ナギちゃん負けないでっ!
「うーん、間一髪ってところかな☆」
第三次特別学力試験を翌朝に控えた夜。補習授業部の「裏切り者」に囲まれ、ピンチに陥っていたナギサの前に颯爽と現れたのは、幼馴染である聖園ミカだった。
「聖園、ミカさん……なぜここに!?」
「えーっと……浦和ハナコ、だっけ? あはっ、ごめんね! ナギちゃんは私がもらうよ☆」
ハナコが先ほどまで浮かべていた余裕の一切を無くしてミカに問うと、ミカは余裕綽々と言った表情で返した。その姿を見てナギサは安堵を深め、ハナコににやけ面を返す。
「ふっ……残念でしたね、ハナコさん!」
ナギサは先ほど受けた脳へのダメージの意趣返しのように、ハナコを煽った。
そしてミカの方へ向き直り、現状を伝えるべく言葉を捲し立てる。
「ミカさん! 裏切り者の正体が分かりました!」
「……へぇー」
「ハナコさんとアズサさん……それに、ここにはいませんがヒフミ、っ、さん……です!!」
ヒフミが裏切り者だなんて信じられないし、信じたくもない。その想いがナギサを未だに困惑させている。
しかしそれも、ミカの存在で全て解決する。
ミカは強い。補習授業部が一丸となってミカに挑んだとしても、ミカの勝利は揺るがないだろう。ミカとの付き合いが長いナギサには確信があった。
「つまり、補習授業部のほぼ全員が黒です!」
しかし、ナギサは気づかない。
普段の彼女なら……脳破壊を受ける前の彼女なら、気が付けたかもしれない。
ミカの纏う空気の異質さに。
「……ハナコさん、アズサさん。投降しなさい」
この場においてナギサだけが理解していない、自分の愚かさに。
「ミカさんがこの場にいる以上、あなた方の勝ち目は……」
「ナギサさん!! 今すぐミカさんから離れ———」
ハナコが叫ぶ。しかしそれは、一歩遅かった。
———バシッ
ナギサが聞いたのは乾いた音。次いで衝撃。
「あはは☆ ナギちゃん、何言ってるの?」
ミカの明るい声が響いた。ナギサが、自分が平手打ちを受けて倒れたのだと理解したのは、頬がジンジンと痛み出し、ミカの振りぬいた手を認識してからだった。
「へ……ぁ……?」
「補習授業部のみんなが黒? そんなわけないじゃん!」
ナギサは言葉が出せない。状況が分からない。目の前の彼女が……誰か分からない。
「だって……」
ミカがナギサの震える顔を掴み、無理やりに目線を合わせた。
そして、ミカの顔にあった笑顔が———消える。
「本物の裏切り者は、私だよ?」
「な……」
「……っ!」
「えっ、あっ……へ?」
ミカのその発言に、アズサとハナコ、ナギサがそれぞれの反応を見せた。
「ナギちゃんをティーパーティーから追放して……私がホストになるの☆」
ナギサの意識がぐらりと揺れる。
「ナギちゃんは何か勘違いしてるかもだけど、補習授業部はなーんも関係ないよ? ああでも、白洲アズサだけは違うけど」
「……」
理解ができない。ナギサの目には、目の前の幼馴染が全く知らない人物に映った。
「そん、な……。ち、違います! ミカさんは、そんな人じゃ……」
ナギサは何かに縋るように呟いた。
ありえない。信じられない。幼少から共に過ごしてきたのに、お互いにいろいろなことを分かり合ってきたのに、ナギサには今のミカが全く理解できない。
「違う? ……何が違うの? もしかして、補習授業部のことも信じないし、これも受け入れないつもり? 私には自分勝手だの何だの散々言っときながら、人のこと言えないね?」
普段のミカとは似ても似つかない、どこまでも冷え切った声。その見慣れない姿に、ナギサはみっともなく歯をカチカチと鳴らす。
そして紡がれる、呪いの言葉。
「あはは☆ ナギちゃんさ……勝手に私のこと理解してる気になってない?」
「ぁ……」
あはは。
その言葉がナギサの脳を強く揺する。
「糸巻イトちゃん」
「ぇ……?」
「ナギちゃんさ、あの子のことずーっと疑ってたよね」
突如としてミカが呟いたのは、今までナギサを散々苦しめ続けた人物の名前。
糸巻イト。ナギサが補習授業部よりも警戒していた人物。不透明な素性、優秀すぎる頭脳、理由もなくミカへ尽くす姿。
ナギサは、もはや心のどこかで裏切り者は彼女であると決めつけてさえいたのかもしれない。ミカに近づき、洗脳し、利用し……不要になれば暗殺でもするつもりなのだろうと、そう思っていた。
もともとナギサが裏切り者探しに躍起になっていたのは、ミカの為だった。それなのに
それでも、大切な幼馴染を守れるのならそれでいいと、そう思っていた。どれだけ嫌われてもいいと思っていたのだ。
しかしその一方で、ナギサはこうも考えてしまった。
彼女のせいでミカがおかしくなった。彼女のせいでミカが狂った。
彼女のせいで、ミカは———自分のことを嫌いになった。
思わず浮かぶそんな責任転嫁を抑えられるほど、ナギサは大人ではなかった。
「あの子さ……私にちょっと辛いことがあった時、ずっと一緒にいてくれたんだ」
そう言うミカの表情は本当に穏やかだった。
「味方になるって言ってくれたり、付き人になってくれたり、たいして興味もないはずなのにショッピングに付き合ってくれたり……。イトちゃんはね、私があげた
「わ、私も……味方———」
ナギサがそう呟いたその時、ミカの顔が激しく歪む。
「あはははは!! 味方? 今更何言ってんの!? イトちゃんにあんなことしたのに!? イトちゃんが私にしてくれたこと全部、ナギちゃんはしてくれなかったのに!?」
「っ、ぁ……」
ヒフミの裏切り。ミカの裏切り。
ナギサの瞳が次第に潤んでいく。
「それとも……まだ理解してないの?」
ミカの顔から、再度表情が消える。
「私がナギちゃんの敵なんだって」
「いやっ……いやぁっ……」
ミカから告げられる、その言葉。もはや……絶交の宣言ともとれる発言。
ナギサの心はもう、限界であった。
「ナギちゃんさ、私のこと理解したいんだよね?」
ミカの頭上で、ゆっくりと……握り拳が形成される。
「じゃあさ、まずは味わってみようよ……あの時のイトちゃんの痛み」
そしてその拳は勢いよく、ナギサの側頭部へと振り落とされる———
「アズサちゃん!!!」
しかし、その拳がナギサを捉えることはなかった。
ハナコの叫び。同時にミカとナギサの間へ割り込む、白銀の髪。
「……邪魔しないでよ、白洲アズサ」
「ふっ、ぐうっ……!!」
アズサが自身の銃でミカの拳を受け、ナギサを守る。ナギサは虚ろな目をしており、もはや今の彼女に何かを考える力はなかった。
一見拮抗しているような両者の競り合い。しかしその実は全く異なっていた。
「邪魔するなら容赦はしないよ」
ミカの腕に込められる力が増す。
瞬間、アズサの身体が後方の壁へと叩きつけられる。
「ぐうっ!」
アズサが痛みに呻き声を上げた。
「……面倒だなぁ」
ミカが拳を下げ、吹き飛ばしたアズサを見ながらそう呟いた。
「邪魔だし、面倒だし、イライラするし……なんなら、先にあなたたちから———」
そうしてミカがアズサの方へと一歩を踏み出す、その時だった。
「……っ、なにこれ?」
ミカが何かに躓いた。
ドォオオオオン!!!
瞬間、その何か———アズサがナギサを庇った際に、その場で落としていた手榴弾が爆発した。
ミカの足元。項垂れているナギサへと爆風が届き、当然、ナギサは吹っ飛んだ。
そして、ナギサが吹っ飛んだ先には……ハナコがいた。
「っ! ナギサさん、捕まえました!!」
「……っ!」
ハナコの下へナギサの身が渡ったことを確認すると、ミカが少し狼狽えた様子を見せた。
「ナギサさんの身は私が安全な場所へ運びます! だから、アズサちゃんは……っ」
ハナコはそこまで言い、言葉に詰まった。
もともとの作戦は、アリウス生徒たちの足止め及び誘導をアズサが行い、ナギサを安全な場所へ隠した後に先生と残りの補習授業部メンバーと合流し一気に殲滅、というものだ。
アリウス生徒ならば問題ない。アズサの腕を信じているし、アリウス相手ならば怪我の心配すらないとハナコは考えていた。
……しかし、相手が聖園ミカであれば話は別だ。
襲撃に来るアリウス生徒の全てよりも、ミカ単体の危険度の方が圧倒的に高い。加えて今のミカは何をするか分からない。
だからこれは賭けになる。しかも掛け金は……アズサの身の安全。
その事実がハナコを迷わせていた。
しかし……。
「ハナコ」
アズサは力強く話す。
「行ってくれ」
「……っ!」
その姿に、ハナコの迷いは吹っ飛んだ。
「……気を付けてください!」
そう言い、ハナコはナギサを抱えて走り出した。
そして、残された二人が向かい合う。
「あはっ、足止めのつもり? あなたにそれができるの、白洲アズサ?」
「さあな……やってみないと分からない」
物静かな深夜のトリニティに、両者の銃声が響いた。
ナギちゃんかわいそう……