ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】   作:アネモネ

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Seven deadly Sins{superbia, sloth, etc.}

(SS︰電話)

 

 

「まさか、そっちからかけてきてくれるとは思わなかったな」

 

「私も、京楽さん──あなたと話すかどうかは、迷っていたわ」

 

 堀北鈴音にとって、電話口の向こうの相手、京楽菊理は取るに足らない相手“だった”。龍園にまとわりついていたり、伊吹や綾小路と一緒にいたり、一之瀬と同じく生徒会に所属している。ただ、それだけ。

 

 その認識を変えたのは、平田から聞いた言葉だった。

 

 龍園より恐ろしい存在かも知れない、と。

 

 彼が嘘を吐くとも思えない。もののついでに綾小路にも彼女の印象を尋ねてみたところ、『どうにか無理矢理例えるなら高円寺と龍園を足して砂糖で煮てスパイスをぶっこんだようなやつ』という返しが来た。

 

 そこまで言われると、危機感の一つや二つ、湧いてくるというもので。綾小路という前例がある以上、どんな人物であろうと道化を演じている可能性は否定できないのだ。

 

 実際に会ってみた印象は、情報を持っているだけの浅ましく脳天気な人物。Aクラスの種目であるチェスを言い当てたり、綾小路の非凡さを知っていたり。それを自分たちにさらっと告げたのは不気味ではあるが、おおよそ考えなしの行動だったと鈴音は思っていて。今もその印象は継続中である。

 

「種目を教えてくれたことは感謝しているの」

 

「えへへ、どういたしまして! いやあ、チェスは激戦だったって聞いたよ。惜しかったね〜」

 

 しかし、油断ならない相手ではあるようだ。

 

 他クラスの試合内容をどうやって把握しているのか。聞いても答えはないだろうが、こういうところで自分の不甲斐なさを感じてしまう。

 

「んーと、わざわざお電話くれたってことは、お友達になってくれるとかそういうのだったり?」

 

「そんな意図はないわ。そもそも、あなたは私と友好関係を築きたいなんて思ってもいないでしょう?」

 

 入学当初の櫛田と同じだ。口では親愛を示しているものの、腹の中は異なる。彼女と違って悪意はないようだけれど。

 

 櫛田は誰にも心を許していない。許せない、と言ったほうが正確かもしれない。鈴音を排除しようとするのは、秘密を握られているというのがある意味『上』の立場になっていて、気に食わないから。メリットデメリットの問題ではない。

 

 最終試験で鈴音がリーダーをしていたことは櫛田にとってかなり不愉快だったらしく、最近はいつもに増して避けられていた。それでも櫛田をどうにか説得したいと思うのは、彼女が特別な存在だからだろう。

 

 もしも鈴音が同じ進学先でなければ、櫛田は誰からも好かれる優等生を演じたまま卒業したに違いない。そんな彼女の未来を潰してしまったのだ。もちろん鈴音に落ち度はなく、運命のいたずらとでも形容すべきものだが、それでも責務を感じてしまう。

 

 鈴音としては、京楽との友情ごっこに興じている暇などなかった。

 

「む、別にそうじゃないけどなあ。堀北先輩も『心から信頼できる友という存在は貴重だ。大切にするといい』って言ってたし、てっきりリンリンが歩み寄ってくれたものかと」

 

「兄さんが?」

 

 意外な言葉に驚かされる。孤高の存在である兄は、いくら周りに群がる人が多くとも心から信頼できる友といったものは作っていないとばかり考えていたが……いや、それは鈴音の間違った想像なのかもしれない。

 

 兄についての理解が足りなかったことは、この前和解した時によく分かったのだから。

 

「うん、綾小路君に友達作りを勧めてもいたな。あ、堀北さんも彼とドシドシ仲良くしていけば良いのではなかろうか」

 

「綾小路くんと……?」

 

 無理よ、と言いかけた口をそっと閉ざす。

 

 鈴音は綾小路を信頼する気にはなれない。彼を完全に信じてしまえばいつか泣きをみてしまうような、裏切られてしまうような予感があるのだ。

 

 おそらく、他ならぬ兄のせいでもあるのだろう。

 

 鈴音はもう、これ以上自分が不要だと惨めに感じる思いをしたくなくて。そんな臆病さが前に出てしまう。

 

「あなたは彼に、恐怖は感じないのかしら」

 

「恐怖? 何で?」

 

 少し考えてから思い当たる節があったらしく、京楽は「ああ!」と話を続けた。

 

「確かに龍園君を倒したのはすごいと思うけどね。でも澪曰くだいぶ前にやってた直接対決では3回中3回バーティが勝ってたらしいし、腕っぷしではたぶんバーティのほうが強いもんなあ。ま、澪の知らないところでも2人は喧嘩を繰り返してたとなると最終的なところはわかんないのかな。ともかく、バーティより龍園君のが恐れられてるのと一緒で、喧嘩が強いから綾小路君が怖いとかは思わないよ」

 

 無邪気な声が伝えてくるものは、鈴音の望む回答ではなく。気づけば「じゃあ」、と口が勝手に言葉を紡いでいた。

 

「あなたは彼のことをどう感じているの?」

 

「うーむ、難しい質問。あれかな、やっぱし────────」

 

 

 

 

 窓から入ってきた風が、肩にも届かない長さになった髪を揺らす。

 

 鈴音は通話の切れた端末を片手に一人考えていた。クラスメイトのこと、Dクラスのこと。2年生になってから、どのように道を模索していくべきなのか。

 

『これは私個人の見解だが、Dクラスで最も不良品たる生徒は綾小路だ』

 

 ふいに、茶柱の言葉が脳裏をよぎる。これに続く台詞は、先ほど京楽が告げたものとどこか重なる部分があるような気がした。

 

 ────The madman is the man who has lost everything except his reason.

 

『機能が高い製品ほど扱いが難しい。扱い方を一つ間違えば、呆気なくクラスは全滅する、ということだ』

 

 最終試験では坂柳に(おく)れを取ってしまったとはいえ、彼が普通の生徒じゃないことは、鈴音ももう分かり始めている。不良品と揶揄される要素がどこにあるのか、彼女たちが綾小路に対して何を見ているのか。それが理解できない。

 

 不良品は英語でDefective product。きっと、このこともあってDクラスを不良品と呼ぶのだろう。

 

 Aクラスへ這い上がるには。櫛田との関係を修復するには。綾小路の本当の実力を、学力面のみならず知るには。彼に、自分のことを認めてもらうには。どうすればいいのか。

 

 白い天井を見上げても、ちっとも良いアイデアは浮かびそうになかった。

 

 

 

 

 §

 

 

 

 

 着信音が鳴る。画面に表示されているのは未登録の番号。ただし、見覚えのあるものだ。

 

「御機嫌よう、ドラゴンボーイさん」

 

 通話ボタンを押した途端、聞こえてきた不快な単語に、龍園はすぐさま電話を切った。

 

 再び端末から音楽が流れる。電源を切るか思考を巡らせた末、龍園はとりあえず電話を取ってやることにした。

 

「おはようございます、龍園くん」

 

「次、ふざけたことを抜かしやがったら殺す」

 

 あら怖い怖い、と坂柳は全く気にしていない様子で言葉を発する。

 

 それは龍園が実行しないという甘い考えからではなく、たとえ腕力にモノを言わせて来ようが構わないという自信に溢れた声だった。

 

「最終試験での勝利をお祝いしようかと思いまして」

 

「おまえこそDクラスに勝ったろ」

 

「ええ。下位のクラスとの対決で4勝3敗、というのはあまり褒められた結果ではないのですが……ああ、龍園くんたちを馬鹿にしているわけではありませんよ?」

 

 龍園たちBクラスが一之瀬率いるCクラスと戦った結果も同じ4勝3敗。皮肉とも捉えられるが、その意図はないらしい。所詮本題に入る前のジャブ、嘘か真かは些細なことだ。

 

「葛城くんはそちらのクラスで上手くやっていますか」

 

「女王サマ気取りの横暴な女から解放されて清々(せいせい)してたぜ」

 

「フフ、それは何よりです。私も少し気分が良いんですよ。ようやく、あなたたちは私が遊んであげるに相応しい相手に成長してくれたようで」

 

「葛城とはもう十分に遊んだだろ」

 

「彼との相反は私個人の退屈しのぎでしたから。今の状況のほうがよほど楽しめるというものです」

 

 Aクラスを二分した争いも坂柳にとってはただ暇な時間を消費する方法に過ぎなかったらしい。確かに彼女がその牙を隠し適当に猫をかぶっていれば、最初から葛城を従わせることも不可能ではなかっただろう。いくら彼が自らを優秀かつ先頭を指揮していく人間と自負していても、敵対しないよう調整することだって彼女には出来た。

 

 ここで葛城との会話を思い出した龍園は、坂柳にとある疑問を投げかけることにする。

 

「お前と綾小路の試合には学校側の介入があったな?」

 

「ふふ。さぁ、どうでしょうね」

 

「答えねえのは肯定とみなす」

 

「もう終わったことについて、とやかく言うのは好ましくないですよ。私と綾小路くんの勝負に関して、あなたはただの部外者ですし」

 

 2人の世界に割って入るな、と言外に示されるも龍園は鼻で笑った。やはり綾小路と再戦する前に彼女を潰しておく必要があるようだ。

 

 そんな思いを知ってか知らずか、坂柳はその苛烈な本性を可憐な声に乗せて会話を続ける。

 

「龍園くん。私からも、ひとつ質問させてもらえませんか」

 

「夜の予定なら空いてるぜ?」

 

「結構です。私にも選ぶ権利がありますし。もしや、真剣な交際を望んでいるのでしょうか?」

 

「俺がゲテモノでも食えるタチってだけだ」

 

「……まさかとは思いますが、ククリさんにも同じ台詞を吐いたりはしていませんよね?」

 

 龍園は吐き気を覚えた。

 

「アレを人間と考えるほうが間違ってんだよ」

 

 そして、言ってから気づいた。坂柳が自らのお友達である彼女を今、しれっとゲテモノ扱いしたのではないかということに。

 

「なら良いのですが。それで、質問というのはククリさんのことでして。龍園くんもそろそろ私に譲ってくださる気になりましたか?」

 

 さらに物扱いしているが、指摘はせずに口を開く。

 

「何度も言わせるな。アレは手元にいても迷惑だが、手元にいなけりゃ余計に迷惑だ。おまえの駒にはさせねえよ」

 

「そうですか。では口惜しいですがまたの機会にしましょう」

 

「やけにあっさりと引き下がるな」

 

「こういうのを予感、と言うのでしょうか。ククリさんを野放しにしておくと厄介なことになりそうな気がするんです。しばらくは預けておきますから、きちんと捕まえておいてくださいね」

 

 坂柳の話す予感とは、たしかな推測によるものなのだろう。何かを危惧しているらしいことは頭の片隅に入れておく。

 

 そして、告げた。

 

「おまえは最後のご馳走(ちそう)と思ってたんだがな。喜べ坂柳、降格だ。テメエはさっさと潰す」

 

「あなたが私に敗北を教えてくれるというなら、いつでも歓迎しますよ」

 

 

 

 

 

 

(SS︰幕間)

 

 

 ──あまり役に立たない情報だったな。

 

 春休み最終日。ククリから月城の目論見を聞いた綾小路は、しばしの思考の末そう断じた。

 

 新入生……さらに言えばそこに紛れ込んでいるホワイトルーム生から狙われるのは自明の理。それがどんな名目で行われようが、綾小路の知ったことではない。まぁ大方その特別試験の参加者であろうから、候補が絞りやすそうだというのは良い点か。

 

 だが、結局のところ綾小路は自ら進んでホワイトルーム生を探し出そうという気はない。

 

 井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知る。あの場所に自分より優れた者は存在しないのだ。勝負にならないことなど最初から分かりきっている。

 

 しかし理事長代理である月城と組んでの攻撃となると、警戒の必要があるだろう。彼は軽井沢と綾小路の関係も把握しているようだし。

 

 ──消えたら消えたでそれまで、というだけ。

 

 自らを守ることが第一であり、軽井沢を含めた他者は優先順位が下がる。それでもこの本性を見せるのが得策でない以上は、相応に振る舞うべきだろう。

 

 あるいは彼女をこの身より大切と、掛け替えのない存在と思える日が来るのかも知れない。未来は未知数だ。

 

 ふと、軽井沢の誕生日に渡したハート形のネックレスのことが脳裏に浮かぶ。少し言いづらそうに「K(ケー)ちゃん、どんな反応だった?」とククリが尋ねてきたのは何だったのだろうか。

 

 採点は100点中10点だったが受け取ってはもらえた、と真実を告げたのは果たして正解か不正解か。ともかくククリがそれ以上聞いてくることはなかった。

 

 無人島試験の時に平田が鞄につけていたハートマークの入ったアクセサリーは軽井沢からのプレゼントということで、彼女もハートは嫌いではないだろうと判断したのだが……まだまだ勉強不足らしい。

 

 学ぶべきものがあるのは良いことだと、綾小路は心から感じている。学習に喜びを覚えるのが人間という生き物なのだから。

 

 

 

 §

 

 

 

 

 ククリちゃんは偉いので、どんな客人に対してでもきちんともてなすようにしている。

 

 ティーポットとティーカップに熱湯を注ぎ、しばらく待つ。十分温まったら湯を捨て、ポットに茶葉を投入。続けて沸騰したお湯も注いで蓋をする。そしたら茶葉が上下に動くジャンピングが起き、ティーポット内はまるで花びらが舞っているような光景になっていた。

 

 蒸らし終えればあとは茶こしを使ってカップへと最後の一滴(ゴールデンドロップ)まで注ぎ切る! 

 

「どうぞ」

 

 人様の部屋に来ているくせしてふてぶてしい客人にお茶を出すと、奴は偉そうに一口飲んでから告げた。

 

「ただの匂いと色のついた湯だな」

 

「てめー、紅茶ぶっかけるぞ」

 

 おまえは今、全世界の紅茶愛好家たちを敵に回した。

 

 せっかく淹れてあげたのに……今度から無料飲料水を渡すだけにしてやろうか。全くもう、なんてもてなし甲斐のない奴だろう。

 

「たっつーのバーカ。この馬鹿舌めっ」

 

「馬鹿に馬鹿と言われるとは光栄なこった」

 

 成績私より悪いくせに、こいつ……まったく、カピバラ麻呂にけちょんけちょんのコテンパンにされてすごーくしょんぼり期間中のククリちゃんに対してなんて態度だ。

 

 船上試験の時のトランプでは普通の腕だったけど、あれは手を抜いていたのだろう。生徒会室での仕事を終えて寮に戻った私はさっそくカピバラ麻呂と対戦したものの……もうね、瞬殺だった。笑っちゃうくらいの。たぶんキャロルと同じくらいには強かったと思う。レベルが違いすぎて実力がはっきりとわかったわけじゃあないけどね。

 

 私から聞き出した情報を彼がどう料理するのかは不明。でもまあ、十分にエールは送ったわけだし何とか頑張って退学回避してほしいところ。しかし坂柳理事長の不正疑惑ってカピバラ麻呂の裏口入学のことだったのかな。そのせいで月城理事長代理から狙われてるなんて可哀想に、という優しい目を向けてあげたらすご〜くどうでも良さそうな表情から一転、とっても複雑そうな顔をされたんだよね。

 

 たぶんカピバラ麻呂の中で私はダブルスパイかどうか疑われてる真っ最中だろうなあ。クスン、悲しい。月城理事長代理にはきっちりかっちり啖呵を切ってあげたっていうのにな。

 

 人から信用される難しさについて考えている私に、信用されない度No.1のたっつーは底意地が悪そうな顔でニヤニヤと声をかけてきた。

 

「おまえには明日の始業式について聞きたいことがある」

 

「え、まさかすっぽかすとか言わないよね?」

 

「教師どもからどんな情報が得られるか不明な以上、欠席するつもりはねえよ」

 

 ふむ、ならよかった。毎度おなじみ校長先生の話がいくら長いとはいえ、聞かないってのはズルい、じゃない、失礼な話だからね。

 

「明日、俺たちに箝口令(かんこうれい)は敷かれるか?」

 

「というと、特別試験のことで合ってるかな」

 

 たっつーは悦に入ったような笑顔で頷いた。

 

「2年以降、『試験内容を漏らした生徒は即退学』あたりのルールが追加される可能性は高いと俺は踏んでいた。試験の内容を得た奴がひたすら有利になるだけなら、それは上級生に尻尾を振るだけの欠陥ゲームだ。重い罰で縛ってると考えるのが普通だろ」

 

「ん、私もだいたい同意見ではあるよ」

 

 人はダメって言われたことほどやりたくなるものだ。そんなカリギュラ効果を打ち破るには強い楔がいる。となると、退学あたりが妥当だろう。

 

 特にクラスポイントや1学期中間の過去問のことなんかは、上級生から教えられてしまえばどのクラスも簡単に乗り越えられちゃうもんね。

 

 無人島サバイバル試験についてだと、昨年度はクラス内で4つずつグループを作って合計16グループで競い合ったらしい。私たちとは異なるルールとはいえ、試験専用ポイントを使うところは例年一緒なことを思うとこれも攻略法は似たりよったりになっているのだろう。そもそも、無人島でサバイバルするという情報を事前に知って行動できちゃうとわりと変わってくると思うしね。公平さに欠ける。

 

「事実、2-Dの生徒数名にプライベートポイントでの交渉を仕掛けてもゲロったヤツはいなかった。何らかの共通ルールがあるとみていい。Dクラスだろうが1年以上この学校で過ごしてきた連中だ、言質を与えないよう気を張り詰めてるってことだ」

 

「そんな札束で頰を張るような真似してたんだ……」

 

 んー、でもどちらかといえばそれはロックか。2年や3年の先輩たちに近づいてプライベートポイントの買い取りをちらつかせてたせいで、入学してから少ししてすぐに『調子に乗った金持ちの1年がいる』って感じの噂になってたらしいし。ただハーレム築いて遊んでただけじゃなかったんだよな、あの人も。

 

「しかし学校側から未だに何一つ通達がない。新入生への対応を徹底させるなら、そろそろ新たなルールの公表はあって然るべきだ」

 

「確かにそうだね。もう明後日は入学式だもん」

 

 ふむふむ、そういや生徒会室で聞くの忘れてたな、そのへんのこと。どうも生徒会役員間は例外っぽいからなあ。

 

 他の部活では、先輩に特別試験とかのことを教えてもらいたくとも、情報をほぼ全く落としてくれないらしい。というかまず聞くことすらはばかられる雰囲気が出来上がっているそうだけど、生徒会では特別試験の話をしなきゃ仕事ができないからね。とはいえ生徒会以外で話せるわけでもないし、実質そんなに変わりはないか。

 

 うーん、と私は考えた。生徒会の情報ってどこまで言っていいか毎回悩むんだよね。細かいルールが多くて。このあたりの線引きが正しく行えるかということも、生徒会役員に要求されるスキルなんだろう。

 

 そうだな、OAAについてとか新たな特別試験についてまで言わなければセーフライン! 

 

「月城理事長代理曰く、今年度の新入生たちにはSシステムのこともあらかた話すんだって。遅刻や欠席とかがクラスポイントに影響を与えることなんてのも。だからそれを喋ってもペナルティとかはない。他がどうかは知らないからわかんないな」

 

「であれば、代わりに4月に実施される特別試験はあるのか」

 

「んー、ノーコメントで。退学処分は嫌だからね」

 

「そこまで信用されてないとは悲しくなるぜ」

 

 いけしゃあしゃあと言いよって。

 

「たっつーがパンイチ……だと中に隠す可能性もあるか。全裸になってくれるならまあ考えなくもないよ。あ、金属探知機で全身くまなく調べさせるでも可。通販とかで買えるのか知らないけどね」

 

 こいつのことだ、録音機器をいくつか作動させてるに決まってる。もし私が生徒会の言ったらマズイ情報を喋ったら、笑顔で学校側へ告げ口、証拠として録音を提出。そして退学に追い込むに違いない。

 

 いや、悪辣なたっつーであれば「学校側に黙ってて欲しけりゃお前の持ってる情報を洗いざらい吐け」と脅迫して搾り取れるだけ搾り取ってから退学させるか。あるいは「俺の命令は絶対聞け」とか言って利用しつくしてから捨てるかも。なんてひどい奴だ。血も涙もない。

 

 じとーっとした目で見たらギロリと睨み返された。

 

「おまえのよく言ってるセクハラに当たるだろ、それ」

 

「む、正当な主張だもん。たっつーみたいなダモクレスの(つるぎ)を体現したようなパワハラ野郎には屈しないから」

 

「俺の知ってる故事と(ちげ)ぇが」

 

 ダモクレスの剣とは古代ギリシャの説話だ。廷臣ダモクレスが王位の幸福をたたえると、シラクサの僭主(せんしゅ)ディオニシオスは宴にて彼を天井から細い毛1本で剣をつるした王座に座らせたという。栄華の中でも支配者には常に危険がつきまとうことを悟らせたとされてるけど、事故でダモクレスの頭に剣が落ちてくる可能性もあったことを考えると普通に暴君によるパワハラだと思うんだよね。「若いもんがナマ言ってんじゃねえ、処すぞ?」って感じの。なんたってディオニシオスは『走れメロス』に出てくる暴君ディオニスのモデルとされてる人だしね。

 

 説明してやろうとしたら、先にたっつーのほうが話を軌道修正した。

 

「生徒会の機密情報を漏らせば退学、か。お堅いことだな」

 

「そうでもないと生徒会役員がいるクラスだけめっちゃ有利になっちゃうじゃん。公平じゃないとゲームは面白くないよ」

 

 まあ、南雲会長の学年はこのへんかなり怪しいけどね。一之瀬さんと私はクリーンだから、うん。

 

 社会に出ても企業秘密なんかを漏らせばそりゃあクビになるだろうし、予行練習的な面もあるのかもしれない。

 

「でも、平等性を重んじるならやっぱ『1年生へ特別試験の情報を言ったら退学』ってルールは施行されるんじゃあないかな」

 

「ああ、だがあくまでも予測だ。無かった場合の想定も必要になる」

 

 うーむ。たっつーはこういうところ細かいというか、荒っぽいようで変にみみっちい部分があるよな。

 

「学校も馬鹿じゃねえ。ルールが課されなければそれはやる意味がないことを指す。つまり1年の特別試験を今年はガラッと変えるってことだろ」

 

「即退学ルールの追加がないイコール私たちの代や南雲会長の代と今回の新入生は全く違う試験になる、と。まあ月城理事長代理や南雲会長のことを考えればおかしくはないね」

 

 たっつーにはまだ話せないことだけど、確かに4月にやるペーパーシャッフルっぽい特別試験も夏休みの無人島試験も例年と全然違うものだ。それに元々、特別試験は4年間のローテーションを基本としてるそうだしね。情報が参考にならないのなら、口を封じる価値もない。

 

「あるいは実験台とするのかもな。一学年くらい育成に失敗しようがいくらでも代わりはいる」

 

「言い方がひどい……」

 

 ただ、その通りではあるかな。月城理事長代理は新しいことをやりたがってるし、今までと異なるルール、異なる環境にしたいのかもしれない。上手くいかなければまた来年から戻せばいいだけだしなあ。彼がいつまで理事長代理を務めるのかはわからないけどさ。

 

「試験内容を漏らそうが問題ねぇなら、俺は1年の連中にこの学校のルールや特別試験の情報を渡す代わりにプライベートポイントを出させる契約を結ぶ」

 

「可愛い新入生たちを食い物にする気かおまえ」

 

 こいつみたいなのが跳梁(ちょうりょう)跋扈(ばっこ)しているこの学校の治安は大丈夫なのか。不安すぎる。いや、でも今更感もあるか。ふっつーに暴力事件とか起きてるもんな……。

 

「誰でも喋れる話は鮮度が命だ。さっさと売りつけるに限る」

 

「むー、4年前くらいに右も左もわからない1年生を大量に騙してポイント巻き上げて退学になった3年B組の生徒がいたって聞いたことあるけど。たっつーのそれも詐欺になっちゃう可能性もあるんじゃあないかな」

 

「役に立つ情報とそうでないものを見極めるのは受け手側の仕事だろ」

 

「微妙なラインを踏みに行くのは避けるのが賢明だと思うの。下手な搾取は不満を溜め込むだけだし。ってか、せっかくできる後輩たちに新年度早々嫌われたくはないよ!」

 

「テメエ、それが本音だろ」

 

 そうだよ。下級生とはキャッキャウフフしたいもん。他の先輩なら無料で渡す(かもしれない)情報でプライベートポイント請求したら、すっごい嫌われ者になるじゃん。たっつーの評判はとっくのとうに底辺だからどう足掻こうと手遅れだと思うけど、心優しきクラスメイトまで巻き込むのはやめるべき。

 

「ま、ルールがどうなるか不明な以上、1年生の教室へ突撃☆はひとまず置いておこうか」

 

 どうせ取らぬ狸の皮算用、『試験内容を漏らした生徒は即退学』ルールが公布されればたっつーの望むような1年との契約は不可能だ。そうでなくとも妨害ができるよう、良心溢れるストッパーの葛城君と話したり……あとは一之瀬さんと一緒に入学式の日は新入生歓迎会を開くなんてのもいいかもしれないな。

 

 ふんふんと善良な悪巧みをする私をよそに、たっつーは偉っそうに頷いていた。

 

「むー、それより龍園君はちゃんとお勉強してるのかな?」

 

「お前もそう机に向かってたようには見えねぇが」

 

「普段からやっていれば詰め込みは必要ないもん」

 

 テストの点数勝負は4月すぐになるし、普通にやれば私の勝利は堅いんだけどさてさてどうするのやら。実はコソコソ問題集解いたりしてんのかな。ま、いいか。

 

 たっつーは薄い笑みを貼り付けて私に尋ねる。

 

「もし勝った場合、俺に要求することは決めてんのか?」

 

「およ、もう聞いちゃうのかね。んーん、そうだなあ」

 

 窓の外の、青いグラデーションが見事な空を眺めててひらめいた。スチャっとポーズを決めキリッとした顔を作る。

 

「一度でも空を飛ぶ楽しみを味わえば、地上を歩く時も天へ視線を向け続ける。自分がいた場所に戻りたいといつも願ってしまうのだ」

 

 万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉とされているものである。

 

 つまり何だよ、と問いかけるような視線に「これだから情緒を解さないヤツは」とため息を吐きつつ、私は答えてやることにした。

 

「私が空を飛べるようにする、とか」

 

「スカイダイビングかバンジージャンプでもしてろ」

 

「まずもってそれ飛んでない! 落ちてるから!!」

 

 何て杜撰(ずさん)な対応をするんだこいつ。まあ冗談はさておき。

 

 うーん、でも他人に対して私が具体的に望むことって特にないんだよな。あ、でもたっつーが女装したら面白そうかも。

 

 くふふ、意外と似合うかもしれない。第一候補にしようかしら。

 

「マクガフィンやクラムボンが何なのかを暴きなさいってのもいいなあ」

 

「答えが無い、が答えだろ。知りたきゃスコットランドなり岩手なり何処へでも去れ」

 

 ぶー、夢のないヤツめ。浪漫を追い求めるんだよ、浪漫を。

 

「逆にたっつーは考えてるの?」

 

「クク、金田あたりにお前の描画力を矯正させるなんてのも面白いかもな」

 

 全くもって全然本気じゃあないだろう。完全にこちらをからかうための発言に、私は噛みつかないわけにはいかなかった。

 

「自分の好きなように描くから絵は絵なんだよ」

 

 真っ白い画用紙だったりキャンバスだったりに、色彩もコントラストも思いのままに描く。誰にも侵せない、私だけの世界。だからこそ絵は楽しいのだ。

 

 なのにたっつーは力説する私を見てうんざりしたような表情になっていた。ひどい。おまえあれだろ、美術館とか行かないタイプだろ絶対。

 

 スプレーで壁なんかに落書きしてそうなたっつーからとやかく言われる筋合いはないと思うんだ、うむ! 

 

「こうなるとどんな命令かはお互い後々(のちのち)のお楽しみってとこかな」

 

「ああ」

 

 たっつーは蛇のように鋭い目つきでこちらを見据えた。何かよからぬ事でも企んでるのかしら。こやつはいつも悪人面してるので判別が難しい。

 

 ま、私が他者に求めるのは、私を楽しませてくれることだ。それさえ達成されればあとはどうでもいいだろう。

 

 思えば彼とも長い付き合いになったものだ。中学時代とは違った性格でいて、違った性質の娯楽を味わえるのはたっつーのおかげというのが大きいはず。はじめはもう少し傍観者寄りの立ち位置でいるつもりだったのだが、これはこれで良かったのかもしれない。素直にちょっぴり感謝の念を捧げておこう。

 

 ん、捧げるといやあ、クラス中から集めたプライベートポイントって結局返されてないなぁなんて考えてると、そんな意思が伝わったのか伝わってないのかたっつーはググっと顔を近づけてきた。

 

 目潰し、頭突き、アイアンクロー、デコピン、アッパー。頬・耳・髪・頭部・腹部いずれかへの攻撃。様々な可能性が泡沫のごとく浮かんでは消える。変化球で顎クイ、大穴で頭を撫でてくるとかは……ないな、流石に。

 

 私に危険が及ぶ可能性、0%。いつも通りだ。

 

「おまえは────」

 

 たっつーが何か言いかけたところで端末から音が鳴る。見ればひよりんと澪からの連絡。ここ、私の部屋に遊びに来るという予告だ。賑やかになるなあ。

 

 話が仕切り直されこのまま有耶無耶になる可能性、99.9999%。

 

「ん、どした?」

 

「いや、いい。忘れろ」

 

「さいですか」

 

 じゃあお茶でも淹れるか、と立ち上がる。そういや炭酸アイスティーなんてのもあった気がするなあ。とりあえず炭酸水ぶち込めばいいんだろうか。

 

 あれこれ考えているうちにケトルが沸き、もくもくと蒸気が出てくる。

 

 お代わりはいるか、と聞くと尊大な声で肯定が返ってきた。今帰る気はないらしい。

 

 やれやれ。どうやらこの傍若無人なお客サマとの時間は、まだまだ続きそうだ。

 

 

 

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