またも長くなりすぎたので二つに分けました。
今回はトリカスがかなりトリカスしてます。
胸糞注意です。
ミカちゃんの屋敷への引っ越しは昨日、滞りなく行われた。荷物の搬入はパテル分派の生徒がやってくれたみたいで、私がやることは特になかった。ミカちゃんの付き人という立場の高さを実感すると同時に、新参者の私が他の生徒をパシるということへの危機感を強く感じた。
私に与えられた部屋はミカちゃんの隣の部屋だった。いざ部屋に入ってみるとその圧倒的ならぐじゅありー加減に打ちのめされた。部屋一つ一つにキッチンとふかふかベッドとお風呂がある。まるで高級ホテルである。
私の仕事はミカちゃんの部屋の清掃と、ミカちゃんの着替え、髪のセット、荷物の管理、業務管理、洗濯や食事の用意などである。後は、呼び鈴が鳴ったらいついかなる時でも素早くミカちゃんの部屋に行って要望を聞くという仕事もあるが、そっちは特に気にする必要はなかった。
……なぜなら、ミカちゃんが常に私の部屋にいるからだ。昨日の夜はお風呂まで一緒に入ろうと言われたのだが、私の傷跡だらけの身体を見せてびっくりさせるのは忍びないので丁重に断った。
今のところミカちゃんとの生活に大方不満はないが、一緒に寝るときに私の耳をはむはむするのだけはやめていただきたい。口が寂しいのかもしれないけど、その……いたたまれない気持ちになるのだ。おかげで昨日はあまり寝られなかった。抱き着かれると逃げられもしないし。
「はい、できました」
「ありがとー☆」
そうして、二人で迎える初めての朝。朝食と歯磨きを終えてもまだ眠そうなミカちゃんを鏡の前に座らせ、髪のセットや軽いメイクを施す。今までやったことはなかったが、付き人になるという話をいただいた日から猛練習したのだ。ミカちゃんの付き人としてふさわしくならなければ。
「本日の予定は通常の授業と、放課後にナギサ様との会議です。議題は直近に迫ったエデン条約についてと、ナギサ様が計画なさっている「補習授業部」について、となっています」
「うわー、めんどくさいなー」
ミカちゃんがため息をついた。
……補習授業部。表向きは成績不振の生徒のために作られた救済措置のようであるが、その実はナギサ様による「裏切り者」の容疑者を閉じ込める箱である。そしてその容疑者の中には、ハナコ先輩もいるようだった。
恐らくだが、ナギサ様は補習授業部全員を退学にさせることまで考えていると思う。今のナギサ様ならやりかねない。
……まあハナコ先輩がいるし、退学の心配はあまりしていない。ナギサ様の疑心暗鬼に巻き込まれる生徒は気の毒だが、私としてはハナコ先輩が少しでも、そこでトリニティを好きになってくれたら……と願うばかりである。
「はい、今度はイトちゃんの番!」
しばらく考えに浸っていると、ミカちゃんの明るい声にハッと意識を戻された。ミカちゃんは強引に私を鏡の前に座らせると、櫛で私の髪をとき始めた。
「あの、ミカちゃん。私もう自分でできますよ?」
私がそう言うと、ミカちゃんははにかみながら首を横に振った。
「……ううん、私がやりたいの」
私もつられて微笑む。本来、主に髪のセットなど絶対にさせてはならないのだが、今回ばかりは甘えさせてもらうとしよう。それに私は、ミカちゃんに髪をセットしてもらうこの時間が好きなのだ。
***
「あれ……無い……」
トリニティに来てから、すでに結構時間がたった。その中で、周囲の私に対する評価もかなり固まってきたようだ。
……率直に言えば、私はかなり周囲から目の敵にされている。原因はどうやら、急にティーパーティー傘下になった貧乏人のくせに成績だけはやたら優秀なことにあるようだった。さらに、私のことを「ティーパーティーの権力目当て」だったり、「トリニティを崩壊させるためのスパイ」みたいに思っている人もいるみたいだ。
おかげで友達がほとんどできない。私に積極的にかかわってくれる人は、ハナコ先輩とミカちゃんくらいなものである。
……そうして日々を過ごしていくうちに、私に対する嫌がらせが目立つようになった。
はじめは些細なことだった。私だけ仕事量が多かったり、みんなから無視されたり。そのくらいなら、別にいいと思った。みんなから見ても、ぽっと出の私は煩わしかっただろうから。
だけど、少し前から……具体的にはミカちゃんと関わりだしてから、周囲の私に対する敵意が強まったように思う。聞こえるように悪口を言われたり、文房具や教科書を隠されたりすることも増えた。
……辛くないと言ったら嘘になる。
ここトリニティでは、そういったことは往々にしてあるようだ。幸いなことに他人にばれないようにやってくれるので、ハナコ先輩やミカちゃんにいらない心配をかけずに済んでいるが……それも時間の問題かもしれない。
「私の……お弁当が……無い……」
午前の授業が終わり、教室にいた生徒たちのほとんどは学食へと向かった。残った生徒はお弁当を持参しており、いくつかのグループに分かれてお弁当を食べている。
私は必死にバッグを漁る。まあ、私の昼食がなくなったところで大した問題ではないのだが、今は私を焦らせる事情がある。
スマホが震え、モモトークの通知を知らせた。
『イ』
『ト』
『ちゃ~ん☆』
『今から会える?』
『一緒にお弁当食べない?』
『噴水のところで待ってるから』
私を焦らせる事情……それは、ミカちゃんとの約束である。ミカちゃんのお誘いはできるだけ断りたくはない。
しかし私が手ぶらで向かおうものなら、私に対する周囲からの嫌がらせがミカちゃんに露見する可能性もあった。
……ミカちゃんを悲しませることが、私は一番いやだ。
「はぁ……」
仕方ない。ここは断るしかない。
『ごめんなさい、どうしても外せない用事があって……』
『埋め合わせに、今夜はスイーツをお作りしますね。何かご要望はありますか?』
メッセージを送ると、すぐに既読がついた。
『えー、残念』
『でも、スイーツ楽しみにしてるね☆』
『ロールケーキ以外で!』
ミカちゃんが元気そうでよかった。思わず頬が緩む。
クスクス……
「……」
嘲笑が聞こえる。教室の真ん中を独占している、純白の制服のグループからだ。
あのグループの生徒は、私が以前書類仕事に務めていた時に仕事を丸投げしてきた人たちである。どうやらここでも支配的なようで、彼女らの周囲には空白ができており、他の生徒はみな教室の隅でお弁当を食べている。
私は彼女らへ目を向けた。
「……なにか?」
「……いえ」
相変わらず、彼女らは私の扱い方を心得ているようだ。彼女らが銃をちらつかせる度に、私の身はすくんでしまう。
……初めてトリニティへ来た時のことを思い出してしまって、身体が震えてしまうのだ。あの時に死にかけた出来事は、思った以上に私の心に傷を与えているらしい。
……仕方ない。売店でたこやきパンでも買おう。あれはおいしいからな。
***
「はぁ……」
ため息がこぼれる。まさか便所飯をすることになるとは。どうも、教室は私の居場所じゃないみたいだ。
たこやきパンはおいしい……んだと思う。でも今はあんま味がしない。ハナコ先輩やミカちゃんと食べるご飯はあんなにおいしいのに。
「やっぱり、付き人の件、断ればよかったかな……」
今はまだ、いい。今はまだ、ターゲットが私だけに限られているから。それなら誰にも迷惑はかからない。
でも、不安なのは私の悪名がハナコ先輩やミカちゃんにまで及ぶ可能性だ。あのお嬢様方のことだ。「糸巻イトと付き合いがある」というだけでも十分に嫌がらせの対象になり得るだろう。それだけは絶対に避けたい。
「どうすればいいんだろう……」
……本当はわかってる、どうしようもないって。ミカちゃんやハナコ先輩には迷惑をかけたくないし、ティーパーティーをやめるわけにもいかないし。ナギサ様なんて特に私のことが嫌いだろうし、上司に報告してもいい方向に転ぶとは思えないし。
「……ミカちゃん」
私は、ミカちゃんにもらった髪飾りと、結んでもらったお揃いのお団子を撫でる。
……とにかく、
そう思い、モモトークを開こうとした、その時だった。
———べちゃ
トイレの個室のドアと天井の隙間から飛んできた物体が、私の頭にかかった。それは———
「……わたしの、おべんとう?」
私が、今朝作って持ってきていた、お弁当だった。本当なら、今頃、ミカちゃんと一緒に、笑いながら、食べていたもの。
ハンバーグのデミグラスソースが、ナポリタンが、シーザーサラダのドレッシングが、私が今朝早起きして作った食品の数々が、ハナコ先輩のおさがり制服を、ミカちゃんのお揃い髪飾りを汚していく。
「……あら、ごめんなさい。手が滑ってしまって」
声の主には聞き覚えがある。教室にいたはずの、ティーパーティー傘下の生徒グループの一人。
……私に対する嫌がらせの、首謀者である。
「汚れてしまったでしょう?かわいそうに……」
「私たちが洗い流して差し上げますわ」
「せーのっ!」
……次いで降ってきたのは、バケツ一杯の大量の水。私の髪や制服、靴に至るまで、余すことなく濡らしていく。
アハハハハハハハハ
……なんで?
「なんでっ……こんなことするんですか……」
私は個室のドアを開き、その場から去ろうとしていた彼女たちに話しかけた。
「なんで……こんなひどいこと……」
私の顔から水が滴る。みるみるうちに目の前の生徒の顔が歪む。
「私、何かしましたか……? 何がいけなかったんですか……?」
舌打ちが聞こえた。彼女らが私との距離を詰める。
「……きもちわるいのよ」
びっくりするほど、冷淡な声。しかし明確な敵意を思わせる重さがあった。
「ちょっと頭がいいからって調子に乗って」
「うっ」
私の肩が突き飛ばされる。
「ミカ様に媚び売って擦り寄って」
彼女らの腕が私の髪へ伸び、引っ張られる。
「痛っ、いたいっ……!」
「ミカ様に寄せたこの髪飾りも!この髪型も!!」
今朝ミカちゃんに結んでもらったお団子が……崩れた。お揃いの髪飾りが彼女に奪われる。
「ぜんぶッ!!!」
……彼女は手に持ったそれを、踏みつけた。
「きもちわるいのよッ!!!」
「あ……あぁ……」
私はみっともなく蹲る。
やめて……やめてよ……それは……ミカちゃんがくれた……
蹲る私を叩きつけるような罵声は終わらない。
「こんなものつけて、アピールのつもり?」
「どうせ、ミカ様の後釜を狙ってるんでしょう?」
「現ティーパーティーでは一番騙しやすそうだものね!」
「けれどそうはいかないわ!」
髪飾りへ掛けられる力は増してゆく。
「ミカ様を騙してまで得る地位に価値なんてないのよ」
「次期ティーパーティーには、あなたのような薄汚い嘘吐きなんかより、私の方がお似合いだわ!」
「分かったらとっとと消えてくれる?」
「……ここ、トリニティの生徒用のトイレなんだけど」
キャハハハハハハハハハハハハハ
「……して」
「は?」
「……返してッ!!」
髪飾りの上に置かれた足を払いのけ、強引に奪う。
「……っ!」
彼女はバランスを崩し、床にしりもちをつく。
「これは! ミカちゃんからもらった、大切なものだ!! お前らなんかが、触っていいものじゃないんだ!!!」
私は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。彼女らの横暴さが、残虐さが、浅ましさが、そして何より……ミカちゃんをバカにしたことが許せなかった。
……しかし、彼女らの顔は愉悦に歪む。
「……ねぇ、今の見たぁ?」
「うん、見た見た」
「そいつが先に手ぇあげて転ばしたんだよねー」
しりもちをついた生徒の顔が、大きくゆがむ。
「キャーーーっ!!やめてーーーーーっ!!!」
周囲に鳴り響く、甲高い悲鳴。耳を塞いでいても聞こえるその声は建物中へと響き渡る。
「……っ!」
「……悪者は、どちらに見えるでしょうね?」
彼女が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「糸巻イト。あなたの負けよ」
クスクスクスクス……
トリカスってこんなトリカスだったか……?