ショッピングモール内のトイレ。ここが角にあるせいか、あまり人の気配がしない。
「ふぅ」
……ひとまずの危機を乗り越えた。ミカちゃんがいるのに、失礼かなと思って我慢していたけど、やっちまう方がよっぽど問題だからな。
若干急ぎながら、手を洗う。ミカちゃんを待たせているわけだからな。
……しかし、そこに忍び寄る3人の影。
「……よぉ、久しぶりだな」
突然話しかけられ、私の肩が跳ねる。そして声の主を認識し、再度驚きをあらわにする。
「あ、あなたたちは……あの時のスケバン!!」
そう、ブラックマーケットで私に食パンと水の恵みをくれた、心優しきスケバンである。
「その節は本当にありがとうございました!あれがなかったら私、今頃死んでて……」
その時、そのスケバン達の顔が邪悪に歪んだ。
「そうか、じゃあお返しをもらうとするぜ!」
突如として口に噛ませられる猿轡、目に当てられるアイマスク、腕に掛けられる手錠。
「もがが!?」
「まさかティーパーティー傘下になってるなんてなぁ!お返しは身代金として受け取ってやるぜ!」
ま、まさか!こ、こいつら……!
……めちゃめちゃバカだ!
今はたまたま他に人がいないけど、こんな大型ショッピングモールで拉致が成功すると本気で考えているのか!?しかも私をこんな犯罪臭漂いまくる格好にして、ありとあらゆる人の注目の的だぞ!?
命の恩人ではあるが、やっていることは普通に悪いことなので特に助けてあげないことにした。でも力では勝てないので私の身の安否はヴァルキューレ辺りに任せることにする。いやしかし、この純白の制服を着てきたのは失敗だったなぁ……。ごめんねミカちゃん。今日はもう会えないかも……。
***
「イトちゃん、遅いな……」
イトちゃんと別れてから20分くらいは経っただろうか。私はすでにアクセサリーショップで買い物を済ませているのだが、いまだにイトちゃんが帰ってこない。
おなかが痛いとか、メイクを直してるとか、そんな理由だったらいい。でも、イトちゃん今日すっぴんだし……。
そして何より、さっきから連絡が取れない。何度も電話をかけているのにかからない。
……イトちゃん、いつもなら深夜に電話しても出てくれるのに。
……目の前が暗くなる。視界がくらくらする。言い表しようのない程大きな不安が私の心を覆う。
「なんで? イトちゃん、なんで電話出てくれないの? わ、私といるの、嫌になっちゃったの? どこが嫌だったの? や、やっぱり休日に遊ぶなんて重かった? 深夜に電話かけるなんて迷惑だったよね、ごめんね? あ、あーんとか、絶対きもかったよね? それとも、イトちゃんのこと着せ替え人形みたいにして遊んだこと? い、いきなり付き人になってとか、絶対重かったよね? あの、忘れていいから、ね? 私、きもかったよね? うざかったよね? めんどくさかったよね? 本当にごめんね? 付き人になってほしいって言ったのはね、私、多分イトちゃんが断らないってわかってたからなの。イトちゃん優しいから、だから、そこに付け込んだの。だって、私、イトちゃんがいないと怖いの。ずっとそばにいてほしいの。だから、私のこと捨てないでよ……」
……誰に聞かせるでもなく呟く。手が震える。呼吸が浅くなる。何も考えられなくなる。
……そんな時だった。
「ねぇ、さっきの誘拐?」
ふと周囲から聞こえた、知らない人の声。しかしその言葉から感じる心当たりに、私はハッと顔を上げる。
「誘拐?ねぇ、今、誘拐って言った!?」
私は、声の主に激しく詰め寄る。その人が困ってるとか、そんなの関係ないほどに。
「どんな子!?」
「え、えっと……ケモ耳の……」
……やっぱりだ。イトちゃんだ、絶対そう!
「どっち行った!?」
「あ、あっちの方に……」
私はお礼も言わずに、その人が指さした方へ素早く駆ける。髪が乱れてるとか、周りから浮いてるとかそんなのもうわかんない。私の頭にあるのはただ一つ。
「イトちゃんイトちゃんイトちゃんイトちゃんイトちゃんイトちゃんイトちゃんイトちゃんイトちゃんイトちゃんイトちゃんイトちゃんイトちゃんイトちゃんイトちゃんイトちゃん……!!!」
……もう二度と、失いたくない。
***
しばらくチンピラに運ばれた後、アイマスクと猿轡を外された私が見たのは廃墟のような場所だった。薄暗い空間に、散らばった瓦礫、蜘蛛の巣、ひび割れたコンクリート……と、決して長く居たい場所ではない。なんかブラックマーケットを思い出す。
私は、どうやら手錠を壁のパイプに繋がれているみたいだ。一応外そうと試みるも、私の力じゃびくともしない。筋トレとかした方がいいかもしれない。
「ハッ、アタシらに捕まったのが運の尽きだな」
「抵抗しても無駄だぜぇ!?」
「心配しなくても、高い金ぶんどってやるからよ!」
……チンピラたちは嬉しそうだ。誘拐が成功してよかったね。でも、聞こえた限りでもショッピングモールにいた人たちのざわつきがかなり耳に入ってきたんだけど、大丈夫なのだろうか?
「……きっと、目撃者が今頃ヴァルキューレに通報していると思います。逮捕されるのも時間の問題です。今のうちに逃げといた方が……」
「う、うるせぇ!」
「アタシらは捕まる気はねぇぜ!」
うぅ……話を聞いてくれない。ここで引いてくれたら私的にも助かったんだけど……流石に無理だったか。
「おい!トリニティに連絡しろ!こいつを返してほしければ身代金用意しろってな!」
チンピラの一人がスマホを取り出した。普通のスマホじゃ逆探知されると思うんだけどな……。いろいろと杜撰で、心配である。
そして、チンピラがスマホで電話をかけようとした、その時だった。
ドオオオオオオン!!
辺りに爆音が響く。同時に、壁の一部が崩壊し、土煙が舞い、一つの人影が浮かぶ。
廃墟とはいえコンクリートの壁だ。それだけの破壊力、その侵入者は爆弾か何かを使ったに違いないと思ったが、そうではなかった。
———素手である。
「はいはーい☆失礼するね?」
その場には似合わない、明るい声が響く。そして私はその声に聞き覚えがあった。
……ミカちゃんである。
「なんだこいつ!?」
「か、壁を素手で……」
「お、お前ら、ボーってしてないで構え———」
チンピラが各々の銃を手にしようとした、その瞬間。
……三人が宙を舞った。
「きゃあ!?」
辺りに暴風が吹き乱れる。私は突然の出来事に悲鳴を上げた。私の腕が手錠で壁に繋がれていたからよかったけど、そうじゃなかったら吹き飛んでいた。え……?速すぎない?何も見えなかったんだけど??
白い目をむいたチンピラが地面に転がる。全員顎に一発入れられてる。
「へぁ……」
……びっくりしてめちゃめちゃ情けない声を出してしまった。ミ、ミカちゃん、強すぎない……?チンピラ大丈夫か……?
「イトちゃん大丈夫!?けがは!?」
「うわぁ!!」
気づけばミカちゃんの顔がすぐ横にあった。ミカちゃんの動きが速すぎて私じゃ目で追えない。またびっくりしちゃって大きな声を出してしまった。
「あ……だ、大丈夫です!ごめんなさい、大きな声出して……」
「良かった……」
そう言いながらミカちゃんは、私の腕についた手錠を片手で軽くぶっ壊した。金属製なはずなんだけどな?おかしいな?
……いや、そんなことよりもちゃんとお礼しなきゃ。
「ミカちゃん、助けてくれてありがとうございま———」
……しかし、そんな私のお礼よりも先に、ミカちゃんが私をぎゅっと抱きしめる。
「良かった……本当に……生きてて……」
ミカちゃんは震えた手で私を抱きしめた。強く……痛いくらいに。
「ミカちゃん……」
私はミカちゃんの背中をトントンと叩く。
「私、生きてます。ミカちゃんが助けてくれたから、怪我一つありません!だから……ありがとうございます!」
私はできるだけ明るく振る舞う。しかしミカちゃんの震えは止まらない。うーん、どうしたものか……。
「また……失うかと思った……」
………………。
「ミカちゃん、その紙袋なんですか?」
さっきから疑問だった。ミカちゃんの持っているその紙袋は、私と別れる前には持っていなかったものだ。
「あ、こ、これは、えっと……」
ミカちゃんが私から離れる。そして、その紙袋を私に差し出した。
「こ、これ、は……プレゼント、なんだけど……」
「えーーーっ!私にですか!?」
「う、うん……」
すごい、なんてこった!すごいうれしい!
私が嬉しさをあらわにすると、ミカちゃんは下を向いてもじもじした。え、すごいかわいい!!
「開けてもいいですか?」
「うん……い、いらなかったら、全然捨てていいからね……?」
何を言っとるんだこのお姫様。私がそんなことするわけないだろう。私は嬉々として紙袋から中身を取り出す。
「わー、きれい!」
中身は青紫色のお花がきれいな髪飾りだった。ん?これって……。
「ミカちゃんとお揃いですか?」
私がそう言うとミカちゃんは勢いよく目線を下ろし、あたふたし始めた。
「……あ、あはは、やっぱり重いよね、ごめんね?ほんと、いらなかったら———」
「ミカちゃん」
私は無礼にもミカちゃんの言葉を遮り、髪飾りをミカちゃんに渡す。
「これ、結んでもらえますか?ミカちゃんと同じ髪型に」
そう言われたミカちゃんは呆気にとられたようだった。
「え、あ……うん!」
ミカちゃんの手際はとてもよくて、一瞬でミカちゃんと同じサイドのお団子ヘアが出来上がる。
「で、できたよ?」
ミカちゃんがそう言い、私は振り向いて笑顔を向ける。
「えへへ、似合ってますか?」
「……うん、かわいい!すっごいかわいい!」
……よかった、ミカちゃんが笑ってくれている。
「……これ、大事にします!」
私は髪飾りを撫でながら、笑顔のミカちゃんへ、そう誓った。
***
「ただいまー」
あの後、現場に来てくれたヴァルキューレの生徒にチンピラの身柄を渡し、ミカちゃんと解散することになった。あの時は助けてくれたけど、やっぱり誘拐はよくないのでしっかり反省してもらいたいところである。
いやー、今日はミカちゃんとかなり仲良くなれた気がする。助けてくれたし、プレゼントもくれたし。今度何かお返ししなきゃな。
「お帰りなさ……あら?」
家に帰ると、奥からハナコ先輩が出てきた。いつも通り水着である。いっそ安心する。しかしハナコ先輩は私の姿を見ると、訝しげに目を細める。
「イトちゃん、その髪型は……?」
「これですか?」
私はミカちゃんからもらった髪飾りを触る。
「えへへ、これミカちゃんがくれたんです。髪の毛もセットしてもらいました!」
「……ミカ、ちゃん?その呼び方……」
「あ、はい!ミカちゃんからミカ様呼びは嫌だって言われて……」
「……」
ハナコ先輩が黙る。しかし私は言葉を続ける。
「それと、ミカちゃんから直々に付き人に任命されました!自分の生活部屋を与えられるので、もうハナコ先輩に迷惑がかからなくなります!」
私は満面の笑みでハナコ先輩に話しかけた。
「そん、な……」
しかし、ハナコ先輩は顔を絶望に歪めて膝から崩れ落ち、床に手をつく。
「ハ、ハナコ先輩!?」
「うぅ……イトちゃん、私とは遊びだったんですね……」
「ええ!?」
「私はイトちゃんに汚されたのに……そんな無責任に捨てるなんて……」
「何を言ってるんですか!?」
事実無根である。そのような事実は記憶にございません。
「そうです!今から私が今からイトちゃんを汚してしまえば、私から逃げられなくなりますよね……♡」
「や、やめっ……ひゃあ!?」
眼に光を無くしたハナコ先輩が私に詰め寄り、押し倒される。腕も掴まれてしまい、一切身動きができない。くぅ……相変わらず力が強い。っていうか、キヴォトスの生徒に力で勝てたことがない私が弱いのかもしれない。ミカちゃんもあんな細い腕でとんでもない力持ちだったし。
「……イトちゃんは、それでいいんですか?」
……先ほどまでとは異なり、ハナコ先輩が真剣な顔つきで私に問いかける。心なしか腕にかけられる力も強まった。
「……はい」
私がそう答えると、ハナコ先輩が一瞬顔をしかめ、そしてほほ笑んだ。
「……わかりました」
そう言ってハナコ先輩は私から手を放し、立ち上がる。そして、リビングへと歩き出した。
「……寂しくなりますね」
ハナコ先輩がそう呟く。自由になった私もハナコ先輩の後を追い、立ち上がる。
「暇なときは泊まりに来てもいいですか?」
「まぁ……お泊り、ですか?構いませんよ……♡」
「……他意はありませんよ?」
「ふふ……♡」
そうして、私と先輩は一緒に夕食を取った。こうして一緒に食事するのもあと少しだけと考えると、少し寂しくなった。
ミカの戦闘力盛りすぎた気がする……
でもミカって目に見えないスピード出せそうだよね