ヴォゴラ -怪獣閃記-   作:オリーブドラブ

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後編 不死身の兜疾

 

 品川区を焼き尽くし、幾度となく防衛隊を打ち破って来た火炎放射。その洗礼を凌ぐ鋼鉄の身体の中から、兜疾は操縦桿を握り締める。

 戦闘機(アダバナ)に乗っていた頃とは何もかも勝手が違うが、それでもこの「棺桶」を乗りこなすための訓練(シミュレーション)と――巨獣対基地なのだ。この「棺桶(メカヴォゴラ)」で彼の者に勝たねば、自分に賭けた巨獣対の面々にも、沖局長にも立つ瀬がない。

 

 ――それに、あのうるさい女にもな――

 

 彼女の笑顔が脳裏を過る瞬間、彼はコクピットの端にあるスイッチに手を伸ばし――機獣背部に搭載されている、多弾頭ミサイルを解放(アンロック)した。

 刹那。機獣の背鰭が内側から開かれ、その内部に秘められていた「矢」の群れが天に向かって翔び出して行く。全ての弾頭が頭上から降り注ぐかのように怪獣へと直撃し、火を吐く顎を閉じさせたのは、その直後であった。

 

 火炎放射の最中に無理矢理口を閉じられたことで、灼熱が逆流し怪獣の身体が内側から焼き尽くされて行く。その苦悶故に発せられた怪獣の叫びは、これまで人類が聞いたことのない色を帯びていた。

 

「咆哮が変わった……!」

『攻撃が効いてるんだ、そのまま一気に畳み掛けろ!』

 

 その変化に勝機を見出したことで、戦況をモニタリングしている巨獣対の面々から通信が入ってくる。だが、兜疾は勢いに乗ろうとはしない。

 

「――ッ!」

 

 彼が次に選んだのは、回避行動だった。雄叫びと共に突進してきた怪獣は、そのまま体当たりすると見せかけて――身体を反転させ、尾を振るって来たのである。

 間合いを詰めることで視界を狭めた上での、画面外(・・・)からの打撃。その攻撃を予感した兜疾は咄嗟に、機獣の尾と両脚を利用して飛び跳ね――脚部の噴射機構による空中浮揚(ホバリング)で、不意打ちを回避する。

 

 機獣の足元を怪獣の尾が、無数のトラックや乗用車を舞い上げながら通り過ぎて行く。その弧を描くような攻撃が終わった瞬間、機獣の両脚が轟音と地響きを立てて、港区の地上へと辿り着いた。

 もし下手に食らって転倒していれば、それだけでさらに装甲にダメージを負っていただろう。開戦直後の火炎放射によって、すでに機獣の鎧は爛れ始めている。

 

「近付き過ぎたな――ヴォゴラ!」

 

 これ以上の損傷を受ける前に、ケリ(・・)を付けなくてはならない。兜疾は操縦桿のスイッチを押し込み、両腕の口内に搭載された機関砲による一斉射撃を開始する。

 

 戦車砲にも勝る貫徹力の弾丸を、秒間200発。その火力を至近距離で撃ち込まれた濃緑の怪獣は、再び苦悶の声を上げて後退し始めた。

 間違いなく、効いている。このまま押し切れば、彼の者を屠れると誰もが確信した――その時であった。

 

「――!」

 

 悲鳴を上げている、かのように見えた怪獣の大顎から。再びあの、灼熱の炎が灯されたのである。

 装甲を通してコクピットにまで伝わる、その熱気を兜疾が感じた時にはすでに――彼の眼前に向けて、大顎が一気に開かれていた。

 

「ぐあぁあぁあッ!」

『龍崎ッ!』

 

 戦局の推移を見守っていた沖局長が、声を上げる瞬間。兜疾の呻き声と共に吹き飛ばされた機獣が、廃ビルや高架橋を薙ぎ倒しながら転倒して行く。無数の建物が粉々に砕け散って行く様は、さながら発泡スチロールのようだ。

 やがて、機獣を追うように街を焼き、兜疾を襲う怪獣の火炎放射は――黒鉄色の肩鎧も、鈍色の身体も、蝋のように溶かして行った。中身諸共(・・・・)、と言わんばかりに。

 

「ぐうッ……うぅうぁッ!」

『龍崎、後退しろ! 機獣はもう――!』

 

 通信を通して伝わる沖局長の叫びも、機内の異常温度による故障で掻き消されて行く。だが、彼の言わんとすることを察するのは容易い。

 腕は良いが、愛想のないパイロットと。巨獣対などという色物な組織を創り、機獣などという棺桶に携わる官僚。そんな変わり者同士である、彼らなら。

 

「――退けるわけ、ねぇだろうが」

 

 お互いの考えなど、簡単に伝わる。そして伝わるからこそ、兜疾はそれを拒んでいた。

 

 ここで退くということは、作戦失敗を意味する。そしてそれは、港区への核攻撃が始まることを意味するのだ。

 被害は間違いなく、東京全体に広がるだろう。その攻撃が呼ぶ経済的損失と、それに伴う国民の困窮は計り知れない。

 

 ――こんな状況でも、きっといつかは光が差すって、歌に乗せて皆に伝える。それが(アイドル)の仕事よ――

 

「だったら……俺の仕事は……!」

 

 何より。戦う力もないというのに、死を恐れず巨獣対のために駆け付けた彼女に、申し開きのしようがない。

 黒鉄色の胸鎧さえ溶かして行く、怪獣の火炎放射によって――コクピットの中で焼きごてのようになった操縦桿を、兜疾は一気に握り締めた。

 

「……ぁあぁあぁあッ!」

 

 掌から肉の焼ける音と蒸気が吹き上がり、彼の絶叫がコクピットに響き渡る。それでも機獣を操る「不死身の兜疾」は、操縦桿から手を離すことなく――押し倒して行く。

 

 その瞬間。歯車が歪に擦れ合うような、不快な金属音と共に――機獣の両肩に搭載された、漆黒の大型レーザー砲が放射された。

 眩い閃光となって伸びる、人類の「剣」が――火炎の脇を擦り抜けるかのように、怪獣の胸に突き刺さる。あらゆる攻撃を凌いできた堅牢な皮膚でさえ、紙切れのように突き破るその威力が――怪獣の絶叫を呼んでいた。

 

 苦悶の唸り声を上げ、転倒する怪獣は火炎放射を続けながらのたうち回り。その鋭利な狂眼で機獣を射抜きながら、ゆっくりと立ち上がる。

 一方、機獣は倒壊した廃ビルに寄り掛かったまま、身動きが取れずにいた。先程のレーザー砲が、最後の一撃だったのである。

 

「……やれよ」

 

 焼けた皮膚が張り付いた操縦桿から、爛れた掌を離して。兜疾は憔悴しきった表情で、画面の先に居る怪獣を見据えていた。

 もはや、打てる手はない。機獣の装甲は原型を留めないほどに溶解し、両肩のレーザー砲も銃身が焼け付いている。今の機獣はまさしく、棺桶と呼ぶに相応しい惨状であった。

 

 そして、そんな彼にとどめを刺すべく。濃緑色の怪獣は再び大顎を開き、火炎放射の充填を始める。

 この戦いに「終わり」を齎す、破壊の業火。その灼熱が再び、放たれる――その時だった。

 

「……!?」

 

 突如、怪獣は悶え苦しみ――大顎から僅かな火を吹いた後、尾を翻して踵を返してしまったのである。

 そして、その行動に目を剥く兜疾と、怪獣の眼光が交錯する。

 

 ――次に会った時。必ず、お前を殺す――

 

 その時。理性というものを持たない、狂気一色だったはずの怪獣の眼には――兜疾にだけ向けられた、特別な「殺意」に溢れていた。

 人智を超えた怪獣という存在により、「倒すべき敵」と認知された彼を残して。背鰭を向ける怪獣は街を去り、そのまま夕陽に彩られた海の彼方へと消えて行く。

 

『――崎、龍崎! おい、通信は回復したのか!?』

『もう通じてるはずです!』

「……聞こえてますよ、局長」

『龍崎……やったな。よく、やってくれた』

「機獣は酷い有様ですけど。これ、作戦失敗じゃあないんですか?」

『……なら、国連軍の御偉方に聞いてみろ。怪獣(ヤツ)が消えた今、一体どこに核を撃つんだ……とな』

 

 巨獣対基地との通信が回復したのは、それから間もなくのことであった。まだ雑音は絶えないが、その向こうからでも基地内に広がる歓声は伝わってくる。

 その心地良さを感じながら、自嘲するように笑う兜疾に対して――沖局長も、薄ら笑いを浮かべていた。怪獣の抹殺にこそ失敗したが、東京から撃退した以上、街が核に汚染されることはない。

 

 何もかもが上手く、とは行かなかったが。それでも確かに、東京は守られたのだ。

 

「……次に会ったら。貴様は絶対、この俺が……」

 

 その上で、満たされないものを抱えながら。

 怪獣に向けられた眼差しを思い起こして――兜疾は意識が途切れる瞬間、そう呟いていた。

 

 ◇

 

 ――東京への核攻撃による怪獣の殲滅は、次に都内で観測されるまで無期限の延期となり。被害に遭った港区と品川区の復興が始まる頃に併せて、機獣の修復作業も開始された。

 再び怪獣が現れても、核攻撃が始まる前に都民が避難するまでの時間を稼げる「防衛戦力」が不可欠だからだ。龍崎兜疾中尉の奮戦は、機獣にその力があるという証明となったのである。

 

 そして。巨獣対は来るべき怪獣との再戦に向け、機獣の修理と「改良」に動き出していた。

 

「沖局長、龍崎中尉がお見えにならないのですが……もしかしてまた、有給使って復興ライブですか?」

「あぁ……どうも、埋め合わせ(・・・・・)が必要らしい。彼女も被災者支援のためにほぼ毎日、ワンマンライブしてるらしいからな。あいつとしても、放って置けないのだろう」

「全く、両手もちゃんと治ってないのにあの人は……。明日は勲章授与式だってのに」

「ふふ、完治するまで『特別手当』はお預けだな」

 

 ――の、だが。その要となるパイロットは今日も、破天荒な歌姫に振り回されているのだという。

 

 

 終

 




 ここまで読み進めて頂きありがとうございます! しかし、今話で完結……ではありません。次回からはヴォゴラの最期の戦いとなる新章が始まります。最後までどうぞお楽しみに!٩( 'ω' )و
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