こんにちは。
コ〇ナにかかっちゃってました、ちゅーぴかです。
アズサは走る。
「ハァ……ハァ……次は、右……」
息も絶え絶えに呟きながら角を曲がる。
「あはっ☆」
深夜のトリニティ。戒厳令もあってかやけに静かなその場に、ミカの明るく軽薄な声が響く。
ミカが追い、アズサが迎撃しながら逃げる。この構図はアズサの得意とする戦術だった。彼我の戦力差を埋める、ヒットアンドアウェイの戦法。元々はアリウスの生徒たちに使う予定だった爆弾を多分に用いた戦法だ。
しかしアズサは苦難していた。
理由は二つ。一つはミカの圧倒的な硬さである。
「格闘も無理。銃も無理。爆弾も無理。もうさ、諦めてナギちゃんの居場所を吐いた方がいいんじゃない?」
「……まだだ」
アズサの使命。それはハナコがナギサの身を隠すまでの時間を稼ぐことだ。アズサは壁を盾に、廊下の一本道に立つミカの姿を覗き見た。
どこまでも深く、光を失った瞳に、貼り付けたような薄ら笑い。いっそ恐怖を覚えるほどだ。
手持ちの手榴弾や弾薬はほとんど使い果たした。仕掛けた爆弾も無限ではない。
さらにアズサを苦難させる二つ目の理由もある。状況は絶望的と言えるだろう。
……しかしアズサは疑問を抱く。
「おかしい」
「……え?」
「これだけの銃撃戦に、静まり返ったトリニティ。銃声や爆発音は学校中に響くはずだ」
「……」
アズサの意図を理解したのか、ミカが押し黙る。
「ミカ……アリウスの生徒はどこだ?」
そもそも,本来ナギサを襲撃するのはアリウス生徒の予定だったのだ。本当の裏切り者であるミカがこの場にいること自体不自然である。
二つ目の理由。それはアリウス生徒の加勢が予想されることだった。
しかし未だにその前兆もない。それがアズサの抱く疑問である。
「……さあね」
「なに?」
アズサの予想外か、はたまた予想通りか。アズサの問いにミカはふてぶてしく答える。
「アリウスは……どこにいるんだろうね? もしかしたらもうナギちゃんを捕まえちゃってるかも?」
そしてミカは悪足掻きのためか、アズサに含みを持たせた笑みを向けた。
アリウスがナギサを捕まえているのであれば、そもそもミカがこんなことをする必要はない。
そんな矛盾にすら気づかないミカの様子に、アズサの疑問は確信に変わる。
「いいや、おかしい。この場にミカが現れれば、情報の優位性を失うことになるはず」
「……」
「自ら名乗り出なければ、私たちをナギサ襲撃の犯人に仕立て上げることだってできたはずだ」
ミカは黙ったままだ。
「ミカ……どういうわけかは分からないが、アリウスはここに来ていないんだな?」
「……っ」
アズサの確信めいた問いに、ミカがたじろいだ。
「……だったら何? この状況がどうにかなるの?」
「……」
「この廊下の先は行き止まりだよ? 追い詰められてるの、分かってる?」
ミカの言葉はおおむね正しい。確かに今の装備でミカを長時間足止めすることは難しい。
しかし、そんなものはアズサが諦める理由になり得ない。
「……っ、閃光弾!?」
ミカの足元へ転がるのは、アズサが投げたスタングレネード。
それが放つ閃光と音は確実にミカへ届き、視覚と聴覚を奪う。
アズサはその隙を逃さない。
「っ、行かせない!!」
しかしミカは驚異的な回復力で、すでに視覚を取り戻しつつある。
ミカの横を通り抜けようとするアズサの腕へ伸ばされる手。
しかしそれは、アズサの想定内だった。
「……っ!」
ミカが掴んだのはアズサが腕に見立てた……彼女の銃だ。
いくらミカとはいえ、この短時間で腕と銃の見分けがつけられるほど視力を回復させることは難しい。
「ハァ……ハァ……!」
アズサはミカに捕まれた銃を手放し、全力で走る。
「っ! 待って———」
ミカがアズサを制止する、その時だ。
ドォオオオン!!
「……っ!」
突如として起爆した爆弾による廊下の壁の崩壊。
それは、アズサとミカの間に瓦礫という足止めを作った。
***
「ハッ……ハッ……」
あれからしばらく走った。アズサは息を整えながら、壁を背に座り込む。
アズサはミカの行く手を阻むよう、道中いくつもの爆弾を設置した。そのうちのいくつかは爆発させ、さっきと同じように瓦礫で廊下を埋めた。
それでもミカが追ってくるようであれば、設置した爆弾が起爆する。その音をアズサが聞き逃すはずもない。
「……なぜだ」
つまり、アズサはミカがどこにいるのかを大まかに把握できるようにしたのだ。
これはアズサの経験のなせる業。即興ながら、確かな技術に裏付けされた、確実なものだ。
だからこそ分からない。
「一つも起爆していない……?」
アズサが設置した爆弾。その全てが爆発していない。
ミカが追ってきたのではあれば、一つも起爆しないのはあり得ない。そもそも追ってこないのはそれ以上にあり得ない。
ドォオオオン
その時、アズサの耳に微かな音が響く。
「……何の音だ?」
ドォオオオオン!
爆発音ではない。しかしそれとよく似た轟音。
ドォオオオオン!!
「……近づいて来ている」
ドォオオオオン!!!
アズサが壁から顔を出し、周囲を確認しようとした、その時だった。
ドォオオオオオン!!!!
「ばあっ☆」
「……っ!」
アズサの背後。何もないはずのそこから突如現れたのは……ミカの顔だった。
アズサの作戦は正しい。常人であれば、アズサの下へたどり着くことすらなく無力化していただろう。
アズサに間違いがあるとするなら、それは相手がミカだったことだ。
「壁を……!」
「アズサちゃん、み~っけ☆」
ミカが普通の道を通るはずもない。
ミカはアズサの位置まで、文字通り一直線にやってきたのだ。
「手持ちの武器はさっきので使い果たした。体力だってもうあまりないでしょ? あはは☆ 絶体絶命だね?」
そう言うミカの顔には、相も変わらず薄ら笑いが張り付いている。
「くっ……」
「もう逃がしてあげないよ? さっさと諦めて、ナギちゃんの居場所をいいなよ」
しかしアズサの目から闘志は消えない。
「……ハナコと約束した。ミカの足止めをするって」
「……へぇ」
「たとえそれが虚しくても、私は抵抗をやめない」
ミカが目を細める。
「そっか……」
そして、腕を振り上げる。
「じゃあ……ばいばい」
その時だった。
「ペロロ様、お願いします!!」
「え?」
両者の間に投げ込まれるのは、一つのぬいぐるみ。
あまりにその場に似合わないコミカルなそれは、両者の時を一瞬止める。
「……っ!」
しかし、アズサはすでにヒフミの戦闘を見ている。
両者の経験の差が、その緊迫した場面に一瞬の差を作った。
ドォオオオオン!!
「っ! 爆発!?」
突如としてぬいぐるみが起爆。
あらかじめ知っていたアズサと異なり、ミカはその爆風を正面から受けてしまう。
「けほっ、けほっ……!」
辺りに土煙が立ち込める。それはミカを咳き込ませ、視界を塞いだ。
「そこまでだよ、ミカ」
次第に晴れてゆく視界。
そんな中掛けられた声の主を、ミカはその目で捉えた。
「先生……」
「ミカ、銃を下ろして」
そこにいるのは、先生と補習授業部。それに……
「シスターフッドまで、どうして?」
黒いベールに身を包んだ、多数のシスターたち。
彼女らシスターフッドは、徹底した秘密主義組織。
それがこうもあからさまに行動を起こすことが異質だ。
「シスターフッド、これまでの習慣に反することではありますが……ティーパーティーの内紛に、介入させていただきます」
シスターフッドの首長、歌住サクラコが口を開く。
「へぇ……シスターフッドが動くなんてね。浦和ハナコ、何を支払ったの?」
「……」
「まあ、どうでもいいんだけど☆」
ミカは笑みを絶やさない。
「あはは☆ どれだけ援軍が来ても、被害者が増えるだけだよ?」
「……」
「分かるでしょ? 早くナギちゃんの居場所を吐いて? じゃないと……ね?」
ハナコは何も話さない。その場の全員に緊張が走る。
ミカの言葉。それはハッタリでも何でもない。紛れも無い事実である。
ミカがその気になれば、シスターフッド全員を相手取ることも夢じゃない。
「……アズサちゃん」
しかしハナコに動揺はない。
「怪我はありませんか?」
「……ああ、問題ない」
「ふふ、流石です♡」
「さっきはありがとう、ヒフミ。助かった」
「いえ、アズサちゃんが無事でよかったです……!」
ハナコの余裕につられてか、そのやり取りに敵前を思わせる緊張は無かった。
「おーい、話聞いてる? とっととナギちゃんの居場所を吐いてって言ったんだけど、理解できなかった? 早くしないと、こっちから仕掛け———」
「聖園ミカさん」
その瞬間、あれだけ穏やかな表情を浮かべていたハナコの雰囲気が一気に締まる。
「……投降しなさい」
「……は?」
ハナコにしては珍しい、強気な発言だ。
「あなたがこんなことをした動機はわかります」
「へぇ」
「最初はいろいろな理由があったのかもしれません。どうしようもない事情もあったのでしょう」
「……」
「けれど一番大きな理由は……『嫌いだから』。違いますか?」
ハナコとミカの目線がぶつかる。
「……ははっ、だから何? くだらないって? ……あなたに何が分かるのさ」
「分かりますよ。私も同じだから……」
「……?」
ハナコが目を伏せる。
「イトちゃんのこと……私だって許していません。直接イトちゃんに怪我を負わせたミカさんのことも、少なからず憎く思っています」
「……」
「だからこそ、こんなことやめてください」
「イトちゃんはこれを望まない」
ハナコの言葉に、ミカが目を見開く。
脳裏に浮かぶのはイトの笑顔。
血に塗れ、顔を腫らし、包帯に巻かれながらも、イトはそれを絶やさなかった。
「分かってるよ……そんなこと……」
ミカは顔から笑顔を消し、小さく呟いた。
「それともう一つ、ミカさんに言いたいことがあります」
ハナコは続ける。
「イトちゃんは、セイアちゃんの代わりじゃありません」
「……っ!」
ハナコが言うのは、ミカ自身も理解できていない、ミカの本音。
「ははっ……キツイこと言うなぁ……」
ミカは俯き、自分の心と向き合う。
しばらくの沈黙の後、ミカが口を開いた。
「うん……そうかもね……。確かに、イトちゃんのことセイアちゃんの代わりにしてたかもしれない」
ミカはそう呟く。
「でも仕方なくない? セイアちゃんが死んじゃったその日に表れて、味方になるなんて言ってくれて、それからずっと一緒にいてくれて……!」
何かにとりつかれたように、ミカは早口で言葉を捲し立てた。
ミカはセイアの死によって空いた心の穴をイトで埋めていた。そうしなければ冷静でいられなかった。
「はは……わかってるよ、私が最低なことくらい……」
ミカはそこまで言って、手で顔を覆う。
ミカは「イト」を見ていなかった。イトを通して、その裏にある「セイア」を求めていた。
そうして「セイア」と共に暮らすことで、赦しを求めていたのだ。
自分の罪から目を逸らし、目の前の温かな生活だけを享受していた。
そんなこと、決して許されるはずもないのに。
そして「セイア」を自らの手でもう一度壊しかけて、ミカの心は崩壊した。
自分の罪から逃げて、それを他人に責任転嫁した。
「嫌いだから」と言い聞かせて、幼馴染すらも傷つけた。
そのことを、ミカは深く理解する。
「でも……私は止まらないよ」
ミカは顔を覆った手を放し、ハナコを見つめる。
「ううん……セイアちゃんが死んじゃった時点で、私は止まっちゃいけないの」
ミカの悲壮な顔に、その場の誰もが口を噤む。
「それに、トリニティを嫌いになったことは変わらない。だから、私は———」
「ミカさん」
ミカの言葉をハナコが止めた。
そして、今まで隠され続けた事実を語る。
「セイアちゃんは無事です」
その瞬間、ミカは自分の足場が崩れたように感じた。
「え……」
「傷が治らなくて、まだ目が覚めていないのですが……救護騎士団の団長が、今もそばで守ってくれています」
「そっ、かぁ……」
ミカは銃を手放し、糸が切れた人形のように崩れ落ちる。
「よかったぁ……」
友人が生きていた。自分は殺していなかった。
そのことはひどく嬉しい。
けれど、この数か月。全てが無駄だったようで……どこか虚しくもある。
「ははっ、私……ばかみたい……」
ミカは静かに涙を流す。
ミカの脳裏によぎるのは、イトの姿。
イトの好きな物……ミカはたこやきしか知らない。嫌いなものなど一つも知らないし、今までどんな風に暮らしてきたのか聞いたこともない。
何より、イトが心の底から笑っているところを見たことがない。
ミカは、イトのことを全然知らない。
今までの生活、今までの出来事。
全てはミカの独りよがり。
「……」
イトは賢い。ハナコと比較しても見劣りしないほどに。
そんな彼女だから、ハナコと同様に「イトにセイアの代わりを求めている」ことを理解していたはず。
ミカはそう考えた。
もしそうなら……もしその上でイトが自分にあんな風に接してくれていたのだとしたら……
イトはどれだけ優しく……
……自分はどれだけ醜いことだろうか。
「……あやまらなきゃ」
それはミカの口から出た言葉。
「セイアちゃんにも、イトちゃんにも……あやまらなきゃ」
そして、叶うことなら、もう一度。
「そうだね」
先生が口を開く。
「しっかり罪を償って、しっかりあやまれば……二人ともきっと許してくれる」
「ははっ、どうだろ、先生……イトちゃん、最近私に冷たいし……」
最近のイトは、夜にいつもどこかに出かけている。そのせいでなかなか一緒に寝てくれない。
これは最近のミカの悩みだ。
「今日だって、どこか行くって言って、私に行き先も教えてくれなくて———」
「今、何と……!?」
ミカの言葉に重ね、ハナコが大きな声を出す。その顔はひどく真剣だ。
ハナコは瞬く間にミカへと駆け寄り、強い剣幕でミカの肩を揺する。
「今イトちゃんは外出していると、そう言いましたか……!?」
「え、あ、うん……」
ハナコの気迫に押され、ミカがたじろぎつつも答えた。
その答えに、ハナコが唇を噛んだ。
「アリウス生徒が確実に通る場所へ案内してください!!」
ハナコの脳が素早く回る。
……イトの不在と、アリウス生徒の不在。
無関係であるはずがない。
「イトちゃんの身が……危険です!!」
***
時は少々さかのぼる。
「作戦変更は無し、トリニティの戒厳令に問題はない」
「予定通り……作戦地点へ到着次第、セーフハウスに突入。桐藤ナギサの身柄を確保する。質問はないか?」
トリニティ自治区のどこか。人の立ち寄らない、廃墟と化したカタコンベ出入口。
そのさらに奥、多くの人から忘れられたアリウスより、任務のためにやってきた生徒たちが数十人。隊列を成して移動をしていた。
その任務とは———「桐藤ナギサのヘイローを破壊すること」。
戒厳令が敷かれ、さらに聖園ミカによりトリニティ内の各組織へ圧力がかけられた今、トリニティの警備は穴だらけとなる。
順調にいけば何も難しい任務ではない。しかしこの任務は重要な意味を持つ。
……決して失敗は許されない。
その事実に、アリウス生徒たちのガスマスクの下の表情は硬い。
「それではこれよりトリニティへ向か———」
指揮官が進軍を指示しようとした、その時だ。
「———待て」
指揮官の目に、人影が映る。
『あ、あーっ、あーーーっ。聞こえますかー?』
大きな耳と尻尾に、小柄な身体をしたその人物は、メガホンを携えて言葉を発した。
『うぅ……夜だとやっぱり冷えますねぇ』
「……誰だ」
作戦開始時間に迫った今、居るはずの無い部外者の登場に、アリウス生徒たちの視線は鋭くなる。
『誰だ……? あはっ! そんなのどぉ~でもいいじゃないですかぁ~!!』
その人物は体をくねらせ、大きな声を発した。
暗くて分かりづらいが、その顔は確かに笑っている。
『私の言いたいことはただ一つです』
そう言い、彼女はその手を上に掲げ……指を鳴らす。
瞬間、その辺りに光が灯る。
「……っ!」
夜の闇に慣れたアリウス生徒たちには眩しすぎる光が、辺り一面に置かれた光源から発せられる。
そして、次第に慣れてゆく生徒たちの目が捉えたもの。それは……
「カイザーPMC……!?」
重装甲に身を包んだ兵士や戦車。それらがメガホンの少女の周りにずらりと並んでいた。
『あなたたち……』
『ここから先へは行かせませんよ?』
久々のイトちゃん登場