ホームレスがトリニティの生徒になる話   作:ちゅーぴか

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限界イト

 

「いーとーまきまき いーとーまきまき」

 

 時刻は夜中の三時。一人だけとなってしまったミカちゃんの屋敷に、私のへたくそな歌が悲しく響く。

 

 晴れて三徹目となり、目の隈がすごいことになっちゃった私ことちゃんイトの目の前には、これでもかと山積みに置かれた書類の数々があった。

 

「ひーて ひーて とんとんとん」

 

 書類仕事の次は元ミカちゃんの屋敷の掃除があり、昼にはトリニティ上層部の会議にティーパーティー代表として出席、さらに夜はゲヘナへ外交に行かねばならない。そしたらまた書類仕事が待っているはずだ。四徹も視野に入れる必要があるな……。

 

 なぜこんなことになっているのか。それはひとえに、ティーパーティーの現状に問題がある。

 

「いーとーまきまき」

 

 セイア様の生存は確認できたが、いまだお目覚めにならないそうだ。その原因はミネ様にも分からないそう。彼女の未来視と関係あるのだろうか? ミカちゃんは言わずもがな、今は牢屋の中である。

 

 そしてナギサ様はというもの……実は一番深刻かもしれない。

 

 なぜか、『あはは』という笑い声を聞くとすぐに過呼吸になり、仕事などもってのほかの状態になってしまうのだ。

 

 初めてその症状を見たときは驚いた。

 

 私がナギサ様から謝罪を受けていた時。なかなか顔を上げてくれないナギサ様に困って、私がつい『あはは』と口にしてしまったのだ。

 

 直後のナギサ様の絶叫と来たらそれはもう。その時は周囲に誰もいなくて、私は焦ってしまって、不敬にも抱きしめながら耳元で『大丈夫だよ』と囁くしかなかった。

 

 しかしそれがいけなかった。

 

「いーとーまきまき」

 

 その瞬間のナギサ様の顔、体温、震え、そして言い放った『ままぁ……』という言葉。

 

 このときの衝撃は私の人生のなかでも間違いなくトップのものだ。そうそう超えられるものではないだろう。

 

 あのナギサ様が、ティーカップを持つ手を震わせようとも絶対に顔には出さない理性的なあのナギサ様が、まさか……まさかである。

 

 それからナギサ様はことあるごとに、私にハグを要求するようになってしまったのだ。

 仕事で辛いことがあったとき、人間関係がうまくいかないとき、ひいてはペットボトルの紅茶がおいしくなかったときに至るまで。

 

 愚痴をこぼしながら、ひどいときは声を上げて泣きながら私に抱き着き、私が精いっぱい癒す。まさかそこまで傷ついていたとは……私で助けになっているといいのだが。

 

 その後少しでも助けになれたらと、どうしたらナギサ様が喜んでくれるのか私なりに研究した。

 

 最初のように包容力を出すか、あるいは小さい子のようにふるまって甘えてみるか、それともあえて突き放してみるか……。

 

 その結果辿り着いたのが、ミカちゃんの牢屋の前で見せたあれだ。

 

 つまりは……オレ様系イトちゃんである。

 

「ひーて ひーて」

 

 とまあこんな具合に、ナギサ様も前までのように仕事をこなせる状況ではなくなってしまった。

 

 ティーパーティーはもともと三人。それが現在ほぼワンオペな上、それを担うナギサ様があんな状況。

 

 業務に支障が出るのは必然である。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが私、糸巻イトである。

 

 まあもともとミカちゃん専属の付き人という立場だ。もしもの時に代理を務める覚悟はあった。

 

 

 

 

 しかし……ここまでの状況は想定していなかった。

 

 

 

 

 正直、今のナギサ様に仕事は任せられない。つまり現状、ティーパーティーでまともに仕事できるのは、代理の私のみ。

 

 加えて今のミカちゃんのティーパーティーの権限はまだ『停止』であり、『剥奪』ではない。つまり私の『専属の付き人』という肩書は生きている。

 

 要するに、今の私は『ティーパーティー代表代理』でありながら『付き人』でもあるのだ。計四人分の仕事がこれでもかと降りかかる。

 

 私の部下は……まあ、私の命令では当然動いてくれないから、ティーパーティーの組織はほとんど私だけで動かさねばならないのが実際のところである。

 

 いくらスーパーハイスぺイトちゃんとは言え、さすがに疲れもする。

 

「とんとんとん」

 

 とはいえ、これで書類は全部。私は擬音を口にしながら書類をそろえた。

 

 しかし……

 

「まずいよなぁ……」

 

 この状況。正直、いくら私と言えどこれ以上は限界だ。

 

 三徹な上、果てしない業務量。他ティーパーティー所属生徒からの嫌がらせだって終わらない。

 

 こんな状況ではパフォーマンスの維持ができない。それはつまり、ティーパーティーの危機を意味する。

 

 現に今も頭痛や眩暈がする。思考力もだんだんと鈍っているのを感じる。今日すらまともに終えられるのかあやしい。

 

 そんな状況にため息をつきながら、机の上に乱雑した書き損じ等のゴミをくるりとまとめ、ゴミ箱へ放った。

 

 ……ぽすっ。

 

「ふふん」

 

 私の手から放たれたゴミは見事な放物線を描き、小気味よい音を立てながらゴミ箱へと吸い込まれた。相変わらずの華麗さに、誰もいない空間で私は一人胸を張る。

 

 意外だろうか? 昔からこれだけは得意なのだ。ティッシュを日に箱単位で消費してた生活が功を成したのかもしれない。

 

「ふへっ、ふへへへっ」

 

 そうだ。私にもあるのだ、特技。ゴミ箱スローインだけは誰にも負けないぞ。

 

「ふへへへへへへへへ!!!!」

 

 そう思うと、どうも笑いがこみあげてくる。

 

 ……これが三徹、休憩ほぼ無し、全力全開フルスロットルで仕事をやった代償なのだろうか、理性の枷はとっくに壊れてしまったようだ。

 

「私が!! スローイン!!!! 世界一だぁぁぁあああああっ!!!!!!!」

 

 きもちいい。大声出すって最高だよ。

 

「ふへへへへへ!! へへっ、あーっはっはっはっは!!!!」

 

 靴を脱ぎ、椅子に足を乗っけて叫ぶ。付き人としてはあり得ないことだが、誰も見ていないという事実にかまけて自由に振る舞ってやる。

 

「私が!! 世界一なんだあああああああ!!!!」

 

「はい、そうですね♡」

 

「ですよね!!」

 

 そうだ。私は世界一なんだ。だって同意してくれたし。

 

 

 

 

 ……あれ? 誰が同意してくれたんだ?

 

 この空間は私だけなはず。だからこそ私はこんなにはっちゃけたのだ。さすがに人前でこんなことをするほど理性を失ったりしていない。

 

 もしもここに誰かいるのであれば……それはつまり、私の痴態も見られたということで……。

 

 全身から血の気が引いていくのを感じながら、私は歯車が錆びたロボットようにぎこちなく後ろを向いた。

 

「お疲れ様です、イトちゃん♡」

 

「うわぁ!?」

 

 そこには、相変わらず全裸のハナコ先輩がいた。

 

「い、いつから……」

 

「イトちゃんがかわいらしいおうたを歌っていた時から……です♡」

 

「あぁぁ……」

 

 膝から崩れ落ちた。

 

 あんまりだ。こんなところ、ハナコ先輩に見られたくなかったのに。

 

「大丈夫ですよ、イトちゃん」

 

「ふぇぇ?」

 

 ハナコ先輩は項垂れる私に近づき、そっと抱きしめた。あったかくてすべすべでもちもちで、非常に心地がいい。

 

 やば……これ、落ちる……。

 

「イトちゃんの素敵な一面を知れて、良かったです♡」

 

「あぅ……」

 

 だめだ。私にはまだ仕事がある。ねるわけにはいかないのだ。

 

 ねるわけには……ねる……みかも、ねる……。

 

 ねるねるねるね……?

 

「ふへへへへ!!」

 

「……相当お疲れですね」

 

 おもろい。我ながら最高のギャグが出た。

 

 

 

 

「……ほめて」

 

「え?」

 

「ほめてっ!!」

 

 そうだ。私は世界一のお笑い芸人なのだ。みんなから褒められて当然なのだ。

 

「よ、よしよし?」

 

 ハナコ先輩のおててが私の頭を沿う。

 

「ふへへへ」

 

 思わず頬が緩んだ。ハナコ先輩はやっぱりいい人。好き。

 

 

 

 

 しかしだ。そんなハナコ先輩にもよくないところがある。

 

「そういえば……」

 

 深夜とはいえ、ここはトリニティ。誰もいないという保証はどこにもない。現に私はいるし。

 

 そのことを踏まえた上で、目につくのはやはりハナコ先輩の服装。

 

「なんで全裸なんですか……?」

 

「ん? ああ、これですか?」

 

 先輩は私から離れて、自分の身体を見下ろした。

 

「なぜと言われましても……ふふ♡」

 

 そう言って、ハナコ先輩は妖しい笑みを浮かべた。私をからかうような、そんな目線である。

 

 かっちーん、イトちゃんキレちゃいました。

 

 私は自身の胸の衝動に任せ、ハナコ先輩の胸へ飛び込んだ。

 

「わっ、どうしました?」

 

「……やだ」

 

 先輩困ってるかな。私から抱き着くって少ないし。

 

 でも許してあげない。

 

「私以外が見てたら、どうするつもりなんですか」

 

「え?」

 

「そんな姿、他の人に見せちゃやです」

 

 なんかもう眠気でよくわかんない。自分が何言ってるのかもよく理解していない気がする。

 

「あら、嫉妬ですか?」

 

 ハナコ先輩はまだ余裕そうだ。

 

「多分、そうです」

 

「!」

 

 そうだ。これは多分嫉妬……あるいは庇護欲なのだ。

 

「全裸になるの、やめて」

 

「で、ですが……」

 

「……やめてくれないの?」

 

「……」

 

 ハナコ先輩、生意気である。世界一の私に盾突こうなんてよぉ!

 

「じゃあ……」

 

 この子娘には、ちょいとお灸を据える必要があるみたいだ。

 

「なっ、イトちゃん……!?」

 

 そう思い、私は先輩の鎖骨辺りに口をつけた。

 

 そのまま、先輩をそのまま飲み込むくらいのつもりで強く吸った。

 

「っ!」

 

 ハナコ先輩の顔が少し強張った。

 

 私は口を離し、先輩の肌に残った愛おしい痕を優しく舐める。

 

 

 

 

「ふへへ。これで、もうそんなかっこで出歩けませんね?」

 

 まんぞくである。

 

 これでもう平和なはず。私は使命を果たした。

 

 思い残すことは……な……い———

 

 

 

 

「えっ、あっ、イトちゃん……?」

 

「……」

 

「寝てしまったんですか?」

 

「……」

 

「はぁ……」

 

「びっくりしました。まさかイトちゃんが、こんな……」

 

「すぴー」

 

「イトちゃん」

 

「……」

 

「ねぇ、イトちゃん」

 

「……」

 

 

 

 

「……本当はあの夜、何があったんですか?」

 

「……」

 

「イトちゃんが、誰の助けも無しにアリウスを足止めできたとは考えられません」

 

「いったい誰に、何を支払って……」

 

「すぅ、すぅ」

 

「……ごめんなさい。私が不甲斐ないばかりに……」

 

「……ふへ」

 

「もっと、うまくできたはずなのに……」

 

「……ふへへ」

 

「……はぁ」

 

「……」

 

「……」

 

「…………おねえちゃん」

 

「!?」

 

「おねーちゃん」

 

「ね、寝言ですか」

 

「おねえちゃん、好き……」

 

「!?!?!?!?」

 

「ずっと……いっしょ……」

 

「―――――っ!!!!」

 





アズサ「ハナコ、その絆創膏はどうしたんだ?」

ハナコ「こ、これは……」

コハル「!!!! エッチなのは駄目!! 死刑!!!!」

ヒフミ「あ、あはは……」

曇らせが!!足りないっっ!!!!(曇らせモンスター)
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