「ふんふーん☆」
やけに広い監獄に、私の上機嫌な鼻唄が響く。頬張るロールケーキは飽きたけどまあおいしいし、取り寄せた紅茶は最高級ってだけあって香りがいい。
今朝の目覚めもよかった。メイクもばっちり決まってる。髪の毛のコンディションもいいし、イトちゃんとお揃いの髪飾りも何だか今日はいつもより輝いて見えた。まあ、誰に見せるってわけでもないんだけどね。
まあ端的に言えば、今日の私は絶好調なのだ。
『そしてトリニティ総合学園におけるティーパーティーのホスト、桐藤ナギサも古聖堂に到着したようです! 各学園の主要人物が、次々と集まってきています!』
テレビはクロノスのニュース番組を流している。そろそろ始まるみたい。
それに伴い、私の胸も高鳴りを始めた。その理由はただ一つ。
どうやら、この調印式でイトちゃんがスピーチをやるらしい。
すごいよね! 大出世だよ! いや、まあイトちゃんがすごいのはそりゃそうなんだけど!
ゲヘナの風紀委員長と一緒なのが気に入らないけど、イトちゃんの雄姿が見れるなら我慢する。
私は、そんなイトちゃんの一大イベントを前に、気合を入れまくっていたのだ。早起きしてお風呂も入ったし、今日は料理だってしちゃったんだよ? ロールケーキ焼き作ったんだ!
「ふんふふーん☆」
そんなわけで、私は珍しく朝からテンションマックスなのだ。
でも……イトちゃん、面会に来てくれるたびにやつれてて、ちょっと心配だなー。
この前なんて、私との面会途中に寝ちゃったもん。イトちゃんの寝落ちなんて珍しすぎて写真撮っちゃった。一緒に暮らしてた時でさえ、私より後に寝るし私より早く起きるから寝顔なんてそうそう見せてくれなかったのに。
仕事が忙しいのかなと思って他のティーパーティーの子に聞いてみても、むしろ暇なくらい言ってたし、本人は何も言ってくれないし……イトちゃんがまた、なにか危ないことをやっているんじゃないかと不安になる。
「イトちゃん、大丈夫かなぁ……」
あぁそれと、ナギちゃんに関しては不安しかない。
なんかよくわかんないけど……イトちゃんから聞いた話では、『あはは』って聞くだけで発狂しちゃう身体になったらしい。
おかしいよね! まったく、イトちゃんのメンタルの強さを見習ってほしいもんだよ!
……なんてね。私がナギちゃんの立場だったら、ナギちゃんと同じようなことになってたかも。ううん、きっともっとひどい。
ナギちゃんから『今まであなたを友達だと思ったことはないです』とか、イトちゃんから『近づかないでください、気色悪い……』なんて言われたら……。
うっ……考えたくない……。
うぅ……勝手にダメージを負ってしまった。まあこれも私の罰だよね。
気分を切り替えて……私はロールケーキを食べながらイトちゃんの活躍の場を今か今かと待ちわびる。
ここからじゃうまく見えないけど、外は快晴らしい。それはイトちゃんを晴れ舞台の下へ送り出してくれることだろう。
「いつかなー? まだかなー?」
きっとイトちゃんは完璧にこなす。そしたら、何しよう?
イトちゃんが帰ってきて、ついでにナギちゃんも帰ってきて、一緒にロールケーキ食べたい! いややっぱロールケーキ以外がいいかも。
そう。全ては順調に終わる。
何の滞りもなく。
何の問題もなく。
私の大切な人たちは、いつも通りに帰ってくる。
……そう、思っていたのに。
『緊急事態です! 古聖堂が、正体不明の爆発によって炎に包まれ……!』
なんで?
その時、牢獄の中のテレビは、壊れたんじゃないかってくらいのノイズを響かせた。画面はぐらぐらで見れたもんじゃない。
爆発? 誰が? 古聖堂? 何のために?
私の頭が高速で感情のろくろを回し始めた。出来上がる陶器がどんな形をしているのか私にもわからない。
まあでも、その名前はいたってシンプル。
「……っ!!!」
……怒りだ。
***
「状況の把握ができるまで、動くのは得策ではありません!」
エデン条約調印式、当日。私たち補習授業部は、カフェで卒業パーティーを執り行っていた。
卒業を祝いつつも、これで補習授業部が終わってしまうことに一抹の寂しさを感じながら、私たちは思い出話に花を咲かせていた。
それで終わるはずだった。
そのまま、楽しい思い出になるはずだったのに。
「で、ですがアズサちゃんが……!」
「アズサちゃんも正義実現委員会も、少なくとも自分の身は守れます! 今はそれよりバラバラに散らばることの方が危険です!」
調印式の場に、ミサイルが落とされた。
その混乱と共に、アズサちゃんが私たちの前から姿を消した。
アズサちゃんを心配するヒフミちゃん、正義実現委員会を心配するコハルちゃん。両方の気持ちは痛い程分かるが、今は危険すぎる。
そのことを憂いての静止だった。
今やるべきことは、身の安全の確保と状況の把握。
そして、シスターフッドの代理として、上層部を失ったトリニティの混乱を収めること。
この状況においても、私の頭は残酷なまでに冷静でいられた。
……しかしだ。
もし……いや、確実にイトちゃんもあの爆発に巻き込まれているだろう。
他の方々ならいざ知らず……イトちゃんが、あの爆発を食らって無傷で居られるだろうか。
仮に無事だったとして、自分の身の安全を一番に考えて行動してくれるだろうか。
これでも、イトちゃんと知り合ってからは長い。
だからこそ断言できる。
それはあり得ない。
あの子が……どこまでも優しく、そして自分を大事にしないあの子が、保身に走るだなんてあり得ない。
だからこそ痛い。
隣にストッパーがなければ、きっとあの子はどこまでも立ち向かってしまう。
……死でさえ、受け入れようとするだろう。
だからってトリニティを放置すれば、一部の過激派が何をするか分からない。
戦争でも始めようものなら、両校の共倒れは明白。そうなれば、その影響は両校だけにはとどまらないだろう。
……私は軽く舌打ちをする。
全く、あの毒蛇共はどこまでも……。
そこまで考えて、私は一つ、悪魔のような考えに至った。
……なぜ?
なぜ、私が……あの毒蛇の巣窟を、守る必要がある?
イトちゃんの命の危機に、彼女を苦しめ続ける奴らなんかのために……?
「ハナコちゃん、コハルちゃん……私たちどうすれば……」
……いや、違う。
いくらトリニティが毒蛇の巣窟だろうと、あそこはヒフミちゃんやコハルちゃんの帰る家なんだ。
それに何より、イトちゃんはそれを望まないだろう。
「……っ」
イトちゃんはきっとうまくやる。
やって、くれる……はず……。
そう思い込むしかない。
私は調印式の場に後ろ髪を引かれながら、混乱の最中にあるだろうトリニティへと向かった。
***
「はぁ……はぁ……!」
木の人形は古聖堂にある地下へと向かった。私が追うと、そこにいたのは数多くのアリウスの生徒たちだった。
私は急いで身を隠した。姿は見えないが声は聞こえる距離。
私の存在を察知されようものなら……命はないと考えた方がいいだろう。
ここに空崎さんがいなくてよかった。彼女にここまでのリスクを負わせるわけにはいかない。
「ひぃっ……!」
「き、木の人形……!?」
アリウス生徒の怖がる声がする。
「……無作法だな。私を呼ぶのであれば、芸術への敬意も込めて『マエストロ』と呼んでほしいものだ」
木の人形……マエストロと名乗ったそれは、どこからかは分からないが、意味不明な言葉の羅列を発した。
「そなたらにはまだ、芸術の何たるかは尚早だろうか……ならば済まないが、そなたらとは愉しい対話は成り立ちそうにない。知性、品格、経験……それらを備えて来るが良い。キヴォトスの生徒たちよ、どうかわたしを落胆させてくれるな」
なるほど……。マエストロという人物の輪郭が見え始めた気がする。
やはりこいつも大人だ。
ちっぽけで価値のないプライドを引っ提げて、自分の姿を大きく見せようとする。
私たち子どもに対して、自らはまるで上位種かのように思い込んでいる様。
私が見てきた大人の姿に合致する。
「……されど、あの守護者たちの『威厳』を
「……!」
ミメシス……? 現象の模倣と、その表現……?
守護者たちの『威厳』の複製……?
「戒律を守護せし者の血統……そのロイヤルブラッドの『戒命』が動作する様を見届けられたのは、幸甚であった」
……これだ。
すべてがつながった。
やはり、私の仮説は間違ってなかった。
第一回公会議で定められた戒律。その守護者であるユスティナ聖徒会の複製。
それを担っているのは、間違いなくあのマエストロだ。
そして、それが今アリウスの手に渡っている現状を鑑みるに……。
第一回公会議の再現たる、このエデン条約に……『トリニティ』としての権限を持ったアリウスが調印したとみていいはず。
そこに『ETOはアリウスが担う』とでも書き加えたのだろう。
「おかげで私の実験は、さらに『崇高』に近づくことができるだろう」
……と、なればだ。
私は空崎さんに、先生を保護するように言った。今ならまだ先生もこの場にいるはず。
このエデン条約は確かにトリニティとゲヘナの間の条約だが……それを最初に発案したのは連邦生徒会長だったはずだ。
ならば彼女が設立したシャーレにも、エデン条約の参加者としての権利があるはず。
もう一度調印式を再現し、先生が条約を上書きすれば……。
命令系統が混乱し、ユスティナ聖徒会を無力化できる……!
「……っ」
時間が惜しい。今も被害は広がり続けているはずだ。
今の私はティーパーティー代理なのだ。トリニティの混乱を収めたり、被害者の安否を確認したりする義務がある。
行かねば。こうして座り込み、聞き耳を立てている暇はない。
立って進まねば。
一行も早く……!
みんなの……とこ……ろ、へ———
———どさっ
「あ…れ……?」
物静かな洞窟の中に、私が倒れる音が響く。
「だ、誰だ……!?」
思うように立ち上がれない。思うように足に力が入らない。
「けほっ……! なんで……!?」
そう口にはしたものの。
度重なる徹夜に、過重労働。
加えて、さっきの爆発による失血。
私の身体がとっくに限界を迎えていることなど明白であった。
「誰だ!? なぜここに!?」
だからこれも、私のミス。
これから何が起きようとも、私の責任。
これから私が、どうなろうとも。