ヴォゴラ -怪獣閃記-   作:オリーブドラブ

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ヴォゴラVSイクスノア -エイジ・オブ・デストロイヤーズ-
前編 神獣覚醒


 

 爆炎と断末魔が天を衝き、人々の慟哭が眼に映る世界を席巻する。自らの生存本能に従い、恐れ慄く衆愚は我先にと逃げ惑い、人類の産物による裁きを受けて行く。

 空間を裂かんと振るわれた巨塔の如き尾が、我々の頭上を横切る瞬間――愚民の群れは金切声を震わせ、身を屈ませていた。

 

 実に浅はかだ。彼の「神獣」の前にひれ伏したところで、自分達の運命が変わるとでも思っているのか。

 事実、恐怖のあまり逃げ出すことさえ忘れた者達は、周囲から迫る崩落の余波に次々と飲まれていた。辛うじて今も生き延びているのは、自分が「生きている」と信じて疑わぬ者達だけだ。

 

 そうだ、それで良い。愚民共(きさまら)はそれで良いのだ。「神獣」の御手により導かれ、天上に逝くがいい。

 先人が払った犠牲を、痛みを忘れ、今また「核」が蔓延る世界に戻ろうとしている時代に――目を背けた衆愚よ。その「核」の化身となりて、生まれ出でた「神獣」の裁きを受けるのだ。

 

尾沢(おざわ)博士、逃げてください!」

「ここにいては我々も――!」

 

 私の後ろで、助手達が何かを叫んでいる。だが、「咆哮」に鼓膜を潰された今となってはもはや、何も聞こえはしない。

 無論、言わんとしていることは分かる。無駄なことだ。今から逃げて、間に合う者などいるものか。

 お前達には分からぬか。神の化身と呼ぶに相応しい、あの荘厳なる大牙。地を踏み締め、地を這う愚民に終焉を告げる大樹の如き両脚。そして、その全身を覆い尽くす黄金色の鎧。

 それは紛う事無き、神の使徒。生存するに足る人類を導き、死すべき愚者に然るべき報いを与える、「方舟」の化身。

 

 ――人智を超える神に相応しい、未知数(イクス)の審判を下す神獣。ノアの方舟に代わり人類を選別する、その名は――

 

「イクスノアよ、神の子よ――!」

 

 ◇

 

 核実験によって誕生した怪獣に、さらなる遺伝子改造を重ね「神獣」へと変異させた狂気の科学者――尾沢博士。

 目黒区を火の海に塗り替える、その使途を生み出した彼は、「我が子」の炎に抱かれ塵と消えた。

 日本の首都として栄えた大都市を焼き尽くす、審判の光。太陽の如きその煌めきは、死という至大の罰を以て人類の業を裁く。

 

 それは生みの親を葬った今もなお、続いていた。アスファルトを踏み砕き、建物を薙ぎ倒し、その足元に横たわる数万という数の犠牲者を、一瞥もせず。

 イクスノアと名付けられた神獣は、心を持たぬ方舟の化身として。本能が命じるままに、人類の粛清を続行している。

 

「あの怪獣を造った博士が、尾沢の……?」

「君が気負うことはない。……今はただ、都民の避難を助けるだけだ。出来るな?」

「……そのつもりです」

 

 海からではなく、都内の地下研究所から突然現れた60mもの新種怪獣。その予期せぬ異常事態に対処すべく、巨獣災害対策本部――「巨獣対」も動き出していた。

 そうして、職員達が忙しく行き交う中。1年振りに54式装甲機獣(メカヴォゴラ)による実戦を控えていた龍崎兜疾大尉は、上司であり戦友でもある沖尭之局長から、尾沢博士に纏わる真実を聞かされている。

 

 ――戦闘機乗り(ファイターパイロット)時代における兜疾の同期だった、尾沢博士の息子。彼は1年前、怪獣(ヴォゴラ)との戦いで戦死した。

 最愛の息子を怪獣に殺され、息子の同期がその怪獣を撃退したという事の顛末は、尾沢博士に狂おしいほどの憎悪と嫉妬を呼び込んでいたのだ。

 

 彼は機獣と兜疾を否定するために、怪獣と近しい境遇の生物を見つけ出し、その生物を被験体に新たな「兵器」の開発を目論んだのである。機獣以上の力を持った人造怪獣の創出、ただそれだけのために。

 

 だが結局、尾沢博士の力では実験による突然変異から誕生した「神獣」を御することは叶わず。暴走した方舟の化身は生みの親さえ殺し、恐るべき破壊者となってしまった。

 沖局長は最初に神獣が出現した地点を調べ、目黒区内にある尾沢博士の研究施設の存在とその実態を突き止めていたのだが――兜疾にとってその事実は、辛いものでしかない。あの怪獣が生まれた一因が、自分にあるというのだから。

 

「……!」

 

 ふと、目黒区の様子をタブレットで観てみれば。すでに出動している徒花(アダバナ)が、梅花(バイカ)が、桜花(オウカ)が、藤花(トウカ)が、52式戦車が。次々と神獣により、蹂躙されている光景が広がっていた。

 

「……芹村、山江……尾沢。今日ばかりは、ガラにもなく祈りたい気分だ。最期(・・)にもう一度だけ、俺に力を貸してくれ」

 

 これ以上の犠牲は、何としても食い止めねばならない。死を賭してでも怪獣を屠る、巨獣対の名にかけて。

 それだけを胸に。原型を留めないほどに焼け爛れた、「彼ら」の認識票(ドッグタグ)へと視線を落としていた兜疾が、機獣のコクピットに乗り込もうとする――その時。

 

「兜疾っ!」

「……恋」

 

 黒髪のショートヘアを揺らし、息を切らせて駆けつけて来た色白の美女。この男所帯の基地には似つかわしくない美貌を持つ彼女は、険しい表情のまま死地に赴かんとする兜疾を、心配げに見上げていた。

 

「……邪魔するな、仕事だ」

「そんな、今にも死にに行きそうな顔されたら……つい止めたくなっちゃうでしょ。もうちょっと、前向きな顔してよ」

「前なら、向いてる」

「……ぱっと見、そうは見えないんだけど」

 

 偶然、巨獣対(ファン)のためのミニライブを催している最中での非常事態。そんな中、悲壮な決意を滲ませる兜疾の横顔を見つけてしまった彼女は、居ても立っても居られず声を掛けていたのだが――コクピットから恋を見下ろす兜疾の眼は、柄にもなく優しげな色を湛えていた。

 

「何度も仲間を失って、尾沢も守ってやれなくて。そうまでして生きている俺の命に、何の意味があるのだろう。……ずっと、それを考えていた」

「……答え、見つかった?」

「あぁ。……今、目の前に在る」

 

 相変わらずの仏頂面でありつつも、どことなく「温もり」を宿している彼の瞳に射抜かれて。うっかり頬を赤らめてしまった恋はバツが悪そうに視線を外してしまい、兜疾が機獣に乗り込む瞬間を見逃してしまう。

 

「……そういう気障な台詞、良くないなぁ。アイドル口説くとか、刺されても知らないよ」

 

 死地に赴く彼への心配を、悟られたくなくて。コクピットのハッチが閉まった今、声が届くはずもないというのに――恋は桃色に染まる頬を背けながら、か細い声で呟いていた。

 そんな彼女を、この基地に残して。鈍色と黒鉄色の鎧に身を固めた機獣は、基地の外へと歩み出して行く。東京湾の海原へと、戦場と化した目黒区へと。

 

「54式装甲機獣……出るぞ!」

 

 神獣の脅威から、1人でも多くの都民を守るために。尾沢博士の怨念を、この世界から消し去るために。そして――自分を案じる(・・・・・・)、彼女の不安を拭うために。兜疾は己を鼓舞するように、不敵に笑う。

 

 ――だが、それほどの決意を以てしても。

 

 機獣(にんげん)神獣(かみ)の間にある、隔絶された力の差は。「戦い」にすらならないほどの、「惨状」を呼んでいた。

 

 ◇

 

『射撃の可否を――!』

『まだ人が――!』

 

 地獄の渦中であろうとも、人々は抵抗を続けていた。例え本当に、彼の神獣の行いが神の意志によるものであろうと――抗することなく死を待つなど、生物としての本能に反する。

 彼らは種としての生存を賭けて。強大なる方舟の化身に、砲火を放つ。

 

 ――だが、52式戦車の総力を挙げようと。徒花をはじめとする、航空戦力の全てを投入しようとも。神獣の鎧には、傷一つ残らず。

 人類の矛として立ち塞がった鋼鉄の戦士達は、誰一人として残ることなく――物言わぬ骸となりて、火の海に彩りを添えていた。原型を留めぬほどに打ち砕かれた機獣の装甲も、その一つとなっている。

 

「こ……こっ、ち。こっちに来る……!」

「い、いやぁあぁ!」

 

 それは神獣にとっては所詮、邪魔な小蝿を払った程度に過ぎず――「選別」にも値せぬ、瑣末なことであった。

 イクスノアは蒼い凶眼を揺らし、次の粛清へと移り始めた。その眼が映す先には、都心から逃れた無辜の人々がいる。

 

 東京の大火を生き延び、選別を潜り抜けた彼らは――未来という方舟に乗せるにはまだ、多過ぎる。

 それが、神獣の下した「審判」であり。その大顎に充填されて行く熱線の昂りが、震える人々に「判決」を告げていた。配線や内部の機械が露出し、もはや「機獣」の(てい)も成していない歩く鉄塊は、なおもその身を呈して盾になろうとする。

 

「させ、るかよッ!」

 

 両腕と大顎に搭載された、3門の機関砲。両肩に2門搭載された、大口径のレーザー砲。そして、背面の背鰭状になっている部位に内蔵された、多弾頭ミサイル。

 持てる全ての火力を、一点にのみ注ぎ――機獣は神獣を排除するべく、人類の「炎」を解き放つ。眩く閃くふたつの熱線が翔び、銃弾の雨が空を駆け抜け、弾頭の嵐が降り注いで行った。

 

「……ッ!」

 

 だが、その全てを以てしても。神獣の全身に備わる、黄金の皮膚を破るには至らず――彼の者の大顎から放たれる熱線が、その「返礼」となって帰って来た。

 

「ぐあぁあぁッ!」

 

 熱線により機獣の首が斬り落とされ、轟音と共に頭部が墜ちる瞬間。激しい衝撃と共に、コクピットで火花が散り――目の前で弾け飛んだ機械の破片が、兜疾の肩や額に突き刺さっていく。

 首をもがれた機獣が、倒壊したビルにもたれ掛かるように倒れると同時に――余波を受けた兜疾自身も、血達磨になっていた。

 

 ――そしてノアの方舟は、この救い難き時代を選んだ衆愚に。機獣だった鉄屑諸共、然るべき裁きを与える。

 

 はず、であった。

 

「……!」

「あ、あぁ」

 

 刹那。イクスノアの巨体が崩折れるように倒れ、傍らのビルを押し倒してしまう。衝撃のあまり車や家屋が吹き飛び、人々の視野を奪う砂嵐によって舞い上げられていく。

 ――それは、神獣の顔面に直撃した別の(・・)熱線によるものであった。

 

 神獣の転倒とビルの倒壊による轟音が天を衝き、人々は耳を抑え蹲る。もはやこれは、人智の及ぶ世界での戦い(・・)ではないのだ。

 

 大火を背に起き上がる神獣は、己の使命を阻む邪魔者に牙を剥く。1年の沈黙を破り、東京湾の沖から訪れた――人類にとってのさらなる「脅威」に向かって。

 

「ヴォゴラ……!」

 

 血みどろの額を拭い、兜疾がそう呟いた時――両の脚で大海を掻き分け、無人となった港へと迫る濃緑の「怪獣」は。人の手によって生まれ出でた紛い物の「神獣(よそもの)」に、闘争心を剥き出しにしていた。

 

 ――失せろ。その鉄屑は、俺の獲物だ――

 

 言語という概念があるわけではない。互いに存在し、互いの体を突き動かしているのは、生物としての本能のみ。

 それでも彼の者は、猛り狂う眼光を以てその意思を伝え。神獣もまた、自らに仇なす怪獣の怒号に、咆哮によって応えていた。

 

 イクスノアにも引けを取らない、堅牢なる濃緑の鎧。その鱗に守られた巨躯に、轟音と共にしなる尾。「粛清」ではなく「闘争」を追求する、真紅の眼。

 神獣とは違い、自然の中から生まれ出でた破壊の化身。それが今、怪獣の姿となって――神を僭称する人工物に、真の裁きを下さんとしていた。

 

 そして神獣もまた。眼前に立ちはだかる怪獣を、選別するまでもなく消し去るべき「害獣」と判断し――再び大顎に、灼熱を収束させていく。

 それが。怪獣と呼ばれた濃緑の破壊者に、「開戦」を告げるのだった。

 

 ――やがて双方の熱線が激突し、さらなる災厄と爆炎が広がる時。

 人類に裁きを下す真の「神」を選定する――破壊者達の時代(エイジ・オブ・デストロイヤーズ)が、始まるのだった。

 




 次回で本編も完結となります。最後までどうぞお楽しみに!٩( 'ω' )و
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