「子供の分際で……!」
私はふるまっくすの警戒心を携えながら、バルバラに目線を向ける。
「あなたのせいで……あなたのせいで、私の儀式が……!」
やっぱり最初に警戒すべきは両手に構えたバルカン砲だろう。およそ人間に持てる重さではないだろうに、バルバラはあろうことか二丁も携えている。
「楽に死ねるとは思わないことです……!!」
「……」
あれに掃射されれば敵わない。戦車の装甲だって貫通してしまえそうだ。10秒でも銃弾に曝されれば、私は文字通り蜂の巣だろう。
「聞いていますか!?」
「ちょっと黙っててくださいよ、うるさいなぁ」
「な……!」
あれを回避するには近づくしかないだろう。近づけば、取り回しの悪いバルカン砲の餌食になることは少なくとも避けられるはず。
どうやって近づくかってところも問題だけど、それよりもやばいあの膂力だ。
「支配され、搾取される存在であるべき子供が……私になんて口を……!」
腕を掴まれた時のあの感じ……0.9ミカちゃんくらいの力はあると考えるべきだ。私は0.01ミカちゃんくらいの感覚。接近戦でも勝ち目はないとみていいだろう。
「支配? はっ、誰よりも子どもに支配されてるお前が何言ってるんですか」
「……何?」
だから私が倒すべきはバルバラじゃない。バルバラは私には倒せない。
「お前は支配に酔ってる。大人であることに依存してる。常にアリウスの罪も無い子どもを支配下に置き、崇高……儀式とやらも生徒頼み。そこのバルバラさんも元はトリニティの生徒ですよ?」
「……」
「お前は子どもがいないと大人になれない。子どもを支配しないと大人であることを実感できない。何よりも子どもに依存してるんですよ、お前は」
どこまでも子どもを見下した、自己陶酔の激しい痛いババア。
こいつなら。
「子どもがいないと大人になれないなんて、かわいそうな人ですね」
「屁理屈を……」
「白洲アズサ先輩。彼女がなぜお前を裏切ったか、分かりますか?」
「……」
思考がどんどん深まっていく。かつてないほどに絶好調だ。
「お前がしょーもないから、です。vanitas vanitutam、でしたっけ? くだらない」
「……ふふ」
「正直言って痛々しいですよ? いつまで中二病引きずってるんですか。いい加減現実見ましょうよ。もういいおばさんですよ、お前」
「……バルバラァアア!!!」
その瞬間、ベアトリーチェの甲高い叫びと共に激しい銃声が鳴り響く。こうなることを予期していた私は素早く近くの岩陰へと身を投げた。
「ああもう、すぐ癇癪を起す。……更年期ですかね」
「いいでしょう! そこまで望むなら、できるだけ苦しむように殺してやります!!」
銃弾は尽きることなく浴びせられ、私がさっきまでいたところの地面はもう穴だらけになっていた。
「四肢を捥ぎ、眼球を抉り、皮を剥ぎ! 最後はさらし首にしてトリニティへ返して差し上げましょう!!」
「崇高さんは随分と暇なんですね。もっと生産的なことしましょうよ。お花を育てるのなんてどうです?」
私の手元にあるのは、折り畳みナイフと小さいハンドガンのみ。ナイフは論外として、ハンドガンも命中精度に不安があるし、当たったところでバルバラはおろかババアにすら確実な致命傷になるとは言いづらい。
しかも面倒なのはベアトリーチェがバルバラの背後に隠れている点だ。これじゃうまく狙撃したところでバルバラの肉壁に阻まれる。
よって現状、遠隔攻撃の手段はない。ということは安全に近づく手段すらない。だから何とかこの岩陰から抜け出して、私が旧校舎から持ってきた大量の爆発物があるバッグまで走らねばならない。
全力で走って、3秒程度はかかる距離だ。銃弾に曝されながら走っても即死は無いが、傷を負ってしまうし当たり所が悪ければ最悪気絶しちゃう可能性もある。
……ここは、バルバラが優秀であることを信じることにしよう。
「クソガキがァ……!!」
私は自分の髪とスカートの一部をナイフで切り離す。後はローファーを片方脱いで、準備完了。
短距離走なんて体育の授業でしかやったことないけど、大丈夫だろうか。そういえばシャトルランめちゃめちゃ嫌だったな……30回でへばってしまった。
「どんな減らず口を叩いたところで、あなたができるのは隠れることだけでしょう? その岩もいつまでもつ———」
おばさんがなんか言ってる。
私はすぐに走り出せる体勢に切り替えながら髪とスカートとローファーを右手に持ち。
それを自分の進行方向とは逆に投げた。
「……!」
バルバラほどの人物なら、硝煙と土煙が立ち込める中でも獲物の姿は逃さないでいてくれる。それが今回の賭けだ。
「今!」
そして私は、ひとまずこの賭けに勝った。
弾幕は一時的に私の投げたダミーへ向き、進行方向はフリーとなる。いくらか被弾はましだろう。
しかし……。
「うぐっ」
さすがにバルバラ。ダミーであることを悟るや否や、即座に私へと照準を戻す。バルカン砲は鈍重であるはずなのに、私の小細工で稼げた時間は精々1秒程度だ。
脇腹と肩と太ももに被弾した。しかし立ち止まるわけにはいかない。
脇腹と太ももは出血したが、幸い肩の脱臼は無い。かすめただけのようだ。足の骨に損傷がなかったのも幸運だった。
「ははははは!! 無防備に身体を曝すとは!!」
急いで照準を戻したせいで慣性を抑えきれず、弾がバラけたのもあるだろう。大きな負傷の無いまま爆弾のある岩陰へと滑り込むことができた。ひとまずこの作戦は大成功と言える。
「ここで死ぬつもりはないなどとほざいていましたが……なかなかどうして、少し動くだけでも精いっぱいではないですか!」
大急ぎでバッグの中を漁る。必要なのは3つ。
2つの小型手榴弾に、1つの圧力式地雷。
これだけあれば十分だ。十分あのババアを殺し得る。
この岩だって長くはもたない。ここを壊され、手榴弾が暴発でもしようものならたまったものではない。
スピード勝負だ。しかし落ち着いて、ハンドガンの排莢を済ませ、銃口のみを岩から出す。
尽きない弾幕の中、照準に掛けられる時間は一瞬だ。
だからサイトを覗く前に、大まかな照準は合わせておきたい。
私の位置、バルバラの位置、ベアトリーチェの位置。バルカンからの弾の方向、タイミング。
それが終われば、一瞬だけ顔を出して射撃をする。外すわけにはいかない。
「今なら、膝を付き足を舐め、許しを乞うのであれば、せめて苦しまず———!!」
ああ。
やっぱり、今日の私は冴えてる。
サイト覗かなくてもよかったかもな。
……予測だけでドンピシャじゃないか。
「きゃっ」
ハンドガンの銃声と共に、バルカンのそれは一瞬止んだ。同時に響いた金属音は何が起こったのかを物語っている。
私が狙ったのはベアトリーチェの頭。射線は間違いなくターゲットを捉えていた。
バルバラはそれをバルカンの銃身で防いだのだ。全く恐ろしいほどの反射神経である。というよりは、ハンドガンの銃口を見たときから予測していたのかもしれない。
しかし想定通りだ。銃弾が止んだ一瞬を見逃さない。
私はすかさず2つの手榴弾を投げる。もちろん狙いは2つともベアトリーチェだが、その軌道が違う。仰角を変えたのだ。
「だらああああああっ!!!」
投擲と同時に私は岩陰を飛び出した。向かう先はバルバラ。一直線である。
「———!」
バルバラは選択を迫られることだろう。無防備な私を撃ち殺すのが先か、手榴弾への対処が先か。
私としてはどっちでもいい。どちらもババアへの攻撃になる。
ここから二人までの距離は20歩くらい。遠くは無いが、近くも無い。無策に突っ込めば致命傷になるだけの距離だ。
私が3歩目を踏みしめたとき、バルバラの銃口が私の上へ向いた。
それを見て、私の口角は吊り上がる。
……どこまでも、予想通り。
背後で2発の爆発音が聞こえた。どうやら2つとも撃ち落されてしまったらしい。
しかし距離は詰めた。角度を変えたのが効いたのだろうか、思ったよりも時間が稼げた。20歩はあった距離は、すでにあと7歩くらいの距離だ。
バルバラの銃口が徐々に私へ向くのが分かる。
次第に香り始める死の臭い。しかし不快ではない。
あと6歩。バルバラは照準を私に合わせきったようだ。
そこで私は、ある違和感を覚えた。
……なんか、世界が遅い。銃弾の一つ一つの軌道がはっきりと見える。
これは……脇腹に当たる。損害はないから無視を決め込む。
あと5歩。これは足首だ。足を置く場所を間違えると骨折しかねない。注意しよう。
あと4歩。胸だな。少し半身にして左腕で受けよう。
あと……3歩。
……これは、顔面。
今の私は、一種のボーナスタイムのようなものなのだろう。
死を明確に悟ると周囲の光景がスローに見えるという、あれ。
おねえちゃんも、こんな光景を見ていたのかな。
握った折り畳みナイフにぐっと力を込める。
顔面はまずい。下手に受けて脳でも揺れようものなら、意識混濁する可能性がある。
勘違いしてはいけない。私は弱い。大人の前で気を大きくしても、それは変わらない。
私はまさしく、力を持たない子供だ。
……だけど。
私を打ち抜かんとするこの弾丸も。
当たらなければ……、
「問題ないっ!!」
私は握ったナイフを大きく振り上げた。手にしびれが伝わる。
弾丸は火花を散らし、私の後方へとはじけ飛んだ。
銃弾は弾いた。これであと2歩。
このまま、一気に詰める。
「……っ!」
しかし……私は油断をしていたのかもしれない。
私は忘れていたのだ。
カイザーに捨てられてから、ハナコ先輩に拾われて、トリニティで生活できて。
今までは、分不相応な幸運だったということに。
そしてそのツキは、必ず回ってくるということに。
もう一発。
私が弾いた弾丸の裏には、同一射線上にもう一発の弾丸が隠れていたのだ。
もともとスローだった世界が、さらに収縮していく。
さっき弾いたせいで体勢はすごく悪い。ナイフが間に合うとは思えない。しゃがんだりするのも駄目だ。
かといって食らうわけにはいかない。この弾は私の顎先を正確に捉えている。脳みそを揺さぶる弾だ。意識を正常に保てるとは思えない。
……万事休す、だろうか。
私には、本当に分不相応だったのだろうか。
私に、幸運は似合わないのだろうか。
「あああぁあああぁああっ!!!」
……やっぱり、嫌だ。
だから私は賭けることにした。
私の誇る、チャームポイント。
大きな耳やふさふさしっぽと同じくらい、ひそかに自慢しているもの。
私の、ギザ歯に。
「なっ……」
「ペッ」
あつい。舌火傷した。
けれど私の身体も捨てたもんじゃない。火事場の馬鹿力という奴だろうか。
まさか本当に、銃弾を歯で受け止められるとは思わなかった。
けれどこれで……。
「間合いに、入った……!」
バルバラに肉薄することができた。銃口はもう私の背後、銃弾を恐れる必要はなくなった。
でもここからだ。正直言って私は銃よりもバルバラの近接の方が脅威だと感じている。あの腕力でタコ殴りにでもされれば顔面が潰れるのは自明だろう。
そうこうしてる間にバルバラの足は素早く持ち上がり、私の頭を捉えたハイキックを放っている。
ユスティナ時代の残忍さか、どうやらバルバラは顔面を狙って確実に敵を屠ろうとする癖があるようだ。
だがそれは好都合。敵の狙いが分かりやすいのは戦いやすいことこの上ない。
バルカン砲を抱えたバルバラの動きと私の速さは同程度だ。私はすかさず身を屈め、バルバラの股下へスライディングする。
「ひぃい!? バルバラ! 何をやって!?」
ついにここまで来た。
腹部や足、その他被弾したところに血を滲ませながらも私はバルバラを越えてババアに手が届くところまでやってきたのだ。
「これで、終わらせる!」
右手に抱えたナイフを強く握りしめる。
狙うは首元。確実に頸動脈を切る。
私を追い返すため、怯えながら突き出されたベアトリーチェの両腕の隙間を縫って、ナイフを走らせる。
あと数十センチ。このまま手を伸ばせば届く。
「うらああああっ!!」
私は雄たけびと共に、数多の悲劇を終わらせるべく、握ったナイフを強く差し出した。
……‥と、見せかけて。
「っ!」
あとコンマ数秒でナイフを届かせることができたというのに、私はそのチャンスを捨て、素早く身を屈めた。
なぜそんなことをしたのか。
これを許すバルバラではないことはわかっているからだ。
次の瞬間、私の頭上、そのすれすれをものすごい勢いでバルカンの銃身が通った。
近接すれば銃は無効になるというのは間違いだ。たとえ弾が当たらなくとも、銃身は鉄の塊。それをバルバラの腕力で振り回されたら堪った物じゃない。
「全部、予想通りですよ……!」
身を屈めながら、私は背後のバルバラと目を合わせる。
ガスマスクの向こうは見えないが、きっと無機質な目をしていることだろう。
バルバラがさっき放ったのは右手の横薙ぎ。その慣性に身を任せ、彼女はこちらに正面を向けた。
そしてバルバラは足元で屈む私を見下ろし、今度は左腕を振り上げた。このまま私を潰す気なのだろう。
それを見て私は。
醜悪に、口角を吊り上げた。
私がベアトリーチェを殺すために用いたものは5つ。
ハンドガン、ナイフ。そして特攻の前に投げた2つのグレネード。
……そして、とどめ用の圧力式地雷。
バルバラにしては鈍重な銃身の速度は、私でも身体を転がしてよけることができる。まあむしろあれだけの重量を振り回すことのできる腕力が驚愕なのだが。
バルバラのありがたいところは、ユスティナ時代の殺伐とした心にある。
私がどれだけ小細工を弄しようと、彼女へ決定打を与えることはできないだろう。
いつでも私を殺せる。そして自らには命の危険がない。
常に戦い続け、圧倒的な武力を持つ彼女には、よほどのことがない限り命の危険がない。
そうしたバルバラの感性の麻痺は、私の攻撃を彼女から隠すのによく役立ってくれた。
だから彼女は最後まで、スカートの中に隠していた地雷に気づかないでいてくれた。
初撃の横薙ぎの際に設置したことにも気づかず、ただ私を追い詰めるためだけに縦振りを放ってくれた。
それが
「私の、勝ちだ」
バルバラの放った縦振りは設置した地雷へと吸い込まれ。
『カチッ』という音の直後、その場には大きな爆発音が轟いた。
ベアおば小物すぎるかも