ようこそ享楽至上主義の教室へ【特殊タグ無し版】 作:アネモネ
「試験時間はこれより2時間とする。では────各自、励め」
堀北兄が試験をスタートさせるなり、即座に動いたのは男女一組。龍園は一瞥もせず、ククリはペコペコ頭を下げてから去っていった。
こうなると協力をともいかず、葛城と弥彦も一礼だけして場を後にする。一之瀬と神崎も同様。
堀北兄たちも何処かへ赴くようだ。せっかく夏休みなんだし話さなくていいのか、と堀北をつついてみたが反応はなかった。
二人、ポツンと取り残されることになったオレたち。
「ま、宝を持っていけば兄貴とも会話出来るか」
船内のどこかに隠されている生徒会長のハンカチ。しかしこの宝、発見しても着服すれば10万ポイント以上で売れるんじゃないだろうか。目の前の堀北や橘書記、上級生の女子あたりなんてのも。ちょっと迷うな。
「……開封しましょう」
兄貴との対面のせいか借りてきた猫みたく大人しい堀北は、反撃もせずヒントの紙を取り出した。
感じからして橘書記の文字だろう。そこまで疑ってはいなかったが、紙に細工はない。ヒントは純粋に書かれた文字だけとみていいか。
「高円寺くんに京楽さん?」
「コミュ力の低いオレたちには難しそうなヒントだな」
さて、特別試験に必要なのは公平性だ。堀北兄の余興のようなものとはいえ、これも同じこと。どのクラスにどのヒントが渡っても解けるようにしていなければならない。そして、出題者側の持っている情報も吟味するべきだ。オレたち一年生について知っていることというのは、いくらあの二人が生徒会役員とはいえそこまで多くもないだろう。
高円寺とククリに共通することといえばその身体能力がまず浮かぶが、これはおそらくオレ以外は知らない情報。表面上としては変人というところか。
strange、weird、eccentric
strange person、weirdo、eccentric person
strangerは見知らぬ人、weirderは比較級。ストレンジャーを探せというのであれば突然来訪してきた堀北兄たちが候補に上がるが……。
「生徒会長たちはどこへ行ったんだろうな」
「カフェで一息ついている、あたりかしらね」
とすればブルーオーシャンにでも行ったのだろうか。堀北もお茶するのは嫌いじゃないっぽいし、兄貴の影響なのかもしれない。
「案外、高級スパで休んでたりしてな」
「兄さんがそれを好むとは考えづらいわね」
まあ下級生をストレンジ扱いするのは流石にやらないだろうし、矢印の意味も無くなる。ストレンジャーは違うだろうな。
となると、他の共通項としてあだ名をつけるクセがある。高円寺のほうはともかく、ククリはさっきの会話で「高円寺をロック呼ばわりしていること」までみんな聞いてたしな。平等に知っていることはヒントに組み込める。ククリから高円寺への矢印も、あだ名で呼んでいるものとすれば『ロック』が答え。erをつければ『ロッカー』。隠し場所のヒントとして申し分ない。
問題は、これをどうやって堀北に気づかせるか。
「しかしあの生徒会長もあだ名で呼ばれたりするんだな」
「兄さんが頓着しないだけよ、きっと」
それでも「まなぶーん兄さん」と呟く堀北は少し嬉しそうだ。あまりに語呂が悪くないかそれ。
「高円寺がロックってのも驚いた。由来がロック調なのかロック鳥なのかが気になったけどな」
突然バンドを始め、すぐに音楽性の違いで解散しそうな点でいえばロック調か。鳥であれば『アラビアンナイト』に登場する巨大な怪鳥、これも独立独歩な高円寺には合いそうだ。
「どうでもいいでしょう、そんなこと。綾小路くん、あなたサボろうとしていない? 真剣に考えて」
「大真面目に考えてるさ」
万が一この試験が茶柱先生の耳に入っても言い訳できる程度には働く必要性を感じている。正式な特別試験でもない以上、退学を振りかざしてくることも無いだろうけどな。
「逆に考えよう。隠し場所として不適格なのはどこだ?」
「生徒の入れない場所や入るべきでない場所。立ち入り禁止のスタッフルームはあり得ないし、配電盤室も無いでしょうね。カードキーが必要な客室も駄目。男女で制限のある場所も難しいわ。化粧室や更衣室も無いわね」
「その通りだ」
「口外禁止とされたのだから、探し回ってもそう奇異な目は向けられない場所。曖昧だけれど、これも言えそうだわ」
「明確なペナルティはないって部分は引っかかるけどな。龍園なら手下を使って人海戦術なんてのをやりだしてもおかしくない」
ただこれくらいは堀北兄たちも考えるはず。鍵のかかったロッカーの中なら、鍵が見つからないとどうしようもできないってのは対策として妥当だろう。あとはその鍵が何処にあるか。これも人員を投入しようが発見できない工夫があるならやり方は限られてくるが……。
試験後の吹聴の禁止については、自分も生徒会長からポイントを貰いたいと押しかける生徒が続出することを真嶋先生が憂いた結果だろう。ひどい事態になれば学校側がルールを新たに設け制限する可能性もある。龍園としても、今後こういうポイントゲットの機会が起きるチャンスが0になるのは避けたいはずだ。
「あなたは彼を一番警戒しているの?」
「そうだな」
「この試験に限った話ではなく、よね。でも葛城くんは? 無人島でAクラスが多くのスポットを押さえていたのは彼の手腕によるものでしょう」
「優秀なのは疑いようがない。だが警戒すべきって話なら別だ」
タタタと近づいてくる足音。噂をすれば影がさす。龍園本人じゃないが、クラスメイトのお出ましか。
「やっほー、調子はどう?」
ククリの面白いところの一つに、彼女の歩き方があると思う。重心のかけ方含め人によって様々なのが普通だが、こいつの場合毎回自分で微妙に変えている。走り方もそうだ。クセを読まれないようにということなのか。姿勢や食べるマナーはかなりきちんとしているが、教本通りってのはクセがないことでもある。今は着ていないものの、きちっとアイロンがけしたシワのない制服についてだってクセの無さとも取れるだろう。
「偵察に来た、ということかしら」
「否定はしない!」
ヒントが分かった上で来たか、違うのか。オレだって解けているのだし、早ければ解けていても不思議はない。
「参加者がヒントの指し示す場所に行くのは分かりきっていること。大方、龍園くんから尾行しろとの指示でも受けたのね」
「──なら、オレたちDクラスより葛城か一之瀬のほうについてくべきじゃないか?」
「一之瀬さんはともかく、他の男子3人とはそう親しくないからさ……」
Dクラスは御しやすいと判断されたように感じたのか、堀北は声音に怒りをのせる。
「龍園くんは今どこで何をしているの」
「バーでグラス傾けてくつろいでると思うよ」
まさか酒じゃないよな。龍園にバーってのは何となく似合いそうではあるが。
「試験放棄……いえ、またフェイク?」
「堀北。せっかくだし、この際手伝ってもらえばいいんじゃないか」
どうせ尾行されても咎める術はない。なら抱き込んだほうが得策だ。
「何を言うの綾小路くん。あなた、暑さで頭がやられた?」
「同行する条件として、オレたちから絶対に離れないでいてもらう。そうすれば逆に龍園の手足を潰すってことにならないか」
ククリは水着にブレザーを羽織っただけの状態のまま。ヘリポートで龍園がブレザーを貸していたのは、クラスメイトに風邪をひかれても困るからってあたりが有力な説だろう。無人島試験みたいに逆に利用できるケースもあるが、普通試験中体調を崩されると厄介だからな。
龍園の物だからだろう、上着の袖が少し余っている。これが萌え袖というやつか。グッとくるものがある……ではなく、端末を持っているようなふくらみは見当たらない。連絡手段がなければ裏切ることは難しい。ハンドサインなんかにも限度はあるしな。紙くらいは所持してるかもしれないが、どっちみちCクラスの生徒の接近に気を配っとけばいいだけだ。
「うん、いいよ。ずっとぴったりくっついてるよ、この試験中は。白旗をあげます」
「あなた、ちゃんと考えて動いているのよね?」
その頭には脳みそが詰まってるのよね?とでも喋りだしそうな堀北。あれで色々と考えてると思うぞ、たぶん。
「私が考えてるのは宝探しを楽しみたいなーってことだよ。我々はみな謎というラビリンスに囚われているのさ……!」
どっから来たんだラビリンス。やっぱり何も考えてないんじゃ無いだろうか。不安になるな。いや、Dクラス的にはありがたいことだが。
「ま、ラビリンス云々は置いとくが、どのみちお前の手を借りるべきではあったんだよな」
ヒントの紙を見せていいか堀北に問うと、しぶしぶOKが出された。京楽と、ククリの名字が書かれてるのも大きいだろう。
「私から高円寺君に何かアクションを起こせってことかなあ」
「かもな」
演技でなければ解答には辿り着けていないようだ。素早い行動からすると早期解決を望んでいるっぽいし、本当に思いつけてなさそうだな。当人だとむしろ分かりづらいってことか。
「むむ、端末いま手元にないんだよね〜。あれば高円寺君に電話で居場所聞けたのに」
「あいつの連絡先を知ってるのか」
「うん、この船で過ごしてるときに交換して」
自分から聞いたにしては表情が固くなった気がするが……。どんなやり取りがあったのやら。
「八方美人ね、あなたは」
「堀北さんみたいな美人さんにそう言われるとは、光栄だよ」
無敵のメンタルっつーか、無類の明るさだな。どうディスっても全く効かなそうだ。これには堀北も少し怯む。
「あとは一之瀬さんにも連絡できたのにな」
葛城の番号までは知らないのか、この口ぶりだと。だが一之瀬の連絡先は終業式の朝、堀北と佐倉がメモで貰っていた。居合わせたオレには何も渡されなかったのは、男女の差という一点だけの理由と思いたい。
「いや、一之瀬の連絡先は堀北が知ってるから大丈夫だ」
こいつのことだ、使うかはともかく捨てずに保管してるだろう。
「綾小路くん、余計なことは言わないで。……ともかく、思い出してみなさい。プールで泳いでいた高円寺くんはおそらく携帯を持ち歩いてないはず。あなたと一緒でね。コールしたところで無意味よ」
「あ、そかそか」
ついでに、高円寺と話すのも無意味なんだけどな。堀北にククリの同行を納得させるって意味以外では。どうにか上手く答えまで誘導したいものだ。
エレベーターに乗り、プールサイドへ戻る。
「そういや堀北、ずっと本持ち歩いたままだよな。どこかで預けたらどうだ?」
親切心……ではなくロッカーを連想してくれればと発言したのがバレたのかもしれない。堀北は露骨に眉根を寄せる。
「断っておくけれど、攻撃手段に使ったりはしないわよ? 本が可哀想だもの」
「そこはオレのことも可哀想と思ってくれ」
本は読むものだし、コンパスは円を描いたりするものだ。とりあえず手元から手放す気はないらしい。
足を進めると、ビーチチェアにはテカテカの筋肉がいた。高円寺だった。
「ふっ……美しい」
同級生は皆遠巻きにしていて、ここは台風の目のようだ。叱っても振り回されるだけ無駄だと悟っている以上、高円寺がなにかやっても誰も注意しないし関わろうともしない。君子危うきに近寄らず。オレたちは君子でいたいのだ。
「私、あれに話しかけるのかあ」
ククリ、お前にしか無理だ。頑張って欲しい。遠目で応援しているぞ。
殺生な……という視線を送られたが気のせいだろう。薄情者で済まない、ククリ。
「綾小路くん、彼女が逃げないように見張るのを忘れずにね」
……もう少し近づかないといけないようだ。堀北としては自分の兄貴と対峙していたオレなら、ククリを組み伏せるくらい簡単に出来ると思ってるんだろう。堀北自身も武道の経験者だしな。間違った認識ではあるが、訂正しても面倒なだけだし黙っておこう。
「高円寺君、ちょっといい?」
「私に何か用かな。それともこの肉体美についてのクエスチョンかい?」
ムキムキのククリ。……あまり想像したくはない。高円寺、肉体改造計画はどうか自分だけでやってくれ。それか真嶋先生あたりは案外分かりあえるんじゃないだろうか、筋肉で。
「橘先輩に会わなかったかな? 生徒会の書記をやってる」
「私のメモリーには刻まれていない。それがアンサーさ」
いつもの高円寺節をククリは笑顔で受け流す。気持ち苦笑いが入ってそうだ。
「何か変わったことがあったりは」
「それは今日に限った話ということでいいかな? とすれば何事もない時間だったとしか言いようがないねえ」
同室のオレは高円寺が朝部屋で筋トレをして幸村に注意されていたのを知っているが、あれは何事もないの範疇に含まれているらしい。馬耳東風とはこのことだろう。
「ええと、ありがとう高円寺君。それじゃまた聞くこと出てくるかもだけど、とりあえずお暇するね」
「シーユーアゲイン、パワフルガール」
ククリの活動限界は意外と早かった。ま、最後の台詞が十分ヒントになる。目的達成と言っていい。
船内に戻るらしい高円寺が歩くと道が譲られる。モーセのようだ。
高円寺ではないが、オレもこのあたりで道筋を作っておくべきだろう。首を傾げ、ククリに問う。
「パワフルガール?」
「うん。どっから名付けられたんだろうね」
そのまんま、パワフルだからじゃないか? しかし高円寺の野生の勘は侮れないな。どこまで読んでいるのかさっぱりだ。
「高円寺は英語交じりで喋ったり、呼び方も不思議なセンスを、いや、まあ、それでだろ」
「不思議なセンスなら──いえ、待って。京楽さん、あなた先程高円寺くんについて語っていたわよね」
お、堀北が食いついたか。
「連絡先の話? ごめん、番号は覚えてないから教えられないや」
「結構よ。そうじゃなくて、もっと前。ニックネームがどうこうと綾小路くんと話してたでしょう?」
「ああ、うん。ロックって……」
ククリはハッと何かに気づいたような表情を見せる。
「そこにerをつける?」
ああ、そういうことだ。頷く堀北とは対照的に、オレはもっともらしく驚いたような反応を示した。
「じゃあ話しに来なくて別に良かったじゃん!」
そういうことだな。そもそも高円寺との会話も押し付けた形だったし……まああれだ、一応本当にククリと高円寺の接触が必要な可能性もわずかながらあることにはあった。試して損は無かった、はずだ。意味はなくもなかった。
上着があるとはいえ水着で動き回っているからか。クシュン、と可愛らしいくしゃみが聞こえた。
「大丈夫か?」
「ありがとう、大丈夫。それで……ええと、1階。たぶん、それが私たちへのヒントだったから、Dクラスのと合わせて『1階のロッカー』にお宝は眠ってるって感じかな」
……展開が早いな。既にCクラスはヒントを解いていたか。
「あなた、口が軽すぎやしない?」
これは布石だろう。ククリは、そして龍園はこの試験の意図に気づいている。
「いや、だってこれって私たちすごく不利なんだよ。残り2つのヒントに書かれてることを考えるとさ。だから協力しないとなーと」
「ABクラスの手には……ロッカーの鍵へのヒントがあると言いたいの?」
オレたちの2枚のヒントで辿り着くのはほぼ不可能。固定されていてもククリと頑張ればロッカーごと持ち上げて堀北兄のもとまで運べそうだが、それでクリアと認めてくれることはないだろう。その前に教師か船員に叱られそうだしな。生徒はともかく彼らになら特別試験でという言い訳をしても許されそうだが、だからといって説教が無くなるとは考えづらい。
「もしロッカーに鍵はかかってなくて、ABとCDがそれぞれ同じ、2種類のヒントを持っているとしたら?」
「誰か他の人が間違えてハンカチを取り出しちゃうかもだし、気づかずに閉めちゃうかもしれない。橘先輩もそんなミスはしないと思う。だから鍵はほぼ確実にかかってるよ。それに、競争させたいのならどのクラスにも同じヒントを与えてスピード対決にしてたって思うし」
「なら、Dクラスが先に鍵を手に入れてしまえばいいだけでしょう」
「現物だったら見つけたり奪ったりも出来るかもだけど、たしか地下2階にはダイヤルロックのロッカーもあった。数字が鍵だとしたら、ヒントなしでの入手は困難じゃない?」
数字での解錠という発想が出てきているのは、そうでないと『ロッカー』というヒントの意味が薄れるという思考だろうか。もし鍵を手に入れられれば、ロッカーならそうと分かるのが普通。だが数字という情報だけ入手した場合、何を示すのかすぐに理解するのは困難になる。
最後まで龍園がヒントを秘匿すると考えていたが、読みが外れたな。こうなるとあいつは何をしているか。目立つククリを放流した狙いは何か。
手品では、あえて右手に注目させておいてその間に左手で何か仕込む、といったトリックが用いられることもある。
ククリに注意をひきつけておき、目的を達成するとしたら。宝を探すのは無理だ。優秀な葛城や一之瀬がヒントを漏らすはずもない。
────堀北兄への接触。今なら、他クラス他生徒に聞かれることもなく好きなだけ質問も出来るだろう。生徒会長からの評価なんて何とも思ってないからこその行動だな。普通は宝探しに全力を注ぐ。
「お前の負けだ、堀北。オレも京楽の話を聞いてると協力したほうがいいように思えてきた」
「Cクラスに肩入れする気?」
「既に十分手助けしてもらってるだろ」
「そうかしら。彼女がいなくとも支障は無かったように感じるけれど」
ガーンとショックを受けたようなククリの顔。悪い、堀北は学校側のミスでDクラスに配属されたと平気で言い放つレベルには自信家なんだ……。
「お前、結構負けず嫌いだよな」
「別に」
「いいと思うぞ。ゲームってのは感情的にならないとつまらないしな。ただ、今回協力できないってのは龍園以下ってことになるんじゃないか」
「不名誉極まりない台詞ね」
オレとしても、堀北の認識を改めさせる必要がある。ここは多少違和感を持たれても説得すべき場面だ。
「京楽、お前と龍園は同意見とみなしていいのか」
「そうだね……少なくとも私の目には、2.5万で納得してるように見えた。ってか、生徒会長の思惑を知ってやる気をなくしてる感じだったかな」
推測だが龍園はクラスポイントよりプライベートポイントを重視しているように見える。貰えるポイントは労せずして貰いたいというククリの話は真実だろう。仲良く0ポイントか2.5万ポイントかで言えば後者を選ぶ。
「でも2万5千ポイントを得られなければ責められることになるんだろ。なあ堀北、そうなると寝覚めが悪くならないか?」
別に……という表情になる堀北。なんて冷たい女だ。情に訴える作戦は失敗か。
「それに、協力し合うことでお前のような生徒が友人を作る機会を設ける。もしかしたらこれもこの試験の狙いの一つかもしれないぞ」
「生徒会長がそんなことを考えるかしら」
堀北兄がどう思っているかはどうでもいい。お前が納得することが重要だ。ってか、ククリの前では兄さんとは呼ばないんだな。他者には血縁を出来るだけ伏せていたいのか。兄に迷惑をかけたくはないということだろう。
「ま、要は試験失敗で生徒会長から1年生への評価が一律に下がるか、成功して株を上げるかって話だよね」
「同じ成功でも、望み通りの結果か否かで変わってくるかもな。10万ポイントを取るか、生徒会長に少しでも認められる道を取るかって話でもある」
これ以上意地を張られるとこっちも厳しい。もしククリが巧妙に裏切っても見過ごすしかなくなる。不用意にオレが目立ってしまうなんて事態は一番避けたいからな。
けんもほろろに断ろうとする姿勢を崩すのか崩せないのか。オレたちの視線が集中する。
「分かった、手を組みましょう。ABクラスとも、Cクラスとも」
幸い、堀北は折れてくれた。兄貴に認められるというのが効いたらしい。
「わー、ありがとう!」
「でも、正直あなたたちの裏切りを警戒しているのだけれど」
堀北の懸念も分かるが。どう言えばいいものか。ひとまずアイコンタクトをとろうと意味ありげな視線を送るも、全く伝わらなかったらしい。歪む堀北の顔には「何かしら、気持ち悪いわね」と書いてあるようだった。オレのガラスのハートがブロークンする。
「綾小路君って利き手どっち?」
と、ここでククリが謎の質問を繰り出した。
「右だ」
「じゃあ、私の左手と手をつなぐなり手錠でつなぐなりする?」
「待ってくれ、聞いたのに利き手を塞ぐのか」
意地悪で聞いた、オレの情報を得たかった。そんな可能性もあるが、こうとも取れる。ククリは左利きであり、平等に自分たちの利き手を封じるにはこれしかないと。だが食事では右手を使っていたな。左利きから両利きにしたとも考えられるが、どうだろう。
「それと、手錠なんてあるのか?」
「衣装レンタルの小道具にあった気がする」
絵面をイメージするとオレが変態という目で見られるしか無さそうなんだが、遠回しの嫌がらせなんだろうか。
「それだと、綾小路くんが不審者街道を突き進むことになるわね」
「そんな道を歩こうと思った記憶はないんだけどな」
でも今のククリなら首輪をつけて歩かないかと提案しても受け入れそうだ。そう考えたのが悪かったのか堀北から
「まあいいわ。念を押しておくけれど私たちから絶対に離れないでちょうだい」
「了解! じゃあ堀北さん、腕組んで一緒に歩く?」
「遠慮しておくわ」
腕を組んでキャッキャウフフする二人。需要がありそうだなと思ったら、また睨まれた。堀北には何かセンサーが搭載されてるのかも知れない。それも高性能の。
一之瀬たちとは連絡すれば会えるし協力も容易そうだということで、オレたちは先に葛城たちを探そうと船内を移動した。
「どこにいるんだろうねえ」
一流の有名レストランなども揃うこのエリアには自然と人も集まる。とはいえ葛城のようにスキンヘッドで大柄な男がいれば目立つはずだが、その姿は見当たらない。
途中で平田とすれ違ったオレに、その爽やかフェイスが向けられる。この広い船内で今偶然に出会ったという事実。トクンと何かが始まる予感がした。もしかして運命の赤い糸で結ばれてるんだろうか、なんて考えてしまう。男のオレでもこれなんだから、平田がモテる理由もよく分かるというものだ。
空気の読める男は何かを感じ取ったのか軽く手を振るだけで去ろうとしていた。ひ、平田……。オレは淡い寂寥感を覚える。同室だから部屋でいつでも会えるだろ、なんて野暮なツッコミはナシだ。
しかし現実は無情。今は特殊な試験中だ。下手に話しかけるのもはばかられるので、その背中をただ見送ることしか出来なかった。
「あなた、パックの魚みたいな表情になってるわよ」
「目が死んでるってことでいいのかその罵倒は」
水や血が出てないほうが新鮮なんだっけ、とククリが苦笑する。
「んーと、迷子センターみたく放送をかけてもらうってのはどうかなあ」
「葛城くんが迷子になるような生徒で無いことは皆分かっている。何かあったのかと勘繰られるのがオチよ」
「じゃあじゃあ、私が迷子になったことにして保護者として呼び出してもらうとか」
「それ、余計に不審に思われるだけじゃないか?」
不用意に他生徒に知られるような行為をしたってことでアウトにされそうだ。そのへんは真嶋先生と堀北兄のさじ加減だけどな。
むむむとククリが唸る。
「呼ぶより謗れと言うし、何か葛城君たちの話してみる?」
「話って、ぱっとは思いつかないな」
「むー、噂話。尾鰭背鰭おまけに胸鰭がつく感じになっちゃうかもだけど、ここは一つ適当に喋ってみようかな」
「お前の噂話はフカヒレか何かか」
中華料理店を見つめながらの言葉。スープくらいなら腹に入りそうだけどな。
静かにククリは堀北へと視線を移していた。観察するような目はオレたちを探っているのか。真っ先にDクラスのもとに来たのが龍園の命令によるものとすると、無人島試験のことを調べる気持ちがあってもおかしくない。うちのクラスであれば10万ポイントを取られてもそう脅威にならないと判断している部分もあるだろう。
「今更になっちゃうけど堀北さん、体調はもう大丈夫なの?」
「本当に今更ね。問題はないわ」
伊吹あたりから堀北の体調不良は聞いていたのか、船内の医務室で見かけでもしたのかも知れない。しかし……そうか、教師からの知らせ、か。
「賑やかだな」
声とともにレストラン内から2人の男子生徒が登場した。待ち人が見事現れたな。何をのんきな、という口ぶりだ。
「……CクラスとDクラスは共闘を決めたのか?」
この面子だと、そう受け取るのが普通だろう。
「いいえ。私たちが望むのは全クラスで手を取り合うことよ。葛城くん、あなたも分かっているはず。この短い制限時間でひとクラスだけの力で発見するのは不可能に近いわ」
「Dクラスが偉そうに。お前らだとそうでも葛城さんがやれば話は違うんだよ」
弥彦の葛城を敬愛する心は留まるところを知らないようだ。だがそんな気持ちを堀北が汲み取るはずもない。
「随分とDクラスを下に見るのね。無人島試験の結果をもう忘れたのかしら」
「それは…………」
「ぞんざいな扱い、蔑ろにしていた部分があったのは否定しない。だが俺のクラスではその認識を少し改めさせた。前の試験の結果を受けてDクラスを、勝利の立役者である君を警戒している。だからこその言葉と思ってもらいたい」
堀北への警戒。想定通りの流れだな。葛城の人柄はともかく、特別試験では容赦しないという宣言。
「しかし勘違いすべきではないだろう。たまたま一度上手く行ったからといって次もそうとは限らない。今もクラスポイントの差は歴然。対等、とは言い難い」
威圧的な台詞に、堀北は勿論臆することなどなかった。
「本当にそう思っているのならこの程度のプライベートポイント、譲ってくれても構わないのだけれど」
「小さなことでも、3年間続く勝負でどんな影響を与えるかは誰にも予測できない。そして生徒会長から課せられた試験という点も重要だ」
「ええ、だからこそ協力してクリアする。早く見つけられればそれだけ私たちへの評価も上がるでしょうね。ポイントを山分けするとなっても、その使い道はそれぞれ異なることになるわ。あなたたちが最も上手く活用できれば、デメリットにはならないと思わない?」
このくらいAクラスなら計算できないかしら、という喧嘩腰とはいえ対人能力の成長を感じるな。冷たく見えて実は自分たちを想ってくれているツンデレ堀北というイメージがDクラスで定着してきていることもきっと一因ではあるだろう。ほんの少し、堀北も柔らかくなった気がする。
「……まだ決めるには早いんじゃないか。また後で話すとかよ」
無人島の試験で龍園は与えられたポイントを、言い換えればクラスポイントを放棄した。だが物資をAクラスへ渡している。あの龍園が無償で提供するはずもないし、信頼や友情を欲する男でもないだろう。よって葛城はおそらくプライベートポイントを捧げる契約を結んでいる。となると、損した分の補填に少しでもポイントを求めるのが一般的な考えだ。弥彦が粘りたがっているのも、そういうことだろう。
「どのくらい時間がかかるか予想がつかないもの。悠長にしていると、ヒントは解けたけど宝は得られない、なんて結果にもなりかねないわ」
「時間制限付きのヒントの可能性も考えるべきということか」
この時間ぴったりでないと機能しないというヒントも可能性としてはあり得る。慎重な男の手堅い思考だ。
「そうだな、協力するのが堅実だろう。……ただ、姿の見えない龍園の存在が気にかかるな。奴の非道さはお前たちも理解しているだろう?」
契約を締結したにもかかわらず裏切ったのを許せるはずもないか。契約自体には反しない行為というのが龍園の巧みさであり、より警戒される部分だろう。
「勿論よく分かっているわ。彼が介入できないように、さっさと終わらせてしまいましょう。それで、あなたたちへのヒントは?」
考える時間を与えない。それも戦略の一つか。
「これだ」
この宝探しの制限時間は短い。ある程度すぐに発見できるものでなければヒントとしての意味が無いはずだ。
「イチバらしきところは船内にないし、シジョウかな、読み方は。競争がないのなら、無料の商品を売ってる店ってこと? でもそれってお土産物以外全部だよね」
「わざわざ青い文字で書かれている点も気になるわね」
「ああ、俺たちもこうしてレストランなどを覗き青に纏わる物の周辺から鍵を探してはいるが、結果は芳しくない」
青。空、海。プール。ブルー。
客室の可能性は低い。娯楽施設。映画や演劇の題材、は調べるのに手間取る。手軽に分かるものといえばその名称か。
施設の名称。ブルー……ブルーオーシャンというカフェが、あったな。
レッドオーシャン、ブルーオーシャンという用語がある。レッドオーシャンは競争相手が多く競争の激しい市場、ブルーオーシャンはその逆だ。もしブルーオーシャンを発見しても次々と真似されレッドオーシャンになることもあれば、レッドオーシャンからブルーオーシャンが開拓されるケースもある。
ビジネス用語だが、堀北兄なら知っていてもおかしくない。というより当然に思えるな。文字は橘書記のものに見えるが、やはりヒントは一緒に考えたか堀北兄が全て考案したのだろう。
「一之瀬さんたちのヒントと連動している可能性もある。ひとまず彼女に連絡しましょう」
これを誰にどう悟らせるかが課題だな。ひとまず堀北の指示通りチャットを送ってみるとするか。その前に、連絡先登録が必要なのが悲しいが。