ホームレスがトリニティの生徒になる話   作:ちゅーぴか

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 先に言っておきます。

 ごめんなさい、ちょっと性癖が出ました。



目覚め

 

 至聖所に大きな爆発音が響く。

 

「これで……終わり……」

 

 土煙が舞う中、糸巻イトは少ない視界を注意深く探す。

 

 ティーパーティーの仕事により数日間不眠不休であったところに、古聖堂のミサイル。その後のアリウス生徒による拷問に、極限状態での逃避行。

 

 食料などなく、飲料に関しては自身の小便を啜るほどだった。

 

 そんな状態で挑んだベアトリーチェとの決戦。イトは単純な力比べでは百合園セイアにも劣るはずだ。

 

 にもかかわらず、彼女は自身の頭脳を活かした、聖女バルバラをも欺く渾身の一撃をベアトリーチェに喰らわせることができた。

 

 至近距離からの地雷爆発。生徒たちの様に自身を護る神秘を持たないベアトリーチェが無事で済むものではない。

 

 それはまさしく大金星と言えるものだった。

 

 ……これで終わってくれ。

 

 イトがそう思うのも無理はなかった。

 

「……だったら、良かったんだけど」

 

「———ヒュオオオオ……」

 

 イトは爆風に吹き飛ばされた体勢を直し、前傾姿勢を取る。その額には冷や汗が流れていた。

 

「やっぱり、一筋縄じゃいきませんね……」

 

 イトの視界には、ベアトリーチェを脇に抱えたバルバラの姿が映る。その手にはバルカンはなく、ただ握りしめられた拳があるのみだった。

 

「よくも……よくも、この私を危険な目に……!!」

 

「お前守られてるだけじゃねーですか」

 

 バルバラはあの爆発からベアトリーチェを救って見せた。それはつまり、爆風よりも素早く移動したことを意味する。

 

 態度には出さないが、イトの心には大きな焦りがあった。

 

 バルカン砲は爆発に巻き込まれ、使い物にならなくなっている。

 

 つまりバルバラが今後選択するのは肉弾戦だろう。ミカの強さを知っているイトからすれば、その方が数段厄介だと感じていた。

 

 しかも、問題はそれだけじゃない。

 

 むしろこっちの方が重大だった。

 

 イトは考える。

 

 バルバラは寸前まで爆弾を認識していなかったはずだ。

 

 起爆までの一瞬でバルカン砲を手放し、ベアトリーチェを抱えて爆破圏外まで逃げたというのか?

 

 自身も傷つかず、ベアトリーチェの無駄に長いドレスの裾一つすら汚さず。

 

 それはつまり……。

 

「……っ!」

 

 イトでは、バルバラの動き一つ観測できないのではないか?

 

「が、はっ!!」

 

 そして、イトがその思考に至ったときには。

 

 ……すでに、手遅れであった。

 

「あ゛っぐ……あ゛あ゛っ!!」

 

 最大限の警戒をしていたにも関わらず、バルバラはイトの視界から姿を消し、

 

 瞬きの後、イトが再度バルバラを認識した時にはすでに、バルバラの拳は彼女の腹を正確に打ち抜いていた。

 

「げほっ! う゛っがっ、う゛え゛っ」

 

 30 kg程度の肉の塊は小石の様に吹っ飛び、岩壁に叩きつけられたイトは大きく吐血する。

 

 呼吸困難。肋骨は砕け、内臓に至ってはいくつか破裂していた。

 

「あ゛っ、ぐう゛ぅっ」

 

 イトは腹を抑えて蹲る。遠のく意識を、舌を噛んでなんとか繋いでいる始末だった。

 

 今意識を手放せば、バルバラなどいなくたって確実に死ぬ。その確信がイトにはあった。

 

 しかし、それを見過ごすバルバラではない。

 

 彼女はすかさずイトの下へ肉薄。そのままイトの腹に凄惨な蹴りを入れ込む。

 

「う゛っ」

 

 イトは再度、質量を感じさせない挙動で宙へ浮き、即座に岩壁へ衝突した。

 

 バルバラは飛翔し、執拗にイトへ接近する。

 

「あっ……ぶ、げぼっ。……?」

 

 壁にもたれ、力なく座り込むイトのすぐそばで起立したままのバルバラ。追撃がやってこないイトは、不思議がって顔を上げた。

 

 そこでイトが見たものは、大きな掌だった。

 

 バルカン砲を片手で振り回すほどの大きな掌。それがイトの頭を……潰そうとしていたのだ。

 

「い゛っ……ぐあああっ!!」

 

 バルカンの重量とリコイルを軽々と制御し得るほどの力。その握力に捕まれては、イトの頭蓋など林檎のように潰されるかもしれない。

 

「は、な……ぜ、……っ」

 

 実際、それは容易いだろう。バルバラはぺちぺちと反撃を喰らいながらも、片手で軽々とイトの身体を持ち上げている。

 

 イトの目や鼻、耳からはその圧力に耐えきれず、絶えず血液を逃がしている有様だった。

 

 このままイトを殺すことは可能だった。しかしバルバラはそれをしない。

 

 バルバラはベアトリーチェに『精一杯いたぶってから殺せ』と命じられていたのだ。

 

 このまま殺しては面白くない。自分を散々虚仮にしたこの子供を楽に死なせてなるものかと、ベアトリーチェの大人げない我儘が、奇しくもイトの命を繋いでいた。

 

 『いたぶってから殺す』。しかしこれは、ユスティナ聖徒会で戦いに明け暮れ続けたバルバラにとって、まさしく得意分野だった。

 

 どこまでなら人は死なないのか、どうしたら最も苦しめられるのか。それをバルバラは熟知していた。

 

「……」

 

 バルバラは暴れるイトの身体を眺める。どこを痛めつけるか考えているのだ。

 

 爪を剥ぐか? 肉を抉るか? 皮膚を焼くか? それとも凌辱でもしようか?

 

 そしてバルバラはイトの身体を一通り眺めた後、ある部位が目に留まった。

 

 それは、イトの小柄な身体には不釣り合いなほど、大きなもの。

 

 ちょうど目の前にあるじゃないか。

 

「あ、っ……」

 

 そう考えたバルバラはもう片方の手で、イトの大きな左耳の根本を掴んだ。

 

 その意味をイトが理解するのに時間はかからなかった。

 

「いっ、あ゛……っ!」

 

 じっくりと、粘着質に。一瞬でちぎれるなんてことがないように、まるで菓子袋を開けるかのように、バルバラは注意深くイトの耳へと力をかけてゆく。

 

「や、やめっ」

 

 まずは皮膚。わずかにちぎれた場所からは鮮血が溢れ、イトの色素の薄い髪と混ざっている。

 

「い゛っ、うぅっ」

 

 イトの脳内には、ぶちぶちと筋線維の切れる音が響いていた。すでに左耳は半分ほどちぎれており、神経が修復不可能なようにぐちゃぐちゃになってゆく感覚には吐き気を覚える。

 

 そして。

 

「っ、あぁ……」

 

 イトの耳は、あるべき場所にはもうなくて。

 

「げほっ、うぅ…げほっ! おええ……」

 

 バルバラに投げられ、地面に叩きつけられたイトは、血を吐きながら自らの頭に左耳がないことを確認し、

 

 バルバラの手の中に、丸め込まれたミートボールのようなものを目撃した。

 

「……はははっ!!」

 

 耳鳴りが止まない中、イトは微かに大人の笑い声を聞いた。

 

「無様! 惨め! 見苦しい!」

 

 焦点が合わない目を動かすと、そこには口角を醜悪にひん曲げ、大きく手を広げて自身を見下すベアトリーチェの姿があった。

 

「あなた先ほど『ここで死ぬ気はない』などとほざいていましたよねぇええ!?」

 

 イトに反応はない。うつ伏せのまま顔を動かし、胸を大きく上下させるだけだ。

 

「その後も散々好きなように言ってくれましたよねぇ? えぇ!? ですが今、同じことを言えますかぁ!?」

 

 沈みゆく意識の中イトが感じているものは、恐怖でも無念でも後悔でもない。

 

 納得、だった。

 

「げほっ、はぁ、はぁ」

 

 強がりを口にしながらも、イトは心のどこかで諦めていた。

 

 今目の前にいるのはバルバラなのだ。ユスティナ聖徒会、最も偉大な聖女。

 

 イトの勝てる相手ではない。

 

 イトは心の底からキヴォトスを救えると思ってここに来たのではない。

 

 この至聖所に入る前から、あるいはハナコに拾われた日から、

 

 あるいは……おねえちゃんを自らの手で殺した日から。

 

 イトは、死に場所を探していたのだ。

 

 

 

 

「あなたの過去のことは知っていますよ、糸巻イト」

 

 

 

 

 しかし。

 

「生まれたときからこの世の摂理を学んでいたというのに、成長しないのですねぇ」

 

 世界はそれを許しはしなかった。

 

「な゛ん゛……で……」

 

「私の同僚から聞きましてね。自分が大人の供物であることを一向に理解せず、果ては家族まで殺したと。ああ嘆かわしい!!」

 

 その時だった。

 

「あなたのような愚者がいては、世界が滞ります! 私の創る世界には不要な存在なのですよぉお!!」

 

 糸巻イトの『諦め』に、ヒビが入った。

 

「しかし喜びなさい! あなたはこの私自らの手で葬って差し上げ———」

 

 

 

 

「……うる、せぇ」

 

 

 

 

 今、イトの心には大きな炎が燃え盛っていた。

 

「過去に言ったこと……を曲げる気は、ねぇよ」

 

「……はぁ?」

 

 もう大人にいいように使われたくはない。

 

 あいつらに、一発喰らわせてやりたい。

 

 そんな自分の意志に、イトは身を任せることにした。

 

 

 

 

 そして、来る。

 

 

 

 

「私、ここで死ぬつもりなんか毛頭ねーから」

 

 

 

 

 糸巻イト、覚醒の時。

 

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