※注意! この回、ダメージ描写が強めです! というか、この先のイトちゃんはずっと痛そうです! お気をつけください!
そうか、イト。
君は、その道を
苦痛に塗れたその道を
どこまで進んでも絶望しかないその道を
これまでも……そしてこれからも
愚鈍に、愚かに、ただ真っ直ぐ、迷うことなく
進み続けるというのか。
なぜ?
どうして?
私はそれを、知っていたというのに。
……。
………。
…………すまない。
すまない、イト。
私には、これしか分からなかった。
こうする他になかった。
だから……
……
だから、私は……
***
「…………ト!」
最初に知覚したのは光だった。
それは太陽の光なんて温かいものではない。
空を覆いつくす黒煙と、それを巻き上げる業火。
「イト! お願い……起きて……」
それに当てられて、私の意識は死体みたいにぷかぷかと浮き始めた。
「……っ、血が……止まらない……」
次いで知覚したのは声だ。
何か、私の傍で切迫した声が上がる。
「っ、ぁ……」
「! イト!!」
頭がくらくらする。視界がぼやける。耳鳴りがする。全身の感覚がよく分からない。
「イト! 私が分かる……!?」
それに呼吸が苦しい。肺に何か詰まっている感覚がある。
「ぅ、けほっ!! ……っ!?」
「う、動かないで……動かないでいい……」
私が咳き込むのと同時に吐き出されたらしい血液は、重力に従って再度肺へと流れ込む。どうやら私は仰向けになっているようだ。
次第に視界が鮮明になっていき、耳鳴りも収まり始める。
すると私の視界は、心をズタズタに切り裂かれたような顔を浮かべる、一人の少女を捉え始めた。
「そら、さきっ……さん……?」
……そうだ、思い出せ。
今まで何があったのか、そしてこれから何をすべきなのか。
「だ、大丈夫。大丈夫だから……」
思考を止めるな。頭を回せ。
仮にこの爆発が開戦の合図なら、本番はここからなはず。
そんな時に倒れていては、私が生きている意味がない。
動け! 立て! 私!
もしここで動かなかったら、みんなの命があぶな———
「あ゛っぐ……っあああ!!!!」
痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!
「あっ、い、イトっ……!!」
意識の靄が晴れ始め、周囲の情報を知覚できるようになった私を、切れ味の悪い熱したノコギリで削られるような痛みが襲う。
「ぐぅう゛……ああああああっ!!!」
「大丈夫、だ、だい……じょうぶ……」
辛い、苦しい、ここにいたくない、意識を保っていたくない、いっそのことこのまま死んでしまいたい。
そんな風に思うほどの痛みだった。
……けれど、だめだ。
「……っ、うぅっ……」
そんな風に楽になろうとするな。
死んでしまいたいなんて、二度とそんな風に思うな。
そんなこと、許されるものか。
そんなことで、私の罪が消えるものか。
「だ、だいじょうぶ……です……」
私は改めて思考を取り戻す。そしてやるべきことを成す。
まずは状況の把握。古聖堂のあったはずのそこには見る影もなくて、辺り一面から黒煙と悲鳴が立ち上っている。
どうやら、あのミサイルは私の想定を大きく上回る威力を有していたようだ。
私はどうやら瓦礫の上に寝かせられていて、空崎さんがそこに寄り添ってくれているようだ。自分を見れば、爆発前に建物に隠れて伏せたのが功を成したのか、胴体や下半身はなんとか無事で致命傷はないようだ。
しかし一点だけ気になる点がある。
空崎さんがさっきからガーゼで押さえてくれている、私の左腕。
血がとめどなく溢れ続けているのだが、それ以上に。
……肘から先の、一切の感覚がない。
「……っ」
「あっ、だめっ!!」
私は自分の左腕を持ち上げる。
すると空崎さんがかぶせてくれていた真っ赤なガーゼがめくれ、その下があらわになった。
……そこにあった物を私の腕と呼ぶべきかは分からなかった。
「あ…れ……」
それは……ちょうど真ん中くらいでちぎれかけており、よく見れば断面からは白い骨が突き出ていた。
肘から先はまるで一本の棒になったかのようでまるでいうことを聞かず、ただ振り子の原理でぷらぷらとぶら下がっているだけだった。
私に十五年間も付き合ってくれた左腕。かつて
「ごめんなさい……」
私が呆然としていると、空崎さんが優しい手つきでまた新しいガーゼをかぶせてきた。
蚊の鳴くような声だ。
「ごめんなさい……私のせいで…‥私の……」
空崎さんへと視線を移す。
彼女はすごく辛そうだった。私の傷を私より痛んでいるようだった。
「私が、この腕を……わたし、が……わたし…の……」
この人はきっといつもそうなんだ。
いつも自分で抱えて、人に頼ることをしないで、でも一人で居れるほど強くない。
かっこよくて、きれいで、かわいくて、やさしい……きっと、空崎さんはそんな人だ。
そんな人に、こんな風に泣いてほしくない。
「……イト?」
私はまだ動く右腕を伸ばし、空崎さんの涙をぬぐった。
「……空崎さんは、無事ですか?」
「……っ、あ……」
そんな風に震えないで。
そんな風に泣かないで。
自分のせいだなんて思わないで。
「私は……だい、じょう…ぶ……」
だって全ては私の責任。
全ては私の自業自得なんだから。
「えへへ……よかった」
左腕以外はなんとか無事だ。立てないわけじゃない。私は踏ん張って、足に力を込める。
「イト…! だめ、動いたら……!」
「だーいじょうぶ! けほっ……私は平気です!」
体を起こすとまた吐血したが、大した問題ではないはず。今考えるべきは私の身体についてじゃない。
この爆発の意味。
これは、明らかなテロ行為だ。
この爆発だけで終わるなんてことはあり得ないだろう。トリニティとゲヘナ両校の首脳が一挙に集まるこの場。それに先生だっているんだ。
爆発だけなんて不完全な方法じゃなく、これらを確実に葬るための実働部隊があるはず。
正直言うと……そんな切迫した場面で、空崎さんほどの戦力を私一人の治療で拘束するなんてありえない。
「空崎さん……私のことを気遣ってくれて、ありがとうございます」
申し訳ない、と思う。
「でも、空崎さんのやるべきことは、別にあります」
空崎さんには、これから命の価値を選別してもらうことになる。
トロッコ問題、というやつだ。
「え……」
私は立ち上がり、もらったガーゼで左腕を抑えながら空崎さんを見下ろした。
「空崎さんのやるべきことは二つ。一つは今すぐここを離れて敵部隊を迎撃すること。もう一つは、どこかにいる先生を見つけ出し、確実に保護すること」
空崎さんは、初めて屠殺を見た子供のように震えている。
「それで…イトは、どうするの……?」
「えへへ、言ったでしょう? 私はもう平気だって」
大丈夫だ。歩くことに支障はない。
私は瓦礫の山から抜け出し、周囲を確認する。
遠くに…あれはツルギ委員長だろうか? 正義実現委員会の人が戦っているのが見えた。
相手は……やはり、アリウス。
「いや……」
それだけじゃない。
あれは……
「イト……?」
見覚えがある。
あの、レオタードを着たガスマスクのシスターたち。
あれは確実に……『ユスティナ聖徒会』。
エデン条約、この襲撃……
アリウス、第一回公会議、古聖堂、発射のタイミング……
カタコンベ、アミューズパークの怪談、アリウス自治区の位置……
戒律の守護者…………エデン条約……『エデン』……
「……空崎さん」
もしも……
もしも、この仮定が正しいのなら……
トリニティとゲヘナは、キヴォトスから消える。
「作戦変更です」
かつてアリウスがそうなったように。
「なにを…‥」
「戦闘は最小限に。一刻も早く先生の下へ向かってください」
そしてそれを止める手段は……存在しな———
———いや! ある!
そうだ、その
もしも、戒律の守護者を何らかの方法で顕現させているのなら、それはきっと科学ではない。
なにか……特殊能力とでも言うべきものだろう。
そんな力を持っている人なんて、そういるもんじゃない。
原因を叩けば、何とかなる可能性だって……!
———ギィイイイ……
その時だ。
この喧騒の中、確かに私は聞いた。
そして、見た。
この場において、明らかに異質。
それは高貴なタキシードを身にまとい、木偶のような双頭をもっていた。
心がざわつく。
絶対の存在が私の目の前で絶望を運んでいるような、そんな気分。
あれは……大人、だ。
「ごめんなさい、空崎さん」
気づけば私は……
「私、行きます!!」
「っ!? まって、イト!!」
……彼の背中を追いかけ始めていた。
ヒヨリ「ひ、ヒナさん、まだ立って……といか、無傷…ですねぇ……」
ヒナ「……っ! こんな時に……!!!」
イトちゃんしなないで……泣