互いに共鳴するかのように咆哮が響き合い、熱線が激突する。その余波で周囲の高圧線鉄塔も、蝋のように爛れ――消し飛ばされて行った。
だが、それほどの「力」の奔流が交錯する中であっても、双方は一歩も退くことなく。むしろ熱線の勢いを緩めぬまま、互いに歩を進めていた。
そして、目と鼻の先にまで双方が迫り合い。互いの大顎から、激突し続ける熱線が漏れ出して行く。
互いを噛み砕かんと牙と牙を突き立て合ったのは、その直後であった。鋼の如き皮膚さえ破る、巨大な刃が両者の肉に沈み込み、鮮血を噴き上げる。
さらに絶叫のような咆哮と共に、双方は相手の体内に熱線を注ぎ合っていた。仇敵を内側から焼き尽くす殺意の業火が、破壊者達を内側から滅して行く。
やがて、その全身に亀裂が走り。内部から破れた皮膚の隙間から、火炎が漏れ始めていた。大顎のみならず、身体中から放射される猛火に街全体が飲み込まれ、さらに被害が拡大して行く。
己ものとも全てを破壊する、闘争本能の化身達。彼の者達は自身の傷さえ顧みず、大樹の如き剛腕を振るい、その爪で互いを切り刻んでいた。
『龍崎……奴らは、刺し違えてでも相手を殺すつもりだ。戦うこと意外に、奴らの中には何もない』
「……人類のことなんざ、どうでもいいってことか。俺達なんざ、取るに足らない、とッ……!」
その激戦に巻き込まれながらも、機獣という棺桶に守られ一命を取り留めている兜疾は――人類が介在する余地のない死闘を前に、唇を噛み締めていた。
実質的に機獣を制していた怪獣でさえ、死を厭わぬ戦いを強いられるほどの神獣。その力はもはや、人類の矛たる機獣には遠く及ばない域にまで到達している。
他の追随を許さない、破壊者達だけの時代が。今この瞬間、世界を支配しているのだ。
機獣が倒されたことで既に、国連軍はこの目黒区への核攻撃を決断している。「開始」までのカウントダウンもすでに、30分を切っていた。
どちらが勝ち残ろうと、東京に未来はない。そして龍崎兜疾という人類の戦士も、機獣という名の棺桶と共に、核の炎で葬られる。
それはこの時点における決定事項であり――決して覆ることのない、運命であった。
「……!」
――そして、その運命を決定付けるかの如く。満身創痍の神獣が、己の尾を鞭のようにしならせ、怪獣を打ちのめしてしまった。
さらに轟音と共に転倒した怪獣へと、追い討ちを掛けるように――背を向けた神獣は、激しく尾を上下に振るう。重力と体重と、遠心力を活かした質量の暴力が、怪獣の巨体に容赦なく降り注がれた。
悲鳴のような、断末魔のような。怪獣の絶叫が天を衝き、目黒区のみならず東京全土へと響き渡る。
「ヴォゴラ……!」
自分が斃すはずだった、怪獣の最期。その望まぬ結末を前に、兜疾は操縦桿を握る手を震わせていた。
すでに兵器としての死を迎えている機獣は、彼の想いに応える力を持たず――骸のように眠り続けている。
そんな彼に、見せつけるかのように。神獣が大きく尾を天に振り上げ、「とどめ」の姿勢に入ったのは、その直後であった。
「……!」
すでに死に瀕している怪獣が、その一撃を浴びれば――亀裂だらけの命は、今度こそ跡形もなく砕け散る。
それが怪獣に課せられた「運命」なのだと、言外に告げるように――神獣の尾は、懺悔の暇もなく振り下ろされた。
弧を描き、人類の敵へと迫る神の鉄槌は。人類すらも脅かすほどの威力を以て、裁きを下す。
だが。
――この俺に背を向けるとは、余程死にたいようだな。あの鉄屑は決して、そんな無様は晒さなかったぞ――
天より振るわれた尾によって、死の裁きを受けながらも。その狂眼に宿る闘争の業火は、屈服を拒んでいた。
尾の一撃を全身で受け止め、その衝撃が地割れとなって広がる最中――怪獣はその体勢のまま、最期の熱線を撃ち放つ。
1年前の戦いを経て、かつて「火炎放射」だった放射能の業火を、さらに凝縮された「熱線」の域にまで収束させ、練り上げた進化の結晶。その渾身の奔流が、今――尾を振り下ろし、無防備となった神獣の背に、直撃する。
天を衝き、東京の外にまで轟くほどの断末魔。その雄叫びは衝撃波となり、周囲のビルが発泡スチロールのように弾け飛んでいた。
内側からすでに破壊されていた神獣にはもう、その一閃を耐え凌ぐ余力は失われており――全身の亀裂が広がって行く中、熱線に貫かれて行く。
それが。ヒトの手によって生まれ出でた紛い物の、限界だったのか。
かつて神獣と呼ばれていた方舟の化身、だったものは。蝋のように溶け、熱線を浴びた箇所を中心に、消え去って行く。生みの親と同じく、この大地の下へと還るように。
『……やった、のか』
「……」
微かに生きている通信の向こうから、沖局長の掠れた声が聞こえて来る。だが、神獣を斃した先に残された怪獣の「異変」を前に、兜疾は何も言えずにいた。
苦悶の声を上げる怪獣の全身は、赤く発光し――亀裂だらけとなった身体の節々から、蒸気を発している。
神獣の尾による一撃は、怪獣の体内に渦巻く熱線放射機能さえも大きく狂わせていたのだ。それこそ、己の命と引き換えに、過去最大の一閃を撃たせてしまうほどに。
「ヴォゴラッ……!」
無意識のうちに。兜疾は、手を伸ばすが。
それが届くはずもなく――横たわる怪獣もまた、天を仰いだまま、体内の熱に焼かれて行く。彼の破壊者は人類が手を下すまでもなく、己の炎により朽ち果てようとしていた。
「……!」
ふと、その時。力尽きた怪獣の首が倒れ、機獣の方へと向けられる。それは、機獣の眼となっている兜疾と視線を交わしている、かのようだった。
――最後まで、俺の勝ちだったな――
怪獣に理性などない。闘争本能しか持たない、破壊者に過ぎない。
頭ではそうと理解していながらも――僅か一瞬、吊り上がった口元を目にした兜疾には。怪獣が、そう嗤っているように見えていた。
「……貴様は必ず、この、俺が」
倒す。はず、だったのに。
その一言さえ、口にする資格を失ったのだと、兜疾は独り打ちひしがれる。神獣に負け、牙をもがれ、あの怪獣と決着を付ける機会を失った今――彼にはもはや、その最期を看取ることしか出来ない。
骨も残らぬほどに、街と共に燃え尽きて行く彼の者を、見届けることしか。
『……やったな、龍崎』
「……」
その胸中を、知ってか知らずか。核攻撃のカウントダウンが、残り5分というところで停止したことに歓声を上げる巨獣対の職員達を背に、沖局長が労いの声を掛けたのだが。
兜疾は何も答えず、最後まで険しい表情のまま――
◇
――1年前の「怪獣事件」で得た経験もあり、「神獣事件」により傷付いた目黒区の復興は迅速であった。半年が過ぎる頃には都市機能の6割が回復に向かい、避難生活を余儀なくされていた都民も、自分達の家へと帰り始めている。
復興作業においては巨獣対の活躍も目覚ましく、大破した機獣を解体して生み出された「重機」の数々が、現場で重宝されるようになっていた。その作業の推移を、巨獣対局長の沖尭之は今日も見守っている。彼の傍らに控えている巨獣対の職員達も、「兵器」から生まれ変わった機獣の姿を、感慨深げに見上げていた。
最近では、咲倉恋の復興ライブを生で見たいがために、現地のボランティアに応募する若者達が増えているのだという。生まれ変わった「機獣」と共に復興に従事する人々の数は、日増しに高まっていた。その中心となっている恋は復興の象徴たる
「しかし、不思議なものですねぇ。あの機獣が今や、復興現場で活躍する重機とは」
「先の戦いで政府から、機獣の有効性が疑われてしまったからな。どのみち修理するには致命的に予算が足りなかったんだ、こういう用途でしか
「龍崎大尉が見たら何て言うか……」
「……悪くは言わんさ。
――結果として怪獣と神獣は死滅し、核攻撃の理由が失われたことで東京は救われた。だが、機獣が破壊されたことでカウントダウンが目前に迫っていたことは事実であり、巨獣対は政府からその責任を問われることになったのである。
そうして龍崎兜疾大尉は除隊処分となり、残った巨獣対は復興作業への従事を命じられることになったのだ。多くの犠牲者を出し、目黒区を壊滅に追いやったことへの「禊」として。
「……龍崎大尉、今はどこで何をしてるんでしょうね。機獣が東京を救えていれば、今も彼は……」
「さぁな、自分の人生でも探してるんじゃないか。……それにマスコミは悪し様に言ってるようだが、機獣はちゃんと東京を救ってるぞ」
「え……そうなんですか?」
だが、巨獣対の奮戦を「失態」として世間が報じる中。沖局長は部下達の前で、口元を緩めていた。
「あの後、
「それって……」
「機獣が神獣と戦って稼いだ時間は97分。……龍崎にしか出来ない仕事だったのさ、核攻撃から東京を救うってのはな」
「そして、龍崎の跡を継げる奴らもちゃんと残ってる。それだけで今は十分だろう」
蒼く澄み渡る空に白い軌跡を描き、さらなる脅威に備え飛行訓練に励む「
一糸乱れぬ連携を見せ付けるその勇姿は、「彼」に代わりこの国を守るという、次代の
「……けど、龍崎大尉はもう……」
「その方がいい。……あいつが帰って来る時は、再び怪獣が現れた時だからな」
そんな彼らと、巨獣対の面々は。生まれ変わった機獣の手で、生まれ変わって行く街並みを眺めながら――「次」が来ないことを祈り続けている。
どうかあの怪獣が、最後の1体であるようにと――。
終
「ヴォゴラ -怪獣閃記-」の本編は、これにて完結となりました。ここまで読み進めて頂き、誠にありがとうございます!(^^)
次週は本作においてヒロインを務めた
ではではっ!٩( 'ω' )و