な、なんてことだ……前までのシリアスは一体どこへ?
「ミカ様、ご注文の品をお届けしました」
「あっ、ありがとー☆」
あれから、私はすべてを自白した。
アリウスにセイアちゃんを襲撃させたことや、ナギちゃんを監禁し自分がホストになろうとしたことなどなど……。
もちろん私は捕まり、今は檻の中で生活を送っている。まあ檻の中とは言え生活用品は充実してるし、私が集めてたアクセサリーなんかも手元にあるのだが。
それでも今までの生活とは比べ物にならない。よく知らない子が監視についてるなんてまあまあ最悪である。
けれど、これは私が望んだことだ。そしてその選択肢は、イトちゃんがくれた。
もしもイトちゃんがいなかったら……選択肢すら用意されなかったら、私はどう思っていたんだろうな。
「さてさて……」
とまあそんなことを考えつつも、私のひとまずの興味はさっき出て行ったパテルの子が持ってきてくれた品だ。私はカバーを外し、その中身を見る。
そこには、頬を赤く染めた私とイトちゃんを表紙に携えた、大体20~30ページくらいの漫画本があった。
なんでも、レッドウィンターの『メルリー』という人が私たちを題材に漫画を描いたらしいのだ。ちなみに題名は『秘密のお茶会~After Story~』。学校のWi-Fiだとなぜかブロックされてしまうサイトから購入したものだ。
ティーパーティーの激務を終え、疲れ切った私をイトちゃんが出迎えて……というあらすじである。
実際のティーパーティーの仕事なんて、お菓子をつまみながらナギちゃんのながーい話を聞くだけだから、疲れ切るなんてそうないんだけどね。書類仕事はイトちゃんが爆速でやっちゃうし……。
私ははやる気持ちを抑えきれず、しかし傷をつけないように慎重に本を開く。
……。
…………。
………………。
「……………………わ、わーお」
急いで本を閉じた。なんかすごいものを見た気がする。
なんというか……いつもとは違う冷たい目をしたイトちゃんが私を押さえつけて、私にきつい口調で命令したり、私に首輪をかけたり、でもたまにいつもみたいな笑顔を見せたり……。
とにかくいつもと違うイトちゃん過ぎて、その、それがギャップで、えっと……。
その……そんなイトちゃんも案外悪くな———
「いや、いやいやいやいや!」
私は頭に浮かんだ考えに、勢いよく頭を振った。
おかしい! イトちゃんはこんなことしないもん!
こんな……こんな、私を罵倒するようなことしない! 大体この作者、イトちゃんに対する理解度が低いよっ! 耳はもっとおっきいし、尻尾はもっとふさふさなの!
「……」
で、でも……もうちょっとだけ……。
べ、べつに興味があるとかそういうんじゃないけど。
私はそう思い、閉じていた本をちらりと開く。
「あっ、イトちゃん……そんなことまで……」
私が、何か開けてはいけない扉を開けようとしていた、その時だった。
「ミカちゃん?」
「ひゃぁああっ!?」
噂をすれば何とやら。突如として背後からイトちゃんの声が響いた。私は大慌てで本を背中に隠す。
「あっ……」
「ど、どうしたの?」
イトちゃんが押し黙り、目を細めた。その様子に緊張が走る。
見られた……?
「あー……」
しばらく間、地獄にも似た沈黙が流れると、檻の向こうのイトちゃんが困ったように笑いながら口を開いた。
「後の方がいいですか……?」
「い、いや!? 全然!?」
私は大きく首を振った。
まずい。さっきの本でにやにやしてたことを知られようもんなら私の今後に響く。いくら優しいイトちゃんでもきっと私のことを見限っちゃうに決まって———
「ねぇ、ミカちゃん」
その時、イトちゃんは優しく微笑みながら指を曲げ、私を呼んだ。私は導かれるままに彼女へ近づき、耳を貸す。
「ミカちゃんがしたいなら、やってあげますよ?」
イトちゃんはその口の奥に隠れた八重歯を見せながら、ジト目で私にそう囁いた。生暖かい吐息が耳にかかる。
「ひぁぁ……」
え? 何その表情。その言葉。それ、どういう意味……? イトちゃん弱いくせに、ちょっと生意気……。
私がそうしてドギマギしていると、イトちゃんが一層笑みを深めた。ひぇぇ……。
そこでふと、イトちゃんが私の背後、牢屋の奥を指さした。
「あれ、ミカちゃん、それ……」
「……え? あ、あぁ……」
イトちゃんが指さした方には、ナギちゃんから送られた……大量のロールケーキがあった。
「ナギちゃんがくれたの。私の食事なんだってさー」
「えぇ!? 三食ですか!?」
そう。私の食事は三食ロールケーキ。栄養価の一つも考えられていない、食事と言えるかすら怪しいものである。
「そうなんだよねー。最初はよかったんだけど、毎回こうだと流石に飽きちゃって……」
するとイトちゃんは胸の前に両手の小さな拳をぐっと掲げ……
「じゃあ、私が食べてあげます! ダメにしちゃうのはもったいないので……」
眼を瞑って小さな口を精一杯開き始めた。
「え?」
え、これ、私が食べさせるの?
いや、いいんだけどさ……ほ、ほんとに?
「……ミカちゃん、すみませんが早くいただけますか? その、口が疲れちゃって……」
「えっ、あっ」
私は仕方なく余ったロールケーキ丸々一本を手に持ち、鉄格子越しに手を出した。
「じゃあ、いくよ……?」
「はい! ……んっ」
わっ、食べた。
「っ、はむっ……」
わー……。
イトちゃん口ちっちゃ……。予想以上にロールケーキが太いのか、結構苦しそう。
「お、おいしい……?」
「はむっ、ん……!」
イトちゃんはなんとか押し込まれるロールケーキを飲み込みながらうなずいた。
息は鼻から吸い込んでるみたい。窒息の心配はなさそうで一安心だ。思ったより器用なんだね、イトちゃん。
私の心にふと邪念が浮かぶ。
こ、これ、もっと奥まで押し込んだらどうなるんだろう……。
だ、大丈夫。やばそうだったらすぐやめればいいんだし。
そう思い、私は少しだけ腕に力を込めた。
「んっ……んんっ!?」
あ、イトちゃんちょっと苦しそう……。
「んっ、お”っ……」
……は? 何その声。
「ん”ん“っ! みっ……やっ……」
何その表情。目じりに涙をためて、えずきながらも必死に食べて……
え? なにこれ、ぞくぞくする。
私が新しい扉に完全に手をかけ、あとはもう一歩を踏み出すだけとなった、その時だった。
「なにしているのですかミカさん……」
「うひゃぁ!?」
部屋の扉に、私に冷め切った目を向ける人物がいた。私は急いでロールケーキから手を離す。
「な、ナギちゃん……どうしてここに」
「ミカさんとは話をしなければと思っていましたから……」
ナギちゃんはため息をつき、イトちゃんの方へ視線を向ける。
「けほっ、けほっ……」
「まさか、後輩いじめに勤しんでいるとは思いませんでしたが」
「……」
いや、それナギちゃんが言う? イトちゃんのいじめを見て見ぬふりしたくせに。
……まあ、この状況じゃ何にも言えないんだけど。
「……で、何? まさかそんな嫌味言うためにここまで来たの? ティーパーティーのホストって、案外暇なんだね?」
「……」
「……なんか喋ったら?」
違う。こんなこと言いたいんじゃない。私は謝りたかったはずなのに。
「けほっ、み、ミカちゃん……」
でも、ナギちゃんの顔を見るとなんか止まらくなっちゃうんだ。正直今だってぶん殴ってやりたい。イトちゃんのこと、まだ許してない。
「っ、ふぅ……」
すると、ナギちゃんは震えながら深く息を吐いた。
何、やる気? やるならいつでもかかってきな?
私がファイティングポーズを取ろうとした、その時だ。
「……っ!」
ナギちゃんが、深く頭を下げた。
「ミカさん、申し訳ありませんでした」
その姿に、私は呆気にとられた。
「私はあなたの大切なものを、深く……傷つけてしまいました。本当に、申し訳ありませんでした」
……ナギちゃん、震えてる。
考えてみれば当たり前か。ナギちゃんの目の前にいる私は、自分に怪我を負わせようとした張本人なんだから。
「そ、それで……」
ナギちゃんは言葉を続ける。
「も、もしよろしければ……わ、私と……」
ナギちゃんの震えがより強まった。
「もう一度……友達になってください!」
「……」
すぐには言葉が出せなかった。
ナギちゃんとは幼馴染だ。小さいころからいつも一緒にいた。友達じゃなかったことなんてない。
幼いころは小さな喧嘩なんてしょっちゅうあることで、そのたびに仲直りをしてた。
喧嘩は今もあるけど、ナギちゃんがこんな風に自分の気持ちを言葉にするとこなんて久々に見た。
要するに、こんなの久々で、その……
「……照れくさい、ですか?」
「!」
そう言ったのは、歯を見せて「ししっ」と笑うイトちゃんだった。
「ミカちゃん、ナギサ様を許してあげてくれませんか?」
「でも……」
「私も、ナギサ様から謝罪を受けました。ナギサ様は何度も何度も頭を下げて、私がいいと言っても深々と謝罪し続けていました」
ナギちゃんの肩がぴくりと震えた。
「ナギサ様、ずーっと悩んでいたんですよ? 『どうすればミカさんに許してもらえるでしょうか……』って」
「なっ、それは秘密と……」
ナギちゃんが、真っ赤に染めた顔をばっと上げた。
「私に会うたびにミカさんミカさん……って。ミカちゃんは本当に愛されてるなぁって思いました! そもそも、ナギサ様があんなに頑張っていたのも全部ミカちゃんのためで……」
「い、イトさんっ!」
ナギちゃんが大慌てでイトちゃんの口を塞いだ。
「もがが……!?」
「まさかイトさんがそこまでおしゃべりだとはっ! まだ喋るようなら、ロールケーキをぶち込みますよっ!?」
おお、なつかしい。ナギちゃんそれ好きね。
「ぷっ、ふふっ」
目の前で繰り広げられるコントに耐え切れず、私は噴き出してしまった。
なんかもう……私が怒ってるのがバカらしくなってきた。
「ね、ナギちゃん」
私はナギちゃんに話しかけた。さっきまでとは全く違う、胸中は穏やかそのものだ。
「私は……ナギちゃんを許すよ」
「……!」
「それから……」
私は、深々と頭を下げる。
「私も……ごめんなさい。私も、ナギちゃんをたくさん傷つけちゃった」
「……」
「それと、私も……ナギちゃんともう一回友達になりたい」
私の言葉を聞いた二人の顔がぱっと明るくなる。
「ミカさん……!」
「わぁあ!」
イトちゃんめちゃくちゃ嬉しそう。イトちゃんは嬉しいと尻尾をふりふりするんだね。
けどまあ……私も嬉しい。二人につられて、私も一緒に笑った。
「ですがミカさん? 先ほどのは一体どういうことですか?」
何か喉につっかえていたものが取れた感覚を味わうのも束の間、ナギちゃんが口を開いた。
「先ほどのって?」
「何か怪しい顔で、イトさんのロールケーキをぶち込んでいた件です」
あ……。
「あ、いや、あれは私がミカちゃんに頼んだんです! だからミカちゃんは何も悪いこと———」
「いいえ、あの顔は確実に悪人のそれでした。どこか犯罪臭もしましたし……」
いや、実際ちょっと考えによぎらなかったと言えば嘘になるけど、私は別に悪くな……くないかも。言い逃れはできないなぁ……。
「あ、あはは……☆」
困った私はもう、笑うしかなかった。
「あっ、ミカちゃんだめっ!!」
しかし、それがだめだったらしい。
「あ…はは……?」
ナギちゃんの様子が、何か変だ。
次第に呼吸は浅く、全身が震え、表情が絶望に染まり始めた。
「あっ、あああああああああああああっ!!!!!!」
そしていつものナギちゃんからは考えられない、鼓膜が破けるかというほどの絶叫を上げた。
「わっ、なになに!?」
「ナギサ様っ!!」
イトちゃんがナギちゃんを抱きしめる。
「ナギサ様!! しっかり!!」
「いやああああああああっ!!!!!」
だめだ、ナギちゃんがどう考えてもおかしい! イトちゃんの声がまるで聞こえてないよ!?
「くっ、こうなったら……」
しかしイトちゃんは冷静だ。
そうしてゆっくりと、地面に座り込んだナギちゃんの耳へとその口を近づけた。
「おい、ナギサ」
「えっ」
思わず声が出る。
一瞬、誰の声かわからなかった。今でさえそれがイトちゃんから出た声とは思えないほど、冷ややかで低い声と口調だった。
「そんな風に地面に座り込むなんて……私がいつ許可を出した?」
「あぇっ」
イトちゃんのその声に、ナギちゃんの絶叫が止んだ。
「ちっ、膝がよごれてるじゃねーか」
いや、よく聞いたら元の声がかわいすぎて今も全然かわいいな。むしろ無理して低い声出してる感じがよりかわいいまである。
「ご、ごめんなさっ……!」
ナギちゃんはまだ錯乱してるみたい。身体の震えが収まってない。
「ったく、まだ理解してないみてーだな」
そしてイトちゃんはその口を、触れてしまうんじゃないかってほどナギちゃんの耳に近づけた。
「ナギサを汚していいのは、私だけだって」
その瞬間、ナギちゃんの震えが止まり、
「は、はいぃ……♡」
とても他人には見せられない姿をしていた。
その様子に、私はデジャヴを覚えた。
さっきまでこっそり読んでたあの漫画、『秘密のお茶会~After Story~』。
それに出てきたイトちゃんが、まさにこんな感じで……。
それがちょっと、うらやましくて……。
「……ナギちゃん」
「やっぱり、許さないじゃんね☆」
二人の間の溝は、まだまだ深まるのでした……