ホームレスがトリニティの生徒になる話   作:ちゅーぴか

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ティーパーティー

 初めてその子を見たときは、かわいそうな子だと思った。トリニティという場所を知らないがために迷い込んでしまった子猫。ここで弱者であることは見せしめの獲物になることを知らないのだ。

 

 その子を抱えて家まで運んだ時、その軽さに驚いた。もともと低身長な子ではあるが、それだけでは説明できないほど軽い。それだけでもこの子の闇が垣間見えた。

 

 その子を風呂に入れたとき、その身体に驚いた。良かれと思っての行動だったが、私のこの選択は間違いだったのだろう。この子が最も守りたいであろう秘密を暴いてしまった。

 

 全身に満遍なく刻まれた傷跡。そして何より、女性器周辺にある硬いイボ。

 

 

 

 

 ……間違いなく、梅毒の症状だった。

 

 

 

 

 幸いにも初期段階のため、抗生物質の投与で完治するだろう。しかし心の傷は一生癒えないことだってある。もともと深い闇の事情があるだろうとは思っていたが、これ程とは思わなかった。

 

 

 

 

 この子が目を覚まし、初めて私を認識した時に抱いたのは安堵でも恐怖でもない。私に対する感謝と罪悪感だった。私がトリニティで浮くことを憂いてのことだろうか?人の心を理解などできないが、この子が心の優しい子だということは伝わった。

 

 ……だからこそ、この子を傷つけた大人が許せなかった。

 

 

 

 

 リンチに遭うということがあって苦手意識があるのではと思い渋っていたが、彼女が望むなら私は彼女のトリニティへの入学に協力するつもりだった。「シスターフッド」あたりと交渉すればどうとでもなるだろう。

 

 ご飯を食べ終わった後、「イト」と名乗ったその少女は自分の過去を語った。ブラックマーケットで生まれ育ったこと、そこで貧困に喘いでいること、学校に通ったことがないこと……。この後、私からトリニティ入学の協力を取り付けようとしていることはすぐに分かった。しかし彼女は、「それ」について終ぞ語らなかった。それが私の間違いを裏付けていて、辛かった。

 

 ……ただ、それよりも辛そうなのはイトちゃんの方だった。私は最初、それがなぜかわからなかった。同情を誘うという行為が後ろめたかったのだろうか?それとも……

 

 そしてイトちゃんは私に、トリニティ入学を手伝ってほしいと言ってきた。すぐに了承しても良かったが、浮かんだ一つの疑念を確かめるために、鎌をかけることにした。

 

 結果は当たりだった。イトちゃんは自らを「最低な人間」と言った。この自虐は、恐らく我儘を言ったことに対してだけじゃない。

 

 

 

 

 ……私がそれを嫌うと知っていながら、私を利用しようとしたことに対する自罰。

 

 

 

 

 ……イトちゃんが持っていた情報は、トリニティの雰囲気と、私の人柄、それと私がスクール水着で徘徊していることくらいだ。

 

 私は素直に感心してしまった。こんな僅かな情報で、この短時間で、ティーパーティーの現ホストでさえ到達できなかった真相にたどり着いた。

 

 

 

 

 ……守らねばなるまい、あの毒蛇の巣窟から。この子を私のようにさせないために。

 

 

 

 

 私は、私の胸の中で眠ってしまったイトちゃんを抱きしめながらそう誓った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ええ、ですから……」

 

「イトちゃんには、ティーパーティー傘下に入ってほしいの☆」

 

「そういうことだ」

 

「あうぅ……」

 

 月日は流れ、桜のつぼみが花開き、温かい日差しが降りそそぐ始まりの季節。私は、ハナコ先輩の協力で晴れてトリニティへの入学を果たした。あれから入学までの間の衣食住や勉強はすべてハナコ先輩が請け負ってくれた。

 ちなみに制服はハナコ先輩のおさがりなのでぶかぶかである。私だって、ちゃんと食べて栄養を取っていればあれくらいなダイナマイトボディに育っていたのだが、環境のせいでこんな小さな身体に収まってしまった。発育とは残酷なものである。ハナコ先輩に力負けするたびにこの人は結構鍛えているのかと思ったが、実際は私が弱いだけだった。今は口径の小さいハンドガンを持っているが、これは単にそれ以上の反動の銃を扱えなかったためだ。

 

 受験勉強に余裕ができてからは、ハナコ先輩に言いくるめられた、「古書館の魔術師」こと古関ウイ先輩の協力で、トリニティひいてはキヴォトスの仕組みや歴史に詳しくなった。あそこの蔵書はすごい。読んでいるだけでまるで過去の人々と会話しているような、そんな気分になる。

 

 そうして入学試験を終え、最初に待ち受けたのは入学式。これは滞りなく終わった。強いて言うならば、隣の席になった伊落マリーちゃんと仲良くなったことくらいだろうか。初対面で私が「大きな耳だね!」などと失礼な発言をかましても聖母のような微笑みで「はい、お揃いです!」と返してくれた。そうかそうか、マリーちゃんは私のことが好きなんだな。運命の出会いを果たしたようだ。

 

 しかしその放課後、事件は起こった。「ティーパーティーがあなたに話があるそうですよ」と話しかけてきたのは、純白の制服に身を包んだ生徒だった。あの時の苦い記憶が蘇ったが、どうやら私を撃った生徒とは別人なようで一安心した。

 

 ちなみに私はあの時撃たれたことに関して、自己責任だと考えている。あれは私がトリニティという場所を理解していなかったが故の事故だ。責任の一切は情報を持たなかった私にある。このことをハナコ先輩に話したときは微妙な顔をされてしまったが。

 

 そして、話は現在に至る。トリニティを見渡す巨大なバルコニーに置かれた大きな机を、私含め四人で囲んでいる。はっきり言ってクソ緊張するのである。

 

「えっと…なぜ私なのでしょうか?」

 

「それは、君が最も理解しているのではないか?」

 

 ティーパーティーの「サンクトゥス分派」代表、百合園セイア様が口を開いた。大きな耳に、黄金の髪や小柄な体を持つ。この方に「大きな耳だね!」と言って「ああ、お揃いだな」などと返してくれるかは怪しいところである。

 

「糸巻イトさん、あなたの入学試験「主席」合格、それも全科目満点という素晴らしい能力を、是非トリニティの、ひいてはキヴォトスのために役立てていただきたく、ティーパーティー傘下へ勧誘させていただきました」

 

 そう話したのは同じく「フィリウス分派」代表、そして現ホストの桐藤ナギサ様。ブロンドの髪を腰まで伸ばしたそのお方は今も片手にティーカップを持っている。「ナギサ様は紅茶中毒だ」などといううわさ話を小耳にはさんだことがあるが、あながち間違いではないのかもしれない。

 

 しかし……やはりか。さすがはトリニティの生徒会、ティーパーティーである。行動が早い。

 

「うわー、セイアちゃんもナギちゃんもかたーい☆本当は他の組織に取られたくないだけでしょー?イトちゃんもこんなのに巻き込まれて災難だね」

 

 そう言って笑うのは「パテル分派」代表、聖園ミカ様。桃色の髪をサイドでお団子にまとめた、笑顔の似合うお嬢様といった感じである。なぜか「ミカ様はゴリラである」といううわさ話が流れていたがとんでもない。めちゃめちゃ華奢で、かわいい人である。

 

「ミカさん……」

 

「ミカ……全く、君という奴は……」

 

「え?でも本当のことでしょ?」

 

 ミカ様の傍若無人な立ち振る舞いに、ナギサ様とセイア様が頭を抱えた。なるほど、ハナコ先輩の言っていた「ミカさんは政治に向かない」というのは本当のようだ。同じトリニティ生相手であるとはいえ、そのトップとあろうものが他者に礼節を欠いた立ち振る舞いを見せるべきではない。だが私としてはこれくらい砕けた対応をされる方が親しみやすい。

 

「……否定はしません」

 

 額に青筋を浮かべたナギサ様が、しかし冷静な声色でそう言った。

 

「……イトさん、あなたに隠し事をしても無駄でしょう。見抜かれてしまうでしょうから。ここからは本音で語らせていただきます」

 

 

 

 

 …………本音……ね。

 

 

 

 

「すでにご存じでしょうが、ここトリニティは、その成り立ちと同じように、大小様々な組織を有しています」

 

 ナギサ様はティーカップを持ち上げ、中の紅茶を口に含む。

 

「代表的な例でいえば……シスターフッド、救護騎士団、正義実現委員会、そして……ティーパーティー」

 

「あ、ナギちゃん、そのマカロンいらないの?食べていい?」

 

 ミカ様がナギサ様の返事を聞かずに、ナギサ様のマカロンを頬張る。ナギサ様の顔の影がより深まった気がした。

 

「…………これらの組織は互いに協力し合い、トリニティの自治を務めています。ですが同時に互いに監視し、牽制し合って組織の暴走を抑える役割も果たしています」

 

「イトちゃんもお菓子食べる?セイアちゃんの分ならいくらでも取っていいから!あ、もしかして甘いもの苦手?」

 

「……はぁ、ミカ……」

 

 セイア様はすべてを諦めたようにため息をついた。耳を倒している。ちょっとかわいい。

 

「………………しかし、実際にトリニティ自治区の管理、つまり「生徒会」の役割を担っているのはティーパーティー。その権威は確実なものでなくては———」

 

「ナギちゃんケーキ食べる?はい、あーん」

 

 ミカ様がナギサ様のほっぺたにケーキのホイップクリームを付けようとしていたその時だった。

 

 

 

 

「ああもう五月蠅いですね!?」

 

 

 

 

「ひぇっ……」

 

 

 

 

「今、私が説明をしているんですよ!?」

 

 

 

 

「それなのにさっきからずっと!」

 

 

 

 

「横でぶつぶつぶつぶつと……!」

 

 

 

 

「どうしても黙れないのでしたら、その小さな口に……」

 

 

 

 

「ロールケーキをぶち込みますよっ!?」

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「…………あー、すまない、イト。ミカはともかく、ナギサに悪気はないんだ」

 

「……あら。……私ったら、何という言葉遣いを……失礼しました」

 

「いやー、怖い怖い……」

 

 ……めっちゃこわい。ナギサ様こわいよ……。

 

「……見ろ、ミカ。君のせいでイトが震えてしまっているじゃないか!」

 

「ええっ!?これって私のせいなの!?」

 

「ナギサのせいでないのは確かだ」

 

 ミカ様はこっちを向き、何か釈然としない様子で言葉をつづけた。

 

「あのー、なんかごめんね?」

 

「私からも、ごめんなさい。あなたを怖がらせようとしたわけではなくて……」

 

「私からも……その、すまない」

 

 なぜか私が謝られてしまった。

 

「い、いえ!お気になさらず!セイア様なんて特に何も悪くないですし……」

 

 他の二人はともかく、セイア様に関してはマジの無罪である。それにちょっとびっくりしただけで、別に震えてなんかないのだ。

 

 

 

 

「……ともかく、話を戻します。つまりティーパーティーの権威の維持のため、あなたほど優秀な方を他の組織に奪われるわけにはいかない……というのが本音です」

 

 ナギサ様は姿勢を正し、厳格な声色で口を開いた。弛んでいた空気が一瞬で元に戻る。

 

 

 

 

 ……なるほどな。……ティーパーティー。まさにイメージ通りの組織だ。

 

 ナギサ様は「本音」などと言っているがとんでもない、ここまでが建前だろう。

 

 私の入学に際し、履歴書の捏造に協力してくれたのはシスターフッドである。この組織は徹底的な秘密主義であり、その全貌はティーパーティーにすら把握しきれていないのだと聞いた。

 

 ……しかし、私の経歴は異質すぎる。どれだけうまく偽造しても、違和感は残る。ティーパーティーはその違和感を見落とさなかったのだろう。さすが、といったところである。

 

 さっきナギサ様が自ら言ったように、シスターフッドとティーパーティーは牽制し合う間柄である。そして、そんなシスターフッドが入学させた生徒が主席入学、入試全科目満点と来た。探りを入れたくなる気持ちは痛いほどわかる。

 

 

 

 

 ……しかしここまで強引とは思わなかったな。

 

 ただ勧誘したいだけならば一通の手紙で済む。わざわざホストが勢ぞろいで私を出迎える必要などない。ならばそうする意味は……。

 

 

 

 

 これはある種の警告なのだろう。ティーパーティーが言いたいことはつまり、「ここで断ればお前の経歴を徹底的に調べ上げるがいいか?」ということである。私からすれば、恩のあるシスターフッドを、ひいてはハナコ先輩を人質に取られているようなものだ。

 

 それに、私は救護騎士団にて……その……「ブラックマーケットの後遺症」とでも言うべき「それ」の治療をしてもらった記録がある。そこからティーパーティーが私の過去にたどり着く可能性は十分にある。そこでの犯罪行為を知られれば、せっかくの学園生活が退学になる可能性すらあった。

 

 

 

 

「……わかりました」

 

 

 

 

 ……こうなることは予想できていた。この時の決断を私はすでに決めている。ハナコ先輩には最後まで反対されてしまったが。

 

「……私の力がお役に立てるのでしたら、光栄です。是非、ティーパーティーの下で働かせてください」

 

「……ありがとうございます、イトさん。あなたのご活躍を楽しみにしております」

 

 ナギサ様はずっと手に持っていたティーカップを机に置いた。

 

「……さて、話はこれで以上になります。イトさん、本日は突然お呼び立てして申し訳ありませんでした」

 

「いいえ、お気になさらず。それでは、失礼いたします」

 

 私は席を立ち、扉へ向かって歩いた。

 

「ありがとう、イト。君とはまた話がしたい」

 

 後ろからかかったセイア様の声に振り向き、私は微笑み返す。

 

「はい、是非」

 

 

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