

 

 薄っすら笑いながら発言する南雲に対し、ククリも笑顔で応じる。

 

「そうなると、私は女子が来ることを一心に願うことになりますね」

 

 一之瀬さんとか、と呟く彼女の前で南雲は自らの端末を手に取った。チャットアプリを開き画面をククリへ見せる。

 

「だがいいのか。端末の使用を封じなけりゃ、俺が適当に連絡して他の役員の到着を遅らせつつ男子生徒を呼び出すなんてことも可能だぜ?」

 

「南雲会長はそんなこと、なさらないでしょう?」

 

 そう、嫣然(えんぜん)と微笑む、余裕綽々(しゃくしゃく)な彼女の様子に南雲はあることを確信した。

 

 ──イカサマをしてやがるな。

 

 始めから違和感はあった。そもそもどのゲームにするかを南雲に選ばせたのは何故か。どうしてクジをわざわざ作成したのか。そのくせブレザーのポケットにゲームの種類を書いたメモは準備していた。何故男女を選ぶことすら南雲に任せたのか。数々の手がかりが頭の中で繋がり、結論をもたらす。

 

 南雲は机に手を伸ばすとククリの端末を拾い、画面を確認した。そこにあるのは通話中を示すもの。やはり彼女はクラスメイトへここの会話をずっと流していたようだ。

 

 故に南雲の端末利用も(とが)めなかった。いや、咎められないのだ。これをルール違反にしてしまえば真っ先にアウトになるのはククリ自身なのだから。

 

「あっ……」

 

 小さく声を上げる彼女を無視して端末を操作し、マイクをオフにする。

 

「さて、気が変わった。俺は女子が──おそらくおまえのクラスメイトがそのうちこの生徒会室へとやって来ると思うが、どうだ?」

 

「さあ、どうでしょうか」

 

 えへへ、ととぼけてはいるものの図星なのだろう。焦りが顔によく表れていた。

 

「おまえは最初から生徒会室の外へと協力者を呼びつけ、そして電話でこちらの状況を伝えていた。男女どっちを選んだか聞かせるためだな。それが決まればあとはできるだけ自然に見せかけるよう、いくらか時間が経ってから突入しろと指示していた。違うか?」

 

 男女2人を待機させ、賭けの詳細を知らせる。そうすればククリを勝たせるべく働いてくれるのだ。だからこその余裕の態度。

 

 途中で生徒会役員がやって来たりしたら、片方が足止めしてその間に動けばいい。そこらへんは臨機応変に対応するだろう。

 

「んーと、ちょっとおかしいかと。そもそもこのゲームを選んだのは南雲会長です。クジに仕掛けがないことは確認されてましたよね」

 

「ああ、確かにおまえが細工してないかとは疑った。この場でクジを作っていたのがどうも不自然に映ってな。例えば1~9を記したものを出したように見せかけて、3のみが書かれたクジとのすり替え。この場合、即座に紙を回収すれば暴ける」

 

 しかし結果は白。クジにはきちんとした数字の記載があった。ならば発想を逆転させるまでだ。

 

 マジシャンズセレクト。手品で使われるトリックの一つに、自分で選んだように思わせつつも実はマジシャンに誘導された選択になっているというものがある。

 

「簡単な話だ。数字と対応するゲームの種類を書いた紙、これは9枚用意してあったんだろ。俺がどの数字を引こうが選ばれるのは『男女当てゲーム』になる」

 

 南雲が3を引いたから、男女当てゲームが3番目に記されているものを取り出した。1だったなら1のところに、2だったら2のところにといった具合だろう。これなら、どの紙をどこに入れたかを覚えていればいいだけだ。

 

「ま、ポケットの中や鞄を調べりゃすぐ分かることだがな」

 

「あはは、乙女の秘密が詰まっていますので出来れば遠慮したいです」

 

 そうか、と南雲は見逃す。別にククリを責めようとしているわけではない。

 

 彼女はあらかじめ南雲との賭けに勝つ準備をしていた。今回2人きりになったのは偶然にもかかわらず、だ。となると事情は大凡(おおよそ)見当がつく。

 

「龍園からの挑戦状ってとこか」

 

 手当たり次第に撒き散らされる敵意。それを感じ取った南雲の口元が(ゆる)む。面白い、しかし賢明とは言い難い。必要とあらば自尊心など無視して下剋上を果たそうとする者。そちらに南雲は高い評価をつける。

 

「ご名答、正解です。チャンスがあったら南雲会長を試してみろっていうすごーく雑な命令を受けてまして……申し訳ありません」

 

「気に食わないな。遊びたいなら自分で来いと伝えてくれ」

 

「承りました」

 

 深々と頭を下げる彼女だが、苦笑いを浮かべていた。龍園のことだ、「暇人な野郎の相手をするほどこっちは暇じゃねえ」とでも喋っていたに違いない。

 

「賭けは私の負け、ということで明日の昼食の代金は出させてくださいね」

 

「いや、いい。そうだな、俺が奢るから飯に付き合えよ」

 

「え?」

 

「何だ、予定でもあるのか?」

 

 否定。ククリが首を横に振る。

 

「だったら決まりだな」

 

 南雲は白い歯を見せた。背後にいる龍園のほうが気になることは事実なものの、これはこれで楽しめる人材だ。私物として(そば)に置く見栄え的価値もある。

 

「火遊びがしたけりゃいつでも言えよ、ククリ」

 

「本当ですか!? いいですね、私も全校生徒でのキャンプファイヤーとかしたかったんですよ」

 

 色っぽい雰囲気が皆無、という点は残念だが。

 

 

 

 

(SS:バレンタイン・バレンタイン!)

 

 2月14日、夜────

 

「よし、大量のチョコを見せびらかすように歩いていた南雲への呪詛も唱え終わったことだし。さあ諸君! 戦利品(チョコ)を出したまえ!」

 

 怪しい頭巾を被った男たちの集会。それはさながらサバトのような光景だった。

 

 チョコレート、とは。カカオ豆を原料にした菓子および飲料。カカオの学名テオブロマはギリシャ語で「神々の食べ物」という意味である。チョコの代表的な栄養成分であるカカオポリフェノールには肌老化、動脈硬化の予防やリラックス効果等々があり、体にいい食品と言われることも多い。

 

 しかし、今日という日におけるチョコレートにはそういったことは全く関係ない。いわばこれは感謝や愛を伝えるツールなのである。

 

「義理チョコならばよし! 本命チョコをもらった奴は早めに申告しろ。苦しまないように殺してやる!」

 

 義理チョコと本命チョコの壁は厚い。恋に飢えてる彼らとてクラスの優しい女子とか、部活の女子から義理チョコの1個くらいはもらえたりする。したがってギルティなのは本命チョコのみだった。

 

 彼らの存在は秘されているため日中は表立った活動が出来ないが、メンバーの相互監視くらいなら簡単だ。疑わしきは罰せよ。彼らは彼らの鉄の掟に基づいて裏切り者を処断する。罪刑法定主義など存在しないのだ。

 

「質問です! チ○ルチョコは義理チョコに含まれますか?」

 

「バッキャロー、金額じゃねえ。大切なのは籠もってる気持ちなんだよ。ブラック○ンダーだろうがキットカ○トだろうが女子からの告白の可能性はゼロじゃねえんだ!! ただしそれは俺がもらったものに限る。お前らのチロ○チョコは紛れもなく義理チョコだ!」

 

 他人がモテるのは許せないが、自分はモテたい。その思いで彼らは自分の義理チョコにある本命チョコの可能性を模索しつつ、他人の義理チョコをサクッと義理チョコと断じていくという何とも不毛なことをしていた。

 

 しかし、中には本当に本命チョコっぽいのを貰った不届き者も存在する。

 

「リーダー……あいつ、ちょっと今日ちょっと様子がおかしくないっすか?」

 

「確かに、言われてみれば。妙に大人しいな」

 

「それだけじゃないっすよ。実はあいつ、昼休みに誰かに呼び出されてて──」

「なるほど。よし、有罪だ!」

 

 あまりにも迅速かつ理不尽な裁判により判決が下された。

 

 密告された男子生徒は頭巾を剥ぎ取られ皆の前に引き摺り出される。

 

「や、やめろ……ご、誤解だ、冤罪だ。弁護士を呼んでくれ」

 

「げっへっへっへ、ネタは上がっているんだ。キリキリ白状しな!」

 

 男子生徒の持っているチョコの中には、ハートの箱のいかにも本命っぽい気合の入ったものが存在していた。

 

「俺は……俺は、悲しいよ。こうして同胞が消えてしまうことが」

 

「ち、違うんですリーダー。これは────」

「シャラップ! 言い訳は無用!」

 

「そうだそうだ。リーダーの手を煩わせるんじゃねえ。判決はもう下った!」

 

「「「「「有罪! 有罪! 有罪! 有罪!」」」」」

 

 場のボルテージは最高潮に達している。有罪は確定。判決は覆らない。そうとしか思えなかった。

 

 しかし次の瞬間、

 

「いや、あの、すっげー言い出しにくかったんですけど……これ、くれたの男の先輩だったんだ!」

 

 シーン、と皆静まり返る。

 

「おい、どうする?」

 

「豪華な友チョコということで片付けるか?」

 

「いやしかしここは男女平等ということで……」

 

 ざわざわとあちこちで議論が起こり、珍しく裁判のやり直しが始まった。

 

「鉄の掟を見直すべきだろうか」

 

「うーむ、難しい問題だな」

 

 彼らのバレンタインの夜は、長い────

 

 

 

(ククリ日記・2月ぶんより一部抜粋)

 

2月15日☃☄⛄☄

 

 バレンタインから一夜明けても、バレンタインはまだ続いている。そう、お菓子がまだまだ残ってるんだよね。日持ちしないのから食べていってるんだけどなかなか減らぬのじゃ。幸せな悩み。

 

 外は雪が積もっていた。わーいとはしゃいだ私は、たまたま遭遇したカピバラ麻呂グループを巻き込んであることを決行。それは……雪合戦!

 

 カピバラ麻呂たちは「まあ今日は仮テストも無事終わったし別にいいけど……」という感じだったが、きっちり言うことは言ってきた。幸村君は「故意に顔面ばかりを狙うのは禁止」と、三宅君は「雪玉の中に石なんか入れるのはやめろよ」と。いや、しないから! そんなのたっつーくらいしかしないと思う。

 

 あっちは5人、こっちも5人で人数もばっちりだった。さっそく開始すると、まず両陣営は雪玉を作る係と投げる係に分かれる。敵側ははじめは長谷部さんと佐倉さんの女子2人が雪玉作り、男子3人が投擲、という感じでやってたんだけど、途中で長谷部さんも参戦したくなったらしくカピバラ麻呂と交代。こちら側は澪がノリノリで攻撃に回り、バーティも結構楽しそうに大きく腕を振りかぶってた。私はひよりんと作成担当をしてたのだが、雪玉のフォルムにこだわりすぎて作るスピードが遅いということで解雇される。仕方ないので石崎君に代わって獅子奮迅の活躍ぶりを見せつけてやった。

 

 意外だったのは、同じ雪玉作業をしてた石崎君とカピバラ麻呂の間に仲間意識っぽいのが生まれてたことかな。綺麗に作るコツとかを仲よさげに話してた。その姿を見て何かに似てるなーって思ったけどあれだよ、砂場で泥団子こねる小学生的なノリだったね。

 

 結果は……どっちの勝ちなんだろ。よく考えると雪合戦の勝利条件は不明瞭すぎる。枕投げもそうだよね。最後まで立っていたものが勝者なのかしら。うーむ、まあ面白かったからいいのだ! 

 

 戦闘終了後、石崎君がぼそっと「でもこっちの女子はある一点で完全に負けてるよな……」と発言したのを聞き逃さなかった私たちは、全力でその喧嘩を買うことにした。合戦で余った雪玉をひよりんが運んでくれたので、澪と一緒に石崎君へと叩き込む。弾が全部なくなる頃には気持ちもスッキリしたので許してやることにした。この様子を見ていたバーティは「Bad boy!」とコメントしたあとに「Out of the mouth comes evil(口は災いの元)」と小さく呟く。うんうん、実に的確だったね。(きじ)も鳴かずば撃たれまい、とも言えるだろう。

 

 そういえば通りがかった堀北先輩から聞いたのだが、今日はリンリンの誕生日らしい。連絡先知らないし、心のなかで祝っておこう。おめでとう、リンリン! 

 

 堀北先輩はお祝いしたんですか、と尋ねてみると彼は黙って首を横に振った。ちゃんと誕生日を覚えてるんだから、妹に祝いの言葉くらいあげればいいのに……。

 

 むー、コートが雪でべちょべちょになったし、丁度いいからクリーニングに出そうかな。

 

 

 

 

2月16日☁︎

 

 Aクラスがちょっと騒がしいなと思ったら、今日は真嶋先生の誕生日だ。星之宮先生曰く彼はモテる人だそうで、「真嶋くんて朴念仁ぽいくせして意外と移り気なんだよね」とのこと。毎回違う女性とデートしてるところを何度か見たことがあるらしい。

 

 ま、それはさておき。私はひよりんと図書館へ行った。ランガナタンの五法則には「図書館は成長する有機体である。」とあるけれど、行くたびに蔵書が増えていたり何かのフェアをやっていたり、本当にすごいなと思う。やっぱ図書館が好きだなあ、私。学生証を使って無料で本を借りれるのもいいよね。延滞しちゃうとプライベートポイントが差し引かれるらしいけど。

 

 読んだ本はスタンダールの『赤と黒』。マチルドの苛烈さは好きなんだけど、最後のあたりはどことなくオスカー・ワイルドの戯曲のサロメに近いものを感じた。首だけになった人への口づけは果たして愛なのか。なかなかに難しい。

 

 読了後、ひよりんとチェスで遊ぶ。司書さんも我々の対局を見にいらしたりしてちょっと恥ずかしかった。機会があれば今度彼女たちとも一緒に遊べたらいいな。

 

 そうだ。ハンドグリップがまた壊れちゃったから、補充せねば。忘れないようにしよう。

 

 

 

 

2月17日☀️

 

 事件発生! 久々に小型の木槌、ガベルさんの出番となった。伊達メガネをクイッと上げて事情聴取したところ、教室の後ろに置いてある小型冷蔵庫に入れておいたプリンが盗まれたそうな。とっても由々しき事態。

 

 あ、小型冷蔵庫ってのはもちろん私が設置したものである。一人で使うのはあれだからクラスメイトにも開放してるんだけどね。生徒会とか教員の許可もきっちり得てある。いやあ、いつでも冷えたジュースとかを飲めるのっていいよね。私はぬるくなった飲み物が嫌いなのだ。

 

 みんなに顔を伏せてもらって、「犯人は手を挙げて〜」とお決まりのやつをやったけど誰も自白はしなかった。こうなると学級裁判が始まる。

 

 

 

 とりあえず結論から言うと、犯人はクラスメイトの一人だった。後で新しいの買い直せばいいだろと軽い気持ちでやったのに思ってたより大事になってしまい言い出せなくなったのだという。ごめん。

 

 付箋が貼ってあったと被害者は言及していなかったのに何で知っていたのか、と金田君の推理と眼鏡が光り、わりとさらっと解決したのだが……私も変に騒ぎ立てた罰としてしばらく学級裁判の禁止を言い渡された。悲しい。

 

 

 

2月18日☔

 

 学校を巻き込むブーム、といえばゆるキャラあたりかな。そう思ってデザイン案を描いてたら、「おまえには才能がない。皆無だ。やめろ」とたっつーに言われた。こいつ、人のファッションには口出ししないけど絵とかについてはひどい台詞を吐くのだ。ぶー、仕方ないから前に制服のデザイン案描いてもらった人にでも今度頼みに行こうかしら。

 

 ゆるキャラの参考に可愛い動物が見たい、ということで教室でハムスターを飼いたいと坂上先生にお願いしてみたら却下された。メダカとかウーパールーパー、エリマキトカゲなんかでもいいんですとごねたけど駄目だった。ククリちゃんしょんぼり。

 

 ブーム、というか学校で人気のものと言えばよく漫画なんかでは購買部のパン購入競争なんてのが風物詩として登場するけど、ケヤキモールがあるこの学校じゃ無理だよねえ。「たまにしか入荷しない幻のパン!」とかも憧れるものの、パン屋のおじさんに聞いても「そういうのはちょっと無理かな」と言われてしまった。食パンの切り落としを安く売ってくれるのがある意味裏メニュー的なものなのかもしれない。

 

 流行を作るって、浪漫って難しい。そう思わされた一日だった。

 

 

 

2月19日⛅

 

 一緒に買い物に付き合ってほしいと、バットジャスティスに言われた。明日が神室さんの誕生日なのでプレゼント選びへのアドバイスをもらいたいとのこと。「キャロルに聞くのが一番じゃ?」と聞くと「お姫さんにこんなこと頼めると思うか?」と返ってきた。まあ、確かにそうか。

 

 神室さんがどういうものを好むのかを私は知らない。だってまず他クラスだしね。一般的な女子目線での話になるが、果たして参考になるのか。そういえばカピバラ麻呂も女子に贈る誕プレの話してたけど結局あれは誰宛だったんだろうな。謎だ。

 

 店を回り、無事にプレゼントの購入まで済むとバットジャスティスは何かの包みを差し出してきた。今日のお礼、ということなのでありがたく受け取る。帰ってから開けたら中身はバレッタだった。色々と店を巡ってる最中に見つけていいなーと思って眺めてたのだが、気づかれていたらしい。流石だ。こういう気遣いがモテ男のテクニックなのだろう。

 

 夜、窓の外を見ると満天の星々が綺麗に輝いていた。学校の敷地内は高い建物が少ないから、都会にしては広い空が楽しめると思う。でもやっぱ無人島とか船上で眺めた星空には敵わないな。ちょっぴり恋しいかも。さてさて、期末試験も迫ってきてることだし、お勉強も頑張らないとなー。

 

(2/20追記:神室さんにはちゃんとプレゼントを受け取ってもらえたとのこと。バットジャスティスの嬉しそうな声音からして、恋愛感情かはさておき神室さんのことは結構お気に入りっぽいね。)

 

 

(SS︰day date)

 

 

 3学期期末の筆記試験が終わった、その日。テスト勉強からの解放感故か、伊吹澪はケヤキモールをぶらついていた。

 

「あんた、何してんの?」

 

 挙動不審な人物など基本的にスルーする伊吹だったが、それがクラスメイト、しかも親しい……とまでは言わずともよく話す相手であれば放ってはおけない。

 

「おー、伊吹か」

 

「そういうのいいから。質問に答えなさいよ、石崎」

 

 彼は無言である店を指し示した。ケヤキモールドラッグストア、理由は分からないがそこを注視しているらしい。諸事情により冬休み以降あの場所にちょっと嫌な気持ちを抱いている伊吹は顔をしかめた。

 

「入りたいならさっさと入れば?」

 

(ちげ)えんだよ」

 

 にやにやしながら否定する石崎に気色悪い、と忌憚(きたん)のない意見を送った伊吹が目を凝らすも、流石に店内の様子までは見えない。

 

 今のところ龍園から誰かを尾行しろといった指示はないはずだ。となると石崎個人の行動、ということになってしまうのだが……。

 

 伊吹が正解にたどり着くよりも早く、店から出てくる人影があった。

 

「ククリと龍園?」

 

「ああ!」

 

 いっそ憎たらしいほどに幸せそうな笑みだった。

 

「実はさ、たまたま2人が『仲良く』歩いてるのを見かけてよ。それで、な?」

 

「欠片も理解したくないけど、あんたの思考は察した」

 

 要するに、あのペアが好きな石崎は彼らを心ゆくまで眺めるべく喜々として尾行を始めていたらしい。彼のストーキング技術が磨かれたのは間違いなく龍園のせいなので、そこに関しては因果応報だろう。

 

 しかし、と伊吹は思う。2人と一緒にいることは多くとも(龍園については紛れもなく不可抗力だが)、それをこうして遠くから見るというのは新鮮だ。

 

「意外とペースが合ってる……?」

 

 同行者の存在など気にもとめずにつかつかと歩く龍園に対し、ククリはちょこまかと容易くついて行っていた。

 

「へへ、それだけ気が合うってことよ」

 

 どう考えてもそれは気の所為である。石崎の妄言を無視しつつ、伊吹は自分がククリと歩く時のことを思い返し、そして結論した。たぶん、彼女はいつも相手に歩幅をあわせているのだろう、と。友人の新たな一面を感じ取ることが出来た伊吹は爪の先ほどの感謝を石崎に捧げた。

 

 ぶっちゃけ暇を持て余していたため離脱したいとの強い意思も無く、伊吹はそのまま石崎に追従する。悲しいことに彼女も尾行についての感覚が麻痺していた。気配を殺して移動するテクニックも習得済みである。

 

「お、おい、あれは……?」

 

 すると途中、ククリに話しかける男子生徒が現れた。見覚えのない顔。上級生、おそらく3年の生徒か。

 

 親しげに喋るその様子に、石崎の顔がどんどん曇っていく。たぶんこいつはククリに何かあればすぐさま相手を殴りに行くな、と伊吹は悟った。その場合自分が止めなければならぬことも。

 

「どんな会話してんだ……?」

 

「普通に世間話でしょ」

 

「いや、俺には分かる。あの表情、あの態度、あれは告白だろ。もしくはナンパだ」

 

 ひどい決めつけだった。そのまま石崎は謎のアフレコを始める。彼は暴走しやすい男だった。

 

『京楽さん、君は騙されているんだ! そこの彼とは手を切ってくれ!!』

『龍園君のことを悪く言わないでくださいっ!』

『いいや、言わせてもらう。僕は、君を……好きに、なってしまったから。どうかこれを受け取って欲しい。徹夜で書き上げたラブレターだ』

 

 石崎の想像上の声とはいえ、伊吹は俄然(がぜん)上級生を応援したくなった。明らかにあっちが正義側だろう。あと、テスト前だったのに勉強せずラブレターに時間を費やして良かったのかというささやかな疑念も抱いた。

 

『ありがとうございます。でも、私は読めません……』

『な、なぜ!?』

 

 ククリは上級生の男から渡された紙束を龍園に回していた。というか、そもそもあれはラブレターと呼ぶには封筒が無骨だし、サイズも大きすぎるように見える。

 

 龍園といくらか言葉を交わした男子生徒は、怯えた様子で立ち去っていった。

 

 やっぱ龍園さんはすげぇ、と石崎は満足げだ。一方、こうなってくると本当の会話内容が気になってきてしまった伊吹がどうしたものかと悩んでいると、真っ直ぐにこちらを向いてちょいちょいと手招きしているククリの姿が目に映った。どうやら尾行の時間は終了らしい。彼女たちのほうへ近寄る。

 

「そんで、どうかしたの?」

 

 真っ当な問いかけをされた伊吹は言葉に迷った。それを見たククリはふわふわといつも通りの笑みを浮かべる。

 

「んーと、これが気になっちゃった感じ?」

 

 石崎がラブレターと呼称していた紙束が手渡される。その正体は軽く目を通しただけで分かった。

 

「試験問題?」

 

「そ、そ。私、1学期にあの先輩と取引してたんだよ。テスト用紙全部ください、ってね。先にポイントは支払い済みだから、今日は現物をもらったってわけさ」

 

 なるほど、試験終了直後の今が最速で最適のタイミングだったのだろう、と伊吹は納得した。だが疑問も残る。

 

「何でそこに龍園もいるわけ?」

 

「そろそろ3年生の口も軽くなるかって期待したんだって。ま、見てたんならわかると思うけどむちゃくちゃ拒否されたから、情報はな〜んもゲットできなかったよ」

 

 最初っから分かっていたこととはいえ、やはり告白現場でもなければデートですらなかったらしい。単純に利益追求のため龍園がククリと行動をともにしただけのようだ。

 

「とーっと、ごめんね、実は私このあとキャロルとの約束があって。もう行かなきゃ」

 

「約束?」

 

「うん、焼肉屋さんでね。ほら、バレンタインの時にみんなで食べたじゃない? あの話したら羨ましがられちゃってさ。ってことで、じゃあね!」

 

 ククリはあっさりとこの場を後にした。封筒を手にしたままの伊吹はポカンと彼女の後ろ姿を見送る。

 

 水を打ったような静寂。やがて、

 

「その……龍園さん、元気だしてください」

 

 石崎は殴られた。

 

 

 

 §

 

 

 

 時は(さかのぼ)り、ドラッグストアの店内にて。

 

 黄色いエプロンをつけた男性──ここのスタッフである木村(きむら)は、いかにも不良くさい容姿をした生徒の来店に、いささか動揺していた。

 

 問題を起こされては困る、と焦り気味に考えたのは、誰にも報告していないとはいえ以前ミスをしてしまったことが原因だろう。

 

 彼はつい2ヶ月ほど前、冬休みに入ったばかりの日にとある失態を演じていた。それは、店員専用スペースである商品倉庫を使った後鍵をかけ忘れたこと。クリスマス目前だったからか、その間にカップルが侵入してしまっていたのだ。かけ忘れに気づいて施錠した時には既に中にいたらしく、店への彼らからの電話により指名を受けた木村がまた倉庫の開け閉めをしたことで問題は解決した。

 

 あの時いたのはぼんやりとした二枚目と運動の得意そうなショートヘアの子のカップルであり、今来たヤンキーとふわふわロングヘアの子とは明らかに異なる。だが、またカップルが何か変なことしたりしないよな、と木村が心配に思うのも仕方のないことだろう。

 

 耳を()ませていると、彼らの話し声が聞こえてきた。

 

「たっつー、あのね」

 

「黙れ」

 

 いや、まず会話が成り立っていなかった。とてもカップルとは思えないほろ苦いやり取りである。

 

「私、ポーラーベアって、ポールダンスをする熊のことだって思ってたんだ。ドイツ語のことわざに “Da steppt der Bär(あそこでクマが踊っている)” って、にぎわってる場を示す語句もあるし」

 

 しかし女子側は強かった。木村は思わず「随分と陽気なシロクマだな……」と心の中でツッコんでしまう。

 

「でも、北極熊のことだって知った時に思ったの。 “Polar bear” だったら南極にいるクマさんのことも含んじゃうんじゃないかって」

 

「知るか。さっさと選べ」

 

「でも、クマ科はほぼ南半球にはいないんだって。だから『北極の』クマさんなのに “Arctic bear” って言わないのかも」

 

 どうやらこれが通常運転らしく、女子生徒は気後(きおく)れする様子もなく商品を手に取りつつ喋っていた。

 

「でもややこしいよね。北極は “North Pole” と “Arctic” があって。この “Arctic” ってギリシャ語の “arktos(おおぐま座)” から来てるらしいから、北極はベアーベアーしてるよねえ」

 

「……相変わらずおまえは変な語句作んのが好きだな」

 

「まあね。でもさ、“South Pole” は “ant(反対の)” をつけただけで “Antarctic” ってのはひどくない? どうせならクマさんたちとは逆で、南極にしかいないペンギンさんの名前を使ってくれれば良かったのに」

 

 可愛らしい不満を述べつつもレジにやって来たため会計をすると、彼らは普通に店外へ足を進める。木村はこのカップルを変に疑ってしまったことを悔いた。自然と深い礼をする。

 

 ──進学校らしく博識な生徒だったな。

 

 そう感心した木村は、同時に思った。あのくらいずけずけ言い合えるのが今時の恋人関係の形なのか、と。ケンカップルというか、ああいう互いの欠点までよく理解していそうな2人は意外と長続きするのかもしれない……いや、してくれたらいいなと、不思議と肩入れする気持ちが芽生え。少し、心がポカポカ温まった。

 

 

 

 

(SS︰人事を尽くして天命を待ちたい)

 

 3月1日。学年末試験の結果も発表された。鈴音の成績は3位。やや苦手だった英語も高い点数を出せたのは、須藤に教えたからかも知れない。彼も英語が苦手で、2人で重点的に勉強したのだ。

 

 午前の授業の合間、休み時間。鈴音は呼び出しに応じるべく歩き出す。生徒会からのメールには、日時と場所の指定のみでその目的も何も記されていなかった。

 

 ──叱られるようなことをした覚えはないけれど。

 

 約束の場にいたのは南雲、自分の兄である堀北学、そして……

 

 ──綾小路くん!?

 

 なにやら会話しているらしく、声が聞こえてくる。

 

「明日からは堀北先輩たち3年の特別試験が始まる。その話さ」

 

 興味があるかと問われた綾小路は首を横に振った。そんな彼へ南雲は更にからんでいく。

 堀北学から可愛がられた一人だと、特別扱いを受けていると。その理由は鈴音とクラスメイトだからだ、と。

 

 ──そんなはずはないのに。

 

 南雲の言葉に嬉しくなってしまう自分が嫌になる。フランクに手招きしてくる南雲に従い、鈴音は彼らに近づいた。少しためらってから。自分の相手をするはずのない、邪険にしてくる兄に近づくには勇気が必要だった。兄が興味があるとすれば、それはここにいる綾小路くらいだろう。気にいらないことに。

 

「南雲生徒会長……あなたがメールの差出人なのでしょうか」

 

「正確に言えば差出人は桐山だ。無論俺が指示を出したわけだがな」

 

 堀北先輩の妹がDクラス配属だったとは、と意外そうに南雲がつぶやく。ズキリと胸が痛んだ。だって、当然の言葉だ。あの『堀北学』の妹は完璧でなければならないのに。

 

「妹を使おうが取引の材料にはなり得ないと知っておけ、南雲」

 

「取引? 材料? まさか、堀北先輩の妹かつ可愛い後輩にそんなことしません。ただ生徒会に勧誘したかっただけッスよ」

 

 驚きとともに、兄の額のしわが深くなるのが鈴音にはよく分かった。自分が来てからというものの兄はより険しい表情を浮かべている。

 

「帆波とククリがいるとはいえ、2人だけじゃちと少ない。もう1人くらいはと常々思ってたんスよ」

 

 用件がこれだから生徒会の名を使っての呼び出しだったのかと鈴音は納得した。しかし、

 

「私に生徒会の役員など務まりません」

 

 南雲から観察するような視線が飛んでくる。堀北鈴音は兄の弱点になるのかと、そんなところだろう。鈴音は慣れている。そして、よく知っている。自分は兄の汚点になりこそすれ、弱点になどならないことを。

 

 だから。断りを入れた鈴音は、兄から逃げるように場を後にした。

 

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