やっと先生が出ます。
でも影薄いです。
「ロールケーキをぶち込みますよっ!?」
数多の学園が立ち並ぶ学園都市キヴォトスにおいて、規模、影響力、歴史———あらゆる要素で一二を争うマンモス校、トリニティ総合学園。連邦捜査部シャーレの顧問として今までも様々な場に招かれてきたが、ここまで厳粛な空気を感じたのは初めてだった……はずだった。
トリニティの生徒会、ティーパーティーの場に出席するのは、ティーパーティーメンバーの桐藤ナギサと聖園ミカ、そして先生と……もう一人。始めの内は高貴な空気を保っていたが、徐々にミカの茶々が目立ち始めた。
それにナギサがキレたのだ。それはもうすごい剣幕である。
「それからイトさん!」
「は、はい!」
イトと呼ばれたその生徒———ミカの隣に立つその生徒は背筋をピンと伸ばした。
「イトさんも、ミカさんの付き人なら注意をしてください! ミカさんがティーパーティーとしての自覚を持てるように、責任を持って育て上げるようお願いをしたはずです!」
「……」
糸巻イト。先生はティーパーティーのミカの付き人として彼女の身の回りの世話を担当しているのだと聞いている。イトの立ち姿はそれはもう美しいものだし、ミカとお揃いの髪型や、耳、尻尾の毛並みはもふもふしたくなるほど綺麗でふさふさなのだが……先生には別に注目すべき点があった。
……彼女の頭に巻かれた、痛々しい包帯である。
「……申し訳ありません、ナギサさ———」
イトが実に見事なお辞儀を見せた、その時だった。
「ナギちゃんうるさーい☆」
ミカが相変わらずの快活な声を上げた。その顔に反省の色など微塵もない。
「ティーパーティーの自覚とかどうでもいいし、イトちゃんは関係ないでしょ? イトちゃんに責任を負わせようと躍起になるのも大概にしたら?」
「…………」
ミカの言葉に場が凍る。ナギサが眉間の皺をいっそう深め、ミカとの間に火花を散らしている。
……き、気まずい!
「ふ、二人とも落ち着いて———」
しかし、そんな先生の想いは届かない。
「……
「あはは☆ ナギちゃんの中ではね!」
「話を聞いてください! 私が言っているのはミカさんの今の態度の話です!」
「ならナギちゃんもそうだよね? イトちゃんは
「……どういう意味ですか」
二人が次第にヒートアップしていく。もはや二人の頭に先生の存在は無いようだ。
「わあ!?」
ミカがイトを強引に抱き寄せる。
「勝手に命令するなっていってるの☆」
その姿にナギサがより顔をしかめた。
「……そもそも、イトさんがこのティーパーティーの場に出席しているということ自体特例です。私の気分次第で
「へぇ……」
その瞬間、今まで明るい表情を崩さなかったミカが真っ暗な顔を浮かべた。先生の本能がうるさく警鐘を鳴らしている。
「もしかして、まだ疑ってるの?」
ナギサは余裕綽々といった表情を崩さずにティーカップから紅茶をすする。しかし先生は見逃さない。ナギサのティーカップがわずかに震えているということを。
「イトちゃんが、トリニティのう———」
そこまで言いかけたとき、ミカの言葉が途切れた。
……イトの人差し指がミカの唇に当てられたのだ。互いの鼻がぶつかるくらい顔が近い。
「しーっ、
先ほどの雰囲気とは一転して、イトの温かい声が響く。
イトはミカの手を振りほどくと、先生に向かい完璧なお辞儀をした。
「……先生の前で話す内容ではありませんでした。申し訳ございません」
ハッとしたような顔を浮かべたナギサがそれに続く。
「申し訳ございませんでした。あの、今のは忘れていただけると……」
「うん、大丈夫だよ」
先生は困ったように笑ってそう言った。実に真面目な子たちである。
……しかし、先ほどからピクとも動かない生徒がいる。
「みその……さま……?」
そこに先ほどまでの威圧感のあるミカの姿はない。あるのは震えた肩と涙目を携えた少女の姿であった。
「な、なんで……? いやっ、捨てないで……」
ミカがイトの裾を掴む。先生の目には、その姿がかなり異質なものに見えた。イトの包帯といい、さっきのナギサとミカの会話といい、今のミカの態度といい……。
……何かある。
そう先生に思わせるには十分すぎるほどだった。
「ミカちゃん」
「ぁ……」
イトがミカの耳元へ口を近づけると、ミカが蚊の鳴くような声を出した。
「後でなんでもしてあげますから……今だけ、我慢できますか?」
「……なんでも?」
「はい」
イトが屈託のない晴れやかな笑顔を浮かべた。ミカの表情から負の感情が抜けていくように見える。
「……じゃあ、がんばる」
「はい! さすがです、ミカちゃん!」
イトは「いい子いい子」と言いながら、ミカの頭を撫で始める。
「……えへへ☆」
「……」
……こうしてみると親子のようである。もちろんイトが母でミカが子供だ。身長も年齢も立場も、全てミカの方が上のはずなのだが……。なんだかすごいものを見た気分である。
しかし、そんな二人とは裏腹にナギサの顔は暗いままだ。
「……そろそろ本題に戻りましょう」
緩み切ったその場の空気を一瞬で元に戻すような、ナギサの一声で再び会議が始まった。
***
「つまり私は今まで、本当の力を隠してたってこと!!」
ティーパーティーとの会議の後、補習授業部の担任となった先生は顔見知りのヒフミとイトと共に、補習授業部のメンバーを集める旅に出た。メンバーの一員であるヒフミはともかく、イトが一緒に行きたいと言ったことは先生にとって意外だった。なんでも、同じくメンバーのハナコと親しく、一目会っておきたいらしいのだ。
……そのハナコを見たとき、先生は頭を殴られたような衝撃を受けた。清廉潔白で淑女そのもののようなイトの親友としては、あまりに異質だったのだ。
ハナコは校内を水着で徘徊していたところを、正義実現委員会に捕まっていた。そこだけ見れば文句なしに問題児である。
「今度のテストはちゃんと、1年生用のテストを受けるから! そうすればちゃんと優秀な成績を———」
そうしてメンバー集めを終えた一同は、とある教室でそれぞれの自己紹介をした。
その時、補習授業部のメンバーになったことを認められない、自称エリートのコハルによる必死の弁解が始まった。曰く、飛び級のために一つ上の2年生用のテストを受けたせいで試験に落ちたらしい。
おかしな話ではあるが、一応は成立している理論なはずだった。
……この場に糸巻イトがいなければ、だが。
入試で主席合格だったことに加え、3年生までの過程を含めた試験ですでに満点を叩きだしていることは、コハルを含めた同年代の中で有名な話だ。それに、ティーパーティーから直接指名が入るほどの人材という噂も耳にしたことがある。
つまり本物のエリートを前に、コハルの言い分はもはや意味を成さないのだ。
……そのことにコハルが気づいた時にはもう遅い。必死に取り繕った嘘ですら墓穴を掘り始めるコハルの姿は、いっそ哀れでもあった。
「……っ、と、とにかく! 私はあんたたちと違って優秀なの! そこのイトなんかよりもね!」
「ふふ、イトちゃんよりもですか?」
ハナコがニッコリと笑みを深めてそう言った。
「わ、私は正義実現委員会のエリートよ! 当り前じゃない!」
「イトちゃんはティーパーティー直属の付き人ですが……」
「う、うるさい!」
コハルに向けられる目線がかわいそうなものを見る目に変わっても、彼女は止まらない。
「ぜ、ぜったい私の方がエリートだもん!」
そして、コハルはさらに自らの首を絞める。
「……なんだったら、勝負してあげてもいいわよ!」
「……勝負?」
イトの耳がぴくりと動いた。そして鋭く光る視線をコハルにぶつける。
「ふふ……コハルちゃん、私は構いませんよ……?」
「え、いや……」
先ほどまでの温かな雰囲気とは一変、そこにあるのは圧倒的な強者の笑みであった。その姿はどこかハナコに似ている。反対にコハルは縮こまった。
……両者の実力差は誰の目にも明らかであった。
「あ、あはは……」
「あらあら♡」
「コハル、やめた方がいい。こうして見ただけでわかる……かなり強い」
ヒフミ、ハナコ、アズサの三名はそれぞれにコハルを憐れむ反応を見せる。
しかしそれは、コハルのプライドを強く逆撫でする行為であった。
「な、なによ! やってやろうじゃない!!」
***
勝負は去年の過去問の得点で行われた。コハルとイト、それぞれに解いてもらい、それを先生とヒフミで採点する……といった方式である。
「じゃあ、発表するよ」
採点を終えた先生が告げる。すると、ずっと小さかったコハルの背中がさらに縮こまった。
「うぅ……」
コハルはテスト中から……もっと言えばテスト前から、ずっとこんな調子だ。
原因は一つ。過去の自分の発言のせいである。今のトリニティで、三年生までを含めた全生徒の中でもトップクラスに優秀なイトを相手に、どうして啖呵を切ってしまったのだろう。
「……コハル5点! イト95点!!」
「うわぁああん!! うるさいうるさいうるさぁああい!!!」
先生が結果を発表した瞬間、コハルが大声で喚き始めた。
「ちがうもん! 調子が悪かっただけだもん!!」
「コ、コハルちゃん……」
「コハル……勇敢と無謀は別物だ」
ヒフミとアズサが憐憫を込めた言葉をかけた。しかし、それはコハルをより惨めに思わせるものでしかない。
「イトちゃんが……95点?」
しかし、そんな騒がしさとは裏腹に、ハナコは信じられないといった表情を浮かべる。
「ごめんなさい、ハナコ先輩。ミスっちゃいました」
イトはあざとく自分の頭を拳で叩いた。「てへっ」などと言っている。イトにしては珍しい態度だ。
「あぁ……ふふ、なるほど♡」
その様子にハナコは納得したように笑う。
……ようやく、イトとハナコが親友という事実に納得した、と先生は思う。今の会話は二人だけの、他人が理解できるものではない。互いの信頼が垣間見える一幕だった。
「ヒフミちゃん、よく見てください。二人の正解したものと、間違えたものを……」
ハナコがそう言うと、ヒフミが二人の回答を見比べ始めた。
「……えっ、あっ!」
そして、何かに気づいたヒフミが声を上げた。
「コハルちゃん、見てください!」
「うっうっ……なによ……」
先ほどまで蹲って泣いていたコハルの前に、二人の答案が現れる。
「イトちゃんが唯一間違えた問題……コハルちゃんは正解できています!」
「えっ……?」
コハルが顔を上げると、そこには確かにヒフミの言う通りのものがあった。
「えーっ、すごい!」
イトが明るい声を上げながら、コハルに近づく。
「私、この問題解けなかったのに……すごいですね、コハルちゃん!」
「……」
学年トップが解けなかった問題を、自分は解けた。
その事実に、単純にもコハルの顔はみるみる明るくなる。
「……ふ、ふん! これで分かった? 私はすごいのよ!」
「はい、すごいです!」
イトの言葉に、コハルは胸を張る。
「それに、ここの問題……コハルちゃんが証明できた定理を使えば、もっと簡単にできたんですね! 私、別の方法使ったせいでたくさん時間がかかっちゃって……」
「えっ……あ、ほんとだ! そ、それなら、こっちも……!」
「おお! よくわかりましたね、すごいです!」
二人はそれからも会話を続けた。
「……イトはすごいね。それに優しい」
先生はハナコに話しかけた。
イトがしたことはつまり……コハルの能力を理解し、コハルがどの問題なら答えられるかを予測したうえで、その問題だけを選択的に間違えたのだ。その後のコハルのメンタルケアはもちろん、コハルに思考を促して成長させることまで欠かしていない。
……これ私いらなくない?
先生は切実にそう思った。
「ええ、本当に」
ハナコは答える。その顔は実に満足そうに見えた。
「それで……ハナコ」
先生には、今まで抱えていた一つの疑問があった。
「はい、なんでしょう?」
イトの姿は可憐な少女そのものだ。彼女の着る純白の制服も、頭を彩る髪飾りも、イトが纏うものはすべて彼女によく似合っている。
……頭に巻かれた、包帯を除いて。
「イトの、頭の怪我について……何かあったの?」
その言葉を聞いた瞬間、ハナコの顔がひどく歪んだ。
「……足を滑らせて、階段から落ちたそうですよ」
ハナコはこちらを見ずに、冷静に答えた。
……失敗した、と先生は思った。ハナコの声色には、怒りが混じっていたのだ。
「そっ、か……」
先生はそこにあるただならぬ闇を感じ、手を伸ばせずにいた。
……もう少し追及していれば、あんなことは防げたかもしれないのに。