ホームレスがトリニティの生徒になる話   作:ちゅーぴか

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 これからどうなっちゃうのぉ!? な時ですが、ここでイトちゃんの過去編です。

 ブルアカ要素がほぼ0のほとんどオリジナルです。オリキャラがもう一人出てきます。

 あとだいぶ人の心が無いです。

 でもイトちゃんという人間には大事な話ですので、よければ読んでください。




【番外編】きずあと

 

 私の十五年の人生は、やっぱり明るいものなんかじゃなかった。

 

 最も古い記憶は生後二か月、言語を理解し始めたときのものだ。

 

 薄暗い部屋、満足に呼吸ができない苦しみ、私を取り囲む無数の薬品と大人たち。

 

 その全てを鮮明に覚えている。

 

 

 生後五か月もすれば、大人たちの高度な会話も理解できた。私は誰にも望まれない出産であったこと、人としての命を歩めないこと、そして私の寿命はせいぜい20年かそこらであることを知った。

 

 なんでなんだろう。どうして私は生まれてきてしまったのだろう。

 

 ……なんて、赤子ながら切実に思ったものだ。

 

 

 次に思い出すのは2歳のころ。それは手術台の上だった。

 

 不十分な麻酔で、手術中に意識が覚醒した時だ。腹を切られる痛みや身体の中に他人の手が入ってくる感覚。

 

 なにより、取り出された私のどこかの内臓。

 

 今でもたまに夢に見る。

 

 

 私が処女を失ったのは4歳の時だった。

 

 初めてなんてあっけないもので、私が気絶しているときに失ったそうだ。

 

 それからは毎日、知らない大人が代わる代わるやってきた。その中に私の実の父親もいたそうだけど、そんなのはどうでもよかった。

 

 ずっと苦しかった。腹を切られるよりもずっと痛かった。

 

 

 だけど、嬉しいこともあった。5歳の時、初めて友達ができたのだ。

 

 その子は私よりも年上の8歳。親に売られてここに来たらしい。私はその子と同じ、小さな部屋で生活することになった。

 

 私は最初、不思議に思った。私以外の大人じゃない人なんて、初めて見たから。

 

 その子はいつも笑顔だった。常に明るくて、『明日は何しよう?』なんて平気で言える子だった。明日も犯されるに決まってるのに。

 

 だけど、私はその笑顔が好きだった。私もそうなりたくて、その子の笑い方を真似た。

 

 その子は私に、『おねえちゃん』と呼ぶように言った。初めは血の繋がりなんてないのに変だと思ったけど、次第にそれが好きになった。

 

 辛いことばかりじゃない。そう思うだけで、世界に色がついたような思いだった。

 

 

 そんなある日のことだ。おねえちゃんがとある歌を教えてくれた。

 

「いーとーまきまき いーとーまきまき」

 

 聞きなじみのない言葉だった。

 

「それ、なに?」

 

「えぇ!? 知らないの!?」

 

「うん。ずっとここにいたから」

 

「あっ…そっ、か……」

 

 おねえちゃんの顔から笑みが消えて、私は焦った。おねえちゃんから笑顔を奪うなんて、殺すことと同義だと思ったからだ。

 

 だけど、その心配はなかった。

 

「えへへ、これはね? 『いとまきのうた』って言うの! しってる?」

 

「だから、知らないって……」

 

「じゃあ今日覚えよう! ほら、一緒に歌って?」

 

 いーとーまきまき いーとーまきまき。

 

 不思議だった。最初はわざわざ体力を消費して意味のない言葉を並べるだけの行為に意味を見出せなかったけれど、その時は歌うことが楽しく思えた。

 

「そうだ! 109番ちゃんさ、お名前、ないんだよね?」

 

 109番は大人たちが私につけた、個体識別番号だった。

 

「あっ、うん……」

 

「じゃあさ! 名前、イトちゃんにしよ! いとまきイトちゃん!」

 

 糸巻イト。『いとまきのうた』からとった、安直なネーミング。

 

「どうかな?」

 

 だけど、おねえちゃんからもらったもの。それだけでとても嬉しかった。

 

「うん…私は、イトちゃん……!」

 

「えへへ、よろしくね! イトちゃん!」

 

 そう言っておねえちゃんはいつもの笑顔を見せてくれた。つられて私も笑った。

 

「だけど、おしいよねー」

 

「おしいって、何が?」

 

「109番だよ! 110番だったら、もっとイトちゃんっぽかったのに!」

 

 ぷんぷん! なんて聞こえてきそうな表情でおねえちゃんは怒っていた。

 

「だけど…私はこれで良かったと思う」

 

「え、なんで?」

 

「だってその方が、正真正銘おねえちゃんからもらった名前って感じがする」

 

「そ、そっか! え、えへへ……」

 

 きっと、私が生まれたのはこの日だったのだろう。そう思えるほど、今でも輝き続ける記憶だった。

 

 

 ある日のことだ。

 

「私ね、夢があるの!」

 

 読んでいた絵本を閉じて、おねえちゃんがそう口にした。いつまでも笑顔を失わないおねえちゃんに負けないよう、私も精一杯の笑顔を作った。

 

「……どんな夢?」

 

「私ね、このお話のおひめさまみたいになりたい!」

 

 そう言っておねえちゃんは絵本の表紙を見せてきた。使い古しの絵本。おねえちゃんはそれが好きなようで、毎日のように眺めていたのを覚えている。

 

「お姫様?」

 

「そう! 私もいつか、世界一かっこいいおうじさまと結ばれるの! それでこんなところから救ってもらうの!」

 

 ……そんな王子様なんていないよ。

 

 そう口にしそうになって、ぐっとこらえた。

 

「それでね! 山のふもとにちいさな家を作るの! おうじさまとかわいい子どもたちといっしょに、静かにくらすのが夢なの!」

 

 そう言って無邪気に笑った。

 

 だけど私は……うまく笑えなかった。

 

 そんな人絶対にいない。こんな私たちは、大人に使われて死ぬしかない。どうせ長くは生きられない。

 

 私たちは、そういう運命なんだよ。

 

「……いい夢だね」

 

「でしょ!」

 

 私は口にはできなかった。したくなかった。

 

 おねえちゃんの笑顔を奪いたくなかった。

 

「イトちゃんは?」

 

「え?」

 

「夢! なんかないの?」

 

 そんなこと考えたこともなかった。

 

「わ、わかんない」

 

「なんでぇ! もったいないよ!」

 

「……?」

 

「夢ってね? すごくいいものなんだよ? そのことを思うだけで、ぱぁって明るくなるの!」

 

「そう、なのかな」

 

「うん! 絶対そうだよ!」

 

 どれだけ考えても、夢なんて抱けなかった。

 

 でも、その時のおねえちゃんの顔は今までで一番輝く笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど私が8歳になったとき、おねえちゃんから笑顔が消えた。

 

 それはいつも通りの日だった。いつも通り私もおねえちゃんも大人に呼ばれて、相手をしていた。

 

 部屋に帰ったのは私が先だった。いつもよりも殴られて、あざがたくさんできていたのを覚えている。

 

 当然私に笑顔はなかった。だけどおねえちゃんは違う。

 

 おねえちゃんはどんなときにも笑顔だった。今日もきっとそうだ。

 

 大人に文句を言いながら、笑顔で夢の続きを話してくれるに違いない。

 

 そう、思っていたのに。

 

「おねえ…ちゃん……?」

 

 そこにおねえちゃんの笑顔はなかった。

 

 ぼろぼろに破かれた服の下には無数のあざ。ぼさぼさの髪の奥には、腫れあがった顔面と光を失った目。

 

「どう、したの……?」

 

「……イトちゃん」

 

 それは涙交じりの声だった。おねえちゃんが泣いてるのを見たのは、それが初めてだった。

 

「何されたの! おねえちゃん!」

 

「あのね、イトちゃん……」

 

 おねえちゃんの言葉に耳を傾けた。

 

 

「私たちね、子供作れないんだって」

 

「ぇ……」

 

「イトちゃんも、手術。受けたでしょ……?」

 

 2歳のころの記憶が思い浮かんだ。

 

「あれね、子宮を取り出してたんだって」

 

「っ、ぁ……」

 

「だからね、私たちは子供を作れないんだって」

 

 その痛みを理解することは私にはできなかった。

 

 けれど。

 

「子供を作れない女に、価値はないんだって」

 

「ち、ちがっ」

 

「だから、私の夢は絶対に叶わないんだって」

 

 何を言えばいいのか分からなかった。どうすればまた、おねえちゃんが笑ってくれるのか分からなかった。

 

 だけど、笑顔を失ったおねえちゃんを見るのが苦しかった。だから私は必死だった。

 

「ち、ちがうよっ!」

 

「え……?」

 

「おねえちゃんが何を言われたのかはわかんないけど……」

 

 私は必死に叫んだ。

 

「おねえちゃんはおねえちゃんだよ! 私の…世界に一人のおねえちゃんだよ!!」

 

「……」

 

「私はっ、おねえちゃんが大好きだよ! だから…もう……っ」

 

 いつしか私も涙を流していた。

 

「そんな顔、しないでよ……」

 

 私が涙を流したのも、思えば初めてのことだった。

 

「……」

 

「おねがい……」

 

「……ふふっ」

 

 その時の、頭に乗せられた手の温もりはよく覚えている。そしてその時のおねえちゃんの顔も。

 

「……そうだね、イトちゃん」

 

 おねえちゃんの笑顔は、どこか大人びて見えた。

 

 

 

 

 それから私は必死だった。

 

「おねえちゃん!」

 

「なぁに、イトちゃん!」

 

 おねえちゃんの笑顔を絶やさないことに必死だった。

 

「おねえちゃん!」

 

「……なに、イトちゃん」

 

 だって、苦しかったから。

 

「おねえちゃん!」

 

「…………なに?」

 

 楽になりたかったから。

 

「おねえちゃん!」

 

「……………………」

 

 

 

 

 だからこれは、私の罪。

 

「おねえちゃん!」

 

 楽になろうとした、私への罰。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………うるさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ、あぇ……?」

 

 信じてしまった。

 

 いつも笑顔を失わなかったおねえちゃんは、強い子なのだと思ってしまった。いつかまた、あのころの笑顔を取り戻してくれると思ってしまった。

 

 ……だけど違った。

 

 おねえちゃんは普通の女の子だった。

 

 フィクションに夢を見る、ただの女の子だったんだ。

 

「……あっ」

 

 おねえちゃんは驚いた顔で口を塞ぎ、どこかへと走り出してしまった。

 

「あっ、まって……!!」

 

 部屋から出て行くおねえちゃんを追いかけた。今行かねば、どこまでも遠くへ行ってしまう気がしたから。

 

 ……だけど、私がおねえちゃんと話をすることは、もう二度となかった。

 

 

 

 

 おねえちゃんを見失っても、私は必死に施設の中を走り続けた。

 

 謝りたかった。笑顔でいることを強要したことを、おねえちゃんの夢を軽く見たことを、私は何としても謝りたかったんだ。

 

 施設の中を探し回った。何分も、元々ない体力を絞って走り回った。

 

 そうして見つけた、おねえちゃんの姿。

 

 それは、やっぱり笑顔なんかじゃなかった。

 

「おねえ…ちゃん……?」

 

 天井に吊るされたロープ。

 

 乱雑に倒れた脚立。

 

 そして、宙に浮いたまま動かない……おねえちゃん。

 

 

 

 

「いや……」

 

 

 

 

 私は、どうすればよかったんだろう。いくら蘇生を繰り返しても目を覚まさないおねえちゃんを見つめながら、そう考えた。

 

 おねえちゃんが病室へ連れていかれてからも、そう考え続けた。

 

 そうして見つけた、私の答え。

 

 

 

 

 私が生まれてきたのがいけなかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「植物状態だ」

 

 朦朧とした意識の中で、ジェネラルの残酷な言葉が聞こえた。

 

「脳への酸素供給が長時間断たれたことによるものだ。回復の可能性は小さい」

 

 お前がもっと早く見つけていれば、こうはならなかったかもな。

 

 そう付け足したジェネラルの言葉はうまく耳に入らなかった。ベッドに座りながら私を見ようともしてくれないおねえちゃんを眺めながら、私はただ茫然としていた。自分を責めることも、大人を責めることもなかった。

 

 ただ、何もわからなかった。

 

 その時、私の腕に一丁の拳銃が乗せられた。

 

「……え?」

 

「面倒だ。糸巻、お前が処理しておけ」

 

「……は?」

 

 やっと私の理解が追いついた。つまりは、そういうことなのだ。

 

「な、なんでっ!!」

 

「……なぜ、だと?」

 

「まだ回復の可能性が残ってるんでしょ!? なんでおねえちゃんが死ぬ必要が———」

 

 私の言葉はジェネラルが放った銃弾によって遮られた。

 

「……費用が掛かる。お前ほどの頭脳で分からないはずもないだろう?」

 

「……でもっ!! なっとくっ、できな———!!!」

 

 また言葉を遮られた。今度は一弾倉を撃ち終えるまで、銃弾は止まなかった。

 

「うぅっ……うううううっ!!」

 

「こいつの処理は任せたぞ、糸巻」

 

 横たわる私とおねえちゃんに目もくれず、ジェネラルは去っていった。

 

 その背中を殴るように、私は叫んだ。

 

 

 

 

「お前の!! お前たち大人のせいだ!!! 私がっ、こんななのも!! おねえちゃんが死んじゃったのもっ!!!! 全部お前たちのせいだ!!!!!」

 

 

 

 

 けれど、その言葉は誰に届くこともなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラックマーケットのとある一角。

 

 廃墟ビルの間をすり抜け、鬱蒼とした林を抜けた先にそれはあった。

 

「わぁ……!」

 

 そこには小さく咲く花畑があった。木漏れ日に照らされたそれは、まるでおねえちゃんが読んでいた絵本の中のようだった。

 

「きれいだね、おねえちゃん」

 

 返事のないおねえちゃんへと語り掛け、車いすを花畑の中央まで押し進めた。

 

 そして私は座り込み、花をいくつか摘み取る。

 

「本でしか見たことないんだけど……できた」

 

 本の知識を元に花を編み込むと、そこには二つの指輪と花冠ができた。それを私とおねえちゃんの頭と左手の薬指に差し込んだ。

 

「病めるときも健やかなるときも、私は……」

 

 そして、私はおねえちゃんの左手をそっと握った。

 

「おねえちゃんを愛すると誓います」

 

 それはおねえちゃんが夢に見ていた……私なりの結婚式だった。

 

「おねえちゃんは、私じゃ嫌だったかもだけど……」

 

「私にもね、夢ができたんだ」

 

 いつかあなたがくれた言葉。

 

「私ね? 世界一かっこよくなりたい!」

 

 いつかあなたが語った夢。

 

「おねえちゃんが私のこと王子様だって思ってくれるように……私、頑張るから」

 

 それは確かに、今も私を照らしてくれている。

 

「だからね……?」

 

 

 

 

「おやすみ、おねえちゃん」

 

 

 





 イトちゃんの過去編でした。

 もともとこの話を書く予定はなかったのですが、「イトの自己犠牲に理由がないと薄っぺらくなっちゃうよなぁ」と思い急遽追加しました。

 これから花の指輪も花冠もズタズタにされて、挙句の果てに梅毒で捨てられるわけですから、イトちゃんにとっては相当辛いと思います。

 筆者もイトちゃんが幸せになってくれることを願っております。
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